ソウル と マカとスピリット
原案:どうぞ運営、サトミ 様
1
多少驚きはしたものの、取り乱しはしない。
ただなんと言うか、ウンザリする。
マカが顔と腕に絆創膏2枚づつと、足はズボンなので見えないが湿布が両足で3枚張っている。流石というべきか、包帯を巻く程度の怪我は回避してるんだから大したもんだ。
包丁持ったキチガイに襲われたってのに。
「くっそー、まさか取り逃がすなんて!」
はいはい。相変わらず血の気が多いですねお前は。怖ろしかったって涙の一粒も流してみろよ、女傑め。
「……こえー……」
「なんか言った!?」
「デスシティも治安悪くなったなーって言ったんデスヨ」
慌てて言い繕いながら救急箱のふたを閉める。
「そうよ! 正義と秩序の街で通り魔なんて信じらんない!」
……あーあ、もう。
血と泥を拭ったアルコール脱脂綿をゴミ箱に捨てながらナイグス先生の忠告を思い出す。
『スピリットがどーもよくないオンナに引っ掛かったらしい。マカの身辺を探ってる奴が居る。本人には気付かれないよう注意していろ』
ナイグス先生の“表の顔”は保健体育の教師で、武器授業の主任補佐である。そして“表に出ない顔”は死武専の内偵課長なのだそーな。言うなと言われてるから皆には黙ってるけど。(デスサイズになるといろいろ知らなきゃなんないし、同時に守秘義務ってのが生じるのよ)
何故だかはよく解らんが、ナイグス先生は俺に結構情報とかアドバイスとか融通してくれる。……いや、薄々“同病相哀れむ”なのは気付いてるよもちろん。でもあの堅物シド先生のパートナー、しかも情報の漏えいに恐ろしく厳しい部署に所属してる人が感情優先する理由が謎だ。……まあこの際有り難く同情を享受しておこう。便利だし。
そんな訳でマカが「誰に」「何故」「襲われた」のか、大体見当がつく。まさか白昼堂々、しかも平日におっぱじめるとは思わなかったので驚いたが。……いや、これこそ俺の油断かもな。
「……んで? 顔は見なかったのか」
「背中の半分まで伸びた長い黒髪に身長はソウルより拳一つくらい高いかな。動きが素人っぽかったから多分武器か一般人。なんか変な香水つけてたのと、左手の薬指に指輪があった。噴水下公園周辺の地理に詳しいみたい……あとは……わかんない。マスクとメガネ掛けてたから顔見えないし……あ、靴はスニーカーだと思う。服に足跡付いてたからメーカーと足のサイズくらいは特定出来るかな」
「――――――――お前、確か背中から蹴られて階段から転げ落ちて二回斬り付けられただけだろ?」
どういう識別能力だよ……おっとろしい。
「うん。刺そうとしてきたから咄嗟に肘蹴り上げちゃった。ありゃ一週間は右手使い物になんないよ」
「女か?」
「さあ……そこまではちょっと。服装もだぼっとしてたから体型ほとんどわからない。髪が長い男かもよ」
女なんだけどね。お前と一緒で薄っぺらい身体の。
「ともかく、死武専に報告して判断を仰ごうぜ。あとしばらく絶対一人で行動すんな」
俺は取り合えず死武専に戻って教員室行って説明して来るからドアも窓も鍵閉めてじっとしてろと言い含めて家を出た。
「ブレア」
アパートの入口でブルゾンに両手を突っ込みながら呪文みたいに猫の名を呼ぶ。
「……はぁーい♪」
待ってましたとばかりに茂みから黒猫が足音もさせず目線も合わせずに俺と入れ替わるようにアパートへ向かう。
「絶対に誰も入れるな。……デスサイズでもだぞ」
「ふふん、過保護ねェ〜」
皮肉と一緒にリンリン涼やかな鈴の音が遠ざかるのを聞きながらブラックスターのアパートに忌々しさを込めて足を進めた。
猫が死武専生(特に俺たち3組)の監視をしてる事は結構前から知ってる。ブレアが誰にも属しない自由意思前提でデスサイズとつるんでいるのも知っている。……まぁ後者は本人から直接「ナイショよん♪」てコトで聞いたのだけど。
それはそれとしてブレアはマカが自由意思で好きなので、マカの不利になるような事は多分すまい。
いろいろぐだぐだ考えていたら、ブラックスターのアパートが見えてきた。もう1ブロック半も歩いたのかと自分で驚きながら指笛を吹いた。
程なくして小さな窓から黒髪の乙女が顔を出し、それにブロックサインを送ると彼女は引っ込んで窓が閉まった。
俺は近くの花壇の淵に腰を下ろし、ぼけっと空を仰ぐ。
ああいい天気だ。気温が高くもなく低くもなく、あと2か月もすれば世界が光の中に消えそうな夏がやって来る。
