宵の貴婦人・明けの明星「うみべの生きもの」
サンジとナミの大冒険
「ぶわっ!」
蹴り上げる小石はふさげても、ズボンの吸った水分までは避けられなかったようで、モロに目か口か鼻か、とにかく粘膜系に入った盗賊達は一瞬たじろいで出鱈目な方向に銃をぶっ放したりナイフを繰り出したりよろめいたりしていた。
……お、ラッキ。ひとり脳天に小石直撃してやんの。
すぐさま3人の懐まで飛んでいって平等に鳩尾を蹴り飛ばした。平等に3人が吹き飛ぶ!
「ぎゃああ!」
一人は岩、一人は地面、もう一人は地面に先に到着していたヤツに叩き付けられている。
「どう?今度こそヒーローだろ?」
おれはにやりと笑って這い蹲るナミさんに熱い視線を送った。
「……ぶっ殺ス」
「な何故ェ!」
頭から小石や川水をかぶったナミさんに抗議すると、グランドライン一のめんちを切られた。
「縄ほどいてよ、いつまで芋虫にさせとく気?」
「…………まぁしばらくあいつら起きてこれねェだろ。
しっかしなんか今夜のナミさん縛られてばっかだな」
「ホント、一体誰のせいかしらね」
「うーん強いて言えば闇夜のせいかしら」
軽口を叩きながら連中の一人が落としたナイフで縄を切っていると、世界一のめんちを切られたので「面目ない」と心から謝った。……別に後が怖かった訳じゃないぞほんとだぜ。
「……なんだこりゃ、ずいぶん丁寧に縛ってやがるなオイ」
二重三重どころではない。複雑に絡み合っていて、おまけに身体をぐるりと包み込むように縄の一本一本がナミさんの身体を縦横無尽に走っている。
「そりゃ3人に乱暴されたんだから力の限り暴れたわ。
それでこんなにぐるぐる巻きにされて……
呼べど叫べどサンジは来てくれないし…あたしっもうお嫁に行けないっ!」
ナミさんは縛られたままで器用にわあっと顔を覆って泣き出した。
「な、な、ななななななななんだってぇええええええええ」
顔面蒼白どころか目も口も鼻も無くなりそうになったね。おれはしくしく泣くナミさんに打ちひしがれてさっき蹴り飛ばした盗賊共の所にダッシュした。
「てンめぇえええらぁ!オイこら起きやがれクソ盗賊共!」
青いバンダナがもう取れてしまった男を蹴り上げて、浮かんできたところを首根っこひっつかまえて揺さぶる。
「ウチのお姫様に何てことしてくれやがんだ腐れ盗賊!この大罪は貴様のチンケな命がいくらあっても償えねェぞコラ」
「グホッ……な、なんのことだ…」
「しらばっくれてんじゃねェよイカレポンチ!ナミさん押さえ付けて乱暴したんだろうがよ!!」
おれの悲鳴にも似た怒鳴り声に、もと青バンダナはさっと顔色を変えた。
「…ばっ!!俺らがそんなことするか!つーかまずそんな時間ねェよ!捕まえてふん縛ってすぐここに来たんだろうが!」
「やかましい!ご丁寧に身体縛りやがって!何だありゃ亀甲縛りか?
