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魔女と貴公子
ああ脳味噌が煮立つ。
目が痛い。
頭痛がする。
ずっと微熱が続いている。
空が紅い。
船は遠く、浜の風が吹き込む部屋。
少女趣味なレースのカーテン。
ルフィのことを思い出すよ。あの脳天気野郎は今どこにいるのかな。
ウソップのことが頭にちらつくよ。ホラ吹き少年は今なにしてる?
ゾロのことが脳裏に浮かぶよ。酒飲み剣士はいま誰と居るんだろう。
目の前にいる彼女。
腕の中にいる彼女。
これは何だろ、恋かな。
そうだといいな、そうだといい。
唇が淋しい。……煙草吸いたいな……
脳味噌が煮立ってちゃんとものが考えられない。
何も考えられない。
(本当は考えたくないんだ)
見ているものが異常すぎる。感触の感度計の針が振り切れていて、目盛りが読めない。
人はどこへ行った?
あいつらみんなどこに行った?
おれは何でこんな所に居るんだ?
こんな所で、こんなことして、なんでだ?
気が狂いそうだ。
狂う気がする。
午前三時の狂気。
彼女と一緒に地獄の底で微睡みを食べていた。
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遠い空。
近い星。
夜の浜。
静かの海。
1人で歩いている。てくてく歩いている。
陸の好きな海賊。地に足が付いてると怖い。ふと思い出す、過去。死ぬこと。
金色の髪。誉めてくれた女はいくら居たっけな。
青い瞳。死ぬまで飽きずに眺められるとうそぶいた女も居たな。
高い身長。側に並びたがる女に何度キスしたんだっけ。
その中のどれにも居なかった。
ナミさんが。
だからおれは今まで本当にこうしたいと思ったことはないよ。
ホントは服を脱ぎたくないんだ。
でも今日は脱ぐよ、どうせ痛い思いするなら君がいい。
「……どうしたのよその身体」
「おれにはこういう癖があるのさ、こんな男でもいいかい。抱かれてくれるかい」
もう痛みはたくさんだ。もういい。もう血は流れなくたっていいから。
どうせ流れるなら、せめて君のナイフで
どうせ死ぬのなら、せめて君のナイフで
「あなたの今まで抱いてきた女の一人になりたくないわ」
伏せた目。背中に見える我らが海賊船が入り江に停まっている。
帰ってきた彼女。
新しい彼女。
始まる彼女。
ようやく生まれた人間。
笑う女。
心から。
そんな女になら、殺されたっていい。
この人間になら、犯されたっていい。
「……笑うなよ…
……実は『まだ』なんだよね、おれ」
「………………………………………………は?」
ナミさんの目が急に点になった。
「……いやだから……」
「…冗談よね?」
「いえマジで。」
「嘘」
「ホント。」
「本当に?」
「本当」
「…………いくつだっけ」
「19」
「……うそよね?」彼女はもう一度聞く。
おれはもう一度答える「本当だってば」。
しばらく彼女が考える格好で固まってしまった。
「……初めてでこんな誘い方するの?」
「なんかおかしい?」
おれはにっこり笑ってみせる。幸せの放射能に射抜かれて笑っている。
怖くない。幸せの催眠がかかっているから。
「…百戦錬磨のプレイボーイの誘い方だわ
ご飯食べて、お酒飲んで、散歩して、話して、キスして、にっこり笑いながら遠くに連れ出して」
呆れた顔で彼女が今までの経過を指折り数える。
「今まではキスで終わりだった」
「……何故」
「全部ナミさんじゃなかったからさ」
「…へっきし」
「…………せっかくのキメ台詞をくしゃみで…………」
思わず口がへの字に曲がる。あんまりの呆れ顔に溜め息が出る。
「そんな台詞吐いといて何が初めてよ」
「恋をするのが」
今度はナミさんが口を思い切りへの字にした。眉間にしわを寄せて頬が紅くなっている。
「…ばかかあんたは」
幸せの放射線。放射能物質。汚染されたら好きになっちまう。好きで好きで、頭が痛くなるくらい。
「ばかだぜ、きみと会ってから」
本当におれはバカになったよ、きみが手に入らないのを知っているのにね。
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シャツを脱ぐ。体中に傷の跡。ナミさんが驚いている。
「言っとくけどおれの本職は戦闘員じゃねぇよ」
何度か同じ箇所を走っている傷。古い傷の上に、また古い傷が乗っている。
「どうしたのよその身体」
「……小動物の血ってさぁ、人間の血より濃い色してるんだぜ
絵の具のカーマインみたくじゃなくて、もっともっと深い色。
海の底みたいな色。
キレイで怖い色だよ」
「…サンジ?」
ナミさんがいぶかしげな顔をしておれの名前を呼んだ。
「ナミさんの血の色が、そんな色だったらどうしようか」
ベッドの端に腰を掛けて、煙草に火を付けて、すぐに消した。
イライラ落ち着かない。自分の心臓がうるさくて腹が立つ。
それとは反対に、頭の奥はキーンと冷えている。冷やしすぎて霜の降りたレアチーズみたいに。
「……怖い?するの」
「…………楽しみだよ
でも怖い。
するのじゃなくて、した後に」
この独占欲がもっと強くなりはしないだろうか。この狂気が爆発したりはしないだろうか。
ナミさんを苦しめたりはしないだろうか
「そんな緊張しなくたって。ばっかねぇ、気楽にすればいいのよ」
ほら、こうしたら気持ちいいでしょ?