腹立たしい。
「取り敢えず今回はあの色ボケ殴っていいよなぁ?」
しばらくぼんやりして唸るようにそう言ったら、とことこ歩いて近づいていた窓から顔を出した女が慌てた。
「そ、ソウルくん……穏便に、穏便にね?」
椿が絶妙に嗜虐心を煽る宥め方で焦りながら俺に言うので、なるほどブラックスターが増長するのはこのせいだなと思う。
「つか何で俺らがあの親子の尻拭いしてんのかワケわかんね!」
「……あー、それはそのホラ。惚れた弱みとゆーかー」
「そんなおっとりしたこっちゃ、ブラックスター取られちまーぞ」
俺の嫌味にも彼女は曖昧に微笑んだまま特に感情を揺らさなかった。……ご立派。
2
デスサイズことスピリット、つまりマカの父親(マカは元、なんてつけるけど母親と父親の夫婦関係が途切れただけでマカとあのオッサンの血縁関係が破滅した訳じゃないんだからその表現はどうなんだ)は、全体的に見てくれがいい。おまけに母性本能を程よく擽る程度に無能で、武器としては世界で一番優秀で、死武専で武器以外にも立派な肩書があって超高給取りで、女の扱いをよく御存じで、尚且つ女好きで独身だ。さらに若いと来やがる。
なので、半端なくモテる。
つかデスシティでデスサイズに口説かれて靡かない女の方が希少なくらいだ。
ここに来てしばらくは何であんな軽薄を絵に描いた様なアホウがモテるのか疑問で仕方がなかったんだが、客観的に冷静に第三者視点で考えると、モテない要素が無いんだよな。
で、そんなにモテてモテて笑いが止まらない(推測)もんだから、偶にはおかしな女にも引っかかる。
思えばただの偶然だったのだ。武器の定期考査で順位を上げて誰かさんを見返してやろうと椿に個人教授を頼んだ日、同じオープンカフェの端にデスサイズとその女を見かけたのは。
椿ん家はブラックスターが邪魔をするし、俺ん家でやるとマカに馬鹿にされるし、死武専の自習室は外野がうるせーので、EAT棟からちょっと足を延ばしてNOT棟玄関側のカフェに行った。(NOT棟とEAT棟は間に三つの図書館を挟んで反対側に別れているのでそれぞれの生徒が遇う事はほとんどない)
本当はリズとパティも誘おうと思ったのだけども、ようやく帰って来たばかりのキッドと離すのも気が引けて椿に提案せずにおいた。(なんせパティの喜びようったらなく、今まで頭に咲いてた蒲公英がキッドが居なくなって須々木になり、突如ハイビスカスになったような状態だからな……ってあれ、あんまかわんなくね?)
小一時間くらいテキストとレジュメを広げながら復習がてらに椿から一通りの説明を受けている最中、なんだかどこかで聞いた声がしたので耳を澄ますと、どうも女『が』デスサイズ『を』口説いているらしかった。
「椿、“振り向かずに”後ろ見てみ」
眉を顰めて椿は難しいこと言うのねぇ、と右の手を鎖鎌の刃に変化させて、その反射で後ろを見る。
「……デスサイズさまね」
「その奥に女がいる。見覚えないか?」
椿の可視視界からでは恐らく見えないであろう場所を、俺は左腕を武器化し、その刃に椿の背後の背景を映した。
「……NOT棟の職員の人じゃないかしら。襟に死武専章が付いてるし」
「よく見えんなぁ……てことは新卒の新入職員かなんかか」
あのおしゃべりのデスサイズが二言喋るあいだに、自分達より7も離れてなさそうな若い女が機関銃のようにデスサイズに喋り続けている光景は一種異様である。普通は逆なのに。
「……何だかあの女、気持ち悪いんだけど……」
「う、う〜ん……ま、まあちょっと……かなり……個性的な思考回路ね……」
端々に聞こえてる言葉や単語などを総合するに、社会通念上を照らし合わせるにぶっ飛んだ論理的帰結を相手に強いるタイプの……簡単に言うと“恋に恋して周りが見えないイタい女”らしい。
その日はそれを冷ややかに笑いながら二人でアイスカフェラテのツマミにしてそれで済んだ。
……もちろんそれで済むわけがなかったんだけど。
3
ある日、珍しく揚げ物を作ると張り切ってキッチンに籠ってた筈のマカがわざわざ俺の部屋まで来て受話器を寄こした。
「誰だこんな時間に」
「ブラックスターが明日提出のレジュメ学校に忘れてきたから写させてってさ。はい、自分で持ってよ。せっかくのエビ焦げちゃう」
長い電話線を引張りながら電話機を受け取り、受話器に耳を押しあてた途端。
