The catcher in the grate
武士道×騎士道
ゾロはサンジの唇を薄く咬みちぎった。サンジの薄い唇からは、すぐに赤色の液体が顎へと流れ進んだ。
ゾロはそれをずっと見ていた。
自分の弾んだ吐息を聞きながら。
サンジはゾロの犬歯に切り裂かれた自分の唇を舌で少し舐めただけで、傷には特に興味がないようだった。
「オメェに、まさかこんな趣味があるたぁ、知らなかったよ」
「うるせェ黙れ」
「ルフィとウソップはもう寝たのか?さっきまで騒いでたんだろ」
「黙れ」
「おれァ、"ネコの時"は声でけェんだからすぐバレちまうぜ?」
忍び笑いをするサンジを、ゾロは思わず殴った。乾いた音が武器庫に響く。ゾロはその後も数回立て続けに殴った。
「うるせェうるせェ黙れつってんだろクソ野郎」
息を切らせ、彼らしくもなく少し焦ったように声を荒げてサンジの胸ぐらを締め上げた。
「…オメェの声のがうるせェよ」
サンジは血を拭きもせず、ゾロの重いパンチを避けもせず、ただゾロにされるがままに…それでも悪態を付いていた。
ゾロは自分の手が、ともすればサンジの首をその自慢の握力で握り潰しそうになるのを何とか我慢していた。
『ああくそ、おれは何をしてるんだ?』
目の前の男は自分の目の奥にある光がギラギラしているのを知っているような気がした。
ちがう…違うッ!おれはテメェを殺してやりてぇだけだ!ぶっ殺して、楽にしてやりてぇだけだ。
ゾロは何度も口の中で独りごちて、心の中で囁いた。
『ムカつく!ムカつくッ!
どうにもなりゃしねェ女に何度も何度もすり寄って行きやがって
あの女はテメェのもんにゃならねぇ。あの手の女は誰の物にもなれねェ。おれが見てても判る。
どんなに努力しようが力の限り泣き叫ぼうが、どうにもならねェ。
テメェの身体を傷付けようが
ナミの身体を押さえつけようが
どうにもならねェんだよ!!テメェが一番よく知ってるようにな!!』
ゾロはサンジの身体がクスリでズタズタになっているのを知っていた。サンジが夏でもいくら蒸し暑くても、半袖を絶対に着ない理由はそれだ。服の下には、注射器の跡と、幾重にもなった鈍い刃物が何度も走ったことを覚えている肌があった。
サンジはゾロを犯す時も、決して服は脱がない。…多分ナミとSEXするときもYシャツだけは脱がないに違いない。
自分の身体を見せて、相手が自分を不憫に思う目を感じるのがイヤだそうだ。
ゾロはサンジが嫌いだった。
仲間だし、気がこれ程までに全く合わないのも珍しくて、態度以外で悪い印象を持たなかった。
しかし、「ゾロはサンジが嫌い」だった。
おそらくサンジの「考え方が嫌い」なのだろうが、単純な彼にはそれが的確に理解できなかった。だからゾロはサンジのことが「何だかよくわからんが"嫌い"なのだ」とだけ認識しているのだろう。
『自分で自分を傷付けるのは自分を見て欲しいからなんだろ?』
ゾロにはサンジが何を考えているのか解らなかったし、解ろうともしなかった。解ってやろうとする目がイヤだと言われれば、ゾロには沈黙を守るしか術がない。
そんな「嫌い」な、しかも「男」を、ゾロは普段滅多に誰も来ない武器庫の壁際に追いつめて無理矢理犯そうとしている。
しばらく前に自分を犯した男を。
「ナニゴトなんだよ。溜まってンなら街行けよ。
おれ程じゃねぇが女が放っとかねぇんじゃねぇか……目つきがもーちとマシなら。」
サンジはそう言いながらもゾロの手を振り払おうとすらせずに、ただ悪態を付き続けた。
『メンソルの匂いがする』
ゾロはサンジの吸っている煙草の匂いを思い出した。サンジの息はスーッとする刺激の強いメンソル煙草の煙のようだ。
「煙草吸うのも、クスリやるのも、身体切るのも構やしねぇ!
好きにしろや!
ただもうナミは諦めろ、あの女はテメェじゃ手に負えねぇ。このままじゃお前もあの女もいつか死ぬぞ」
ストレスでか?サンジはゾロの手の力がいっそう強くなったのを感じたが、ゾロに迫られる少し前に使っていた噛み煙草にしこんだマリファナが程良く効いていて、まるで恐怖を感じていなかった。仮にサンジが正気だったなら、ゾロの殺気が本物だということが解っただろうに。
「いい加減にしろクソコック!
