The Edge Of Hell

 「……仕方ない、5時まで時間を潰すか」
 ため息ひとつ吐いてキッドが丁寧に紙片を折りたたんでポケットにしまった。
 「えっ……その後は??」
 僕はさも当然のように行方知らずの姉妹とこの人の多いブルックリンの街で時間通り会えることを前提にしている彼に驚く。デスシティはおろか死武専内でだって、何の約束もなけりゃ会えそうもないのに!
 「魂感知で探してみせる。……もっともアイツらが規定の時間に揃って同じ場所に居ることが条件だが」
 そんな事を気にも留めず、彼は反対側の歩気戸から観光マップを取り出し広げる。
 「あ、やっぱり人間の魂の選別感知って難しいんだ」
 少し意外な気もした。死神の不思議パワーで一瞬のうちに居場所を言い当てたりするかもとよく解らない期待をしてたから。……オモシロ能力見たかったな……
 「まぁな。だがアイツらの波長は熟知している。ほっとけばお互い曳かれてその場で落ち合うだろう」
 それよりもあと3時間の時間潰しに観光にでも付き合ってくれ、とキッドは地図と睨めっこを始めた。見回せば、ブルックリンは治安が悪いと聞いていたけれど、流石に街中はいい雰囲気で活気もあって人懐っこそうなおじさんがカフェに座ってる。……どこにでもありそうな風景が広がっていた。
 「確か美術館があったんじゃなかったか? お前らそういうの好きだろ」
 背中のいつの間にかキッドと同じパンフを持っているラグナロクが進言してくれた。
 「ちょ、ちょっと……ここはデスシティじゃないんだから出ちゃまずいよォ〜」
 僕がオロオロと焦ると、ポコッと叩く。
 「可動式ぬいぐるみに話し掛けんじゃねーよフシギちゃん! あっち向いてろ馬鹿!」
 ……可動式ぬいぐるみってなんだよォ……
 「せっかくブルックリン区に来たのだ、映画に出てきたような場所を見たい」
 ……死神の癖に俗っぽいんだな……と、思ったが言わずに頭上にぶら下がってる地図に視線を這わせながら呟いてみる。
 「じゃ、じゃあブルックリン橋は? サタデーナイトフィーバーに出てきたあそこ」
 死武専の第三図書館にはビデオソフトなんかも結構置いてある。古典映画は暇に任せて結構見たのでぼんやりと覚えていたらしい。
 「ほう、古い映画を出してきたな。おれは生憎まだ見たことがない」
 片眉を上げた興味深そうな目で地図を丁寧に丁寧に畳みながらキッド。
 「あ、新しいところだと……ニューヨークの恋人とか?
 ああああんまりアメリカ映画は見てないけれど……」
 その顔がなんだかくすぐったくてまたどもってしまった。……悪い癖だ。
 「―――ニューヨークの恋人、ね」
 ふん、と鼻を鳴らしてキッドが笑う。
 「ではブルックリン橋に向かうことにしようか、お嬢さん」
 「へへへっへぇ!?」
 恭しく手を取り、キッドが僕をついっと引っ張って歩き始めたので、僕は思いっきりつんのめってコケそうになった。な、な、なんだっていうんだ一体!?
 「おいおい、少しはレディらしくしろ」
 ご機嫌っぽい彼はそう言っていつものように靴音高く歩いている。



 08:46 2010/03/22 んー……もうちょっとなんかありそーだが、ま、10分ならこんなもんか。何かが始まりそうで結局何も始まらないのが川井キックロラグの真骨頂。引き裂いてミンチにするのだけが殺傷じゃないよぉという至極迷惑な主張。バラバラトリオのたったひとつの希望は三人が心を合わせることだけ。でもそれだけは出来ない800年の約束……。――――――――運命などぶち壊せ! そしてLem先生こんな素敵なまんがを!キャー!

 ニューヨークの恋人って映画の内容は割りとドリームでシビア。時間を越えた恋人たちっつー話。ビデオソフト版の吹き替えで死神様(小山力也)が声で出演してるのも要チェキ。







文字が読めないパティとブラックスターの話。

 「お前もしかして字ィ、読めなかったりすんのか」
 「ハンバーガーとジンジャエールは書けるよ、あと自分とお姉ちゃんの名前も」
 「……なんで言わない」
 「本なんか写真見りゃ大体中身解るし」

 「アンタは死武専に拾われて良かったね。馬鹿と言われたって手紙くらいは書けるだろう? 感謝しなよ自分の幸運に」
 「……リズもか?」
 「お姉ちゃんは学校行ったことある奴に習ったとか言ってたかな。読み書き計算が出来ないと釣りを誤魔化されたり騙されたりするから」