『ソウルくん大変! 今すぐ6番通りの雑貨店まで来て!』
「あれ? 椿? な、なんだ急に。レジュメ持ってけばいいのか?」
『いいからすぐ! マカちゃんには、あー、私達とご飯食べる約束忘れてたとか何とか! とにかく上手く言ってすぐ出てきて!』
「……う、上手くったってお前……マカ今揚げ物してるし……」
『とにかく今詳しく喋れないの! お願い後悔したくないなら来て!』
「わ、解った……行く。6番通りな」
『雑貨屋、見たらすぐわかるから! 早くね!』
ガチャン。つーつーつー。乱暴に切られた電話が無機質な悲鳴をあげるばかりだ。
俺は何がなんだかよく解らないものの、普段物静かな椿の余りの取り乱しっぷりに嫌な予感がして、とりあえずブルゾン引っ掛けて、財布とヘアバンドを引っ掴んで玄関に掛け出した。
「早く帰っといでよ、もうすぐ出来るからさー」
「……あー、先ブレアと食っといて! 参考書丸ごとコピー取るの時間掛りそう!」
マカの背中にそれだけ言って靴を引っ掛けて飛び出す。後ろの方でなんか怒ってそうな声が聞こえたけど、この際聞こえなかったことにして、後は椿に責任とってフォローしてもらおう。
アパートの階段を降りて通りを抜けスロープを掛け降り、階段を上がって下がって角を三つ曲がり、へとへとになりつつやっと6番通りについた頃には軽く汗をかいていた。
息切れを宥めながら雑貨屋をきょろきょろ探していると、小ざっぱりしたベストを着こんで髪を撫でつけているヘンな(とはいえ少々まともな恰好の)ブラックスターを見つけた。……しかしお前スラックス似合わねーな。
「……何やってんだブラックスター」
「お、来た。ソウル来たぞ椿」
「ソウルくん遅い!」
見れば椿もドレスと余所行きの間くらいのフォーマルっぽい恰好をして髪を結いあげていた。
「……な、ナニゴト? どっかでパーティ?」
「これは免状更新の写真撮った帰りちょっと奮発してお食事を……じゃなくて! あれ見て!」
ぐき、と首を折りそうなくらいの勢いで椿が俺の視界を90°左上へやる。そこにはガラス張りビルがあって、二階のレストランらしき窓際の席のテーブルに置かれたキャンドルにぼんやり照らされ、数組のカップルが浮き上がっている。
「右から二番目の席。手前の赤い髪の人って、デスサイズ様よね? で、その奥に座ってるのってこの間見たあの個性的な女の人よね?」
「……お前ホントどーゆー目ェしてんだ? 見えねーよそんなん」
よく目を凝らしてもどうやら女と男らしい、という程度に解るくらいで、辺りも店内も薄暗くて髪の色までは解らない。
「とにかくそうなの! で、なんか様子が変なのよ。デスサイズ様が万が一にも後れを取るとは思えないんだけど、相手は女の人でしょ。何かあった時の為に証言者は居た方がいいと思うの」
「……で、ブラックスターが完全に飽きてどーでもいいから俺呼んだってワケね」
「あんな堅っ苦しいとこで飯なんか食えるかよ。ただでさえ変な恰好させられてるってのに」
あー、なんで女って人の恋愛とかに首突っ込みたがるんだろ? 付き合い切れねー。ブラックスターが大欠伸しながらスラックスに手を突っこんだままひょいと雑貨店の右隣の壁を蹴って煉瓦塀の上に乗った。
「こっちは空き地か。ちょうどいいや、ソウル来い。服とっ換えるぞ」
「……はぁ?」
「椿ちゃんがキレーにしてんのにそれエスコートしてるお前が寝間着みたいなん着てる気かよ」
4
手櫛で髪を整えて後ろ手に椿が持ってた髪ゴムで括る。
「お前ほんとそーゆーカッコ似合うな」
「……お前もな」
服を取り換えると、ブラックスターが「適当に飽きたらちゃんと送り届けろよ、12時越えて帰らなかったらぶっ飛ばすかんな」と言い捨てて反対側の壁を難なく超えて消えてしまった。
……お前らホントわがままだな……
よっこいしょ、と壁の天辺を両手で掴んで一気に腕の力で全身を引張り上げる。ものすごーく高い跳び箱の要領で。
「あれ、ブラックスターは?」
「帰った。12時までにシンデレラ帰さないと殺すってよ」
時々自分でもものすごい筋力付いたなーと惚れ惚れすんだけど、この程度の事は死武専生なら誰でもやるので全然すごくないという現実に眩暈がする。……俺元芸術畑の人間で、ケース入りギターより重い物持ったこと無かったんだけどな、これでも……指先傷付けないよう缶ジュースなんてスプーンで開けてたんだぜ。信じられるか?
