あー。 なんでこう男がチンコ自分で擦ってる風景って虚しいんだろ。 世界三大虚無感の一つだよなー。 「無理しなくていいよ?」 「一度ヤるっつったんだから最後までやる」 義務感で突っ込まれて義務感で喘げってか。何の修行だコレ。 「そんなフニャチン入れられてもリアクション困るんデスケド」 半分マジで、その半分ギャグで、残りもう半分は呆れが混じった憐みという配分の台詞を溜息と共に吐いた。 見上げる天井にはちょっと煤けた安物の模造シャンデリアが下がっていて、天井紙は脂を彷彿とさせるブラウン。値段の割にはまぁ洒落たモーテルだとは思う。おかしげな匂いもしないし。 どこをどのようにどうしてどうなったかは一切合財謎のまま、あたしとソウルはモーテルの一室で馬鹿みたいに突っ立っていた。エナメルのボロボロ剥げたパンプスと、ドレープのメタメタになったパーティドレス、それからブラックスターのバイクの鍵。それだけが今の自分の持ち物。 対するソウルはいい仕立ての皮靴にコバルトに輝くカフスとお揃いのピン・ストライプ柄のダークアッシュ・スーツを着て、やっぱりバイクの鍵を手に持ってぼんやりしている。 「……なんで付いて来たの」 「…………いや、なんとなく…………」 そもそも何故“ソウルを振り切ろうとして”モーテルにバイクを突っ込んだのだか自分でも良く解らない。いやよく解ってる。と、思う。……多分。 「あーあ、せっかく結って貰った髪が」 部屋の入口にあった大きな姿見の前まで行ってキャスターをずるずる引きずり、薄暗いシャンデリアの光でも存分に見えるように角度を直してから髪にあしらってあった髪留めと髪飾りを引っこ抜いた。強く引っ張られていた髪が緩んで頭皮がカユイ。 バラバラと髪が落ちて乱れ、随分伸びた金色の糸の束を無造作に纏めようとして……めんどくさくて掻きまわした。整髪料の良い香りが辺りを漂う。 「ソウル」 「……ん」 なんだよ、と声を上げようとする前に思いついたので言った。 「髪切って、いつかみたいに肩よりちょっと上で」 「……俺は散髪屋じゃねぇよ」 「いいじゃん。ほら」 髪の端を無造作に掴んでひょいと持ち上げる。ああ、あれから随分伸びたものだ。もうすっかりいつかのお姉ちゃんよりずっと長い。 「……やだよ、女の髪を切るなんておっかねェ」 「無敵の魔鎌にも斬れない物があるってか? やれやれ軟弱なデスサイズだァ!」 小馬鹿にするようにせせら笑ってもソウルは苦虫をかみつぶした表情に少し憂いを振りかけたまま、微動さえしない。 「――――――――斬って」 祈りのようにそう囁いた。これはお願いでも命令でもなく、ただの願望。 「肩が凝る、疲れる……後ろ髪掴まれたまま進めない」 だから無慈悲にズパっとやっちゃって。 笑ってそう言った。 本当にそう思ったし。 「……お前が――――」 「……うん」 「――――俺の未練がましい心臓を撃ち抜いてくれるなら……共犯になってやってもいい」 ……ああ、うん。そうか。そうか。あんたも、手放すのか、やっと縋ってたそれを。 あたしと同じに空っぽになる覚悟が出来たのか。 それとも自棄か、嫌がらせか、お仕置きか。……どれでもいいけど、随分マゾヒスティックな結論だねェ。お互い。 ギザギザで斜めに裂かれたみたいなパンクなショートカットのあたしが、ソウルの下で一生懸命あえぐ振りをする。身体の上に乗っかられて内臓の奥を突かれれば機械的に声が出るのは当たり前だけれども、ほら、一応礼儀っつーの? 部屋は暗くて白髪が薄闇にぼんやり浮かんでいるっきりで、後は何にも解らない。 そこであたしは望んで男にこうされている。頼んで男にこうしてもらっている。 取り合えず涙は一滴も出なかった。ソウルは即物的ではあるけど下手くそでは無かったから、ちったぁ気持ち良かったりしたし。 あ、でもやっぱ本調子にはお互いなれなくて、絶頂には至らなかった。 最後にはお互い疲れてしまって、無理に最後まで行かせようとしなくていいよというわりかし最低な情けを掛けてしまった。 