パンがなければケーキを食べればin the Sky

 「だって他に日本語通じる奴居ないしね」
 老酒を煽っていた彼女が言い訳みたいに始めた。いつもこうだ、飲み会やってて、さほど酒は好きじゃないのにアルコールの分解だけは早い僕が取り残されて、彼女の愚痴を聞く係になってしまう。
 「はぁ」
 「向こうでは一番下っ端だから一まとめにされてたし」
 もう何度も聞いた。男子寮と女子寮の非常階段が向かい合わせに面してるんですよね。
 「一年してやっと鍋を振らせてもらえるようになって、寮を出たとき」
 たまたま同じアパートの同じ階に越した、だっけか。
 「……ちったぁ心を開くようになったと思ったのに」
 顔の赤さとは裏腹に、曇った表情が安蛍光灯に照らされて薄汚れたテーブルに鈍く反射している。
 飲みたくもない泡の消えたビールをちびり。炭酸が抜けぬるくて飲めたもんじゃない。
 何人かのイビキにまぎれて、キリコさんのため息みたいな呼吸が聞こえた。
 ああ、まったく本当にやりきれない。
 ジャンがどこへ消えたのか、僕には類推する術がない。推測する手懸りもない。もちろん憶測でさえ全くと言っていいほど立たなかった。
 「今度見つけたら、ふん縛ってでも捕まえてやるわ」
 元々僕とジャンは仲が言い訳ではない。友達付き合いってのともちょっとちがう。一番近い表現は師弟関係だろうか。僕は出来ればそのままで居たかったけど、ジャンは……都合のいい倣岸と言われるのを覚悟で言えば……僕と競いたかったのかも知れないと思う。
 ジャンは、彼は、とっても不器用な奴だからそういうコミュニケーションの取り方しか出来なかったんじゃないかな。対等に、何を気にすることもなく、全力で、料理という言語で話し合いたかったのではないだろうか。
 「そんで、最悪の賃金で、扱き使ってやる」
 僕は男だからジャンのそーゆー、ある意味で純粋な部分が言語化せずになんとなく理解できるような気がするけど(あくまでこれば僕個人の解釈に過ぎないが)。
 キリコさんにそれを求めるのは無茶だと思うよ、ジャン。
 「アイツ店用の食材勝手に使うし、そんくらい当然よ」
 だってキリコさん、ジャンと同じ“自分の言語は理解できる奴だけ理解すればいい”って人種だし。
 料理は力でねじ伏せろって方針なのに、二人とも無駄に繊細だよねぇ。
 「その代わり雑用は特別に免除してあげてもいいわ」
 ホント、無駄に。
 「キリコさん、そんなに一人身が寂しいならジャンが見つかるまで僕と付き合うってのはどう?」
 言ったらまだ中身の入ってる缶がぶっ飛んできて、僕はそのままばたんと倒れる。
 寒々とした蛍光灯の光が何度かブレたのを最後に視界がゆがんで真っ暗になった。フワフワ柔らかな発酵した麺生地の上に浮かんでいるみたいに心地いい。
 とりあえずいつか帰ってくるジャンのお眼鏡に適う程度には頑張って店に居ようと思った。



 22:25 2010/01/06 かなり久々に鉄鍋のジャン。ジャンキリやっぱり無理でしたとか謝罪せざるを得ない。ジャンが5巻以前の性格でずーっと居ればすごいすんなりジャンキリ出来そうだけどねぇ。リベンジしたい。