閑話休題。
嬉しいんだか恥ずかしいんだかよく解らないニヤけた顔で唇を波打たせている椿はスル―して、俺はともかく一息呼吸を整え、まだ真新しい匂いのするベストを中のカッターシャツごときゅっと引き下げた。
「よし、いざ出陣しますか中務のお嬢さま」
何だか妙な事にはなったが、やれと言われれば中途半端は嫌な性質だ。やるからにはCOOLにこなそうじゃねーか。
財布からデスサイズのIDパスと紙幣だけ抜き取って後は椿のハンドバックに預ける。
「え、どうして?」
「デスシティのレストランってデスサイズのIDカードで支払い出来るらしくてさ。いっぺんやってみよーと思って」
「……す、すごい……デスサイズってそんなに優遇されるんだ……」
「はっはっはっは。伊達に魔女の魂喰ってねーぜ」
――――――――しかし。
いっつも背の低いマカとツルんでるから気付かなかったが、ブラックスターとキッドがあんまり自分のパートナーと外を歩きたがらない理由ってこれか……。背がちぐはぐなので、腕を組もうにもちっとも様にならない。というか肘が事故っている。……まぁボクのパートナーは背以外にも致命的な欠陥があるので肘が胸に突き刺さる大惨事は起こりようがないんですけど……
ビリビリ身体の左側が帯電しながら二階に上がって、ウエイターに窓際の席を指定する。
程なくデスサイズたちから3つほど離れた席に通された。
「……わ、わー……い、いっぱい……」
「学生なので食前酒は抜きで。軽めのコースをお願いします。椿は何かアレルギーはある?」
「は? い、いいえ。ありません」
「では魚のコースがあればそれを。彼女にはデサートを、私はコーヒーを食後に頂けますか」
メニューをじっくり見ていた椿が目を白黒させて口をつぐみ、ウエイターが畏まりましたと言って下がるのをあっけに取られて見ていた。
「ほんとはメニュー見ずに頼むのあんま行儀良くないんだけど……どうしたよ?」
「……な、慣れてるのね……」
「芸人こそ礼儀第一って実家で死ぬほど叩き込まれたからな。反動でデスシティ来てからこのザマよ」
「……芸人?」
「ああ、まぁいいじゃん。それよりデスサイズ監視すんだろ」
話題を逸らしてざっと店内を見る。天井の明かりはスポットのように絞られていて、テーブルにあるキャンドルがそれぞれの席を照らしているくらい。これなら多少席を立った所で気付かれないだろう。ノーネクタイでも入れたところを見るとそんなに高くもなさそうだが、メニューを見てないので何とも言えない。……ま、勉強代と思うか。
……なんか結構客の年齢層高いな……デスサイズでも下の方じゃないのかこれ……
「流石に話の内容までは聞けないわね……ブラックスターが居れば共鳴で知覚拡大出来るんだけど」
おいおい、早速“何かあった時の為の証人として同席する”って建前を反故にすんな。
リズもこの手の話好きだよなそーいえば。比較的よくツルんでるマカとパティ、最近はジャッキーがこの手の話にあんまり興味がないので忘れてたけど、女ってこーゆーの大好きなの忘れてた……
「モード鎖鎌の片端をこっそり隠して音を拾うってどうかしら」
「……一発で見つかると思う」
というか武器変化した鎖鎌の端っこを、どうやって他の席の人間に見つからないようにデスサイズの席の近くに置く気だ。ブラックスターに感化されてるぞお前。セーブしろセーブ。
「じゃあモード煙玉で小さくなって……」
「どう考えても怪しいだろ、レストランの床に煙玉転がってるの」
苦笑いしながらぼそぼそ戦略を練っていると、前菜などが運ばれてくる。じりじりしながら食べ進むうちに、何やら雲行きが怪しくなっているようだ。デスサイズ達のテーブルを直接見る事の出来る下座に座っていた椿の表情がふっと険しくなったから。
「ソウルくん、驚いて声を出しては駄目よ」
前置きをして、椿が下を向いてから言った。
「デスサイズ様、女の人に指輪渡してる」
「ゆっ……!?」
思わず噎せそうになったけど、力技で何とか呼吸を呑みくだす。
「私からじゃデスサイズ様しか見えないけど多分そう」
「な、なんで!?」
「自分の小指にはめてたのをせびられたみたい。お酒が進んでるっぽいわ。テーブルにワインボトルあるもの」
二度目はもはや駄目だった。咳き込んで、慌ててナフキンで口を蔽う。
「……悪い、ちょっと化粧室行ってくる」
中座して片手を上げ、ウエイターを呼ぶ。
「すみません、レストルームはどちらですか」
「このお席の通路、突きあたりを左の扉でございます」
その台詞を聞いた椿のきらきらした目は多分一生忘れないだろうな、俺。
5
行きはよいよい帰りは怖いって、どこの国の言葉だったっけ。
まさしく今そんな気分。
トイレの個室で思いっ切り咳き込んで呼吸と形を整えて一息ついたら、行きに小耳に挟んだエロ親父の台詞が蘇ってきた。
『……でねぇ、娘のマカがついに相棒をデスサイズにしたんだよ』
女の前で子供の自慢話するか普通!? てゆーか俺を巻き込むなよ! その死神様でも殴りそうな表情してる人との会話に!!
