うさぎ と 四人目の王様
〜 メトロポリタン美術館 〜
『なんでそこでスピリット君じゃないのよォ……いや確かにワタシがスピリット君使ったら確実に殺しちゃうケドさ……大丈夫大丈夫。黒血程度で脳天直撃死神チョップを甘く見ないで欲し〜な〜』
「やっほぉソウルくん。おげんこォ?」
「リズねーちゃんも元気ですかぁ?」
首を傾げて子供をあやすような声を出したら、同じ風に返された。
「……来るなりヤな子だよもう……なんで選りにも選って君にバレるかな……」
必要もないのに首筋などボリボリ掻きつつため息をつく。
「大丈夫大丈夫、ブラックスターと椿とマカには死んでも言わないから。あとデスサイズにもリズにも、当然キッドにも俺が知ってるって絶対知られねーから安心してくれ」
気楽な顔で頭の後ろに両手を組みつつ、悪ガキが抜けるような青空をバックに笑う。……ふむ、なかなか調子は良さそうだねぇ。さすがシド君、武器にバランス取らせるのが上手い。
「……まさかパトリシアちゃんとソウルくんがイイ仲だなんて思わなかったよワタシは……」
腹の中など一切見せず、断首台を模した幾重にも続く鳥居に目をやりつつ嫌味のようなからかいを続ける。ワタシあんまりこういうの上手くないんだけどねー。
「だーかーらー。毎度言うけど、あいつと俺とは同期の桜で共犯者なの! 俺はキッドにゃなれませんー」
「――――――――なれたら、可能性があると」
「ねぇよ! つか悪かった! 悪ぅございましたから用事済ませてください! 今日俺が夕食当番なんで遅れるとマカとブレアがうっせぇんですー!」
仮面のこちら側でニヤニヤ笑ったら、さすがに分が悪いと思ったのか十字架が無造作に並ぶ砂漠の舞台に立つ魔鎌の少年が先を促した。
「はいはい。んじゃチャッチャと済ませちゃおう。
デスサイズ昇進おめれとさん。はい、これが身分章。パスに貼ってね。
んで、本当は昇進したその日から死武専内の資料室なんか自由に出入りできるようになるんだけど、ソウルくんの場合はまだ職人が一つ星職人だから完全限定解除パスはあげられないのヨォ〜」
ちゃぶ台の上にずらりと広げた各書類と章を指差しながら説明する。普通の昇進だとこの手の説明は職員かスピリット君に任せちゃうんだけど、デスサイズになるからには自身で面接をしたいという我侭のため、こういう風に顔を突き合わせるのだ。
「あぁ、なんかそれデスサイズに聞いた」
「もうそろそろしたら昇級試験があるし、それにマカちゃんが合格すれば学校外でもデスサイズと名乗ってオーッケェ。キミの職人は成績優秀だしクリアしてる課外授業の数も精度も半端ないから間違いなく合格するでしょ。
で、するとこれ。この完全限定解除パスを渡すことになるんだけどォー……」
書類の上の白い身分証。もちろん証明写真がばっちり貼ってあって、貸与厳禁と書いてある。
「解ってるよ、マカに名義貸しすんなってんでしょ」
「……ご明察。
最近どーもマカちゃんの様子がおっかしいのよねェ〜。何度か生徒立入禁止のはずの書庫の前に居たって報告も聞いてるし……危ないコト考えてなきゃいいんだケド」
――――考えてねーわけねーじゃん――――
そう顔に書いてある彼が素知らぬ風を装い目を泳がしていた。……やっぱりか……
「なんか気が付いたりしない? ミョーな本ばっかり集め出したトカ。あ、ここにサイン貰える?」
「あいつがミョーな本ばっか読んでるのはいつもの事だし、俺は専門書なんか興味ねぇからなー。ま、気を付けて見とくよーにはするよ」
言いながらサラサラとペンを走らせる彼。こんなにあからさまな探りを入れているというのに、何その落ち着きっぷりは。ホントに君15・6歳なの?
