暗い空



『 THE DEATH 』


 「ねぇキッド、冷静になってみてよ」
 ワタシがそう言うと、彼はムッとしながらも耳を傾ける。
 「言い方は悪かったと思うけどさ、事実でしょ」
 もう一度ゆっくりした口調で述べた。どうやら彼には宥められることさえ我慢できないようだ。
 「父上ともあろう方が恣意的に醜く歪められた主観を事実とは恐れ入る!」
 息子の荒ぶる声に思わず眉を顰めてしまう。……だーめだこりゃ、完全に頭にキちゃってるねぇ……
 「では事実だけを言うね。クロナはたくさんの罪無き人間を殺してきた殺人鬼だ。おまけに魔女の教育を施され、手当たり次第に魂を食べている武器を体内に持った鬼神の卵ときている。魂は狂気の温床と化し、転生は事実上不可能。議会では極刑、つまり魂ごと消滅させるも已む無しという結論が出た」
 「……それで、殺すのですか」
 「相変わらず気の早いこと……」
 ワタシはため息をつき、首を振る。
 死神の街、デスシティ。その中央に位置する死神武器職人専門学校、通称死武専。そこの校長室に息子を呼び出したのは金曜日の午前授業が終わった頃。金曜の午後からは多数の生徒が課外授業に出るので、呼び出したところで人目には付かない。
 「もしもそうならここに呼び出す意味はないでしょうが」
 言いながらワタシはべろっと地図を差し出した。
 「一つ宿題を出すことにしたんだ。そこにクロナを向かわせる」
 彼は怪訝な表情をしてその地図を受け取り、さっと目を通してノースキャロライナ、と呟いた。
 「山といえば、我々“人ならざる者”は力を増し、人は魂が試される霊場だしねー。あのあたりには腕のいい職人も多いから議会の連中の承認も得やすかったよ」
 「……まだ雪の降るようなこの時期にあんな山奥へ? 体のいい追放以外の何だと言うのです」
 ワタシが何を言っても聞かないのだから、多分余程腹に据えかねているのだろう。これは“彼女”の言う通りに頭ごなしじゃ逆効果ってところか〜しら。
 「だぁから、最後まで聞きなさいよォ〜。ワタシは一応これでも教育機関の長なんだよ。出来れば二次元論で片をつけたくないワケ。
 あの山がクロナの魂をどう裁くかはその目で確かめてくれればいい。山がクロナの魂を受け入れれば出会えるだろうし、そうでなければクロナは山に取り殺される」
 言ってからちょっとしまった、と思った。どうもワタシは口下手でいけないねぇ。
 「死神ともあろうものが、天に縋るのですか?」
 思った通りのリアクションが返ってきて、嬉しさ半分ため息半分で言葉を返した。
 「死神だって万能じゃないでしょ」
 一瞬ぐっと詰まるも、すぐさま彼は態勢を立て直して反撃してくる。……フホホホ、頼もしい限り……
 「……にしたって!アパラチア山脈がどれだけの規模とお思いか!? 如何に魔剣士と言えどベースは人間!無謀にも程がある!」
 ともすれば子供の頃のように地団駄でも踏みかねない勢いで熱弁を振るうキッド。
 「だーかーらー、キッドを派遣するんじゃないの」
 ワタシは多少ウンザリしながらそれでものんびりとした口調は崩さなかった。二人ともヒートアップしたって話が進まないしねぇ。
 「父上、もういい加減もったいぶった話をするのはやめませんか。どういうことかキッチリカッチリご説明いただきたい!」
 そのあまりの剣幕にパティなら『誰が話の腰を曲げてるんだか解ってる?』と突っ込みそうだな、と思考をあさってな方向に振り向けた。キッドくん……ちょ〜コワ〜イ……
 「クロナを受け入れることに反対した一派はあの山にクロナが取り殺されないまでも、野垂れ死ぬ算段はしてるだろうね。もしかしたら処刑の口実を得る為にクロナが逃げるのを期待して地域担当職人の監視でもつけてるのかも知れない。だけどワタシとしては出来ればクロナを更生してやりたいんだ。幸いキミは魂感知が出来るだろう。そいつで誰よりも早くクロナを見つけて帰ってくれば言い訳は立つって寸法」
 オーバーな身振り手振りと脳天気な口調、それから視線は絶対に外さないようにして。ワタシは出来るだけ深刻にならないように、誠実さが失われないようにと注意深く言葉を選んで喋る。
