I don't care.
サンジとナミとゾロ
おれは生かすのが仕事で
あのバカは殺すのが仕事で
彼女は下らなく死にたがっている。
……彼女が死にたいわけ?
そんなのおれに分かるわけねェよ。
おれが彼女を好きなわけを
彼女が分からないのと同じようにね。
飯を作っていると、足下でひどい怒鳴り合いの声が聞こえてきた。
おれは何事かと慌てておたまを持ったまま覗きに行った。気のせいかその怒鳴り合いは今まで聞いたことないほど険悪な雰囲気で、当事者と原因は何かと下世話な野次馬根性を発揮してみた。
意外。
珍しくゾロがまるで本気みたいにナミさんを怒鳴りつけている。
ナミさんはナミさんで顔を真っ赤にしていつもの冷静さなど微塵もなく、ただ感情をむき出しにしたガキみたいに怒りまくっている。
二人があんまり本気になって怒鳴り合いをしているので、おれ以外にもルフィ、チョッパー、ウソップ、ビビちゃんとカルーの順番で集まってきた。
「…一体何事なんだよ、ウルセェなぁ」
ウソップが読みかけの本で耳を塞ぎながらおれに目配せをしたので、おれは声には出さずに「こっちが知りてぇよ」と口を動かした。
「どうせナミの肉をゾロが食っちゃったんだろ」
ルフィが面倒くさそうにアタマの後ろを掻きながら言った。
『オメェじゃあるまいし』
綺麗にハモったおれとウソップのツッコミが同時に入る。
「ナミがこんなに怒ってるの、はじめてみた」
チョッパーがナミさんを見ながらびっくりしたように目をぱちくりさせている。おれは溜め息混じりに「女性っつーのは色んな顔を同時に持っているもんさ」とくだらねェ説教をたれた。
ビビちゃんはオロオロ右往左往している。……無理もねぇわな、こう毎日毎日立て続けに問題起こる船は普通じゃねー。
二人の意味不明の怒鳴り合いはそれから3分ほど続いて、最後はいつも通りゾロがふいとどこかへ消えて終わった。何かの儀式みたいな命がけのやり合いが。
おれたちはそれが本当に終わったのを確認し合ってから、昼寝と読書と夕食の仕込みにそれぞれ戻った。
……ここまでは、いつもとそう変わった事じゃなかったんだがね。
その後が悪かった。
二人とも部屋から出て来やしねェ。
「いらねぇんだとさ、ゾロ」
おれは使いにやったルフィがそう呆れたように自分の席に腰を下ろしたのを見て、ナミさんの所に使いにやったウソップが同じ様な顔をして帰ってくるのが容易に想像できた。仕方がないので取り敢えず、ゾロとナミさん以外の連中に飯を食わせる。
「……んなんだよ、クソ剣士。」
「いつものことだ、その内飽きてメシ食いに上がってくらぁ」
ルフィが悟ったような口調で自分の皿の上に載っているフォークで魚のフライをつついた。
「ナミはメシを持ってこいってさ、行ってこい専属召使い。」
ウソップがのんびりとキッチンのドアを開けておれにそう言った。
「…一緒に食ってくる。……バカ剣士の分もう全部くっちまえ。」
二つトレイを持って、おれはくわえ煙草のままキッチンを後にした。
ドアが閉まる前にルフィの声が聞こえた。
「……チョッパー、後でゾロ診てやってくれ。怪我……」
「姫様、お食事に御座います」
……………………。
「……返事もナシ、と」
床ドアの取っ手を足で引き上げて中の様子を伺う。いつも通りに机に向かって羽根ペンを動かしているナミさんのアタマが見える。
「姫ー、入ってもよろしいですかー」
「どうぞ。」
振り向きもしないで素っ気ない声。……クソ機嫌悪ィー……
「今日はトマトピューレ添えのフライですよー」
「置いとて、後で食べるから」
「……姫ー、冷えますよー」
「…………今忙しいのっ」
「…ひめェー…」
「さっさと……わーかったァ食べればいいんでしょう、食べれば!」
ずいぶんカリカリした様子で机をばんと叩いて立ち上がったナミさんは、つかつかとおれの座っているソファまで来て、どすんと座った。
まるで親の敵みたいにばくばくと無言で食べて、おれはその横で呆気にとられながら自分の分の皿に載ったサラダを食べていた。ナミさんの顔にソースが付いている。……なんという品のない食べ方…ジイは悲しゅうございますぞ姫……