海と迷路

 浜辺に黒い轍が伸び、その先に赤の溜まりがあって、引っ掻き散らかされた砂が盛り上がったり抉れたりとハチャメチャな有様であった。
 そこに切り傷と擦り傷と血糊と砂シャワーでボロボロになった少女が、大振りの鎌を一振り引きずって歩いている。
 片手には青白く輝きを放つ丸い尾の付いた球をやっとのことで持ち、息も絶え絶えで痛々しい。
 「お願いだから死なないでよ」
 呪文のように繰り返していた少女は砂山に足を取られたのか大きく体勢を崩して倒れ込んだ。月明かりを頼りにするには絶好の天候と月齢だから、恐らく髪が顔に絡まって視界が悪かったのだろう。
 ざざっと砂面が乱れる音が闇夜に響く。
 ひくひくしばらく力尽きていた少女は、やがて立ち上がってまたじりじりとにじり寄るように足を進めた。その身に不相応なほどに天晴れな不屈の精神力である。
 荒い呼吸を続ける少女は見た目には10や11程の、まだエレメンタリー・スクールに通っていても不思議はない年の頃で、夜中12時をとうに過ぎた今時分に血まみれで歩く異様をことさらに際立たせていた。
 「……くっそぉ、キムみたく飛べればなァ……」
 鎌を杖代わりにして空を見上げた少女の目に映ったのはまあるい満月。
 「のん気に光りやがって、覚えとけってのよ」
 ヨレヨレになりながらも月に向かって悪態を吐く余裕はあるらしく、満月の日の授業はこれだから嫌だとまた嘯いた。
 「あれがあったから死なずに済んだと思えば、感謝感激感慨無量ってね」
 突然、低い少年の声が空気を揺らした。その奇異に少女は驚く素振りなどなく、淡々と進める足を止めない。それでも嫌味っぽくはニヤけている。
 「なによ、気が付いたんなら声をかけなさいよ」
 「起き抜けに恨み節聞かされりゃ皮肉の一つも言いたくもならぁな」
 「まさか武器を気絶させるような使い手が居るとはねぇ。報告しとかなきゃ」
 どこから響いているのか全く曖昧な少年の声が、それでも確かに遠く近く波音にまぎれていることに満足したかの少女がしれっとした顔で話を逸らす。
 「間一髪の俺の切れ味に救われたネ」
 「そうね、大手柄。暗闇でシルバーハンマーマン相手によくぞ切り抜けました拍手!」
 「嫌味っぽいなぁ」
 「たまには素直に受け取ったらどうなの?」
 やっと少女が表情を崩したと思ったら、大きな鎌の根元がくにゃりと曲がり、赤い瞳をかたどった意匠が笑っているかのように形を変えた。どうやら少年の声は彼女が持つ燻銀の鎌から響いているらしい。
 「……傷はどうだ。歩けそうか?」
 魔法の鎌の目玉がぐるりと一周して、また少年の声が聞こえる。
 「今人間に戻ったら足ヤラれてるアンタ支える体力とか全然ないかんね、大人しくしててよ」
 その腰が抜けた声に呆れ顔をした少女の顔は、やっぱり足を進める方向から一時たりともよそを向かない。体中に擦り傷と、血と、砂埃を満載しながらも。  「……スンマセンねぇ」
 「一か月は食事当番代わって貰わなくちゃ」
 「すんませぇん」
 冗談めかしながら、ちっとも“めかせて”ない消沈した声がした後はさざ波の音だけが耳に痛い。静寂とはまた違う気まずさにうろたえているのはボロボロの女の子ではなく不思議な鎌の方。キョトキョトと目玉だけがあちらこちらを向き、何か気の利いた言葉を探しているらしかった。
 「……なーンかさァ」
 「なによ」
 「俺、役に立たねーよなぁ」
 「疲れること言わないで」
 ぴしゃりと言い放たれた声は、恨みがましさは元より同情する気すらないように凛としている。
 「斬られる女も庇ってやれねェ」
 それでも情けない声は続けた。
 「……フン、守ってなんて貰わなくて結構」
 「かわいくねェスな、相変わらず」
 「そうよ、相変わらず私は強くて賢いタフなマカちゃんよ」
 悔しかったらとっととデスサイズになって頂戴。女の子はツンとしたまま表情を変えなかった。それはもしかしたら彼女なりの発破の掛け方なのかも知れなかったし、或いは少女特有の高潔さの表れだったのかも知れない。
 だが彼女の思考回路を予測して先回りできるほど、魔法の鎌は彼女と親密ではないようだ。
 「本トに俺で良かったのか?」
 「さぁね」
 「おいおい、そこはクールになるとこじゃねーだろ」
 「だってわかんないんだもん。そんなのあと5年後に聞いて」
 「なして5年?」
 「ママはパパをデスサイズにするのにそんくらい掛かったんだって」
 「……フゥン」
 「私はソウルを3年でデスサイズにしてみせる」
 「――――――――あとの2年はナニ?」
 「ママとパパが結婚するまで付き合った期間よ。ママはそんだけかけて結局離婚して家族はバラバラ。だから私は同じ時間で選択を間違えない」
 「なにそれ、もしかして今フラれてんの?」
 「5年パパを見たママが一生の伴侶って評価をしたわけよ。その良し悪しと正否はともかく」
 「ああ、そーゆーイミ」
 「だから5年後もっかい訊いて」
 「んじゃ、少なくとも5年は付き合ってくれる訳ですナ」
 「私が死なない限りはね」
 まるで当たり前のように彼女が己の死を前提に言ったので。
 「死なせねぇよ」
 魔法の鎌は今自分に考えられる限り、今自分に出来うる限りの真面目と真摯と真剣さを総動員して言った。祈りと誓いに似た宣言を、怒っているのでも、気取っているのでも、正解を再生するのでもなく、心の底から。
 「頼りにしてるわ、3年後のデスサイズ」
 少女…マカ…はその魂の振動に少し気圧され、それでも不敵な笑みをうかべ……声を上げて笑う。潮騒は途切れることなく続いていたが、魔法の鎌はもうそれ以上何も言葉を発しない。
 鎌の刃には月光の輝く海をバックにくすくす笑う少女だけがいつまでもいつまでも映っていたとさ。