 「昔、売春宿の裏に住んでた事があったの。そこは9の子供にコンドームの付け方を実地で教えてくれるアホとか、食ってる最中にカロリー計算して30分経ったら綺麗に全部吐くバカがダースで居るとこでね、毎日腹を空かせたあたしは苦しい苦しいって言いながら注射器片手に涎たらして死んでくクソッタレばっか見てた。
 キャロルってゲロ吐くバカはね、指突っ込み過ぎて喉が炎症起こしたガラガラ声でさ、あんたは幸せだよリズが居てあんたを守ってくれるからって、何度も何度も羨ましがった。涙と鼻水垂らしながらゲロ塗れの手ぇ洗いながら、リズと仲良くしなよって……言った三日くらい後かな。車に轢かれて死んじゃった」
 「…………」
 「何黙り込んでんだお優しいブラックスター様! 同情か? 憐れみか? それともクラブで粋がってる金持ちのボンクラどもみたいに――――――――」
 「大物釣って帰るぞ」
 「あ゙あぁ?」
 「椿が料理してくれてる間、俺様の昔使ってた教科書探すの手伝え」
 「いらねぇよクソが! 余計なお世話!」
 「誰がやるなんっつったかよ。見せてやるだけだ」
 「……お前みたいな馬鹿に教わりたかない!」
 「椿は俺様より口が堅い。キッドにばらしたりしねぇ」
 「……――――――――もう知ってるよ、多分」
 「字はな、読めた方がいい。カリスマジャスティスも読めないんじゃもったいないからな」

 「……馬鹿なのって辛いねェ」
 「ああ、全くだ。だが感謝しろ、俺様の教科書が見れる自分の幸福に」
 「へいへい」



 2011/01-04/19 そんなような。結局4か月以上弄ってたのかコレ。






魔鎌と白髪

 「迷っても挫けても、誰も彼に手を差し伸べる者が居ない。狂って歪んでも誰も気付いてくれない。ああいう手合いが生き延びるにはね、眼前の問題から逃げるしかないんだ。
 行き先を指し示して、心配ないから行けと背を叩いてくれる大人もない彼は哀れですよ」
 コーヒーを片手に校庭で体力測定にいそしむ生徒達を見下ろしながら、保険医は言った。
 それはある意味で独り言であり、ある意味で皮肉である。
 何故ならば彼の視線の先には彼と同じ髪の色のとある生徒がたまたまいたからで、何故ならば彼の半径3メートル圏内に燃えるような赤い髪の元パートナーがたまたま居たからである。
 「………………」
 赤髪の魔鎌は手に持ったレセプトから視線を外し、自分達の他には誰も居ない職員室の窓の下を億劫そうに覗きこんだ。
 そこには予想通りにふざけた芸名の、彼の愛娘のーパートナーが全力でダッシュしていた。
 「黒血、か」
 ぽつりと思い付きのように赤髪の男が言うと、白髪の男が鼻で笑う。
 「そんなチンケな理由じゃないです。こいつは生徒として……男として……いや、人間としての根本的な問題でしょう」
 魔鎌は保険医の“結局の所は何にも興味を持たないというポーズ”が昔から嫌いだった。情熱が無い訳でも、本気で思っている訳でもないのに、時々妙にシニカルな事を言っては誰かに叱られるのを待っている子供っぽさは、未だに嫌いだった。
 急ごしらえとはいえ、やはりこの男はあまり教師には向いていないのではないかと思う。
 能力や意欲、思想的にではなく……性格的に。
 「……あいつの側にあいつを気にかけてくれる大人が居ない? ふざけんなよ、お前はなんだ? ただでかくなっただけのガキか? お前こそ大人を逃げるなよ! あいつの背中叩いてやれ、目を開けろ、逃げるな、走れって。
 ………………いつか俺がお前の背を叩いたみたいに」
 苦虫を噛み潰したような顔で魔鎌の男は、自分のポリシーを過去たった一度だけ曲げたことを思い出しながら言った。即ち、男を元気付ける、という信念に反する行動を。
 「……先輩がやればいいんじゃないですか?」
 「敵に塩を送るような殊勝な性格はしてない」
 「……敵、ね」
 「そーだ! あいつは俺にとって敵だ! マカだけじゃ飽き足らず俺の地位までで狙っている!」
 おどける様に言う赤髪に、冷たい目をした白髪が誘うように・仕掛けるように言った。
 今自分の中に渦巻いているのがどんな感情か悟らせぬ様……笑いながら。
 「若い芽は摘んじゃえばいい。今なら弱ってるから簡単ですよ」
 だが赤髪の男はそんなチャチな罠などに引っ掛かるほど純情には出来ていなかったので、フンと鼻で笑って答えた。
 「俺は寝首をかくような浅ましい性格もしてない」
 「……面倒くさいですね、相変わらず」
 「俺は卑しくも死神様の武器だぞ! 誉にならん戦など出来るか!」
 「――――――先輩は、時々カッコいいですねェ」
 「年中無休でカッコいいわい!」



 17:02 2011/04/19 パパはいつもカッコイイのですキャー!






