ぼくはコピー。 ぼくはバックアップ。 ぼくの仕事はちょっと地味。 湾曲したガラスの向こう側、光の三原色の錯覚、残像と脳の補完、そういうもので出来たものが電気信号とレーザー銃を介してぼくに話し掛ける。 『今日が15歳のお誕生日なんですってね』 『ええ、もう子供じゃないんです、なんて』 『誕生日記念ということでスミレちゃんのプライベートフォト集が発売されたそうですね、これがそうなんですが』 『本当に普段着でちょっと恥かしいんですよ』 笑顔と歓声。 彼女は今日年を取ったそうだ。 あれから6年? 彼女は今でも待っているのだろうか。 ぼくは一応自我がある。ミツ夫くんとは別の人格だ。 だからミツ夫くんとは違う人を好きになったりする。故に彼女だっている。それは当然みっちゃんじゃない。仲はいい。デートもする。 ぼくは一応立場上はコピーだ。ミツ夫くんのバックアップ。 だからミツ夫くんが帰ってきた時に不都合がないように、みっちゃんと仲良くしたりもする。友達付き合いの延長として二人で出かける事もある。まあそれは、別にいい。使命だし。 ぼくは一応パーマンの友達だ。特別隊員ということになってる。 だから時々2号、稀に4号がうちを訪ねてくる。僕はコピーだしパーマンセットもないから力になることはほとんど出来ないけれど、ミツ夫くんと同じこの顔を見て、二人の心細さが紛れるのならそれは大事な仕事だと思う。 ……思う。 ……思うんだけど。 3号は来ない。 ミツ夫くんがこの地球から居なくなって、ちっとも来てない。 ――――――正確には、たった一度だけしか。 ミツ夫くんが居なくなって1年ほど経った頃だったか、前触れもなく夜も浅い頃にベランダの窓が鳴った。 「やあ3号、ずいぶんぶりじゃない!」 赤いヘルメットが月明かりでぼんやり輝いていて、ぼくは嬉しくなって彼女に部屋に入るように促したけれど、彼女は首をすくめて宙に浮かんだままだった。 「一体どうしたの」 「まだ、帰ってこない?」 「うん。こないだバード星へ行ったけど元気そうだったよ、ほら、ぼくちょっと背が伸びてるでしょう」 少し他愛のない話をして、ふと彼女が取り出しあぐねているカメラを見た。誰からか借りてきたのだろう、随分高価そうだ。 「写真、撮っていい?」 それに気付いたのか、ようやくといった風に切り出した彼女の覗くファインダーに向かって勇ましく笑うか優しく微笑むか悩んで、ミツ夫くんが一番リラックスしてるであろう顔を作った。 「……いいの、それで」 ぼくはコピー。 ミツ夫くんの模写でしかない。 「うん」 3号の表情はマスクでよく読めない。 「こんど向こうに行った時、ミツ夫くん撮って来てあげようか」 「いいの、これで」 3号が静かに笑ってまた来るわね、と冴え始めた月に向かって消えた。 それからぼくが3号を見るのはブラウン管の向こうでだけ。 ぼくはミツ夫くんの記憶も持っている。一年に一度、データの更新にバード星へ行くから。だから3号の秘密も知っている。……もちろん、ミツ夫くんの秘密も。 光の三原色がまぶしい笑顔の彼女を形作っていて、テレビに映る写真集の表紙には胸の金色に光るペンダントを弾ませながら嬉しそうにジャンプしている可愛いスミレちゃんが居た。 正義の味方の君を助けられるヒーローは、やっぱ同じ顔して、同じ記憶持ってて、同じこと考えるコピーじゃだめなんだろうねぇ。 ぼくはなんとなく、テレビの電源を落とした。 「あーっ!何するのよお兄ちゃん、見てるのに!」 ちゃぶ台の向こう側で喚くガン子の頭をぐしゃぐしゃ撫でて、居間を後にする。後ろでガン子が文句を言いながら電源を付けた。 ……さて、貯金箱にいくら入ってたっけな、写真集そんなに高くなけりゃいいんだけど。 ぼくは正義の使者のコピー。 ぼくの使命はパーマンたちのバックアップ。 ぼくが誇りを持ってるこの仕事は、地味だけど悪くないよ。 タイトルはセシールのCMの後に話されているフランス語「信頼と愛をお届けします」。相変わらずの俺設定乱舞ですがまあその辺は気にしない。スミレちゃんはずっと待ってるのですよね。ミツ夫くんは気後れして帰れないで暇なもんだから下手に最高学位まで取っちゃってンの。そんでおめおめ帰ってきて女優になっちゃったスミレちゃんに金色のロケットペンダント握ったパンチで一発殴られるといい。ミツ夫くんの子供っぽい正義漢ぶりも素敵だけどコピーのちょっと冷めてる年上っぽさもイイよね。ああ、全集読みたいなぁパーマン。17:42 2006/12/12 |
冷たい手だな、と思った。 冷たい風に吹かれてぼくの短い髪がなびく。 彼女の赤い髪もユラユラと宙を這うように揺れている。 夜間飛行に誘ったのは彼女だった。ぼくの部屋に置いてあった科学雑誌に載ってた流星群の記事を見てどうせなら雲の上から見ようと急き立てるので、星見に具合のよい、辺りに人口の光がない山奥へやってきたのはいいのだけれど。 この底冷えのする12月、タイツを履いているとはいえ短いスカートで山間部に来るなんて正気の沙汰じゃない。おまけにぼくの部屋の望遠鏡など持ち出すというのだ。 「せっかくの何十年に一度の流星なんだから目視しようよ、せめてオペラグラスか双眼鏡で見なきゃもったいない」 「あら、星を見るのよ、そんな倍率じゃちっとも見えないわ」 「魔美くん、静止してる星を観察するんじゃなくて流星群を見に行くんだよ、視野が狭いと見逃しちゃうじゃないか。 それになんだいその格好、冬の山を甘く見ちゃいけない。ズボン貸してあげるからその上から履きな」 「せっかくかわいい服着てきたのに!デリカシーないんだから」 「ぼくが夜中に引っ張り出すのに、風邪を引かせちゃご両親に申し訳が立たない」 ぼくは僕のズボンを履いた彼女の腰にしがみつき、ぼくは彼女の柔らかい身体にしがみつき、ぼくは彼女の女くさい身体にしがみつき、ぼくは彼女のキャラメル色のコートにしがみつき…… 「超高速でぶっ飛ばしちゃうから落ちたら知らないわよ!」 「魔、魔美くんそんなに急がなくても流星群は通過に三日以上…!」 聞いちゃいない。 テレポーテーションとテレキネシスによる空中移動を巧みに繰り返しながらぐんぐん高度を上げ、一気に山越え谷越え雲を突き抜けて新月にもかかわらず光の渦巻く雲の上に出た。 そこは雲海というに相応しい、神秘的な世界。 輝くのは白い霧がかった足下の雲だけで、見上げるまでもない暗い空は時々思い出した星々が瞬いているばかりだ。 耳元でかすかに唸る風の音は静寂を際立たせるだけで煩わしくもなく、自分の鼓動の音さえ忘れそうになる。 「……すてき……」 ぼくが見上げた絶句する彼女の顔は星の光できらきら輝いていて、神々しささえ覚えた。 これは錯覚、これは歪曲、これは期待。 彼女はぼくを腰にぶら下げたまま、それでも神聖性を乱すことなく時々流れる星を見ていた。まるで生まれたばかりの子供のような目で。 ああ君はまた 手の届かない所へ行く ぼくを従え、ぼくを連れて それでも軽々と重力も物理法則も振り切って 手を伸ばしても届かない場所へ 誰にも近寄れない場所へ 「……高畑さんったら、星を見なくちゃ」 定まらない視線が急に覚醒して、星の海に慣れた目が陰影の濃い彼女の顔を捉えた。 「ぼく重いだろ」 「いつも掴まってるくせに」 「それを言われると辛い」 いいじゃない、平気よ。彼女が屈託なく笑う。 