「……頼むよ。ワタシも出来ればお仕置きなんかしたかないしネ……!」
少し視線を強くして睨みを利かせたらすぐに反応して姿勢を正す。……んー、やっぱり鈍感でも立場を見失ってるわけでもない……とすると、マカへの絶対的信頼が揺るいでないってコトか……
……面倒だな、というのが本音だった。武器はラジエーターでありバランサーだ。頭の中に渦巻く不要な熱気を逃し、いつもコンビ間を冷静に保たなければいけない。それが誰とでも出来てこそ初めてプロフェッショナルである。
死武専は決して魂の夫婦を作る組織ではない。強大な能力に振り回されることなく、自分の人生と世界のあり方の関係を学ぶ場所だ。故に彼のような一個人を信奉するスタイルはワタシの望むところではない。
何よりも怖ろしいのは、同位化してしまった武器はその職人以外とほとんど共鳴できなくなってしまうという事だ。それは自分の可能性を見失うことに他ならない。
『ナイグス君みたいにならなきゃいいけど』
胸の内で思いながらワタシは頭を切り替えた。
「んで。デスサイズになるってことは、緊急呼出しってのがあるというのも覚えとくよ〜に。そんな事は万が一にもないと思うけど、有事の際は生徒であるマカの武器としての学務ではなく、ワタシの武器としてとしての職務が優先される。ま、ちーっとだけどお給料なんかも出ちゃうからその辺りご勘弁ってコトで。詳しくはこの小冊子読んでね」
「学費免除の他にそれもあんの? すげぇなデスサイズ」
「学生の間はほんと雀の涙だけどね。頑張ってレベル上げて死武専所属のデスサイズになれば一流企業のビジネスマンクラスのお給料出すよ、完全能力給ではあるけど。あ、こことここに拇印ちょーだい」
「……死神様……俺、知らなかったんだけどさ、デスサイズになったら自動的に死武専直属の武器になるんだと思ってたんだけど……スカウト制なんだって?」
おわ、意外なところ突っ込んできたなぁ。
「うん。ウチ別に公共機関でも何でもないから普通に福利厚生とか大変なのよォ……大所帯だしねェ……。あ、あとでこの書類に必要事項書いて提出ね」
「うわしょっぺえ話聞いちゃった……」
「まーその辺は今のところスピリットくんが一手に仕切ってくれてるから……どう、ソウルくん会計士の資格取ってみない? 諸経費負担するよん」
表向きに死武専は鬼神を二度と生まない様、武器と職人を管理している場所である。……ま、鬼神がそう簡単に出来るもんじゃないってのはオフレコだけど、勘のいい人間なら薄々気付くカラクリだろうから特に重要な問題ではない。ワタシの恐れるのは、有力者が狂気に陥り理性もなく暴れ更に狂気を生む事だ。
職人は確かに普通の人間ではあるが、筋力や体力などが異能と言って差し支えない程の者。10m以上落下して無傷である事を奇跡だと思わせなかったり、世界最高峰の武器が税理士資格持ってたりするのを奇異に思わせないのは我が教育の賜物と自負している。
異常を異常と思わせない空間、それが死武専の歪みであり、不具であると言われれば頷くより仕方がない。今、死武専には目の前の少年のように、ここに居なければ背負わなくてよい苦悩に身を焦がす者が一体何人いるのだろう? 死神の枷に架けられた者たち全てに恨まれるのは覚悟の上とはいえ、子供たちの人生を傾げる資格が神になどあるのだろうか?
だがそれでも、それでも、決して狂気に屈する訳にはいかないのだ。
―――――死神の理でしか守ってやれない無力には毎度ため息が出るねェ……
「……その前に鬼神とか魔女とか、いっぱいする事あるんじゃ……」
「ちっちっちっち、甘いなソウルくん。真の敵は日常にありだよォ?