そのあとソウルは寝てしまったのかシーツを引張っても揺すっても起きなかったので、あたしは天井を見上げながらぼんやり暇を噛み締めて無為な時間を過ごしていたけれど、流石にあんまりにもする事も考える事も何もなかったので脱ぎ散らかした服を一纏めにでもするかと(なんて殊勝な!)ベッドを下りた。 ソウルのスーツを適当に畳んでから自分のドレスのポケットを探ると、くちゃくちゃになったピースのソフトパッケージと使い捨てライターがポロっと出て足元に落ちた。 煙草を吸い始めたのは最近。 麻酔みたいな、おしゃぶりみたいな、代替え品。 それでも新しく加わったものではある。 「……なんだ、他にも持ってたじゃん、あたし」 はは、と笑って拾おうとしたら――――――――足元に一粒雫が落ちた。 16:04 2011/04/19 まぁ、その、記念というか。お疲れ様というか。負け犬の遠吠えと傷の舐め合い。 |
※ギリコが死んでないパラレル。詳しくは当方配付同人誌をお読みください※ 胸糞の悪くなるような狭い檻には陽は差さない。 空気は淀んで湿っぽく、カビと腐敗した何か(排泄物?)の悪臭が漂う肺を病みそうな石造り。 死武専の地下牢はお世辞にも人道的な施設とは言い難い。 ここに俺が放り込まれてもう何十年経ったっけ? 外の世事にはすっかり疎くなってしまった。 うつらうつらと寝てるんだか起きてるんだか分らない止まった時間を闇の中で過ごしていると、自分はもうとっくに死んでしまっていて、ここは死後の世界とか何とかなんじゃないかという突飛な想像にすっかり飲み込まれてしまいそうだ。 「……ええと、確か今日が水曜の筈だから明日はリズが来るな」 それでも俺がまだ正気を保っているのは偏に死武専のユカイな更生プログラムのおかげで、それがさらに胸糞が悪くて仕方がない。 檻は糞狭くて不自由極まりないが、特別不潔な訳でもないし、不自由は不自由なりにする事がないでもない。文章を書いたり、クソ下らなくはあるが本を読んだり、近頃は工作なんかもやっていいとかなんとかで木切れを差し入れられてちまちま本棚だの靴べらだのを作っている。 そして時々、拳銃姉妹以外にも来訪者がやって来る。 「よお、ガキ」 のぞき窓の向こうに何も見えなくとも、もう解るようになった。 「また墓参りか?」 ヒヒヒと笑うと、鉄の重いドアがガンと震える。ククク……ノックはもっと優しくするもんだぜ。 『うるさい!』 「魂の見えるデスサイズ職人さぁん、俺の中の鎌野郎は元気でちゅかぁ?」 バゴン! 今度は激しく殴ったようだ。ビリビリと振動が空中に残って面白い。 『いい加減返しなさいよ!』 「HAHAHA! 嫌ァだねぇぇぇ〜!」 胸を“ぷるんと”張って、俺は舌舐めずるように超最悪なツラを見えもしないのにガキの居るドアの方を向いて作った。 エイボンの書の中での戦闘。 遠い昔々の御伽話。 銀髪のガキ。 アラクネを殺したガキ。 800年分の発狂。 叩き殺してやって、ボロボロに砕いて、引き千切って、斬り裂いて、思いつく限りの罵倒と嘲笑と侮蔑、死体を存分に踏み躙って、泣き叫ぶメスガキの前で、懇願して怒り狂う女の前で、俺は血まみれのまま喉を鳴らし、アラクネの魂を食った魔鎌の魂を食った。 胸の透く思いがした。 在りもしない股ぐらがいきり立って、何度も絶頂に達した。 心の底から満たされた。スッとした。晴れ晴れとした気分になった。 傷だらけ涙と涎と鼻水塗れのマカ=アルバーンに向かって「お前と同じ事をしたまでだぜ」と言うのは! ああ今思い出しても胸が躍るようだ! あんなに痛快な事はない! 俺はアラクネの仇を討ち、マカ=アルバーンに一杯喰わせてやった! その後に死武専にまんまと捕まって何十年も牢に閉じ込められようとも、そんな事もはやどうだっていいくらいに最高の気持ち! 「死神野郎が未だに俺を殺さないのは、魔鎌野郎の魂を引っ張り出す手段がないからだろう? 鎌野郎を消化しなけりゃずーっと俺は牢の中だが殺されはしない。ギャハハハ! 最高の人質をありがとう!」 