葛藤のち自己解決

 「女ばっかで集まるのいつぶりだっけなァ」
 シュガーバターをたっぷり載せたスコーンを取り上げるリズが何とはなしにそんな事を言った。
 クロナが死武専にやってくる前は、パートナーの男どもが月一回開く親睦会&定例情報交換という名のエロDVD鑑賞会に合わせて、それぞれの家に集まってはカウチポテトで怠惰に過ごすのが常であったのだ。
 「そうね、パティちゃんのショートブレッド久しぶりだわ」
 椿がカップに残り少なくなった紅茶を勧め、リズがそれを受け取る。クロナの事を誰も口にしないのは、暗黙の了解と同時に一種の踏み絵でもあったためだ。特にマカが居るこの場では。
 「あー痛い……お泊りの日に来るなんて最悪……」
 パティに腰を摩られながらソファの上でくたばったままのマカが地獄の底から聞こえるような唸り声を上げた。
 「マカ始まってまだ一年目だろ? 不順はツライねぇ」
 甲斐甲斐しくマカの腰を温めながら擦るパティはもうちょっと年数経ったらピル飲みなよ、とケラケラ笑っている。
 「椿は重い方?」
 「痛み止めの漢方薬は持ってるけどあまり使わないの。慣れると手放せなくなるでしょう?」
 リズに聞かれ、椿は薬箱を箪笥の上から下してきてマカに手渡した。
 「どうしても辛いのなら使ってね」
 「うううー、お気遣い痛み入りますゥ〜……」
 マカが神から賜るよう薬包を高くに頂き、再び力尽きる。
 「うちら生理始まるとキッドくんやたら優しくなるんだけどあれなんで解るの? 死神だから?」
 パティがリズに向かって素っ頓狂な事を言い始めた。
 「お前が腰摩れだの腹が痛いだの喚くからだろ」
 そんな事など最早慣れっこといった風情でリズが指をナフキンでぬぐって紅茶を啜る。貫禄の仕草にマカはやっぱり仲間内で気風の良さと言えばリズだなと再確認した。
 「でも一緒に暮らしてると気を使うわよね。お風呂を後に使ったり」
 「えー、なんで?」
 「やっぱり血の匂いするでしょう。ブラックスターは鼻がいいから」
 パティが目をぱちくりとさせて、椿を凝視している。少し身を引き、椿が眉を寄せた。
 「ブラックスターって腰摩ってくんないの?」
 「……わ、私、結構気が立つ方だから静かにしててくれるだけで……」
 やはり文化の違いだろうか、と椿は思ったが口にはしなかった。あの内臓を切れ味の鈍い刃物で引っ掻き回されているような時にパートナーとは言え男の人に身体を触られるなんて、考えただけでもゾッとしたから。
 「マカは生理ン時に共鳴すんのとかどうしてんの?」
 リズがいまだに唸ってクッションから顔を上げないマカに話を振ったのは、少しでも気を紛らわせてやろうという気づかいだったのかも知れない。
 「今のところは魂の共鳴まではないかな。でも二回ぐらい校外授業当たったことあるよ」
 「どうだった?」
 「もう最悪。チームワークバラバラで精神集中全然できなくて一回は取り逃がしちゃった。あと一回はソウルが先走って狩ったよーな気がする。ターゲット弱かったしね」
 やっぱりねぇ、とパティが妙に頷いて腕を組んだ。
 「うちらは武器二個で両方女じゃん、だからピルで調整してんの。面倒事は一回でいいっしょ。お姉ちゃんがメチャ重いからさ、キッドくんがたまにカワイそーになるよ。痛み二倍だもんね」
 Vサインを二つ作って彼女のパートナーがそうするように、指を鉤形に曲げたり伸ばしたりしながらそれほど憐れそうにも思っていない顔でパティが笑う。
 「キッド君は魂強いもんねぇ……ソウルなんか生理までうつるんだから」
 マカの言葉にリズがぶっと吹き出して慌ててナフキンで口元を押さえる。
 「ま、マカちゃん……」
 「いや椿ちゃん引くけどね、ほんとなの!私の機嫌をコピーするみたいにうつるんだって!」
 で、でも……と椿が言葉を繋げようとしたのを遮るようにマカが続けた。
 「今日だって家出る時に妙に青い顔してっからどうしたって聞いたら、何か腹が痛くなるような予感がするとか言うんだから。本人より先に判ってんなっつーの」
 おかげで用意を怠って下着汚したことなんか殆どないわよ、気色悪い!とマカが理不尽な怒りを披露し、全員に同意を求めようとしたが意見は反対半数であった。
 「便利だなソウルチェッカー。今度貸してくれ」
 「キャハハハ!キッドくんは頼んだらだっこしながら寝てくれるよ!」
 リズとパティが事も無げにそんなことを言うので、椿はやっぱり文化の違いってスゴイ、と改めて唸る。
 「でも、例えば私なんか月経前は妙にお腹が空いて食べるようになるし、そういう生活のリズムとかで無意識に解ってるだけなんじゃないかしら? ブラックスターはともかくとして」
 椿は、自分のパートナーは秘して黙さずいつも通りに振る舞っているよりは、何も気づかないで居てくれた方が気が楽だと思った。自分の体の調子はともかく、自分でもコントロール出来ない生理現象まで把握されているのはやはり気分の良いものではない。
 「だったらいいけど。生理用品とかトイレに置けないし、ゴミとかも気を使うし、お風呂も伸び伸び入れないし……ほんと男のパートナーってめんどくせぇー!」
 キムとジャッキーみたいに女の子コンビにすればよかった!マカがやけくその様に嘯く。
 「んじゃあたしと組もうか?」
 リズが笑いながらマカに向かってちょっと脅すような声。
 「……お姉ちゃんコワイからなぁ……あとご飯とか作ってくんなさそう」
 マカが薄ら笑いでよっこらしょとソファに座り直す。
 「あんたら二人で暮したら絶対栄養偏って、部屋とかチョー汚くなりそう!あとマカが不良に!」
 足をバタバタさせながらパティが大層ご機嫌に笑い声を上げるのを、椿が何とも言えない同意顔で苦笑いとも含み笑いともつかないものを浮かべている。
 「へ、部屋汚してるのは主にパティだろ!平気で床に服投げ散らかすくせに!」
 その度にキッドの文句聞くのはアタシなんだからなとリズがブツクサ腐る。
 「そーいやマカってナプキン? タンポン?」
 「ナプキン。タンポンってなんか怖くね? イタソーだし、違和感ありそう」
 「便利だよぉ、カブれたりしないし、力んでもあのヤーな血がどろっと出る感じしないし」
 何より臭わないしねぇ。パティがおかしの袋をパーティ開けしながら、椿ちゃんは? と訊ねた。
 「私は両方使うわ。やっぱり激しい動きする事多いと心配だもの」
 椿ちゃんは白い服だから余計に神経張らなきゃいけないもんねぇ、とパティ。
 「うそっ!椿も使うの? 怖くないか? と、取れなくなったりしたら病院行って大恥だぞ?」
 リズが自分の両肩を抱きながらぶるぶる震えるジェスチャをする。
 「だーから言ってるじゃん、あの紐はすんげー頑丈なんだって。切れたりしねーの!」
 呆れ顔のパティが何かをはっと思いついたのか、自分の鞄を引きよせてごそごそと漁り始めた。
 「ほれ、これでしょ。入れる前にこーやって紐の強度を確かめれば大丈夫だよ」
 アプリケーターから伸びる白い紐を何度も強く引っ張ってはパティ。
 「なにこれ!注射器?」
 「こないだ保健室で新商品モニターとかで配ってたから貰って来たの。あたしのいつも使ってるやつはフツーの中身だけのだよ」
 「えーっこれをどうすんの?」
 マカが妙に食いつきながら白乳色のアプリケーターをまじまじと見つめている後ろから、いつの間にか席を立っていた椿が小さな巾着袋を持ってやって来た。
 「良かったら普通の日用の細いのがあるから試してみる?」
 「え、えーっ!?」
 「だからね、こーやって、あすこに突っ込むでしょ。ほんでここを押さえながら後ろ押すと」
 「おー!出た!」
 「あとはこれだけ抜き取ればいーわけ。簡単だしょ、ちょい手が汚れるのが難点だけど、流せる濡れティッシュ常備しとけばチョー楽勝。下着汚れが気になるならライナーとか貼っとけば完璧」
 パティが丁寧にアプリケーターの中へタンポンを押し込み、マカに手渡した。
 「楽だからってずっと入れっぱなしだと身体悪くするからそこんとこ注意ね」
 椿が皆のカップに少し温くなってしまった紅茶を注ぎ、新しいお茶淹れるから飲んじゃってねと自分のカップにもお茶を注いで飲んだ。それにリズも続く。
 「でもぉ、なーんか……あすこに物入れるのはチョット……」
 尚も渋りながら紅茶を啜るマカに、パティがポンと背中を叩いてゲラゲラ笑った。
 「だいじょーぶ!ソウルよか細いから!」

