エブリタイム ティー&ランチ

 部屋で一人黙って真夜中にプラモデルなど根詰めて作ってると頭の中が煮えてくる。
 さっきつまらぬ言い合いで押入れに閉じこもったきりウンともスンとも言わない奴の事とか、中学の頃はしゃぎ過ぎて窓割って女の子に(ほんとちょっぴりだけど)切り傷作った事とか、小学校の図画の時間自信満々に描いた絵をこっぴどく批評されて泣いて帰った事とか、この先の進路とか、しのぶの事とか、買い損ねた漫画雑誌のこととか。
 そういう鼻をへし折られたり上手く行かなかったりした日常のネガティブが、しんと静かな部屋の隅や、壁紙の隙間、或いは天井の節目からのっそり這い出してきて、おれの背中に忍び寄る。
 煌々と輝く手元のデスクライトの先に散らかるプラスチック片の薄い影が伸びて、縮んで、おれの指先を粘つきながら絡め取るんじゃないかと、薄気味悪い。
 自分の傲慢と侮蔑と軽薄と、思いやりのなさに打ちのめされる。
 さっきの喧嘩だって、どーだって良かった。
 怒鳴り散らすほど譲れぬ主張なんかじゃなかった。
 なのにラムが言葉に窮するぐらい追い詰めて、ひどいことを……
 胸が痛い。
 喉が苦しい。
 眼の奥が辛い。
 何度も何度も繰り返して、改善の兆候の欠片もない自分の態度にほとほと呆れ果てる。なのにケロリと忘れてまた同じ過ち。
 本当はこんな風にしたいんじゃない。上手にやっていきたい。それでも格好がつかなくて……自分の小指さえ思う通りになりゃしない。
 ずるずる啜り上げた鼻水もそのままに席を立ち、襖を開けた。
 「……んー……やっとウトウトしたとこなのにー」
 夢うつつを行ったり来たりしていたらしいラムが、毛布を片手で掴んで弱い蛍光灯スタンドの光を眩しそうに返事をする。
 「お前星帰れ」
 襖に手を掛けたまま低い声が唸った。自分の口から。
 「――――――なんだっちゃ、藪から棒に」
 顔におれの影。表情はわからない。ただ声はいつもの寝起きの時と同じ。胸の痛みはまだ続いている。
 「ここにいてもお前は幸福にはなれん。自分の星に帰って、そんで、幸せになったほうが身の為なんだよ。地球じゃ安楽どころか、さっきみたいな事が永遠に続くだけだ」
 面白くなかろ?と続けようとして、いつの間にか布団の上で胡座をかいてガシガシ後ろ頭を掻いていたラムが一つ深呼吸してにっこり笑った後に言った。
 「寝れ。な。」
 ラムが半目のままおれの頭をぽんぽんと二・三度叩いたかと思うと、襖がぴしゃっと音を立てて閉まった。

 ……その後?
 寝たよ。
 ああ寝たともさ。
 朝起きてパジャマのまま机の上に散乱してるプラモに蓋を開けっ放しに転がしてたセメダインがべったりくっ付いてて悲鳴を上げてたら、既に制服に着替えてたラムが一階から上がってきてばーかばーかと朝一にせせら笑われた。
 あーもうお前はホンット!優しさが足りねーのな!



 41弾うる星やつら〜。夜にだけ、不意をついて出てくる気弱ダーリンの寝言をいちいち真に受けてたら身がもたないっちゃ。ラムの大雑把な性格はダーリンの神経質を救い得る。17:51 2007/12/21






