ぺったんこの靴が妙に増えてしまった。アタシ昔は地獄の8センチヒール持ってたのに。 何が地獄かって? そりゃ男が近付けなくなるって意味でつけられたニックネーム。キスをするにも180センチ以上なきゃ届かないし、そもそも無敵の176センチの女に近寄ろうって根性の男はそうそう居ないってこと。 高いヒール履いて粋がってる男どもを見下してやるのは最高に気持ちいい。高い鼻っ柱をへし折ってやる事こそが至上の歓びだったね。お前らチビなんか皆くだらねぇよってさ。 そんなアタシの今のシューズラックの3割を占めているぺったんこ靴。スニーカーだのパンプスだのローファーだの。かかとがないに等しいチャイナシューズなんか一番のお気に入り。 ……だってしょーがないじゃん。 あいつチビなんだもん。 かかとの高い靴なんか履いて隣りに並んだ日にゃママとボクだぜ。 「んー、やっぱ新品を下ろすのっていいよなぁ〜」 ぴかぴか光る木目調のリボンが掛かったシックなパンプス。淡いオレンジ色のズボンの先で変に主張せず見えるブラウンの慎ましさがなかなかキュートでよろしいです。 コンコン、とドアがノックされた。 「リズ、そろそろ出るぞ」 「はいよ。用意できてるぜ」 バッグを持ってドアを開いて、少しラフな格好のキッドの前に踊り出る。 「………………。」 「ん? どしたキッド」 「いや。今日は珍しく派手な靴だなと思って」 「……これが?」 「うむ。大きなリボンがついてる」 アタシは思わず声を上げて笑ってしまった。こんなので派手だと思われるなんて、キッドの前でアタシ普段どんだけ真面目ちゃんなんだよ! 「ど、どうした? 何か変なことを言ったか?」 「いひひひひ〜。違う違う、自分の趣味の変遷がおかしくなっただけ〜!」 いいだろこの靴のリボン、ちゃんとシンメトリーなんだぜ! 14:51 2008/11/21 リズはこのくらい乙女だったらいいなー。どっかデートに行く出掛けの話。 |
椿がショーケースに張り付いているのをオープンカフェの片隅で見ていた。 たまたま俺が家を空けてその辺ぶらぶらしてたんだけど、買い物の行き掛けなのか、お財布片手にウインドーショッピングを楽しんでいる椿を見かけた。 その椿がぴたりと足を止めて張り付いて動かない。 「……何見てんだあいつ」 たっぷり5分は張り付いたあと、名残惜しそうにその場から立ち去った椿と同じ場所に立って、ガラスの向こう側の展示品を見る。なるほど、ここは靴屋だったか。 白い小さな靴がガラス台の上に高々と掲げられている。 「歩きにくそうな靴だな」 だいたい足を覆う部分が少なすぎて、跳んだらすぐ脱げちまいそうだし、テカテカ光ってて固そうな材質なのもいただけない。何か蹴ったらすぐ傷んじまうだろうなこんなの。 でも でも でも 似合うだろうな。椿足きれーだから。青のふわふわの、あのスカート穿いて、この靴履いたら…… 頭の中で自分が一番好きな椿の服にあれこれ合わせて靴を見てたら、店員の手がにゅっと奥から這い出してきて、白い靴はショーケースから消えてしまった。 俺は柄にもなく慌てて店に入ってさっきの靴の行方を聞いた。 「ああ、あれは先ほどのお客様がお買い上げされました」 肩を落としてそうですかと店を出ようとしたら、店員が俺に声をかける。 「ストラップ型で宜しければ同じ色とサイズのものをご用意できますが」 そこまで聞いてはたと思いついた。 俺、椿の足のサイズ知らねぇや。 「あ、あの。それ、おいといてもらえるかな? 俺、その、サイズいくつか知らなくて」 もちろんです。笑う店員が言い終わる前におれは店を飛び出していた。 全力で走れば椿が商店街に入る前に追いつくはずだから。 15:17 2008/11/21 椿が★好き好きなのと同じくらい★が椿好き好きとか超和むよな。うえへへ。 |
