補力=intensification=
サンジ
その日はなんと言うか…そう、空が晴れていて風が強く吹いていてそれはそれは実に爽快だった。
爽快だからといって気分がいいとかそういうのとは別に無縁だけれど。
夢を見た。追い掛け回す夢だ。当然、彼女を。彼女が逃げ回る。俺は追いかける。必死の顔で走り回る。俺の足は長くて速くて、だからすぐにでも追いつくはずなのに。おかしい、こんな筈はないと足を動かす。それでも追い付かない。何故だ。
手に握った芋をむく。ぼたぼた落ちていく皮が脚の間に挟まれたバケツの中に小さな山を築く。灰色と赤茶色とクリーム色でまだらの小さな山だ。その山は土と芋と血の匂いがした。ふと手を見ると赤色だった。痛みも無く手を切るなんてことがあるだろうか?俺は海の一流コックだぜ。ぼんやりと手を見る。やはり間違いなく手のひらは真っ赤で、思い出したように小さなしずくが落ちていた。
マストが急にばたばたとなびいて、耳が音を拾いだした。ようやく周りを見るだけの考えが頭を巡って、辺りを見回すと水平線は360°のパノラマで、風が吹いていた。
風が吹いていた。
パノラマの中に、手を血で染めた男が、切れの悪いナイフを持って。
ナミさん、なみサン
名前を呼んでも返事が無くて、それは当然なのだが。
不必要にうすらでかい自分の手をばかばかしいと思った。あんな小さな手を掴むことも出来ない役立たず。
口の中にじわりじわりと立ちのぼってくる唾液のなんと不愉快なことか。この不快さを彼女も味わっているというのか。時間をかけ、満ちてゆく拷問。
似すぎていればいるだけ停滞は心地いいだろう、しかし発展はない。
ただいつまでも側にさえ居てくれればいいのに。それだけで多大な発展だ。
……途中で逃げ出した俺には言っていい言葉でも聞かせていい言葉でもない。
手を見る。血が流れている。
まだ。
まだ。
まだ。
チョッパーを呼ぶ。近ごろ俺らは仲良しで、言われたままにクスリも止めた。
途中でロビンちゃんが廊下を歩いていたのに気づいたので俺は隠れた。
この手を見せない。
その日は空が晴れていて風が強く吹いていてそれはそれは実に爽快だった。
甲板に誰も居ないのも爽快だった。
爽快だった。
くたばれ、我に爽快を与えたもう空に満ちる神々よ。
最後は
どうか
…幸せな記憶を…
補力……写真で露出または現像が不十分なために 原版の画像が淡いものを 特殊な薬液に浸して濃くすること。
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