宝島
コック×ミカン
厄介なんだよ「好き」ってのは
「好き」になったらどこへも逃げらんねぇからな
相手に縛り付けられちまう
…クソつまんねェ…
「ナミすわーん!」
彼はいつもニコニコ嬉しそうに彼女を呼ぶ。
「おいルフィ、もうちょっとしたら港に付くんだからあの万年発情バカコック、動けないように縛っとけ。またナミ連れて消えるぞ」
目つきの悪い長身の男は、船の舳先でのんびりと微睡んでいる麦わら帽子の少年にそう言った。
「知らん。眠い。」
そう少年が言うと、階段を癖っ毛の男が上がってきたのが見えた。
「なあルフィ、どうもここには面白いもんが転がってるみたいだぞ」
「ウソップ、ここには二日も停まらねぇんだ」
呆れたように長身の男は自分の腰の三本の剣に手をやった。どうやら会話するのが馬鹿ばかしいと思ったのだろう。
「そこがゾロの読みが甘ぇとこだな。俺がここ数日ずっと地図とにらめっこしてたのはなんでだと思うんだよ」
「なあウソップ、面白いもんってなんだよ」
麦わら帽子の少年…ルフィ…は、ひょいと起き出してウソップに聞いた。
「…それは、これからの返事次第では教えらんねぇな」
「何だよ、くいもんか?」
「…お前ホントにソレしかねぇのか、頭の中…」
*************
「あれっ?あの二人は?」
ショートカットの可愛らしい少女は、隣にいるゾロという名の剣士に聞いた。
「何だ、聞いてなかったのか?あいつらはこの島に捜し物があるんだと。」
ゾロは面白くもなさそうに、ざわざわと人のひしめく商店街をゆっくり歩いている。
「ふうん、この島になんかお宝でもあるっての?」
「さぁな…興味もねぇ」
ゾロはちらりとナミのすぐ後ろを見た。金髪のコックはぼうっとナミの後ろ姿を見ている。機嫌が悪そうにも見えた。
「…俺はもう飯も食ったし船に戻るが、お前達はどうするんだ?」
わざとらしくゾロがナミの方へ顔を寄せると、後ろの刺すような視線が一層強くなった。ゾロはそれに少し忍び笑いをした。
「そうねぇ、取り合えず水と食料は明日ここを出る間際に買うし、今日はどこの店が一番安いか見てまわるだけってとこね。」
ナミは思案顔でそう答えた。
「…ならボディガードはコックにやらせるんだな。
危ねぇ場所にこのじゃじゃ馬が行きそうになったら止めるんだぜ」
振り向くまでもなくコックがどういう顔をしているのか想像が付いたが、ゾロは敢えて振り返って顔を確かめるように言った。
「言われるまでもねぇ、とっとと消えろクソ野郎」
サンジはひどくゾロを睨んで、くわえ煙草を地面に飛ばした。
「ちょっとサンジくん、さっきから何?機嫌悪いわけ?ずーっと黙っちゃってさぁ、あげく開口一番がそれ?」
くるっと振り返り、少し怒ったようにナミはサンジに言った。
「機嫌が悪いなんてそんな!…おれはあなたのお側に居ると感動して言葉がつまっちまうんです。」
くるっと和やかな表情のままうやうやしく一礼して、ナミに向かって微笑んだ。
ゾロは「よく言うよこのコックは。さっきからおれがナミの横に居るだけですげぇ目付きしてたクセによ」とか思ったが、面倒くさいので何も言わなかった。
「じゃあオメェに任せた。」
そう一言云って、ゾロは人混みの中に消えてしまう。
それを少しの間満足そうに見ていたサンジは、大げさに振り返って
「さてナミさん、まずは何処から?」
と聞いた。
「そうね、一番最初はサンジくんが気になる食料品店から責めましょうか」
*************
「なに?まぁだ帰ってないの、あの二人」
部屋を見回すようにしてナミが呆れ顔で言った。
「ホレ、書き置き」
ゾロが投げて寄こした紙切れには、ウソップの字で『すげぇもんが見付かった。今日は帰らんが、明日の朝にはそこにいるから安心するように キャプテンウソップ』と書かれていた。
「何よ、すげぇもんって」
「俺が知るわけねぇだろうが」
ゾロが殊更だるそうに足を組み換えて、また目を閉じた。
「それはいいけどさ、船の舳先の方にくくりつけてあるあの人達は何なの?」
ナミはひょいとさっきから気になっている方に視線を向けてゾロに聞いた。
「船に忍び込んでた連中さ。遊んで欲しそうだったから遊んだまでよ」
頭が痛くなるのを感じ、ナミはサンジに縄を切ってやってと言った。
「おいおい、あのままで切ったら身動き取れないまま海に落ちるぞ」
自分でやっといて何だが、ゾロはナミの過激な発言に顔を上げた。
「知ったこっちゃないわよ。人の船を漁るような奴に文句言う権利ないわ」
「ナミさんはお優しい!」
