彼は私に触れたりしない。 その意味は私にとってどうでもいい。 キスをしたことがある。 胸に触れられたことがある。 首筋に息がかかる距離でさえ珍しくはない。 だが、彼が私を求めたことなど一度でもあったのだろうか。 武器でなく、パートナーでなく、友人でなく、 “私”を。 月の明かりがテーブルに反射して、私の顔を照らしている。 青白さ、月光の瞬き、静かの音、溺れる振り。 私はどうなりたいのか。 一体何が欲しいのか。 実は良く解らない。 胸の先端が軽く疼く。痺れ、恍惚、或いは罪悪感か……自惚れか。 恋など武器と職人には不要だ、とある先生が言った。 男女の性愛は信頼を愚かしくすると。 その先生は自分の命が失われてもパートナーを変えはしなかった。 決して強くない武器のパートナー。 何故続けるのですかと尋ねれば、彼は笑って「独り占めにしたいから」と言う。 そしてそれは愛ではない、と。 彼の投げ出された足を見、着物を解き、左胸を押し付けてみた。 自分の心臓の近くまで沈み込む、固い男の子の足の裏。 踏み潰されているようだ、と思った。 そして、多分私はこうされたいのだと思った。 罰されたいのだろう、多分。 他の誰でもない、綺麗な彼に。 何の罪も背負わず、あらゆる罰を受け入れる、美しさに。 「我が定めは暗黒の世界の中にある……なんて、ね」 今ならば死人先生の言葉の意味が理解できるような気がする。 この人を独り占めにしたい。 愛などよりももっと重大で、取り返しの付かぬもので。 「……いつか私、この人の魂食べちゃうよーな気がするわ……」 鬼神の気持ちってこんなのかしらね? ため息ついて胸から足を離すと、彼が一言、寝言を呟いた。 ――――なんだ椿、腹減ってんのなら俺の弁当ちょびっとやるぜぇ……―――― 「……くっそぅ、馬鹿で下品な子供のままでいてくれれば無神経に憧れてられるのに」 神様ってヤツがほんとにいるとしたらとんでもないサディストだ。 私に試練ばっかり寄越すんだもの。 むかっとしたまま着物を戻し、布団を被る。 木綿の軽い圧迫の中、うとうとと夢の合間に沈み込む最後の瞬間 彼の足の裏を押し付けた左胸が 雨に打たれたように 戦慄いた ような 気が し た 。 16:02 2010/09/16 |
重症と言うわけではないけれど、珍しく私が意識朦朧という所まで追い詰められてしまった。 何とか逃げ果せたのは、さすがというかなんというか。 この子の身体能力は一体どうなっているのかしら? 武器を持った20人からの大人の囲みをただ自分の力だけで破るなど、とても13歳の機転や技術や体力でどうこう出来るレベルの話ではないのに。 しかも3キロわたしを背負ったまま全力疾走したのに、息は上がっているけれど特に汗さえかいていないってどーゆーことよ。 『ある意味ぞっとするわね』 ぐったりと小さな背に背負われながら身震いをする。 ギリギリ武器化したから頭を打ち抜かれはしなかったけれど……ダメージは深刻に残っているようだ。頭がくらくらする。 「頭の怪我見せろ」 ようやく私を下ろして彼が言った。 見知らぬ森の奥深く。 木漏れ日もろくに届かない緑の海の中。 痛みと酸素に喘ぐ私の額に、彼が舌を這わせる。 痛い。 痛い。 痛い。 「うわー、えぐれてんじゃん……こりゃ博士行きだなぁ……」 今更のように額から汗と共に血が流れ出してきた。 ぬるい川が頬に伝う。 「……痛いか? でも銃の玉には毒があるって、こないだ授業で聞いたから」 他に消毒するモンねぇし、我慢してくれ。 そういって彼が傷を舐め、吸い、何度も血をどこかへ吐き捨てた。 ――――――鉛のことを言ってるのかしら? そりゃ確かに体内に残存した場合の毒素についての授業は昨日聞いたけど……っていうか、一応授業内容覚えてはいるのね…… 「――――――いぃぃ……!」 涙が出てくる。 ズキズキと傷が踊る。彼と来たら時々歯を当てるものだから、悲鳴をかみ殺すのが大変だ。 「とりあえずオオバコでも採って来らぁ。……蒲があれば一番いいけど、沼なさそーだしなぁ……」 ……こんなにちゃんと授業受けてるのになんでテストは上手くいかないのかしらねぇ…… 自分のマフラーの端を切り裂きながら私の頭に当てると、彼が立ち上がる。 「じっとしてろよ。すぐ持ってくるから」 そういって男の子が笑った。 「……うん、待ってる」 |
