食作用
世界一剣豪(予定)×天才航海士(希望)
お前のそういう自虐的なところがいいよ、うん。
特にそのやる気も興味もないような顔なんか最高だ。
おれのこと道具か何かだと思ってンだろ、なぁ。
おれのこと見てるようで視線はいっつも素通りだ。
誰のことも好きじゃないんだなオマエ。
でもコレが終わったら笑うんだろ、楽しそうに。
……いっぺん殺したろか。
「ねぇゾロ、シない」
この女は絶対に酒に酔わない。多分おれより酒に強い。
その日は珍しく赤い顔で見張り台まで昇ってきた。
「うっせえバカ女。寝ろ」
「この口かしらこのくちカシラー!千切られたいのはこのクチかしらー!」
もう午前2時も過ぎようかって時間だ。酒を飲んでいい気持ちになっている女が起きていられる時間じゃねぇ。
だから、たぶん、これは演技。
たぶん
多分だけど
サンジとヤってきた後。
ズタズタにコックさんを犯してきた後。
今頃コックは、武器庫かどっかで毛布被りながらひんひん泣いてるぜ。
ああウザイ。
……たまんねェな実際……
「おれはオマエとは寝ねェの。」
「……なんでよ」
「コック、と、船長、に、殺されたくね・ぇ・か・らッ!」
おれはナミを無理矢理見張り台から突き落とすマネをする。ナミの顔は恐怖で引きつっていて、おれの言葉なんか聞いちゃいない。
「止めなさいよちょっとマジで落ちるってこらゾロ!」
ああこのまま突き落とせたらどんなにかラクだろう。
サンジが絶望的な顔で手首に包丁あてがうこともなくなる。
ルフィだって呆然とした声でナミを夢で呼ぶこともない。
ナミだって魔女ヅラして自虐的なセックスを持ちかけなくて済む。
チョッパーやカルーが情緒不安定になることもないし、ビビがいつでも眉間にしわを寄せることもない。
ああほんとうに落としちまおうかこの女
ああほんとうに落としちまおうかこの女
ああほんとうに落としちまおうかこの女。
「もう、びっくりすんじゃない」
おれに引っ張り上げられて見張り台の足下にうずくまるナミがそうぶつくさ言った。
……おれもホントに意気地がねぇな。
「なんでおれとシたがんだ?ラブコックに腹一杯食わしてもらったんだろうが」
ナミの身体にコックがいつも吸っているメンソル煙草の匂いが染みついている。多分風呂にも入ってきてない。ナミがいつも使っている石鹸のにおいも、シャンプーの匂いも、ちっともしない。
するのはメンソルの煙の香り。メンソル煙草を吸ったヤツの唾液の匂い。
ああムカムカと吐き気がする。
この女の隣にいると、吐き気がする。
「してないわよ!」
ぷりぷり怒りながら、酒臭いイキをハク女。
悪魔の溜め息のように燃える色の髪。
溜め息を付いて海の果てを眺める女。
目がとろんとしている。
酒が回ったフリ。
「どうして上手く行かないんでしょう」
「はぁ?」
「全部上手く行かない理由を述べよ」
「…知るか」
「やっぱダメねぇ体力バカは。」
「殺すぞ」
「さっき突き落とせなかったくせに」
目も合わせずに吐き捨てるような小さな声。この女キライだ。
キチガイのくせに頭の回転早くて、残酷で、可哀想な女。
この女キライだ。
「……ねぇ、シてよ」
「イヤダ」
「お願いだから、シてよ」
「断る」
「なんで」
「これ以上ナミに関わりたくない」
「これ以上サンジに関わりたくない」
「これ以上ルフィに関わりたくない」
「だからオマエとシない」
おれはたたみかけるように言う。神様どうかこのキチガイ女の脳味噌を元に戻して。
「じゃあ、わたしが『ナミ』じゃなきゃいいのね」
「はぁ?」
何言ってんだこのキチガイは。
「目ェ閉じてゾロ。今からわたしはナミじゃなくて『くいな』よ」
その言葉に、おれは大人げなくいきり立った。俗に言うマジ切れってヤツだ。
「…その名前どこで知った」
「なに怒ってんの。さぁ目ェ閉じて」
「答えろ」
「目を閉じて。」
「答えろよッ」
「目を閉じなきゃ言わない」
「いい加減にしろナミ!」
「閉じろっつってんのよ!」
