宵の貴婦人・明けの明星「油断大敵痛ミシュラン」
サンジとナミの大冒険
こんなに疲れるとは思わなかった。
体力には人並み以上に自信があったし、ハッキリ言ってそこら辺の連中なんか話にならないほど足が速いのが自慢だった。
10キロ、20キロの粉袋を十歳の時から運んでいるのだ、だからこのくらい何てことないと思っていた。
しかし今は汗だくで目の前が真っ白になっている。心臓と自分の荒い息の音しか聞こえないし、耳鳴りと吐き気はするし、頭はガンガン痛い。胸は張りちぎれんばかりになっているし、足にいたっては最早感覚など無い。肩は抜けそうなくらい麻痺している。首領クリークや魚人アーロンと戦った時だってこんなにしんどくなかったぞコノヤロウ。
「だらしないわね、たかだか2キロ全力疾走したくらいで。」
無責任で明るい声がノイズに混じって聞こえた。
でもナミさん、おれァナミさん抱えてお宝背負って銃をバンバンぶっ放す連中に追われながら森の中を全力疾走してたんだぜ。
サンジはそんなささやかな反論をする気力すらない。体中がガタガタで脱水症状になりそうなほど汗を掻いている。
「でも走ってるサンジって素敵だったわよ。」
にっこり笑って、ナミはかぶっている金色の王冠を押し上げた。
「……そりゃ、どうも…………」
サンジはぜぇぜぇ言いながら精一杯の皮肉にならない皮肉を返す。
「でもホント化け物ね。まさか逃げ切れるとは思わなかったわよ。
あたしの体重が39キロでしょ、貴金属類が最低10キロ以上あるとして……50キロ抱えて森の中走ったことになるのよ。……50キロ抱えて足場の悪い森の中を銃弾に当たらずに2キロ全力疾走……申請するところに申請すればお金になるんじゃないの、この記録。」
のんきに笑っているナミを見て、サンジはゾロがいつだったか「あの女、いつか地獄に堕としてやる」と青筋を立てていた気持ちが、ほんの少しだけ解ったような気がした。
「まぁゆっくりしてなさいよ。あたしも疲れたからちょっと横になる…」
そう言うが早いか、サンジの隣に寝転がった。
「寝てる間にイタズラしたらこのお宝分けてあげないからね。」
ナミはそれだけ言うともう気が済んだという風に目を閉じた。
サンジはそれに返事する気力も体力もなく、ただはぁはぁぜいぜいと息を切らしている。
空には金銀の星くずが、ただ瞬いていた。
……どのくらい時間が経っただろうが、サンジは自分のくしゃみで目を覚ました。
身体がずいぶん冷えている。おまけにひどくのどが渇いていて、口の中がひりひり痛い。
「この近くに川、あったな」
サンジは重い体を引きずってのろのろと、自分たちの寝そべっていた茂みから20メートルほどしか離れていない場所に流れている小川に足を向けた。
「うぇっ……マジでこりゃあヤベェ……」
ようやく川縁で水にあり付けたというのに、水を口に含むと吐き気がするのだ。それでもサンジは無理矢理に水を飲んだ。
「脱水症状だ……クソったれ、これじゃ狂犬病じゃねぇかよ……」
頭痛がする。水がまるで硫酸のように喉を灼く。
喉の痛みをこらえて、サンジは何度も吐きそうになる感覚を押し殺しながら水を飲んだ。
しばらく無理矢理水を飲んでいると、徐々に視界と感覚が快復していくのが判ってくる。
「……はぁ、ヤベーヤベー。最近身体なまってんのにあんなマネしてちゃ死ぬぜ全く……」
ようやく一息つくと、そのまま背中から小石の絨毯に倒れ込んだ。
「おえっ……ったく……ああー!疲れたっ」
足はもうずいぶんしびれが無くなっているが、代わりに鉛のように重い。背中を冷やす小石が脳味噌を覚醒させる。
「…………おれァ疲れてて多分手加減なんかできやしねェ。機嫌の悪い海賊には近づくなってかぁちゃんに言われなかったかい」
三人分の気配は、ざわざわと茂みをかき分けながら姿を現した。
一人は青いバンダナをした中肉中背の男。腰には短剣のような物を差している。
もう一人は髪の長い長身な男。深い草色のズボンを穿いていて、取り立てて武器らしき物も何も持っていない。ただ、背中に何かを背負っている。
最後の一人はサンジより少し背の高い程度の男。服装より何よりも赤い銃身の連発銃を持っている。もちろん銃口はこちらに向けて。
三人は何も言わずにサンジをじいっと見つめているだけだった。
「………………を返して貰おう、大人しく返せば、見逃してやる」
銃を構えた男が、口火を切って脅すように言った。
「ああ?何を返せって?」
サンジは勢い良く手の反動だけで一気に立ち上がる。
「女の持っていった袋だ。」
青いバンダナが見た目とは違ってずいぶんと低い声で言った。
「……そりゃああのご婦人に言うんだな。おれの管轄外だ」
「…この女は何も持っていなかった」
髪の長い男は自分の背負っている物を地面に投げ落とした。
「きゃあ!ちょっと何考えてんのよ、女性はもっと丁寧に扱うものよ!」
++++++++++
「……な、ナミさん……」
「こーゆー場面でわたしの本名呼ばないで。」
ナミは後ろ手に縛られ、芋虫のような格好で地面にはいつくばっている。
「おいテメェらはやっちゃいけねェ事をしたぞ。もう勘弁ならねェからな」
サンジは眉間に青筋を立てて髪の長い男に世界一のめんちを切った。
「我々はただあの袋を返してもらえれば何もしない」
髪の長い男はナミの手足を縛っている縄を掴んで無理矢理立たせる。
「返して貰えないのならばこの女の安全も保障しない。」
「お、おまえの、身体も、蜂の巣だ」
銃を構えている男が、また独特の口調で言った。
「……この距離じゃいくらお前が早く動いても、俺がこのナイフで女の首を掻き落とす方が早いぞ」
青バンダナは、サンジの足がジリジリと動いていることを悟ってか、そう言ってナイフを抜いた。
「……わーった。判ったよ、ナミさんさえ放せばあんな袋の一つや二つ、いくらだって返してやらァ」
サンジは手をひらひらさせて、降伏の合図を送りながら小川をじゃぶじゃぶと渡り始めた。
「では袋の場所を教えて貰おう。……おっと、そこまでだ。その場所から隠し場所を言うんだ。」
髪の長い男は、ナミを盾にするようにサンジの動きを封じながら4・5メートルの位置でサンジを制した。
「……おりゃあね、ウソップみたいに上手くねぇんだよ。」
「??…サンジ、いい、ヘンな気ィ起こすんじゃないわよ。ハッキリ言ってこの青バンダナ、刺す気まんまんなんだからね」
ナミは首元にある金属の冷たく硬い感触がジリジリと上に上がってくるのを感じながらそう言った。
しかしサンジは両手をお手上げの形にしたまま、ブツブツと口の中で言っている。
「いっつも思うが、あいつの腕は天才的だね。
だっておれァこういう時にいっつも当たンねェんだもんよ!」
サンジはそう言うが否か、右足を振り抜いた!
ガチィン!!
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