うさぎ と 三人目の王様
〜 青い山脈 〜
『珍しいな、お前が生徒凹ますなんて。なにを下手こいたんだ。……まぁいい、どーせマカ関連だろ。……解らいでか。アイツが表立って悩むことなんかそれ以外ない。……解った、心配するな、任せておけ』
「よう、ソウル。珍しいなお前が一人で居るとは」
なんだシド先生か。あんたこそ第一図書室が根城の癖に何だってこんな所に。そう言ってソウルが子供には過ぎる疲れたような目をして言った。……こりゃ相当凹まされたな。
「俺は死人だからな、あんまり日の光に当たると腐るから日の光が遮断されてる所にいつもいるだけだ」
だから木蔭が大好きだ。そういうゾンビな俺だ。言ってひと笑いする。3コマ目と4コマ目の間の休み時間はたった10分。確かこいつの次の授業は地理だったはず。もちろん教室はこんな死武専の端っこの花壇の前などではない。
「なぁソウル」
「……あぁ?」
「デスサイズになってみてどうだ? ずいぶん気楽になったか?」
「……へっ。それをあんたが訊くか」
逆に聞きたいよ、なんであんたはナイグス先生をデスサイズにしなかったんだ? 眉を跳ね上げて尋ねられる。
はん、それで威嚇のつもりかね。せめてこちらを見てから言えば格好も付くってのに。後ろ頭を手持無沙汰を言い訳に掻き、溜息をついてソウルの隣に腰を降ろした。
前の時間が体育だったので、本来は身体を休めて劣化を防ぐ為の時間なのだが……たまには良かろう。
「リズと椿も同じことを聞きに来たな、俺達は何故デスサイズスにならなかったのかって。単純に“魔女に遭遇するチャンス”が無かっただけなんだが。俺はここぞという時に運が悪い、そーゆー男だった」
「……そーゆーヨソ行きの答えはいいよ」
俺は腐っても教員だぞ、それが師に対する態度かよ。さすがに尊大にも程があると小鼻を顰めたが、今日は大目に見てやることにした。
「―――――椿にも同じセリフを言われたよ」
「で、なんて答えた?」
いつものCOOLはどうした、とは言わない。幸運にはあまり恵まれないからこそ、チャンスは決して無駄にしない、俺はそういう男だった。
「……ナイグスを独り占めにしたかったから、なんてロマンチックな事を言えばお前は納得するかい?」
ちらりと視線をやったら。
「する訳ねぇだろ」
呆れた顔で返された。……ま、そらそう来るわな。
「……これだから男子はやりにくくて嫌だ。俺はどっちかっつーと単純な女子生徒が好き、そーゆー男だ」
「はぐらかしたって無駄だぜ。答えるまで引く気はねェからな」
いつの間にやら形勢が逆転していやがる。負けっぱなしで癪に障ったか? ……男の子だねぇ。
「―――――やれやれ。こういう粘着系の生徒こそシュタイン辺りに丸めこまれて欲しいもんだ。
別に大したことでもないさ、ナイグスが死神様の波長を受け入れるだけの器じゃなかった。デスサイズになれない魂を膨大に食った武器が暗殺部隊だの特殊任務だの、過酷な職務に就くのは知っての通り」
「ナイグス先生に付き合って暗殺部隊に入ったのか……」
本当はそんな単純な話でもないんだが、あんまり立ち入った話は今必要ないだろう。俺はそう判断して肯定も否定もせずに話を進めた。
「――――――――こーゆー形も一つアリってこった」
「……それはあんたが死んじまってるからか?」
4コマ目の授業開始を告げるチャイムが鳴る。死、という単語に聞こえなくもない。不謹慎だと言う人間が居ない世界。ここは死の町、デスシティ。死神の統べる規律と正義の都。住む者はすべて……殺人に関わる者である。
「はは、暗殺部隊には女神像が刺さる前から所属しとるわ」
「ナイグス先生を一人で置いてけないから、ゾンビになったとか?」
「わははははは! 今日はずいぶん熱くなるな?」