 ……もちろんその後、全員が雑巾で紅茶塗れになった畳や壁を慌てて拭いたのはゆーまでもない。
 「いや、だから違うってば。変身した後の柄の事を言ったんだよぅ」
 「いーから黙って拭け!」
 因みにタンポンは「見る度にソウルを思い出しそう」という理由で持ち主の元に帰ったそーな。
 どっとはらい。



 12:36 2009/10/02 ハルカさんとのお題交換企画第四弾、そんなガールズトーク。この場にナイーブなこいつらのパートナーがいたら地蔵みたいに固まっているねっ。普通に気になってたネタを何の捻りもなく書いてみるテスト。相変わらず原作の方向性と真逆を突っ走る俺参上。バレスクショは本当に俺だけが楽しいサイトですね!マカは結局処女を拗らせそうな気がするが、アッシャーのことだから最終回辺りにどえらいサプライズをかましそうで恐ろしい。(おではアッシャーに何の期待をしているんだ)






理由などとうに忘れた

 「そういや、キッドだけ知らねぇ」
 ぼそっと呟いたソウルにいち早く反応したのはブラックスターだった。
 「なにが」
 融けかけたアイスキャンディを銜えながら視線はテレビゲームに向いたまま、バリバリビカビカと喧しいスピーカーの前に居るソウルに問いかける。
 「パートナーになった理由。俺はマカにスカウトされて、お前は椿をスカウトしたんだよな」
 「違うぞ、椿が俺様を見出したんだ。まあ俺様ほど眩しければ目に留まるのは致仕方なし!」
 「うん……じゃあそれでいいや」
 ビープ音が少し流れて、派手な爆発。舌打ちと共にコントローラーが転がる。
 「自分で飛ぶならこんな無様はせんのに」
 珍しくはしたない音を立ててコップの底に残ったコーヒーを啜るキッドの持ったコップから、雫がぽたぽた垂れてラグに丸い水玉模様が描かれた。
 「なんだ?」
 ゲーム画面からようやく目を離したキッドが2人分の視線に気づいてコップをテーブルに置く。
 「いやだから、リズとパティ」
 「が、どうした」
 「どーやってナンパしたんだヨ」
 「……なんの話だ?」
 最初はきょとんとしていたキッドも、2人の目が上弦の月が如く不穏な空気を醸し出しているのに気付いて重苦しい声に変えた。
 「マカが裸足で逃げ出すパティのあの胸!」
 「リズのムチムチ太腿も捨てがたく!」
 「椿さえ羨ましがるパティのスベスベな肌!」
 「リズのサラサラロングは誰もが一度は憧れる!」
 「性格はキツいけど!」
 「性格はコワいけど!」
 ブラックスターとソウルが歌うように熱弁を揮い、薄切り蒲鉾の天地をひっくり返したような目をしたキッドにずずいと迫る。
 「どっちがいーのお前」
 「……ナンパの仕方を喋ればいいのか、好みのタイプを喋ればいいのか」
 「両方だコノヤロー」
 両拳でぐりぐりと死神のこめかみを責め苛むブラックスターを、キッドはうんざりした顔で軽く突き飛ばした。
 「ナンパなどしてない。おれはリズにカツアゲを食らったんだ。パティを突き付けられてな」
 「うは、ショッキング」
 言葉とは裏腹にソウルの口角はつり上がったままだ。
 「その後地元のチームとギャングの抗争に巻き込まれて、成り行きであいつらを助けた時に、リズも変身できることを知ってスカウトした、ということになるのか」
 「へー。よくあいつらが素直に応じたな」
 裸足の両足をサルのオモチャのようにパシパシと打ち鳴らしながらブラックスター。
 「死神の武器になるという事に最初リズが難色を示したが、結局パティが屋敷を気に入ったってのが決定点になったようだぞ」
 「相変わらず現金な女だねぇ」
 皮肉めいたことをブラックスターが口を尖らしながら呟く。居もしない本人に嫌味を言うように。
 「で、どっちがいーのお前」
 それと無くズラした論点をニヤニヤ顔のソウルが引き戻したのを、キッドが嫌そうな顔で応えた。
 「二人とも大事なパートナーだが……そのような回答では逃がしてくれまい」
 「当たり前だこのむっつりスケベが」
 細く高い声でブラックスターが笑い、両手で身体を支えながらまた足の裏で急かすように拍手する。その奇妙なリズムに合わせるようにソウルが手拍子を始めたところで、キッドは浅い溜息の後に懺悔のような低い声の唸り声を上げた。
 「……リズは世話を焼いてくれる所がいい。パティは……ぺたぺたくっ付くのが……」
 「キャーっ!キッドくんエッチ!エッチ!やらしーッ!」
 クラスの女子がそうする様に癇に障る高音で囃し立てるソウルが酷くわざとらしくおびえる格好のブラックスターと抱き合ってキッドを指さす。
 「そ、そうは言うがなソウル!死神相手に怒鳴りつけたりスキンシップしてくれる人間なんてそうは居ないんだぞ!」
 「嘘だっ!このおっぱいサンドイッチの具!」
 自分だって椿の胸に埋もれているのではないのかと言いそうになったが、さらに泥沼にハマりそうな予感がして、キッドは言葉を変えた。
 「お、お前らだって父親公認で同棲してたり!破廉恥行為に最早怒りさえしないではないか!」
 「……お、俺はあれだよ、何か微妙に嫌われてるし?」
 「甘いなキッド!椿は風呂を覗いたぐらいで手裏剣飛ばしてくるぞ!」
 素知らぬ顔で汗を垂らしながら天井を見るソウルと、本当に何も考えていないかのように満点の笑顔でけたたましく笑い声を上げるブラックスターに、赤い顔でグラスに残った氷を噛み砕いて卑怯者めと歯ぎしりするキッド。
 それを見ながらソウルが真面目くんはからかうとおもしれぇと引き笑い。その人の悪い顔を見たならば、キッドも照れ隠しに氷など頬張ったりしなかっただろうに。
