遠くで誰かの声が聞こえる
コック×みかん
その日、ゾロは船に居なかった。 昨日の朝、ルフィとウソップの買い物の誘いを断って船で整備をしている事に決めたのは、別になんて事はない。昔アーロン一味とその島を襲ったことがあったからだった。 多分この島の人はこの髪の色と顔くらい覚えているだろう。 それに、何となくサンジくんがいつもよりも元気がなかったから、少し気になっていたのだ。そして彼も何故か船で留守番していると言った。 「早く帰って来なさいよ、また変なことに巻き込まれるんじゃないわよ」 そう言って送りだそうとした私を、ルフィは何度も誘って、最後まで諦めなかった。 「そんなにナミと一緒にいたいなら船に残ったらどうだ」 ウソップは呆れ顔でそう言ったけれど、ルフィは町に麦わら帽子をちゃんと修繕しに行くんだと、三日も前からスタンバっていたので、泣く泣く町に行った。 「ゾロは?」 「さぁ、刀がどうとか言ってたから研ぎに行ったんじゃねぇの?」 心配しなくてもすぐに帰ってくるさ、と言いながらウソップは買い物メモを確認していた。 「サンジは食料買わなくていいのか?」 ルフィはサンジくんに何度もそういう風に尋ねていたけれど、そのことごとくにサンジくんは返事すらしなかった。 「ねぇサンジくん、どうしたの?」 ルフィ達が出発する少し前、私は聞いてみた。すると少しだけ濡れた目で、サンジくんは私を見た。 「いや、なんでも…」 そのままルフィ達は見えなくなり、私は船の整備に取り掛かった。サンジくんはみかんの木の前で疲れたように煙草を吹かしていたようだった。
お昼少し前になって、ようやく半分ほど舵板に絡まったゴミを取り払い終わった時、サンジくんはお昼御飯に呼んでくれた。 優しいゴハンの匂いがびしゃびしゃになった私をゆっくりと取り囲む。 「今日のお昼は何ですかーっと。」 にっこり笑っていつものようにキッチンのドアを開ける。 「………………………………っ」 サンジくんは私を見て、呆気にとられてなおそうとしていたフライパンを落とした。金属と木がぶつかる鈍い音がして、サンジくんはくわえていた煙草さえ落としそうになった。 「んー、いい匂い。着替えたらすぐ行くわ。……フライパン落ちたわよ」 バスタオルで髪をふきながら、キッチン兼会議室兼操舵室のドアを閉めた。
く、クソびっくりした、ってゆうかもしかしてラッキーだったのか?あ、いやいやっ!今の感想はちょっと紳士っぽくなかったかなっ おれはまだバクバクいう心臓を静まれ静まれと叱りつける。落としそうになった煙草をしっかりとくわえ直し、大きく吸った。 ナミさんはすっかり濡れていて、薄手のワンピースのまま海に入ったのか、色っぽくワンピースが透けていた。いつもの誰かを意識した挑戦的な色気ではなくて、うっかりこぼれたナミさんの作らない色っぽさに、おれは愕然としたね。 ナミさんがあそこまで子供っぽい表情をするなんて、思ってもなかった。 今までのイライラした気持ちが一気に吹き飛んだのを感じた。我ながら単純だとも思うが、ナミさんと……そうだ、二人っきりなんだ、今。 急に気付いて、おれはオロオロし始めた。 どうしよう、おれは全然こんな状況で自分を抑制できねぇぞ。あんなモン見せられて変にならねェ方が異常だ。そんでもっておれは正常だからやばい。 地団駄を踏みながら、おれは考えをめぐらせる。邪魔なゾロもウソップもいねェ、チョッカイ掛けてくるクソゴムすら居ねぇ。こんなナイスシチュエーションでおれは自制できんのか!?やべぇ、気付かなきゃよかった! おれは取り合えずテーブルの上に食事の用意をして、椅子に座って心を落ちつける為に計算式を考えはじめた。 「√2=1.414213562、√3=1.732050807、√5=2,236067977、√7=…」 「なにやってんの?」 急に耳元で声がする。 「うわぁっ!」 「な、なに何っ!?」 ナミさんは潮の香りのする髪をタオルで乾かしながら、おれの声に驚いてとびすさった。 「な、ナミさん…はぁ、もう驚かさないで下さいよ」 「……なによ、サンジくんが勝手に叫んだんじゃないのよ。…ルートなんか暗唱しちゃってさぁ、何やってんの?」 「あ、いや。ちょっと。