なにもしない

 珍しくジャケットを脱いでる彼がそう言って髪に口付けをする。
 今日はちょっと気温が高いし、空はきれいに晴れ渡って満月が美しい。
 僕の身体には鉄格子の影がくっきりと落ち、ベッドのシーツがストライプ柄になっていた。
 満月の日はいけない。
 その上に月の物が来てるなんて最悪の日はもう駄目だ。
 ……駄目なはずなんだ。
 ――――――なんだけど……なぁ……
 っていうか、何でこの死神くんは僕の生理周期知ってんだい。
 発狂する度こうして、泣いたり喚いたり押さえつけたり話をしたりしに部屋を訪ねて来る。
 僕は28日周期で生理が来る普通の身体じゃない。
 そもそも女だか男だかわかんない雌雄同体だから、月の物も14日周期でくる。
 正直たまったもんじゃない。
 その代わりといっちゃなんだけど、二日三日で終わる。
 いろいろ総合して考えるに、これは生理じゃなくて黒血の入れ替えなんじゃなかろうか。
 つまり壊死。
 人工血液だからアポトーシスを上手く機能させられなくて、それで僕は血を吐いているのではないか?
 子を宿すためではなく、不全のために血を流しているのではないだろうか。
 メデューサ様の元を離れたからか、そんなことばかり考える。
 あの人の元に居たとき、死ぬなんてなんでもなかったはずなのに。
 今は生きることばかり考える。
 死にたくないと体が震える。
 暖かい彼の手が頬を撫で、離れようとする僕の首を引き寄せた。
 息がかかる。耳に呼吸する音が絡んで、小さな呟きさえ聞こえるようだ。
 左親指が右頬骨を確かめるように何度か行き来した。流れてもない涙を拭うような仕草で。
 「……嘘つき……」
 抱きしめられてションボリとしている黒血の羽を見て想像する。崩れ落ちる身体を抱きしめて引き止める彼の頬を打ち、触るなと怒鳴る自分を。迷惑だ、うんざりだと叫ぶ己を。

 そしてその彼の表情を思い描いた彼女はゾクリと粟立つ肌を押さえ込み
 あぶくの消えない黒い血は夢のように踊るのだった。



 0:02 2010/05/03 応えも振り解きもしない残酷な鬼神のテーゼ。シヲコ先生この絵が元ネタ。






明るい監禁生活

 薄い貝殻みたい。光沢があって、真珠と同じ輝きを放つ薄い板が時々シャラリと音をさせる。
 蝋燭の暖かい空気に煽られてモービルがゆらゆら、ゆらゆら。
 マカの校外実習のお土産は、殺風景な部屋で夢のように揺らめいた。
 少しの教科書とノート。
 マカのモービル。
 キッドの本。
 ベッド。
 机。
 少しずつ増えてゆく荷物にほんの少しどこか心が痛む。
 「このアロマキャンドルはね、心を落ち着かせるの」
 赤のろうそくはイチゴの果実の甘い香り。
 青のろうそくは海をイメージした爽やかな香り。
 緑のろうそくは大地をイメージした草の柔らかな香り。
 その全てに火を灯して、僕はキッドの貸してくれた彼が父親から初めて譲り受けたという本を読む。
 素敵な話だ。
 とっても素敵で、愉快な話。
 偉いお医者先生の船を、たくさんのツバメが紐を引っ張って助ける場面など想像するだけで胸が躍る。
 この本をきっといつか自分で買おう。
 そして何度も何度も読むだろう。
 悲しい日に、苦しい日に、楽しい日に、嬉しい日に。
 そして文字と共に思い出すだろう。
 イチゴと海と草の香りを。
 暖かな春の陽を受けながら輝く君たち二人の顔を、僕はきっと思い出すよ。