「雲で光が反射するから、もっと辺りが暗い場所に降りよう」 早く降りて自分の足で立ちたかった。地面が恋しい訳でなくて。 「こっちの方が星が近くていいじゃない?」 「……魔美くん、ぼくら星を観察しに来たんだろ?」 いつもなら素直に納得する筈の彼女に違和感を覚える。 「だってこの方が暖かいもの」 宝石箱をひっくり返したような満天の空に浮かぶ酩酊感。多幸感。そして満足と安心。それはまるでいつか感じた無力な全能。 ぼくはこれを知っている。 危険な何かが起こる条件だと。 「降りよう」 「どうして?」 「虫の知らせかな、よくわからないけど、不味い気がする」 真剣なぼくに気圧されたのか、彼女は少し眉をひそめたけれど高度を下げて真っ暗な森の背の高い木のこずえに降りた。 「ほら、やっぱり雲が邪魔で見えないじゃない」 不満そうにぶーたれる彼女から手を離し、ぼくはやっとホッとする。こんなに高い木の上だと言うのに。 「いいよ、見てきたら。ぼくはここにいるから」 「でも」 「どうせこんなとこじゃ動けないよ。いっといで」 「じゃなくて、危ないわよ。万が一に突風でも吹いたら」 「今日の天気は頭に入ってる。心配ない」 「そう?じゃあ、ちょっとだけ!」 嬉しそうに錐揉み急上昇してゆく、雲の隙間に消えたキャラメル色のコートを見送り、ぼくは溜息をついた。 彼女の手はとても冷たかった。 それともぼくの体温が上がりすぎてたのか。 どちらにしても、これはちょっと普通じゃない。 「君は誰よりも特別な才能を持ってるけど、誰とも変わらないのに」 ぼくはこれを知っている。 未知なる何かが起こる条件だと。 ……知ってるんだけど、一体なんだったかが思い出せない。 僕はそれからたっぷり15分、彼女が声をかけるまで木にしがみ付いて考えあぐねたけれど、結局それが何だったか思い出せなかった。 日本語で「未視感」。経験済みの事を初めてのように感じる感覚 もしくは知ってるはずの事を知らない事のように感じてしまう感覚。デジャ・ヴュの反対語。12弾はエスパー魔美でしたー。なにこの難易度。くっ付きすぎても違うし冷め過ぎても寂しい。絶妙の距離感、先生と生徒・女子と男子・恋の手前と友情の最終コーナー、そんな神の領域に挑戦、そして惨敗。完璧でない高畑さん、揺らがない高畑さん、頼りになる高畑さん、唐変木の高畑さん。いい男だなぁ落ちてねぇかなぁこんな奴。ねぇよ。11:41 2006/12/27 |
人類はどこでも生きられる、と20世紀の高名な小説家は書いたそうだ。私はそれが例え祈りのような儚い空想だったとしても、その崇高なる言葉に嘘はないと思う。 全ての命は尊く、素晴らしい。 では、私はなんだろう。 私の製作目的は破壊と復讐だ。私は則巻博士を裏切り滅却させるため、則巻博士の作った彼女とほぼ完璧に同じ機構に作られた。 生き物にはDNAというものがあって、そこには目には見えないほど小さな暗号で生きる為の目的や手段が記されているそうだ。 では、私は何のために? 製作目的を全うしない道具に何の意味があるというのか? 「……なるほど」 すこし額の後退したクセっぽいごま塩髪をくるくると弄びながら、彼は頷いた。オイル臭い地下のラボはいつも通りの猥雑さで様々な機械部品が積み上げられている。 「博士はアラレさんをどういう目的で製作・維持・改良なさったんですか?」 私の問いかけに少し小鼻を顰め、彼は返事をする。 「それを訊いてどうするんだ?それがお前さんの解答のヒントになるとも思えんぞ。アラレとお前さんは別物なんだから」 「いいえ、私は彼女と同じです。ギミックも機構も理論も全て」 間髪いれずに反論する私に、彼は更に眉を顰めた。 