STRAP 第十六回 『オブ・ラ・ディ オブ・ラ・ダ』
女部屋には誰も居なかった。
ビビちゃんはどこかに行ってしまったらしい。
ナミさんは女部屋の天井扉の鍵を閉めて、白いワンピースの胸元を引き裂いた。
「セックスしよう」
おれの脳味噌はもう何も考えられなくなっている。
考えたら、爆発しそう。少しでも使ったら、無くなりそう。
ネクタイを外して、ジャケットを脱ぐ。シャツをその辺に放り投げてベルトを抜いた。
「ああ、いいぜ
淫乱なその身体にいくらでもぶち込んでやるよ」
床にそのまま彼女を押し倒して、少し埃だっている空気を吸いながら首筋にキスをした。
舌で細い首をなぞって、片手で彼女の胸を揉みながら片手でスカートをたくし上げる。
若い茂みを掻き分けて、ヌルヌルする水分を指が探り当てた。
彼女の顔が歪む。
目からは涙。
唇からは引きつり声。
眉は下がって頬は真っ赤だった。
「どうして、どうしてうまく行かないの?」
だれかたすけてよ
ここはもうやなの
おねがいだから
だれかたすけて
呟く声を聞かないふり。聞こえないふり。
「ナミさんとセックスしてると、無闇でデタラメな勇気が沸いてくるような気がするんだ」
柔らかくもないテメェのくちびるが彼女の首筋を這っている。
それでもナミさんの表情は変わらない。
ああ、これがおれに出来る最高の親切なのに。
声になる前の呼吸とため息になった後の空気が、濁った水槽のような船の窓ガラスを曇らせた。
ナミさんは涙を溜めたまま、おれの親切を気遣って、泣くのを止めた。
ほら、おれは泣き顔も見せて貰えない。おれはいつまで経ってもナミさんの中に入れてもらえないんだ。
「サンジは、セックス、好き?」
ああ好きだよ、ナミさんの次の次に。
「わたしの次は何?」
ナミさんの幸せな顔さ。
「じゃあいつまでもセックスしてなくちゃいけないわね」
ナミさんはセックス好きか?
「好き。考え事が全部すっきり解決するみたいに、どうでも良くなるから。
抱かれているのは快感だわ。思い付きで伸ばした指がサンジの肌に行き着いたら安心する」
それは身に余る光栄です。
言ってしまって、彼女の頬に流れている涙を見た。濡れている肌がひどく悲しいと思う。悲しい形をしている。
こえがきこえる。
「でも男は嫌い。いつも肝心なときにいないから。私を一人にする」
つぶやくこえ。
「おれのこと好き?」
といかけるこえ。
「好きよ。」
ささやくこえ。
「おれだって男じゃねぇか」
はなす、こえ。
「…サンジは…わたしのこと一人にしないもの」
たちきる、こえ。
おれはナミさんとセックスすると、決まって自己嫌悪に陥る。キッチンで後ろから襲ったときも、甲板で不意に押し倒された夜も、目の前にルフィが居るみかんの木に隠れた強姦も、おれは一生忘れない。忘れられない。
だからおれに抱かれているナミさんが可愛く艶っぽい声を出す度に、泣きそうになる。
……ははは、ルフィに抱かれているナミさんの身体が弓なりに反るのを見たら、おれは幸せになるのかな?
自分の手にすっぽり収まっているナミさんを見るのは辛い。
それが彼女の幸せだとしても、多分辛いままだと思う。どうしてだろう、宝物が手に入った悦びにむせぶはずなのに、今自分の体中から警笛が聞こえる。「気を付けろ!キケンだ危険だ!」
「ここにずっと居るつもりか?いつまでもルフィの影を想って泣くのかよ
おれはナミさんの身体を何度も抱いたけれど、ナミさんの心を抱いたことは一度もねぇ。
……でも、おれはそれでいいんだ。
それがいいんだ」
怖くないだろ、おれがついてる。何があってもおれはあなたを守るから、だから帰りましょう。
「帰るって、何処へ?」
もう船に帰ってきたじゃない、ほかに、どこに帰るの?
帰りましょう
帰りましょう
はやく
はやく
帰らなければ
「だから、どこへかえるの?」
はやく、帰らなければ。
何処へ帰るの?
「ナミが泣かないでいい場所へ」
「……そこはサンジが泣かなきゃなんない場所なの。
そんなところには行きたくない。
…………帰りたくない…」
「…ドロボウはウソツキの成れの果てって、ホントだな」
おしまい |