 ……ホント手のかかる子だよ、まったく。――――――ま、そこも可愛いとこだけどさ。
 「……ペテンですな」
 少し間をおいて吐き捨てんばかりの短いセリフ。ホント、潔癖っつーか融通が利かないっつーか。
 「うん。まあ、そーだね」
 「しかし議会程度、父上の決定権を覆す力はないはず。何故クロナを監視下に置くということで納得させなかったのですか?」
 その台詞に、ワタシは正直なところ驚いた。そういう発想を嫌う子だったはずなのに、と。
 「それは驕りだよキッド。神は人を支配するものじゃない。人を導くものだ。神の意思なんて人間に押し付けるようなモンじゃないでしょ?」
 「………………」
 彼の苦虫を噛み潰したような表情の影に、焦燥感を見たような気がした。余裕がなくて結論を急ぐ幼さと傲慢。……なんだかんだで成長してるんだねぇ……。
 やはり死武専に入学させたことは結果的に良かったのかもしれない、としみじみ思う。人間の悪影響を恐れてあまり外に出さなかったけれど、良い出会いに恵まれたのだのだろう。自分の感情を徐々にコントロールする術を手に入れつつあるようだ。
 「皆が納得出来るだけの形を工夫するのが人の上に立つ者の使命なんだよ……それが例え建前であっても、ね」
 ワタシのセリフを吟味するように少し間をおき、深呼吸をして彼が真っ直ぐこちらを向いた。
 「解りました。ではクロナと落ち合う場所を決めてください」
 清濁合わせて飲み込める余裕が少しは彼に備わったのだろうか。ワタシは嬉しいやら寂しいやら複雑な気分で彼の持つ地図を指し示した。
 「それはもう地図に印があるだろう?」
 「……ここ、ですか……」
 地図をもう一度開き、渋い表情で絞り出すように彼が唸る。
 「そこなら険しい山を越えなくとも済むし、民家も疎らだけどある。裾野だからクロナが受ける山の影響も強烈ではないだろう。……キミが死神として初仕事をした場所でもあるね」
 頷きもせず、黙ったままで彼は立ち尽くしている。……まぁ無理もない。
 「キミも少し、考えることもあるだろう。休暇だと思って墓参りにでも行って来ればいい。クロナと話しつけた後、概要を説明するから、連絡は取り合うということで」
 「解りました。ではすぐに出発します」
 手早く地図をしまい、踵を返そうとする彼に声を掛ける。
 「……一ついいかな、キッド」
 「なんですか」
 それって、マカとブラックスターの補習授業のときと同じ義憤? それとも個人的な感情?
 ワタシはその言葉を澱みなき金色の瞳に免じて飲み込んで、リズがキッドのために編んでくれたすみれ色と黒のツートンカラーのマフラーを彼の首にかけた。
 「気をつけて行ってらっしゃい」

 キッドが去り、再びデスルームに静寂が戻る。耳が痛くなるほどの無音。ワタシは長い時間をここで黙って過ごしてきた。ずっとずっと昔から、長い長い時の果てから、遠い遠い永の年月を。
 ……まあそれもそろそろお役御免っぽいけど。
 「死神様」
 不意に背後から呼ばれる。はっとして振り向くと、そこには憮然とした表情の“彼女”。
 「ああ……エリザベスちゃん〜うーッすチョースちゅり〜す!どーよ調子は〜?」
 いつも通りにおどけて片手を上げるワタシを一瞥し、堂々たる歩みでリズがツートンカラーの舞台へ上がった。まるで何者も恐れない王のように。
 「お使いなんて急に言いつけるからおっかしいと思った」
 「あれーソッコーでバレちゃった?」
 片手に下げた袋の中には、お使いで頼んだ“梓ちゃんからの預かり物のがらくた”がぎっしり入っているのだろう。一応お留守番を頼んだパティとは情報隔絶を心がけたけど、思いっきり胡散臭そうにしてたもんねぇ。……その点パティは偉かったよ、知らない振りをするのが君よりもずっと上手だったから。
 「死神様」
 「はいはーい」
 「お願いだから全部一人で背負わないで下さい」
 下がり気味の目尻をぎゅっと吊り上げて、リズが硬い声を上げた。
 「でもぉーワタシの仕事そーゆーアレだからァ」