「しかし製作工程にわしは全くタッチしてない」 「ですが演算処理のシステムは同期可能です、ほぼ完璧に」 なおも食い下がる私に彼は紙煙草のフィルターを深く噛み締め、デスクチェアに沈み込む。 「でもお前さんはお前さんでアラレじゃない。相互間性はあるが、それだけだ。 作った本人が言うんだから間違いない。お前さんはアラレをベースに作られた別物なんだ。記憶装置一つ取ったって規格が違うし、データ圧縮だってアラレよりずっといいプロトコルでやり取りできてる。例えばバックアップするのにアラレなら不可能なコピーを」 「いいえ、いいえ、私は同じなんです。彼女と同じなんです。でなければ、私も彼女もたった独りぼっちになってしまう。 博士にたとえ赤ちゃんを作ってもらったって、私と彼女をつなぐ物はたった一つの設計図だけなんです。 だからどうぞ、私と彼女は同じ物だと仰ってください」 専門的な工程を隠れ蓑に会話の本質をずらそうとする彼の目的は明確だ。だがそれは私の望んでいるところとは違う。私はただその一言が、私の用意し、仕掛けたその言葉が必要なのだから。 「まさかそんな事を本気で思っとらんだろうな」 「何がです」 「お前さんとアラレを繋ぐものがチンケな設計図一枚だなんて」 「違いますか?」 「……お前さんはもうちょっと利口だと思ってたが、わしの思い違いだったか」 紫煙が巻き上がる。強く長く吹き散らかされる空気の渦がそこかしこに渦巻きを作った。眩暈のような光景。 「わしはアラレを暇潰し、敢えて用途を分けるならテスト用に作った。アラレの設計図はわしにとって掃除機のそれとなんにも変わりない。 だがお前さんは掃除機と違って自分で考えて自分で動けるはずだ。何故ならわしはアラレをそう作った。人と変わらず泣いて笑って腹を立てて恋をする、そういう風に設計図を引いた。 アラレのおつむはハッキリ言って粗悪だっ!我ながら無茶なシステムで組み上げたもんだと思うっ!……が、しかし!」 博士は一息ついて立ち上がりかけた椅子の背もたれにもう一度体重を預けた。長い灰の棒が崩れ落ち、オレンジの炎が紙煙草から覗く。 「わしはあれでいいと思う。 孤独や空虚やっつける道具じゃなくて、アラレを作ってわしはよかったと思う。癒して紛らわせる機械じゃなくて、戦う相棒を作る事を考えたわしは偉いと思う。 機械なら用済みになれば倉庫の肥やしだが、相棒ならその先があるじゃないか」 「その先?」 「わしにも、相棒にも、それに繋がる全てに、その次が」 未来なんて大層なものじゃない、希望なんて畏れ多いもんでもない、けど、続きがあるじゃないか。そこで終らない、次回が。 博士はそう言って目を閉じた。その顔はどこか満足げで、私は張った罠の事も忘れて、ただぼんやり少年のように嬉しそうに微笑む初老の男の顔を見ていた。 「わしはいつだって完璧なものしか作らん。あれはお前さんみたいにユラユラ揺れる自我なんて不完全なもの、持ってない。お前さんが、わしが、生きとし生けるものが目指す完璧なものを作った。 あれはお前さんみたいに自分を騙そうなんてしない。そんな退屈なことはしない。わしはそう作った。それから先は知らん。解ったか」 いー、と特製のしかめっ面で博士は私を牽制した。これ以上の議論は必要ないという風に。 「……理解します。けど、納得はいきません」 「お前もしつこいやっちゃな。わしはマシリトみたいな神経質でクソ真面目な堅物と違うんだ、作った後の事など知らん。納得なんてのは“お前の次回”で勝手にやれ。わしは“わしの次回”で手一杯だ。」 私たちは永遠を生きるだろう。 