唇に柔らかな優しさが降りてきた。救いの手か?それとも引きずり込む牙か?
キスをするキスをする
愛しい人とキスをする
唇が顎を伝って首筋に降りてきた。舌がおれの喉仏を弄んでいる。
「…髭、痛いわ…」
喉に直接送り込まれる声が、ひどくえっちな気がした。
「剃るよ…」
「する時だけね…」
首の少し下にあるナイフの傷にキスが到達した途端、ナミさんの体重に押し倒された。神経がむき出しになったままの傷に、舌が這う。ゾクゾクする。髪の毛が逆立ちそうだ。
「傷って感じるでしょ」
ちらりとナミさんの顔を見る。目線が合った。恥ずかしくなって顔を背ける。
「…顔、真っ赤よ」
「……ぅ」
「すてきだわ、サンジ」
それからしばらくナミさんの息と体中を這う舌の感覚だけになった。少しざらつくナミさんの舌と、ぬるぬるする唾液が肌をはいずり回っている。息を殺すのが大変だ。
「…うわぁ!」
「……自分で脱ぐ?」
慌ててズボンのベルトを押さえた。いつの間にかナミさんの舌が腹のすぐ下まで迫っている。
にんまりという風に笑ったナミさんが「口でズボン脱がしてあげようか」と囁いた。おれはつい真っ赤になって「自分で脱ぐ自分で脱ぎます」と跳ね起きた。
……………………
…………し、視線が…………
「あの、あっち、向いててくんない?」
肩越しにナミさんを見ると、本当に食い入るようにしておれの一挙一動を見ていた。
「こんなくらいで恥ずかしいなんて、この先どうすんの」
ずっとシーツかぶってるわけにはいかないのよ、とちっとも向こうを向いてくれる気配がない。
「……せめてシャワー浴びてから…」
おれは部屋の隅のバスルームを指さして聞いてみる。無駄だと思いながらも。
「…………うん、いいわ」
なんと!なんとお優しいお言葉!
「そのかわり電気付けて、一緒にはいるのよ」
……鬼!
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ひんやりとした電気の光が、暖色系でまとめられたタイルのバスルームを照らしている。
ひたりひたりと足を進めてシャワーノズルを握る。
「……いい加減に観念したら?」
「………い…イヤダ…………」
しっかり結んだ腰タオルの結び目を握ったまま、おれは蛇口を捻ろうとする。
「ホラ、タオル持ってシャワー持って蛇口なんて捻られるわけないでしょ?