 「てかお前らオナニーとかどーしてんの」
 「グブホ!」
 舞う、舞う。砕かれた小さな氷が空中を舞う。慌ててブラックスターがその場を飛退いた。
 「だあああぁきたねっ!こっち向くな馬鹿!」
 「DVDとか見るのも一苦労じゃん。俺んちなんかTV一台っきゃねぇし、しかも居間に有るし、マカかブレアか絶対どっちか居るからもっぱら風呂だけど」
 「俺フツーに部屋。椿絶対入って来ないかんなー。ソウルもポータブルプレイヤー買えよ便利だぞ」
 キッドが慌ててナフキンでラグとソファに撒いた氷の粒を集める。コーヒーを飲み干した後で本当に良かった、シーツに致命的なシミがつく所だったと涙目のまま。
 「キッドはあれか、この部屋に鍵掛けて手伝ってもらうのか」
 「いーねぇ、男の夢だぞダブルフェラ」
 「げほ、げほ、げほ……い、いかがわしいソフトの見過ぎだっ!」
 いまだ咳を続けるキッドが馬鹿げた妄想に突っ込みを入れる。
 「ダブルパイズリなんてエロ漫画でしか見たことねえ伝説の技もあのチチならば或いは……ッ」
 「うわー、ヤベェ俺その想像だけで三日はオカズいらねぇ」
 「…………アホか」
 ようやく呼吸が整ったキッドが呆れ果てたジト目でナフキンを畳む。
 「えー、キッドくんノリ悪ィ〜」
 「もっとスゲーことしてンのかァ〜?」
 「では問おう。唐突にマカが素っ裸になってソウルに迫って来たとして、手が出せるか? 椿が前振りもなくブラックスターの寝床に入ってきて押し倒されたとして、そのまま事に及べるか?」
 びしっと指と命題を突きつけられた二人の顔が同時に歪んだ。
 「……うっ……」
 「つ、椿かぁ……椿は……ちょっと考えるなぁ……」
 今日初めて攻勢に転じたキッドが面目躍如といった涼しい顔で説教めいたものを始める。よほどやり込められたのが悔しかったのかも知れない。
 「つまりそういう事だ。もはやパートナーは肉親レベルで自分の事を知っている人間として脳が一線引いてしまっている。それで手を出すヤツは畜生か変態だろう。故におれもトンプソン姉妹に欲情などしない。……だいたいおっぱいおっぱいと言うが、四六二時中ぺたぺたくっついてりゃ嬉しくも恥ずかしくもない」
 フンと鼻を鳴らしたキッドに、ブラックスターが口を尖らせてソウルの方を向いた。
 「ゼータクな話だよな、あんな一級品のおっぱいに毎日揉みくちゃにされてるくせに」
 「そーだ、薄っぺらのサマーセーターにブラジャー一枚だろあの二人。しかもソフトブラじゃん。形くっきり出てるしさ、ちょーエロい」
 手持無沙汰な手で自分の髪を撫でつけながらソウルが言った言葉にキッドが片眉を跳ね上げた。
 「……ちょっと待て、何の話だ」
 「普通のブラジャーってこう、ワイヤーとパットが入ってて布固いんだ。ソフトブラってのは場合によっちゃワイヤー入ってなくておっぱいを包む布が薄めの一枚っきりなの。ピッタリした服着る時パットとデザインが浮かないよーに着けるブラジャー」
 指を指揮棒のように振りながら朗々と説明セリフを喋るソウルに、ブラックスターがさも感心した顔でふむふむと頷きながら合いの手を打つ。
 「お前女の下着事情ヤケに詳しいな」
 「ふはは、伊達にマカの通販カタログ読んでねーぜ」
 胸を張るかのように笑うソウルの顔が一切悪びれる様子もないことにブラックスターはちょっと嫌な顔をして、それから哀れっぽい口調を作った。
 「俺、いつかソウルが殺されるような気がする」
 「なんでだよ」
 「だってマカそれで下着とか買ってるんだろ。柄とかサイズとかモロバレじゃん」
 ソウルはよく自分のことを馬鹿だガキだスカだと罵るが、お前の方がよっぽどじゃねえかと彼は思った。……が、口には出さなかった。口喧嘩で勝てた覚えなど一度もなかったから。
 「今更あいつのパンツ見たところで嬉しくも何ともないね。今どき小学生でも履いてない綿のパンツ平気で履くんだぞ。クイーンオブがっかりパンチラ」
 「知・ら・ねェーよッマカのパンツの素材なんざ!!」
 いらいらした声でブラックスターがピシャリと言い切った。妙に顔が赤い。その変化に気付かないほどソウルは鈍感ではなかったし、その変化をスル―してやるほどソウルはいい奴ではない。
 「椿ガーターとか着けちゃって。えっろい。ナニあれキミの趣味?」
 女子のパンツ事情ほど話題にされて困ることはない。なにしろ年頃の男なのだからして気にならぬ訳はないのだが、食いつけるだけの度胸もない。しばらく逡巡して、ブラックスターは気付かれないよう深く深呼吸の後サラリと話題を変えた。
 「あの布面積の小さいパンツ何とかなんねーのかな。つか寒くねーの?女って」
 「馬鹿、誘われてんだよ!ニブい男だなお前は」
 ちょっ、この位じゃ逃がしてくれねぇか。表情を変えず、視線をすらっと走らせたブラックスターが見つけたのは無言の死神。
 「そーいやさっきからキッドが固まったまま動かねーけど」
 「おっぱい掴んだ時にリズがやたら怒る意味をやっと理解したんじゃねーの?」
 「あれ中指とか絶対チクビ押してるよな。セクハラだぜセクハラ」
 ブラックスターが少々過剰に囃すのは餌食を定めて話を逸らす焦り故か。
 「ほーんと、パートナーの肉体をいいように触る職人なんてサイテーよねー」
 「……ち、ちがうんだリズ!パティ!おれは決してそういう意図はなく!!」
 「うるせーぞムッツリすけべ」
 「きっちりスケベだろこいつの場合」
 ゲラゲラ笑いながら、男子三人の下らない夜は更けてゆくのであった。