かなみの後姿をじっと見ている。ちょこまか動いて目障りだ。頭が揺れて髪が動く。 鼻歌を歌って時々こちらを向く。作り笑顔を返すのが面倒臭い。赤い鼻が冷たそうだ。 「ねえ寒くない」 さむくない。 「お腹すかない」 すかない。 「なにしてるの」 うるさいなぁ。 オレはボンヤリ椅子に座っていて、声は出せないし身体も動かせない。ただここに居るだけ。 かなみは何か作業をしている。テーブルに向かって繕い物だろうか、内職だろうか。 手足はすらりと伸び、オレの知ってる形を捨てたかなみ。 グッと来る女になっちまいやがって。 笑いそうにさえなるけれど、オレはやっぱり声は出せないし身体も動かない。ボンヤリ座っている。 オレがかなみに足を出すことに小言を言い倒した事をいまだに守っているのか、ずるずるダダ長いスカートを引きずって、年頃の娘とは思えない地味で面白味のない格好。まるでババアだ。 そして家には誰も居ない。 かなみはたった一人でこの見慣れぬ家に居る。犬や猫さえ見当たらない。 寒い冬、家に一人でダセェ服を引きずりながら内職かよ! オレはなんだか泣けてきて、縛り付けられているように身体が食いついてる椅子から無理矢理全身を引き剥がそうと力を入れる。なんだこんなもん、オレがちょこっと気合込めれば…… そう思った瞬間、かなみがオレを見据えるようにこちらを向いた。 「カズくん」 オレは何故かギョッとして目を剥くしかない。 「今日はクリスマスだよ」 それが何かをオレは知らない。だけれどかなみは感慨深そうにそう言ってオレの前に立つ。 「クリスマスには奇跡が起こるんだって」 そう言ってかなみが両手で顔を覆った。 ……やばい、泣く。このポーズはゼッテエ泣く。 「わたし、奇蹟なんか要らない。カズくんが帰ってきてくれればそれでいいの」 涙声のかなみの髪に触れたいと思ったけれど、オレの手は空を切る。 そこで画像が途切れた。 「……………………胸糞の悪ィ奇蹟サマだなぁオイ」 オレはズタズタになったジャケットを引きずって持ち上げた。もう片腕に感覚はない。自分の寝転んでいた地面にはうっすら血の地図が描かれていて、冷たい手で背中を拭う。ぬるついている。 かなみのアルターがオレを捉えるなんて何年ぶりだろう。 クリスマスとやらには奇蹟が起こるそうな。 オレは高笑いがてら少しだけ吠えた。 16:02 2008/12/25 はいまた悲惨な話でごめんよッ!カズくん死ぬ直前の夢。神様、居るならカズマをかなみに返してあげてください。もしくはおでにそういう話を書けるだけの筆力をくだしあ。 |
マカ、マカ、マカ。 誰かが私を呼んでいる。振り向けば濃霧、何にも見えやしない。 マカ、マカ、マカ。 恋しいみたいに私を呼ぶ声がどこからともなく聞こえてくる。 私はとりあえず小走りで声のしたような雰囲気の方に駆け出してみる。声はまだ途切れない。 しばらく走って赤い髪の男の子を見つけた。 「私を呼んだのはキミ?」 男の子は不思議そうに私の瞳を覗き込んで笑ったので、人違いだなと手を振って別れた。 またしばらく走って、こんどは淡い色の特徴的な髪型の男の子を見つけた。 「私を呼んだのはキミ?」 男の子は奇怪な笑い声で私の頭を二・三度撫でて、どこかへ走っていってしまった。 声はまだ聞こえていて、私はそれに従ってまた小走りを続行する。 今度見つけた男の子は黒髪でちょっと不機嫌そうな目をしていた。 「私を呼んだのはキミ?」 三度目の質問に男の子は首を振り、雲の中のような真っ白な虚空を指差した。 「この先に居るの?」 尋ねようと男の子にもう一度目を向けたら、そこには誰も居ないので、仕方なく先に進む。 走るのにも飽きてテクテク歩きながらこのおかしな世界に思いを馳せていたら、足に違和感。 「ってぇなコノヤロウ!」 目を凝らしたら白い髪の男の子を踏んづけていた。 「私を呼んだのはキミ?」 