コレが何だか解るか?そうだ、テメェの持ってるクスリだよ!どこで見つけたか教えてやろうか?ナミの部屋だ、あいつがこれ使ってんのお前見たことあるか?知ってたか?」
目の前に突きつけられた白い錠剤が数個だけ残ったビンを、サンジはとろんとした目で見た。すぐに顔色が変わる。一気にマリファナから覚めたらしい。
「…適当なこと言うなよ苔頭…」
「おれはナミがそれ飲む所に居合わせた。あいつから取り上げたんだ、適当もクソもあるか」
赤いコルクが力一杯押し込められているそのビンはひどく汚れていた。
「……ああ、そりゃまぁいいや。
で?何でナミさん諦める話とお前がおれに迫ってくるのが関係あんの?」
サンジはおそらく薄々は気付いていたんだろう。自分のクスリが不意に減っていくことに。
「迫ってねぇさ、無理矢理犯るんだよ!」
声と共に恐ろしいまでの圧力がサンジの首に掛かった。サンジを黙らせるための行為だったに違いないが、ゾロは狂気に走ったかのような目つきで、力任せにサンジの首を絞めている。
「ぐぇ……クソ野郎……テメ…動物かよ…少し…は雰囲気……かんが…誘…な」
どんどん不明瞭になっていくサンジの声に、ゾロは首を絞めるのをやめた。本当に殺してしまいそうになったからだ。代わりにサンジのネクタイを丸めてサンジの口に放り込み、口を自分の手ぬぐいで縛った。即席の猿ぐつわは、さすが手慣れた物でそう簡単には外れそうにもなかった。
「へっ、どうだ。うるさい海賊はこうやって黙らせるんだよ
こうしてりゃ声がでかいのも気にならねぇしな」
ゾロは強姦される屈辱をサンジから知った。
最低の気持ちだったことを覚えている。
軽い目眩と
体の不自由。
勝手に弾む呼吸が
痺れたような性器を膨張させる。
ゾロがサンジを好きで犯そうと思ったわけではなかった。
ただ『何か』に命令されるままにゾロはサンジの服を脱がす。『何か』の言葉のままに、背中まで走る鈍い刃物の軌跡を知った。
「派手にやったな、オイ」
サンジを押し倒し、動物のように4本足でかがませて、ゾロはそれに覆い被さるようにしてサンジの性器をしごきながらそう言った。
「ほら、早く出せよ
無理矢理突っ込まねぇんだから、おれァ優しいだろう?」
サンジの身を固くしてその快感に耐えている様子が、少し前の自分と重なった。ゾロは目の前にちらつく自分の悪夢を振り切るように、サンジの逃げようとする身体を押さえつけた。
「はは、無理無理。コックが剣士に適うと思ってんのか?
お前みたいにクスリ使わなくても人間犯すくらい何でもねぇんだぜ」
何たってこちとら肉体労働が本職なんだからよ、ゾロは聞かれもしないのにそう言った。珍しく彼は饒舌になっている。『何か』は彼の同情や親切を麻痺させてくれた。もしもゾロが何にも惑っていなかったら、絶対にこんな事はしないに違いない。
しかし、ゾロはあくまでも正気だった。
それは限りなく狂気に似た正気だった。
サンジの吐き出した体液を自分の性器に塗り、サンジの身体に自分の身体を埋めた。
快楽はなかった。
ただあったのは憎悪と憐れみ。
サンジの途切れ途切れにきしむ呼吸を何度も何度も急かした。
それを聞いていると、ゾロは自分がどれだけ最低な人間かが解って安心した。
『そうだおれは人を殺して自分の夢を実現させる奴だ』
サンジを犯しながら、まるで関係のない昔話を思い出していた。初めて人を殺めたときのこと。世界一の剣士に負けたこと。一番最初に捕まえた海賊はどんな顔をしていたかなんてもう覚えていない。死んだ親友のこと。大切だったもののこと。ルフィに出会ったときのこと。ナミと笑ったときのこと。ウソップのほら話を聞いたときのこと。ビビが自分の国よりナミを気遣ったときのこと。
ふと、その昔話にサンジが出てこないことに気付いた。
『ああそういや、オメェはここに居るもんな』
自分の身体の下で、苦しそうにもがいている金髪の頭は、何度も何度も「もう勘弁してくれ」と聞き取りにくい声で言っていた。床を見ると、白の水たまりがずいぶん大きくなっていた。
ゾロはサンジの猿ぐつわを外し、自分の左手の人さし指と中指をサンジの口の中につっこんだ。
「おら、気持ちいいんだろ?だからこんなに出すんだろ?
言えよッ!気持ちいいって言えっ!!」
「く、クソ野郎!!誰がッッ……」
「こんなに出しやがって!誰が掃除すると思ってンだ?謝れよ!おら、謝れ!」
「……ぅぐぐぐ…!」
あんまりきつく唇を咬んだので、先ほどゾロにかみつかれた場所からまた血が出ている。
ゾロはその血を見て、更に強くサンジの身体を突き刺した。
「はん、お前声出す度に締まるんだな。
止めねぇよ。お前が言うまで止めねぇよ。
言えよ!おれのこと好きだって言えよ!じゃあ止めてやるよ」
「…………死ねッ!!気違い苔!!」
「……はん、止めて欲しくねぇんだ?