てゆーか正直ワタシは税務局と年度末収支申告の方がコワい! 鬼神はブッ殺しゃーそれで済むけど税金はそーはいかないからねぇぇぇぇ!!」
どこまで本気なのかと訊ねようとするのを先手打って潰しておく。死神の真意なんて子供が窺おうとするもんじゃないよ。
「そーいや、武器はだいたい死武専に就職する……で、職人ってどーなるんすか?」
書類を数えながらペンを走らせ、空欄を埋めている彼が何の気なく訊ねた。……それ持って帰って埋めて欲しいんだケド……ここのちゃぶ台、木目が粗いから字が歪むでしょうが……
「いろいろだよ。知識を生かして学術の道を進む人もいれば、意識改革を促すんだって政治の道に行った生徒もいる。いちおーウチ専門職の学校だけどね、基礎授業とか一般教養とか受けたい人には門戸開放してるから。3時からは社会人講習あるでしょ。あれ教えてるの卒業生だったりすんのよ」
「うおー、結構社会に溶け込んでんな死武専」
「まーねー。じゃなきゃソウルくんもうちに来なかったっしょ。武器の血筋はもはや組織力を以てしても把握不可能なほど広がってるから、“集める”んじゃなくて“集まる”ようにっつって考えた学校だもの」
たとえ隠れ蓑であろうとも、学校を経営するのだから社会的責任は負う。どーせならきちんとその部分もカバーしたいなーと思っていろいろ勉強してたらハマっちゃって……まあ、趣味と実益だわな。800年くらい割りと暇だったし。
「その気になりゃ世界も滅ぼせるような力持ってー、すっげー金持ちな上に権力者でー、巨乳で美人のリズ侍らせてー。良く考えたら死神様って男の夢を実現してんだよなァ。いいなぁ〜」
笑いながら子供っぽく俗な事を言う彼が書類に尚もペンを走らせている。……そ、そっちか……! つーか引っ張るねぇ……
「うーん、そうねぇ……ヤルならまず大統領とライフライン系、あと原子力発電所だのの主要者を同時に人質に取るね。英雄行為を阻止するために誰かが裏切ったら部下皆殺しにするって宣伝して無力化ー……そー考えるとアメリカは恰好の土壌だ、土地は広いし人間は多いし、軍事力は世界最高峰だし籠城も攻撃もし放題……」
さっきまでカリカリと音をさせていたペンはすっかり書類から離れ、それを持っていた少年はドン引きの顔。……もちろん目を合わせてくんない。
「し、死神様……?」
「い、いや……本気にされても困るんですけど……あのね、何度も言ってるけどワタシ神様だけど自分で玉子焼きの一つも作れないからね? 一人ぼっちになって死神に何の意味があんのよ」
「……いや……死神の千年王国でもつくんのかと」
「そのつもりだったらもうなってるってそんなもん。ワタシは平和で穏やか〜に世界が回るよう、粉骨砕身の毎日だからそこんとこヨロシク〜」
すっかり大人しくなった彼の目の前に広がる書類を手早くクラフト封筒により分けて仕舞う。
「ソウルくん」
「はい」
……ありゃりゃ、口調まで大人しくなっちゃって。うんうん、恐怖を覚えるという事は良い事だ。
「金があれば女は付いてくるってのは女が喜ぶ金の使い方ができる男が言うセリフなんだよね」
「……ハぁ?」
ことさらに間抜けな声でソウルは混乱の極みという顔のまま、持っていた封筒を口の開いた鞄の中へ落した。
「ま、頑張って視界を広げちゃってよ。……金の“力”でなく、金を使える“自分”に惚れて貰えるよーにサ」
『あ、マ〜カちゃーん。うっすちゅっすおぃぃっす。しーにがみさ〜までぇす。えー、そりゃ生徒の電話番号くらい知ってるヨォ〜。デスサイズ作成おめでとう。これで私もちょっとは安心だネ。……いや、そういうつもりじゃないけど? …………ふふふ、なに、ソウルくん手放すの惜しくなったの。……はいはい解った解った。そんでね、ソウルくんにデスサイズ昇進の書類とかパスとか持たせたから、マカちゃんも記入漏れなくサインしてねー。一応完全部外秘なんでブレアちゃんにもみだりに見せないよーに。これからもがんばってソウルくんを鍛えてちょーだい。んじゃ〜ね〜』
・つづく・
23:51 2010/10/08
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