 白い芯のキャンドルの上、宇宙を模したモービルは一枚絵が如く止まったまま、本に薄い影を落としている。



 7:41 2010/05/03 ボンズイーターの監禁話の辺のイメージを踏まえて、今現在のクロナの状況を思いつつお読みください。 いろいろ言及されまくって一時的に精神が混乱して感情の掛け違いが起こったクロナさん、無表情でぼんやり膝を抱えるの巻。 こんぶ先生のオリジナル絵にドッギャーン!!ときてやらかした。反省はしていない。






拾ってくれとは言ってない

 ドアを開けたら血まみれのボロコートが蹲ってた。
 「……あなた確か資料を提出しに行ったんじゃなかったかしら」
 うなり声だけが低く廊下をこだましている。
 終業時間を3時間も過ぎてるってのに帰ってこないと思ったらまた池袋まで行ったのか。
 「とにかく明日の掃除が面倒だわ、中に入りなさい」
 それでも動かないので蹴って玄関に押し込んだ。廊下には微かに血のストライプ。
 「……刺されたのね?」
 まずい。さすがにそんなものを手当て出来るわけがない。医者の手配をしなくては。
 「何箇所? 止血はしてないの? 喋れる? 返事が出来ないのなら救急車を呼ぶわ」
 ひゅーひゅーと虎落笛が聞こえる。相当重症なのか。
 「だから三日も徹夜して外出るなんて止せといったのよ!」
 コートを剥ぎ取ろうとしたら腕をつかまれた。なんて凄い力、この細い腕でよくも……
 「ごはん、なに」
 かすれる声。
 「なに言ってるのよ、それどこ……」
 目がギラギラしてる。いつもみたいに何か探して退屈そうな濁った目じゃない。
 「……なに」
 もう一度聞くものだから、溜息をついて応えた。
 「肉じゃがと昨日のおでんの残りよ。足りないなら山芋でサラダを作ってあげるわ」
 「……やりぃ、きゅうりは細く切ってね」
 そこまで言ったら動かなくなった。
 ……岸谷先生を呼ばないと……
 立ち上がろうとしたらスカートを引っ張られてがくんと重心が狂った。
 「ちょっと、離しなさい!」
 振り向いたら完全に気を失ってる男が、まるで命綱みたいにスカートの端を掴んでいる。
 ……
 …………
 ……哀れな男ね、私みたいなのの他に頼る人が居ないなんて。



 11:01 2010/05/08 即興。ぴくしぶで臨波を見てたら漲った。波江がおかん過ぎて笑う。ウザさんは静ちゃんとは別の人に刺されてます。つか静ちゃんなら刺さないで殺すよね。






脅かし役の居ないお化け屋敷

 やっと目を覚ました。岸谷先生はあの若さでなかなか腕がいい。値段に見合うものは提供する。
 「……どれだけ寝てた?」
 「丸二日よ。ちょっと血を流しすぎたみたいね」
 どこの馬鹿に刺されたのかは余計な詮索かしら、とりんごを手にする。
 「くそっ……まんまと足止めされたか」
 返事が無いので会話をする気は無いらしい。それともこの話題を避けたいのか。
 「……りんご、擂ってきましょうか?」
 まあこいつのプライベートと仕事の中身そのものに興味は無いからどうでもいい。
 「もしかして泊まりで看病してくれたとか?」
 「給料分以上のことはしないわ」
 ぴしゃっと言い放ってナイフを手にする。果物ナイフと罪の果実を握り締めながらふと思う。
 今ならきっとこいつを刺し殺すなんて簡単だ。体力気力共に一番減っているのは私が一番知っている。
 握っているナイフに力を込める。
 赤い実の皮が剥がれて行く。人の肌に似たような色の果肉が現れた。
 「……じゃあそれも、給料分?」
 乱れた髪のまま天井を見上げる男が呆然とした顔をして声を上げる。
 「あんたが金を稼いでいるうちは捨てないわよ、多分」
 「――――――はは……そりゃ頼もしい」
 しょりしょり、罪の果実が丸裸になる。まずは2分割、次に4分割、怪我人用なので8分割。
 「岸谷先生に代金を例のカードから振り込んだわ。抜糸は3週間後の予定。化膿止めは枕元に」
 資料のまとめは一応めどを立てたし、今のところ緊急の連絡は何もなし。あんたの負傷は岸谷先生以外誰も知らないし、先生にも口止めはしてある。1週間我慢して引き篭もってなさい。
 言いながらバッグを手にとって肩に掛け席を立つ。
 「どこ行くの」
 「今日はもう金曜日。土日の食事は別料金なら請け負うわ」
 それじゃあね、といったらまたスカートを引っ張られた。
 「隣の仮眠室で寝てもらうのはいくら払えばいいの?」
 ……こいつ……
 「……あんた意外に小心者なのね」
 「あんたは意外に世話を焼くのが好きだね。今なら押せば同情心を最大限に引き出せそう」
 後ろ向きなのでこいつの顔がどうだかは知らない。
 でも声の調子がいつもと少し違う。……コレも演技だっての?
 「そうね……あんたが簡単にお化け役を辞めないってなら、乗ってやってもいい」
 後ろ向きなので自分の顔がどうだかは知られない。
 「――――――ふぅん、意外に買ってくれてんだ俺のこと」