面倒臭いけれど私はもう一度その台詞を使った。恨みがましそうにたれ目の少年がブツクサ文句を垂れている。 「なんだよ!俺が呼んだらすぐに来いよ!パートナーが転校生より格下とかありえねぇ!」 噛み付くみたいに白髪の男の子が私の足の下で喚いている。 「何で呼んだの? 何か用?」 私が眉を顰めて鬱陶しそうにそう訊いたら、赤い目の男の子が大笑いをした。 『起きろ、ケーキ切るぞ』 その言葉にはっと目を覚ましたら、目の前にソウルが居た。 「ソウル、ケーキは!」 「あー? そんなもんねーよ。つか、チュウハイ一杯で酔いつぶれるとかアリか普通」 「じゃああんた? あたしをずっと呼んでたの!」 「ああ、呼んでたよ。親父さんと、ブラックスターと、キッドもな」 「ごめん!だって、しょうがないじゃん!あんた髪が白くて分かり辛いのよ!」 「――――――な、何の話だ?」 「鎌に変身してくれたら一発で分かった!本当!」 「……マカ、どーでもいいから俺の上からどいてくれよ、皆見てるんデスケド」 その言葉にようやく周りを見回したら、どこぞの居酒屋にクラスメイトが、テレレになった服を振り乱しつつソウルを組み敷いている私を車座になってニヤニヤ笑いながら見ていた。遠くにはシド先生に羽交い絞めにされた泣き顔のパパも居る。 「ど、どーなってんのこれ」 「クリスマスパーリー&忘年会。乾杯ん時手違いでマカちゃん酒飲んだの巻。……思い出した?」 「何であんた私の下に居るの」 「いやん。起こそうとしたらマカに押し倒されちゃった」 ヒュー!一斉に静かだった会場に口笛だの拍手だの黄色い歓声だのが上がって騒がしくなった。 「いよっご両人!危険な一発芸は家に帰ってからやってぇ!」 大笑いが聞こえて、私は再び気が遠くなる。 煙霧の世界に舞い戻った私は、目の前で膨れっ面をした白い髪の男の子と向き合っていた。 「なにさ、あっちでは平気な顔してるくせに」 私は腹立ち紛れに白い髪の男の子を蹴っ飛ばしてやろうかと思ったけれど、さすがに子供を蹴るのは寝覚めが悪いと思い直してやめた。 「何とか言え、チビッコ」 むかついて汚い言葉で罵ろうとしたら。 「マカ」 男の子が私の名を呼んだ。 「……何よ」 私が憮然とした声で答えると、男の子はニヤーッと笑って私に飛びついた。 「うん、それでいい。俺が呼んだらすぐに応えろ、マカ」 首根っこに小さなソウルが巻き付いて耳元でそんなことを言うから、私はムッとして返した。 「ソウル自分でやったでしょ、私の身体の下敷きになったの」 白い髪の男の子は知らん顔をして、しきりに頬擦りしている。……鬱陶しいっつの、ガキ。 17:14 2008/12/25 寝てるマカの耳元で三馬鹿+親父が「誰の声に一番に反応するかゲーム」を開催したマカの夢の中の話。寝てる人に話し掛けるのは脳に負担が掛かるのでやめましょう。チビソウルと現行マカの組み合わせだとマカまるで容赦しねぇ。普段は互いに気を使ってるっていうストーリー。 |
クリスマスなんて嫌いだわ、と彼女が電話口で言うので、僕は声を顰めて笑う。 「どうしてですか?」 「みんな幸せそうなんだもん。パパとママなんか酷いのよ、子供置いてコンサートですって!」 「ミミさんもデートに行けばいいのに」 「うるさいわね、間に合わせの恋人なんかお断りよ!」 電話口でブリブリ怒る元クラスメイトが連絡を寄越したのはクリスマスももうお終いの11時。 「こっちはもう終わりですよ、クリスマス」 「こっちはこれから始まるわ、忌々しい!」 きっと丈さんや太一さんにも文句をつけたんだろうなぁ、と思いながら電話を肩に挟み直す。 「じゃあ、アメリカを案内してくれますか」 「はぁ?」 「デジタルゲートをそっちに開けて、海外観光なんてのもいいかなと今思いました」 ニヤニヤ笑いで人の良くない提案をする僕を彼女が困った声で嗜めるのを待った。 