 16:34 2009/12/10〜14:43 2010/01/13 11歳前後。恋の迷路に踏み込んだソウルと人生の海の入口に佇むマカ。川井ソウルが海苦手な理由は条件反射でニヤケ顔が止まらないからっていう裏設定を今考えた。






君はいつも僕より先に歩く

 オレの手はたまにオレを睨む。
 ……いや、比喩じゃなくて『マジ』に。
 薄く瞼を開くようにすうっと腕に亀裂が走って、その奥から大きな藻色の瞳がぎょろっと覗く。
 「なんだよ」
 そんなことを訊いたって答えはしない。何か言いたそうな緑の玉はただギョロリとオレを睨むだけ。
 オレは常々、目って器官を不思議なものだと思っていた。だって皮膚の中にあるんだぜ、ほとんど内臓だよ内臓。グロいよな。水とか出るし。ヘンだよ、ヘン。
 右の掌をぐっぱーぐっぱー動かしながら、ときどきフラッシュのように現れる目玉を観察した。
 うん、やっぱキモい。
 「センコ、出るな」
 視線を逸らしながら言った。そうするとオレの皮膚はゆっくり閉じて元に戻る。
 顔を背けた先には窓があって、そこにうっすら自分が映っているのが見えた。教室の、窓際の席の、椅子に腰掛け机に頬杖つく、自分の顔。教師の講釈を聞き流している眠たそうな顔。英語は苦手だ。
 薄汚れたみたいな灰色の曇天にガラスのフィルターが張ってあって、そこに自分がモニタリングされて、ああまるで、まるで……この世界が嘘っぱちみたいだ。
 自分の黒い瞳が澱んでいる。
 別にこの世界をぶっ壊してやろうとか、つまんないから作り変えてやろうとか、そういう大それたことは考えてない。……いや、考えたことはあるけど、実際どうこうするつもりはない。
 もしかしたら、この腕は“そういう事”をやっちまえるのかもしれないし、そのためにこそオレはこの腕を使いたいのかもしれないけれど。
 窓に映った自分の“中身”を覗きこむ。白と黒の“中身”。半開きの隙間から垣間見える“中身”。
 ……おいおい、何考えてる? “アイツ”みたいに面白半分で街ぶっ壊したいのか?
 そんなことを訊いたって答えはしない。何か言いたそうなその眼はただギョロリとオレを睨むだけ。
 なんだか怖くなってきて瞼を閉じた。
 なにが怖くなってきたのかはわかんないけど。
 すると、頬杖ついてる右手がむずむずと蠢いて、億劫だけれどオレはまた瞼を開く。
 ちらっと視線を走らせたら、手には目玉と鋭い小さな牙が見え隠れする口が出来ていて、その口は囁くように動いた。もちろんセンコは言葉なんか喋らないから音は聞こえないけれど。
 『ちゃんと授業ききなさい』
 解読して、はっと顔を上げた。思わず後方右斜め70°を確認する。
 果たしてそこにはアホ毛の立ったユキがいたずら成功と書かれたニヤニヤ顔で笑っていた。
 そして彼女は自分の唇を大きく動かして声無くもう一度言うのだ。
 『プリン買ってあげるから』
 フン、と鼻を鳴らしてオレはまた頬杖ついて窓の方を向いた。しょうもないことすんじゃねえよ。
 窓に映った自分の黒い瞳が、なんだか変わっているような気がする。肘にはまた切れ込みと目玉。
 ……なんだよセンコ、笑ってんなよ。
 唇がとがった自分の顔が映る窓。背景の教室に小さく反射するぼやけたユキの横顔を眺めながら、あいつの目も覗くとキモいのかなぁと漠然と考えた。