おれん所に嫁にこれねェつって悲観して自殺したらどうしてくれんだ馬鹿野郎!」
「意味がわからん!縛ったのはそこら辺に落ちてた網を巻き付けて手足縛っただけだ!」
「ウルセェ、とにかくテメェら3人はすぐさま死ね。これは命令だぜクソ盗賊」
「……そこまでだ。殿下を放して貰おう」
背中で、急に知らない気配が現れた。
刃物か何か――とても鋭い――が背中に突きつけられている。
「……何者だ?てめぇ」
「小さな国のしがない小隊長だよ。」
「…今の今まで隠れて闇討ちするたァ、結構な戦術ですなー」
決してそいつを刺激しないようにゆうっくりと腕の力を抜いた。
「伏兵確認は士官学校じゃまず最初に教えられるんだ。覚えておくといい」
おれは青バンダナを何事もなかったように着地させて、両手を上げた。
「ですから申し上げましたでしょう、世の中にはこういったヤカラが数多くいると。」
背中の刃物がゆっくりと引かれ、変わりに銃口のような物が押しつけられた。撃鉄を引き上げるギリリ、という不愉快で不安な雑音が背中でした。
「うっせえ殿下って呼ぶな。おれァ王サマなんざならねぇつってんだろーが」
小さく溜め息を付き呆れたように「承知しております」と背中で声がした。
「…お前らナニモンだよ。さっき追っかけ回してくれた連中の中にゃぁ居なかったよな?」
おれはついうっかり引き金を引かれない様に、慎重に話す。目の前の青バンダナが乱れておれの足形がくっきり付いた服を正した。
「ちょっとした理由でこんな片田舎まで出張させられてる哀れな中間管理職さ」
せなかで、ナミさんのくぐもったうめき声が聞こえる。
「小隊長、この女もうすぐ気付きます」
……気配もなくナミさん気絶させておれの背中に剣突き立てたのか……ダダモンじゃねぇな。
++++++++++
「…………よおっく解った。
でも多分ナミさんは隠し場所言わねェぞ」
ちらりと可愛らしい寝顔を覗いてみる。
「それは困るのだよ。
なんとしてでも明日の朝までに宝刀を持って帰らないと、殿下は継承権を失ってしまう。私も小隊長の名折れだし、なによりまだ新婚なのに職を失いたくない。」
80%以上の真顔で"小隊長"はそう言った。
「…デンカの前で無意味な度胸見せてどうすんだ」
おれは名前の名乗れない"小隊長と部下二人、どっかの国の殿下"、まだ気を失っているナミさんと、たき火など囲んでみたりしている。
「なんだ、太古の宝っつーから多少は期待してたのによ。」
おれは煙草の煙を葉っぱでモザイクのように隠されている満月に向かって吹き上げた。
「太古の宝!?」
「うわっ!びっくりしたっ」
「そんなのどうでもいいのよ!サンジ太古の宝よっ…………ってか…アレ?……えっ?えっ?どうなってんの!?」
目を白黒させながらナミさんは、のんびりと焚き火を囲んでいる『盗賊達』の顔を指さした。
「いや実はね、こいつら盗賊じゃないんだって。
とある国のやんごとないお方一行なんだと。ナミさんの持ってったお宝の中に、やんごとない儀礼用の宝刀と王冠が混じってて、それ返して貰いた…」
「何だかよく分かんないけど嫌よ。」
おれの言葉も終わらないうちにナミさんはきっぱりと言う。
「……ほらな。
ナミさんは貰うとか頂くとか失敬するとかは大好きなんだけど、あげるとか返すとか渡すとかは大嫌いなんだってば。」
「国家機密に関わることなので詳しくは話せないが、殿下が王位を継承出来る時間は今日の日が昇り切るまでなんだ。
頼む!ルイーザとは結婚したばかりなんだ!あんたまだ新婚の夫婦を不幸奈落の底へたたき落としてそれでも平気なのか!!」
「……小隊長……」
髪の長い男が何とも言えない小声で逆ギレする"小隊長"に呟いた。
「落とし物は拾った人の持ち物になるの。だからアレは私の物。……まぁどうしてもって言うなら売ってあげないこともないけどね」
ちっとも動揺せずにナミさんはサラッと受け流す。
「……な。」
おれはあまりにも予定されていたナミさんの言葉を受けて、皮肉るように視線を"小隊長"に向けた。
「……残念ながら我々の国には貨幣という概念がない。従ってキミに支払うべき金がないのだ。その袋に入っている他の全ての品物の窃盗を見なかったことにするというのは……」
「当然却下ね。これは既に私の物なのよ。」
ナミさんは無意味に胸を張って答える。……不憫だ……"小隊長"……
「…しかし私に国の財産をどうこうする権限などないし、殿下が王になるならないに関わらず殿下を期限までにお連れするのは仕事ではない。わたし自身がそれが国を一番良くすると思うからお連れしているだけだ。」
「……つまり独断専行でやってるから国から代金は払えないってわけね。状況は分かるわ。でも」