じゃあシャワー持っててあげるから」
ナミさんがシャワーを引ったくろうとする。そうはさせるかとばかりにわめく。こっちも命がけだ。
「キャーキャー!ナミさんのエッチー」
必死になって三つの握ってる物を力を込めて握り直す。
……でもダメだった。ザァっていう音と共に冷たい水がシャワーノズルからおれの身体に降り注いだ。
まるで3月の春雨みたいにとびきり冷たくて霧のように細かい水。
古い蛇口独特のキュっていうようなギュっていうような不鮮明で鋭い金属的な音がして、どんどん水の勢いが強くなってくる。
おれの腰に巻いてあるタオルはどんどんどんどん水を吸って重く冷たくなっている。キンキンに冷えてるみたいな水が排水溝にこぽこぽ吸い込まれていく。
「……サンジのえっち…」
びしゃびしゃに濡れたタオルはくっきりおれの下半身を浮き立たせていて、素っ裸よりタチが悪いくらいに卑猥。ナミさんはおれの滴のしたたり落ちるタオルを見て、本当にクソ甘い吐息をおれの耳元で囁くように吹きかけた。
「うふふ…ウソよ。イジワルしちゃったね…」
背筋がゾクゾクする。体中の赤血球が飛び起きて慌ただしく走り始めた。まるで目の前はカレイドスコープを覗いたみたいに世界がきらきら光り輝きながら回っている。
「……離して……」
ナミさんがタオルを握るおれの手をほどく。ゆっくり、ゆっくり、本当に優しく。
「水、冷たいでしょ……暖めてあげるわ」
スフレみたいにフワフワなナミさんの身体がおれの身体に密着する。太股がおれの足と足の間に侵入してきて、無理に身体の凹凸が合わさった。
……ま、まいった……こりゃ、もう
死んでも悔いはねぇ
今ココで死んだって
おれはもう、いいっス……ええもう心の底から……
体中がハートマークになりそうに幸せ。
息継ぎももどかしい。目の前が、もう、もう、ホントに……た、倒れそう……
「……キズが赤い……」
腹の横にある古い小さなキズを、ナミさんの人さし指と中指が滑っていく。
「か、か、カラダ中が、ナミさん歓迎して、るんだよー」
おれはクラクラする頭の中でそんな感じのことを言ったら、ナミさんはシャワーでおれに頭から水をぶっかけた。
「……その感覚を信じちゃったら、アンタ終わりよ、サンジ。」
おれはきょとんとして、訳が分からなくて、冷たくて、びっくりして、床にしりもちを付いた。
「お願いサンジ、わたしのことを好きって言わないで」
そんなことを言われたらわたし死んでしまいそうよ。
氷の女王みたいに冷たい視線でおれを射抜きながらそんな風なことを言った。……多分。
「じゃあ、愛してるよ」
……おれはまた、冷水をかぶった。
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「アンタみたいに馬鹿なやつはわたしの人生であと一人しか知らないわ」
ナミさんがぐちゃぐちゃの顔で、べったべたの髪の毛を振り乱しながら、バスルームの床にへたり込むおれを睨んで言った。
「でも多分ナミさんの知っている『あと一人』より、ナミさんのこと愛してるよ
だっておれ、ナミさんとじゃなきゃこんなことしたくねェもん」
大股開いて勃ったままの性器が冷気に曝されている。ナミさんの氷の視線に曝されている。
「おれはこの肌を出すのが怖かったよ今まで。
誰にも自分から見せたことねェよ。
見せたら痛いだろ?おれも、見たやつも」
腹から下半身にかけて切り開かれている細いキズ。ステンレスのヘアピンで付けた傷。
「こうしてないと不安だったんだ、血が出ると安心するから
ああおれは生きてるなってさ、暖かい赤色が流れているカラダは死んじゃいねェ
だからおれはこうしてたよ」
ナミさんはザァザァ流れている水を止めもせずに、シャワーノズルを掴んだまま、おれを見下ろしている。
「でもきみと出会って、止めたよ」
「そんなことしてる暇ない程きみの事ばっか考えてるから」
「ナミさんもなんか、辛いんだろ?いいよ、それでもいいよ。
おれのこと見てくんなくてもいいよ」
ただ側にいてくれたらいいから
ただ側にいさせてくれたらいいから
「ただおれのこと、無視しないでくれよ」
「……アンタのキズの全部、受け止められるほど
わたしは強くも大きくもないし、優しくもない。
アンタの『愛してる』全部受け止められるほど
わたしは鈍感でも純情でもないし、その勇気もないわ。」
ナミさんが言う。
おれが聞く。
「…………おれァ…、なんでこんな難儀なオンナ好きになったんだろうな
いいって言ってんだろ?
