『知ってるのは君と僕とラグナロク』

 窓辺にもたれ掛かったまま動きもしないキッドを、ソウルがじっと見ている。
 彼らはどちらかというと神経が細やかしい性質なので、よくそういう格好をした。
 それをまた遠目にブラックスターが見ている。
 彼は単純明快溌剌明朗を身上としているので、よっぽどの高熱が出た時か、パートナーを怒らせて弁当を作って貰えなかったりした時くらいしかそーゆー顔をしないのだが。
 「……小物が……」
 近づいた気配を一早く捉えたソウルが、何とも言えない顔でブラックスターを振り返った。
 「死神も恋わずらいするのかねェ」
 へへっとバツが悪そうにソウルが笑う。ブラックスターはなんて辛気臭い顔だ、と思ったがその感想は口にはしない。
 「お前らはもうちょっと真面目に生きたらどうだ」
 まさかブラックスターの口からそんな事を聞くとは夢にも思わなかったソウルは、けたたましい声で可笑しがった。あんまりうるさくしたものだから、窓辺のキッドが本来の彼ならば考えられない鈍感さで2人にやっと気付き、彼らの方に向き直る。
 「……なんだ、居たのなら声を掛けんか」
 キッドが少々ムッとした顔で言ったセリフに、今度はブラックスターが堪りかねず吹き出してしまった。
 「――――――――お前達はケンカを売りに来たのか?」
 無礼千万なその様子にもある程度慣れているのか、さほど動揺もせずに鼻を鳴らすキッド。
 「おいキッド、お前、今、自分のカッコを客観視全くできてねーんデスケド」
 ソウルの呼吸困難になりそうな言葉に眉をひそめ、キッドがさすがに魂を波立たせた所に、ブラックスターがその気もなく止めを刺すように言った。
 「ナルシストみてーだぞ、ソレ」
 窓辺で神妙な顔をして空見てため息とか、頭の悪い少女マンガの男みてーだ。
 ゲラゲラゲラ。
 腹を抱えんばかりのイイ顔で、ベラボウな感想。
 「……お前な……俺がわざわざ言うのをヤメた事をサラっと……」
 言いながらもソウルの顔はブラックスターよりある意味イイ温度である。
 「浸ってるトコ悪ぃンだけど、コレ渡しといて」
 ブラックスターがずっと片手に持っていた大学ノートを投げると、絶妙の強さでキッドの胸にポンと当たって彼の手元に落ちた。重心の不安定な物体を良くコントロールしたものだ。
 「……何だコレ」
 「クロナのノートに見えないなら目医者行け」
 ノートの表紙に書かれている汚い文字を一瞥して憮然とした顔のキッドに追い打ちをかけるのは、やはりというか、フォローとバックアップをさせたらクラス一と名高い「爆弾娘の保護者」ことソウルであった。
 「――――キッド、ブラックスターが気ィ使うなんて十年に一度あるかないかだぞ。行けよ」
 ソウルがぽんと肩をたたく。
 なんと美しい友情だろうか、と第三者ならば思うかも知れないが。
 「ほォ」
 キッドは顔に青筋など浮かせていた。
 「今しがたワケもわからずクロナの平手打ちを喰らったおれに、この上傷を増やしたいのだな」
 ムカムカとする腹の具合を体で表現しているキッドの肩を、再びソウルが叩く。
 「いやぁ、ありゃー、お前が悪いよ。だ、か、ら、あやまって来いって。な?」
 うひひひひひ、と人の悪い笑い方。
 「ガールズトークなんかの内容口に出したら、そら殴られるっつーの」
 だから俺、言ったろ、オフレコだって。女子全員にバレてること全〜然気付いてないんだから。ブラックスターは一切何の悪びれも見せず、本当にお前は頭いいくせに心の底から馬鹿だなと真顔で続ける。
 「マカだったら“絶交!死ね!”って怒鳴ってる所を“しばらく顔見たくない!”くらいで許してくれるんだからクロナは慈悲深いよ、うん」
 ゲラゲラ笑うソウルは、でも女のノーパンを公衆の面前でバラすのはどう考えてもお前が悪い! とまた腹を抱えた。