これを生きていると形容していいのかは解らないが、どこかの金属や何かの配電盤が疲労劣化を起こして破損するまで、今と変わらずに演算と出力を繰り返して日々を暮らすだろう。 私たちは子を成す事はない。 生き物の生きる目的の一つ「繁殖すること」は私たちの目標でない。 では私たちの目的はなんだろう? ラボから叩き出された私は元来た夜道を辿りながら、真っ暗な農道を照らす三日月さまの薄暗いライトで作られた自分の影を見ていた。 「オボッチマンクンおかーりなさーい」 声と共に降って来た影が自分の影に重なった。振り返ると闇夜が消え失せるほどの笑顔で彼女がそこに居た。いつの間にか家の近くまで帰っていたらしい。 「ねーねー、ハカセとお話でけた?」 「……ええ」 「どんなお話したの?」 「私達アンドロイドの幸福について、です。アラレさんは何が幸せだと思われますか?」 ふと顔を上げて私は闇色の彼女の顔を見た。いつもどおりに100点満点の笑顔だ。闇を知らない、100点の笑顔。 「んとねー、んとねー、ハカセとセンセーとターボ君とあかねチンとつんつくんとタロさとピースケくん……ペンギン村のみ〜んなとずっとずっと一緒に居ることがしあわせ!オボッチマンクンは?」 楽しそうに今が続けばよいと現在を有りのまま肯定する彼女の希望の中に、私の名前は無かった。 「解りません。でもアラレさんの「みんな」の中に私は居ないんですね」 「うん。だって、オボッチマンクンはあたしとずっと一緒に居れるからね。みんなは一緒に居られないでしょ?」 彼女の闇色に輝く100点満点の笑顔は微動だにしない。 「あたしの幸せはね、誰かの限りある時間のそばに居る事だよ」 ハカセはあたしをそう作ったんだって。完璧で揺るぎのない退屈と共に戦うマシン。月明かりの中、彼女は上手に一回転。バレリーナのように足先で綺麗に一回転。 「完璧なんて退屈じゃありませんか?」 私の憧れと溜息とやっかみの声を受け、彼女は振り返る。 「だから誰かのそばに居るんだよ」 当たり前のように私の腕を取り、彼女はうちに帰ろう、と微笑んだ。 ……私もいつか、あなたの様に全てに対して100点満点の笑顔を向けられる日が来るんだろうか? 「生きている限り、私もそうしたい。 ――――――――そうして生きてゆきたいです」 タイトルはR・A・ハインライン「宇宙の呼び声」(森下弓子訳)ヨリです。13弾はDrスランプのキャラメルマン4号のはなし。オボッチャマンの心の旅は続くのです。しかし「博士と機械」は消した前作と大体沿うような筋のはずだけどこれは全くの別物だなぁ。てゆうか全然覚えてないひどい俺。オボッチャマンは実はヘタレ説を押す身としてはアラレは完璧故にどっかズレてて、そこを埋めるために彼が存在していればいいなと思った。……ものすごい難産だったな……これが年越し作かよ……13:14 2007/01/03 |
布団を敷いて おやすみ おやすみ またあした 君は奥の間 僕は自室 仲良く隣で おやすみなさい 俺は結局耐えられないだろうと思う。あの馬鹿がどうとかこうとかそう言うんじゃなくて、根本的に。 あかねさんの孤独を癒したりは俺には出来ないし、柄でもない。 ただあこがれて一方的に好きなだけなんだと理解しているし、諦めても居る。一度だって彼女が俺に手を伸ばしたことがあるだろうか?俺を欲しがった例があるだろうか?あの馬鹿を呼ぶみたくに俺を呼んだ覚えがあっただろうか? めったに寄らない自室の天井は寒々しく、無機質で何も語りかけては来ないし、語りかけようとも思わない。……ああ、ポットが恋しい。 しかしベッドは体温ですぐに暖かくなって身体の軋みが吸い取られるかのようだ。