世界三大ファンタジーのどれかに目から化石ビーム出すスフィンクスの像の向こう側にある鏡に飛び込むってシーンがあったけど、あの主人公スゲー。まじヒーロー。俺そんな勇気ない。
それでも戻らない訳にはいかず、しぶしぶ(恰好だけは毅然として)化粧室のドアをくぐる。
威風堂々と件のテーブルの隣りを通り過ぎ様とした時、また聞こえる二人の会話。
「俺は世界で一番マカを愛しているんだよ」
「ヘンよオカシイわ、一番はわたしでしょう?」
「もちろんキミも一番だよ」
……カエリたい……今すぐ窓をぶち破ってアパートにカエリたい……
頭痛を持ちかえって席に着くと、あまりに沈痛な面持ちの俺を見た椿が絶句していた。
「……やばーい。あのヒト怖ーい。デスサイズ全く気付いてなーい。っていうか一人で出来上がってーる」
訳のわからないノリの片言で淡々と喋る俺に、そろそろ椿は気付いたようだ。割と洒落にならない席に就いている事に。
「お酒が入ってたら、いくらデスサイズ様でも危ないんじゃ……」
「流石にこんな人いっぱいの場所で刃傷沙汰にはなんないと思いたい」
とりあえず口に入れたアプリコットのビネガー漬けがなかなか斬新な砂の味がする。あれれ、何故かボクのナイフが震えているよ。
「……けど女の人、まだフォークとナイフ手に持ってるんだよね」
空っぽの皿をさっさと下げろウエイター。空気読め。
「わ、私が声を掛けてみてはどうかしら?」
「やめろ、向こうは素人だぞ。うっかり怪我でもさせたらどうする」
「で、でも……! デスサイズが刺された方が問題になるわよ、最悪あのヒト懲戒免職になっちゃう。そんなことしたらますますマカちゃんが怨まれて……」
そこまで言った途端。
向こうの方でガチャン、と大きくはない音がした。
椅子を引かずに無理やり席を立ってテーブルに膝をぶつけたような。
俺と椿はその音に咄嗟に椅子を引き様子を窺うように耳を欹て、いつでも飛びだせるようにナフキンを席の隣に置いた。
2秒。
5秒。
10秒。
店内がさわさわとさざ波のようにうねって……それだけだった。
そうっと椿が背筋を伸ばして自然を装い、デスサイズ達のテーブルに視線をやる。俺もそれに倣うように身体を捻ってそちらを見た。
赤髪の男が連れが失礼しました、と廻りの席に頭を下げ、ウエイターに代わりのグラスと水を頼んでいるらしく見える。どうもワイングラスか何か倒してしまったようだ。
「……お、っどろかせやがって……」
「私うっかりモード鎖鎌発動しかけちゃった……」
ドキドキドキドキと早鐘の様になる心臓に沈まれ静まれと呪文を掛けて、握っていた拳を解く。ガタガタ身体を震わせて死神様に祈りを捧げてりゃいいものを……全く損な身体だぜ。
二人で顔を見合せ、ほっと身体の力を抜いた瞬間。
ガタガタガタ! と背後が少し騒がしくなり、全身に緊張が再び走った。
思わず振り返る。
すると、歳の頃なら24か5、スレンダーな身体によく似合うサテンのスカートを蹴散らして勇ましくこちらに向かってくる女と目が合った。ほんの一瞬、その深い紫の瞳が燃え上がっているのを見たけれど、女は俺に関心など全く寄せずにさっさと店を出て行ゆく。
「こっ……こわぁ……」
喉の奥から間の抜けた本音が出たのと同じタイミングで、椿のかすれた声が耳に届いた。
「……そ、ソウルくん……で、デスサイズ様が……倒れてる……!」
6
「……なんだ、変わったカップルだな?」
デスサイズが玄関のドアを開けて唸った。ここは死武専の職員寮。寮と言っても借り切りマンションだけど。
「マカが刺されかけた。あんたの脇腹に刺さったのと同じナイフで」
「マカちゃんはまだ何も知りません。私たちも誰にも言っていません」
一瞬ぎくっと息を呑んだデスサイズは、はぁー……と深いため息を吐きながら苦虫を口に押し込められたような顔で入れ、と言ってドアの向こうへ引っ込んだ。
「……あり、椿ちんとソウルじゃん。なんでこんなトコいんのォ?」
「また珍しい取り合わせだな」
足を投げ出してジュースを飲んでいるパティと、血の付いた包帯を片付けるキムが目を丸くしている。
「キムのバイトに付き合って来ただけだよ。マカパパがお腹刺されてさ、その治療」
パインジュースのブリックパックがきゅうと小さくなって、パティがぷは! と一息ついた。
「あ、でもナイショね。業務内容を漏らさないのも料金のうちだから」
キムがゴミ箱にバラバラと何かのチップやパッケージ、糸くずや布、灰、短くなった蝋燭のようなものを捨てて、その上に包帯を置き、手早くゴミ袋の口を閉めた。
「それじゃぁ二、三日は安静にしててください。この魔法は掛け直しが出来ないから次同じところ怪我したら手術しないとだめだと思います」
ゴミ袋をナップザックに詰めて、キムが立ちあがる。
「ほいじゃこっちの用件は済んだから後はごゆっくり。パティはどうする? 私は寮帰るケド」
「んー、なんかこっちの話面白そーだから残る」
「解った。んじゃリズとキッドによろしくね」
「あいよ〜また明日〜」
パティがヒラヒラと片手を上げて、キムが頭を下げて玄関を出て行った。
「パティ、お前も帰んなさい。俺はこの二人と話があるから」
面倒臭そうにデスサイズが後ろ頭を掻きながら冷蔵庫を開けて、パティが持っているジュースと同じものを俺と椿に渡した。……丸っきり子供扱いだな。
「えー、いーじゃん。こう見えてあたし口固いよ?」
「だーめ。お前はいろいろ裏のコト妙に知り過ぎてるからな。これ以上監視付けられたくねーだろ」
「ぶー。ケーチ! ……じゃあ情報交換ってのはぁ?」
「だぁめ! ほら、諦めて帰れって!」
しっし、と片手で犬でも追い払うかのようにデスサイズがパティを邪険にした。
『……なんだか二人とも、仲良しね?』
『仲良し……か?』
隣の椿が呑気な事を言ったので、俺はなんだか呆れてしまった。仲良しに見えるのかこれが。
「んじゃぁねぇ、最近マカのこと調べてるヘンな二人組の話とかどう?」
ぴたっと三人が止まった。
デスサイズと、俺と、椿の三人が。
「……二人組だと?」
「どう? 面白そうなネタでしょ。混ぜてくれるなら喋るよん」
にひぃとパティが笑う。
静かになった部屋で椿がデスサイズを見ると、もはや覚悟をしたのか半目で厄介事ばっかだな、という顔で頷いた。
「パティちゃん……実は私達もその話をしにここに来たのよ」
7
「うげっ……そいじゃマカまで刺されたの!? しかも今さっき!?
