STRAP
『 月齢、12 』
見れば判るじゃねぇか。
見なくても判るのに。
半分の半分だけ開いているキッチンの扉。そこから金色の光を漏らしてる。
意気地がない?違う、馬鹿なんだよ。
解らねェんだよあいつ。
何でこうなったのかとか、そういうのが。
だから馬鹿みてェに突っ立ってて、動かないんだ。
セックスに精出して(掛詞かよ)一生懸命。
そろそろもういいかな、なんてヨユウのつらでおれはナミさんの身体をキッチンの扉の方へ向けた。
「やだ、ちょっと!開いてるじゃない!」
「……ナミさんが仕込み中に誘ったから…閉めてる暇なんてねェよ」
「誰か起きたらどうするの…よ、閉めて」
いつも通りの切なそうな声でナミさんが囁く。その声の調子を聞き、セックスに集中しないナミさんに苛ついた。
「んなこたァどうでもいい」
「…ばかっどうでもいい訳ないでしょ!」
「集中しねぇとヤメちまうぜ」
肌も、胸も、下の口も、体中全部がおれの身体を離そうとしないのに、頭ン中だけが違う。
おれのこと好きだって、おれが訊いたら言うくせに
ナミさんのこと好きだって、おれが言っても答えない。
『集中しなきゃヤメる』だってさ。こんなバカな台詞もねぇもんだ。しっかりしがみついてるのはおれの方で、おれが手を離したらあっという間にこのもつれが離れることくらい、二人とも知ってるのにな。
「……ずるいわよ、そんなの」
でもほら、ナミさんがこんな事言うんだぜ。おれに都合のいいセリフが地獄の底で哀れな羊を惑わし、切り裂く。銀色のナイフがずぶずぶと身体の中に埋まっていくのに、刃に塗られた遅効性の毒が快感とすり替わる。ハチミツ色の殺意。
『本当はあなたのことが一番よ』
そんな妄想を繰り広げるのに十分な余白を残したキスをして、おれの弱い耳の裏とか、そういうところを何度も何度も攻めるんだ。本当におれが愛おしくってたまらないように。
おれはいつもいつもセックスの後に死にそうになるけれど、扉の向こうにいる奴の服の色を確かめて、今日こそ本当に死んでしまうかも知れないと思った。
頬に、顎に、青紫の痣。目がひどくギラギラしている。
目一杯に見開いていて、まるで獲物に食らい付く瞬間の蛇のような目をしている。
おれはその目の存在に気付きながら、わざと挑発するようにナミさんにキスをした。ナミさんがいつものように何度もキスを返した。視線がもっときつくなった。
「あ、あ、あ、あ、あ」
「ルフィの指とおれと、どっちがいい?」
「そ、んなおっきな声…」
「この可愛い口で言ってくれよ、ナミ」
空気が冷えたような気がした。そうだ知らねェよなぁ、知ってるわけねぇ。おれが「ナミ」って呼ぶこと知らねぇんだよ。どうだ、意外だったか?
「……サンジの方がずっといいわ」
熱烈なキスをしながら言った。その言葉がひどく安易なことは知っていたけれども、多分あいつには解らない。……馬鹿だから。
「おれのこと好き?」
「一番好き」
「誰より?」
「サンジの代わりなんて何処にもいないわ」
いつもの、セリフ。今日じゃなかったら、もし今じゃなかったら、この言葉が今すぐおれを殺したかも知れないけど、今日ばかりは最高だった。これ以上胸のすく告白もねぇ。極上だ。
最高だぜナミさん、今日のナミさんは抜群だ!
「も、……っとゆっくり…息、つまっちゃう…!」
息が急いていて、ヒッヒッヒッと乱れ狂ったしゃっくりみたいな息継ぎを何度もしながら、おかしくなりそう、と細く叫んだ。
「おかしくなれ。」
「やだぁ」
「なれ、おかしくなっちまえ」
カラダがぎゅっとこわばって、おれを一層強く抱きしめて、押し殺した悲鳴を上げる。
おれは何度も何度も無理に突き上げて、ナミさんが気を失うまで止めなかった。
タオルでナミさんの体を拭いて服を直し終わったとき、扉の向こうの気配が消えているのにやっと気付いて、それを確認してからドアを閉めた。
おれはどっかの乱暴者と違って優しいから、打ちひしがれた少年に追い打ちなんて掛けねぇよ。
身体だけあんなに強く抱きしめた後はいつも虚しくなる。
安らかな顔をして眠る彼女の側に寄り添って窓から月を見上げる。月まわりの星ぼしが弱い光を湛えているのを見ながら、なんて簡単な楽園なんだろうと思った。
ただこうしているだけでもう十分なのに
これ以上おれは何を欲しがっているんだろう。
永遠に手に入れられそうにもない憧れが、暗い夜空に昇っている。それをおれはいつも見上げている。
覚えてる。最初の言葉のなにもかも。
『側にいてもいいわよ、寂しくならなくなるまで』
側にいればいるだけ寂しくなることを知っていたはずなのにな、バカだよ。
抱き合える喜びがただの儀式になったのはいつからだったかな。……もしかしたら、最初からそんなものはなかったのか。
流れゆく時間の中で知ったのは、どれだけ彼女の視線がルフィの姿を追っているのかとか、そういうことだけだった。それを気が狂いそうになるほど眺めていた。ついさっき自分の首に絡んでいた指が、ルフィの麦わら帽子を直している。そんなことが何度も 何度も 何度も 何度も…。
おれは目を閉じる。
信じるしかない。
いつまでもこれが続くって。
3人の不幸が続けば、おれはそれだけ幸せなんだから。
つづく
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