ナミのはなし
泣く男を慰めながら
(それは涙でドロドロの歪む顔をこちらに無理に向けて)
冷静にその涙の理由を一つづつ解体して理由を貼り付けて
その数々に多角度から丁寧に慎重に
慰める。
涙が止まり
水分が蒸発して
塩分を拭き取ると
胸に頭を預けられながらに
死ね、と思った。
愛のしるし・愛してるし
(或いは「重複修辞」)
喧騒から覚めてぼんやりしながらベッドの中でぬるくなったオン・ザ・ロックのなれの果てをすする。覚醒しゆく脳細胞がようやく先程の状況を把握しだした。
「あー…煙草吸いたい…」
どちらかというと嫌煙家で、そもそも煙草なんかまともに吸ったこともないのだが、この痺れた頭の感覚を騙すにはぬるく薄まったロックより煙草が一番合っているような気がした。
あたしって陳腐なんだわ。
きっと陸に住んでたら悲しくなると海を見に行くんじゃないかしら。そんなくだらないことを思いながら薄暗い真夜中の甲板に出て小雨に打たれながらキャミソールと下着のまま薄いロックをすすっている。
霧になってきた雨粒を被りながらぼんやりしていると、耳元でささやくあの声が今だ肌を這っているような気がして身震いした。
あいしてるあいしてるあいしてるあいしてる
気狂うトートロジー。
本当に愛してるのは自分自身のくせに、何度も何度もそんなこと言わないでよ。まるで洗脳されていくみたい、それがもしかしたら真実なのかもなんて思い始めたりしたら地獄。だから必死で抵抗するわあたし。地獄はもうたくさん、夜中起き出して拳銃握り撃鉄起こしてあなたの眉間に当てて「愛してるって言わなきゃ殺す」って言った途端に引き金引いたりするのはうんざり。
そういいながらあなたを抱くのはなぜかしら。
あたしが煙草が吸いたいのはきっと自分をみすぼらしく飾りたいから。あなたの吸う銘柄じゃなくて、もっと安っぽくてどうでもいい、ニコチンなんかほとんど無いような、屑みたいな紙煙草。その煙に巻かれて脳みそや肺を灰色に染めたい。
いっそセックスの為だけに抱けるのなら楽なのにとロックをもう一口。
男はいいわよ、やって出してスッキリ。ああ男に生まれたかった。
でも男はそうしてなきゃ溜まって溜まって生きてけないって誰かに教わったわ。男は作ってやって出して、そんだけの価値のため、せっせせっせと工場やってるしかない。女には敵わない。
女も大変なのよと口をはさんで、受け止めて発酵させて精製しなきゃなんないの、下手すればラッピングや出荷まで全て。で、その出来上がって製品で価値が決まるの。決められちゃうの。そんなことを言い含めた。誰かは笑って、まるで清酒工場だねと言った。
急に後ろで声がした。
「な!なんちゅう格好してんだよ!」
「なによ、こんな時間に」
「お前が部屋から出てくから何事かと思って出てきてやったのにその言い草はなんだ!」
「べぇっつに頼んでないわよーだ」
「あ、おめぇ酒飲んでんな!この不良航海士!とっとと部屋帰れ!服を着ろ!お前が風邪引いたら俺達が困るんだよ!」
「…優しいわね、あんた」
「なに言ってやがんだ、情緒不安定の酔っ払いはこれだから嫌だ、とにかく服を着ろ!」
「あたしあんたのこと好きになればよかった」
「俺はお前を甘やかしはしねぇし、甘やかされもしねぇから付き合ったって面白くねぇよ!」
「……ふん、さらっと返せるようになったんだ。カッワイクなーい」
ばぁかどんだけからかったと思ってんだいい加減慣れもするわ。彼がそういってあたしを部屋に押し込んだ。
ベッドを見ると、もうあの人は居なかった。
仕方なくまだ暖かいシーツに霧雨に濡れたまま包まった。
次の日の朝食は、ジンジャー入りのおかゆだった。
意味もわからぬ涙が出た。
18:03 2003/06/18
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