別に何でもないんすよ、さぁ、冷めますから食べちゃって下さいよ」 おれは心の動揺を悟られないように彼女から視線を外してそう早口で言った。 「あ…うん。」 白く長いワンピースに自慢の足を隠させているナミさんは、色気と呼べるものはほとんど無いくらい清純で清楚な格好をしているのに、おれはジリジリと心の奥にもやが掛かるのを感じていた。全部もうどうでも良くなって来るのがわかる。そのままナミさんを押し倒してしまいたい。 しかし、当然そんなこと出来るわけもなく、おれに許されたのは食い入るように彼女を見ることだけだった。 「ちょっと、なに睨んでるのよ」 視線を注ぐおれに、ナミさんは抗議の声を上げた。フォークでおれの目を突き刺そうと身構える。 「な、ナミさんちょっとタンマ。それはシャレになんないっすよ」 「機嫌が悪いのはわかるわ、だからって人に当たるのは良くないと思わない?」 ナミさんはフォークをジリジリと近付けながら、怒っているのだか笑っているのだか良く判らない表情でおれに言った。 「機嫌悪くないっす、全然!ナミさんに見とれてただけですよぉ」 「あら上手いこと言っちゃって。 けど私は見とれられてる視線とそれ以外の視線くらいちゃんと見分けられるのよ」 おれはギクッとなる。おれの視線の意味を気付かれたのか?だとしたら…… 「サンジくん、あなた…」 「ちちちちちちがいますよっ!そんなこと考えてませんってば!」 おれは両手を振って無実をアピールした。彼女の唇から言葉がこぼれる。 「みかん勝手に食べたんでしょ!」 「ホントにそんなヤマシイことなんて…へっ?」 「ふっ、さっきからみかんの木の前で座ってたのは知ってるんだからね」 なんだ…バレたわけじゃないのか…いやヤマシイ事を考えてるとどうもびくびくしていけねぇな。 「あ、ああ…っええ、実は。どーしても我慢できなくてですね、へへ」 おれは安堵の吐息と共に、言葉を吐き出した。身体から緊張が一気に抜け落ちるのが判った。 「ふうん、サンジくんってもうちょっと自制心のある人だと思ってたのに。案外と“我慢弱い”のね」 すとんと腰を下ろして、ナミさんはフォークを鳥肉のソテーに突き刺した。 「いや、あのみかんが殊更うまそうでしてね、もう我慢の限界に…」 おれの言い訳に耳を傾けていた彼女は、じろりっとおれを見た。 「我慢の限界、越えたら何してもいいわけ?」 おれは彼女があのみかんをとても大切にしているのを、一番良く知っている。あのみかんの木は彼女の心の支えであり、目標の象徴なのだ。いくら進退ここに極まれりといった状況でも、みかんの木を言い訳の材料にするべきではなかったと、おれは自分の失策を悔いた。 「い、いえ。あの、ですから…」 「サンジくん」 「すいませんでしたっ!もう二度としません!お詫びに何でも……」 おれはそこまで言ってしまってから、ナミさんが意地悪そうに笑っているのに気付いた。彼女の後ろに魔女の影が見える。 「何でもするのね?」 「ぜ、善処しまふ」
本当は知っていた。 彼が自分を見ていたこと。 彼が“サンジくん”であることを止めてしまったとき、私は彼の想いに応えることが出来ない。 彼はとても優しい人だから、自分が嫌だと言えばにっこり微笑んでそれ以上なにも言わないだろう。 だからその優しさにずっと甘えていることが、彼を際限なく深く傷つける。 私は彼に応えてあげられないのなら、彼を突き放す義務がある。それが他人に好かれた者の使命だと思う。 でも、私にはそれが出来ない。彼の寂しさの底にある物が理解できるような気がするから。多分、私と同じなのだ。 目標のために自分の信念を誰にも見せないで居る人間特有の雰囲気。 だから私は彼を突き放すことが出来ない。彼の痛みがとても良く判るから。 彼は痛みを知っているから優しいのだ。 多分、私の痛みが判るから優しいのだ。 女の人が好きなのは知ってる。でも、私に向ける視線は何処かなにかに不安な子供に似ているような気がする。 ときどき彼が小さく見えることがある。さっきみかんの木の前で惚けていた時も、何をどうしたらいいのか判らなくて途方に暮れている子供の姿がダブって見えた。 彼は多分自分の欠けた半身を私に求めている。 私が「彼」に、同じように求めるように。 彼の言葉に応える事の残酷さを、私は良く知っている。 だから私は彼を、“サンジくん”という檻の中に閉じこめる。 彼を男として見ることの怖ろしさから逃げ出す為に。 彼の残忍なまでの優しさ。何故あなたは私をそんなに追い詰めるの? あなたが私に真摯になって優しくする度に、私は応えられない自分が嫌になる。 優しくしないで。 優しくしないで。 やわらかな傷で私を締め付けないで…