正体不明の勢いに押されて、おれはつい押し黙った。ナミの目が完全に据わっている。
これはヤバイ。この女完璧にイッちまってる。
「さぁ、目を閉じなさい。わたしは『くいな』よ、アンタが夢にまで見てる」
……どうやらおれは寝言をいうタチらしい。初めて知ったぜこの事実。くいなの夢なんか、起きてるときしか見たことねぇのに。
おれは渋々いう通りに目を閉じた。腕の黒手ぬぐいを取られる感覚がして、すぐに目隠しのように目に当てがわれた。
「おい、なにすんだよ」
「初恋の人と結ばれる記念すべき日なの」
『くいな』が、そう言った。
抱けない女。
瞼の裏に今も横たわるライバル。
死んだ人間。
死んだ女。
好きだったのかどうだったのか、今でも分からない。
ただ忘れられない。
10年以上昔、毎日食い下がって叩きのめそうとしていたハードル。
憧れと目標。
女じゃない。女として見る前に死んだ。
だからあいつは女じゃない。
少なくともおれにとっては。
女や男以前に強大な壁だった。
だから抱けない女。一生、抱けない女。
おれの目の前にいる。
抱けないはずの女が。
「……もう後に引けねぇぞ」
目の前の女は、何も言わなかった。
∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽
手に吸い付く感覚。手にあまる肉の感覚。
柔らかくて暖かい。
ひどく張った胸。ゆっくり肩紐を下ろした。
久しぶりの感触。女の肌。
唇をあてがう。メンソルの香り。苦い味。
舌を這わせる。しゃがみ込んだ女の足がびくっと反応した。
「ナミ、自分で下着取れ」
「『くいな』よ」
「さすがに感覚じゃ取れねぇ」
フワフワと空気が頬の側で動いて、躊躇うようにキャミソールの落ちる音がした。続いて下着の落ちる音。
「スカートとその下は、脱がせられるでしょ」
無理に作った声がする。おれは見張り台の柵の中に身を潜めた女の身体を押さえつけた。
「……やだ、痛い」
「黙れよ」
「やさしくしてよ」
「ダマレ…」
呟きながらキスをする。呟きを掻き消すキスをする。
メンソルの味がする。刺激臭がする。ナミの身体の奥にまで染みついたあの男の味がする。
どこにもルフィの香りのしない女。
ルフィの姿を目で追う女。
タイトスカートをたくし上げて、内股に手を滑り入れた。熱と汗でべたべたの内股。
よく張っていて、すべすべの肌。尻だっていい形してる。サンジが狂うのも分かる。
下着の中に手を差し入れる。ナミの腕が急におれの首に回された。
「汚れちゃうから、ちゃんと脱がして」
囁く声。小さな懇願。色っぽい悲鳴。
「変態女め、そんなにハダカになりてぇのか」
「ここなら誰も来ないでしょう」
そうだな、おれなら誰も傷付かねぇもんな。考えてるよホント。
「インラン女め」
吐き捨てるように言ってから、口を封じたままスカートのホックを外して下着をずらした。
口の中でくぐもったようにうめき声が震えた。
身をよじる仕草がたまんねェ、本当にここしばらく抱いてねえもんな。
これでもムカシ、女にトチ狂ったことがあるなんてこたぁ、ルフィにさえ言っちゃいねぇがね。
女の肌ってのは最高だよ。(クソコックとここだけは意見が合う)
安心する。
興奮の奥にある安堵。女を抱いてると気が安らぐ。
臆病者は人を殺した後、初めて女を抱いた。
恐怖を振り払うように夢中で。
初めて抱いた女のツラなんかもう覚えてない。名前も髪の色も、忘れた。
でも肌だけは覚えてる。ちょうど、ナミみたいな。
……ナミはほんの少しだけくいなに似てる。
目を細めて空を見上げる時なんか、そっくりでつい惚けるほどだ。
だからナミが機嫌良く鼻歌なんか歌いながら航海日誌書いてるのを、よく遠くから眺めている。
一度ウソップが勘違いして「お前も?」なんて言いやがったけど冗談じゃねぇ。………やってることはルフィやサンジ以上にヒデェか。
人形のナミは結構好きだ。
人間のナミが可哀想な分だけ。