「アンタおっぱい触るの好きよね」 「うん」 特に何をするでもなしにTVを見ているわたしの身体を、彼がいじくる。 最初の頃こそ鬱陶しいだの、恥ずかしいだの思ってたけれど、もうここまで堂ッ々と触られるとどうとでもせいやという気持ちになってしまった。 TVは人気お笑いコンビの片割れがココロに風邪を引いてしまったとか、そういうゴシップ。 画面の中であんなにはしゃいで楽しそうだったのに、とコメンテーターが馬鹿みたいなことを言ったのでウンザリする。 わたしは一人暮らしの割りに、あまりTVを見る習慣がない。 実家に居た時はあんなに大好きだったと言うのに、毎日のデスクワークや、デジたまの回収業務なんかで、もはや誰かに感情を勝手に揺さぶられるのは不愉快でしかなくなってしまったのだ。 「淑乃」 「……なに」 ――――――そうだ、感情を勝手に揺さぶられるなんて、冗談じゃない。 「…………ごめん、触りすぎてホックはずれた…………」 とりあえず手近にあったバインダー(上等なコート紙の資料が山ほど閉じてある)でチョップ。 「あっ謝ったのにっ! 素直に謝ったのに……っ!!」 盛ってんじゃねーよ馬鹿ガキが。 「言ったでしょ、触るのは譲るけどそれ以上は許さないって」 「……だから謝ったんじゃねーかよ……」 部屋に二人で居る時は、わたしはTVをつける。 どんな馬鹿な内容でも決して電源を落としはしない。 お笑いコンビの片割れが、長く長くコンビを組んで、病める時も健やかなる時も、苦楽を共にしてきた相方を信じられないのだ、とTV番組だかなんかで誰かに言ったのだそうだ。 「……信じられない、か」 私たちが生まれるよりも前からコンビを組んできた二人に走る亀裂。 それでも片割れが『彼が元気になって帰ってくるのを信じて待っている』とコメントして画面が切り替わった。 「――――――なんでTV変えるのよ」 「消したら怒るだろ」 彼がそういってチャンネルを尚もザッピングするのをぼんやり見ている。そうね、消したら怒るわ。この部屋から無駄な音がなくなったら困るもの。 「……わたしなら信じて待つだなんて殊勝なことは言えないわねぇ」 別に誰を待ってるわけでもないけどさ。雑音に紛らせてそう呟いたのを、聞こえたのか聞こえなかったのか…… 彼は特に何も反応しなかった。 |
『だからっ君はっ行っくーんーだー、ほほえーんでー』 ……まぁたアホの子が洗濯物畳みながらワケのわからん歌を歌ってやがりますよ…… 『そっおっだっうれしーんだっいーきるよっろっこっび』 フライパンの中身をターナー(画家じゃないぞ一応言っとくが)でかき混ぜつつ時計を見た。午後7時半。うちは日曜日の夕食をちょっと早くから作り始める。 最初、料理などしたこともなかった俺はとてつもなくマカに馬鹿にされた。リンゴの皮の剥き方も知らないなんて、アンタ一体どんな暮らしをしてきたのよ? と。俺の家は確かに音楽一家で一般的に見れば多少裕福であるかも知れないが、ごく普通に母親が飯を作る家だったし、何より俺は男だったので台所に立ち寄るよーな教育を受けてなかっただけだ。 実際マカはよく躾されてて一通りのことは自分で何でも出来たし、やった。服の畳み方くらい知ってたつもりだった俺はひどく打ちのめされて、下手をすると授業より真面目に家事を習った。 