ちょっとソウル! なに呑気に椿ちんと浮気してんだよ! 帰って嫁看病してろよ!」
「家にはブレア居るから大丈夫。打撲あるから外なんか出ないだろ」
手短に事の経緯を話して情報交換をする事になり、とりあえずのトップバッターとして俺が喋り終えると、案の定パティから突っ込みが入った。もうこの辺りになると面倒なので流す。
「じゃ次パティな。マカを探ってる二人組の話とお前が持ってる関連情報を喋れ」
デスサイズがアイスティの入ったグラスを傾けつつ授業のように指さす。
「あたしの情報は高いよん」
「キッドにチクられたいのかお前は」
「……ぶー。んーとね、一週間……や、もっと前だな……水曜のハズだから九日前か、ディスカウントショップでマカと買い物してたのね。マカが本屋行くってから現地解散することになって別れたんだけど、マカのボレロを借りっぱなしだったから追いかけたの。ほしたらマカをつけてるっぽい二人組が居たの。マカが気付いてないから気のせいかなとも思ったんだけどさ、歩き方が素人じゃなかったから」
「……ああ、そりゃ死武専のガードだ。今マカは魔女からも第三勢力からも狙われてるからな」
なぁんだと言う風にデスサイズが鼻で笑った。
「ふぅん。じゃあマカ襲った男をなんでほったらかしてんの?」
「――――――――男!?」
思わず声が出た。
隣の椿も目を見開いている。
「そだよ。マカの事聞き回ってる奴、両方とも男だもん。髪長くて線の細い奴と、髪短くてマッチョな奴。マカが襲われたのって髪の長い方じゃないの?」
いちおー死神様に話そうとは思ってたけど……まぁウチもいろいろあってねぇ。死神様のお仕事のコトとかに口出さない約束になってっからどーしよーかなーと考てたとこなのサ。
パティがブリックパックをずぞぞぞ〜と啜りあげて、ひょいとダイニングチェアに座っているデスサイズを見上げた。
「じゃ、最後はマカパパの番だね。何がどうなってんの?」
椿も俺もそれに倣ってデスサイズを見る。
両目を閉じ、腹の上で両手を組み、両足をだらんと伸ばして、椅子に反発するみたいに座っている男は微動だにしない。
「……いーかお前ら、特にソウルとパティ。今まで起こったことも今から俺が喋るどんな事も誰にもどこにも漏らさない約束をしろ。もちろんパートナーにも死神様にもだ。破ったら即死ぬと思え」
だるそうでいい加減で軽薄なデスサイズの声じゃないそれは、ビリビリと俺達を圧倒した。椿は顔を強張らせ、パティはギュッと唇を一文字に結んでいる。
「ああ、死神様に誓うぜ」
やっとのことでそう言ったら、デスサイズがすーっと瞼を開いた。マカと同じ深く濃い緑の瞳が現れて。
「オレの腹を刺したイカレ女、ありゃ魔女だ」
ぞわ、と全員の背筋が凍った。
「死神様も知らんブレアちゃんの古い知り合いでな、行く場所がなくて保護を求めて来た。で、今NOT棟の事務員をやってる。……ま、オレの口利きだがね。
魔女ってのはいろんな形の破壊衝動ってのがあって、あの魔女は人間の男を誘惑して破滅させる種類の衝動なんだ。他の連中に当たり散らす訳にもいかんからオレがガス抜きをやってる。信じる信じないはまぁ好きにしろ。
マカを襲った男には心当たりがないが……多分単なる看板破り(トレーダー)じゃないのか? 性別が違うのなら魔女じゃないし、そもそもオレの匿ってる魔女が自分の身を危険に曝してまでマカを襲う理由がない。オレと魔女は生憎とお前らが期待する様な関係じゃなく、情報と身の安全の交換をしてるだけ。要はビジネスだ」
「ま、魔女と取引き……!」
隣で椿が掠れた声でそれだけ言ってごくりと唾を呑む音がやけに大きく聞こえた。パティも口を開かない。
「で、デスサイズが魔女を匿ってるなんて……懲戒免職なんかじゃ済まないんじゃねーのかよ……」
頭が正直うまく働かない。衝撃的だ。
「キムも魔女だし、オレの通ってるキャバクラにも魔女が居る。……魔女にもいろいろ居ンだよ。あんま先入観で差別してやんな」
「そ、そんな問題じゃないでしょ!? ばれたら死武専に居られなくなるどこか、確実に裁判沙汰になるよ! 下手したら死神様に殺されちゃう……」
パティがようやく金縛りから逃れて、思わず身を乗り出して喚いた。そりゃそうだろ、こいつの居候先は死刑台邸で、トリオ組んでる奴が死神そのものなのだから。
「お前らが喋らなきゃバレない。バレなきゃ問題はない。……違うか?」
赤い髪の隙間から、深い緑の瞳がこちらを窺っている。
――――――――格が違う。
そんな頓珍漢な事を頭が勝手に考えた。だけどおそらく椿もパティも自分との格の違いというものをまざまざと見せつけられた思いだろう。怖い。恐ろしい。踏み込んではいけない昏い落とし穴に片足を突っ込んだ実感。
「ソウルはもう薄々分かってると思うが、デスサイズってのは単なる死神様の武器じゃない。死武専の裏を取り仕切る組織の頭だ。故に穢い仕事も多い。必要なら犯罪ギリギリのコトもする。