腹立ちに塗れている人をクールダウンさせるには、その人より暴れて見せればいい。そうすれば自分がどれだけみっともない振る舞いをしているのかを手っ取り早く教えられるからね。 「いいわよ」 「……はイ?」 「来なさいよ、今なら帰省前でマイケル居るからD3でゲートオープンしてもらえるように頼むわ」 しまった失敗した、と頭の中で独りごちる。よほど根が深い腹立ちだったのか。この人完全にヤケクソになってる。 「ぱ、パスポート持ってなくて、僕」 「今さら言い訳なんて通用すると思ってんの」 「でも大輔くん達みんな用事があってこっちからゲートを開けませんし」 「……10分で用意終らせるのよ、すぐマイケル呼んでくるから」 「み、ミミさん!こっちは夜11時なんですよ!急に居なくなるわけには!」 ガチャン。つー、つー、つー。無慈悲な電子音がスピーカーから流れる。 「し、しまったァ……」 ガックリ膝をついて僕は愕然とした。どう考えても中学生が外出していい時間じゃない。しかも行く先がアメリカだなんて、両親にどう話せばいいのか! 僕は唸りながら、取りあえずコートとマフラーと靴を取りに玄関に向かう。 「……あ、クリスマスプレゼントがない」 もちろん何の用意も無いなどと言ったらあの戦友の事だ、臍を曲げるに決まっている。 ――――――しょうがない、メリークリスマスとでも言って誤魔化すかな。 18:01 2008/12/25 侮られてミミ切れた。男でも女でもない二人は行く先々で恋人扱いされて乾いた引き笑いをする。で、冬休みいっぱいアメリカでミミの子守をする光子郎。帰る手段がないから。 |
たったそれだけ書かれたメモがポケットに入っていた。 この汚い字。すぐに判る。それにこの紙、司令室の付箋紙じゃない。 メモの空白は大きくて、他に多分何かを書こうとしたのだろう。「に」の字は引っかき傷みたいな続け字になっている。夜に、来い? 夜に、行く? 夜に、夜に、夜に…… マンションの一室、ベッドの上。小さな豆球にメモを翳して青色吐息。 デジヴァイスは玄関口に携帯電話と部屋の鍵と一緒に置いてある。忘れないようにね。 だからもしこのメモの差出人から連絡があっても解らない。残念だけど仕方ないわね。 今日は眠りたいわ。 デスクワークに追われた一日だったもの。 殆ど誰とも話さなかったくらいよ。 ララモンだってずっとデジヴァイスの中だった。 端末の前に座ってるかデスクの前で書類と格闘していたものだから肩がバリバリ。 「……そういや、ここ何日かマトモに喋ってないわね」 指折り数えて、前回の出動が5日前だった事に気付いた。審査書類だとか申告書の処理を覚えたばかりで、それにばっかり構ってたからなぁ。 夜に。夜に。夜に。 「可愛いことするんじゃないわよ」 仕事場に私達の関係を持ち込むなという言い付けを守れば守るほど、接点が無くなる私達。 夜に。夜に。夜に。 まさか窓が鳴ったりしないわよね。アグモン連れてくるほどデリカシーが無いなら絶対に鍵を開けないわ。だって私仕事でとっても疲れてるんだから。 「………………。」 部屋を見回して雑然としている床だのテーブルだのを見て、おもむろに整頓を始める。 もうじき10時だってのにケトルをコンロに置いてみたりして。 空気の入れ替えに窓を開けて濃紺の世界に白い息を撒いた。 後ろで遠慮がちに独特のノック音が聞こえたので、やれやれと窓を閉め、鍵を掛けた。 「狼が来たわ」 10:37 2009/01/08 新年一本目は久しぶりのデジセイバ。淑乃はツンだが面倒見はよいといい。 |