「上と下とどっちがいいんだ?」
ヌメヌメとする中指を引き抜きながら、訊ねる。小さく息切れするナミの顔が赤く染まっているような気がする。触れた頬がひどく熱い。
「この口で言ってみな、どっちがいいんだ?」
おれの膝の上に向かい合わせに座って、おれの右手の中指を身体の中に封じ込めた女は、小さく「うえ」と言った。
「聞こえねぇよ」
「……う、え」
「聞こえないね」
「うえよゾロ」
「『くいな』はもっと物事ハッキリ言うヤツだったがね」
「上がいいの、ゾロ!」
か細い声で、そう精一杯言った。
「……やりゃ出来んじゃねェかよ」
おれは良く出来たと言ってまたナミの中に指を差し入れた。
「ちょっと触っただけにこんだけ濡れてんぞ」
「や……言わな…」
「…すげぇ。こりゃサンジのかよ?」
手に付くゾル状の液体。ナミの体液と混ざり合って薄まったサンジの液体。精液独特の感触。
「…ちが…」
「ウソつけ、こりゃただ事じゃねぇ量だぜ。一体何回やったんだ?」
「……違うわ…よ」
「本当にオメェは魔女だな。あんなにお前が必要な男も居ねェのに、あいつに抱かれた後におれん所来んのかよ」
「違うって…言っ……」
「まだルフィには抱かれたことねぇんだろ。お前は一生抱かれない方が幸せだぜ
この上ルフィにも抱かれてみろ、お前死ぬぞ」
「『ナミ』に取り殺されて?」
「……『コックの呪い』で」
おれはそう言ってナミからゆっくり指を引き抜いた。
「自分でしてみろよ、したいように」
からかうような言葉。
「マグロ男」
口を尖らせたような声。
「なんだ、怖ェのか?男の身体に自分から触るの」
多分怖いってのは当たりだ。
こいつは間違いなく自分から積極的にセックスしたことがない。セックスと自分の身体は道具だと思っている節がある。
サンジのことだから、きっとおれには想像も付かないくらいこの女を丁寧に扱ってヤってんだろうな。
オヒメサマみてぇに。
だからナミがますます怖がる事も知らねぇで。
バカ男とクソ女。いいコンビだ。
「……なぁ、サンジのどこが好きなんだよ」
「えぇ?」
「少なくともおれやウソップよか好きなんだろ」
「……こんな時に何もそんな……」
「お前と話すことなんか、こんな時しかねぇだろうが」
ズボンに白くて冷たい小さな手ェつっこんで、おれの内股に触れた女の声が歪んだ。
「…たばこ、吸ってるくちが好き、かも」
機械的におれのズボンをずらしながらそう言う。冷たい手が肌に触れる度にゾクゾクする。(多分快感からじゃなくて)
「じゃあ、ルフィのどこが好きなんだ?」
びくり、と、手が震えた。……まさかおれが知らないとでも思ってンじゃないだろうなこの女。
「な……なんの…」
「バカにしてんのかお前」
そのまましばらくおれもナミも黙っていた。中途半端にズボン脱がされて間抜けな格好。おまけに目隠しされたまま腕組んで威張り倒しているこの状況。ビビやウソップが見たら何て言うかな。
「…………背中。」
「……ヘェ
案外少女趣味なんだな」
おれはそのままナミの手を取って、ナミをおれの太股の上に座らせた。ズボンを自分の手でずらして、ナミの手を自分のアソコにあてがう。
「自分で入れてみろよ」
「…シュミ悪いわね」
「やってみろ、案外気がラクになんぞ」
突っ込まれるんじゃなくて、受け入れること。自分からの第一歩。誰かを引きずり込む行動。
ホントはこれはルフィがやればいい。
でもルフィはしない。
何故ならルフィはナミを抱かないから。
何故なら彼は彼女を好きじゃないから。
それでおれはこいつをオモチャにする。
それでサンジはこいつを女神様にする。
アアなんてカワイソウなオンナのコ。
∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽
やっと目隠しを外された。おれが付けられてた目隠しを持ってる女は「最後まで、して」と言った。
「……おれは『ナミ』とはシねぇよ」