言葉尽きたって

 何か言わないとダメだと思っている。
 でも尽きたらどーしょーもない。
 こういう時はコタツで丸まるに限る。
 何もせず何も考えず、何も見ないに限る。
 でもそんな器用な真似は出来ないので
 PCを弄る。
 笑わないとダメだ。
 無理矢理でもいいから笑え。
 笑えったら。
 真っ黒のモニターに変な顔が映っている。キーボードを叩く自分の歪んだ表情。櫛も通さないくしゃくしゃの髪、ぶすったれた頬、膨れっ面に曲がった口。
 光る文字に意味は無くて。
 「死んじゃいたい」
 バレンタインなんてくそくらえだわ。
 泉先輩にだけ、たった一個だけ、用意したプレゼント。
 『京くんを女性として見る事は出来ません。謹んでお返しします』
 なんて男らしいご返事。適当にあしらって影で捨ててくれりゃいいのに、不器用な人は深々と一礼、然る後ピンクの包み紙に黄色のサテンのリボンをかけたチョコレートをあたしの手に押し戻した。
 あたしもそこで涙の一粒でも浮かべときゃいいのに、動揺を隠しながら虚勢張って平気な振りで、必死に道化てスッ転んだ。盛大にべらべら喋り捲って、泉先輩が困った顔してたとこまでは覚えてる。
 「死んじゃいたい」
 いけません京さん、思考が非生産的ですよ!……なんて羽ばたきながら叱咤してくれるお節介焼きがすごく恋しい。誰かに思いっきり我侭言って思う存分甘えたい。あたし実は凄い甘ったれなの。苦しくて痛いこと苦手なの。でもそんな自分が嫌で嫌で、腹立ってしょうがないから意地になってる。
 ああ声を上げて泣きたい。聞き分けなく、ヨレた包装紙抱えたまま。
 なんにもならないけど。
 余計惨めで気分がクサクサするだけだけど。
 ビロードコートの小さな手提げのプレゼント。角が潰れてみすぼらしいったらありゃしない。
 あたしの何がいけないの!
 ……あたしがあたしだからいけないのだ。なんて簡単な現実。
 愛だとか恋だとか、強力で厳かで立派なそれじゃ多分ないけど……それでもあたし、好きなの。
 先輩が自分に嘘をついたり、上手く誤魔化したり知らない振りが出来ないように、あたしも自分に嘘はつけないの。自分を上手く誤魔化したり……気持ちを見て見ぬ振りなんて……!
 でも泣きたい。
 でもわがまま言いたい。
 すごく身勝手で子供っぽいけどさ。

 結局チョコレートは、次の日に大輔と伊織にあげた。
 包装紙もカードも全部取り払って、ビニール袋にぽいぽい放り込んだままのを。
 大輔はそれをしげしげと見て、ありがとう、と言って笑った。
 「毒とか入ってないだろうな?」
 毒はないけど、呪いなら。



 三ヶ月ぶりの新作42弾京ちゃんの話〜。随分ぶりだなぁ。しかも今の時期にバレンタイネタて。どんだけ醗酵させる気だ俺。京ちゃんがタケルにあげなかったのは、彼女の中でまだお客様だから無遠慮な自分を見せるのに気が引けたと。賢は言わずもがな。大輔は優しい子だよねぇ。馬鹿だけど。15:21 2008/03/11