 引きつった笑い声が聞こえて、私はハンドバッグをまた椅子の上に置き直した。



 9:41 2010/05/09 ラブラブを目指したウザ波。波ウザなよーな気もする。






君の隣で息をするの

 はっと気付いたとき、もう既に8時を回っていた。
 何でそんなことに気付いたかと言うと、図書館にある柱時計がちょうど8回鳴ったからだ。
 第三図書館の柱時計はきっちり5分遅れて鳴る。
 「……不覚……!」
 長いことの続き雨で気温が低かった5時前とはうって変わって6時ごろは日差しがちょっとあり、ぽかぽかと暖かかったのだ。それでおれは新聞から面倒くさそうな熟語を拾ってクロナに教える作業を一瞬だけ中断して瞼を閉じた。
 それがこのざまだ。
 「クロナも殺生なことをする、起こしてくれればいいものを」
 よっこいせ、と腕から顔を――――――――
 ……あがらない。
 顔を置いてた腕と逆側の腕に何か乗っている。
 ……おい。まて。
 「……ラグナロクか」
 「ぐうぐう」
 「うるさい、どけろ」
 「ぐぴぴ。いい格好だったぜ、死神くん」
 「さてはお前、何か仕掛けたな」
 背中越しに会話するおれの鼻先に、黒き血の化物が伸び出てきて言った。
 「お前のその疑い深さ、半分マカに分けてやれよ」
 ケタケタケタ、と笑った化物はいつもの軽口と共にまた元の場所へ戻っていく。
 つまり、クロナの身体の中へ。
 『お前の夢を叶えてやったのに、ちったぁ感謝して欲しいね』
 捨て台詞が不気味に響いた後は柱時計の振り子が触れる音しか聞こえなくなった。
 カッチカッチカッチカッチ。
 「……夢、ね」
 おれは呆然としてそんなことを呟き、何故か勝手に顔が笑いだした。
 「なんてささやかな」
 そして、なんと残酷な。
 そんなことを思う。
 「――――――――だが、そうだな。そうとも。そうしてくれればいい」
 いつでも、素直に、気を使わず、わがままに。
 そんなことが出来ないからこそ、彼女は彼女なのだが。
 「背中くらい、いつでも貸す」
 絶対におれに貸してくれなどと言ってくれない。いつだって部屋のスミスにべったりだ。
 俺はまた腕に顔を置き、窓から差し込む星の光をぼんやり眺める。
 今日は月が出ていないけれど、美しく輝く星ぼしの揺らめきはまぶしくさえ感じた。
 だから瞼を閉じる。
 背中が温かい。
 おれは今、幸福なのだろうか。
 きみは今、幸福なのだろうか。