 13:00頃 2010/08/28初稿 10:24 2010/09/17改稿。シヲコ先生黒潮雑貨28の会場でサインを頼まれたので、・三馬鹿・知らぬは息子ばかりなり・ほのぼのキックロというお題を貰って即興でスケブに書かせて頂いた話の完全版。我ながらひどい話だなァ……。しかし自分の三馬鹿設定の基礎を作った先生にまさか直筆で三馬鹿SSを手渡すことになろーとは……これだから人生ってのは面白い。あとなんで二人がゲラゲラ笑ってるのかはこの漫画読んだら解ります。







真実よりも信じる心を

 「おい」
 「……あー?」
 廊下をぽくぽく歩いてた俺がだらっと振り向いたら、赤毛のおっさんがいた。
 ……最近なんかやたら顔合わせんなぁ……デスサイズになる前は鼻にも引っ掛けてなかったくせに……
 「顔貸せ」
 また小言か……いい加減うんざりするぜ。
 そんなことを思いながらも世界一の称号を持つ男の癇に障れる自分が妙に誇らしいような、くすぐったいような。……変な実感。
 「飛ぶの下手なのは勘弁しろ、ちゃんと下敷きになって守ったろうが」
 「――――――それだよ」
 「……ああ?」
 なんだ、今日は珍しく“デスサイズ・モード”じゃねェか。……なら付き合ってやってもいいや。
 「お前、マカの言う通りの“羽根”でこれからやってく気か? あんな悠長な形態、ナニ考えてんだテメェ」
 このおっさんが言ってるのは、さっきの特別授業の話。つい最近でたらめな戦争じみた攻城作戦があって、俺はそこで相棒と共にすんげぇ功績を挙げて念願のデスサイズに“昇進”したのだ。昇進だぞ、昇進。“昇級”や“昇格”じゃねぇぞ。もはや俺はこのおっさんと肩を並べられる身分ってこった。……いや、もちろん実力は月とすっぽん所の騒ぎじゃないほど開きはあるが。
 「……だってしょーがねぇじゃん。“天使さん”がアレがいいっつうんだから、俺は武器としてそれに従うだけ。全て職人サマの仰る通りに〜」
 ヘラヘラ笑う。
 武器に決定権がないのは単なる事実だからな。
 「頼むから真面目にやれって叱ってくれよ……」
 ため息とも呆れとも乞いともつかぬ難儀な声が上がる。
 「自分が出来ねーことを人にやらせんな」
 俺はそれにぴしゃっと言い放つだけ。
 「……お前にだけはワガママ放題だな、マカ」
 「もう慣れた」
 これでも俺は故郷じゃ気難しくて取っ付きにくいので有名だったんだが、いつの間にやらクラス一の世話焼きクンだぜ、笑わせるよまったく。
 「――――――冗談抜きで、あんなモンで空飛んでたらイイ的だぞ」
 「解ってるよ」
 解ってるとも。あの格好のこっぱずかしさくらい客観視できるわ。
 「もう羽根形態はやめろ。一番最初のお前のイメージ、アレが最適ならばそれを押し通せ。さもなくば……死ぬぞ、お前ら」
 いつだったか、相棒が言ってた言葉をふと思い出す。
