ソウルとハーバーとジャッキーとファイアー&サンダー
武器授業が終り、ちょうど昼食の時間なので俺達はいつも通り飯を一緒に食う事になった。椿は課外授業で居らず、トンプソン姉妹がシド先生に居残り課題を出されたもんだから、俺とハーバーとジャッキー、それからファイアー&サンダーの合計5人で。
「二人とも日替わり定食なの? んじゃあたしもそれにしよっと」
ジャッキーの指が緑のプレート・スイッチを押すと自動販売機は同じ色のプラスチック片を吐き出した。
「ソウル、ファイアーとサンダーのランチバスケット売店で買ってくるから俺のトレイ持ってくれるか?」
「うぃーす。ハーバーは水? ジャッキーは熱いお茶だよな」
ハーバーは何故かオックス君が居ない時は自分の事を『俺』という。最初は違和感があったけれど、きっとオックスくんの影響で癖付いたんでしょ、とはジャッキーの弁。
「いいってソウル、飲み物あたし持つから。ハーバーは二人と売店行っといで」
食券を手渡してハーバーが二人を連れて売店の方へ消えた。俺とジャッキーは長い食堂の列に並ぶ。
「相変わらず木曜日は込むねぇ……先が見えないよ」
「4コマ目が武器と職人が別授業だからなー、弁当組が全部食堂来るからしょーがねぇ」
「こりゃ多分売店もメチャ込みだわ。はぐれなきゃいいけど」
意外だが、俺は椿やトンプソン姉妹よりもハーバーやジャッキーの方が気楽に話せたりする。
どっちも性格がサバサバしているのもあるが、単純に俺とマカの関係についていちいち糞ウザい詮索なんかしないってのがその一番の理由かも知れない。
「そーいやさっきの授業だけどさ、パティが要領いいからリズのミスが目につくだけで、俺リズ悪くねェと思うんだけどなー」
ジャッキーが暇そうにぼんやりしているのでちょっとした話を振る。
「でも今までの可変タッグじゃなくてパティはキッドが戻って来るまでは職人に徹する訳だから、やっぱりリズがフォローしないと駄目じゃない?」
「フォローはしてるだろ、ありゃ体力が追い付いてないだけだ」
「やっぱ死神に使われるのと人間に使われるのじゃ違うのかなぁ」
「パティが飛ばし過ぎなだけだろ、元々あの二人はコンビみたいなもんなんだから」
ゆっくりと列が動きながら辺りに漂う美味しそうな匂いと湯気を攪拌しているのを、まったりと穏やかな気持ちで眺めているのが心地よい。俺は木曜日の昼食がほんのちょっとだけ楽しみにしている。
別にブラックスター達と食うのが面倒臭いわけではないんだけど。
「そういやパティで思い出したけど」
「んぁ?」
「気を付けなよ、外でくっ付いてると噂になるから」
ぐっと息が詰まった。
「……な、なんの話かサッパリ……」
「ソウル結構優しいのねー。アタマ撫で撫でなんかしちゃってサ」
トレイにアラカルト商品を二つほど選び取りながらジャッキーが言う。
「あ、アレはだな!? キッドが居なくて情緒不安定になってて……っ!」
思い切り声のトーンを落としながら怒鳴るという喉を潰しそうな芸当で慌てた俺を、ジャッキーはさも当たり前のように「分かってるよ、パティのキッド好きは」と大して気にするでもなく宥めた。
……お前のそのドライさ、ほんと助かる……
「パティが泣くとこ初めて見ちゃった」
どこか遠くを見ながら、悲しいのか寂しいのか、残念なのか哀れなのか、或いはそのどれもなのか。判断のつきにくい小さな囁き声がざわめく喧噪に混じって消える。
「……そりゃ、パートナーが生死・行方共に不明だもんよ……想像を絶するストレスだろうぜ」
キムのために死武専を裏切りさえしたジャクリーン。
俺が同じ立場ならきっとマカを張っ倒してでも引き留めたと思う。……けど、本当にその状況になったなら間違いなくウロタエてみっともなく動揺しただろうなァ……
「――――――――早く見つけたげなくちゃ」
強いよ、お前ら女どもは、ほんと。
「空を飛ぶのって乗せてる方のがずっと怖いだろう? 乗ってる方の恐怖も伝わるし」
ハーバーが日替わり定食の糸こんにゃくとたらこの和えものをモグモグやりながらそんな事を言った。左隣にはサンダーがチョコレートソースの載ったパンを同じ調子でもぐもぐ食べている。