毎週交代で高級レストランごっこをはじめたのは一緒に住み始めて二ヶ月もした頃。 「勝負よソウル!」 そんなことを高らかに宣言したマカが古書店から買って来たのは“お料理基本大百科”という800ページを超える分厚い本。 「……一応聞くけど、何を」 「私がこの本から選んだ料理をソウルに作ってもらうの。美味しかったらソウルの勝ち」 「…………勝ったら何かある訳?」 「家事一日免除権が貰えます! 来週は私が作るから、今日はこの肉じゃがってのを食べたい!」 そんなよーな隔週の特訓(もちろん課外授業が土日にかかる時はパス)で、無駄に技術向上する今日この頃なのである。……おかげで今じゃ趣味が菓子作りってんだから、自分のハマる性格が怖い。 そんなわけでマカに上手く乗せられてめきめきと料理の技術が伸び、今日のメニューはボンゴレベラーチとパンプキン・ビシソワーズ。早い話がアサリのパスタと冷たいスープ。両方とも結構手間がかかる。 『たっとっえっ胸のきずーがっいーたんでもーっ』 ノリノリのマイ・マスターが絶好調で歌っている。俺は台所でそれを聞きながら日が落ちてゆく窓の外を眺めつつ、トマトソース(もちろん手作り)をくつくつ煮ていた。 『いっけ、みんなのゆーめ、まーもるーたーめー』 ――――――ほんとにコイツは音楽IQが低くて涙が出てくる。 ぽんぽこダンスとかアンパンマンマーチ歌うような歳か。 【なに言ってやがる。お前マカの歌聞くの好きじゃないか】 【マカが何もわからなくて安心するだろう?】 【トランスフュージョンなんてエセパンクのオカマ野郎の曲喜んで聞いてるよーな女で良かった】 【お前の誰からも評価されないピアノを褒めてくれる耳の悪さにホッとするよな?】 ぞわぞわと耳の後ろで“小鬼が”囁く。 ……クソが、うるせえよ。 じゅうじゅう沸き立つ赤色のフライパン。にんにく、ローリエ、パセリにアンチョビ、それからグズグズに崩れた完熟トマト。 まるで肉だ。 まるで、にくだ。 まるで……人の―――――― ざわざわ這い上がってくる破壊衝動に勝手に目が見開いてく。やばい、鍋、ぶちまけそう…… 『わすれっないでっゆーめーをっ こぼさーなーいでっなーみーだっ』 感覚が鋭敏になりすぎたのだろうか? 聴覚までが開かれてまたマカの歌声が聞こえてくる。 『だからっきみはっとーぶーんーだーほーほーえーんでーっ』 別に音痴なワケでもない。 別に馬鹿なワケでもない。 ただ、マカなだけだ。 彼女のそれが、それだけが、いつだって俺を救う。 俺は超特大のため息と共に深呼吸をして、フライパンの中にアサリをぶち込んだ。ガラガラと派手な音をさせ、殻が赤色に染まる。……うん、美味そう。 「うーっしゃ、出来たー。マカ、スープよそってブレア呼んでくれー」 「……あとな、歌詞間違ってるぞ。だから、君は、飛ぶんだ、どーこーまーでもー、だろ」 三人で食卓を囲みながら(高級レストランごっこなので三人とも余所行きの服を着てカトラリーもいいヤツを出している。こういうとこ凝ると雰囲気が出るので)俺がそんなことを言ったら。 「ああ、ソウルのテーマっぽいなーと思って歌ってたから。あの歌」 胸の傷とかさ、飛ぶんだ、とか。にひー、と言って彼女が笑う。 「……はっ、俺がヒーローって柄かよ」 ふんと鼻を鳴らしてフォークを皿に差し込んだら勢い余ったアサリの殻がつるっと飛んで逃げて、ブレアがものすごい勢いで大笑いをした。 18:38 2010/09/20 |