 『パパって怒るとすごい怖いの、いっつもヘラヘラしてんのは演技じゃないかと思うほど』
 ……演技ってのは、確実に過大評価だな……絶対に間違いなくアレも素だ。ただ“こっち側のツラ”を見せたくないだけの弱弱しい見栄っ張りだよ。
 ――――――俺とおんなじタイプの。
 「だから、それはご自分で娘を説得してくーだーさーいー」
 「それが出来りゃやってるよ! 出来ねぇからこーやって頭下げてんだろうが!」
 「いつ下げたよ!? いつ!?」
 「マカが狙われてるの知ってんだろ!? いくら校外授業が多人数制になったからって、そんなモンでどうにかなるようなレベルの話じゃねぇんだよ! お前だって魔女と戦ったんだ、一瞬の油断が洒落にならない事態を――――――」
 だがなぁ。
 「スピリットさん」
 それを受け入れるアンタと、俺は違うぜ。
 「っ……な、なんだよ」
 俺は例え先人が『その先には何もない、行こうがただの徒労だ』と忠告してくれたとしても。
 「俺の職人は確かにアンタの娘だが、俺はアンタの武器じゃない。……解ってくれよ、俺の辛い立場ってヤツをさぁ」
 弱さも見栄も全部晒すよ、あの頑固な潔癖者に。
 「……なんかお前、嫁姑問題に挟まれた婿養子みてーだな……」
 だけど
 「一切笑えねェ……」
 あのここぞと言う時に弱気で思い込みの激しい馬鹿に“俺がアンタと同じ腰抜け野郎”って証拠は死んだって見せてなんかやるもんか。
 「――――――俺はお前の上司で指導員という立場だ。強制命令も出せる。……だが、出来ればそんなモンでお前らの間柄をこれ以上ギクシャクさせたかねぇ。
 だから“お願い”する。マカをぶん殴ってでもあの形態をやめてくれ」
 「――――――スピリットさん」
 もう一度名を呼ぶ。世界最強の男の。俺の相棒の父親の。俺が超えるべき目標の。
 「アンタ娘について一個だけ勘違いしてる」
 「あぁ?」
 「いつまでもパパパパっつって付いて回ってた10歳の女の子じゃねーさ」
 またへらっと笑おうとする腰抜けを根性で押さえ込んで、ニヒルに笑ってやる。ああそうとも、こんな時にこそ唱えろ。COOL、COOL、COOLだ。
 「……だからってソウルソウルつってりゃナンも意味なくねーか?」
 「ナニそれ嫉妬? みっともねー」
 間抜けで情けないコト言ってくれるなよ、こちとらそいつを黙らせるのに全身全霊が必要なんだぜ!
 「馬鹿が、俺と同じ轍踏むなって忠告だよ!」
 「――――――心配するな、お父さん。あんたの娘は気に入らなきゃ神様だろうが運命だろうが平気でぶん殴る。そんで笑いながらひん曲げてくれらぁ」
 「……………………」
 「俺ァ、付いてくのに必死なんだよ」
 言い捨てて、振り向きもせず立ち去る。
 後で何か聞こえたけれど、俺は特に感情もなく無視することにした。
 この手の嘲弄にいちいち反応するのはCOOLじゃないので。