 妙な緊張に支配されまいとワタシは思いっきり間抜けで素っ頓狂な声を出す。もちろん妙なボディランゲージも怠らない。
 「だから!……世界のことを一人で背負わなくちゃいけないんだから!せめて家族のことくらい、4人で考えたっていいでしょう?」
 もちろんそんなものにいちいち構ってくれる程この子は優しくないから、全然効果はなかったケド。
 「……うん、でも、ま、一応父親だしネ」
 しょうがない、付き合ってあげますか。上手くはぐらかすのを諦めて、このヘビーでウェットな話題を受け入れることにした。別に情に流されたわけではなく、彼女を宥める為にだけれども。
 「キッドはクロナに入れ込みすぎですよ」
 伏せ目がちの視線をゆっくりとつま先の方へ動かしながら、まるで何か見たくもないものに対峙するかのようにリズが小さな声で言った。
 「――――――――自分を重ねてるのかもね。取り返したいんじゃない?」
 リズが彼女の妹と好対照にロマンチストで、保守的で、感傷的で、消極的な分、パティはリアリストで革新的で、即物的で、大胆だ。努めてそう振る舞っているところもあるかもしれない。……ま、8割は素だろうけどさ。
 「取り返すって、何をですか?」
 「望めないものを」
 ワタシは笑い、くすんだ金色の髪をゆっくり撫でた。
 「エリザベスちゃん。ワタシたち死神ってのはね、めったなことじゃ死なないんだよ。ずーっと生きてる。生きてなきゃいけない。そいつは楽しいことばっかりじゃないんだ」
 「………………はい」
 硬い声。止まった視線。それでも彼女は逃げたりしない。現実に背を向けたりしない。
 「人が死ぬ。友達が死ぬ。仲間が死ぬ。そういうのをずっと見てなきゃいけない。
 あの子は頭がいいから、一度辛い思いをしたら警戒する。すごく用心深くなる。だから自分で君たちを連れてきたことも、相当覚悟してのことだと思うんだ。
 でも、連れて来た。自分で選んで見つけて、連れて来た。君たちの死ぬ瞬間を見届ける覚悟をして」
 姉妹がワタシの前に初めて姿を見せた時は、正直長続きしないだろうと思った。あの面倒くさい性格のキッドに若い娘がついていけるとは到底思えなかったから。
 だけど彼女たちと暮らすうち、その考えがいかに傲慢だったか思い知らされる。……いい子たちだ。楽天的で挫けない。どこにだって抜け道がある事を信じている。
 「――――――――はい」
 迷いのない眼と返事。……キッドが惚れ込むわけだよ。
 「ワタシは嬉しかったよ。家族が増えて嬉しかった。本当だよ」
 「私も、パティも……嬉しかった……お父さんと弟がいっぺんに出来て、とっても、嬉しかっ……」
 花が咲きほころぶ様に、こっちが照れくさくなるほどの笑顔でリズが泣いたような震える言葉をやっとのことで絞り出す。
 「キッドは優しい子だろう。だからきっと、クロナにもこの嬉しい気持ちを感じて欲しいんだろうね。例え人を殺め、許されない罪を背負う者にも。
 クロナは不幸な生い立ちの子だ。でもそれを言い訳にせず、過去を悔い、立ち上がって……出来ることなら生きることで罪を償ってほしい。そうしなきゃ、死んだ者が報われない。ただただ死んだだけなんて、悲しいじゃないか。せめて未来への糧になったのだと、魂たちが胸を張れるように、必死に生きてほしい」
 子供が笑う、それ以上の幸せなんかこの世にあるのだろうか……なーんつって。ワタシはどうも子供に甘いねェ。そんなことを頭の隅で思っていたら、微笑んでいたはずのリズがいつの間にやらぽろぽろ涙を零しながら懺悔を口に身を縮めていた。
 「死神様、死神様……私、悪い子です……クロナに、キッドを取られるんじゃないかって、自分のことばかり考えて……」
 苦しい、と押し出すように吐き出した。
 迷える子羊、というフレーズを頭のどこかが引っ張り出す。まったく、人間という奴は本当に不可解だ。神の如くにワタシの欠落を指摘する強さを、こんなにも脆い魂の中に持っている。
 「……そうだね、いけない子だねエリザベス。でもいけないことが解るなら、次にどうしなくちゃいけないか解るね?」
 小さな子よ、儚き生き物よ、か弱き少女よ。その繊細な魂でどんな世界を見ているんだい。
