宝島U’
コック×ミカン
「ともかく、この謎を解けば何か解るかも知れねぇ」
ウソップは昨日から、何度もそう言ってはテーブルを叩いている。
「…あのねぇウソップ」
呆れたようにナミはクセっ毛の少年をじろりと睨んだ。
「どっからそんな根拠のないウワゴトが生えてくるわけ?この口?この口が悪いのぉー!?」
「ひだだだだだだだだあっ!は、はなふぇっハミっ」
ほっぺたをつねられて、不明瞭な抗議を上げたウソップは、すっかり完全回復してしまったナミに声を荒げた。
「人の話を聞け!」
「ちゃんと分かる話をしなさいよっ!」
ナミは小さな子供を叱り飛ばすように強い口調で言った。それを見ていたゾロが複雑な顔をして頬杖を付いている。
「元気になった途端コレかよ、まったく」
「いししし、いいじゃねぇか。おれはこっちの方が好きだぞ」
いつも通りの麦わら帽子をかぶったルフィは、にこにこと嬉しそうにその様子を眺めている。ナミがいつもの調子に戻ったのが余程嬉しいのだろう。
ルフィの言葉を聞きながら、ゾロは短く「おれもだ」と言ってにやりと笑った。
「サンジくんが死んじゃうと思ってね、私がどんな気持ちだったかっアンタに解る?わ・か・る・のぉぉぉぉっ!?」
ナミは力一杯にウソップの胸ぐらを掴み上げる。
「オメェが勝手に思い込んだだけじゃねぇかよ!ってゆうか痛ぇよ!」
「ナミ、それ以上やると死んじゃうぞ、ウソップ」
ルフィの正しい意見にもナミは応えない。
「もうその話はさっき終わったじゃねぇか。ウソップも説明不足謝ったんだしよ」
ゾロの冷静な意見にも耳を貸そうとしない。
「やっていいヘマとやっちゃ悪いヘマがあるのよっこの世にはっ!」
「ごめんなさいっ」
ナミはまだはぁはぁと息を切らせながらにウソップの胸ぐらをゆっくり離す。
「これからっ!こういう人間の生き死にが関わってる時はっ!ちゃんと説明してよっ!わかったっ!?」
まだ気が収まらないと言うように、ナミはギッとウソップを睨んで、きつい声で半分叫ぶように言った。
「まぁ、今回のことはウソップの分が悪いわな。
『毒飲んだサンジがどうなるか分からん。最悪…』なんつって暗い顔されたら普通は死ぬと勘違いするぞ。
……まぁ良かったじゃねぇか、顔の模様が消えないかも知れないってだけで」
ゾロは無責任に同情しながら、ゲホゲホ言っているウソップの背中を叩いてやった。
「喋る時間もなかったんだ、間が悪かったんだろ」
ゾロ以上に無責任な口調でルフィは笑いながらに言う。
「サンジ怒るだろうなぁ、もし消えなかったら。」
少し呆れながらにルフィはサンジの顔を思い出しながら呟いた。
ゾロはその言葉を聞きながら、ウソップが町の人間に聞いてきた情報を整理した結果を書いた紙を眺めてみる。
「『キューゲッチュウの毒を内服した場合、血清は殆ど効果はない。何らかの症状(皮膚への発疹・色素の変色など)も、放置した場合回復した例はなく、またその見込みもない』だもんなぁ。せめて命に別状がないってのが不幸中の幸いだけどよ。
おれだったら外に出られねぇよ。恥ずかしくて」
笑っていいのやら哀れんでいいのやらと、難しい表情をして困惑しながらゾロは言った。
「今回のことは、私に責任があるわ。何としてでも皮膚に定着してしまう前にあのエキセントリックでサイケデリックな模様を取るような薬を見付ける以外に方法はないのよ」
きっぱり言ってしまってから、ナミはその言葉の指す途方もない意味に軽いめまいを覚える。
「だーかーらー、その事について話を聞けっつーんだよ」
ウソップは細々したメモの挟んである本を数冊取り出して、最後に自分の持っていたこの島の地図と、ルフィの王冠と一緒に持ってきた見知らぬ文字で書かれた航海日誌のようなものを取り出した。
「いいか?おれが調べてきたことを全部話したって仕方ねぇから要点だけをまとめて言う。……おい、ルフィ真剣に聞け。ここは笑う所じゃねぇ」