「ほらっ食べたわよ!」
そう言ってナミさんはまた机に向かってペンの動かし始めた。おれに背中を向けて。
おれはまだ食べ終わってなかったし、せっかく食べながら事の顛末でも聞こうかとの企みがパーになったので、大人しくメシを食っていた。
「聞いてよサンジ!あいつったら最悪!」
急にナミさんが堰を切ったように話し始めた。おれに背中を向けながら、まるで男部屋に向かって話しているみたいに。
態度がどうだとか、顔を合わせる度に嫌味を言うだとか、ぐーたらぐーたらしていて良くないだとか、たまに書類の整理を手伝えと言ったら怒るだとか、刀を触ろうとしたら殴られただとか、そういう話をずーっと20分くらい怒鳴っている。
「女性に手を挙げるなんて最ッ低!ねえサンジ!」
「ええそうですとも、あのクソ剣士は礼儀も教育もなっちゃいねェ傲慢な低脳のトンチキ!まったくなっちゃいません」
おれは振り向かないナミさんに適当に賛同しながら、魚のフライをもごもごとやっている。……ちと塩がきつかったかね。
「そういう事するから罰が当たって自分の刀で自分の手ェ切ってんのよ、ハッ!いー気味!」
おれはそういって本当に意地悪そうな顔をしているだろうナミさんの背中を見ながら、食器を片付けて、トレイを重ねて、テーブルを拭いて、席を立った。
「姫、じぃは片付けがありますのでコレで。くれぐれもお体冷やしませんように。」
「…え?」
ナミさんが意外そうな顔をしておれを見て、間の抜けたつぶやきを漏らした時には、おれは階段を上りきっていてドアを閉める直前だった。
……………………………おれってとことん報われねェのな…損な役回り……
「……どうしたよ」
「どうしたもこうしたもねェさ!」
ウソップが皿洗いをしているおれの後ろから声を掛けて、おれはいつもより乱暴に皿を洗っている。
「あーもうなんでナミさんは真実の愛に気付かねェかな!」
イライラしてくるぜ、何だあのアホ剣士は。言やいいじゃねェかよ。ありゃ妖刀で、ウカツに触ると怪我するから触るなっつってよ!ビビちゃんに言ったみてェに!何だあのアホは。脳味噌腐ってんじゃねェのかよ!
「だかぁら、それがゾロのやり方なんだろ、多分」
「……ハァ?」
ウソップがナフキンを取り出して、洗い終わった皿を拭きながらつまらなさそうに言った。
「ナミは敏感だからな。そういうのに『引き寄せ』られ易いんだろ。
妖気っての?おれはよくわかんねェけどそういうの。あの刀……鬼徹?アレさ、調べたら結構ヤベェもんでよ。持ち主死にまくってんだ。
知らねェ方がいいこともあるんだろ。人が死ぬの怖がってる奴ほど、引き寄せられやすいんだそうだ。この船で、一番死に近いナミは特にだ。」
すっかり手の止まっているおれにウソップが、早く次の皿を渡せよと言った。
「……ああ、うん。」
「時々聞く。……言うなよ、おれが喋ったって。
あいつドロボウやってただろ。やっぱ修羅場踏んでてさ。多分この船で二番目に人の生き死に良く知ってると思う。危ういんだ。ゾロほど強くねェ。ルフィほどしなやかでもねェ。全部受け止めてて、要領よく流すの、出来ねぇんだよ。
そういう奴ほど『呼ばれる』んだ。ゾロはそれ知ってんだよ。
だから教えねぇし、触らせない。
知らなけりゃ意識しねェから、『呼ばれる』こともねぇ。」
シャボンの泡がじゃぶじゃぶと排水溝に流されていく。おれはそれをじっと見てる。自分の手に付いた泡をすっかり水で流して、良く手を洗った。排水がどんどん流れている。おれは煙草の灰がぽろりと落ちたので、ソレが排水溝に流れていくのさえじっと見ていた。
「……おれなら言うね。
『呼ばれる』?おれが取り返してやるよ、ずっとだ。永遠に、引き留めてやる。
ナミさんが考えて判断すればいいし、無知は知った後に残酷だぞ。知ってさえいれば」
その言葉を遮ると言うよりは、否定するようにきっぱりとウソップが言った。
「…そこがおめェの甘いとこだな。
お前が居ないときは?目を離した隙にやられたらどうする?ナミが自発的に行っちまったら?