目隠しを自分からする。おれは『ナミ』とシない。『ナミ』が惨めになるから。
道具にされた『ナミ』が。
……一緒か、ヤるこたぁ。
大きな胸を揉む。柔らかくて暖かい胸を揉む。つながった部分がきゅうと、締め付けられる。小さな息切れは、中くらいの息切れになる。
…………こんな切ないこと毎回やってんのか、あいつ。
ナミはいいカラダしてる。もし今おれが16の頃のおれだったらと思うと、ちょっと背筋が寒い。
おれの首を抱きしめる。でかい胸が顔に当たって息苦しい。首に上気した肌が当たってキモチイイ。
……やべえなぁ、マジで。
「動いてやろうか?」
「まだいい」
「動いてほしくなったら自分で言えよ」
「……アクシュミケンシ……」
「根性ワルの航海士よかマシだ」
唇のキスされた。えっちなキス。唾液がきもちいい。本当にイヤラシイ女だこと…
「血の味がする…ゾロ」
おれの名前を呟いて、大きく腰を揺らした。自分の唇がナミの犬歯に引っかかったのか、口の中に鉄の味が広がる。
「あはは、なんか、ゾロ、犯してるみたい」
千切れ千切れの言葉を更に切り離しながら、ゆっくりとしたピッチング。
だらしのないおれは、自分からローリング。
「ゾロってえっちね……どんどん大きくなってる」
「…………うっせえ」
「見えなくて残念」
ぎゅっと、締め付けがキツくなった。
「……う」
つい口から息が漏れる。それを聞いてナミがまるで年上の娼婦の様な言葉を吐く。
「う、だって。かーわいい」
「……………………」
可哀想なオンナ。こんな事でしかはしゃげないのか。
「ゾロは経験豊富だって、ウソップとサンジが言ってたけどアレ嘘ね
まだそんなにシたことないんでしょ」
嬉しそうに腰を揺するナミ。ナミが動く度に見張り台が小さく軋む。おれの腰が小さく疼く。
「足の指総動員したって足りねぇよ」
モモイロの溜め息を付く合間に、まるで息継ぎみたいに返事をする。
「うそ。だってこんなにおっきくしてる」
なんつーデリカシーのない女……ハシタナイ女。全然くいなじゃない。似ても似つかねぇ。
似てんのは顔と雰囲気だけだ。
「ヒサビサだから。」
ちょっとだけ嘘。いつも聞いてる勝ち気な声が喘いでいるのに柄にもなく興奮してる。
「……アタシん中、きもちいい?」
「…………ああ。」
これは本当。真剣にこいつのカラダは気持ちいい。
「わたし、こんなセックスすんの初めてかも。
話しながら、なんて。……セックスって楽し、ね。気持ちいいだけじゃな…」
「ナミ」
「……?なに」
「うるさい」
腰振りながら楽しそうな声出してんじゃねェよ、ブス。
……こうやって自分の心を囲ってないと、どうにもこうにもコックの二の舞をやらかしそうだ。
ああ恐ろしい魔女オンナ。
でもおれはこいつのこと好きにはなれないな。
どう頑張ったっておれのタイプじゃねぇし、なにより四角関係なんてゴメン被る。
「…ごめん……」
なんだよ素直に謝ったりしやがって。オメェらしくもない。
「やっぱり下行ってくれ」
言うが早いかナミの身体を持ち上げて、床に軽く投げた。どさっという音がして、小さなうめき声が後から聞こえた。
「やだ、やだよ、ちょっと待ってゾロ」
「黙ってろ、ナミ」
「ねぇ、ちょっとだけ待ってちょっとだけ」
「黙ってろって」
「背中痛いよう」
「おれだって痛ぇ、シャツ敷いてんだから我慢しろ」
体勢を変えたもんだから、適当に結んだ目隠しが取れて、薄い月の光に照らされたナミの身体が光るように見えた。真っ暗な視界に、急にナミの顔がぼんやりと浮かぶ。
泣いてた。
目を腕で覆って、何度も涙を拭いてた。唇の形が、こわい、と動いている。
……ああこいつ、レイプされたことがあんだ……
ムカシ一度だけそんな女と寝たことがある。そいつは絶対正常位だけは嫌がった。男に組み敷かれるとどうしても思い出すらしい。
「ヤなの……お願いだからちょっと待って……」
おれはしばらく手を止めて、ナミが泣きやむまで間抜けな格好で待っていた。