 12:02 2010/01/15 センコロール。知ってる人は知っている。DVD買おう買おうと思いつつまだ買えてない。つか近所に売ってるとこ見たことねえ! 人の顔をしっかり見ず、それとなく目を逸らしてるテツはもしかしたら人間があんま好きじゃなかったりして妄想。テツはユキに尻に引かれればいいよ。で、ぶちぶち文句垂れながら結局ユキに振り回されてればいいよ。 ショウは人間つーかこの世界が嫌いそうだよねなんとなく。夏の日に僕の先ゆく勇ましい君の瞳を覗いてみたい。






地球は不幸で出来ています

 何がいけないかなんてのは大体見当がつく。
 まあ結局そうなのだろう。俺がこうだから、ダメなんだな。これが。
 「かわいくねぇ」
 いつもと同じセリフなんかじゃねぇぞ。本当に心から真っ当に思ったんだ、カワイクねぇって。
 よく晴れた日曜日/おしゃれをしてお出かけ/言わないわ 言えないわ/あなたが好きなんて
 つばの大きな白い帽子に裾の広がるワンピースを翻らせてあいつが玄関を出てゆく。誰に会うつもりなのかは知らないし、知りたくもないけど、薄く化粧をしている彼女は香水のいい匂いがしてた。
 俺の軽口にさえ彼女はくすくす笑いながら隣りを軽やかにすり抜ける。
 まるでシャボン玉か紙風船のように。
 だから俺は言うのさ「かわいくねぇ」って。
 嫌われたくないのに/素直になれないだけ/やさしさに 甘えちゃう/性格直さなきゃ
 見当がつくからって、この性格を改めるとか、謙虚になるとか、そういう事が簡単に出来れば、そもそもこういう事態には多分なってない。
 彼女の笑顔が俺は結構好きなんだけどな。ぶすったれてるか、眉を吊り上げて怒ってるか、しれっと平気のへいちゃらな顔くらいしか、見せてもらえない。
 どうやったら喜ぶかなんて全然わからない。……怒らせるのは、得意なんだけど。
 どうせきっと私 偶然装って/「何してんの?」なんて言いそう/だけど今日は空も 海の青さで
 「素直になりなさいよ」
 ああ、ダメだ。そいつばかりは駄目だ。どうやったらいいのか見当もつかない。
 あいつが俺を好きでなければいけない。
 俺があいつを好きなんて、そんなことはいけない。
 そんなことになったら、一体どうやって暮らしてゆけばいいのか!
 頭を抱えながら、こんなことで一生悩まないであろう久能センパイがちょっと羨ましくなった。
 ふっと頭を上げて、こんなんだから良牙が突っかかって来るんだろうなとため息が出た。
 「あかねを嫌な奴にしたいのか、俺は」
 口に出して死にたくなる。
 俺は俺を守るためなら、あかねまで切り殺せるらしい。



 15:38 2010/02/03 相変わらずおでは乱馬が本当に嫌い過ぎて笑う。乱馬のアレさの大部分は青少年にあってしかるべき自意識と自惚れなんだからもっと手加減してやれよ俺。ああでも彼は、彼だけはいけません。あんだけ長いハナシで結局恐怖からでしか行動しなかったんですもの。もうミオン先生きっとうちなんか見ちゃいねーと思うケド、あの日の約束、川井(やっと)果たしました!