知らねぇ事の方がいいこともあるんだっつの。」
いいか、オメェは生きて、生かすのが仕事だろ。他のことは考えるな、ただナミを生かすことだけ考えろ。あいつを救おうだなんて考えたって無駄だ。あいつは誰にも救えない、ルフィにさえだ。ただ生かすことだけ考えてりゃ死なねぇ。あいつは誰かが生かしてねぇと死んじまう。ナミの命はオメェが握ってんだぜサンジ。それだけ言うと気が済んだのか、ウソップはキッチンから出ていった。
くれぐれも深入りするな、ただあいつが死なねぇように側にいてやりゃそれでいい。ゾロには出来ねぇんだから、と念を押して。
「…解ってんだろ、演技って。あんまり追い詰めてやるなよ」
バタン。
扉が閉まる。
言葉を遮るように。
……ウソップが言ってるこたァ解る。
でもな、解るかウソップ。
子供みてぇにさ、ゾロの気を引きたくて仕方ねぇ……っていう、そういうの、演技でも見せられるおれの気持ちはどうしたらいいんだよ。
ゾロが相手にしようがしまいが関係ねぇ。
クソ。
クソ。
クソ。
あのアホ剣士。
死にたいんだったら勝手に一人で死にやがれ、ナミさん連れてくなクソ剣士。
ナミさんは、おれと生きるんだ。
誰が死なせるか。ふざけんな、テメェ一人で死ねよ。
同情なら死ぬほどしてやるから、一人で勝手に死にやがれ。
彼女の部屋。
何故おれが居る。
…呼ばれたから。
珍しいこともあるもんだ。
滅多に男を部屋に入れたりしないのに。
「アンタみたいな意気地なし、怖くなんかないわ」
そう言われてムキになるのも馬鹿馬鹿しいし、おれは無言で指定された場所に座る。
ナミさんがおれの目の前で腕組みしている。
おれはそれを見ながら、何を叱られるのかと内心ドキドキしていた。……思い当たるところが多過ぎだ。
「あー……あのね、何でもないのよ。」
「……何が?」
「だからっ……さっきの怒鳴り合い。」
「…………はあ。」
「確かに私は殴られたけど、すっごく痛くて精神的に負担になってもしかしたらこれがストレスになって寝込んじゃうかも知れないけど
平気なのよ。」
意地悪そうに彼女はこれ以上ない程にっこり微笑む。
おれはその笑顔が居心地悪くて、話を変えた。
「……どこ?何処殴られた?」
「ここ」
そう言ってナミさんがおれの目の前に右手を差し出す。そう言われれば、ほんの少し濃い桃色になっている手の甲を見て『コレは殴られたと言うよりも手を払われたの方が正しいんじゃないか』と思ったが、口には出さなかった。
「別に売り飛ばそうとかした訳じゃないわよ。ただどんな価値があるのかなーと思って品定めを」
「……鞘から、抜いたのか?」
「あったり前でしょう。刀剣は柄の中を見なきゃ銘が解らないんだから」
まるで、なんと愚かな事を聞くんだと言わんばかりに、彼女は胸を張って答えた。
……………………そりゃ怒るわ。アブネぇな。
「……ナミさん、あの刀……
いや、何でまたあの刀を見ようと思ったんだ?他に二本もあるのに。」
おれはすんでの所で言葉を無理矢理飲み込んで、言い方を変えた。
「なんでって……高そうだったから。」
「他の二本だって決して安いもんじゃねぇぜ、多分。素人目から見りゃ、あの白柄の刀の方がずっと立派に見える。」
するとナミさんがちょっと考えるような顔をして、少し黙った。
「なんとなく、かなぁ。ほら、黒くて綺麗だし、他の2本より手入れされてるみたいじゃない、ぴかぴかで。
だからじゃない?あとは勘ね。何となくあれが一番良さそうに見えたのよ。」
……ぴかぴか?あの血で薄汚れたみたいな、近寄るだけで不安になりそうな禍々しい刀が?