 頭の中の彼女に尋ねようとして、おれはこの夢が壊れるのを恐れた。
 だから頭の中でさえ、瞼を閉じる。



 7:02 2010/06/15 即興中の即興。執筆時間約10分。やるな俺。Lem先生の誕生日祝いに。






恍として夢み、惚として覚め

 げぇげぇと嘔吐くリズの背を撫ぜる。
 「まだ駄目か」
 パティがこの場に居たならきっともう少しマシな言葉を掛けるだろうに、おれときたら締まらない。
 「ご、ごめんキッド……」
 おれがリズを秘密を知ったのは組んで二ヶ月も過ぎた頃。
 その時もこうしてパティとはぐれ、トタン屋根の下で雨宿りをしていた。
 リズは狭くて暗い場所で雨が熱されたアスファルトを叩き始める寸前の匂いを感じると大いに戻す。
 それがどういうトラウマから来ている物なのかは知らないから、おれは慰めようもなくてただ困ってしまう。
 痛々しく、胸が詰まる。
 少しくすんだ金色の髪に吐瀉物が付かぬよう、俺は彼女の髪を束ねて持つ。背をゆっくりと撫でながら痙攣するリズを見ている。春先に雨の気配を感じるとおれは心躍るのだが、リズはいつも眉をひそめてレコードプレイヤーにしがみ付く。カーテンも全て閉まった薄暗い部屋に煌々とランプを灯してテンションの高い曲を狂ったように流し続ける。
 「謝る事はない。お互い様だ」
 きっとお前にとって雨の気配というものが、おれが左右非対称だらけの場所に居るのと同じくらい不快なのだろう、と問うとリズはふへぇへぇへぇ、と不可解な調子で笑った。
 「そ、そうか。お前、いつもこんなんになるのか……そりゃ、優しくしてやんなきゃ」
 無理にいつもの調子で喋ろうとするので、おれは髪の束を持った逆の手で背ではなく頭を撫でた。
 「大丈夫、じきに止む」
 トタン屋根の音が少し弱まっていた。
 鳥の鳴く声が聞こえる。
 リズの荒い息よ少しでも収まれとおれは背を撫で続けた。
 「パティが月に一度調子を崩すだろう。あれも随分キツそうで哀れだな」
 目を閉じていつも明るくちょっと意地悪な姉の顔を思い描いた。
 「あ、あれはまた違うと思うぞ……」
 げぼげぼと朝食をすべて戻してしまったリズが体を震わせてそんなことを言う。
 「理由など関係ない。つらいのは同じだ」
 雨が上がったらどこかカフェに行こう。昼食には少し遅いけれど甘くてふわふわのドーナツが食べたくはないか? おれがそんなことを尋ねたら彼女は一息ついて答えた。
 「あたしはさくさくしたチョコレートのかかったやつが好きだな」



 06:20 2010/04/12 いや、ミスドのオールドファッションが食いたいなーって。 ★リズと坊ちゃんの共通項って、もしかしたら「忍耐」なんじゃねーか。パティと坊ちゃんは「我慢」なんてどーだ? とかく坊ちゃんは押し込めることを強いられてる臭いなと思ったのは今回の寝返り事件が発端ではあるが、薄々みんな思ってたんじゃないかね。あの子はセーブしながらじゃなきゃ人間と暮らせない。