けだるい家族計画

 「この人ってさぁ」
 箒を片手にマカが古い写真を持っていたので、雑誌を抱えながらそれを覗いてみた。
 「うわっ、どこから引っ張り出してきたんだそれ」
 写真屋を招いて撮った兄貴と一緒に写ってるポートレイト。確かアルバムのカバー裏に突っ込んでたハズなのに。背景には兄貴のバイオリンケースと実家のグランドピアノ。ああ、頭痛がする。
 「お父さんにしちゃ、歳が若いね?」
 「……兄貴だよ」
 とっととその場から逃げ出すように古雑誌を玄関先へ運ぶ。めんどくせー大掃除に俄然やる気が出てきた、さっさと資源ごみ置き場に繰り出すべく縛り紐を探す。
 「垂れ目は家系?」
 すっかり手が止まってるマカがダイニングから声をかけているが、古雑誌を纏めるのに大忙しな俺にはな〜んにも聞こえない。いつもなら雑誌を開いて一休みなんてしそうなもんだが、一生懸命に雑誌の束を生成しまくる。
 「ソウルはちょっと丸顔だよねぇ。お兄さんの名前、なんての?」
 「いーからお前、掃除しろよ。午後からキッドたちが来るんだろ」
 そこまで言って古雑誌の束(いつの間にかマカの雑誌やチラシまで纏めてた)を担いでドアを開ける。
 「雑誌捨ててくるからな、マカは掃除機終わらせとけよ」
 ゴゴン、と重苦しい音を響かせて古いスチール製の玄関ドアが閉まった。
 日曜日の朝っぱらから掃除なんかさせやがって、とぶつくさ言いながら階段を下りてゆく。俺達の住んでいるアパートは別に学校指定のアパートという訳でもないけれど、死武専の学生が結構いっぱい居て、学生アパートにありがちなように休みの日は結構ひっそりとしている。
 しかも連休中日だから尚いっそう人がいない。実家に帰った奴もいれば、バカンスに出かけた連中もいる。キリクは確かなんとかってバンドのツアーに行くとかって話だ。俺とマカは実家なんかお互い帰りたくもないし、バカンスもレジャーも行く金がないので、家でだらりと過ごすのが常なのだが。
 「あーメンドくせーもん見つかったなー……帰ったら質問攻めなんだろーなー……」
 あいつは解ってない。自分のファザーコンプレックスと同じぐらい俺が兄貴に劣等感を持ってるってことを。……まぁ、そんなこと一言も喋ってねーから当たり前なんだが。ウェスはホントにどんだけ逃げ回ったって、絶対にあの余裕たっぷりの涼しいツラであらゆる場所に俺の先回りをしている。
 まったくウンザリするぜと雑誌を資源ごみ置き場に投げ捨てて、出来るだけちんたら部屋に戻った。
 「ねーソウル。あと三日の休みさぁ、あんたの実家行くってのどう?」
 玄関ドアを開けたら目を爛々と輝かせたマカが俺が出て行く前と全く同じ格好で居やがる。
 「……お前、掃除は……」
 「このソウルを縦に伸ばしたよーな兄ちゃんに会ってみたい!」
 マカがあんまり可笑しそうに写真と俺を見比べるもんだから、だんだん腹が立ってきた。
 「そんなもん、あと3年すれば俺がそうなるからそれで我慢しろ」
 靴を乱暴に脱ぎ彼女の隣をすり抜け様に言い捨てたら、後ろからゲラゲラ品のない笑い声が聞こえた。
 「あははは、バーカ妬いてんのォ?」
 わはははバーカ。お前だけは兄貴と無関係で居て戴きたいだけだっつーの!



 14:57 2010/02/03 ハルカさんがウェスマカを書け!ってゆうからずーっと頑張ってたんだけど、解脱後ソウルと乙女マカでしかないウェスマカで、しかもウェス兄貴がソウルをねちねち追い詰めながら油揚げ(マカ)を掻っ攫ってゆくトンビな小説にしかならなかった上に最後ソウルが崖から飛び降りちゃうのをどうにかこうにか直したら、ウェスとマカが出会わなければ平和という事が判明した。先生、川井にウェスマカは無理です!せめてウェスがもうちょっと出れば或いは、だなぁ。






きみの言葉をきいて、安心しました。

 My "father" erased me.  私の父親は私を消した
 deleted.  消去した
 I wanted "father" to praise it.  私は父に褒めて欲しかった
 Please admit.  評価してくれ
 I acted according to "father's" speculation, and disappeared.  私は父の思惑通り動き、消えた
 Am I praised by "father"?  私は父に褒められるだろうか?


 I was "father" in the past.  私は過去、父でした
 However, it was thrown away by "father", and I became me.  だが父に棄てられ、私は私になった
 Freedom.  自由
 Where should I go?  どこへ行けばいいの?
 Does the rabbit that beat me hate me?  私を殴った兎は私が憎いの?
 It is not understood. Not understood.   解らない 解らない