急におれは落ち着かなくなってきた。
おいおい、まさかウソップの話、いつもの冗談じゃねぇのかよ。なんだ、マジであの刀は『呼ぶ』のか!
「いつもはゾロが持ってるから触る機会無いけど、昨日はたまったまゾロが置き忘れてたのよね。
今まで気が付かなかったけどなかなかいい代物よ、あれ。きっとどっかからかっぱらってきたんだわ。あんな良い物無一文のゾロが買えるわけないもの。」
人にはドロボウなんかヤメロとか言うくせに、自分はどうなのよ、あったまきちゃう。ナミさんがそんなような事を一人で怒っているのを頭の隅で聞きながら、おれは本当に、無意識で呼ばれている目の前の女の子が恐ろしくなった。
この華やかで明るく陽気な人間が、呼ばれている。死を招く刀に。
「…………あ、あのクソ刀はもう触らねぇ方がいい。
今度は、手をはたかれるくらいじゃ済まねぇぜ……おれァ…、ちょっと……あのクソ剣士にヤキ入れてくる」
止めるナミさんの声を聞かない振りをして、おれは大股で階段を上り、一目さんでゾロがいつも昼寝をしているみかんの木の側に駆け上がった。
頭の中が、白色だ。
キョロキョロ甲板を見回すと、腕を組んで座ったまま目を閉じて眠った剣士を見つけた。
「……おい、起きろ剣士。」
「…………………………。」
「こらオイ、起きろよクソ剣士」
「……うるせえなクソコック。昨日の見張りで眠いんだ、起こすな」
「聞きてぇ事がある。おめぇの刀のことだ」
「……あー?」
手短に、さっきナミさんの部屋で聞いた話を要約してゾロに話した。話の最後は質問で締めくくる、本当にそれは妖刀なのか、と。
「…………そうだ、この剣を譲ってくれた店の店主が言ってた」
短くそれだけ言って、ゾロはまた目を閉じた。
「テメェ……そんなクソヤベェモンこの船に持ち込みやがって…!
もし万が一のことがあったらどうしやがるつもりなんだ!何かあってからじゃ遅せぇんだぞ!!」
おれがそう怒鳴ると、疲れたような顔をした剣士は、ゆっくりと言った。
「いいじゃねぇか、本人がそうしたがってるんだからよ」
実に素っ気なく本当にどうでも良さそうに剣士が言うので、おれは呆気にとられてしまった。全く興味も価値もなさそうな、つまらない話をするように剣士は言うのだ。
「…て…めェ、そりゃ、一体……」
言葉を詰まらせるどころか、きちんとした発音にならねぇ。まるでしゃっくりの途中に無理矢理喋るような声になった。
「……おれはおれの仕事をする。テメェはテメェの仕事をしろ。
あの女が望むのならおれは止めやしねぇ。理由がねぇからな。
テメェの仕事とおれの仕事、さてどっちがあの女にとって重要かねェ」
バカにするような巫山戯た口調で珍しくゾロが挑発した。
…………んのクソ野郎……!