ナミさんはおれの目の前にいた。 ぼんやりと見える彼女の髪の毛と、柔らかな感触だけがおれの全てになった。 「抱いてよ、ねぇ」 ひどく挑発的な声。掠れるような小さな音。彼女の声。 潮の音がする。 太陽は輝き、テーブルの上には少しばかり手を付けられた二人分の食事。 白いワンピースが、彼女の身体を覆っている。 薄暗い船室。 誰も居ない船の中。 淡い柑橘類の匂いと、鳥のソテーに使ったバターの匂い。 石鹸の匂い。シャンプーの香り。 胸の中にいる彼女。 背中には壁、追い詰められて、手が伸びそうになる。彼女を抱きしめそうになる。 心拍数の上昇、のどの渇き、頭痛、瞬きの減少。そして顔の紅潮。 自分の中にいる酷い男が出てくる。 背筋に波走る欲望のうねりが完全に引いた後、おれは彼女が絡めている腕を解いた。 「ナミさん、おれルフィみたいに安全じゃないすよ」 「ナミさんなんて呼ばないでよ、しらけちゃうから」 彼女が伏せがちに視線をこちら側に向けた。 おれはその表情を見ているのが辛かった。
サンジはナミにのしかかるようにして彼女をその場に座らせた。ナミの後ろに、まるで背もたれのように彼は同時に座った。 彼の唇は彼女の首筋を這い、何度も軽く歯を当てて噛む。その度に彼女は微かに息をもらした。 男の手がワンピースの上から、彼女の身体を滑っていく。清潔そうな白いワンピースは、彼女の体温が少しづつあがっていくのを、遮ることが出来なかった。 「あっ」 腰の辺りでくるりと動きを反転させた手に合わせて、彼女は小さく言った。 男はそれに興奮したが、表情は何処か淋しそうだった。 手は長いワンピースのスカートを、ゆっくりとじらすようにたくし上げ、彼女の細い太股が露になった。彼女は身をよじって何とかスカートを下ろそうとする。 「あ、…明るくて……やだぁ………」 切なそうにそういう彼女の耳元で、掠れるような低い声の彼は言った。 「自分が誘ったんだろ?」 煙草の匂いのする彼の息が自分の耳元でくすぐるように震え、自分の身体に微弱の電流が鋭く走るのが彼女には判った。 彼の左手は脇腹の辺りで何度も彼女に低いうめき声を上げさせた。 彼女は彼の手の動きが酷く緩慢で、じらすような動きをするので、鼓動の早くなる度に汗がじっとりと噴き出した。 彼はそれを知ってか知らずか、太股を右手で何度もくすぐるようにさすった。その度に彼女の呼吸が途切れ途切れになるのを楽しんでいるかのように。 「や、あ…」 彼女の微かな呟きを聞くと、彼は彼女の首筋に舌を這わした。すべすべの首筋から、肩、そして胸元まで滑り落ちるように、唾液の道が出来た。 「いや……んっ」 ピンク色に紅潮した彼女の肌は、しっとりとしており、潮の味がした。彼はそれを確認するかのようにしてから、彼女のワンピースの肩紐を外した。 「きれいだ」 独り言のように、彼はあらわになった肩に頬摺りし、何度もキスをした。 その度に彼女はうわごとのように何かを呟いていたが、強く拒否することはしなかった。 「………………」 彼は細く息を吐き出すと、脇腹をさすっていた手を止め、するりと滑らせて内股に侵入させた。それに驚いた彼女は大きく体を震わせ、さっと足を閉じた。 「駄目ですよ」 彼はそう呟くと少し力を込めて足を開かせようとした。 「い、いや……これは……」 「駄目ですよ」 もう一度彼は言い、両手で彼女の足を開いた。しっとりと汗を掻いていて、吸い付くような肌に、彼は自分の心拍数が跳ね上がるのを感じていた。 彼は指を彼女の足の付け根にそろりそろりと持っていった。彼女の身体が一気に強ばる。彼の足にしがみついていた彼女の手が、痛いくらいに彼のズボンを引っ張った。 「……ああ…っ」 彼女の力一杯の抵抗も、体勢的にも心情的にもブレーキを掛けられていて、彼の手の進行を防ぐことは出来なかった。 「…ふぁぅっ!」 もう一度彼女は大きく体を震わし、のどの奥の空気を爆発させたような小さな叫び声を上げた。 