「そもそも初体験で腰以上の高さに浮けるだけで驚異よ。あたしキム乗せて飛べるようになったの3ヶ月以上掛かったのに」
それに真っ先に乗っかったのはジャッキー。隣に座っているファイアーの口に付いてるたまごをナフキンで取りながら。
「いや、俺たちは年単位でコンビ組んでる上でだし……」
……お前ら夫婦か、と言いたいのをぐっと堪えて(ああそうか、椿や姉妹には俺達がこういう風に見えるのだなぁ等と客観視しながら)返事をする。
「それにしたって初日で浮けるなんて異常よ、異常!」
「才能だろうな」
「……才能ねェ……」
才能、という単語が俺は嫌いだ。
そいつに挫かれて苛まれて俺は此処に居る。
――――――――いや、そいつと戦うのが怖くて逃げだしただけだ。
だからとっても耳に痛い。
痛くて痛くて、あんまり痛くて、俺はつまらなさそうな振りでどっか別のとこを眺める気の無いポーズをしなくちゃならなかった。
「あんたら二人とも優秀だから羨ましい」
不機嫌丸出しでそっぽを向いた俺に、ジャッキーがため息と共に「キムは魔女ってアドバンテージを抜きにしても才能豊かだからついて行くの大変よ」と独り言に似せた言葉をぶつける。
「……マカが、だろ」
まだそっぽを向いたままの俺はついでに頬杖なんか突いたりして、ファイアーに「ソウル、お行儀悪い」などと突っ込まれたりする。
「馬鹿言わないで、あんな精密な波長コントロール出来る生徒なんて見たことない!」
「ソウルはちょっと自己評価が低すぎるな、もう少し自信を持てばいいのに」
キッドならきっとうんざりした顔で言っただろうなと思う。
ブラックスターなら多分鼻で笑うんだろうな。
俺の根性のなさを。
でもこの二人はまっさらで素直な気持ちと表情のまま感心してくれて……やばい、泣きそう。
「周り天才ばっかで俺みたいな凡人が出張る隙はねぇの」
精一杯の強がりで俺はまだそっぽを向いたまま。
「自己嫌悪もそこまで来ると陶酔だわね」
「随分俺を買ってくれてるんだなぁ」
うんごめん、顔を戻せないだけだけど。
「……ハーバー、ちょっと聞いた? 嫌味よ最早」
「ソウル、お前自分がデスサイズになったのを忘れてるのか?」
デスサイズ、という単語を聞いて急にさんざめく風景から色と音が一気に失せた。褪せる、じゃなくて。
「――――――――実感が薄いってのは実はある。もっとこう、デスサイズになったら目の前の霧が晴れるようになんか変わるんだと思ってたけど、別に何にもかわんねぇからよ」
そう、不安も絶望も悲しいことさえみんな溶けるんだと心のどこかで夢想してた。
暗いトンネルを抜けるように迷いも憂いも消えるんだと信じ込んでいたかった。
ただそれだけが俺を救うのだと強く思うことで面倒事全部封じてただけなのに、当たり前に夢から覚めただけなのに、ただうっすらと世界の在り方に失望するとか……何様だ俺は、まったく、ガキっぽくて嫌になる。
「変わったでしょうが。マカの魂の波長を操作して空飛ばせるようになったじゃない」
ぶすっと拗ねてた俺に、ジャッキーはさも当たり前とそう言って笑った。
思わずはっと向き直ったら。
「胸を張れソウル、お前は凄い」
嫌味なく笑ったハーバーがにこっと表情を崩した。
ニヤニヤしてしまう。痒くもないのに頭の後ろに手をやって視線を逸らさなきゃならないくらい。
「……なに可愛い顔して照れてんのよ」
「や……なんかこう、正面切って褒められるの、慣れてなくてさ」
お前ら二人の笑顔とかレアなもん見たせいだ、というとっさの言い訳も口に出なかった。
「マカも不器用な方だから言わないだけで、お前の凄いとこ認めてるさ」
「〜〜〜や、やめろよもう、なんか変な汗出ててくるだろ!」
片腕で口元を隠しながらじたばた悶えてしまう。
「ソウル、顔真っ赤」
ファイアーとサンダーが声を揃えてニコニコ笑いながらそんな事を言うので、俺はもう堪らなくなってテーブルに突っ伏した。
21:52 2011/04/13
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