職人3人駄弁り

 「おい誰だよマカに酒飲ましたの」
 けたたましく笑い声を上げるマカは、酒に弱く酔いつぶれてしまった武器連中をソファ代わりに、呂律の回らない口でワケの分らないことを何か言い続けている。
 「それにしても意外だな、ソウルがこんなにアルコール弱いとは。うちで一番弱いリズの方がまだ飲んだんじゃないのか」
 キッドがそんな事を云いながらブランデーグラスを傾ける。
 「一応突っ込んどくけど、ソウルはお前の持ってきたカクテル2本以上空けてるんだからな? 既に宴会の域を超えてるぞ?」
 「あはHaはハはブラックスターが正論とかおもしろイヒヒヒHiヒひヒ」
 「……マカが壊れた……」
 げんなりとしたブラックスターがぐい飲みをテーブルに置き、傍らにあった毛布をマカの方へ投げた。
 「身体冷えるから掛けてろ」
 「やぁさしぃなぁ〜ブラスタわ〜」
 「……人の名前を気軽に略するな……」
 毛布にくるまり、目を回したパティとソウルのお団子から身体をはがしてマカが芋虫のようにノコノコとまだ正気を保っているブラックスターとキッドの居るテーブルの方へ寄ってくる。
 「寒い!」
 「さっき暑いっつってセーター脱いだろ。どこやったんだお前」
 「あっためてェ〜」
 目がぐるぐるのまま、マカがぱたりとブラックスターの膝の上に倒れ込みながらそんな事を云う。
 「……お前なぁ……もうちょっとこう、女らしい……なんかねぇのカヨ……」
 嫌そうな声と顔をするブラックスターがマカをあっちへやろうと押し返すしぐさを見ながら、顔が赤いぞと突っ込もうかと思ったが……ものすごく面倒なことになりそうなのでキッドは静かにグラスを傾け続ける。
 「時にマカ、調子はどうなんだ?」
 話題を変えようとでも思ったのか、キッドは少し体勢を戻してマカの方を向いた。
 「調子いいよ。新技を目下開発中だし、ソウルとだって仲良くやってるし」
 その後も“調子のいい根拠”をだらだらとマカが垂れ流したが、二人は苦い表情をしただけで返事さえしない。
 「あんたらの方が問題なんじゃないの?」
 普通のマカならこんな風に口を滑らすことなどしないだろう。だが今はそうでない。
 「何を言う、順風満帆だ」
 それにいち早く気付いたキッドがその場を取り繕うように笑ってブラックスターに銚子を差し出す。
 「うっそォ。ソウルから聞いてるよォー」
 響くヨレヨレの唸り声に親友の名を認め、あれだけ黙ってろと念押ししたのにと渋い顔をしたキッドを、ブラックスターは死を総べる神サマでもこの娘には肩なしだな、と人の悪い顔。
 「……な、なにをだ」
 「ここで言えないよーなコトー」
 ぐほっと言葉と息を同時に詰まらせたキッドが激しくせき込む。ブラックスターはそれを愉快そうにゲラゲラ笑っているだけ。
 「ゆっとくけど! クロナにヘンなことして泣かせたら死神でも許さないんだからね!」
 「変なことってなんだよマカ。例えばどーゆーことが変なこと?」
 マカの言葉尻を論うようにブラックスターは揺れる指で指揮者が如くマカを指す。
 「た、例えばぁ〜……」
 「例えば?」
 「……き、キスとか……ハグとか……」
 『――――――――。』
 その沈黙は長く、重たかった。キッドにすればそんな事くらいで命に関わる制裁を受けるのであれば、実際の事実がマカにバレた場合の地獄絵図が脳裏を去来しているからで、ブラックスターにすればどんな箱入りで育てられたんだこの女は、という驚愕の為に脳の処理が一時停止しているからである。
 「あー!あー!あーっ! 今のウソ! そんなエッチなことしないよねキッドは!」
 酒気以外の要素でさらに顔を赤くしたマカが両手を振りながらブラックスターの膝上から飛び起き否定する。
 「……マカ……マジで言ってんのか……」
 「ひゃ〜っ! 嘘ォ嘘嘘! 冗談だって! なんて目で見るのよブラックスター! やめてその変態を見るよーな軽蔑しきった目はっ!!」
 わたわた暴れるマカが電池切れの玩具みたくフッと力を抜いてたかと思うとパタリと倒れ、ブラックスターの膝の上に逆戻りした。
 「あ、だめ……目が回る……」
 「おいキッド。マカに殺されたくないならちったぁ自粛しとけよ」
 ブラックスターが沈痛な面持ちでそう言った様子を認め、キッドは深く頷く。
 「まさかこんな天然記念物が未だに現存していようとはな……世界って広大だ……」
 「俺、真剣に同情するぜソウル……」
 そんな三人の声を聞きながら、酒の分解が早いリズが“近頃のガキってヤツは……”と薄暗い天井を見て溜息をつくのだった。



 同人誌の没原稿。






「俺今ソウルの苦悩とかちょっと実感できたかもしんない」

 中務の意思は……いや、私は。
 きっと途方もなく、とてつもない、だが往かねばならぬ道だけを見て、地に伏した躯を後にして……やっと立っていたのだろう。
 取り留めのない遠い道をたった一人で歩いてゆく想像をして呆然としていたに違いない。
 着いてこい、と気楽に笑った彼に何が解るかと思った事もある。
 だけれど彼は彼のまま彼であり続け、手を引くでなくただ同じ道を歩いている。
 約束さえなく、確かめなどせず、問い掛けもしないまま、ただ一緒に歩いている。
 同じ道を。
 私はそれが何よりも嬉しい。
 たった一人でこの道を歩くのは寂しかったから。
 たった一人で歩くに、この道は長すぎる。
 中務の意思も、きっとそう思ったのだ。同じ到達点を目指す連れ合いが欲しかった筈だ。
 私のように。