「まァた喧嘩しちゃったよ」 ぼんやりと道端に座っている彼女に声を掛けると、そう言って唇を尖らせて頬を赤らめた。 「あーあ、椿ちゃんみたいな広い心が欲しい!」 嘯く彼女が座る花壇の淵の隣に腰掛け、私は思う。 確かに私達コンビはあまり喧嘩らしい喧嘩をしない。 でもそれは彼が気を使って馬鹿をするからだし、でもそれは私が気を使って私を演じるからだ。 時々別の彼女が言う。 『お前らって夫婦みてーな時あるよな』 なぁ、とはい、で会話が通じたことを揶揄されてのことだったと思うけれど。 私はそうは思えない。 彼を心から信じている。それに嘘偽り過大評価などない。信じられる。命など惜しくないほど。 でもそれは彼の人間性の全てを肯定するわけではない。 「いや、時々お弁当作らなかったり話しかけても返事しないとか意地悪はするのよ、お互い」 「つ、椿ちゃんとブラックスターでも!」 「まー、あの性格だもん」 私は別に特別心が広いわけじゃないと自分では思う。単に彼の受け止められない場所を適度に躱して流してるだけのこと。その技術が高いと言われれば一応腑に落ちる。……家でもそーやって生きてきたので。 ――――そう言えば兄と彼はちょっと似てるな、人の関心をやたら引きたがる所とか。 本当は寂しくて構って欲しいのかものかも知れない。 「喧嘩しない秘訣、教えてあげましょうか」 「あ、あるのそんなの」 「あるよ。簡単」 「教えてっ教えてくださいっ!」 「その人の事をよーく考えること。なにが欲しくて、何に怒ってるのか、ずーっと考えるの」 頭の中がそれでいっぱいになってると喧嘩しなくて済むよ。私がそう言って笑ったら、彼女が目に見えて不満そうな顔をした。 「そんなの椿ちゃんじゃなきゃ出来ないじゃん!」 「そぉ?」 「頭の中がソウルでいっぱいになったらよけー喧嘩になるよ! 私の場合!」 腹立つとこばっか思いついちゃうし!! 彼女はそれから一通りの愚痴を並べて気が済んだのか「ごめんね、明日になったら元気になってるからお礼にケーキでも食べに行こうね」と言って帰って行った。 私は彼女の背が見えなくなってもまだそこに居て、ふーとため息をつく。 「……簡単なのに」 「なにが」 「――――――――まぁた後ろで聞いてたでしょ」 「ありゃ、バレた」 ニヒヒヒ。彼が私の背後の茂みを乗り越えて来て笑う。 「今日はうちも喧嘩しましょうか」 ニヒヒヒ。肩に街路樹の葉を乗せた彼に向かい、私も笑う。 「はん、小物くせーこと言うなよ。うちはいつもラブラブだっつーの!」 マイ・マスターが、そう“実に小物くせー事”を言ったので私は溜息がてらにはいはい、ラブラブラブラブと言って立ち上がった。 11:22 2010/09/21 |
それが皆に見つかってひと笑いあった。 照れくさくて恥ずかしかったけど、それはまあいい。 「ミミさん、いい加減離して下さいよ」 「……………………いや」 「…………はぁ…………」 面倒くさいなぁ、というのが本音。 「ぼく何かしましたっけ」 一応訊いてはみる。これは建前。 予想通り返事など返っては来ない。 ああ、本当に面倒くさい。 人のイライラは苦手。人の感情は苦手。人の付き合いは苦手。 女の子はもっとわからなくてすっごい苦手。 特に彼女のよーなタイプが一等苦手。 皆がそれぞれ寝床を確保しつつ散り散りになる。今日は僕が見張りの番。昨日の最後の見張りが確か彼女だったので、間違いなく眠いはずだ。いつもならパルモンと手ごろな幹にでももたれ掛って一番に寝息を立てているのが常なのに。 彼女は僕のシャツの裾を放そうとはしない。 ずーっとふくれっ面で握っている。 ……宇宙一面倒くさい。 傍らでテントモンとパルモンが支え合う様にして目を閉じていた。寝ているのかも知れないし、寝た振りをしているのかも知れない。 この二匹は妙に気を使う性質だからなぁ。 思いながらパソコンを少しだけ閉じて(全部閉じるとスリープになるよう設定してあるから)地面に置き、薪を焚き火にくべる。細かい火の粉がふわっと浮き上がって消える。 