俺は最初、人を殺すことにずっと違和感を持っていた。魂を取る、ということはそういう事だ。目の前の子供は俺などよりずっと優秀で、たくさんの魂に接してきた。喰う、という行為によって。
ソウルよりはブラックスターの方がまだ理解できる。あいつの苦悩はまだ人間臭い。だがこいつは……“ソウルイーター”の苦悩は……武器という特性に大きく縛られている。
自分の居場所を探して彷徨いながら疑問を飲み込めないままの少年。
その姿を、まるで死武専の病を一身に受けたようだと思った。この場所は全てのステータスが一度に、しかも完璧に成長出来なければ謎にたどり着く資格もないという病を抱えている。殺人者として人間の尊厳を奪い、学生として社会参加を削り、パートナーと言う名の他者に依存させることで性別を剥ぎ取りながら、それを強いるモラトリアムの城――――――或いは、安全装置。
天才シュタイン、才人スピリット。その二人でさえたどりつけぬ奥底へ、死神は一体何を隠しているというのか。……幼く哀れな病人を作り続けながら。
「答えろよ三つ星職人、世界じゅう飛びまわる高給取りの死武専エージェントが喉から手が出るほど欲しがる称号持ちがなんで職員なんて地味なコトやりながら裏の仕事してる?」
お前、本当はそんな事が訊きたいんじゃないだろう?
本当に聞きたいのは“誰が自分を許してくれるのか”ってことだろう?
「……んじゃ、俺も訊こう。なんでお前はあんな面倒くさい性格のマカの武器やってる? 口は悪い手は早いおまけにウルサイ几帳面ときてる。とても気軽にコンビ組みましょうねっつーよーな女じゃないぞ」
そんなものを聞いたところでどうにもならないことは百も承知なので、話題をずらす。するとソウルは視線をふっと逃がして、唸り声と共にしばし黙った。
「……た、魂の波長が……合ったから……」
そして渋面でやっとのたまう。それはそれは苦しそうに。
「――――ま、それはそれで納得してやるよ。でも波長合わせなら、もうお前多分普通の一般職人なら誰とでも会わせられるだろ? ブラックスターだのキッドだの特殊な職人を除けば、或いは職員とでも合うんじゃないのか。なんでコンビ続けるんだ?」
眉を顰めてそっぽを向くソウルに、俺は手打ちを提示し、また新たな“死武専が用意した”崖に追い詰めてやる。さてどっちに逃げるかな。
「そりゃ、ノウハウと慣れだよ。普通に振りまわして弱い奴の魂刈るくらいは波長合えば出来るけどよ……そんなこと言ったら誰とでも確実に70%合わせられる椿なんかどーなるんだ?」
「椿がブラックスターとコンビ組んでるのは愛だぞ」
予想通りの方向へ逃げたので、俺は内心ほくそ笑みつつ表情など眉一つ動かさずに言い放ったら、抜群のタイミングでソウルが噎せた。おいおい、コントかよ。
「男女の、ではまだないみたいだが……ありゃー、確実に愛だ。断言してもいい」
「……教師の台詞か、それが……」
ことさらに嫌そうな顔をしてソウルが苦虫を噛み潰したような顔を見せたので、俺はちょっとだけ意地悪がしたくなった。なぁに、腹を割らずに逃げようとするガキに軽い仕置きさ。
「ソウル、俺はお前にもう一度訊ねよう。お前の信頼は何を土台にしてマカとつながってる? 愛か? 友情か? 規律か? 責任か? ……それとも、恐怖か?」
じわっと首筋に汗が吹いた。腐っても三つ星職人の観察眼を舐めないでほしい。
「だから人に尋ねたいのか? 愛でしかつながらないという確証が欲しいのか? 自分の愛に後ろ盾が欲しいのか?」
「お、おい……やめてくれよ……何を俺に言わせたいんだよ……!」
「……そりゃ俺のセリフだ。俺がナイグスを愛してると言えばお前は納得するのか? それで一体何を納得する? ……あんまり自分を追い詰めん方がいいぞ。そーゆーのに答えはない」