 「椿ちゃん〜……まだー?」
 「まだよ」
 「もう飽きた〜」
 一番最初からもう何度目のやりとりだったか。7回から先は数えるのを止めてしまった。
 「磁石落としちゃったのは不味かったわねぇ」
 デスヴァレー国立公園での実習中、おそらく実習とは無関係の遺跡と廃墟の真ん中くらいの人工建造物にぶつかって、物珍しさで探検ごっこと洒落込んでいたら方位磁石が行方不明になっていた。
 大慌てで探したけれど後の祭り。元来た道を辿ろうにも方向が全く分からないという素敵な事態に直面していた。
 「ねぇブラックスター、今の装備で野宿とかできるかしら?」
 「……あ、もう今日中に抜けるの諦めたんだ……」
 「現在位置も解らないもの……
 歩いた時間から考えるにそう深く迷い込んだ訳じゃないとは思うんだけど」
 「森は夜洒落にならんくらい寒いぞ。こんな軽装で寝たら凍死するって」
 でしょうねぇ、と私はまた地図と鬱蒼と生い茂る木々のこずえにらめっこ。
 「太陽の光が差すような開けた場所ならまだ方角解らなくもないけど……これじゃ……」
 仕方なく地図を畳んでポケットに差した。
 「携帯食料と飲料水、あと固形燃料の入った『死武専実習バッグ』は持ってるし、死にはしない……と思うけど……」
 「あの廃墟なら、取り敢えず夜露は凌げそうだぜ?」
 「いやぁよ。あんな湿っぽそうなところ、お化けが出そう!」
 「……お、お化けって……」
 呆れ顔のブラックスターが思いっきり脱力し――――――――悪い顔になる。
 「お化けより俺が怖いコトになるかもよ?」
 わきわき両手を動かして口から舌を出して、誰かさんみたいに涎など垂らしながら。
 「大丈夫。
 ブラックスターは人の嫌がること無理矢理するほど魂弱くないもの」
 それににっこり笑って返したら、ちょっ、一つ舌打ちをして後ろ頭を掻いた。
 「くぁ〜! 解ってねぇ! 解ってねぇよ椿! 男なんてそんな簡単なもんじゃねーぞ!?
 今にも押し倒されてオッパイモミモミされてっ! エロい事になるかもという危機感がお前にはねぇ!」
 「……ブラックスター、話題がないからって無理矢理悪役やらなくていいのよ」
 磁石を落っことした責任を一丁前に感じているらしい、てのはすぐに分かった。
 まさか二人きりの時に下ネタ言うほどテンパるとは思わなかったけど。
 「椿ちゃんは俺を過大評価する癖があるなァ」
 これでも俺は結構打たれ弱いぞ? 内緒だけど。
 ニヒヒと彼が照れ隠しのように笑ったので、私はその頬に口付けて「うん、知ってる」と囁いた。



 21:15 2011/11/06 ブラスタと椿ちんは今日も仲良しです。 まぁこんなとこかというか『16:37 2011/04/05 ★椿の仮エンドタイトル18禁という事で。椿ちゃん一人でも往けたかもしんない世界。でも二人で歩いている。退屈はしない。寂しくもない。なんだ、幸福なんじゃないか。……というか。よく解りません。椿ちゃん と ブラックスター の 最初 と 最後。』を拍手でやるのは無理だよなというか。練りが足りんなぁ……リベンジしたい。






笑って! ソウルくん

 「最近家が暗いのは何故?」
 ソファの上でごろごろしているマカが急にそんなことを言い出した。
 ネイルベースをふうふう吹きながら、そりゃあんた達がギスギスしてっからだろ、と内心思ったけど、とても面倒なので内心思うだけにしておく。
 「ええぇーそう? 前からこんなもんじゃにゃいの〜」
 「大笑いしたい」
 クッションをぎゅうっと足で挟んではしたない格好のマカが我侭を言う。外は雨、時間はもうすぐ18時になろうかって頃。今日は校外実習もなく一日中家でごろごろしてたものだから、変に体力が余っているのだろう事は想像に難くない。
 「コメディ映画でも見てくれば?」
 いちいち構うのも面倒だから適当に流す。
 「映画って気分じゃないの」
 「んじゃ、ショッピングとか?」
 「気分転換じゃないの、大声出して発散したいのよぅ!」
 「バッティングセンターか、カラオケねぇ」
 「んんー、そーじゃない、そーじゃない……!」
 ごろごろと器用にソファの上で悶えるマカが不満声と拗ね声を混じり合わせた物を吐く。
 すると無言で部屋から出てきたソウルがこちらを一瞥して冷蔵庫から牛乳を取り出してごくごく飲み、またさっさと部屋に引っ込んだ。
 「……ねぇブレア、いいおもちゃを見つけたんだけど一緒に遊ばない?」
 「魂の共鳴〜」
 抜き足差し足忍び足。
 二人で大げさにソウルの部屋の前までやってきて、いっせーのーででドアを開けると。
 「な、何だお前ら……」
 部屋で雑誌を読んだりレコードの手入れをしたりと一人でお利巧に遊んでいたソウルが、暗い眼をした我々二人に怯えを含みつつ警戒色を露わにした。
 「ねぇソウル」
 まずマカが猫なで声とも、からかい文句とも違う……けれど有無を言わせぬ強さを持った不思議な雰囲気で一歩前へ出た。さすが切り込み隊長、迫力ねェ。
 「な……なんだよ」
 嫌な予感を目一杯頭にめぐらせたソウルが引きつる頬で少し後ずさり。
 うん、その行動は実に正しい選択よ。……でも無力だわ。
 「あそんで」
 そう、彼女が口を動かした瞬間に私は彼の背後にあるベッドへ彼を突き倒していた。
 「マカ! 足!」
 「おうよ!」
 ソウルは曲がりなりにも成長期の男の子である。しかも死武専に属していて武器という特性を持っているから、職人には劣るもののそれなりに格闘など出来たりするし、運動能力もそんじょそこいらの不良なんかワンパンチで沈められるくらい強い。また、きちんと身体の基礎が作られているので本気出したら純粋な力勝負ではもうマカは勝てないだろう。
 だがこちらは二人がかりで、完全に隙を突いた見事な連携で関節を決めている。流石に敵うもんじゃない。
 悲鳴が上がって、トレーナーが無情にも捲り上げられ、薄いTシャツ一枚が露になった。
 「なんだおい! ふざけんな! なんなんだよ!? 説明しろ!」
 哀れな子羊がくりっとひっくり返されて、足の上にマカ、両腕を大人の力でがっちり決めたうつ伏せで、もう身動きなんか取れる道理がない。
 「第一回ソウルくん大笑いレェース!」
 「オイ待てブレアなんだその嫌な予感しかしないタイトルは……ってギャー! や、やめろォー!」