 18:19 2009/10/26 頭の超絶に悪い話をひとつ。ゲラゲラゲラゲラ。能力は息子>★>魂だけど、優位度は★>魂>息子だと思うなー。一番強い虐められっ子と、平均的強者&平均的弱者のトリオ。こいつらが仲いいと和む。






ストローヘッド

 パティがショットグラスに注いだワインをご機嫌に眺めている。
 「しょうがないじゃん、お姉ちゃんは自分より背が高い年上が好みなんだもん」
 父上の後をひよこが如くついて回る彼女の瞳が、何よりも雄弁におれの敗北を宣言していた。思い出す度ひどく胸が騒いで腹の底が抜け落ちたかのような気分。そして胃に鉛のパイが沈んでいる。
 「寂しい?」
 ケタケタ笑いながら赤い顔のパティが胸を腕や肩なんかに擦り付けた。柔らかくて暖かい人間の娘の身体は渋い顔の険を削り取るのに優れている。実にけしからん。
 「……よせ、パティ。約束を違える気か」
 父上の書斎はほんの少し埃っぽく、日に灼けた本と古びたカーテンと薬品の匂いしかしない。忍び込んでは蔵書を読み、薬品瓶の中身を想像してはドキドキした昔から気に入りの昼寝の場所だ。
 そんな昔の取るに足らぬ、だが淡く懐かしい思い出が塗り替えられてゆく。
 「あたしの意思でキッドくんを襲うなら不履行にはならないはずだぜ」
 ランプに透かされた金の糸と、苦く鼻につくワインの香り、そして温い唇の感触によって。
 すこし身体を起こせば、多少首を傾ければ、軽く腕を払えば、簡単に振りほどける程度の圧迫が唇を襲っている。ちかちか瞬く視界は暗いはずなのに、真っ白でどうしてもそれが出来ない。
 ぬるぬると蠢くパティの舌が何度も流れそうになる涎を舐め取っては嚥下する。
 こく、こきゅ、くきゅ。
 その微かな音に腰がステーキの上に載せたサワークリームよろしくゆっくり崩壊しながら融け始め、笑っている時のように全身のどこにも力が入らない。痺れたまま魂が抜けてゆく。
 ランプの光の影がぎこちない視線移動の中でパティの顔を浮き立たせていた。長い睫に縁取られた晴れの日の西海岸の空色の蒼眼は陰って、そのすぐ下にある、ここまで近づいてやっと見える薄いそばかすがある頬は、白いジャケットを赤煉瓦で引っ掛けたみたいな色をしている。
 「慰めなどいらん」
 精一杯仰け反ればいい、ただそれだけのことなのに。
 「そんな殊勝な女に見える?」
 グラスに残っていたワインを煽って、またおれの魂が細かい振動で麻痺させられる。ワインと美しい娘は二本の魔の糸とはよく言ったものだ。
 やっとのことで自重を支えていたおれの手はいつの間にかパティの胸に埋もれ、指先に踊る鼓動を楽しんでいた。意に沿わぬ爪の反対側が赤子のように柔らかさを貪る。
 「この盗賊めに盗まれてよ王子様」
 パティがそう言って唇で器用にシャツのボタンを外し始めたので、おれはもうどうとでもなれ、と緊張させていた筋肉に休憩を言い渡した。するとそれを予見したかのようにシャツに侵入していたパティの人指し指がおれの顎を擽りながら唇を撫ぜた。もう、降参以外に術はない。
 湿り気を帯びた襟元がくたりとへたばった後は忘れた事にする。