寂しいんだろ、いいよ、ハジメテでよけりゃ、抱かせていただくよ
離さないで、ずっと、囁いて、愛してるって言い続けてやるよ」
果てない夢を
消えない愛を
無くならない
おれを
存在を
あげる
終わった悪夢を脅える暇がなかったんだな。
構わない、おれを好きでなくても
たとえきみが誰を好きでも
たとえおれが君に触れられなくても
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「……優しくよ、やさしく…」
フワフワのベッドに彼女を押し倒してカラダ中にキスをし終わった後に、ナミさんが引きつった声でそう言った。
「肌が赤いよ、ナミ」
「…………ばかね、サンジ」
ベッドの上でだけ『ナミ』と呼ぶことを許してもらった。
ベッドの上でだけ、男でいることを許してもらった。それは、ベッドの上でだけ、おれ達は恋人同士だってことを許してもらったって事だ。
「……キスして…。…離したら……殺しちゃうから……」
「……怖いな……」
おれは彼女を抱き上げて、濃厚なキスをした。生涯で、もう二度と出来ないくらい、とびっきりのキス。
それからカラダをゆっくり寝かせて
自分の
性器が
埋もれていくのを
脳味噌の端っこで
眺めていた
まるで
食われているようだとか
或いは
突き刺しているようだとか
それとも
取り憑かれているようだとか
そんなようなことを思った。
でもそんなことを思うより先に、腰の辺りがじんじん痺れて、目とか頭とか鼻とか、とにかく末端の粘膜が連動するようにビリビリ痺れてきて、耳に音が来なくなった。
彼女の顔が痛みに歪んだのは初めだけ。
あとは
ずっと
エッチな顔で
喘いでた。
その顔を見て本当に本当に、おれは興奮してさ、ずっと自分の息切れしたような溜め息ばっかり聞いてた。
ナミ、きみは今なにを考えているんだろうか。
おれァ……君のカラダのことばっかり考えてるよ……
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「よかった?」
にこり笑ってナミさんがそう囁いた。
おれは声に出さず、うんと言った。
ナミさんは満足そうに頷いて、額にキスをしてくれた。
「よかったわ、サンジ」
呟いて、そのままおれの頭を優しく抱いていた。永いあいだ、ずっと抱いていた。
まるで人形を離さない女の子のよう。
……本当はそういうの判っていたし、解ってもいた。結局どこまで行ってもおれはナミさんの男にはなれない。どんなに頑張ったってナミさんの中には入れてもらえない。
それは先に誰かが居るからとか、もうおれの入れるスペースがないとか、そういうのじゃなくて。もともとおれはそこに入れるように出来てないんだ、最初から。
そういうの、解ってたはずなんだ。
わかってて好きになったんだ。それでもいいからって、好きになったはずだから
辛いのも痛いのも寂しいのも、全部承知の上で、今ここにいる。
彼女に抱かれている。
……そうだろ?なぁサンジ。
これ以上何を望む?望んでいいわきゃねェだろ?そりゃワガママってもんだぜ。
待つな望むな欲しがるな。
愛なんて、恋なんて、そんなのを喜べるか?ナミさんが喜んでおれに差し出すと思うか?許すと思うか?
ナミさんの幸せを望むその裏側で、利己的で自己満足なナミさんの愛を欲張っている。
……ったく、これだから童貞はコエエっつわれんだよ、糞っ……
一発やったくらいでもう恋人ヅラか?……あーオソロシイ。
でもこの征服欲と支配欲はどうだ。まるで身が焦げんばかりだった頭の中に、ドロドロとした粘着質の霧がかかってくる。
これは
おれ自身だ
この霧で
ナミさんを
窒息させてしまう前に
窒息死させてしまう前に…
「……なに怖がってるの?」
わたしのこと、そんなに怖い?カラダ中がぎゅうって縮こまってる。お化け屋敷を怖がってる子供みたい。
ほら、わたしここに居るでしょ。
キスしてあげるわ。
いつまでも抱いててあげるわ。
だから怖くないでしょ。なにも怖がることなんかないのよ。
……言葉が宙に浮く度に背筋がゾクゾクする。まるでカラダ中を生ぬるいトコロテンが這っているよう。黒蜜をカラダ中に塗りたくってザワザワと蠢いている。
そしてトコロテンは、その大きな口を開けて『さあ私を食べて!』と、おれに食らい付こうとしている。
腕をもぎ取られ、足を食いちぎられて、身動きが出来ない。まるで接着剤みたいな蜜で絡め取られていて、身をよじることさえままならない。
そしてその蜜は毒のように甘い。……砂糖の使い過ぎだ、まるでなっちゃいねェ味付け。
……ひでぇ。
ヒデェな。
ホントに滅茶苦茶だ、ナミさん。
そんなこと言ったら……おれァまた……もっと好きになっちまうじゃねぇか、悪魔を。
このカラダが死んじまったらどうする?
もう君を守れない。
側にいられない、君の側に。
………、…
………………。
おれが眉をひそめてぐっと涙が出るのを我慢していると、耳が微かにナミさんの言葉が降ってるのにようやく気付いた。
「…から、そんな顔しないで。
これ以上好きにさせて…わたしを殺す気?」
………………ええ?何だって、ナミさん?
聞こえねェよ、もっと大きな声で…
12:31 01/07/16
U make me love U more=君は僕に君を好きにさせる、今以上に。
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