トランスルール

 「マカのサイズっていくつ?」
 「……………Bの70……」
 リズに尋ねられ、マカは怪我だらけの子猫が精いっぱい威嚇するよーな表情で答えた。
 「そんだけありゃ上等だよ、じきおっきくなるって。あたしだってマカくらいの時はそんくらいだったし。なぁパティ」
 パジャマに着替えようとしているパティの堂々たるバストがゆっさりと揺れる。
 「チチなんかねー方がいいよ。服合わせるの大変だしさぁ。ねぇ椿ちゃん」
 「通販でサイズがなくて困る事はあるわ」
 「それより何より高いじゃん! そのくせホックとか縫製が雑だったり」
 「あと可愛い柄のとかないよな」
 三人が口を揃えてそんな事を言うので、マカはまだ着替えの終わっていないリズのブラシャーを引っ掴んで暴れ始めた。
 「ううううるせぇええぇぇぇ!!」
 「うわっ! ちょっと冗談冗談!」
 「きゃははは! マカ怒ったァ」
 両手をパシパシ叩きながらパティがご機嫌に笑い、椿が慌ててガラスのポットとカップが乗っているお盆をよそに避けた。
 「何食べたらそんなに大きくなんの!? 椿ちゃんのブラあたし顔入りそうなんですけどォォ! パティのなんかナニこれ帽子!?」
 うわーんとマカがワザとらしく泣きだした時、ふらりとソウルが襖を開けた。
 「着替えたか―……って、お前なぁ……」
 泣きそうなリズから萌黄色のブラを引張っているマカが呆れ顔のソウルに言い付ける。
 「だってみんな酷いのよ! ちょっとおっぱいがでかいからって自慢するの!」
 「アホか……」
 「ブレアだってみんなおっきいのにー!」
 ひーんと泣き真似をするマカに丸めた雑誌をぽこっと振り落とし、ソウルが言う。
 「問題なのは魂、だろ」
 あんま虐めるなよ、と部屋の中に声を掛けたソウルがブラックスターが呼んでるから早く来いと襖を閉めようとしたところを、ニヤニヤ顔のパティが突っ込んだ。
 「おめーの揉み方が足んねーんじゃね?」
 けらけらけらーと笑うでっけーおっぱいにソウルがニッと笑って返すことには。
 「巨乳だと俺を振回しにくくなんだろ?」
 襖が閉まって取り残された女達がポカーンと口を開けていると、隣の部屋でブラックスターとキッドが盛大に笑っているのが聞こえた。どうやら聞き耳を立てていたらしい。
 「振り回されンのが好きってマゾかよ!」



 17:03 2010/04/12 もう少し字数があればエロにも持って行けたろうにー。 ★……持って行ってどうすんだという話は置いといて、マカちゃんがようやく正常に年相応の色気とかに興味を持ちだしましたよという話。新章入る前のマカの“男に愛想振りまく程度の事”を憎んでそうな高潔っぷりをどうやってソウルが融かしたのかスゲー知りたい。……やっぱこいつらボル7以降絶対ヤってるって!! なっ!?(何が






晴れ時々曇り、所により雨が降るでしょう

 ぼんやり目を開けたら自分の部屋だった。あれ、っかしいな……確か、昨日は駅で力尽きて寝たはずなのに……と、腕を上げたら手袋をしたままの手とコートの袖が見えた。
 ……まさか……!
 あわてて飛び起きたら部屋のドアが半開きになっていてリビングの方から不規則な鼾が聞こえる。起き上がろうとしたらコートの裾を踏んでどこかの糸がプチプチ鳴ったけどそんなもの後、後!
 汚れた靴下もそのままに、ジャンパーを引っ掛けただけのソウルがソファで泥のように眠ってた。そこらじゅう傷だらけ泥だらけ、手入れを欠かさない白髪が台無しだ。
 「……ば、ばか……!」
 駅からこのアパートまで一体何キロあると思ってるの? もしかして力尽きたあたしをここまで連れてきたの? アパートの階段を背負って上がったの?
 色々言いたい事が頭の中を駆け巡っては、消えていく。
 ホントにあんたったら馬鹿ね、ありがとう、無理しないで、どうしてこんなことするの? 無意味じゃな、五分五分って約束じゃない、大丈夫?
 ごめんね。
 瞼がピクピク痙攣する。やばい泣きそう。
 一生懸命に歯を食い縛って涙を堪えた。
 ソウルは平気でこういう事をする。自分の事より私を優先したりする。それは優しさではなくて、多分そうしなきゃ居られないからだ。……私がパパを非難する時の居心地の悪そうな顔……知っているのよ。
 私はそれが悲しくて、苦しくて……ソウルにどうしても打ち明けられない。
 ソウルが自分の事をパパの代わりだなんて思ってるのなら、打ち明けられない。ソウルがそう思っている間は、私は元気でタフで誰にも負けない強い“鎌職人マカ”で居なくちゃいけないの。
 「……それ、解ってんの……?」
 ねぇ、時々甘えたっていいでしょ?
 ねぇ、またおやつにクッキー作ってよ。
 ねぇ、一緒に夜更かししたいな。
 私寂しいよ、ソウル。
 ……ねぇ、ねぇってば……!
 深く深く眠りの国へ沈んでいる白い髪の男の子はぴくりとも反応しない。時々低い鼾が思い出したように聞こえるので、ソウルの身体を横に向けた。気道を舌が圧迫して鼾になるって授業で習ったばかりだったから。
 視線を窓の外にやると、何かの小鳥が飛んでいて、随分と晴れ渡っていい天気だった。
 「ねぇソウル、今日は授業もないから一緒にお風呂に入って、それからお弁当を持ってどっか行こう。私とっておきのスカートを穿くから、ソウルも今日はバイクなしね」
 ソファの下に座り込んでソウルの身体に覆いかぶさり、そんな事を言った。
 ソウルはそれでも眠りから覚めない。