 30分くらい擽り続けたら、ソウルがついにゲホゲホ言いながら目を回してしまった。おもむろにひっくり返したら涎たらして顔真っ赤で、ものすごくエロい顔。いやーん切ない!
 「どう? 気は済んだ?」
 訊ねると、ハァハァと息を切らせた笑顔でソウルの太腿の上に座っていたマカが一息ついて言った。
 「あははは、はは……! お姉ちゃんと弟が居たらこんな感じかな!」
 ……弟……報われないわねソウル!



 11:28 2011/11/05 ソウル君のドM調教。うつ伏せにひっくり返したのはブレア姉さんの最後の慈悲。






黄昏ギャラクシー

 デスシティには時計塔がある。
 僕は夕暮れ時(死武専の図書室が閉鎖時刻になっていく場所がなくなると)大抵ここに居る。
 沈む夕日を眺めているのではない。
 むしろ赤い光を背にして風に吹かれている。
 時々ラグナロクが下らない茶々を挟むけれど、僕は黙っている。
 埃っぽい空気と乾いた空がとろけそうな色に塗られて、煉瓦の街がトマト鍋の底に沈むようだ。
 たくさんの屋根が並ぶ景色。
 ここのどこかにマカが居て、クラスの人が居て、教師や学校の人々が居て……
 小さな子供もほんの少しだけだけど見たことがあるので、家族の営みがあるのだろう。
 その結び付きの輪から、ポツンと一人だけ浮いた僕が居る。
 暮れなずむ茜色の空だの、高い場所だの、一人だの、今まで何とも思いはしなかった。
 今は少し物寂しい。
 ラグナロクは居るのだから贅沢な事なんだけど。
 雨の降る日も
 薄曇りの日も
 日差しの強い日も
 風の強い日も
 嵐の日も
 吹雪く日も
 霧の濃い日も
 世界中のどこででも
 僕は一人で
 もう居ない
 死んでしまった
 殺されてしまった
 僕が殺してきたのと同じように
 「……………………」
 時計塔の鐘が鳴る。正確には鐘でなくブザーというか、放送なんだけど。
 不安になる音だ、家に帰りたくなる。
 そんな場所がなくとも。
 このまま顔を伏せて泣いてしまおうか。それとも飛び降りて潰れてしまおうか。
 顔を歪ませていたら、真っ赤な真っ黒が視界の端に現れた。
 向こうか、無視するか考えて、僕は
 『嘘つき神様め』
 なんて言わず、とりあえずそっち向いて笑った。
 伸ばされた腕にラグナロクを突き立ててやろうかと思ったけれどやめた。
 手を振り払おうかと思ったけどしなかった。
 期待なんかするからいけないんだ。
 何も望まなきゃいいんだ。
 「……星を見に行かないか」
 ブザーの響く黄昏を受け、砂埃の中を死神が空を指す。
 「――――――――デスシティを出るなんて、とんでもない」
 言ったら腕を掴まれた。
 「馬鹿な。誰が告げ口するというのだ」
 その言葉と共に僕は折角温めた手すりから、規則破りのわるものと一緒に星の海に落っこち始めた。
 ああきっと僕は腐ってゆく。
 その証拠に
 血の暖かさのない胸にほんのり発酵熱が灯っている。