 今度のこのこやってきた時、また案山子のようにただ立ち尽くしてると思うな泥棒、そう言ったら音がしそうなほど笑ったパティが返り討ちにしてやんよぉ、と低く唸った。



 16:47 2009/12/04 間抜けと意気地無しの泥縄劇場、はじまりはじまり。まんまと魔の糸に引っかかったカラスの運命や如何に!






救いの無いハッピーエンド

 父親として、こういう時はどうするのが正解なのかねぇ。死神がため息をついて机の上の破かれた二枚のチケットに視線を落とした。デスサイズはその仕草を見ながら、がりがり頭を掻く。全くどうしてこう面倒な展開にばかり雪崩れ込むのか。娘のパートナーと同じヘアカラーになる日も近そうだ。
 死神様がリズの好意をご存知で放っておくのは、まあいい。だけどキッドがリズを好きなら話は別だろう。それでも無視を決め込んでいた癖に、いざキッドが街からの外出を正攻法でねだったら旅券を取り上げるなんていくらなんでもあんまりだ……というのがデスサイズの偽らぬ感想だった。
 「別にいいんじゃないですか、放っておけば。一応正論なんスから」
 相変わらずのスパルタだ。死神が渋い声で真っ二つの旅券を見つめたまま皮肉らしきものを口走った。
 「……ま、問題はご子息の方ですけどね」
 その言葉を受け流したデスサイズがジャケットの内ポケットから帳面を取り出す。
 「リズとパティと交互に毎週末デートに出かけています。時々デスシティからも抜け出して……」
 行き先をお聞きになりますか、というデスサイズの問いに死神は知ったらお仕置きしなきゃイケナイからねぇ、と間延びした声で答えた。その台詞を満足げに聞き、デスサイズは帳面を閉じる。
 「パティとは決してデスシティを出ません。リズとだけ」
 ふうん、と気のない返事をする死神にデスサイズの視線がすっと細く鋭くなったが、死神は意に介さなかった。気付かなかったのかもしれないし、意味が無かったのかもしれない。
 「うちのマカと気が合うかもしれないな、あの魔拳銃のお姉さんは」
 首をぐるりと回しながら、デスサイズは部屋の天井を見上げた。抜けるような青、漂う雲が眩しい。
 「いっそパートナー交換させたらどうです」
 へらへら力なく引きつった顔をテーブルに押し付けたデスサイズがマカからソウルを引き剥がせて一石二鳥だしーと冗談めかす。しかし死神はその軽口に乗ってこない。
 「死神様、このこんがらがった状況を一気に解決する方法が一個だけあります。ケド聞くと100%後悔して少々心労が増えるでしょう」
 真面目な声を出すが、テーブルから顔を上げない赤毛の男を一瞥して死神がため息をついた。
 「エリザベスをワタシが囲えとかゆ〜んでしょー、どーせ」
 「ご明察」
 リズは断りにくい求愛を避けられて、死神様は絶対秘密を漏らさないスパイを手に入れる。キッドは淡い初恋から覚めて違反を犯した罪を悔やむでしょう。デスサイズが浪々と“メリット”を諳んじる。
 「で、リズは生き地獄のような恋に縛られ、キッドはひどいトラウマを背負い、ワタシは“五人分”の罪悪感を飲み込むワケだ」
 恋とは呪いのようなものです。穴を二つ掘らなきゃいけない。ねえそうでしょう死神様。デスサイズはさっきと同じように仮面の奥まで覗き込むような視線を鋭く細くして訊ねた。
 「俺はリズやソウルと同じ種類の人間だからあいつらの味方をしますよそりゃ。でも俺は死神様のパートナーですからね、あなたの苦悩も解ってるつもりです。だから強要はしません。どうぞ御心のまま、お望みの通りに穴を二つ掘ってください。シャベルを持ってくるくらいはしますから」
 補習授業を切り上げるような口調のデスサイズが、面倒な講義を終えた顔で立ち上がる。
 「大人の火遊びってのは面倒だ、気軽に火傷も出来やしない」
 「……言いたい事があるのならはっきり言ったらどうだい?」
 死神は彼の葉の奥に挟まった抗議を促したが。
 「俺はデスサイズであって九官鳥ではないのでね、ごめん被ります」
 デスサイズは死神の静止もを物ともせず、片手を上げてデスルームを後にした。
 「……まったく、娘に言いたいことをワタシにぶつけないで欲しいなァ」
 ハードボイルドなんてワタシたちには似合わないんだから、と湯飲みに残ったぬるい茶をすすりながら死神はデスルームの鏡に映ったツートンカラーの鎌と大いに揮う二つ括りの女の子に声をかける。
 「恋なんて面倒だねぇ、マカちゃん」
 勿論返事は返ってこない。



 21:23 2009/12/04 マカパパはマカのソウルに対する態度に腹を立ててたりすると面白いなと思ったからって書きゃいいってモンじゃねー。パパと死神様のコンビってどんな会話してんだろうな普段。パパのがちょっと強気だったらいいなと思ってやった。反省って何ですか。