「なんか文句でもあるんですか」 どうせ返事が返ってこないのならと、つい口調を強くしてしまった。 ぼくは返事が欲しいのだろうか? 少し自問自答する。いいや違う。では怒りを伝えたいのか? 再度己に問う。いいや違う。それならば何故彼女に強く訊ねたのか? いいや違う。 ついに自分の行動まで否定し始めたところで、質問が行き詰まってしまった。 あれ? 僕は一体何を自分の中から導き出そうとしてたんだっけ? しばらく割と本気で眉を寄せて考えてたら、左下から声がした。 「ねぇ」 「はい?」 「ミミにも書いて」 「なにを」 「手紙」 かぞく、ともだち、せんせい、メールフレンド、それから6人の仲間とデジモンたちへ。 「こんなに紙とペンが偉大な発明とは思いませんでした」 砂と泥でぐしゃぐしゃになった寝ぼけ眼で僕がふらつく足取りをしたら、同じような彼女が掠れ声を上げて笑った。 「大丈夫、胸に刻んだ言葉は消えないってTVで言ってたわ!」 ……うっかり者のあなたがそれを言いますかね。 呆れたけど、それ以上に面白くてうれしかったのでまぁいいかと僕も笑った。 |
図書館で自習してたらいつの間にか6時越えてた。 思わず顔色を失って鞄の中にものすごいスピードで筆記用具突っ込んで走って死武専出た。 「ぎゃーヤーバーイー! 今日火曜日ーっ! アタシの当番じゃーんー!」 ブレアはともかくとして絶対ソウル怒ってる! わー米も炊いてねー! 頭の中でまた小言を繰り返す同居人のいやーな皮肉ったらしい表情が再生される。うおーむかつくー! ぜーはーぜーはー言いながら玄関のドアを開けてブーツを脱ぐのももどかしくリビングに転がり込むと、ソウルが雑誌を読みながらラジオを聞いてた。 「ごっごめん……! サボらした……! はぁ、はぁ……い、今から作るから……!」 息が切れる。今更汗が全身から噴出してのどが渇いてきた。くそ、なんだって死武専とこのアパートむちゃくちゃ離れてるのよ。 「あー。いーよ別に。もーできてっし」 「はぁ、はぁはぁ……はあ?」 「飯作った。ブレアがどっか遊びにいくらしいから先作ったの」 「な、なんでまたそんな面倒なことを……じゃ、もう先食べたの? うわ、走って損した」 まだはぁはぁ息を切らせて肩を落としたら、ソウルが肩にかけてた鞄をひょいと持ち上げて言った。 「食ってねーよ。お前の当番なんだからちゃんと飯くらいよそえ」 鞄を床に寝かせてから自分の席に着き、ん、とテーブルに伏せられてた茶碗を持って、こちらへ渡すソウル。 「………………やだ」 「あ?」 「アンタかわいい」 「……なにが?」 小さい時にママの帰りを待ってた健気な自分を思い出し、思わず抱きしめたくなった。 23:23 2010/09/21 |
「いいですよ、その代りミミさんも僕に書いて下さいね」 はい棒。 ぽんと渡された薪を受け取って、私は呆然と立ち尽くす。 えっ、なにそれ。ここはごめんなさいって言う所じゃないの? 太一さんや丈先輩ならきっと頭をポンポンやって謝ってくれるのに。 そしたら私はもったいぶって許してあげるのに。 なのに、なんで? 「じゃ、僕こっち側でミミさんはそっちですよ」 そう言って彼は私との間に一本引いた。長い長い、線を。 「な、何を書けばいいの?」 「僕に手紙を」 素っ気なくそれだけ言って彼は私に背を向けた。 あとは棒が地面を削る音だけ。 ……な、なんなのよ……! 本当はたっぷり文句をぶつけるのなんか簡単だ。いつもみたいに喚いて不満をぶつけて泣いちゃえばいい。 焚き火の光がゆらゆら揺れてる。 小さな背に赤い髪。ただ黙々と地面に向かって何かを書いている。 私がここに居るのに。 「……………………」 やる気なく地面に座り込んで、渡された棒を突き立てた。 