 「……アホ、テメェにお父さんだなんて呼ばれる義理ァねぇっつんだよ……」



 8:04 2010/09/19 パパと息子の5分間。或いは使用前・使用後。理解すれば道が拓ける★や、受け入れれば方向が定まるキッドに比べ、ソウルの越えるべき壁は地道に自分で噛み砕くしかないと言う辺り、彼が一番大変な運命を背負ってるような気がする。往け、男の子たち。往け、自らの信じる“男”になる為に! ……因みに“すばらしくイケメンなソウル君”というツイッターで貰ったリクエストに肖って書いたのがコレ……あれ?







狂気は耳からやってくる

 アラクネが殺されたと神父野郎に連れられてやって来たノアの根城で聞いた時、その糞のような情報をもたらした腐れ魔道師をまず殺そうと思った。
 「憎き死武専に復讐したいのならば私はバックアップを惜しみませんよ」
 蚊のジジィ、テメーがコイツを心底嫌ってた意味が100分の1くれぇは分かったぜ。
 お前は一体何をしていた? アラクネが闘ってた時に“どこで何をしていた”んだよ?
 ゲームが終ってもカードを隠し持っているみたいな胸糞の悪さ。
 「仇を取りたくはありませんか? 恨みを晴らしたくありませんか?」
 反吐野郎、何を笑ってやがる。何故笑っていやがる。俺を便利に使いたいんだろう? だったら俺の精神に同調してお悔やみの一つでも捧げるのが筋ってもんじゃねえのか?
 「さぁ我らの手で折り殺しましょう、アラクネ様の魂を食らった呪わしい鎌を!
 さぁ貴方の刃で生意気なメスガキをアラクネ様と同じ目に合わせるのです!」
 なるほど優秀なアジテーターだ。こいつ“も”こうやって魂に入り込むのか。
 ……だが二流だ。姐さんならもっともっと上手くやる。獲物が気付かぬうちに魂を揺さぶり、綺麗に絡め取って一糸の乱れもなく整列した波長で永遠にシビれさせてくれるぜ。
 モンゴルだかチャイナだかに居た伝説の軍師みたくに“死んだ後も”な。
 「勘違いするな、俺は腐れ鎌と腐れ鎌職人をぶっ殺す以外にゃ指一本動かす気はねぇ。
 それを忘れた瞬間、お前は“ミンチよりも性質の悪いこま切れ”になる」
 もちろんですよギリコさん。
 浅黒いにこやかな笑みの奥に闇よりもっと昏い物を潜ませたまま、そう言った。
 底の浅い男だ。
 見え透いている。
 三つのガキにでも覚られるほどに胡乱な魂。
 姿形など問題じゃない。
 意味があるのは魂だけ。
 そしてこいつはそれを無防備にさらけ出して、それを厭わない。
 ――――――――なぁんて奇術師の口上を無邪気に信じろってかァ?
 俺はこれでも人生経験が無駄にだだ長いもんでねぇ……“底が見え過ぎる”なんてのはどう考えたっておかしいのさ。
 「ひとつだけ教えろ魔道師」
 「私に解る事ならば」
 「お前はアラクネを見捨てたのか」
 「とんでもない!」
 間髪入れず、心底驚いた顔。そして続く下らない賞賛と悔恨を織り交ぜた言い訳がのうのうと垂れ流れているのを無視し、想う。
 情報戦を得意とし、権謀術数を身上とする性悪女。800年前に追い詰められた原因だってそうだ。あいつは自分の巣の中に居さえすれば神にも匹敵する。
 だからこそ“誰かが引きずりだした”に違いないのだ。
 「誰がどんな不思議な術を使おうと、俺の知ってるアラクネからは“絶対”自分の身体を敵の前に曝そうなんて発想が出る訳はねェ。……メスガキと鎌を殺したら次はアラクネを陥れた奴だ」
 言って俺は尚も口からクソを垂れ続ける腐れ魔道師に背を向けた。
 「もちろんですよギリコさん。私も同じ思いです!」
 糞の代わりに弾んだ声をその口から吐き、“世界中のありとあらゆるものを自分の船に押し込んだコレクター”の名を名乗る男が俺の精神に同調しようとした。……俺の精神を食おうとでもしたのだろう。どういう大道芸かは知らねェが。
 「……他を当たりな、俺が人に使われるタイプに見えんのか?」
 魂の波長を弾き返した俺を取り込もうとしたはずの男は、それでも笑みを崩さずただ馬鹿の様にそこに佇んでいた。
 「アラクネみたいに爪の裏側や網膜の底まで全部支配してくれるなら別だがよ」

 800年間鼓膜の縁をガリガリ掻き毟り続けた蜘蛛の足音は、もう聞こえない。
 「……狂気の果てなんて、こんなものか?」
 我ながら呆れるくらい芝居がかった言葉は丸っきり空洞で、怒りや悲しみはともかく、嘲笑や不安、悔恨のひと欠片だってなかった。
 ほんとうに、ひと欠片の感情も。
 だからこそ俺は“同志を殺された自分の発狂”を抑え込めたのかも知れないと今更思う。
 互いに利用し合った仲だ。800年前だって仲良しこよしでやってきた訳じゃない。
 アラクノフォビアなんざただの手段、ただの通過点、ただの道具。
 だから涙の一つも出なくて正解だ。
 「……俺ァ仇取りなんて柄じゃねえぞ、アラクネ……」