「おっと、くだらねェ怒鳴り合いもやり合いも無意味だぜ。何たって決めるのはナミだ。
がめつい女神の天秤におれ達二人は載せられてるのさ」
薄く唇の端を持ち上げて、あの女にゃ興味ねェ。ただおれが手を下して船長に殺されたくねぇだけだ、と立ち上がって何処かへ消えた。おれはその後ろ姿も見ず、ただ鬱々と、届かない自分の手を見つめていた。
「………………バカね。何で抱いたりするの」
「これしか思いつかなかった。……バカだから」
薫らす煙草の煙が、まるでそこら中の景色を磨りガラスのように阻む。
もう何度目だったか忘れた。でも初めて抱いた。彼女を。
耳に残る荒い息が今だ遠くに聞こえるような気さえする。
体中薄い傷だらけの彼女は、壊れやすいガラス細工のような身体をくねらせて、しなる弓のように軋んだ音を立てた。
その身体を抱いてしまって、泣きたくなる。この細い身体で今まで生きてきたのかと。
おれが少し力を込めて抱きしめたら、軽い音と共に折れそうだ。
生きてる。生きてるのに
……わざわざ死んでどうするんだよ
今まで耐えてきて、やっとこれからって時に
死んでどうすんだよ
そうの歯の裏まで浮き上がってきた言葉を、何とか押しとどめようとするのに必死で、おれはそれ以上何も喋れなかった。
ナミさんが、そんなに必死にここにいて欲しいってなりふり構わない奴が居るんじゃ、うかうかしてらんないわねぇと、そういうようなことを言った。
身体をつなげて、ナミさんが死にたがっている理由とぼしきものを見つけた。
おれと同じだ。
自分が愛されるなんて信じられない。
ただそれだけ。なんと単純な行動原理。
おれは引き剥がされた甘えから、彼女は罪悪感と自己嫌悪から。
おれは死なない。何故ならば生きて、生かすことが仕事だから。これがおれの存在理由。
彼女は無意識に、でもためらいなく死に進む。おれはその潔さとしがらみの薄さを多少羨ましいとさえ思う。
くだらねぇ所ばかりおれ達は似ていて本当に嫌になる。ナミさんにこれだけ執着しているのは、多分愛憎入り乱れだからだ。好きな分、正比例して吐き気がする。
「……わたしの為に死んだお母さんのために、私は死んじゃいけないの
生きて、生きて、生き抜かなきゃならないの。……だから、平気よ。
こんなことしなくたって」
ラジオから流れる明後日な声に似た雑音を聞きながら、だから、そんな無理ばかり続けてるから『呼ばれる』んじゃねえか、このバカ。……と心の中で罵った。
気付いているのかいないのか、おれにはサッパリわからねぇ。ねぇアンタホントはどうよ?死にたいの?死にたくねぇの?
それこそ死ぬほど聞きたかったけど、おれは何も言わない。
でも多分、この女は“殺されたい”んだなぁと思った。
他でもない、あの剣士に。
……何故?ちっとも自分に似つかねぇからさ。
そんで、おれみてぇに全力で止めようとしねぇ分、楽なんだ。
たとえその楽さが、自分を殺したって構わないんだろう。そんであのアホ剣士はそれを咎めたりさえしねぇだろう。
……クソ、キチガイじみた悟り開いてンじゃねぇよアホ剣士。
「……ちから、抜けよ。もう痛くしねぇから」
「ちょっ…、またすんの?」
覆い被さるようにするおれのカラダを決して拒まずに、ナミさんは少し嬉しそうな声で見当はずれな事を言った。
「……………………ちげぇよ、ばぁか」
おれの見当はずれな忍び笑いが、少し浮いているような気がした。
ぼんやり煙草の煙がまっすぐ天に吸い込まれている。
月を見ている。
もうすぐ見えなくなりそうに細い月。
剣士が横になっているその側で、おれはぼんやり煙草なんか吸いながら手すりに寄りかかって、月を見ている。
風は全くなくて雲もほとんどなくて、ただ薄い月と星だけが光源。
見張りの意味のないような格好の剣士は、船首からちょっとだけ外れて立っているおれに一言、頼む、と言った。
おれは、解った、と言った。
お前は好きなようにしろ。何処へでも行け、かわいそうな剣士。
で、お前は好きなのか、ナミさんが。
でもそう聞いたら、きっとこういうぜ。
『It is not very important.』(それはあまり重要でない)
おれだってどうでもいいさ、テメェのことなんざ。
I just don't seem to care about anything anymore(なんだかすべてがどうでもよくなった)
I just don't seem to care about anything anymore
I just don't seem to care about anything anymore
過去の妄想にケリを付けるまで、おれはライ麦畑で見張り番。
イタズラしようとするクソや、断崖絶壁から守ってやる。
「……わざとだ、あのクソ女。
ワザとああいうことをする。
ちっとも素直じゃねぇ。」
吐き捨てるようにそれだけ言って、後はかすれた声で「クソ女」と腹立ち声。後は波の音だけで静かになった。
ゾロの手に巻き付いている血の染んだ包帯が、大層同情を引いた。
だがそれもA meaningless thingさ。(無意味なこと)
I don't care.=どうでもいいわ。
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