ルフィは何だとばかりに少しむくれて、テーブルの上にある本の方に向き直った。ゾロもナミも、きちんと座りなおしてウソップの方を向く。
「キューゲッチュウなんだが、調べてみると割と広く世界中に生息しているらしい。当然今回のサンジみたいな症状の人間も昔はよく居たみたいだ。」
「じゃあ、治す薬みたいなのも大きな港とかに行けばあるって事?」
「いや…そう簡単なもんでもねぇんだ」
ウソップは柊の紋様の付いた表紙の本を開けながら言う。
「ほれ、ここに書いてあるだろ?『キューゲッチュウの毒を受けて一週間以上処置せず放置した場合、如何なる解毒剤も効果無し』って。
っつうことは、逆に返せば一週間以内なら何とかなるって事だ。」
「一週間以内って事はこの島で解毒剤を手に入れなきゃなんないって事じゃない。この霧で海にも出れないんだし。で、薬みたいなものはなかったわけよね。」
ナミがそう声のトーンを無理矢理高く保って言うと、ウソップがにーっと笑った。
「トコロガ、だ。」
航海日誌のような黒い表紙の本を取りだしたウソップの目は不敵に光っている。
「ゾロにも見せたろ?この日誌。この文字の辞書が見付かってよ、どっかの古い王国か何かの隠し文字…つまり暗号だな、らしいんだけどよ。それが……」
そこまで言っていて、急にがたんとルフィが席を立った。
「ウソップ、全然要点まとまってねぇ」
何を話していたのか、恐らく解らなかったのだろう。よけ者にされた不満を満載した顔で、ルフィは怒りながら突っ込みを入れた。
「おう、おれも難しいのはパスだ。結局サンジを助ける薬はあるのかないのか、そこだけ聞かせてくれ。」
ゾロも実は良く解っていなかったようで、簡単な解答を求めた。
「……お前らなぁ、おれがどんなに苦労してここまで調べたと思ってんだ?二人とも手伝わねぇしよぉ」
ぶつぶつ言いながら、ウソップはもう一枚紙を取り出し、テーブルの上にある本を全て床に置き、大袈裟に広げて見せた。
「一つ、おれがルフィと見付けた洞窟の中には、元王族の連中が住んでいた。その王族は薬理に精通していたらしい。
二つ、王族は自分たちの薬品に関する記述は全て自分たち独自の暗号を使用していた。
三つ、その暗号を解けば、或いはキューゲッチュウの解毒が可能な薬の作り方が載っている本の在処が分かるかも知れねぇ。以上。」
広げられた紙には、ウソップの文字でびっしりと薬に関する本の題名や注意書きが書き連ねられていた。
「この島にはキューゲッチュウの毒を内服した場合の解毒可能な薬はねぇ。頼みの綱はこの王族の薬理を記した本だけだ。その本を見付ける手がかりが、この航海日誌みたいな意味不明の文字で書かれたこの本なわけ。」
おわかり?と、ウソップは紙の上に黒い表紙の航海日誌をドンと置いた。
「……ん?なんでこの島にそんな出所不明な王国の隠し文字の辞書なんかあるんだ?」
もっともな疑問を、ゾロは呟いた。
「この島に居る海賊崩れみたいな連中が、昔その洞窟を暴いちゃ中にあるもんを売っぱらってたんだとさ。多分この辞書もその王族の持ちもんだろ。これ買ったところの古本屋のおっさんが言ってた。」
ナミは数日前にゾロが捕まえて船の舳先に吊るしていた五人の盗人を思いだした。多分あの連中がそうなのだろう。
ちらりと視線をゾロに走らせると、何も考えていないのかそれとも忘れてしまったのか、何の表情も見せていない。
「なるほどね。………でも…そんじゃ何でこんな立派な王冠なんて残ってたのよ?一番に目を付けられそうなもんだけど」
いつの間にか右手に持っていた銀の王冠を持ち上げ、ナミはウソップに聞く。
「……いつの間にナミの所有物になってんだ?」
呆れ顔のゾロは突っ込んでも仕方のないことを突っ込む。
「ルフィがくれたのよ」
「おれはやってねぇ」
即答するようにルフィは王冠に手を伸ばしたが、ナミはすっと自分の後ろに隠してしまった。ルフィはそれを見てにょーんと自分の左手を伸ばしたが、あっという間にチョウチョ結びに縛り上げられてしまった。