ラグナロクが人の形を採るのは、人目につく昼間だけ。 夜、二人きり(この表現も奇妙であるけれど)だと、まるでホラー映画に出てくるクリーチャー。 目も無く、手も無く、肌も無い。歯と、舌と、地獄の底のように黒い内臓ばかり。 ドロドロと肉を模した体が融けるように崩れながら、なだらかな斜面を滑り落ちてゆく。 血の臭気。自分の温度。思い出すのは失敗。 ラグナロクは声帯模写が上手い。その上で嫌な台詞を真似る。 メデューサ様、マカ、キッド、エルカの真似もするし、時々マリー先生やシュタイン博士さえ。 そして僕を責め立てる。裏切り者、裏切り者と。 人の血のように目が覚めるような真っ赤な舌がゆっくり僕の頤を弄んだ。 「愛してるぜ、クロナ」 嘘つき 嘘つき 嘘つき 瞼がうっすらと持ち上がって涙がたまる。それを待ってましたとばかりに、ラグナロクの一部がその身体を細く伸ばして目尻にキスをした。やさしく、丁寧に、触れるように。 雪崩れるラグナロクの身体は抱きしめる事も出来ない。埋まって息が出来なくなれればどんなにか楽になるだろうと、何度も飽きる事無く想像した。 僕の身体を這う黒血。ある所には漲る悪意、ある所には張り詰める悪戯、ある所にはうねる悪行。髪をぐしゅぐしゅにかき回したり、性器に絡み付いて扱いたり、指を引っ張ったり、耳の中に入ってしまったり。喘いで咳き込み、何度も戻す僕の身体。メチャクチャにされる僕の身体。 真っ白になる。 真っ白になりたい。 何もかも忘れて笑えるなら、もうなにもいらないよ。 汚れたシーツをシャワー室で洗い流しながら振り落ちる熱い雨に紛れ、けたたましく鳴いた。 それを聞いたラグナロクが何笑ってやがる、と呟いたような気がする。 11:47 2009/01/08 ラグクロのエロスも一度本気で挑戦してみてぇなぁ前哨戦。でもウチのラグやんクロナが好き好き過ぎて気持ち悪いからなぁ。人外が書けねぇんだよおで。精進精進。 |
母さんがどこからか小さな金魚を貰ってきた。見た感じ、流金。子供の頃夜店で買った金魚鉢に水草と一緒に優雅な尻尾を揺らしながらたゆたっている。 「涼しらしくていいでしょう。あんたの部屋に持って行ってなさいよ」 テンちゃんがきっと喜ぶわ。母さんがそう言いながら台所にエプロンを取りに行った。 おれが学生鞄と金魚鉢を抱えながら四苦八苦して部屋のドアを開けると、すうっと風が通る。 「なんだ、もう着替えたのか」 鏡の前で髪を結っているラムが黒いヘアゴムを咥えながら仕草で合図をする。 みん、みん、みん。セミの声。 テーブルの上に金魚鉢を置いてYシャツを脱ぐ。ズボンは……面倒だからそのままでいいや。 カーテンがさらさら流れて、丁度いい具合。 「ねぇダーリン、これなぁに?」 髪を結い終えたラムがお団子頭をくりくりさせてテーブルに伏す。 「お前金魚も知らんのか? 母さんが貰ってきたんだとさ」 窓から差し込む日光にきらきら光る赤い小さな金魚の身体をボンヤリ眺めているラム。 俺は床にごろんと寝転んで、天井に反射している水面の揺れ具合を見ていた。 みんみんみん、セミの声。時々聞こえる金魚が水を跳ね上げる音。カーテンが揺れる音。 「あたるー!母さんちょっと買い物に出てくるからねー!出かけるなら戸締り頼んだわよー!」 「あーい!」 突っ掛けを履く音、ドアが閉まる音、木がコンクリートを交互に叩く音。 耳を澄ませてふと気付く。身体を起してテーブルに顎を置いて溜息。 最近、ラムはよく寝る。うたた寝ってやつで、俺の横に来ると寝てる。猫かお前は。 ちょっとした悪戯心で、ラムが結った髪を解いてみた。ばさっとお団子が崩れて差し込む光の中にキラキラ透き通る沢山の色の髪が広がる。腕や肩や汗ばんだ背中、鎖骨や胸に髪が広がる。 水の中で揺れる金魚の尾の様に。 「……んもー、折角上手に結えたのにぃ」 ラムの非難めいた声にちょっとドキッとして、慌てて手を引っ込めた。 12:23 2009/01/08 午前中授業だけで終った夏休み前の一日。ダーリン深く静かにムラムラしてるぜ。 |