 自由研究の題材にでもと、図書館で一年前の大事件について資料を集めていた時にそいつは現れた。
 アイコンがぼんやりと光っている。デスクトップの中で、光の粒の集まりとして表示されている。
 あの日消えたアイコンから噴き出しがそれぞれ出ていて、たった6行づつの叫び声。
 僕はそのままPrint Screenキーを押し、画像を保存する。
 背後からモニターを覗き込んでいた先輩が、手で口を覆って声を殺し、涙ぐんでいた。
 「侘助さんに送ってみます。もしかしたら、なんとか助けられるかもしれない」
 自分だって解っている。
 この崩れた思考ルーチンの廃棄アバターに心を映すのは自己満足だと。
 アバターは笑う。
 そういうプログラムだから。
 アバターは人形だ。
 僕たちが動かさなければ動かない。
 このコメントだって、どこかの誰かが悪戯に作ったウィルスだと証明する手立てなんか幾らでもある。ある一定のキーワードで検索を開始した時に発現するなんて、実に古い手だ。ウィルス・スキャンに掛けるなんて容易い事。
 でも僕は、このコメントの素性を暴いたり、否定したり、そういうことはしなかった。
 先輩の優しさが嬉しかったから。
 僕を父と呼ぶ、僕の壊れたアバターを可哀想だと悲しんでくれる先輩の心が。
 「健二くんのアバター、侘助おじさんならきっと復旧してくれるわ」
 僕のアバターは、もはやあの黄色い不細工なリスで定着してしまっている。(下手に変えてしまうと陣内家で僕だと認識してもらえないのだ。OZのヘビーユーザーである佳主馬くんや、システム開発者の侘助さんにさえ!)
 だからもし旧アカウントが戻っても、過去ログのサルベージをするぐらいしか意味はない。……まぁあの大騒動の後だから、過去ログなんてものが残ってるとさえ思えないけれど。
 「そうですね」
 僕は笑った。
 夏希先輩の元気なところも好きだけど、優しいところも好きだな……なんて明後日な事を考えながら。
 光ったままのモニターに少し顔を顰めた先輩が、僕の身体に被さるようにキーボードに手を伸ばした。
 『愛している、いつまでも』
 そう打ち込まれたコメントが、夏希先輩のアイコンの吹き出しから出たかと思うと、一瞬だけモニターがちかちかと瞬き、NOイラストの汎用アイコンが茶色と金、緑色と白の砂嵐になったかと思ったら、そのままフッと消えてしまった。
 僕はその砂嵐のアイコンが照れ臭そうに笑ったような気がしたけれど……言うと笑われそうだから、黙って背中のぬくもりを少しでも楽しんでおくことにする。



  11:33 2010/02/03 庭先生頑張れSSという言い訳をしながら、健二がどのようにレベルアップしたかを妄想してみるテスツ。一年ぐらい経ったらさすがに夏希が侘助の名を出したくらいで嫉妬とかションボリとかしなくなるんじゃないかなーって。『アカウントとして棄てられたラブマと旧ケンジが協力し合ってひとつのアイコンとなった都市伝説的(データーが半壊しているので特定の条件が揃ってないと認識されない)妖精アバターが、健二と夏希の息子と侘助の娘と理一の娘と出会う夏の物語』『三人が栄ばーちゃんの部屋で揃った時にしかラブマと旧ケンジは妖精に進化できない(=可視化しない)んだよね!で、理一娘がそれに気づいて召集するんだけど、健二息子が親に田舎につれてってくれと懇願したり、侘助娘がアメリカ在住でなかなか日本来れないんだよね、完全に分かります』とかついったで言ったら「健夏の子供は兄妹だったり、きっと佐久間息子あたりがパソコンおたく?」とか庭先生が最高な事を云うので『佐久間息子が完全に光子郎の立ち位置で吹いた。佳主馬がヒントくれたりする謎のおじさん(実はAIの開発者)で、理一娘がやたらシブくなってる翔太おじさん(未婚)に妙に懐いてるんだろ? デジタルの空へ帰ってゆく妖精を見上げながら侘助娘と健二息子が手をつないでるラストシーンまで見えた』と妄想をさらに強化・捏造してみたのを錬れば煉るほどチャーチャッチャラーしたらこうなった。旧ケンジとラブマがキャッキャウフフする話もいつか書いてみたいなぁ。あ、ラブマは女の形してると俺によし。






人はどうして戦うの?