少し埃っぽい布団だけれど、アルミサッシを通して聞こえる雨音も懐かしくじきにうつらうつらと瞼が下りてきた。 女々しい豚め、さっさと振り切れ。お前が頭の中で綺麗に書き直した彼女の情報はまるっきり実際とかけ離れていて、それじゃまるで そう、まるで 「…………。」 優しくて全てを許してくれる菩薩のようなあかねさん。 それはあの馬鹿に見せるあの顔じゃない。 喜怒哀楽の激しい、あの彼女じゃない。 よそ行きの笑顔。 神様を装うあかねさん。 親切で穏やかで暖かい作り物のあかねさん。 俺は彼女の中へ入れてもらえない。 俺は彼女の前に居ると独りになる。 それが哀しくて寂しくて、きっと俺は耐えられない。俺はあの馬鹿みたくに上辺だけでも納得できるよーな単純なツクリしてねー粘着タイプだから……彼女の全てを暴くまできっと納得しないだろう。 そんでもって自分じゃ暴けるほど根性がない。曝け出してくれるまで待てるほど根気もない。……だから結局耐えられない。 「俺を好きになってくれたらいいのに」 そしたら俺は彼女を大切にするし、きっと泣かせたりしない。望むことは何でも叶えてあげよう、たくさんたくさん話をしよう。 ……何たる身勝手。言葉にしないだけあの馬鹿のがマシだ。 「そしたら何か変わる?」 声がした。 億劫に振り向けた視線の先に人影が見えた。気配が殺されている。だからといって仮にも武道家を名乗るものがここまで接近を許すなんて! 「……あ、あ、かね、さ……」 声がかすれる。喉が引きつる。全身の血が氷のように固まって動かない。悲鳴、絶叫、驚愕、のちに絶命。 「良牙くんはあたしのこと好きなの?」 これは夢だ。 とびきりの悪夢。 落ち着け響良牙、はやく目を覚ませ。 「……あ、あ、あ……」 すり足みたいな緩慢なスピードで人影がどんどん近づいて来る。幼い頃ははっきりしていた、母の寝巻きの褪せた柄が現れる。 「よく眠れないの。目を閉じるとあいつのことばかり頭をめぐって」 おかしいわね、早く忘れたいのに。彼女がらしくもない笑い顔を見せる。始めてみる彼女の表情。諦めと投げやり、時々絶望。 窓の外の街灯が雨粒のへばりついたガラス窓を突き抜けて彼女の身体を浮かび上がらせた。陰影が濃く、やつれたように見える彼女の顔。 「あ、あ、あかね、さん」 「一緒に寝てもいい?」 夢だ。 これは夢だ。 いつもの、目が覚めるとがっかりする、あの夢だ。 布団が捲られて少し冷たい風が頬と額に触れる。 正気じゃない。 ……でも一体どっちが。 襟足、うちのシャンプーの匂い、体温と肌。 起きろ 起きやがれ 夢なんぞ見やがって 彼女の肖像権を弄びやがって 凍り付いていたはずの血が怒りで沸き返る。何に対して怒っているのか、自分でも良くは解らない。だが押さえ切れない爆発的な憤怒。 「やさしくしてくれるんなら、いーよ」 沸き立つ。 ポットの中の湯のように、音を立て蓋を押し上げ、水蒸気を噴出す。 なのになんで目の前は真っ暗なんだろう。 嬉しいんじゃないのか?これを何百回と夢に見たんじゃなかったか?同じ布団で、人間の身体で、彼女と眠ることを。 「俺のこと、好きじゃないでしょう。 だからこんなことするんでしょう。 痛いこと嫌なんでしょう。 だから俺に会うんでしょう」 きっと後悔します。日は昇ります。だからどうかお気を確かに。 我ながら陳腐でワケの解らないことを喋ってるなという気はした。だけどそれしか口から出なかったので、反省はまた今度にしよう。 「だってもう、信じれるものがないのよ」 あかねさんの声は妙にサッパリしていて、小気味良かった。 彼女に何が起こったのか俺は知らない。 知りたくもない。 彼女を笑わせるのも泣かせるのも、俺の仕事じゃない。 豚の仕事は彼女を癒すだけ。 それが出来ようが、出来まいが。 不遇の良牙くんしょの3ー。あれー全3話で終わらせるんじゃなかったのーうるせー後ちょっとだけ続くのじゃ!(禁句)後半を改めて見直しても「特殊な条件で乱馬にだけ」素直なだけであかねちんあんま変わってないことが判明。でも前半も「特殊な条件で乱馬にだけ」性格ぶすが発動するんだよな。良牙くんマジかあいそー。12:18 2007/01/05 |