1251

 「パティ、起きろ」
 肩を揺すられてとろとろ糸を引くまどろみの夢幻からゆっくり瞼を引き剥がす。頭が痛い。体の半分が痺れていて重くて本当にやってられない。
 「リズが父上の部屋から帰ってくる」
 言い捨てるようにそう言って彼があたしのパジャマの上着を投げた。
 「……Is it already such time?」
 頭をガシガシ掻いて身体を起き上らせ、ベッドから起き上がるのにたっぷり2分かけ。
 「She will also stay.」
 言いながら大欠伸。
 「まさか。週末でもないのに」
 ブラシを取って眠たそうなぼんやり声でせっせとあたしの髪を梳きながら彼。
 「Do you still love my elder sister?」
 フワフワするまとまりのない頭で、どうでも良くてどうにもならないことを訊いた。
 「複雑な気分だ。……何を言っても正解じゃない気がする」
 黙ってしまうと、彼の呼吸と、自分の心臓と、梳る音しかしなくなる。
 ねえあたし達出会ってから何年経ったんだっけ? いつから好きになったんだっけ? どのくらいからこうしているんだっけ? これが終わるのはあといくつ後なんだろ?
 オナネタにされてただけのキッド、ガキの気まぐれを真に受けるお姉ちゃん、彼は所詮神様でしかないと悟っちゃったあたし。夢を望んだわけじゃないけど、こんな冷酷な現実を目の当たりにしたいんでもない。“強引に男にキスする女ってどう思う?”なんて訊きさえしなきゃ三人で仲良くやっていけると思ったの。あたしはずっと二人の愛人で居たかったの。
 『ヤケクソで抱かれる女の身にもなれっつーんだ』
 と、これは言わない。
 部屋のデジタル時計を見て、液晶が示す数字に意識を移すなんて暇なことをするまでになってる自分に顔を顰める。ノック・アウトだ。ああ、死神が魂を抜くなんてミミズでも知ってるってのに!
 「which do you favor with symmetry and me?」
 「次元が違う」
 しれっと感情もなく言い放たれた言葉と共に、デジタル表示が変わった。
 「dork!」
 言ってデジタル時計を放り投げ、鈍い悲鳴とシーツに崩れ落ちる音を背中で聞いた。ハンフリー・ボガートみたいにシブく、うな垂れる死体を一瞥もせずに部屋を出る。
 あたしの好きになった男はシンメトリーが大好きで、困って寂しい人になら誰にでも手を差し伸べ漏れなく公平にその愛を惜しみもせず与えやがる千手観音気取りのbig willie。
 「HAHAHAHAHAHA! That's hella stupid!Gross!Gross!Gross!screw you!」
 ピロートーク律儀に守ってんじゃねェや!



 11:07 2009/12/04 空気はなくてはならないけれど空気じゃ腹は膨れない。欲しい物は手に入らないけど必要な物は見つけました。●dork:マヌケ、ドジ、イモ、流行おくれ ●Gross:オエッ、キモイ ●hella:超 ●screw you:くたばっちまえ! ●big willie:金と女に不自由しない男、大物






気持ち悪いなんて言ってごめんね

 部屋の明かりを消して、シーツを被って、その上枕の下で声を殺してる。
 「だから見ちゃだめって言ったのに」
 ドアの敷居の上で腕組をして、ただぼんやりと暗い部屋と薄明るい廊下の両方を同時に見てた。
 最初こそ静かだったが、しばらくそうしていると啜り泣きにも似たぐずりが聞こえて。
 その中に自分を指し示す言葉が混じっていたのが敗因だったのだと思う。
 ドアを用心深く閉めて、鍵。
 シーツを引っぺがして枕を奪い取った世界は真っ暗闇で、遠く昔に失ったはずの血の巡る音がうるさい。
 「怖くなった?」
 それをどういうつもりで訊ねたのか、自分でも不思議だ。
 今更引き返す気などないのだから。
 崩れ流れ落ちる棘の末端は塵へと今も姿を変え続けている。噴き出す粘液が赤色をしていないだけマシだけれど、この身体はまるで辺獄に突き立てられた亡者の腕そのもの。闇に蠢き骨と管を縊り切るためだけに夜の最も濃い場所から這い出て来る。腐臭で飾り立てられた、予想を誑かす、まさに死神と評すに相応しい形。
 マットレスに頭を押し付けて微かに震えているだろう彼女の肩に棘を失ったツタを押し付け言う。
 「ワタシの花嫁になるってのは、こういうことだよ」
 化け物の慰み者に志願した憐れな少女がその言葉も終わらないうちに肩に触れていたツタに手を重ねる。
 「やだぁ!」
 「……うん」
 怖かろうね、自分でも怖いもの。
 「死んじゃやだぁ!」
 「……うん?」
 間抜けな声を出したら、彼女が茨の束にしがみついて大泣きを始めた。
 「そんなに崩れた身体!痛くないの!死んじゃう!やだぁ!やだぁ!やだよぉ!」
 五つの子供みたいに泣き喚きながら彼女が死なないで、死なないでと掠れた声で何度も言う。
 ワタシはそれを眺めながら、異形になり果てた己の奇異を初めて恥じた。

 化け物になってるのはワタシの心か。



 13:56 2009/12/09 死リズ。






月の光はまだか?