 23:44 2011/11/05 メルヘン。メルヘンなんだってば。さっこせんせいの「高い所で待ち合わせ」が原案。






真夜中☆白昼夢

 「アッあっあんっ!」
 「ん、ん、ん、んっ……」
 薄暗い部屋の冷たい空気が頬に当たっているその感覚だけが頼り。
 あとは何も動かせない。
 「い、い、い、い、い」
 「はぁはぁはっ……は、は、は」
 途切れる息の匂い、汗の匂い、涎の匂い。
 喉が勝手に震える。
 「いい、いい、いい!」
 「……あ、まり、……暴れる、な……っ」
 ぬかるむ肌と肌が火照って冷えて擦れている。
 でも それ 全部 遠くて 切り離されて 僕は 一人きりで
 「ああ、ああ!」
 「…………クロ、な――――――――」
 切なげに喘ぐのは黒髪の美少年と、アメジスト色の髪の繰り人形。
 深く絡んで引っ張ったって離れそうもない。
 「……キッド、僕の事――――――――?」
 「ふ……はは……もちろん――――――――」
 擂り潰されて死んでしまえ。
 逃げ出したいな。
 切り刻んで絞り切ってやろうか。
 赤と黒が混じったらどんな色だろう?
 することもないから思いつく限り残酷な殺し方を考えた。
 耳に付く水の音と肌を叩く軽い音。ばかばかしい。退屈でつまんない。哀れな異常性欲者ども!
 弓なりに反る人形の背を離すまいと懸命に、白と黒の縞々髪がそのカーブを追う。
 冷たい部屋の空気。窓の外は雨か雪が降っているに違いない。薄いシーツと掛布団、それから古臭いマットレスの隙間で馬鹿なガキが人形片手に間抜けな声を上げているのを見るのは何度目だ?
 本当ならば家に帰って、お母さんが思いつきで作った夕食を食べてるはずだ。
 見て、見て、もう苦手のラパンのロワイヤルだって食べられるよ、ソースだって残さない。
 目覚まし時計よ早く鳴れ! 誰か僕の頬を抓って! 寝返りを打ってベッドから落ちろ!
 胸元を辿るぬるい舌。愛おしそうにくすぐる指。そして体を拙く貫く死の剣よ!
 「ああああああああああああああああああああああ」
 楽しそうに笑う人形と死神のダンス、粘つく汗が接着剤。
 吐き出された精液と絡む黒い毒の血から作られた粘液。
 あまりにひどい、惨憺たる光景。
 「――――――――」
 「――――――――」
 ノイズが酷くて聞こえない。
 「ああああああああああああああああああああああ」
 耳を塞いで蹲る。
 「ああああああああああああああああああああああ」
 「あ―――――――」
 「――――――――」
 うるさいうるさいうるさいうるさい!
 帰るんだ、帰りたい、帰らせて! お母さん! 家へ帰して! 助けて!
 「――――して――」
 「―――――――る」
 いやだいやだいやだいやだいやだ!!
 「――――――――」
 「――――――――」
 暖かい、嬉しい、楽しい、満たされて、崩れてく。
 「――――――――」
 「――――――――」
 聞こえる声が、言ってる声が、耳から流れて頭の中で腫瘍になる。
 早く帰らなきゃ、これが、マカのように僕の癌になる前に。
 「――――――――」
 最後の一言は死神が言ったのか、人形を繰る黒い血のバケモノが言わせたのか。