歳の若い奴や適正のない奴にはオレはこういう話は一切しない。デスサイズの仕事は強制じゃないからな、外に漏らされると厄介だからだ。……悲しい話だが死神様が引退なさってキッドが跡を引き継ぐ時、死武専の中に居る死神様の反対勢力が何か仕掛けてくるだろう。これはその前哨戦かも知れん。
オレは二人組の方は死武専の反死神派エージェント、もしくはマカのガードという目星を付けた。どっちかはこれから調べなきゃならん」
デスサイズがそう言って、少し息を整えるように浅く呼吸し、間を開けた。
「椿、パティ。前ら二人もおそらく将来デスサイズスになるだろう。そうしたら“世界の警察・正義の死武専”の中に渦巻くヘドロを見る事になる。……それでもお前らはもう辞められない。今この話を聞いてしまったからな。
ソウル。お前がマカのことを憎からず思ってくれてんのはありがたいと思ってる。だがイザという時お前はマカよりキッドを優先して助けなきゃいかん。解ってると思うけど、デスサイズってのは死神、お前らの世代ではキッドの為の武器だ」
覚悟しろよガキども。いつまでもフワフワと学生気分じゃ生き残れないぜ。
にや、と赤髪の悪魔が笑った。
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「……ハード過ぎた……」
ぐだーっとパティが机に伏している。椿も相当グロッキーらしく、放心状態だ。俺はと言えば……薄々死武専が明朗な組織じゃないって分かってた事とは言え、裏付けまで取れてしまってはもはや言うべき言葉なしという気分。
デスサイズのマンションからそのままフラフラと三人で椿とブラックスターのアパートに来た。インターバルを置かないと次の行動が出来ないほどの衝撃だったのだ。情けない話だが。
「でも、不思議よね」
椿がふと窓の外を眺めるでもなく眺めながら言った。
「なにがぁ……」
パティは謎の情報網を持っていて、いろいろ妙な事を知っているので耐性がありそうなもんだが、一番ダメージがでかい様子だ。いつもの元気はどこへやら、ゆっくり頭を机から上げるのがやっとのこと。
「だってデスサイズ様、結局マカちゃんが襲われたって事について深く訊ねなかったわ。仕事の話とか、自分の匿ってる魔女の話とか……衝撃的だけどメインじゃない話ばかりしてたじゃない」
「そういやそうだな」
「普段のデスサイズ様だったらマカちゃんの事になったら目の色が変わるのに……不思議でしょ?」
あんまし頭が混乱してて忘れてた。そうだ、マカ襲った奴の正体がわかんねぇままじゃん。
「私達、デスサイズ様が脇腹を刺されたって現場に居合わせたの。その魔女の顔も見たから、マカちゃん襲った犯人は絶対その魔女だと思って問い質しに来たんだけど……ね、ほんとに男なの?」
「うん。間違いなく男」
「じゃあマカちゃんを狙ってるグループは二つ以上あるって事になるわね」
「二つ以上?」
「まず一つ目が魔女。まぁこれはデスサイズ様とのイザコザを目撃した私とソウルくんが想像した「デスサイズ様を独り占めしたいが為に娘のマカちゃんを疎ましく思う魔女」って意味で、レストランの魔女がそれかどうかはわからないわ。
二つ目がパティちゃんが目撃したマカちゃんを尾行してた二人組。これについては死武専関係者って話だけど確証はない。だって誰も顔を共有認識してる訳じゃないもの。
そして三つ目、マカちゃんを直接襲った犯人。二つ目のグループの片方と特徴は似てるけれどやっぱり確定ではないから現時点では分離させておいた方がいいと思う。
……だから二つ以上ってこと」
指を折り折り、朗々と述べる椿をパティと一緒にあっけに取られてぼんやり見てた。伊達に黙って静かに様子を窺ってた訳じゃないらしい。
「魔女の線は消えたんじゃないか。マカも男かも知んないとか言ってたし。俺は先入観があったから魔女だと思ってたけど」
「うーん、じゃあ言い換えるわ。外部勢力、つまりマカちゃんを狙ってる魔女とか魔道師とかあの辺りってのはどう?」
「……まぁ、突飛ではあるが否定は出来ねーか」
「つーかさぁ」
「あー?」
「そもそもの事の起こりって、マカパパでしょ?」
「?」
椿と俺が眉をひそめ、急に何を言い出すのかとパティの方を向き直る。
「だから、マカパパが魔女とか内部勢力とかいろいろ言いだして……でも結局ネタ全部持ってて情報にアクセスできるのマカパパだけじゃん。私達の持ってる情報って、マカが襲われた、マカがつけられてる、マカパパが女と密会して刺されたってだけ。それに納得できるよーな肉付けしたのって全部マカパパでしょ」
……おい、ちょっと待て……ソレ、口に出しちまうのかよ……
「……パティちゃん……もしかしてデスサイズ様を疑ってる……?」
そんなこと言いながら、動揺と言うよりは確認をしているかのような訊ね方だな椿。
「上手く気を逸らして子供の持ち物取り上げるのは大人の常套手段っすよ」