 名を呼べば息が詰まる。顔を想えば涙が溢れる。肌を擦れば身体が疼く。
 まるで嵐だ。ひどいハリケーンだ。僕をズタズタにする。
 喉が渇いているみたい。
 いや、空腹に似ている。
 或いは、腕が切り取られたみたいな。
 寒々しくて虚しい。全て退屈で何もかもに飽き飽きする。憤怒にさえ足りない。
 僕は元々意味もなく空洞だった。ただそれだけだった。雨水のたまった空き缶。路傍の立て札。ハンバーガーの包み紙。擦り切れたカセットテープ。煤けたソファ。フィンガーボールに沈む澱。それが“僕そのもの”で、それでよかったのに。何も欲しくなかった。始まりなど望んでいなかった。
 こんな思いをするのなら。
 こんなことを知るのなら。
 こんな時間を過ごすなら。
 「どうしたクロナ」
 声が聞こえて頭をなでられ、そこまで。
 自分が自分でないような。感覚が腐食してゆく。頭の中にはただ文言。
 「―――――――っ!?」
 唇に垂れる涎に混ざる鉄の味と鈍い唸り声。歯に響くのは悲鳴だったか?
 ぶるぶる震えている彼の両指がくすぐるような細やかさで僕の肩を押し返そうとしていた。
 騒げ!唸れ!吹き荒れろ!
 胸元に染んでゆく生ぬるさ、軟らかな塊りが鼻と食道を過ぎてゆく。ヒクヒクと痛みで痙攣している喉笛は官能的にうねっては思い出したようにビリビリと振動した。まだ喉仏もないような童の首はそれでも少し筋張っていて、筋肉のしなやかさが舌に甘く囁いている。
 ぼたりと何かが床に落ちる音がして、続け様に肩に熱い掌が押し付けられた。傾いだ頬に降る涙が血だまりに音を立てている。
 「また、捨てられ…と…思った、か」
 喰らい付いた獲物は下らない断末魔を上げるので、声が聞こえるたびに強く噛んだ。力の限り顎に命令を下す。引きちぎれ、恐怖を掃う、惑わじの幻を。
 砕き、すり潰して、腑へ落してしまえ!
 きみが居ないことが恐ろしい僕は一週間ぶりに部屋へやって来た死神の息子の喉笛を噛み切った。喉が死神の血で灼ける。沈み込む皮のすぐ裏にへばり付いた肉の切れはしが顔に当たって億劫で。
 煉瓦の隙間を縫って流れる大河へ涙と血がポタ、ポタと断続的に落ちている音が響く部屋の外、冷たく薫る夜霧はまだ晴れない。



 14:14 2009/12/10 阿部定クロナ。






少し黙ってください

 「こーゆーチャラいの苦手だ」
 リズがスカートの脇をつまんだだけで全体が揺れる頼りない生地にブーイングをする。
 「いーじゃん、お姉ちゃんキマってるよ」
 ご機嫌なパティも同じ装いで、胸元のがばっと開いたデザインがボリュームのある彼女のバストをより際立たせていて非常にセクシーだ。
 「パティ、ちゃんと付け襟しな。おっぱい丸見えだよ」
 「だってサテン地でカユいんだもんこれ」
 「文句はお坊ちゃんに言え」
 髪を結い上げながらリズが鏡台の前に座った。鏡の前に居る白とクリーム色のカントリー風衣装に身を包んだ女がしかめっ面をしている。ちょっとした挙動でヒラヒラ揺れるギャザーの入ったレースの裾に通されている赤い絹のリボンがポイントポイントで目を引いて可愛らしい。
 「……あと5歳若けりゃ自然だったろうケドさぁ……」
 身長があり、目鼻立ちのはっきりとした細い眉の自分にはどう見ても似合わない。リズがため息をついて髪を結い続ける。ああもういっそ今から縦巻ロールにでもしてやろうか。
 だんだん理不尽な気がしてきた頃、おっかなびっくりといった風に部屋のドアがノックされた。
 「どうだ、着付けはすんだか?」
 廊下に響いた声に喜んだパティが勇んでドアを開けると、彼女たちに合わせたのか目の粗いざっくりとした生地で仕立てたイタリア人が好んで着そうな洒落っ気のあるダークブラウンのスーツに身を包んだキッドが現れた。
 「おおゥ!キッドくんかぁっくイイ〜!」
 はしゃぎながらパティが鏡の前にキッドを引張って、隣に並んで合ってる、合ってると彼のボタンと自分のリボンの色を比べていると、キッドはスカーフとスカートが同じ生地なんだそうだ、と三着が揃いであることを説明している。
 「父上が俺達のお披露目だからと作ってくれたんだ」
 そんなのを横目で見ながら、リズはやはり自分には似合わないと渋面を作りながらアイラインを引いた。
 「アタシの歳も考えて誂えてくれ」
 いい年こいてこんな少女趣味なの着てたら笑われちまうよ。ため息をつきながらコンパクトを閉じたリズが髪を上げるか上げないかをまだ迷いながら呟いた声が聞こえたのだろう。
 「何を言う、こんなに可愛いお前達を笑う奴があるものか」
 意外そうに眉をひそめ言う死神がドアの前でそんなことを言ったから、リズは唇を波型に捻じって閉じる。
 「キャハハおねーちゃん照れてやんのォ!」
 それを囃し立てるパティの声に気が遠くなったリズは、ああもう絶対こんな服着るものかと心に誓うのだった。



