STRAP
『 月齢、0 』
新月の夜は、星の光が瞬くばかりで、海や船にはそこら中、安易に闇が発生する。
海の上での闇というのは
街や
林、
部屋に
ぼんやりと沈んでいる闇とは、根本的に違う。
何かを吸い取ろうとする意識を持った何かが纏う、形のない強制。
ついふらふらと近付いたが最後
取り付かれて
死ぬまで憑かれてしまうのさBABY。
気を付けな。狂気の象徴は、姿を見せない時こそ恐ろしいものさ。
気をつけな
気を付けな
おれのように、取り付かれてからじゃ遅すぎるんだぜHONEY…
ビビちゃんが甲板のビーチパラソルの下で長っパナと話している。
長ッパナのホラ話はそれなりに面白いけど、そのホラ話があろう事かそれなりに現実化しているのが考え物だな。
おれは今日の献立を書いていたメモを床に置いて目を閉じた。
航路は順調、天気は最高。こんな気楽な午後なのに、おれは少し疲れている。
原因は昨夜の事。
……ついに負けちまった……(本当は負けたくて負けたんだがね)
酒の勢いを借りてやっちまったというのがもっと情けねェ……
この船で一番やっちゃマズいこと、それは「この船の動力源であり同時に精巧な指針」を狂わすこと。(狂わされたのは実はこっち)
ふと、右手を上げる。
まだ彼女のぬくもりが残っているような気がして、その手で無性に自分の頬を叩きたくなった。自分の胸の下でつぶれる彼女の吐息が弾んでいて…それがとても残酷な気がした。
それでも自分でそうしたかったんだと思う。(と思うことで責任から逃げないポーズ)
やってるときは興奮してそれどころじゃねぇけど、終わって安全な場所に帰れば世界全てが壊れたような気分になる。
まるで万引きみてぇだ。(警官に追い掛けられた夢でもいい)
おれはポケットを探り煙草を取り出し、火を付けて一服。胸の奥に白い煙を誘導して、痛いくらいに沈静する頭の奥をじっと見つめている。
すると何かにじっと見つめ返されて、その視線に恐怖し、目を逸らそうとするが、それさえも恐ろしい、だから見つめ続ける。
二の腕が少し痛む。
きっと爪の痕が付いてる。3本くらい。
彼女は何も言わなかった。
嫌だとも、好きだとも
…だからおれは調子に乗って、何度も、何度も、そうした。
薄く日に焼けた肌に闇と鉛の色の影が落ちていて、その影を掴もうとして、しかし指は彼女の胸に触れた。
……本当は嫌だと言ったらもっと酷いことをするつもりだった。
声がルフィに聞こえるくらい
自分の呼吸と、彼女の喘ぎ声が、奴の睡眠を邪魔するくらい
奴の呼吸が無意識に止まっちまうくらい。
不意に目を開けると、おれの顔を覗いているゾロが居た。
「おい、ルフィがのど渇いたんだとよ」
面倒くさそうに、そう一言だけ言ってふいと蜜柑の木の方へ足を向けた。……また寝るつもりらしい。
…一日の三分の二は寝てるんじゃねぇのか、あのでけぇネコ…
おれは気にも留めずにまた瞼を閉じる。
意識的にそうすると、目の前に、本当に嬉しそうな顔でおれだけに笑いかける彼女が現れる。
闇の中から明るい色の洋服を身に纏ったにっこり笑うナミさんが。
彼女は笑っておれにキスをする。
ルフィの前でも関係ないね。ゾロでもウソップでも、チョッパーさえアウト・オブ・眼中。………ビビちゃんは…少し目を逸らしてでもする。
……………………………………そんな彼女はどこにも居ないと知っている。
「ナミさーん」
小さく呟いて、その名前の裏に芽吹く自分の嗜虐心が、真っ黒の色をしているのが見えた。
昨夜抱いた彼女の身体のあらゆる所から、あいつの匂いがした。
胸クソが最高にむかついて
口の中が一瞬でカラカラになって
目の前が真っ暗、頭の中が真っ白になりそうだった。
彼女が抵抗しないから。
あいつに抱かれた後、おれに無理矢理抱かれても嫌がらねぇのか。
あいつにキスした唇で、おれの名前を呟きながら喘ぐのか。
なんで
なんで
なんで……
そんなにおれは可哀想かよ!そんなに同情しなきゃ死にそうか?そんなに……いじめて何が楽しいんだよ……
彼女の首筋はいい匂いがした。
ミカンのいい匂い。
その首筋に舌を這わせると、彼女の身体が引きつってこわばるのを知ってる。一番感じるんだ、ナミさんはここが。
それから耳元で囁く。ここがいいんだろって。声は小さくて掠れるような声がいい。耳たぶを力を込めずに噛むと、いい声で鳴くんだこれが。
思い出しただけでイきそうだぜ。
あんないい女滅多に居ないね。
強くて弱くてしなやかで脆くて、おまけにイイ身体。いい匂い。イイ性格。イイ度胸。
あんなワル女滅多に居ないね。
……こうやって酷いことを思い出しながらおれは煙草を吸う。最近一番お気に入りの暇つぶし。
本当は、いろいろ知ってる。
自分が寂しい原因とか、彼女がおれに同情する理由とか、あいつが彼女を抱かないわけとか、ゾロが全部知ってる事とか、ウソップとビビちゃんの会話の中身とか。あと…チョッパーがおれとルフィに向ける視線の意味とか。
カルーが一声鳴いた。
ウソップがこちらを見ておれを呼んだ。
「昼だってよ、メシ作るの手伝うぜサンジ」
おれはにっこり笑って、ウソップとビビちゃんにメニューは何がいいかと尋ねた。
「10分で作ってやるよ」
つづく
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