私たちにはせっかく口があるのに、せっかく通じる言葉があるのに、せっかく一緒に居るのに、どうして線なんか引いちゃうのよ? ここからここまでは僕の領分、そこから入らないでね、なんて悲しいわ。 『こーしろーのバーカ』 書いてすぐ消した。 なに書けばいいのか全然分かんない。字にして伝えなきゃいけない事なんて私にはないもの。 ぶつくさ言ってる間にも背中の向こう側でがりがりがりがり音がする。 「なんであんないっぱい書くことがあるの」 ナゾだわ。 私たちってそんな伝え合わなきゃいけないことなんかあったかしら? 手紙が欲しかった、なんてちょっと違う。ホントは光子郎くんが私の事なんか全然気にしてないのが悔しかったの。みんなミミのこと気に掛けてくれるのに、光子郎くんだけ違う。ちっとも気にしてくれない。 夜空を見上げて溜息ついた。 見た事もない星が瞬いてて、綺麗。深い紺色のグラデーション。まるで絵みたい。 私は棒をもう一度握り直して地面に突き刺した。 『泉光子郎さま、初めて手紙を書くね。学校であんまり喋らなかったけど、それって光子郎君がパソコンを』 ……んー…… 唸ってまた消した。 深呼吸して、また棒を握り直す。何度目だ。 『泉光子郎さま、この手紙を読んだら空を見上げてください。地面より面白いです』 たった一行それだけ書いて、唸って。 消さずに彼を呼んだ。 それから朝まで、見張り交代の丈先輩を起こすこともせず、私たちは地面に手紙を書いて遊んだ。 かぞく、ともだち、せんせい、メールフレンド、それから6人の仲間とデジモンたちへ。 「もう書く場所がなくなっちゃった!」 髪も服も砂と泥で汚れてひどい有様の私が目を擦りながらよろよろしてたら、同じような彼がぼんやり声を上げて笑った。 「じゃあ次の場所でも書けばいいじゃないですか」 ……集中したら何でもそっちのけにするあんたが言うかそれを。 呆れたけど、それ以上に面白くてうれしかったのでまぁいいかと私も笑った。 |
顔を擦り剥いた。正しくは壁にぶつかって鼻をジャケットの金具で擦ったんだけど。 美容に特別労力を割いたりしない性質なので多少の怪我なんかどーでもいい。仕事の鬼と呼んでちょーだい。 車の荷台にデジたまを収納してとりあえずひと仕事終了。 「はー……」 やっぱ肉体労働だなぁ。とても年頃の女の子がしていい仕事じゃないぞ。 「帰ったら回収書類書いて、日誌書いて、判子貰って、データー打ち込みかぁ……」 最近は新入りの器物損壊に関する反省文等の無駄な文章作成が減りつつあるとはいえ、相変わらずのハードっぷりにげっそりする。コレだから出動嫌なのよね…… 車の後ろで呼吸を整えてたら、ひょこひょこと赤いスパッツが近づいてくるのが見えた。 ……ったく、もう、ただでさえ気が立ってるってのに…… 関わるのが面倒臭いのでそのまましゃがんで近寄るなオーラを噴射してやった。 流石の鈍感野郎も気付いたのか、少しひるんでそのまま何処かへ立ち去る足音が聞こえてほっと一息。 「……はぁ」 呼吸を整え、腰を伸ばす。これから本部まで運転が40分。これも給料のうち、頑張れ淑乃。 顔を上げたらものすごく難しい顔をして眉を互い違いにしている大が、ぽんと何かを投げた。 「鼻の頭、怪我してる。貼っとけ」 ぶっきらぼうに言い捨てて、助手席のドアがばたんと閉まる。夕暮れにぼんやり光るピカ○ューのキャラクターが微笑んでいる絆創膏。 「…………へぇ」 にやっと笑って車のバンパーに顔を映し、鼻の頭にある怪我に貼った。 なかなか笑えるじゃない。 「ねぇ大、これもう一枚ない?」 こんな面白い顔、一人でしてるなんてもったいないわ! |