 10:44 2009/12/11 キッドにとっても弱いリズかぁいいよかぁいいよリズ。






へっくしゅん

 視線を移すと窓際のスツールに腰掛けて外を見ている彼が居たので、相棒がお姫様の足を踏まないよう必死なだけのたどたどしいダンスを監視するのを中止して私はシャンパングラスを供に王子様の元へ向かう。琥珀色の液体がぱちぱちと弾けながら揺れている。その水面に映す天井のシャンデリアはぼんやり薄闇の中に浮びながらきらきら眩しい。
 「飲み物はいかが」
 「あ、ありがとう」
 グラスを手に取り少し掲げて一気に飲み干す。その仕草はなんだか自棄のようにも見えた。
 「誰か誘わないの?」
 三人のラインダンスを思い出しながら笑い、フォックストロットやスローワルツに埋め尽くされているホールの方は向かない。私は表情が崩れてしまうのを恐れている。
 「ダンスは」
 言葉を切り、彼は少し考えてから言った。
 「三人でしか踊らないと決めている」
 「あら、でもBallroom Danceは二人で踊るものでしょう」
 少しでも表情の変遷を悟られないようにさっと件の方向を指した。
 「ほら見て、ブラックスターったらマカちゃんの足を踏むんじゃないかってずっと下を向いて踊ってるのよ」
 おかしいでしょう、と笑いながら振り向いて彼がそうだなと微笑むのを確認した。愉快なはずの雰囲気がたったそれだけのやり取りですっかり醒めてしまったような気がする。いや、酔った振りをしていた自分に気付いてしまっただけなのかも知れない。
 「……社交ダンスはお嫌い?」
 なんだか彼に訊ねてばかりだ。少しでも喋っていなければ不安なのだろうか。でも一体何が。
 「おれが声を掛けるといろいろ面倒が起こるからな」
 自分の疑問に答えを出す前についと顔を余所にやって何かに気付いたような彼がスツールから立ち上がった。
 「もしよければクロナと踊ってやってくれないか、きっと椿といい身長差だと思うんだ」
 「……ええ、お安い御用よ」
 「ではブラックスターからマカを取り上げに行くか」
 「ねぇキッドくん」
 「なんだ」
 「ダンスは紳士から声を掛けるものよ、きっと待ってるわ」
 その言葉に、少し眉を寄せて彼はわざとらしくくしゃみをひとつして笑いながら背を向けた。
 照れ隠しのような懺悔のようなそれがどちらに対するものなのか解らず、私はシャンパングラスを煽る。小さなわだかまりはアルコールに溶かしてさっさと飲み下すに限るっていうものね。
 「だけど僕も 一応いつも 毎日人間なんだ」
 一節囁くように歌い、王子様が恭しく礼をして相棒からおたつくお姫様を浚うのを見ていた。恨み言にも開き直りにも言い訳にも聞こえるそれを誰に捧げるのか解らないまま。



 01:47 2010/01/05 キッドは椿がちょっと苦手だといい。新年一発目から鬱陶しいミッシングリンク強化ターン。RADWIMPSいいですよね。何かに合わせて自分の形を変えてきた不自由なキッドには椿の身を削ってまで生み出す包容力は毒にしかならない。






call

 「よーするに愛だ愛」
 酒がなくて何がナイトフィッシングだと、訳の分らない主張と共にウォッカとブランデーを持ってきてたパティが俺にスキットルボトルを投げて寄こしたのが4時間くらい前。椿の手製弁当を平らげて竿を持ったままウトウトしていたら、何やら二人の話し声が聞こえる。
 「マカの前だといっつもかっこ悪いのに今日はえらいかっこいーこと言うじゃん」
 ソウルは竿なんて持ってないので、俺達が釣った魚を突いたり時々空を見上げたり海に石を投げてパティに怒られたりしていた。あいつらは相変わらず仲がいいのか悪いのか比喩ナシでわからない。
 「名を付け替えれば正当化できる浅き罪に乾杯!」
 イッヒッヒッヒ、魔女のような笑い方でパティ。それに何か言いたそうで、何も言えないソウルが話を変えた。お前そんな意気地なしだからいつまで経っても小物なんだよ馬鹿。
 「可愛がり方が解らねぇ」
 「キャハハハ!あたしは可愛がって貰い方がわかんないヨ!」
 「だからあれだよ、それとなく……エット、手を繋ぐとか?」
 「頭におっぱい乗っけても無反応な男に手を繋いでどうにかなるかい?」
 「んじゃ、えーっとマッサージとか」
 「基本的にキッドくんあたしの身体に興味ねーしなー」
 ああ、頭が痛い。胃が重たい。背筋がザワザワうるせえよ。本当にまったく、いい加減うんざりする。ため息なんざ柄じゃねぇけど今ならいくらでも吐けそうだ。イラついて顔の筋肉がヒクつくのがウザい。そうそう、こういう時こそ言うんだろう“ムカつく”って形容詞はさ。
 「同じ趣味を」
 「一ページ7行以上ある本読めない」
 「餌付けする」
 「やってコレ」
 「付きまとう」
 「はは、どっちかっつーと付きまとわれてるな」
 「既に可愛がられてんじゃねえか、羨ましい」
 「それ以上一切進まねーけどなー、一生」
 聞き耳を立ててるわけでもないけれど、おれの耳は二人の喧嘩のような漫才のようなそれを余す所なく拾い、耳の奥や鼻の奥や目の奥を鉛の羽で擽った。
 「女ってなにやったら喜ぶの?」
 「金」
 「リアルで泣けてくらぁ」
 「換金率のいい貴金属とか宝石」
 「財産分与から離れてくれ」
 「家事を手伝う」
 「すっかり主婦だぜ」
 「はいはい云う事を聞く」
 「これ以上か?」
 「何事にも優先する」
 「もう先に死ぬぐらいしか思い浮かばない」
 「嘘をつかない」
 「可愛がるって方向性とずれてきてンぞ」
 「オシャレなところへ連れて行く」
 「学生にはなかなか難しい話だな」
 「相手より能力が高くなる」
 「だからそれは好かれる要素だろ」
 「困ったらそれとなくズラしてハナシを変えない」
 「そいつは随分高レベルな要求だ」
 何に腹を立てているのかも解らないけれど、俺はずっといらつきを腹に飼ったまま黙っていた。無視するなんて簡単なはずなのに、今までそうしてきたはずなのに、何故今日に限って。
 「あいつら宇宙人だかんな、何考えてンのかサッパリわかんね」
 どちらの声だったかもわからないその台詞がぽつんと夜の海に浮んだのを追う。
 まったく武器ってのは変なことを考える。職人はいつだって愛想尽かされチキンレースをやってるってのに。

 必ず捨てる約束で選ばれた職人こそ、よっぽど哀れだとは思わんかね武器諸君。



 02:58 2010/01/05 武器は職人の魂に最適化する“職業”だから本当に主導権を持っているのは武器で、職人は武器を使役しながらいつも制動を強いられている。ソウルもパティも“結局誰にだって恋をする”。
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