「……こりゃなんだ、汗か?」 ぬるりとした感触を確かめるように彼は指をひどくゆっくりと動かして彼女に尋ねた。 「いやぁ……ああっ」 「『いや』じゃねぇだろ?『いい』だよ」 “サンジくん”の声で彼は言った。いつもの優しく明るい声が、その場にそぐわなさすぎて、彼女は自分の唇から意識せずに言葉が漏れているのに気付かなかった。 「い、い……でも…駄目なのぉ……」 鼻に掛かるような切なそうな熱に浮かされた声。微睡んだように耳を傾ける彼は、彼女の胸をそっと撫でた。 「どうして?」 彼女の緊張した胸は、少し張っていて、熱を持っていた。 「帰って……きちゃう、よ…ぉっ……」 彼は両手を休めることなく、相変わらずのゆっくりした愛撫で彼女の肌の感触を味わっていた。 「………ル、フィと、か………………」 彼は彼女がその名前を口にしたのを鋭く捉えると、急に両手を強ばらせた。或いはせめて、第一声が剣士や狙撃手の名前ならば…彼はゆっくりと止めたかも知れない。 「ね、ねぇ……もうやめよ、こんなとこ見られたら………」 彼女は彼の顔を見ようと振り向こうとする。しかし確認することが出来ないまま、床に強く押し倒された。 「やぁっ……いたぁい!」 抗議の声を上げた彼女の背中で、彼は凶暴になる気持ちを抑えようと、必死になっていた。息が、鼓動が、彼女の身体を触っていたときよりも一層激しくなる。 「ちょ、ちょっと……重いってばっ」 何とか逃れようとする彼女の身体を、彼は逃がすまいとして思いきり抱きしめた。腕の中の柔らかな感触が、一気に飽和しそうになる。消えそうに思えた。 「クソ野郎、クソやろうっ」 小さい呟き吐息の漏れるようなうめき声は、くぐもって彼女には聞き取れない。 「な、何?…なによぅ……」 「おれは、おれはこんなにもあなたが必要なのに……」 「…………泣いてるの?」 「あのクソゴムじゃなきゃ駄目かっ!おれじゃ駄目なのか!?」 「ねぇ、泣いてるの?」 「おれの何処がいけないっ」 呟くように、叫ぶように、彼は何度もそう言った。 彼女はその度に、自分が返事をしない度に、彼が傷ついていくのが判ったが、どうにも出来ない自分だけを感じていた。
私は自分の下手な同情心と、軽はずみな行動のせいで彼がどんなに傷ついたかと思うと、独りでに涙が溢れてくるのを止められなかった。 何度も何度も涙声で謝った彼ではなく、本当に謝らなければいけないのは自分だということを知っていたのに。 言葉が出てこない。 何と言ったらいいのか判らない。 彼の触れた場所の全てがビリビリと電気を発していた。寒さと暑さが一気にやって来たかのような、ひどい身体の震え。 好きだと一言、それで済んでしまう事だったはずだ。 何故言えなかったのか。何故彼をあそこまで追い込んでしまうことが出来たのか。息が出来なくなるほど抱きしめてくれる人間を、何故突き放してしまえたのか。 解らない。解らなくて泣けてくる。 自分の心の中にいる人が、どうして彼ではいけないのだろう。どうして彼ではないんだろう。 好きで好きでタマラナイの。 でもそれはあなたじゃないの。 あなたがどんなにしても駄目よ。 「何でこんなヒドイことできるの…っ……!?」 声が出ている。自分に向けた言葉が、方向を見失って彼に突き刺さる。 「……好きで……っ、でももう……そんな事じゃなくて、ただ、側にいて欲しかった……あのクソゴムじゃなく、おれの側に……カラダが側に寄る度に……ココロが引き剥がされて、遠くに……目が」 ルフィを見ている、いつも。と、彼は言った。呟いたのかも知れない。 泣きながら。 自分がしている事こそ酷いことだ。さんざん彼を虐めて、彼のココロを踏みにじって、叩きのめして、最後は彼を捨てるのだろうか? 引きずるように自分の身体を彼の側に寄せた。彼は大きく震えて、さっと身体を離す。 その様子にひどく自分が傷ついたのを感じて、声も出ないほど呆れた。 手を、濡れた震える手を、彼の頬に当て、ゆっくりと撫でた。無精ひげの感触が、何故か懐かしかった。 私は彼の肩を撫で、私は彼の頭を撫で、私は彼のココロを撫でたかった。 もし彼がここで私の手を払ったら?怯えて震えるのかしら、それとも傷つき過ぎて無視するの? どうしたって私は傷ついたり出来ない。傷付いたりしたら私は、もう私を許してくれる人を殺さなければならなくなるから。 彼は手を振り払わない。震えもしない。無視もしない。怒りもしなかった。 ただ私の手を取り、手の甲にキスをして、私を抱き寄せ、最低な私の唇に甘く苦いキスをした。 「とても子供っぽいあなたと、残酷で冷たいあなたと、魔女になりきれないあなたに、おれは……」 長いキスはその言葉を切り裂き、その後を私に教えることはなかった。 それは甘く好意的なためらい傷。