ガン! ガン! ガン! ガガガガガ! おう、凄まじいラッシュ。ヒヒヒ。最高だ。もっと、もっと叩け魂痺れるドラムをよ! 『返せ! ソウルを返せ!』 イヒヒヒヒヒ! 素敵だ! ゾクゾクする! やめてくれよ、気持ち良すぎてイッちまわぁ!! 嫉妬と悔恨と挫折と孤独、まだあるぜ、失望と虚脱と敗北と……イヒヒヒヒ! 指折り数えるマカ=アルバーンの絶望感は身体の芯から指の先までのどこもを性感帯にしちまったかのように、俺の魂を擽り続けてくれた。多分これからもずっとそうし続けてくれるだろうよ。 扉の向こうで泣いている。 いつもと同じ繰り返し。 血が出るまで扉を叩き、爪が剥がれるまで鉄を引っ掻く。 『……あ”あァ〜ッ! そぉるぅぅ……!』 そんなアイツの墓参り。 泣き崩れて嗚咽。 扉の向こうでいつもあのメスガキが啼いている。 ―――――俺だってアラクネがお前に殺されたと知った時――――― ぼそっと口に出しそうになり、ぐっと堪えた。 いかんいかん、そんなことを喋ってしまってはこの蜜月が終わってしまうではないか。 「ギャハハハハハ! ご愁傷様マカ=アルバーン! 俺は試合には負けたが勝負には勝った! お前は試合に勝って勝負で負けた! これで引き分け、そろそろ諦めろ! 往生際が悪いぜ!」 腹を抱えて大笑い。 ああ楽しい! ああなんて愉快! ああ素晴らしき余生! 俺はここで地下牢の女王として君臨するんだ! 下僕に魔王の悲哀など毛ほども覚られないように、一生。 16:10 2011/11/24 乾先生のギリマカ本と自分の10周年本を悪魔合体させたらこんな感じになった。愛と憎しみは表裏一体。熱い抱擁と血の出る引っ掻き傷は同じ重さを持っている。ギリコは優しいと思う。なんとなく。 |
一泊二日の楽しい休暇。リズの運転するレンタルワゴンで、いつもの七人+クロナとブレアを交えて海で遊んだ帰り道。 「なぁソウル、アコギ弾いてくれよ。煩くなくて、眠くならなくて、起きてる奴が知ってる曲」 リズが助手席で地図とにらめっこしているブレアを従えてそんな事を言った。 「……難しいこと言うなぁ……つかこんなギュウギュウでギターなんぞ弾けるかよ」 マカがこっそり荷物に忍び込ませてたアコースティック・ギター。 昼間も暇つぶしにじゃかじゃかと鳴らして遊んでたものだから、今もちょうどケースを足元に置いてある。 「起きてる人点呼〜」 俺の声などどこ吹く風で、リズが片手を上げて言った。……はぁそうですか、拒否権ないんですね解ります。 「椿起きてます」 「ブレアも〜」 「あたしは運転してっからもちろん」 「俺様も起きてるぜ」 「おお、ラグナロクもかぁ。保護者ばっか起きてんのな」 「保護者って……俺もガキの範疇に入れてくれよ……」 溜息ついてケースを開ける。 ……うお、気を付けてたけど結構砂入ってんなァ……帰ったら弦張り直さんとサビるぞこれ…… 仕方なしに隣でクロナと重なるようにもたれて眠っているマカの肘を膝でどかせ、それでも狭いので窓を開けた。 吹き込んでくるのはもう潮風ではない。サラサラ自分の髪が鳴る。 「……こんな感じかぁ?」 「だめー! 眠くなる!」 「……んじゃ古典で」 「おお、エリック・クラプトン!」 ブレアが手に持ってた地図をたたむ音がガザガザ車内に響く。 「バラードじゃなくてもうちょい明るいのないの?」 「煩くするなっつったじゃん……」 リズのリクエストに俺はまた曲を変える。 「古典来たなぁ」 「日本の曲で何かないかしら?」 椿が後ろの席から少し身を乗り出したのか、後部座席が軋む音がした。 「日本っつったらこれだな」 「にゃははは! スキヤキソング!」 「あ、あとマカのお気に入り思い出した」 「あはははは! そんなのあるの!?」 おお、椿に受けた。さすがクールジャパンってかぁ? 「ギターキッズのダイヤモンドヘッドと双璧!」 「あー、それキッドも弾いてたな。何でギター持ったガキって絶対レッド・ツェッペリンやるんだろ?」 「弾きやすいからなー」 「なんだそれ」 「日本のアニメの曲。