「ゾロはやっぱ、体格いいから、怖いの」
はいはいそうでしょうとも、おれァサンジよりルフィよりごついですよ、どうせ。
呆れたように溜め息ついて、一瞬だけこのまま終わりにしてやろうかとも思ったけど、そんなにおれの身体は潔くない。
「分かったよ、上がいいんだろ」
無理矢理起きあがらせて、自分の腹の上に乗せた。唾液と汗と涙でドロドロになった顔が、月光に照らされる。
「や、やだ……ゾロ、目隠し…」
自分の真っ赤な顔を隠すように両手でおれの視線を遮る。
「イマサラ、あにいってんだバカ女」
腰を掴んでゆっくりとスライドさせる。ナミの顔が艶っぽく歪む。
「アア…あ…」
痛いくらいに締め付けられる。
「あ、あ、あぅゥ……」
「………………どこに出して欲しい?」
「な、中でもどこでも…」
「おめェと子作りやる気はねェよ」
「ダイジョ…ブ、子供出来ないの、アタシ」
ひどく、晴れ晴れとしたヘンな顔でナミは微笑んだ。まるで嬉しいみてェ。
「サンジも、毎回出すけど……出来ないでしょ?」
……ああ、ついに自白しやがったなバカ女。もう吹っ切れたのかクソ女。
サンジが中に出すのはお前を縛り付けるために決まってんじゃねぇか。分かっててそんな事言ってんのか。ならオマエは最低だぞ、こら。
「じゃ、ご期待にお応えして」
そう一言だけ断ってから、目を閉じた。ナミの腰を強く押さえて、無心になった。
全神経を集中させる。腰と、性器と、腕と、潮の香りだけがおれの世界の全て。何度も女の押さえ込むような声と大きな息切れが聞こえたけど、しゃっくりのような自分の呼吸に必死で、そんなことを気にしている余裕など無かった。
「やぁ……ゾ、ロ……ぉ」
「……………っ…!……く……………っ………」
∽ ∽ ∽ ∽ ∽ ∽
「……………………」
「……まぁだムクれてんのか、おい」
「くいなって、ゆった。」
「だぁから、お前が言い出したんじゃねぇかよ」
「……くいなってゆった……」
「………悪かったって…」
「くいなってーーー」
……くそ、だからヤなんだよ、オヒメサマ扱いに慣れてる女は。面倒だから。
二人とももう服も着て、多少落ち着いてもいる、午前4時前。もう一時間もしたら交代のサンジがここに昇ってくる。
「……………………
なぁ、なんでまたおれとヤろうと思ったんだよ?」
立て肘を付きながら東の白み始めた水平線に目をやりつつ、本当にどうでもいい声で聞いた。
ナミは少し黙って、フウと溜め息を付いて一言だけ言った。
「ひまつぶし。」
「……魔女め」
「うっさい魔獣」
いつものナミがそこにいる。さっきのしおらしいナミでも、昨日の気違ったナミでもない。いつも目にしているナミがいる。
……おれァ感情のゴミ捨て場じゃねぇぞ。
「……今回だけだぞこういうの」
遠回しに、忘れてやると言ったつもりだ。これでも。
「ったりまえでしょ」
当然よ、とでもいいたそうな声が返ってくる。………クソ女!
クソ女は一つ大きく伸びをして欠伸を押し込めたまま見張り台を降りていった。
おれはソレをボーっと眺めている。
船室のドアを開けようとして、先にコックが扉を開いた。
二人が何か言っている。
ナミは平気な顔をして、サンジは慌てふためいた顔をして。
後ろ手にバイバイしながらナミは扉の向こうに消え、引きつった顔をしながらサンジもバイバイ、と力無く手を振っている。
……上がってくるな、こりゃ……
おれは眠ったフリをしてみることにした。見張り台を支えている柱がドカドカと蹴られて、誰かが昇ってくる独特の揺れを感じた。
……………………………………………………おれは寝てんだ、寝てんだ絶対。
「…………オイくそ腹巻き起きろ寝たフリしてんじゃねぇぞコラ!」
おいおい台詞に句点がねぇぞ、おい。
台詞のほんの数秒後に太股を思い切り蹴られた。シャレになんねぇコレ…
「…ってぇなクソコック!!」
「それが遺言だな」
青い目が狂気に駆られている。なんだなんだ、今日はキチガイに好かれる日かよ!