 15:42 2010/03/19 川井さんにしてはとっても珍しいマカソウなのだったりして。お風呂に一緒に入る、ってのはマカさんにすると最上級の親愛の情らしい。マッパの教育の賜物。 ★実は庭先生の「ランデブー・ピッチ・マニューバ」の二次元創作だったりする。本当にみんなに読んで欲しい。ボンズイーターの落ちにファック! となった人全員に配りたいくらい。ソウルは要らない子じゃない。弱い子じゃない。ちゃんとマカのヒーローなんだよ。……本人にその自覚が全くないだけで。






人間には見難い

 私は時々震えが来ることがある。
 「なに…よ…これ……!」
 誰にでもとは言わないけれど、ある程度簡単に手に取れる場所に並んでいるファイル。
 その中身はある志向性を持った資料ばかりだ。
 その志向性をこの資料を見た者は恐らく「アングラ」だとか「反社会的」だとか「中二病」だとか言って嗤うのだろう。馬鹿げた夢見がちだと失笑するかもしれない。
 折原臨也という人間を知らないのであれば。
 「……池袋を火の海にでもするつもり……!?」
 事細かにファイリングされているのは、小さな事故や喧嘩の記事。火事や不可解な事件の切り抜きもあれば、殺人事件に携わった記者の回顧録のようなものまで貼り付けられている。
 しかも、ざっと見るとここ十年分はありそうだ。
 目を通しただけでもヤクザや見知った製薬会社、食品加工業、鉄工所の名前が見て取れる。
 「まぁさか。火種を集めるのが趣味なだけだよ」
 耳を欹てていたのか、デスクワークに翻弄されていたはずの男がそう言って笑った。
 火種? 火種と言ったのかこの人間は。
 自分の事を善良だと思ったことはない人生だった。それに感傷などしなかったし、自分の思い通りにならない障害物を蹴散らしてきた過去を否定も誇りもしない私だが。
 そんな私を目の前の怪物は容易に恐れさせる。
 「……生命に対して無差別に打撃を与えるものを社会は許しはしないわ。特に食品に関して日本は特別にうるさいのをまさか知らないはずはないでしょう」
 言いながら背筋が凍る。
 そんなもの解っている。
 “解っているからこそ”この手の火種を蓄積しているのだ。
 「もちろんだよ波江。だからこそ俺の手札になりうるのさ」
 まあその情報は古くて本質が大分と変化しちゃってるからもう鬼札にはならないんだけどね。
 けらけらけら、と、男が笑う。
 私は震えをやっとの事で飲み込んで、そのファイルを閉じて元の棚に押し込んだ。
 「あんた、悪魔ね」
 なにを今更と、悪魔が囁きながらこちらへやって来る。
 「俺は混乱を作るのが目的だけど、混乱の息の根を止めるのが目的の波江は」
 死神と言ったところじゃないの?
 全く何の気遅れもなく、気軽に素気なく、平坦な声がする。
 自分の内腑の奥底で折原臨也の声に連られるようにして“何か”が笑った気がした。