サンジはにーっと笑って、5人の体重の掛かったロープに煙草を押し付けた。
ジリジリと緊張したロープが焦げていく匂いがする。
「たっ頼む!落とさないでくれ!死んじまうよぉ!!」
「俺泳げないんだ!」
口の利ける二人がサンジに涙ながらに命乞いをする。しかし勿論サンジは煙草をロープから離そうとしない。
「悪ィなぁ、この船で彼女の命令は絶対なんでね」
ギチギチと嫌な音がして、ロープは派手に切れた。数秒間叫び声がして、大きな水の音が聞こえた。
「こんな感じで如何ですかナミさん」
「ったく、ナミの奴隷かお前は」
ゾロは呆れたように立ち上がって船室の自分の部屋の方に歩き出した。
「あら、どこ行くの?」
「寝る」
「今まで寝てたんでしょぉ」
「おれは1日の半分は寝てないと肌の調子が悪いんだよ」
「猫かあんたは…」
ドアが閉まると同時に、ナミは振り返ってサンジを見た。
「サンジくんはどうする?あたしはこれから航海日誌付けるんだけど。」
「さて、偉大なる航路の夢でも見ながら眠りますかね」
ぷかりと煙を噴き上げながら、気楽そうにコックが言った。
「そう。じゃ、今日はアリガト。お休み」
ナミはそう言ってにっこりと笑って船室の自分の部屋に向かった。
その後ろ姿を見ながら、サンジはやっぱり可愛いなぁとか思ったかも知れない。
*************
「誰?」
ナミはバスルームの窓に向かって言った。彼女の砥ぎ澄まされた感覚は、夜の海の波の音にまぎれた微かな物音を敏感に捉えたのだ。
「…お、おれは別にそんな気なかったんですよ!おれがここで寝てたら、ナミさんが後から風呂に入りに来ただけで…全く覗こうとかそういうことは!」
「なに、サンジくん屋根にいるの?」
ナミは屋根を見上げ、少し声を大きくして訊いた。
「は、はいっ」
「…怒らないけど覗いたら殺すわよ」
「…イエッサー…」
ナミは天井を見上げて覗き穴がないことを確かめると、バスタブにゆったりと浸かり、目を閉じた。
「サンジくん、これから先、偉大なる航路まで長いけどよろしくね」
「それはもちろん。」
ホッとしたような安堵の声でサンジが返事を返す。
「…そこから何が見える?」
「海が見えます。月も。」
「何を感じる?」
「潮風、波の揺らめき、シャンプーの香り、あなたへの愛です」
「何が聞こえる?」
「波の音、あなたの声、自分の心臓の音」
「…詩人ね」
「好きなんすよ、こういうの」
「感傷的になるのが?」
「…色々思い出すから、夜ってのは。」
「サンジくんの言葉って、軽いように聞こえて重いのね」
「迷惑?」
「そんなことないわ、サンジくんの言葉、あたしは好きよ」
「…光栄で。」
「サンジくん、あたしホントは弱いのよ。」
「…………」
「弱くてたまんないの。」
「女性ですからね」
「…違うのよ。」
ふっと笑って、ナミはそれ以上何も言わなかった。サンジもそれ以上何が言えるわけでもなしに、黙りこくるしかなかった。
サンジはナミの弱さが何であるかよく知っていたが、それをナミに言うつもりはなかった。言ってしまったら、自分の好きなナミが消えてしまうような気がしたからだろうか。
「ナミさん」
「なあに」
「おれ、口は上手いけどそんなに言葉使うの上手くないんだよ」
「知ってる」
「だから、いいセリフ思いつかないんだけど」
「…いいのよ、上手に言わなくて」
「そういうナミさんの弱いとこも、好きだな」
それを聞いて、一瞬きょとんとしたナミはくくっと笑う。
「アリガト、嬉しいわ」
サンジは、何だかこの年下のマダムに完全に捕まってしまったと思った。そして、こんな風に捕まるのも特に悪くねぇな、と思った。
*************
「ねぇ、ルフィとウソップは?」
「帰ってない」
ゾロは横目にナミを見てソーセージをぱく付いた。
「何かあったのかしらね」
「心配ないよ、どうせそのうちひょこひょこ帰って来んだろ」
ナミの好きなオレンジジュースを三つ器用に持って、サンジはナミに渡し、自分の席に着いてからゾロにも渡した。
「あたしが心配なのは無駄な時間を過ごす事よ。」
「まぁいいんじゃねぇのか、偶にはのんびりもよ。」
「ったく、頼り甲斐のないキャプテンねぇ。」
「こりゃもう一泊決定だね」
嬉しそうにサンジは言った。
港にいれば水は底をつかないから、ナミさんも毎日お風呂に入るんじゃないかなとか、淡い期待を抱きつつ。
「そうだコック、お前何でさっき風呂の屋根に枕持っていったんだ?」
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