 「ねぇ」
 カーディガンがマントみたく風に靡いている。魔王気取りかしらね。それとも黄金バット?
 自分の古い発想に辟易しながら、わたしは掴まれたまま地上370mで、またもや囚われのお姫様という役どころ。いい加減飽きないのかしら。
 「名前、まだ聞いてないよね」
 「……呑気な奴だな。そこから落ちて助かる算段でもあるのか」
 「わたしの名前は知ってるでしょ。ねぇ、名前教えてよ」
 「……聞けよ、人の話……」
 「名前」
 「――――――――シュウ」
 根負けしたのか、彼が低くそう呟いたので気を良くし、自分を掴んでいる異形を見つめた。
 「この子は?」
 「名前なんかねぇよ」
 「つけてあげよっか?」
 「……少し黙ってろ。アイツが来る」
 知ってるわよ、だってセンコはわたしがコントロールしてるんだもの……なんてことは言わない。テツが絶対に秘密にしろって言うから。わたしももちろんそう思うからそうしている。
 「それにしてもお前らいっつもツルんでんな。……付き合ってたりして」
 シュウが珍しくわたしに話しかけたので、少し驚いた。なんだ、普通の感覚も持ってんじゃん。
 「……うーん、付き合うとかじゃなくて、あいつの身体はわたしの所有物なの」
 「ワケの分らん事を云うな!!」
 轟音と共に屋上のドアが崩れ、ツンツン頭の目つきの悪い王子様役がやっと到着した。
 「遅かったね、しもべ」
 「あとで絶対泣かす……」
 センコのコントロールをテツに任せ(戦ったりするのは私は苦手なのでこういうときはテツが主導権を握ることになっている)、わたしは慌ててシュウの方へ駆け寄った。そこが一番安全そうだったから。
 「ねぇシュウ……くん」
 「なんだよ!」
 4本脚のオバケを操ってテツをじりじり追い詰めているシュウは、本当にセンコごと突き落とすつもりなのか、大きなお化けの足をぶんぶんと振りまわしている。あっという声と共にテツがビルの屋上から滑り落ちた瞬間、わたしはセンコのコントロールを奪い、紙飛行機への変化を命じる。
 「なんでそんなにセンコが欲しいわけ?」
 テツが落ちて行ったビルの端に駆け寄ろうとしたシュウの頭上をすごいスピードでテツを乗せた紙飛行機センコが旋回する。それを悔しそうに見上げる彼が唇を噛んだ。
 「腹が空くからさ!」
 叫んで、シュウは4本足のお化けにお菓子みたくパクンと食べられ、そのままフッと姿を消す。
 明るい灰色のコンクリートに落ちていた影もすぐに消えて、わたしはいつもみたいにぽつんと屋上に一人取り残されながら。
 「……それってなんか、悲しい」
 少しだけ目を伏せて私はそんなような意味の事を云った。



 10:27 2010/02/26 センコロール捏造第5話。このアニメってロボット物でありながら怪獣もので、同時に戦争ものなんだなーって二週目見て思ったので。ものすごく盛り沢山で贅沢な話だ。個人的にはさらに妖怪ものという要素も欲しいところだが。






可愛すぎて抱きしめて戸惑わせたい

 紙パックのジュースをずるずる啜りながらそいつを見ている。
 南棟の裏は日当たりが悪い上に今立入禁止になっているので人が来ない。……ま、立入禁止になった原因は、センコがいろんなもん食っちまって大騒ぎになったからなんだけど。
 食わせた本人は涼しい顔で知らん振りを決め込み、センコと戯れるのに夢中だ。
 「おい」
 「ユ・キ!」
 「……おい」
 「わたし“オイ”じゃないも〜ん。ねぇセンコ」
 「人に見つかる。せめて縮めろ」
 大きなセンコが緑色に光る目をぎょろりとこちらへ向けてにやりと笑ったように見えた。
 すると突如センコはさらに大きく膨れ、ユキを掬い上げるようにして背に乗せる。まるでお前にはやらんとでも言うように。
 「……裏切り者……」
 右腕の袖が秋風に吹かれて舞い上がる。涼しい。気温は高いけど不快でない。
 腕がない、というのは結構億劫だ。慣れるにも時間がかかった。身体のバランスがとれなくて、いろいろ不自由をする。それでも俺はまだ幸福だ、ものすごい高性能な義手があるから。
 もたれかかっている校舎の壁に目をやって、空を見上げた。太陽は見えないけれど日差しは強い。こんな日はどこかふらっと散歩にでも行きたいな。柄でもないことを考える。
 すると鼻先にさらに濃い影が落ちているのに気付いた。
 「?」
 顔を上げるとそこには大きなセンコがいて、その身体の一部から男の右手がにゅうっと生えて俺を手招きしている。……なんだよ、乗れってか?
 左手でそれに掴まると、ポンと紙屑みたくセンコの背に放りなげられた。そこにはユキが居て片手を上げて挨拶をしようとしたのだろうが、彼女の姿が一瞬でふっと消えて悲鳴。
 「きゃぁああ!」
 センコの背が凹んだらしく、慌てて穴を覗くとユキがみっともない格好で穴に落ちている。
 「……白」
 言ったら俺の手元もぼこっと凹んで落とし穴の底に頭から突っ込んだ。
 「どわっ!」
 「な、なんなのセンコ!」
 抗議の声をユキが上げると、ゆっくりと穴の淵が絞られ、徐々に目の前が暗くなってゆく。
 「……なに? シュウでも来たの?」
 俺はその声がハウリングする肺の上で聞きながら、うるせぇとかやわっけぇとかワケわからない。
 「〜〜〜〜!?」
 ジタバタしようにも腕がなくて、足はセンコの閉じた穴に齧られた格好だから身動きも取れない。
 酸素が欲しいのに呼吸もできなくて硬直する俺を、落とし穴の内側に出来た緑色の目がにやりと笑いながら見ているような気がした。