「なー、淑乃さーん」 「やーよバカ」 べたべた鬱陶しい。 「こんなに頼んでんのにかー」 「自分で行きなさい。雨くらいでなによ、意気地ないわね」 アタシはあんたの友達じゃないぞ。先輩なのよ、一応。 「ちぇー。ケチ淑乃」 「何とでもおっしゃい」 なんだか遠くにお使いに行かなきゃならないらしい。空は朝から雨模様で今から出て行くなんてのはちょっと勇気が要りそうな曇天で、大はアタシに帰るついでに乗せてけ、というのだ。 「だいたい何のついでなのよ。 そもそもあの車はDATSのものでアタシのじゃありませーん。どうしても乗せてってほしいなら隊長に言うのね。職権乱用はごめんだわ」 「DATSの車で自宅に帰るくせに」 「アタシはB級待機、呼ばれたら飛んでかなきゃなんないの!ガキみたいなこといつまでブーたれてんのよ」 「いーよ、ライズグレイモンに乗っけてってもらうから」 「……あんたね」 「いーじゃん、雲の上なら人目につかないし、雨にも濡れない」 「アグモン、あんなこと言ってるわよ」 大の胸にぶら下がってるデジヴァイスに向かって声をかけると、悲惨極まりない悲鳴が上がって、どうかどうか淑乃さまーと、不協和音。 ……しまった、墓穴だったか。 「連れてってあげたら?遠いったって県をまたぐわけじゃなんだから」 さすがに不憫に思ったのか、ララモンが助け舟を出す。……こらこら甘やかすんじゃないわよ、教育になんないでしょ。 「この調子じゃ連れてくまで駄々こねるわよきっと」 耳打ちのような低い声でララモンがボソッと言った。 「んなこと言ったって、万が一呼び出し食らったらどうすんの!」 都合のいい音は良く聞こえるよーで、アグモンが早速食いつく。 「大丈夫!おれとララモンをリアライズさせといてくれればアニキ達が帰ってくるまでの時間稼ぎくらいできるし!」 「えー、わたしもなの!?」 「いーじゃんいーじゃん、ララモンだってデジヴァイスの中で窮屈にしてるよか本部でデフラグ受けてる方がいーだろぉ?」 「……そりゃまぁ、そうだけど……」 ちょっとちょっと、デジモン同士で勝手に決めないでくれる? 「じゃあ決まりな!アニキ出して!」 「おー。さすがアグモンだぜ」 きょんきょんした顔して二人が並んでいる。 「ヨシノ、観念のし時よ」 ……最悪なんですけど…… 「ったく、こっちは勤務明けで帰って寝たいっつーのに。 アタシのひっろーい心に感謝しなさいよ。あと、いつかみたいに寝たら承知しないんだから、わかってんの?」 「はいはいはーい」 「で、どこ行くの?」 「羽田空港」 「――――――――県、越えないって言ったわよね?」 「ララモンがな」 「……帰る」 「淑乃さまー」 「めんどくさい!しんどい!何でアタシがあんたのために!」 「この恩はきっと返すから、な。ほんとに困ってんだって」 「何で返してくれんの」 「熱い抱擁とか?」 アタシが無言で大を助手席から蹴りだしたのはゆーまでもない。 「なにすっだー」 「なにすっだーじゃないわよこのバカ!グーで殴られなかっただけありがたく思いなさい。冗談に付き合ってられるほど睡眠時間足りてないのよこっちは!」 