撃てよ、臆病者。 そう奴が煽る。おれは自分の身体の下に組み敷いている、奴の言う『異形の者』がただの女の子にしか見えなくて、泣いて許しを乞う無力で憐れな人間にしか見えなくて、吐き気がした。 自分の中の男性性を恨んで足りん。 クロナ、ほら何をボーっとしてやがる。開いてお迎えしねぇか! 奴の声がして、それに力なく従う彼女が噎せ返るような女性の薫りを際立たせる仕草で秘所の花弁を震える指で押し広げた。 「……ど、どうぞ……」 「やっやめろ!」 咄嗟に細い腕を払って顔を背ける。妙な動悸と息切れが止まない。 「……どうして……だって、キミ、したいんだろ? いいよ、こういう接し方なら慣れてるから」 彼女が痛々しく笑う。 おれはその笑みに身が引き裂かれるような激痛が走る。脳や、心臓や、胃に。 「違う、違うんだ、ただ、おれは、お前に」 「同情ならいらないよ。哀れみもごめんだ」 遮るように冷たい言葉が響いて、おれは慌てて言葉を繋いだ。 「ヒューマニズムなどではない!……ただ単に!」 お前に少しでも信じてもらいたかっただけだ。 おれを。 死武専を。 人間の世界を。 だがそれは言葉にならず、俺の腰は彼女に引き寄せられ、彼女の中に自分自身が埋没してゆく。 「死神なんて言っても所詮ただの男だよねぇ? ラグナロク」 くすくす笑いながら透明な血を流す少女の像の眼は歪んで、それはまるで池に映る月のよう。 狂気の神になるために育てられたそいつが 夥しい数の人間を殺してきたそいつが おれにはただの女の子にしか見えなくて 泣いて許しを乞う無力で憐れな人間にしか見えなくて 秩序と規律と均等で救えぬものなど無いはずのおれの世界は その日崩壊したのだと思う。 11:20 2009/01/16 キッドとクロナの三日間一日目ー。 |
優しくされるのは嫌いだ。苦手って言葉は生ぬるい。好きじゃないって中途半端でもない。 どうしていいのか解らなくなる。 僕にはその経験がない。自分の存在を受け入れてもらえる事だけが最大の歓びだったから。 奪う事だけを考えなさい、否定する事だけに全力を尽くしなさい、目の前の全てを薙ぎ倒しなさい。 そう言われた事に大人しく従ってさえいればメデューサ様は誉めてくれた。 ご飯をくれた。お風呂に入れてくれた。洋服を着せてくれた。暗い部屋に閉じ込められなかった。 それが僕の全て。それが僕の世界。 でも僕は嫌だった。 本当は嫌だった。 悲鳴なんかちっとも心地良くなかった。 悲しくて苦しくて、心を覆う為にラグナロクを振るって絶叫を一瞬でも短くするのに躍起だった。 ある日、僕の世界に女の子がやってきて、僕の世界を変えてしまった。 僕の手を握って、身体を抱きしめてくれた。 メデューサ様にそうされたかったように。 ある日、僕の世界に死神がやってきて、僕の世界を変えてしまった。 僕の身体を貫き、唇に触れてくれた。 知らなかった強力なものをもたらしてしまった。 僕の世界に海が出来て、夜が来るようになった。“ただそれだけ”だった世界に未知の希望が広がってゆくのが解る。見知らぬ造詣が増えてゆく。それは恐ろしく、不安な変化。 いつかこの世界の優しさに自分から触れられる日が僕にやってくるのだろうか? マカに、キッドに、本当の事を話せる日が。 「……来るわけないじゃん……」 身をぐるりと回転させ、背を向けていたキッドの方に視線をやる。 「何がだ」 「お、起きてたの」 「何が来る訳ない?」 彼がもう一度尋ねたので、僕は小さく応えた。 「ラグナロクが僕を小突かない日が」 キッドは眉を吊り上げて、その代わりに余りあるほどおれが撫でてやるといって僕を抱いた。 ――――――僕は優しくされるのが嫌いだ。どうしていいのか、解らないから。 14:44 2009/01/16 キッドとクロナの三日間二日目ー。 |
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