 ……う、うらぎりもの……!



 11:11 2010/02/26 センコロール捏造8話。テツ可愛いよ可愛いよテツ。






青味がかった灰色の

 そういうオバケに背持たれて、彼が静かに目を閉じた。
 「……センコ……」
 食べて、とコンクリート色のオバケに言おうとして、止めた。
 とっても怖かったから。
 「どうしよ……すごくかなしい……!」
 声を上げた。
 涙が止まらない。
 何度も名前を呼ぶ。
 テツ、テツ、目を開けて。
 取り縋って泣けるくらいわたし素直だったらよかったのに。
 二人でシュウがこうして目を閉じるところを見たあの瞬間から、こんな日が来ることは解っていたのに。
 それでもわたしは子供みたいにわんわん泣いた。
 悲しい、悲しい、おいて行かないで。
 コントロール権を持ってる人を、どうやらこいつらは最終的に食べちゃうらしい。シュウはそれをなんとなく知っていたみたい。一度わたしに言ったことがある。
 『オバケに深入りするとお前もオバケになるぞ』
 わたしはそれを冗談だと思ってた。
 動かなくなったシュウが四本脚のオバケに食べられて、二度と四本脚を見なくなるまでは。
 わたしとテツは交替でセンコをコントロールしていたので、食べられるまでの時間も二倍になったのかも知れない。テツはわたしより先にセンコと出会ってたから……だから……こうなった……
 「センコ……センコ……やだ、食べないで……!」
 それでもセンコはいつも通り感情のない眠たそうな目でこちらをちらりと見てから、テツの左手を舐めるようにして吸い込んだ。つるんと、プリンみたいに。
 解ってるよ。このままになんかできないものね。
 歯を食いしばって胸の中で言うのがやっとだった。それに呼応するかのようにセンコはテツをつるんと全部飲みこんで、ぼこぼこ身体の中を泡立たせて変化した。
 テツに。
 「……〜〜〜っ……!」
 名前を呼んだような気がする。
 でも、それが一体誰の名前だったのかは
 わからない。



 11:41 2010/02/26 センコロール捏造25話。最後回の26話でセンコがユキと別れ際に一言声もなく喋ったら素敵だなと思った。ナニをかはまだ考えてないけど。






Loser

 何が出来るわけでもなし、何か出来たでもなし。
 だからおれはここにいる。
 無能で蒙昧で愚鈍だから、おれはずっとここにいる。
 父上がおれと彼女を貫いたことは悲しくない。
 そんなこと考えも付かなかった。
 自分の力で彼女を救っているのだと信じて疑わなかった。
 困難を承知の上で、それでも手を伸ばすことに酔っていなかったなどとは言わない。
 それでも
 それでも
 これはおれの始めて自分で手に入れた、誰に与えられたでもない、欲したものだと思っていた。
 でも本当にそうだったか?
 だが本当にそうだったか?
 “これは本当に恋というものなのか?”
 ラグナロクはおれたちをパチンコ玉だと言った。
 弾かれて穴に嵌るだけの、物理法則にのみ縛られた意思なき鉄のボールだと。
 あの時は怒った。
 では今は? 今はどうだ?
 同じように怒れるのか?
 自分は違うと言えるのか、誰がそうであったとしても、絶対に自分は違うと言い張れるのか?
 無知の強さはとても脆い。
 今この時、お前に捧げた愛さえ疑う。
 今この時、おれに捧げた愛さえ疑う。
 信じたくない。
 同じ矢に貫かれたはずのお前は皆を忘れ、おれは闇に見入られ世界を捨てた。
 信じたくない。

 自分たちがただの粋がっていたクソガキだったなんて

 信じたくない



 22:36 2010/05/02 キッド闇の中であの日を思う。massu先生この絵が元ネタ。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送