 『あらせめて魔女と呼んでもらいたいわ。息の根を止めるだけなんてつまらないもの』



 15:03 2010/08/26 臨也さんと波江さんは互いが死ぬまで黒幕コンビであり続け、祈りを全否定しながら池袋を死の荒野にすればいい。呪いが思うまま蹂躙した世界にでもまた花は咲くから無問題。ああ善悪のか弱さよ! 故にそなたは美しい!






咲いた花なら 散るのは覚悟 そして彼女は 今日も笑う

 「カズマって“あの”狂犬カズマ?」
 カズくんのことを街なんかで聞くと大抵こういう風に嫌そうな表情付きで返ってくる。
 曰く、喧嘩っ早いだの。
 曰く、目つきが最悪だの。
 曰く、話を全く聞かないだの。
 いや……全部合ってるけどさ。
 それでもカズくんは私の前で、そういう一面は決して見せなかった。健気に能無しの穀潰しのボンクラを演じていた。……いや、本当にそうなのだとしても。
 一度訊いたことがある。
 「ねぇカズくんって時々怖い顔するよね」
 それから三日ほど気持ち悪いくらいずっと無理やりニコニコしてた。
 ……この人が“狂犬”? 子犬じゃん。
 そう思ってた。
 少なくとも、あの日までは。
 あの、運命の日……カズくんは……私の中に居た“子犬のカズくん”は、狂犬カズマになってしまった。眉を吊り上げ、髪を逆立て、唸り声を上げる血と砂埃だらけの“狂犬”は吠え立てて、ついには私を捨てた。
 まるで傷を負った狼みたいに。
 まるで死を覚悟した虎みたいに。
 ずいぶんと年を経た今ならば、彼の行動がもう少し解る気がする。
 カズくんは……いえ、狂犬カズマは……恐らく、本当に元はただの子犬だったのだと。その子犬が狼になる過渡期に私は彼と居て、そのギャップに戸惑っただけだったのだ。
 今でも思い出す。彼と居た日々の何でもない事を。雨の日の会話を、晴れの日のケンカを、風の日の哀しみを、嵐の日の連帯感を。
 「ねぇカズくん」
 そう声を掛ける彼はもう居ない。
 思い出の中へ行ってしまった。
 それでも私は語りかける。
 私の中のあなたへ。
 「ねぇカズくん」
 私の中のあなたはあの時の声で言うの。
 『だぁから! その呼び方やめろっての!』
」  頭の中でその声が響く限り、私はきっとずっと語り掛け続けると思う。
 それは感傷や未練とは違って――――――――そう、前に進むために。
 あなたの思い出と共に、未来へ往く為に。
 少しずつぼやけてゆくあなた。
 ずっと微笑んで嬉しそうなあなた。
 いつも優しく私を呼ぶあなた。
 好きよ。
 好きよ。
 大好きよ。
 この世界で一番あなたが好きよ。
 ……ねぇカズくん、あれからもう8年経ったよ。明日二人で決めた、私とカズくんの誕生日がまた来るよ。私、あの時のカズくんと同じ16歳よ。女は結婚できる歳なんだって。
 待つの飽きてきたから迎えに行くね。

 ……待ってて!



 10:17 2010/03/09 かなみさんは自由に動ける歳になったらマジでカズマを探しにロストグランド中を探索しまくるんじゃねーかなー……なーんて境地に来るまで2年半掛かりましたよ……だって川井カズマ、気ィ抜いたらすぐ死んじゃうんだもん……。カズくん、やっぱお前は死んだら駄目だよ。荒野には花が必要だ。そして花には守人が必要だろう? ……そして守人にこそ、花は微笑む。
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