「ナミ、イタイ。」
「あんたの物は私の物なの。」
にっこり微笑むナミはルフィの瞳の中にいる自分が大いに笑っているのを見て、少しだけ安心した。
「……剛田ニズム宣言……」
「うるさいよソコ。」
そっぽを向いて呟くゾロにナミはすかさず突っ込む。
「ふざけてねぇでさぁ……お前らホントに話聞く気あんのか?」
疲れたようにウソップは長いため息を吐いてそう言う。
「あるわよ、失礼ね。」
ナミは王冠をしげしげと眺め、細かい彫り物を値踏みするようにあらためて凝視した。
「そうねぇ、73万ベリーってとこね。相対価値はこの限りじゃないけど、銀がここまで多く使われてて、この細工。おまけにコレ、本物のルビーなのよ。……あ、これってもしかしてサファイア?」
額の部分にあしらわれている親指の爪くらいの大きさのルビーの下に、細かく磨き抜かれたサファイアが数個、まるで透かしのように埋め込まれている。ナミはその宝石達を用心深く観察しながら言った。
「金細工もまぁ一応形にはなってるし……田舎の貧乏貴族用の家宝ってトコかしら」
「ルフィが洞窟の奥の方に行ったときに見付て来たらしいんだ。なあ」
急に話を振られて、ルフィはきょとんとしてウソップの方を見た。
「ああ、天井のランプの下がってるくぼみのとこにあったんだ。」
縛られた左手を何とか右手でほどこうとしながら、ルフィはくぼみがすっげぇ高くて取るのに首疲れた、と言った。
「……隠していた、と考えるのが自然ね」
「まぁな。」
ウソップは辞書を開きながら、航海日誌のあるページを指した。
「ここ。翻訳すると『薬理の辞典は我々の宝であり、我々の誇りであり、我々一族の大集成である』って書いてる。別のページに『宝はこの命尽きようとも門外不出とし、宝は誇りが指し示す。この島に宝を眠らせ、いつか必ず、逃げ延びこの地に帰ってくる我々の子孫の為に隠し通す』って書いてる。
全部翻訳する時間はなかったからよ、取り合えずめぼしい所だけ翻訳したんだ。」
「何かの理由でその王族とやらはこの島を離れなければならなかった。しかし、その薬の本は持っていけなかったからこの島のどこかに隠したって事か?」
ゾロは《生物図鑑・特殊環形動物編》と銘打たれている本をペラペラとめくり、ナミに向かって海図に何かかき込むように指示しているウソップに意見を求める。
「ご明察。恐らく生体化学変化を起こす毒の研究もやっていただろうと、おれは睨んでいる訳よ。」
「つまりサンジの薬が宝なんだな?」
やっとの事で左腕をほどき終わったルフィは、少し赤くなっている腕をさすりながら、無意味に胸を張って言う。
「……まぁお前はそれでいい。」
ゾロはふっと笑って、生物図鑑を閉じた。
「で、この謎を解けば薬の本が見付かって、サンジが治るかも知れないってわけだ。」
「そーゆーこった。おれの言ってる意味は解って貰えたか?」
ウソップはふふんと自慢げに鼻を鳴らした。
ゾロは何も言わない。
がん!
「『これからっ!こういう人間の生き死にが関わってる時はっ!ちゃんと説明してよっ!わかったっ!?』つったばっかでしょうがっ!」
ナミの鉄拳が怒り声と共にウソップの頭に振り下ろされる!
「今説明しただろうがっ!」
頭をさすりながら抗議するウソップがちょっと涙目になっているところがかわいい。
「もっと簡潔にっ迅速にっ!」
「今回ウソップってナミに殴られてばっかりだな。」
少し可哀想になってルフィは涙目のウソップに言った。ウソップはそれに答えずにぼそりと「貧乏くじだ」と言った。
作者は、ナミが鉄拳を振り上げたのを黙って見ていたゾロに少しどうかと思った。
昏々と男部屋で眠るサンジが、自分のために全員が頭を寄せ合わせて悩んでいるこの光景を見たら、一体何と言うだろう?
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