柄じゃあないから、失敗しても恨むなよ。



 14:49 2010/08/11初稿 19:30 2010/09/21第二改稿 第95弾ソウルイーター、ギリアラ+ノア様〜。日付け見て貰えれば解る通り、2010年9月号読んで即行。俺のギリコがぁあぁぁぁ……! と泣き崩れそうになったのは秘密です。うーんギリっさんは彷徨う亡霊(マカを殺されたソウル)として鬼神に取り込まれるってぬるいストーリーを予想してたんだが……流石アッシャー容赦ねーぜ!シビレル!






どうしてそんなことを聞くんだい?

 そう尋ねられた俺は、なんと返事をしたものか考えあぐねて、あの照れ屋の淑乃がそんな、と言いかけその卑怯さに口を噤んだ。
 「答えられないのか」
 滑稽だねと金髪が揺れる。異常に腹立たしい。けれどその感情を出したところで単なる負け犬の遠吠えにしかならない事は経験上解っていたから、根性で飲み込む。
 「そんな面白い質問に答える義務が見当たらないんだけれど、それでもきっと君はこの僕の優しい性根を利用して情けと引き換えに答えを引き出すのだろうねぇ」
 持って回った嫌味な嫌味な言い回し。本当にこいつは根性がいやらしい。世の中全てが自分に跪くことを当然だと思っていやがる。
 ムカつく、イラつく、ささくれる。心に小波が立って全身に力が漲ってゆくような。
 ピリピリしてたらついに言いやがった。
 「君が言うなら、答えてあげなくもない」
 ぷちっと頭のどっかが鳴った。
 ゆらりと丸めていた背を伸ばして立ちあがる。もー我慢しねぇ。もー耐えらんねぇ。ぶん殴ってやる。背筋に命令を下す脳味噌がリミッターを外して怒鳴っていた。この涼しい顔のハーフなイケメン野郎をぶっ飛ばせと。
 ぎりぎり歯が鳴っている。
 右腕を振り上げた。
 後はパイプ椅子に座る双眼のド真ん中を目掛けてまっすぐ突き出すだけ。
 「僕は紳士だから、君のちっぽけな自尊心を守ってあげよう。感謝したまえ」
 そう前置きをしてから、その通りだと、あの良く通る透き通った声で言った。
 「君の陳腐で下世話な想像は正解だ。……これで満足かい、大門大」
 にやりと笑って、振り下ろし損ねた拳を握る俺を見た。勝者の傲慢を潜ませる目で。
 「おいおい野蛮だな、その拳を一体どうするつもりだ?」
 そっとおれの腕をあらぬ方向に逸らし、いけ好かないスマートな立ち振る舞いを崩すことなくトーマが自分の飲みさしたマグカップを取って席を立つ。
 「当たり前だろう。僕は彼女の同期だよ」
 言い捨ててドアの向こうに消えた。
 俺はもう全身の力が抜けて、そのまま椅子にどっかりと崩れた。
 ああ、なんてこった。最悪だ。恐れていたことが現実に。項垂れる俺の背後のドアから休憩室に入って来たのか、淑乃の声がした。
 「どったの、大」
 「あー、アニキがトーマに淑乃の水着姿見たことあるかって聞いてトーマがあるって答えたらあーなったんだ」
 「……バカじゃないの?」
 デジヴァイスの中のアグモンの声が遠い。
 「しかもビキニ!こんな屈辱初めてだ!」
 「おーいアグモン、そろそろこいつ殴っていいかナ―?」
 「もうオレのベビーバーナーで炙っちゃおーぜー、ヨーシノー」