僕らはぽくぽく歩いている。特に話すこともないし。街の雑踏、人の声。……落ち着かない。 「なんだ、お前相変わらず人込み苦手だな」 頭の上の“可動式ぬいぐるみ”がそんなことを言った。 「……まぁね……」 「いいぜぇ、お前が“接しやすいように”してやっても」 にた、と笑う声が低く響いて、僕は身震いをした。 「……そういう寸法じゃなくなったって言ってるだろ」 「――――――フン」 石畳、アスファルト、紙のゴミ。砂埃が掛かった靴の先だけを見ている。 ざわざわ背中が疼いている。人間の感情と気配の渦巻く大きな街は、嫌いだ。 荒野で立ち尽くすのよりもずっと背中がざわざわするから。 もう何十分歩いてるんだっけ? 今僕はどんな顔をしてるんだろう? どこかで歓声、車が走っている。缶を蹴る音、誰かのため息。 「何故言わない」 白く汚れたアスファルトから顔を上げると、眉を吊り上げた死神がジャケットを脱いでいる場面が見えた。 「……はい?」 まぬけな顔で間抜けな返事をしたら、ばさっと肩にジャケットがかぶさる。 「体調が悪いのならこんな長距離を歩いたりなどしなかった」 腕を引っ張られ、たたらを踏む。……な、何の話? 「へん、オメーが喜び勇んで橋を見るっつうから付き合ってやってんだろ」 おお可哀想なクロナ、こんなに疲れて! と大げさにラグナロクが悲観的な声を出した。 な、何のコントが始まったの? おろおろしてたら、もう一度腕を引っ張られた。 「どこかカフェにでも入って休もう」 ずかずか僕の腕を掴んだままキッドが歩き出して、悲鳴を上げそうになった。結果的にそれが悲鳴にならなかったのはラグナロクが僕の口を無理に塞いだから。 「黙ってろ、俺様はシアトル系コーヒーには飽き飽きなんだよ」 ……なるほど……僕をダシにしたワケね…… 「……もしかして僕の気分が落ち込んでるの、ラグナロクの仕業じゃなかろうね」 「橋なんか見ても面白くねぇだろ」 ……大したタマだよキミは…… げっそりして視線を彷徨わせたら物凄い勢いで走ってくる自転車が見えて、その場を飛び退いた。……あっぶないなぁ。 ムッとして自分の掴んでるものに思いっきり体重をかけて立ち直ったら、キッドが不思議そうに尋ねた。 「なんだ、急に抱きついて」 ……忘れてた。 「いいいいいや……あ、あの、じじじ自転車が急に……」 言い終わらないうちに、ラグナロクが僕の軸足を横からパンとはじく。道路の端っこに立っていた僕はまた躓いて、キッドの身体にがっしと捕まってしまった。 「ラ、ラグナロク!」 「おお可哀想なクロナ! もうフラフラじゃねえか! コレはそこのカフェで一刻も早く休憩すべきだ!」 びしっと、少々お高そうなホテルのオープンカフェを指差したラグナロク。……そんなにか……そんなにおやつが食いたいのか!? 「…………別に構わんが……何故だろう、凄く作為的なものを感じる」 キッドが半目になって突っ込んだところを、止めとばかりにラグナロクが僕の足を再びはじいた。今度はそう簡単に倒れるものか踏ん張ったら、それをお見通しとばかりに踏ん張った方向に突き飛ばされ……キッドの胸の中に顔を突っ込むハメになった。 「ほらっ! なっ! 死神!」 「……解った解った、何が食いたいんだお前は」 「よーし、そーこなくちゃ!」 げらげらげらとラグナロクが上機嫌で笑い、僕はため息ついてキッドの背を追った。 「…………なんかごめん……」 「今度からは疲れたら疲れたと言ってくれ」 「……は?」 僕は別に疲れてなどない。コケたりつついたりされてるのを今見たじゃないか、と言おうとしたら。 「顔が赤くなるまで疲れたのを我慢するな」 そういってキッドが僕の腕をまた掴んで歩き出した。 「……言ってやろうか? お前が腕を掴んだりするから“疲れる”んだってよ」 ラグナロクの耳打ちに、僕はまた全身の力が抜けて真っ白のシャツの腕に捕まらねばならなくなった。 躓いたんだよ! そそそそれだけだよ!! |
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