「うぉっ!て、テメェ!シャレんなんねぇぞ!」
手に握られているのは肉切り包丁。研ぎ澄まされた銀色の軌跡。
耳の側で空気が切れる音がする。
おれは床に寝そべっている。サンジはおれを押し倒したような優位な体勢。そして手には肉切り包丁。目は完全に別世界。
「シャレで済まそうってのかクソ野郎!アレをシャレでしたで済まそうってのかァ!?」
ヤベェ、こいつ完全に知ってやがる。ずっと起きて聞いてたのか。
「うっせえあのバカ女に言え!おれは被害者だ!」
幸いにもサンジが“イッ”ちまってるので、致命的な狙いは定まっていない。
「ナミさんを道具にしやがって!ブッ殺シテヤル!」
目が完全にイッちまった気狂いがそう叫んでいる。
こいつ…もしかしてマジでナミんことオヒメサマ扱いしてんのか?
おれは何だかよくわからんがとにかくスゲェ勢いでぶち切れて、つい大声で叫んじまった。
「うるせぇキチガイが!テメェがそうやって追い詰めるからあのバカ女がますますオカシクなんだろうが!
テメェこそぶっ殺すぞ!ガキかテメェは!あの女はテメェの女神様でも何でもねェんだよ!」
サンジの手を思い切り蹴り上げて、持っていた肉切り包丁の柄を蹴り飛ばした。そりゃあもう力の限り。なんせ命掛かってるからな。
遠くの海で『ボチャン』という音がした。
「いい加減にしろよ、あの女終いめに死ぬぞ
オマエの所為でオマエのナミが死ぬんだぞ
わかってんのか、おれにまで逃げて来てんだぞ」
息を切らしながら、おれは言った。
あの女は、セックスが楽しいなんて知らなかったと、言ったんだぞ、おれに。
組み敷かれて怖いと言ったんだぞ、知ってたのかよ。
あの女のこと抱いて、オマエあの女の何が分かったんだよ?
おれがぜいぜい言いながら叫んでいる言葉を、呆然としながらサンジが聞いている。
サンジが聞いている。
真っ青な顔をして。
「うっせえな知ってるよ
追い詰めてんだろ、おれが
おれがみんな悪いんだろ
ナミさん好きになったおれが
おれが悪いんだよ
好きになってくんない女好きになったおれが
ルフィ好きな女、好きになったおれが」
みんなおれが悪いんだ、と呟いて、力無く床にへたり込んだ。
「…………追い詰めんな、自分も、ナミも」
…お。おれにしては優しいオコトバ。
「うるせぇな、クソ野郎」
……クソコック…マジで殺したろか………
おれは一時間ほど早いが、交代が来たので船室で休むことにした。…肉切り包丁もねぇし、リストカットなんざしねぇだろ。飛び降りる度胸もねぇヘタレ野郎だ、ほっといても構うもんか。
船室のドアを足で引っ張り上げて、男部屋に引っ込んだ。
ハンモックにシーツを敷いて、毛布を頭から被って目を閉じる。
じんわりと襲ってくる睡魔。
とたんにうつらうつらと脳味噌がボケてくる。
今朝の夢は、ナミとのセックスの夢だった。
その後にサンジに包丁で切り殺された。
側にビビが居て、おれに何か言っていた。
そういや、ビビもいい女だよな……なんて事を思って、おれはビビがまだ16歳だという事を思い出した。
……なんてヤツだ、おりゃぁ。
おれって実はサンジより危ないんじゃないだろうかと、夢の中でちょっと悩んだ。
夢の中でフッと思い出したけど、もしかしてさっきセックスしてたの……くいなじゃなかったか?
0:38 01/05/25
ピッチング=船の縦揺れのこと
ローリング=船の横揺れのこと
食作用=生物学用語。細胞が細胞膜を内部に陥入させて
外部の固形物を細胞内に取り込むこと。
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