これも結構弾きやすい」 「二つ音が出てない!?」 うはは。ブレアにもウケた! 「これはアレンジ」 「お前ピアノは聞かせてくれない癖にアコギはいいのか?」 「ねぇねぇ、じゃあお題に合わせて弾くとかできる?」 「ギャハハハ! そりゃいい! マカのテーマを弾いてみろ!」 椿の提案にラグナロクが悪ノリする。……ちょっ…… 「………………んー……」 「あ、椎名林檎ね!」 「日本の曲か?」 「うん、この間CD貸してあげたの。良かったらラグナロクにも貸しましょうか?」 「おう、プレイヤーごとだぞ」 うーん……椿とラグナロクって意外に趣味が合うのか。―――なァんか面白くなってきたぞ。 「次はキッドのテーマ!」 リズがバックミラー越しににんまりと笑っているのが解る。……クソっ! 「……キッドぉ……ムズイな……」 「神様ってだけじゃん、ソウル君ボキャブラリー少にゃい〜」 「お前らが知っててうるさくなくて眠くならないのって縛りがきつすぎるんだよ!」 「んじゃ椿のテーマ!」 「ギ、ギターでは難しい……!」 「……なんか、寂しい選択なのね……」 「だーかーらー! ロックとか弾いたら寝てる奴起きるだろ!」 「じゃ今度はアタシだ! あたしのテーマ曲!」 「お、それは任せとけ」 「……おーまーえーなー!!」 ヘヘン、ニヤニヤ笑ってるからだ! 悪趣味め! 「ギャハハハ! 皮肉っぽいな! いいぜぇソウルお前サイアク!」 「じゃあブラックスターは?」 「こ〜んな感じかぁ?」 「あはははは!それっぽいそれっぽい!」 「パティ! パティは!」 「うぉぉりゃぁぁぁぁ!」 「お、起きる! 起きるって!」 椿が泡を食ってるのも面白い。 「ねぇブレアも! ブレアもテーマ曲!」 「……ブレア……ブレアねぇ……」 「えー、なんか地味ぃ〜」 「んじゃこれは?」 「……ははぁん、なんかソウルのブレアに求めるものが解る選曲だな」 「えー、にゃにそれ?」 「つまりだなぁ、ソウルはお前とマカと居るあの部屋が家なワケだ」 「カーペンターズが好きなだけだよーん。他意は無い」 「それは誰?」 「クロナ。ほんとは第二曲なんだけど無かった」 「またそんなメタな事を……」 「じゃー、お前自身のテーマ曲ってヤツを弾いてみろよ」 ラグナロクは今日、随分ご機嫌らしいなぁ。珍しく茶々を入れてこない。……ふぅん、こんなのもたまにはいいか。 「……俺……俺……俺ねぇ……」 「フ ザ ケ ン ナ !」 「言われると思った! んじゃコイツだ!」 「アハハハハハ! いい! いいぞソウル!」 「ノッて来たぞ! 椿とブラックスターのテーマ!」 「おっ? ロマンチック!」 「ん、そーきたらキッドとリズ&パティも行かなきゃ!」 「よしきた!」 「なんでぇ?」 「キッドだけならクラッシック、リズとパティならロック、三人合わせてジャズ、魂の共鳴で曲調をシブく、でもお笑いトリオだからアニメの曲」 「ンじゃクロナとラグナロクは?」 「魂の共鳴でシブくって要らん枷自分でつけちまったなぁ……」 「けーっ! あまったりぃ! じゃあ自分とこはどうだよ? こ〜んな感じってかぁ!?」 「わぁ! アコギ叩くなバカ!」 「そーだそーだ、自分とこはどうなんだよ!」 「……俺とマカねぇ…………ま、こんなとこかな」 「なんで?」 「独唱曲じゃないから」 「……ソの上でマカが躍る訳だ……くくくく……」 「リズねーちゃんは下ネタやめような! マジで!」 「逆襲だよぉ〜ん」 けらけらケタケタとリズが高笑いし、ワゴンの中がそれぞれの笑い声でいっぱいになって、まるで夢みてーなお泊り会の夜は更けてゆくのであった。 どっとはらい。 17:45 2011/11/24 何か楽しい話を、というわけでこんな感じ。埋め込み出来なかったのはちょっと惜しいがまぁ新しい試みって事で。 |