ねっ? とでも言いたげにパティがこちらに微笑みかける。
――――――――あーもう、ほんと狸女だこいつ。
「……いや、この際デスサイズの企みはどーでもいい。主題を思い出そう。マカが死神様のお膝元のデスシティ内でどうも命を狙われてるらしい……これが一番異常でデッカイ事だろ」
「ホントにただの看板破り(トレーダー)だったら笑えるね」
キャハハ! 嬌声を上げるパティの目はちっとも笑ってない。初めて会った頃なら、きっとこの上手な仕草にまんまと騙されてたんだろうなぁ。
……あー、女コワイコワイ。
「全否定は出来んけど、ややこしい事が一気に起こってるってのが偶然とも思えねぇんだよなぁ……」
「魔女との密通も、結局デスサイズ様の口から言われただけだものね……疑おうと思えば何でも怪しく見えてきちゃうわ……」
俺が真面目に考え込み、椿が慎重に悩み始めたのを見計らったようなタイミングで、パティがすっと背筋を正した。
「……で、どうする?」
「エッ、何が?」
それに面食らう椿、様子を窺い続ける俺。チキンと言うな、こーゆー性分なんだよ。
「何がって、黙ってりゃ“上手く”大人たちが片付けてくれんじゃない」
「でも、マカちゃんがデスシティ内で誰かに狙われてるのよ?」
「それこそ警備とか死武専の問題じゃん。少なくとも学生が関わる話じゃないね」
「そ、そう言われればそうだけど……」
正論だ。確かに生徒がおいそれと関わっていい事じゃない。行儀良く被害者の立場を全うすべきが、死武専生徒の本分だろう。
「どうするソウル。あたしも椿ちんも面白そーだから首突っ込んだだけで、目的があって行動したのはあんただけ。往くも戻るもあんたが決めな」
「……目的って、大層な理念に基づいて動いてる訳では……」
振り返るように見栄を切るパティの青い瞳に居抜かれて、俺は咄嗟にもごもご言葉尻を濁してしまう。
「――――――――ねぇソウル君。職人が襲われてるのに手を拱いている武器ってのは沽券に関わるわ。でもプライド優先でデスサイズ様に反抗してもいいものかしら?」
「藪を面白半分に突いてマカパパがマジで魔女に骨抜きにされて死武専裏切ってましたー、なんて蛇が出た日にゃ、マカ、泣くよ?」
………………………………………………………痛い所突いて来やがる……。
「どうするの?」
覗き込むようにか細い声の椿。
黙ったままのパティ。
ブラックスターのアパートは静かで、三人も人間が居るってのに空気が冷やっこい。
いや、本当に空気が冷たいのではなくて、張り詰めているからかもしれない。
まあそんなコトどうだっていいけれど。
「……俺は」
「はい」
長い溜めを打ち破り、俺はついに口を開く。
「最弱の若輩とは言え一応デスサイズスなワケよ」
「ふむふむ」
「死神様を守る使命と責任があるんだわ」
「ま、ソレはEATの武器全部にあるけどね」
「……マカの親父とマカには悪いが……さすがに魔女との関係は見過ごせん、というのが本音」
『………………』
二人は沈黙、俺は続ける。
「別に俺は暑苦しく正義に燃えてる訳じゃねぇ。ただ、私情に流されて正確な報告義務を怠るよーな半人前にゃなりたくない」
『………………』
まだ二人は口を開かない。当たり前だ。こんな馬鹿げた殆ど何も自分の利にならん話、乗る奴があるものか。
「面倒事だ、お前らは降りろ。何かあっても知らぬ存ぜぬで通せばお咎めも少ないだろうし」
言ってしばらく、また部屋がしんと静かになった。
或いは俺こそが反逆行為をしているのかも知れないなと心のどっかが思う。
現役デスサイズの脱落、それはこの死武専……いや、死神様の戦力をごっそり奪う事になるのだから。
「ま、今のとこ情報整理しても煮詰まるだけだし、今日はこの辺で切り上げよ。喋るなって釘刺されたし、それぞれ適当に情報集めてまた交換するって事で」
「……なんかどっと疲れたわ……」
「やっぱ好奇心は猫を殺すよ……これに懲りて興味本位で首突っ込むのやめよーね椿ちん」
「はぁい。反省しまぁす」
ぱっと空気が明るくなるような錯覚を覚えるほど、二人の声があっけらかんと軽くなった。
「……お、おい……お前ら、どっちに転んでも確実にデスサイズ、悪くすりゃマカにも死武専にも睨まれるんだぞ? 解ってんのか!? ブラックスターやキッドにだって迷惑掛けるかも知んねーのに!」
何を考えているんだ! と、何故か説教しかけた俺をキュっと二人の瞳が睨み付けた。
「抜け駆けエエカッコなんて許されねーんだよ、ソウル」
「ここまで関わって後は秘密、なんてずるいわ」
「………………〜〜〜ッ! ほんッとーに! 武器ってのは! 馬鹿ばっかりだ!」
「馬鹿の頂点一番乗りが何言ってんだ、バーカ」
俺の鼻先をパティが人差し指でピンと弾く。
ジンと痺れて、痛かった。
……馬鹿どもめ!
つづく。
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