 12:36 2010/04/06初稿 10:43 2010/09/17改訂。第94弾デジモンセイバーズ。がはは。3人がキャッキャウフフしてると楽しいよね! 同人誌没原稿。






僕はあの日の言葉を今も考え続ける

 「女の子だったらよかったのに」
 昔、そんな無神経なことを理香さんだったか直美さんだったか、もっと別の誰かだったかに言われた。
 今思えば攻撃的な性格を嗜めての事だったのだろうけれど、当時はひどく傷ついた。ただでさえガリチビでドスの利かない線の細い顔つきなのを気にしていたのに、言うに事欠いてなんだと憤慨したものだ。
 だから僕は健二さんに親近感を持った。彼も僕と同じように細くてちっとも男性的な感じがしないんだもの。まるで同級生みたいだとさえ思った。
 「今だから言うけど、軽く見てた」
 それはヒドイなと彼が笑う。崩れた部屋と埃っぽい布団。男の子供たちは皆、この比較的安全と思われる崩れてない部屋で寝ることになった。見知らぬ天井を見上げながら僕は彼と話す。今日のこと、今までのこと。
 「でも違ったよ。世界を守っちゃうぐらいタフな人だった。健二さんはスゴい」
 じゃあ僕は? 僕は? 僕はどうだ?
 賞賛の声を上げながら何一つ自分で出来なかったことを思い出す。何が世界一だ、何がチャンピオンだ、クソガキめ!
 「佳主馬くんだってすごいよ」
 その声が妙に癪に障って、声が詰まった。
 どこが!? ちっとも、ちっとも……僕はちっとも凄くなんかない!!
 「みんな凄い。誰一人欠けたって駄目だ、僕だけじゃどうにもならなかった」
 健二さんががさがさ枕元の鞄を漁ってレポート用紙を取り出し、なにやら書き始めた。
 「たとえばこの計算式があるでしょ」
 一文字でも欠けたら答え出ないよ。健二さんが難しい数式をさらさらと書いてゆく。例えばここにそれぞれ数字を代入してみようか? これは等差数列と言って公差を証明する式なんだけど……僕はどっちかと言うとラムダ計算みたいな計算の為の計算じゃなくて答えを出す為の計算の方が好きで――――――――
 僕はその月明かりに照らされた横顔を垣間見る。何にも侵されざる、神秘の表情の前には誰一人として存在しえない。呪文のような数式の解説はひどくチンプンカンプンで面倒くさいのに、何故か心地いい。
 彼の前から世界が消える。
 彼と、数字と、時間だけ。
 ペンが紙を走る音、黒鉛が削れるノイズ、虫の音、夏の夜の風、月が冴えてゆく……
 僕は黙って寝た振りをする。彼は呪文を唱えるのさえ忘れ、何かに取り憑かれたようにペンを動かしていた。
 その顔は冷たくて……いや、違うな。冷たいんじゃない、面白いものに夢中でほかに何にも興味が向かない子供の顔だ。
 『面白い人』
 可笑しくなって笑ってたら傾いだ襖が軋みながら開いて夏希姉ちゃんが現れた。
 「な、夏希センパイ!」
 たったそんだけのことで数字の騎士の牙城は脆くも崩れ去り、月がきれいよ見に行きましょうと腕を引っ張る魔女に連れ去られた。
 僕は憮然として呟く。歪んだ天井の、陰影で恐ろしい魔物に見える木の節に向かって。
 「……女の子だったら良かった」
 そしたらきっとあの人を完膚なきまでに叩きのめせたに違いない。



 18:37 2010/03/06初稿 10:48 2010/09/23改訂。第95弾サマーウォーズ。そんなことはまともな趣味の人は全員が思ってるよ佳主馬くん。同人誌没原稿。健二さんに影響されてウィキペディアの算術の項目をどんどん辿って読んでたら面白くなってまいりました。算数、おもしれえ。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送