「――――ない、ねぇ」
細く長い溜息一つ吐いて、ソウルが態勢を立て直すかのようにもたれ掛った煉瓦塀から少し肘を浮かせた。俺はそれを見つつ、少しやり過ぎたかなと反省する。よく考えたらこいつ、シュタインに凹まされた直後だったんだっけ。
「おう。俺だって未だによく解らん。8年……いや、もっとか……ナイグスとコンビ組んでるが、未だにあの女が何考えてんのかサッパリだ」
「――――――――気ィ、なげーな」
やっとほっとしたような声。危ない危ない、止めを刺す所だった。ついうっかり暗殺術が発動してしまうなんて俺としたことが迂闊だな。
「ただでさえ癖の強い俺の波長のせいでデスサイズになれなかったっつーのに、恨み節の一つでもくれやがれと言いたい。俺はもう死んでる、子供が欲しいのならば早いコト余所に嫁げといったらぶん殴られた」
「……ヘェ」
それでもまだ表情は硬いままのソウル。でも声はちょっと乗ってきている。はは、お前もマカと同じで面倒臭い性格だな!
「『私とお前はそーゆーことでパートナーやってきた訳じゃない、侮辱するな!』だとさ」
あんまり余所で言うなよ、恥ずかしいから。言ったら悪ガキがニヤーっと笑って、皮肉をひとつ。
「…………結論としてアンタんとこの信頼は愛によって繋がってる、と云いたいんだな」
「――――――――……それで納得してくれるのならそれでいい」
違うのだ、というのは簡単だが、ではそれはなにか? と尋ねられれば困る。その答えは答えを探している最中のお前達にとって毒にしかならないだろうから。
人の答えなど自分の抱えてる問題にとって無意味だと解った時に教えてやるよ。
「ふーん」
「で、お前は何を以てしてあのクソ面倒な女に付き従ってんだ」
別に聞く必要はないが、中間解答を形にさせる必要はあると好奇心に少し色を付けて訊ねた。
「……勇気、とか」
「あー?」
「あと、男気かな。うん。オトコマエじゃん、あいつ」
ぽかんと口を開ける俺に、ソウルはどうだと言わんばかりの顔で言い切る。
「――――――――情けないことを言うなよお前。それでも金玉ついてんのか」
「うるせぇよ、玉無しゾンビ。悔しかったら情けねぇ“振られる為の告白”してねぇで力づくでシビトの恋患いを強制終了させてみな」
……はは、これはこれは。少々お前を甘く見てたかな。
ソウルの頼もしさがちょっとだけ可笑しくて、俺はもう少しだけヒントをくれてやることにする。俺は負けず嫌いには寛大な男だから。
「……気の強い女ってなんでこう面倒くせーんだろー……」
はー、と二人分の溜め息が重なったのがまた可笑しくて、なんだか和んじまったよ。
「なぁ、お前、パートナーが男だったら良かったって思ったことあるか?」
なんとなく聞いたら、何を馬鹿なという顔で諭された。
「俺のパートナーは男とか女とかじゃねぇ、マカ=アルバーンだ」
子供の成長って早ぇもんだな、と頭の中で思う。
もしソウルが惚れ込んでいるものがマカ個人でないならば……死神の想定した罠を飛び越えたコンビになるかも知れないな、と淡い夢を見た。性別や既製、未熟の壁をぶっ飛ばした先に我々が夢想する、何にも揺るがぬものを携えて……永遠に孤独な死神様を救ってくれるというような。
……ふふふ、さすがに買い被り過ぎか。
『あ、死神様ですか。死人です。ソウルがそっち行きますんでよろしくお願いします。体調も精神状況もまあ申し分はないと思います。はい。……あのう、万が一のことを考えてリズでも呼んでおきましょうか? ……あ、そうですか……はい。では後ほど』
・つづく・
21:24 2010/09/28
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