 「わかりません……見ないようにするのが精一杯で、苦しんでる子達に何もしてあげられない!」
 悲鳴にも似た無力を嘆く言葉がデスルームに霧散する。
 そうだ。その通りだ。人生とは得てしてそれに気づいてからが本番なのだ。そして永遠の命題に四苦八苦して、なんとか答えを与えようともがく為に魂は存在する。……ワタシも同じだ。この泣いてる小さな子と同じだ。出来ないことが悔しくて、ただ必死にじたばた足掻いてる。
 「解ってるじゃないかエリザベス。そうやって、想ってあげたらいい。二人をいつも想ってあげてよ。ワタシもそうする。それしか出来ない」
 「死神様」
 「うん?」
 涙を拭い、リズが呼吸を何とか整えながら、それでも嗚咽の混じったままにワタシに詰め寄った。
 「私、死神様のこともあの二人と同じくらい、いつも想います。でも、それしか出来ないのが悔しい!側にも居てあげられない!……どうしたらいいのか解らなくて、とっても惨めな気持ちです」
 こぼれそうに大きな瞳が縋るでなく見上げるでなく、ワタシを射抜く。
 「……エリザベスちゃん……」
 この子は、ワタシの為に胸を痛めているというのか。
 生きとし生けるものの魂を統べるこのワタシの逡巡にまで心砕いていると!
 「キッドもパティも寂しいんです。ずっと一人で寂しいんです。死神様だって寂しいんです!私も寂しい!クロナとラグナロクが寂しいのなら、一緒に……!」
 小さな手が漆黒のコートにしがみ付いている、たったそれだけでワタシは幾分動揺してしまったらしく、情けないことに次のセリフがしばらく出てこなかった。
 寂しい、と彼女は言った。
 我々すべては寂しいのだと。
 「……優しいエリザベス、それは願ってはいけないんだよ。あの子達は戦わなくちゃいけない。キミが運命と戦っているようにね。優しい言葉だけじゃ解決しないこともある。悲しくなんかないよ、信じてあげよう」
 生きとし生けるもの魂が寂しい。
 ―――――それは事実だ。
 だけど、真理じゃあない。
 キミはそれを知っているはずだろう?
 「でもあたしは!戦って余計に寂しくなりました!奪って傷つけてお腹を満たしてもちっとも幸せなんかじゃない!戦って奪い取る居場所なんか虚しいだけです!どんなに豪華なベッドをぶん取っても、あたしの居場所はパティだけだった!子供には家族が必要です!誰か頼る人が要るんです死神様!」
 いつかそれはキミが自身で気づかねばならない。誰の手も借りず、寂しさを埋めることの意味を探し当てなくてはいけない。心を惑わしながら。辛く厳しい日々を過ごしながら。……それはとても孤独だけれども。
 「キッドもクロナも聞き分けがいい!だから大人は気付かないだけなんです!あの子達はまだ子供なんですよ!本当は甘えたいはずなのに……!あたしにさえ甘えてくれない……!
 あたしそれが不憫で、不憫で……!大人になるにはまだ早すぎます……突き放すには早すぎる……!」
 取り戻したいのだろう、この子も。あの日あの時自分に与えられなかったものを。
 キッドと同じように、他者に与えることで。
 自分と同じ思いを人にさせないことで。
 「泣かないでおくれエリザベス。キミが編んでくれたマフラー、きっとクロナにも渡すよ」
 優しいエリザベス。気弱なエリザベス。甘えてわがままを言えるのが死神だけだなんて、なんて不幸なエリザベス。
 頭を撫でる。これは慰め。長い髪を撫でる。これは役割。くすんだ金色を撫でる。これは義務。
 子よ、小さな命よ。奇跡の形よ。君たちの魂の閃きに触れるとき、ワタシはいつだって胸が詰まる。ときめきに似た切なさと未来への予感のために。死神の身では見定めることの叶わぬ儚さと美しさのために。
 「キミの心は届くさ。ワタシは神様だよ、言うことに間違いなんかない」
 ワタシは君が思う通りの親になろう。安心して頼れる理想の父になろう。それでキミが過酷な運命に立ち向かえるのならば、全知全能の神とやらの振りをする事も吝かではない。



つづく

 

広告 [PR] ネットスーパー お取り寄せ お試しセット 無料レンタルサーバー ブログ blog