おれには解らなかった。 彼女が何を考えているのか、おれが何を彼女に求めているのか。 でもそんな物はどうでもいいんだ。そう、どうだっていい。 彼女がおれに手を差し伸べてくれる今があればそれでいい。彼女の肌は素敵な麻薬、おれのココロは一種のビョウキ。彼女の傷もワガママもミルクセーキにして飲み干せる。勿論ひどい当て付けだって! この熱に当てられたおれには、彼女がおれを男として見ないことなんて問題じゃない。そう、問題じゃないんだ。 彼女がおれの近くにいる喜び。 ……おれがこうやって必死にウソを付き続けながら居ることを、彼女は知って居るんだろうか。(知っていたら都合が悪いな) おれは楽しくて明るくて、最高に料理の上手な“サンジくん”。 それが彼女のおれに与えたおれの居場所。 逃げ出したらそれまで。男になってはいけない。(少なくても彼女の前では) 彼女の側にいたいのなら、従わなければならない。 愛とかじゃないのは良く解っているつもりだ。(でも「それ」は「ホントウ」なんだろうか?) だから、それを確かめたい。 本当におれは何を求めて彼女にこんなにも抱きしめられたいのだろう? そんなことも知っておきたい。 ただ好きで、好きで、全部おれのにしたい。逃げられないように、おれが檻を作って彼女を閉じこめる。 “おれのナミさん”という、強固な檻。 (あ、トーゼン網で仕切られててゴムの欠片も入れねェやつな。) 好きで好きでタマラナイ。手を振り払われたって、呼んでも振り返ってもらえなくたって、抱いてる最中にクソゴムを呼んだって構わない。 その代わりにおれを見て。 おれを側に置いて。 おれに笑い掛けて、馬鹿ねって言って。 それだけで満足するんだ、安上がりな男だろ? たまにはクソゴムと命がけであなたの取り合いをするかも知れないけど、安心してて。 おれは不死身なんだ、あなたの側にいるだけで死ねない身体なんだ。 (どうせあのクソ馬鹿だって死にゃしねぇさ、化けモンだから) ……なァんて言ったところで、どうせナミさんは“馬鹿ね”って言って呆れた顔してんだ。真剣に聞いちゃいねェさ。 どうしてだろ、そんな風にあしらわれるの(ナミさんに限っては)好きなんだ。すっげえ落ち着くんだ。心地いい凪の波に揺られている昼下がりみたいに、おれの心が穏やかになるんだ。 こうやって、キスを自分からするより。 さっきみたく、自分の欲望をぶつけているより。 あーゆーふーに、同情的で親切な親愛でなじってるより。
二人の格好は滑稽ですらあった。 サンジのダブルのスーツはしわくちゃで、所々に付いたナミや自分の涙が染みになって二人分の汗と息で随分湿っていたし、ナミの白いワンピースは床の色がくっきりと移り、裾にはサンジの靴の跡が付いていた。おまけにナミの首筋はキスマークだらけで、体中から煙草の匂いがしている。 「こんなとこに誰か帰ってきたらえらい騒ぎっすね」 サンジはナミにちらりと視線を走らせて言った。 「誰と誰が一番に喧嘩するのかしら」 疲れたような妖艶な笑みを浮かべて、ナミはサンジの肩にもたれた。 「案外私とサンジくんかな?」 「……どうして?」 「こんな事するから」 ナミはそう言って、サンジの汗ばんだ首筋に強くキスマークを付けた。サンジは声も出せずにただ呆然とナミの髪の毛を見ている。 「髪の毛で見えるか見えないか……どう、刺激的な一週間を過ごせるでしょ?」 びくびくと肌の全てが、身体の器官全てが急に飛び起きたようなショック。 「ひゅう……イカスゥ…」 サンジはそう呟くので精一杯だった。 その数分後、誰かの声が遠くから聞こえた。サンジやナミを呼んでいるらしい。 「おおぃ、いい酒が手に入ったんだ。何かつまみ作れよ!」
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