尻餅つきながらそれでも車に戻ろうとする大を牽制するアタシに大が仕方無しと言った風に代替案を持ち出した。 「んじゃー何して欲しいんだよ?俺に出来ることならするからさ」 「自分でお台場まで行って欲しい。これ以上望むことは無いわ」 「だからー」 「ちょっとね、ほんとに疲れてんのよ。頼むからバカやんないで」 あーもうなんなんだコイツは。 「……そんなに疲れてんの?」 「そーよ。あんたがばこばこ潰してくれる家とか駅とかの始末書書いたり、アグモンがしょっちゅう本部に無断でリアライズしてるって報告書読んだり、そりゃーもう大変なのよ」 「……あー。……すんません」 「謝る前に慎んでもらいたいものだわ」 「善処、します。あい。 そんな疲れてんだったら、いいです。俺、自分で行きます」 制服を払い、カバンを改めて肩に引っ掛けて大が立ち上がった。 あら聞き訳いいのね。 「なによ気持ち悪いわね、経緯はどうあれ一度乗せてってあげる約束したんだから、乗せてったげるわよ。アタシ約束は守る人だから」 「……ん、いや、いい。」 「困ってんでしょ?」 「まぁね」 「じゃあ」 「でも淑乃がしんどい方が困るし。 あ、DATSがな。 だからいい。……帰って早く寝ろよ」 それだけ言うと、大は小走りに駐車場を後にした。残されたアタシはぽつんと助手席のドアの開いた車に居る。 「なんなのよ、あのバカ!!」 今日は(呼び出されたくないから)電車で帰るつもりだったのを曲げてまでせっかく車借りてきてやったのに! 「でもさー、アニキもかあいいとこあるじゃん?お使いにかこつけて淑乃をデートに誘うなんて。しかも湾岸線をドライブなんてボキャブラリーがあったなんてオレびっくり。まーマーケットプレイスの食事券貰ったからってのもあるだろうけどさー、兄貴にしちゃ上出……」 「わたしたちは置いてけ堀でねー」 特にすることがないデジモンの溜まり場になっているデジタル処理施設にララモンを迎えに行ったアタシが聞いたのはそんな話。 ……あんだと? 「……まだ膨れてんのかよ、淑乃そそのかすの手伝ったくせに……」 「いいご身分だわ、淑乃は仕事で疲れてるのよ」 「アニキだって頑張ってるよ、体張って」 「マサルはそれしか出来ないじゃない」 「……たまにはいーじゃん、淑乃貸してやってよ」 「いやよ!既にちょくちょく悪さしてんの知ってんだから!」 「あー。でもそれはホラ。同意の上で」 「だーかーら腹立つんじゃない!淑乃も淑乃だわっ!わたしとゆーものがありながら!」 「……うーわー。ララモンが言うと洒落になんないっぽくてこえー」 ゲラゲラ笑いながら二匹のバカ声が扉のこっち側にも聞こえてくる。 あたしはもうなんだか疲れてしまったので、ドアは開けずにそのまま駐車場へ帰ってハンドルを握った。 行き先は横浜駅。 先回りして顔面殴って、湾岸線引きずり回しの刑だわ。 はいスンません。予定ぶちぎって大淑でスンません。15弾がデジセイバでスンませーん!なんか暗い話が続いたしね、本来ココに来る予定のチャコ零がね、予想外に救いようの無い話でね、オッサンちょっとこのままなのもどうかなって思ってね。バカ話混ぜてみた。いやココの全部バカ話だけど。輪をかけて。俺んちの大淑ってどうやっても普通のラブラブな感じにならないなって思ったんだけど、その究極の部分って淑乃の頑なさとアニキの真面目さにあるかなって思ったんで、大事件が起きなくてふつーにDATSの日常が続いてたらこんな感じだったらいいなーって。うん、ごめん。いろいろ。23:16 2007/01/14 |
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