死ぬ勇気もないのに

 「乱馬って中途半端よね」
 「はぁ」
 「いつでもそう。どこにでもいい顔して、覚悟がなくて、目的も目標も、次に繋がる何かを探してさえない。その代わり、どんな時にでも逃げ道を作ってて結局完璧でないにしろ、どうにか適当に纏めちゃうの」
 「……それって」
 女の事ですか、と言おうとして良牙は眉を顰め、少し言葉を飲み込んでから改めて唇を動かした。
 「中学の時に同じこと思ったな」
 「でしょう」
 あかねがシロクロの子供を膝に下ろして良牙に目をやった。
 「あいつ、つまりずるいんですよね。要領が良くて」
 「そうそう」
 「俺たちみたいに不器用で馬鹿正直な人間から見たら、本当にろくでもないイカサマ屋。ちっとも誠意を感じられない」
 「さすが良牙くん!分かってるわ!」
 嬉しそうにあかねが手を叩いて、良牙は少しいい気分でぬるくなったコーヒーを二、三度啜った。
 「でも」
 いい気分のまま良牙は瞼を閉じ、細く静かに息を吐きながら続ける。
 「時々、素直で優しくて善良な間抜け面を衒いなくさらっと出す」
 「……そう」
 「俺たちが出来ないくらい、心からストレートに、警戒を解く」
 「そうよっ!あの馬鹿ッ!」
 イライラした、顔つきであかねが天井に向けた両手の指の爪を立てて虚空を毟り取るような仕草をした。良牙はそれを見ながら、あいつを見てイライラと腹立たしくなるのは結局の所、自分達に鍛錬が足りない所為だとぼんやり思った。
 「無視出来れば楽なんですけどね」
 「しょうがないわよ。突っかかってくるんだから、イチイチ!」
 「じゃあ、突っかからないようにさせりゃいいんです」
 「で、出来るわけ」
 「簡単ですよ。許婚解消しちゃえばいい」
 「だって親が」
 「関係ないでしょ、実際」
 「家にずっと居るのよ」
 「ただの居候だと思ってそう接すればいい。要はね、俺も含めて、あいつに相手にして欲しいんですよ。それが乱馬にはわかるんです。だからね、あいつはずっとあんなに居丈高で居られる。あいつをああいう嫌な奴にしてんのは実は俺らなんですよ」
 しんと部屋が静まる。
 「俺らは単に乱馬が羨ましくて、逃げ込んでるだけに過ぎない」
 じっとカップの中にわだかまるコーヒーの残りを見つめたまま、良牙が言った。昨日、頭を捻って随分考え込んだことの約八割は滞る事もなく吐き出せた。さあ、残りは二割だと彼は考える。
 「手伝いますよ、本気なら。俺と一緒に、舞台から降りますか」
 カップを持つ手が震えている。コーヒーは波紋さえ浮かべない。
 「……あたし、不幸ゴッコが好きなの。不幸は好きじゃないわ」
 あかねの言葉に満足そうに頷く格好をして、良牙が残りのコーヒーを飲み干した。ああよかった、君ならそう言ってくれると思っていた。
 「奇遇ですね、俺もです」
 笑い声を混ぜたそのセリフを言ってしまって、良牙は二割の全てが言い切れ、ひどくいい気分で空になったカップを置いた。



 43弾らんま半分〜。キャラが違うとか言わないで〜ウチの店に置いてる商品は全部キャラが違います〜。良牙くんの不幸体質って間抜けとかスカタンとか弱虫とか小心者とか思い込みの激しさとかから生えてるんじゃないよねー。ズルが出来ない馬鹿正直なトコから生えてるんだよねー。あかねはその辺り天然悪女キャラで埋めちゃってるイメージ?タイトルは全員の詰めの甘さを表して。15:17 2008/03/13






君との思い出

 「ん」
 ぽんと投げて寄越されたTシャツを寝ぼけ眼で広げて、裸のまま、もそもそと袖を通した。襟元がくたびれているのか、何度直してもだらんと胸元が開いたり、肩が見えたりして不恰好にも程がある。
 「もっとマシなのないの」
 「それ、こないだ買ったばっかだぞ」
 「だって襟首だらんだらんじゃん」
 クローゼットの奥をごそごそやってる大が面倒臭そうに振り向いて、まだ夢うつつのあたしの方を見て溜息をつきながらクローゼットを閉めた。
 「お前ちっちぇんだなぁ」
 大がそう言ってクローゼットのドアにかかってある鏡の前から退いた。
 鏡に映るは、だぼだぼのTシャツを着るというよりは被ったままベッドに蹲っているあたし。その格好と言ったら大人の服を無理矢理着ている子供みたいだ。
 「母さんがわざわざ大きめ買ってくれたって訳でもねぇんだぞ、それ」
 知香のでも入るんじゃねぇか。けらけら笑って大が待ってろとドアの外に消えた。
 ぼんやりしてた頭がジワジワ覚醒してきて、でもまどろんだこの感覚も捨てがたくて、あたしはそのままベッドにぱたりと倒れ込んだ。
 匂いが舞う。
 大の匂い、自分の匂い、オゾンの匂い、人の家の匂い。埃と、湿気と、教科書と、皮の匂い。
 大の部屋の匂い。
 たった一度だけ眠った大のベッドの匂い。汗と埃とオゾンの匂い。
 大の体臭はどこか甘ったるい。蕩けるような間延びした匂いがする。あたしの身体はその匂いに反応してしまう。それはなんとなく癪だったけれど、大の汗の味も気に入っていた。しょっぱいハチミツのような、変な独特の味。
 手元にTシャツの袖口を持ってきて、すんすん、と二度嗅いだ。新しい服の工場とクローゼットの香りを存分に堪能した頃、戻ってきた大が本当に知香ちゃんのTシャツを持って来ていて、喧嘩が始まる。