オメェスゲエ感じてるんだろ?おれに食い付いて離れねぇぞ。」
ゾロはそんなやりとりの度に、ひどくサンジの身体を貫いた。
その度にサンジは身体をこわばらせ、自分の口から漏れる荒い息を嫌悪していた。
いつか終わる。
いつか終わる。
早く終われ……
早く……
サンジはゾロが彼にされたときと同じように、そう祈っていた。
ナミが、サンジが、ゾロが、同じようにそう思うように。
ゾロは、結局最後までいかなかった。
いつかのサンジと同じように。
…‖…‖…‖…‖…‖…‖…‖…‖…‖…‖…‖…‖…‖…‖…‖…
「お前はクスリやってるとき、どんな夢を見るんだ?」
息が整って少し経った頃、ゾロは煙製造器になってぷかりぷかりと紫煙を吹き上げているサンジに聞いた。
サンジは大層鬱陶しそうな顔をゾロの身体のほうに向け、ひどく粘着質の声を出した。
「牢屋、だよ」
「…ろうや…?」
「閉じこめられる感じがする。
手も足も縛られて、口はさっきみたく猿ぐつわを噛まされて。
暗いどこかに閉じこめられる夢を見る…」
吐き捨てるようにそう言って、サンジは目を閉じる。碧眼がゆっくりと覆われた。
「……空に浮かぶんじゃなかったのか?」
少し前にサンジがクスリでラリっていた時の事を思い出して、ゾロは今日のはひでぇ憂鬱な夢だなと思った。
「……?
そんな景気のいい夢なんか見たことねぇ…
おれがクスリをやると、アップだろうがダウンだろうが、同じ夢を見る…
独りきりだ。
永遠に」
サンジはそう言って煙草の煙を強く吐き出した。
ソロはサンジの憂鬱が感染したような表情で、眉をちょっとだけ上げて言う。
「おれの時は違ったぞ。
いつだったか……もう7年も前か。
チョウになる夢を見た。空を飛ぶ夢だ。自分の体が羽みたいに軽くなる幻想に包まれた。」
ラリったままどっかの家の屋根に登って、飛び降りかけた。誰かがおれの手を掴んで宙ぶらりんになったおれを引き上げてくれなかったら、トマトだ。
サンジは「トマト」という単語で、熟しすぎたトマトをバラティエの厨房の床に落としてしまったときのことを思い出した。
「……へぇ、テメェもクスリやってたのか」
サンジの気怠い言葉に、ゾロは「ああ、一度か二度だけ」と呟くように答える。
「…………いつ……だったか忘れたが……
おれもあったぜ。一番最初に気が違った時に、やっぱり見張り台か何かから飛び降りた。
……お前と違って、誰も助けちゃくれなかったがね」
サブマストに運良く引っかかったんだ。サンジは呆れたような声でゾロに言った。
ゾロはその声を聞きながら、雨の音を思い出した。もちろん雨など降っているはずもなく、時間も解らないような闇の中でサンジの煙草の火だけが宙に浮いている…そんな空間で、唐突に雨の音を聞いた。
「いいか剣士、おれに二度と同情なんてするんじゃねぇ。
おれは可哀想なんかじゃねぇぞ。十分満足してるんだ。ナミさんがルフィを好きだろうがおれはナミさんが好きなんだ。恵まれてるんだ。
変な妄想繰り広げるんじゃねぇよ、おれは十分幸せなんだから」
サンジはそう言った。
ゾロはのんびりと言葉を返す。
「ナミを愛してるのか?」
「…………テメェよりはな」
「フザケンナ」
「…テメェがフザけてんじゃねェか!
おれァなぁ、ネコじゃねぇの!あくまでタチなの!
……ったく……ネコなんて何年ぶりだ?」
不意に煙草の火が消えて、煙草が消えたとき独特の匂いがした。
「……なぁサンジ、おれもナミが好きだって言ったらどうする?」
ゾロのたった一言の言葉に、二人の間を流れている空気は一瞬ひどく軋んだ。
「…………そうだな、忠告しといてやるよ。
ルフィにはどうやったって勝てねェから、まぁ適当にやれってな。」
サンジはゆっくり立ち上がって武器庫から出ていった。
扉の隙間から明るい月の光が差し込んで、すぐにまた遮られた。
「…殺すんじゃなかったのか。」
ゾロはぽつりと、だれともなくそう呟いた。
自分に向かってそう言ったのか、サンジに向かってそう言ったのか……ゾロ自身にも解らなかった。
月明かりの差し込む武器庫の大砲用窓に張られた網が、影を落とす。
床に落ちた影は、まるで鉄格子のはまった牢屋の中にいるような錯覚をゾロに覚えさせた。
The catcher in the grate=牢屋の中で捕まえて
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