すうっと目を細めて、"小隊長"の顔をのぞき込む威圧的な表情でナミさんは言う。
「ソレとコレとは話が別。」
「……ナミさん、王冠や宝剣の一個や二個くらい……」
おれは呆れた声でぼそぼそと口ごもっていたのだが、それを耳ざとく(っつーのか?)聞きつけたナミさんはひどく心外な顔をしておれを叱った。
「サンジ、あんたあの船の維持費はどっから出てるの思ってんの?こうやってわたしがこつこつ誠実な商いをしてるから」
「どこが誠実なんだ、どこが」
長髪の男が絶妙のタイミングでその場の一人を覗く全員の心の声を具現化した。
「誠実じゃない!お金に対しては!」
「…そーゆーものなのか…商いって…」
「違うと思うぞ、デンカ。」
おれは溜め息混じりに訂正した。
で、話を冷静に整理すると、目の前の連中は全員金を持っていない。ナミさんは除外。……他に金目の物出せんのおれだけじゃねぇかよ……
「………………
分かった。じゃあナミさんこうしよう。
おれの分け前分と交換だ。それならいいだろ?」
言ってしまってから、ナミさんの目がニヤーと笑うのをしっかりこの目で認めた。
……さては待ってたな……
「んもーサンジったら人がいいのねー、仕方ないわ。わたしも鬼じゃないんだし、それで手を打ってあげるわよ。」
嘘だ鬼だ。分け前で新しいフライパン買おうと思ってたのに。
ナミさんはホクホク顔で宝剣と王冠を"小隊長"に渡すと、"小隊長"は、何度もおれに謝って"デンカ"の手を引っ張って一目散に駆け出した。
「またいつか会うことがあったら、この恩は必ず返す!国に来くことがあったら是非寄ってくれ!我が隊員総出で迎えるぞ!」
叫び声も必死の形相で付いていく3人の隊員の姿もどんどん小さくなっていく。
「……国の名前なんか知らないわよ……」
ナミさんはその後ろ姿を見ながら、呆れたように呟いた。
++++++++++
もうじき夜が明ける。
空にはもう金星だけしか見えなくなっている。
「……ねぇ、なんであんなデマカセ信じたの?」
「んー?」
「だから、あの盗賊のデマカセよ。
どっからどう見たって三文芝居じゃないの。まぁ『宝剣』と『王冠』が大した価値もなさそうだし、かさばるからあげたけどアレだってタダじゃないのよ。
納得のいく説明が欲しいもんだわ。」
ナミさんはそう言いながらおれの顔をのぞき込んだ。
……適当な事を言ってあしらえそうもない。
「…簡単なこった。"小隊長"ってのに敵いそうもなかったから。
多分暗殺か何かのプロフェッショナルだ。あの動きは本物だった。おれ一人ならどうとでもなるがナミさん抱えながらそんな連中とやり合う自信がなかったんだよ。
出来れば音便に事を済ましたかっただけさ」
煙草の煙をぷかりぷかりと噴き上げる。
「へー、わたしのために。」
「そ。すべてはナミさんのために。」
「意外―。結構物考えてんのね、サンジ」
「……やっぱりナミさんおれのことバカだと思ってるだろ」
「だからそう思ってるって言ってんじゃない」
「…………………………別にいいけど……」
煙草の煙が一瞬とぎれて、またぷかりぷかりと浮いた。
「昨日ビビが言ってたでしょ。
男ってのは、いざというときに役に立てばいいの。」
ばしばし背中を叩きながら、ナミさんは笑って言った。
「サンジは今日とーっても役に立ったからゴホウビあげなくちゃね」
ナミさんは軽やかに笑っておれのほっぺたにキスをした。掠めるようなキス。
おれは煙草の煙を噴き上げながら、少し背伸びしてキスしたナミさんの方をくるりと向いて
「そんなんで済むと思ってンのかコノヤロ!」
と、抱きしめて柔らかな唇にキスをした。
少しだけナミさんはじっとしていてくれたけど、数秒後に予想通り大暴れを始める。
「サンジ!サンジ!サーンジ!!
よっくもオトメの唇無断で奪ったわねー!!」
まだ辺りは薄暗いからナミさんの顔がよく見えなかったけど、おれは多分ナミさんの顔が赤いと思う。……なんとなく。
「奪ったんじゃねぇよ!ゴホウビゴホウビ。」
背中で布袋の中の金貨やら宝石やら貴金属がジャリンジャリンと派手な音を立てて弾んでいる。おれはその音が鈴の音のように聞こえて、わざと飛び跳ねて走った。
「うっさい!ファーストキス返せ!!」
ナミさんが俺を追い掛けて走ってくる。
「やった!やっとルフィに一勝だ!」
綱を垂らしたゴーイングメリー号が見えてくる。浜辺を走り回ってる派手な音を立てる二人を、朝焼けになる数分前の空が迎えている。
2000年冬〜23:26 01/06/17
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