こいつのコミュニケーションの取り方は、人のこと言えた義理でないのは百も承知だが、ものすごい下手。 俺とソウルとリズにパティ、マカと椿とそれから博士……キッドが自分から喋り掛けた奴なんか、あとはクロナくらいのもんだ。 リズとパティに訊かなくても、あいつに友達なんか今まで一人だって居たことないのは知ってる。 死武専に13年世話になってる俺が、死神の旦那に息子が居たなんてこと初耳だったんだから。 「おい」 「………………」 眩暈のするような日差しの中に似つかわしくない真っ黒な服に真っ黒な髪。 憂鬱そうな金の目に、重苦しい頬の肉はぴくりとも動かない。 トンプソン姉妹が何故あんなにも鬱陶しい面倒臭いと言いながらもこいつの隣に居続けるのか。 要は通訳だ。 ふてぶてしい訳じゃない。言葉が通じない訳でも、通念が異様な訳でもない。常識だってある。 なのに誰も近寄らない。 遠巻きに見て後ろ指を指す。 こそこそと噂話をして嗤ったり畏れたり。 そいつが永延と繰り返されて、まるであいつの周りにバリアでもあるかのよう。 ちったぁニコリとでもすればいいんだ。 リズやパティに向けるように。 馬鹿なギャグや間抜けな顔を見せればいい。 俺やソウルに許すように。 人間の隙間でずっとカラカラ音を立てて空回りしている死神の息子は、体力も知識も体術も魂の強さも大きさも周りの連中からズバ抜けていて、いつも一人肩身の狭いような微妙な顔をしている。その顔を誰かはいつも涼しい顔をして誰にも気を許さず、ツンと澄まして周りを小馬鹿にしてやがると訳知り顔で小鼻を顰めた。 解ってないのは誰だよ。 自分のせいじゃないモン背負わされて除け者にされて、隙の一つでも見せれば笑いながら線路に向かって背中を突き飛ばされる。そしてそれに怒ればきっと、信じられない物を見たような顔をしやがるんだろ? 解ってくれよ。 甘やかさなくたっていいから、ただ在るがままに、着替えなくて、整えなくて、寝起きのそのまま。 それから話して、それから歩いて、それから飯を食って、それから喧嘩をしようぜ。 それなら。 それこそ。 目の前にありもしないフィルター。 薄い紗のかかった眼前にある物が全てある日潰れてしまえばいいとか。 お前も思ったりするのか。 その力を持ってる、その力を揮える、その力を讃える世界で。 口を開けて待ってるのは福音だけの連中のハラワタに自分に投げつけられた泥粒を詰め込んでやりたいと思ったりするのか。お前を取り囲んで顔も見せず棒の先で突いては嬌声上げて嘲るようなクソ共を―――…… 「……不満満載の顔だな」 「怒れば?」 「――――――――あの程度、見ずに避けろとか言われると思った」 簡単に笑うので、俺の瞳がぎゅうと縮まった気がする。 「……よせよせ。くだらん」 頭をぐじゃぐちゃにかき回され、最後にポンとはたかれた。 ちょっ、兄貴気取りかよ。 気が遠くなりそうな午後12半過ぎ、灼熱の太陽、肌がジリジリ音を立てて焦げて。 俺の頬を汗が流れる。 キッドの頬に血が流れる。 誰かが徒に投げた石飛礫は死神の息子の額に当たり、たった小さな年端もいかぬ男の子は、痛みと悪意をすうと飲み込んで諦めた顔で笑った。 15:34 2011/12/27 ブラックスター程度であんだけ迫害されてたら、死神の息子何かもっとひどい扱い受けるんじゃねーのとか。死神様がどんなに善政を布いたって、人は死を懼れる心から自由にはなりはしない。キッドは不満とか全部飲みこんじゃうタイプだよなーと。飲み込んだ振りしてモロ出しのソウルより重症。 |
ギリコは屍になってしまった男の骸を見下ろし、何か言う為に唇を動かそうとしたのだろうが、視線の先にうごめく醜悪を認め、口を閉じた。 「少々頭が回ったところで所詮人間よな。我が身も守れぬか弱き生き物がアラクネ様の小間使いなどおこがましい」 別に仲間という意識があるわけではなく長く志を同じくしたわけでもない男がただ潰れて死んだだけで、普段のギリコならば特に気にするような事ではない。間抜けが勝手に死んだと笑いさえしただろう。 だが彼の目の前の主を失ったはずの内臓は動くことを止めず、臭気と蒸気を巻き上げながら地面に浸かるようにそこにあった。