STRAP 第十一回 『ΧΧΧ(トリプルエックス)アレルギー』
「分からず屋だな、お前らは」 ルフィが構える。初めてルフィがおれに向けて殺気を放った。 「一応いっとくけど、サンジに手加減なんて器用な真似できねぇぞ」 三白眼ぎみの目がすぅっと細くなり、長く息を吐く音が聞こえた。 「手加減なんざ気にするヒマがあるんだったら自分の墓のデザインでも考えてなクソキャプテン」 背筋がゾクゾクする。怖いんじゃないと思う。 ただ「何か」に 向かっていったら取り返しの付かなくなる「何か」 多分そういう「何か」と対峙したとき こんな気持ちになるんだ …と、思う…… おれは殺す気だった。心のどこにも勝てなくてもいいとか、手加減しようとか、負けたいとか、そんなことを考えるゆとりがなかった。ただルフィと自分の殺気に酔っていた。 もの凄いスピードでルフィの拳が俺の顔面向かって飛んできた。 オイオイいきなり顔面狙うか?とんでもねぇ悪党だな。 潮風をかき分けて、鉄をもうち砕いた拳が飛んでくる。 慌てて後ろに体を反らし、間一髪でその拳を避けた。空気が切り裂かれる音が耳のすぐ側でした。 おれは身体を半回転だけさせて伸びた腕を掴み、思い切り自分の方へ引っ張った。限界まで水の張られている樽より重い手応えがする。とうてい年下の人間とは思えないような腕の力で逆に引っ張られて、たたらを踏んだ。 「コックは手ェ怪我しちゃマズイんだろ? 蹴りで来いよ、おれはサンジのパンチで死ぬほどヤワく出来てねェんだ」 ルフィにしては珍しくからかい口調で挑発してくる。おれはそんなことはもちろん聞いちゃいない。目の前にいる障害を取り除く、それだけを考えていた。 それ以外考えないようにしていた。 こいつを殺す! こいつを殺す! 殺す! 殺す! 死ね! おれは無我夢中で持ったままのルフィの腕を、渾身の力を込めて引っ張った。ルフィの身体がふわりと浮き、おれの方へブン!とゴムの縮まるときの音と共に飛んできた。 その身体は闇色に光っていた。鉛のような色をしたルフィの肌には、いくつもみかんの影が映っていた。さわさわと揺れているみかんの葉の陰の中を抜けて、ルフィが反対の手で拳を作り、おれの顔面を狙って弾丸のように飛んでくる。 左足を軸足にして 右足を急激に振り上げる インパクト先には狙ったタイミング通りルフィの腹。 左足に全ての重さを掛けて 右足を叩き付け、そのまま振り抜く。 両腕から一瞬にして力を抜き、耳はルフィのくぐもったうめき声だけを捕らえた。 「ゥ!グ…ェ……っ……」 ルフィはそのまま身体ごと吹っ飛び、船の縁で二・三度バウンドした。 ぜいぜいと咳き込むように息を切らした自分の全身が、ひどく冷たい汗でびっしょり濡れている。汗が目の中に入って、その痛みで出た涙に薄められ、冷たい汗は二倍になって流れた。 おれはそのままルフィの所まで駆け寄り、身体をくの字に折り曲げているルフィの首根っこを両手でひっ掴み、船の縁から半分以上押し出して聞いた。 「悪魔の実の能力者は泳げねぇんだったよなァ…… 海に落ちて死んだら墓はいらねェか? 10回忌の時の料理は何がいい?」 この程度でコイツがくたばるわけがない。ほとんど無抵抗で押し通りやがって!何を企んでやがるか知らねぇが流石に海に落ちれば生き返れねぇだろう。さっさと突き落としちまうに限る。 おれはゆっくりと手の力を抜いた。 唇の端を切ったのだろう、ルフィは頬から耳の方に掛けて細い血の線を走らせていた。 ぐったりと体中の力が抜けて、まるで本当に死んでいるようだ。 気を失っていないのは分かる。何より自分の吐き出す呼吸と鼓動がうるさいほど耳に付くというのに、ルフィの息はちっとも乱れていない。 焼けるような自分の頬に、冷たい感覚が走った。 「胴体とサヨナラしたくなきゃルフィを下ろして。」 ちらりと視線を走らせると、自分の頬に鈍い光を放つナイフが突きつけられていた。 そのナイフの先には引きつった女の指。 少し焼けた肌が続いて、それから先は視界に入りきらなかった。 おれは自分の呼吸が断続的にぜいぜい言っているのを上の空で聞きながら、ホラな、と思っていた。 ほら、これだ。 予想通りだ。 どうせそうだろうと思ったよ。 そう来ると思ったよ。 「…下ろすと思うか? なあ、おれが素直にハイそうですかと下ろすと思うか?」 「思わないわ」 「じゃあその物騒な物を下ろすんだな、痛みに驚いて手ェ離しちまうかも知れねェだろ?」 「わたしがそんなこと言われてハイそうですかと下ろすと思う?」 「……いや。」 「素直に聞かなくてもいいから下ろすのよ。 ルフィが何を考えてるのか、アンタがどう思っているのかなんて興味ないの。 わたしは誰も目の前で殺させないだけよ。」 少し、ナイフが引かれた。自分の頬に小さく鋭い痛みが走る。 頬に汗とは少し違う液体が流れる感覚が生まれた。 両手に力を込めてルフィの身体を引き上げ、床から数センチほど浮いた状態の身体を手放した。糸の切れた操り人形のように何の意志も感じられぬ肢体は、どさっと言う音と共に床に広がっている。 「ルフィ、わたし行くわ。後よろしく」 彼女は床にうつぶせになったまま物言わぬ少年にそう言うと、おれに向かって持っていた荷物を放り投げた。 「小舟を使わせて貰うわ。今まで結構働いてきたんだもの、退職金として貰ったって文句来ないわよ」 彼女は手際よく船尾に積まれている接岸用の小舟を出し、水面に投げ下ろした。 「ばかは一人で十分! ちょうどこの近くにひとつ島があるのよ。ここからずっと西に行けばたどり着くわ。一応人間もいるみたいだし、飢えることだけはなさそうよ。 ほら、何してるの?行かないならわたし一人で行くからね」 オールを掴んで彼女がゆっくりと船を漕ぎだしたのを見て、おれは慌てて小舟に飛びついた。
つづく |