 ――――――――まさか。

 そこまで思って気づいた。
 あれ、僕、笑ってら。



 12:12 2011/11/06 原案:kamima先生 元ネタ:大槻ケンヂ著「アイドル」破滅的なエロ、リハビリ。






ハートのおくをそれでつついて

 別段不思議な事じゃぁない。
 何も変わった事とも思わない。
 ありきたりで退屈な、予定調和。
 簡単な、普通のこと。
 「もうやめて……!」
 「なんだよ、お前がしろっつったんじゃねぇか」
 「なんでこんなことすんのよ……!」
 何故でしょうね。そんな下らないこと聞くんじゃありません。答え辛いだろ馬鹿。
 毎度おなじみ課外授業。俺たち二人はオックス&ハーバーコンビと逸れて二日目。もはや手持ちの食料も体力も尽きてかなりヤバ目の状況。おまけにマカの感知もはっきりとは利かない妙な狂気ポイントにある縦穴に落ちて、完全に策が品切れた。もうじき夜になる。気温も下がって、じりじりと命が縮まって来る気配。
 いつものマカなら意地でもこんな所、力技で抜け出すだろうになんで俺より先に諦めて地面に座ったのか不思議に思ってたら、足を挫いたところに葦か何かでふくらはぎをザックリ切ってた。それもかなり深めに。
 だから言ったんだ、人里離れた場所に行くときはその糞短いスカートを辞めろって。
 なのにちっとも言うコト聞かずにそのザマだ。
 それで言い合いになって一悶着。まあそこまでありがちないつもの事だよ。
 『何よ、そんなこと言ったってしょうがないじゃん! 止血剤ないんだもん! そんなに言うならソウルが舐めてよ!』
 ……マカは結構、喧嘩になるとヒドい口をきく。聞くに堪えない罵倒もする。ホントに女かとげんなりする程。
 でもその接し方は良かった。好きだったよ。分け隔てなく、仲間っぽくて。
 月の光が穴の底まで届いている。
 深い陰影。
 怒った顔。
 血の匂い。
 『わかった。足、開け』
 重苦しい自分の擦れる声は、多分喉が渇いているから。
 『……なっ……舐めれるもんなら舐めてごらん!』
 引っ込みつかないマカの顔が自分の陰に押し込められて見えない。
 舌を唇の隙間から引っ張り出す。
 唾液が落ちた。
 喉が渇いている筈なのに。
 泥の味。
 血の匂い。
 歯に当たる肌。
 マカの温度。
 ……なんて甘美な拷問。
 「あ、あ、ア……」
 傷を舌でなぞると顔をしかめて、傷のない所を舐めるとこんな声を出す。
 やらしいね。
 古い土の匂いと、苔生した冷たい岩盤。いつもの制服は皺だらけ泥だらけ血だらけでヒドいありさま。マカは地面に背をつけて俺の肩に足を掛けて、本当にもう、無体な格好。
 ……こんなとこ、オックス君に見つかったら、俺恥ずかし死ぬかもしれん……
 頭の隅がそんなこと思いながらも舌が止まらない。
 馬鹿げてる。
 本当に。
 「や、やだ……やだぁ……! つ、つめたい……!」
 「………………ッ」
 それは背中が?
 それとも――――――――下着が、か。
 訊こうとする前に手がもう伸びてた。
 「ひゃぁあぁぁあぁぁぁぁ!!!」
 「……悪い、これ、俺の涎かな?」
 人差し指と中指に掛かった透明の温い橋。月の光がそれを浮き上がらせる。
 血が沸く。黒い血が沸く。頭痛、期待、それからツイストを踊る小鬼。自分のじくじく痛む胸の傷。同じリズムを刻む心臓と、アレ。
 「〜〜〜〜〜っ!!!?!!!」
 目を白黒させている筈のマカの表情は、相変わらず自分の陰になって見えない。
 それがあり難いような、少し残念なような、ヘンな気持ちがした。
 「も、もういい! もういいよぉ!! 放して! ソウル! 手を! 足! 放してェ! 怖いよォ!」
 怖い? コワイ? 俺が怖い? マカが? 何故?
 昏い。暗い。くらい。手が痺れてきた。肩が重い。舌も疲れてる。もう止めたい。マカにもう十分復讐できて溜飲も下がった。
 ……あれ? 俺、そんな事の為にマカの足舐めてんの?
 ぞくぞくする。
 変な気分。
 自分の手が自分の物でなくなるような。
 古い土の匂いと、苔生した冷たい岩盤。いつもの制服は皺だらけ泥だらけ血だらけでヒドいありさま。マカは地面に背をつけて俺の肩に足を掛けて、本当にもう、無体な格好。
 マカ。
 ……泣いてんのかよ?
 月の光が眩しく照らすのは顔を両手で覆ってすすり泣く女の子。
 強くてカッコイイ、何にも負けない勇者で天使な俺のヒーロー。
 「な、何だよ……泣くなよ……!」
 ――――――――俺が好きな女の子。
 肌寒い。こんなに月の光が冴えているということは、もう夜も更けた。このまま湿った土に接していては体温を奪われて死んでしまう。おまけに二人とも変に身体が上気しているから汗もかいているし。
 「わかったよ、しない、これ以上やんねぇから、な」
 がくがく膝が勝手に震えてた。理由は良く解らない。というかそれを考える暇がない。考えがまとまらなくて頭の中の単語がバラバラになってく。
 小鬼はまだ笑ってて、俺は自分の身体が上手く動かせずにいた。
 「ほら、寒いだろ上来いよ」
 返事なんて聞く前に細くて小さな体を乱暴に引っ張り上げる。……こんな華奢な体のどこからあんな超人的な力が出てくるんだろう?
 抱きつぶすみたいに無理やり胸に掻き抱いて、まだ泣いてるみたいな物言わぬマカのショッパイを潰した。いい気持ちだ。いい匂いもするし。あんまり柔らかくないけど。
 「……なんで……なんで……」
 なんで?
 なんでだろう。
 解らない。
 解りたくもねぇし。
 「……やりたいから?」
 ――――――――――――――――
 ハァ?
 「こんなこと、いけないのよ、しちゃダメなのよ、すきなひととじゃなきゃ」
 ――――――――――――――――
 ハァ? 何言ってんだこいつ? 頭打ったか?
 「そんなとこ、触っちゃダメなのよ、結婚してなきゃ」
 ……
 …………
 ………………
 「はい?」
 「遊びでしちゃダメなのよっ!」
 ――――――――えーと、お前いくつだっけ? 5歳?
 「マカ」
 「なによっ……!」
 『好きだ。愛してる。お前を俺の物にしたい。俺だけの物に』
 ――――――――声が。勝手に。出てる。
 ぞわ、と身体じゅうの皮膚という皮膚が裏返ってゆく感じ。鳥肌が立つのの、もっとすっごいやつ。耳も、目も、口も、歯も、全部めくれあがって、脳も、鼻も、目蓋も、頬も、泡立って引き千切られていく。
 “はぁぁ!? 何言ってるのよソウル! アタマオカシクナッタンジャナイノ!?”
 耳が遂に聞こえない。
 ああ、ああ、これ、狂気か? 俺は、狂っているのか? 今? 何故? いつ? どこで?
 混乱する頭の中の最後の感覚は

 マカの下着の端っこを     ずらして        自分の         ベルトのバックルを                 引っ張る                    手の

 や、やめろ……
 やめろ……
 やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!