手は空を掴む様に伸ばされていて、或いは自分を呼ぼうとしたのかもしれぬとギリコは視線を外さずにいた。 「感傷かね」 ふと視線を斜め前にやると、水ぶくれのように表面がゆるくたわんだ複眼には月の光を照り返した自分だけが映っている。 化け物め、と口の中でギリコが呟いた。もう少し早く踏み込んでいれば、もう少し大きく腕を伸ばせば、この男は死なずに済んだ筈なのに。この化け物はそれをしなかった。見殺しにしたのだ。この男がアラクネに少々気に入られていた、たったそれだけの理由で。 「――――それとも恐怖かね、ギリコ」 ニヤア、と異形が笑ったらしい。 ……いや、もしかしたらこの岩は勝手に落ちてきたのではなく――― 自分を脅しているのかもしれない己の名を呼ぶ奇っ怪に、ギリコはたじろぎはせず静かに尋ねた。 「こいつが何をしたよ? お前は忠実な執事じゃねーのか? 便利な小間使いを失ったアラクネがまたヒスを起こすぞ」 「アラクネ様だ、無礼者め!」 ギリコはこれを自分に見せるには理由があるはずだと考えた。この化け物は邪魔者を何度もこうして闇から闇に葬ってきたのだろうから。 「アンタ、アラクネ“様”に何故従う?」 唐突な事を言い出した訳ではない。それが恐怖からならば、忠誠が説明できないし、支配からならば、自立性がジャマをする。愛などはばかばかしく、共闘ならば主従関係になるわけはない。親子なわけもあるまいし。……では、ならば何故。 「何故、だと?」 心底、不思議な物を見るように、妖がギリコの顔を覗き込む。 「お前はもう少し利口かと思ったが、やはり“人間風情”だな」 我々は蜘蛛の巣にかかったエサだ。アラクネ様に知識や情報という栄養をもたらす以外に価値などないのさ。当たり前の予定を諳んじるような口調のモスキートという名を持つ化け物は確かに笑った。 「――――ギリコよ、哀れでか弱き人間よ。アラクネ様はゆくゆくは世界をその手で牛耳られる王である。我々は王の手足であり養分、いくらでも変わりは利く使い捨てだ。……それをゆめゆめ忘れるな」 ギリコは化け物の理屈などわかりはしなかったが、耳を震わせる人間などより余程弱々しい声に魂を揺さぶられた。 「使い捨てられてアンタは嬉しいのかよ?」 「……従うべき王の居ない人間どもよりは」 ギリコがアラクネの元に身を寄せているのは、世界をぶっ壊す、めちゃくちゃに暴れる、最高の舞台で規律を台無しにするという欲求を持つ彼にとって、野心と強大な魔力を滾らせる魔女は都合のよいパートナーに思えたからだ。だがこの化物はどうだ。まるでアラクネという悪夢を永遠に続かせることだけを望んでいるようではないか。 「従者が自らの死によって主の心を乱すことはあってはならん。お前もいつかこの男の様にアラクネ様を置いてゆくだろう、その時はワシが人知れず消してやる。この胸を患った男の様に」 ギリコは胸を患った、という言葉の為にもう一度骸になった男を見る。自分もこの死んだ男も、いけ好かない蚊のジジイ以下アラクノフォビアに所属する連中全ては、蜘蛛の魔女の糸で繰られる屍だ。意思を操られ、心を奪われ、恋焦がれるように仕向けられた哀れな屍に過ぎない。 アラクノフォビアに男しか居ない理由の一端を見たようで、ギリコは顔を顰める。そして口の中で呟いた。 『―――アラクネってのは、世界一の悪女だな。愛と利益と同情で男の魂を縛りやがる』 いつかこの吸血鬼の化け物のように自分の欲望が蜘蛛の魔女の思うがままに書き換えられてしまうのだろうか、とギリコは背筋にうすら寒さを感じ、不可解に口元を緩ませる。 作成日不明。 うp20:45 2012/01/02 ギリコとモスキート爺ちゃんの話は結構面白そう! といろいろした結果がこれだよ! みおのすけ先生に差し上げたアレのマッシュアップ。アラクノフォビアの3人は突っ込んで考えるとなかなか愛憎入り混じってて愉快ですよ。まだもうちょっと書いてみたいにゃー。 |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||