 それからバタバタと事件が立て続いて、あの馬鹿はDWに行ってしまったので結局洗って返すと言ったままその機会を逸してしまい、Tシャツはまだあたしの部屋にある。
 時々着る物がない休日などに袖を通し、ようやく格好がつく程度には胸も大きくなったので着ても然程不恰好にも見えない事を確認したりする。
 ただ、袖口を嗅いでもあの頃の新品の匂いは消え、既に自分の匂いしかしなくなっている。
 それでもなんとなく憂鬱で、このTシャツはまだ洗濯していない。



 14:59 2008/04/22 44弾デジセイバ〜。小田和正ですよ。俺は本当に何歳なんですカ?つーか大と淑乃は冬まで一緒に居なかっただろって突っ込みはナシの方向で。LOOKING BACKなんつーマイナーなアルバム聞いてる前提で話してんなよ俺。俺にしては珍しい後悔未練淑乃。






メルト

 鏡を覗いて思わず顎に手を当てた。
 相変わらずカッコイイな俺は。
 スマートな体型に均整の取れた筋肉。過不足ないシャープな顔つきにサラサラの長髪。うーん、恐ろしいほどに完璧だな。
 一人うむうむと頷いて納得したので靴を履いた。
 赤いランドセルを背負った知香が何か言いたそうな顔で玄関に立ち尽くしていたが、特に訊ねるでもなく行って来ますと声をかけてドアを開ける。
 「おそい」
 「げっ」
 玄関先にあの派手な車が止まっていて、あの派手な制服を着た淑乃がサイドミラーの手前にもたれて足を組んで待っていた。
 「乗って。飛ばすから」
 「……お前なぁ、俺はこれでも一応中学生」
 「だからとっとと行って、とっとと片付けなきゃいけないのよ」
 バン、と強めに車のドアが閉まって、淑乃がさっさとシートベルトを掛けてエンジンキーを回す。
 俺は渋々といった格好で助手席に乗り、シートベルトを掛けた。
 「ホームルームには間に合わせてあげる」
 淑乃の口角がにっと持ち上がり、シフトレバーがコココッと小気味のいい音を立てたかと思うと、車外で手を振っていた知香が爆音と共に消えた。
 「ぎぃやぁああああ!」
 なじみのある町並みが、閑静な住宅街の景色が、マフラーの吐き出す重低音とエンジンの振動音に塗りつぶされながら早送りのスライドショーみたいに次々と目まぐるしく変わっていく。
 「朝!通勤時間!人!轢く!」
 俺がシートベルトに掴まりながら恐慌状態の身体を無理矢理動かして片言で注意を促したが、淑乃は我関せずとフロントガラスの向こう側を見据えたまま、視線を動かす代わりに微かに鼻を動かした。
 「あんた中学生の癖に香水なんかつけて。色気づいてんじゃないわよ」
 笑いながら関係の無い事を言う。……そんな細かい事に気がつくんなら自分の荒い運転も気にしろよ。
 「そんなモンつけるかっ!朝頭洗ったんだよ!」
 さっきの鏡の前の事はおろか、知香のしてた表情まで垣間見られたような気恥ずかしさから、思わず声を荒げて抗議したのに。
 「朝シャンたぁシティボーイだねっ番長!」
 淑乃が事も無げにげらげら笑った。
 「――――――はぁ?」

 あとでララモンに『昭和60年頃にオシャレとして朝頭を洗うのが流行った事があった』と聞いた。
 「……なんでそれで俺が笑われるんだ?」
 「ジーパンに白いシャツで街を歩くような中学生のちゃっちい自意識が面白かったんじゃないの?」
 相変わらず淑乃の見てない所では口の悪いララモンがにやにや笑いでそんなことを言うのを、アグモンが横から口を挟んだ。
 「違うよ、自分に会うのにおめかししてるアニキが可愛かったのさっ」
 『それはない』
 俺とララモンの声と手を振る動作がきれいに重なった。



 15:50 2008/05/28 45弾デジセイバ。本当はエロい話の注文があったような気がしたが、別にそんなことはなかったぜ。ララの「淑乃が大に気があるワケねーだろ」という否定と、アニキの「偶然会った俺にそういう意図はない」という否定のコントラストをお楽しみください。アニキはアグとララの間にいると滅法動くのでとても好き。
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