 0:14 2012/02/25 最悪にもほどがあるぞ俺。






擦過傷

 ソウルが古道具屋で買って来たらしいレコードを磨いている。
 ブラシでほこりを落とし、わざわざ薬局で買って来たコンタクトレンズの洗浄液(なんだか具合が良いらしい)を垂らし、シカの皮を敷いたテーブルの上で脱脂綿でごしごしと、根気良く、面倒くさそうなのに決して途中で放り投げたりはせず、使命感にも似た眼差しで、不織布の付いた少々割高なコットンで、ごしごし、ごしごし。
 テーブルの上の調味料入れがカチカチ笑っているのが不快だ。
 部屋には私の流したままのラジオの声。
 テーブルが軋む。
 時々がさがさとビニール袋に脱脂綿が投げ込まれる音。
 目がしょぼつく。
 少し眠い。
 風呂上りで生乾きだった髪もすっかり軽くなっている。
 部屋の空気がぼんやり生温く、シャンプーと石鹸と整髪料の匂いで湿っていた。
 ラジオからたゆたう低いビブラートと、それに寄り添うような音楽の主役はサックスと……スネアドラムだろうか?
 この部屋は、テレビはあまり付けない。もっぱらラジオか、ソウルのレコードが音を絞られて鳴っている。別段何か取りきめがあった訳でも、一悶着あった訳でもない。
 ただ、何となくそれに落ち着いた。
 私は本を読むし、ソウルは音楽を聴くのが好きだった。
 ちょっと前は映画を二人で見る事もあったけれど、私はSFや社会派ドラマのような、ソウルが言うにはお固い物を好んで見たし、ソウルはアドベンチャーや感情に訴えかける古典名作、私が言う所の極端なジャンルをよく選んだ。共通して好きな系統を探して、結局お互いさほど好きでも嫌いでもない大衆向けの娯楽大作や恋愛物なんかに落ち着いたけれど、着地点がそんななものだから映画を二人で見るという機会はほぼ無くなってしまった。
 ソウルは本を読まないし、私は音楽が解らない。
 読書家というのを気取っている訳ではないけれど、言い回しや話題に挙げる物が自分では古典であったり常識であったり慣れたものであったりするのでポロリと口にすることがある。
 するとソウルは少しだけ嫌な顔をして、黙る。
 解らない、どういう意味? と尋ねてくれたらば説明したり控えたりするのだけれども、ソウルはほんの少しだけ不愉快な波長を出して、それ以降はむっつりと黙ってしまう。
 いつからそうなったのだったかは忘れてしまったけれど、もうすっかりそうなっている。
 リズと一緒に好きなバンドや音楽の話、レコードの話をしているソウルの顔は嬉しそうで、それはきっと私が好きな本や作者の話を趣味の合う誰かとしている時の表情と同じなのだろう。
 私とソウルは違う人間で、見事に異なる人生で、全く別の趣味で、まるっきり似てない性格だ。
 「マカ」
 「……なぁに」
 「なんでこっち見てんの」
 「見ちゃいけなかった?」
 「退屈な顔してたから」
 「考え事してたのよ」
 「……なんの」
 「ソウル」
 テーブルの上にさんざめいていた音が少し途切れた。
 ソウルの手が止まったんだろう。
 ラジオのDJがさっきのジャズの演者を紹介している声がノイズ混じりで聞こえる。
 「私達って、趣味とか嗜好とか全然合わないなーって思っててさ」
 瞼をゆっくり閉じ、とびっきり濃い乳白色の闇の中に視界を躍らせて、言い訳のように言った。
 「……そりゃ、そうだよ。俺達は趣味の集いじゃないし」
 またテーブルの上にカチャカチャごしごし雑音が戻る。心なしか途切れる前と音が違う気がする。
 「でも一緒に暮らしてるパートナーのプライベートがここまでチグハグってのもそれはそれで問題なような気ぃ、しない?」
 「別に」
 「……あっそ」
 ソウルは古道具屋で買って来たレコードを磨いている。
 私はソファの上でお風呂上がり、髪も乾かさずラジオを聞いている。
 ここにもしもブレアが居たならなぁ、とか思う。
 私達の間にはブレアが必要だ。
 ……早く帰ってこないかな。



 11:46 2012/10/22 喋る事も無いんだったら部屋帰ればいいじゃん。なんで二人ともリビングでゴリゴリギリギリ気まずくなってんだよ。近付きたいけど寄ると怪我をする。擦り傷から滲む血を悔いながらそれでも側に居るの。以下、花森苺氏・月夜氏・川井の三人で開催されたお絵かき電子会話より抜粋:実際仲良くないよな、ソウマカ。信頼はあるかもしれないけど、気の合う友達じゃ決してない。そういうことならマカに「ソウルと友達になりたい」とか言わせてハァってなってもいいな。あー、いいなぁ、ソウルと友達になりたい。すげえ罪に満ち満ちた呪いみたいな言葉だな。どうしたってそれが叶わない相手に投げつける最悪の言葉じゃないですかね。「恋人になりたい」よりタチ悪いっていうか。だからその辺りをどうにかして埋めたいマカが「天使になるもん」で「オックス君みたいに大事にしてよ!マカマカ言って構ってよ!」って言ったのかもしんない。
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