うさぎ と 二人目の王様
〜 Silver Hammer Man 〜
『……了解。最近回数増えましたねぇ……。……え? 吐いた? ああ、じゃあ換血期か。打開策? 無茶言っちゃいけませんよ先輩。まさか狂気に影響されてる俺にソウルを透析しろとでも言うんですか。……大体、メデューサの研究目的自体が解明されてないのに、下手に触って死武専のジョーカーであるコンビのやる気を削ぐなんざ絶対お断りです』
俺が電話を置いて暫くすると、銀髪の少年がフラリと保健室にやってきた。
おや珍しい、先輩の言う事を素直に聞くとは相当参ってるのかな。
「どうしたね、解体希望なら放課後に」
「……だからヤなんだここ来るの……」
演技でも何でもなく酷くうざったそうな顔の彼が一通りの説明をしたので、俺はハイハイどうぞとベッドのカーテンを開けてやる。もちろんいつもの定席の方を。
上着を脱ぎ、ベッドに納まった彼が小さくため息をついてあっという間に眠りについた。
……本当にキミは不幸な星の元に生まれましたねェ。
半分憐み、半分嘲笑で俺は煙草の煙をくゆらしたままカーテンを閉めた。
2度目の授業終了のチャイムが鳴った頃、カーテンの向こう側で大欠伸が聞こえた。俺はそれを聞いてから何の気なしに尋ねる。……しばらく前から起きてたのは気付いてたけど。
「ソウルくん、キミはパートナーを切り刻んでみたいと思ったことはないかい?」
「ある訳ねーだろスプラッター馬鹿。寝起きになんつーハナシ振るンだよ」
口の悪いガキが精いっぱいに反抗してくれてオジサンはウレシーですよ、と。
「――――――――本当に一度も?」
「ないね」
「うっそだぁ。キミくらいの歳の男が女の子と住んでてそりゃないでしょ」
少しずつ話題をずらす。少しずつ、少しずつ。問診は決して焦ってはいけない。
「お前の脳みそは本当にどうなってんだ……」
「生意気なジャケット脱がしてさぁ、ツンとした顔のスカート切っちゃってさぁ」
「おいエロ教師、自重しろ」
……お、笑ってら。やっぱこの手の話題は食い付きがいいな。
「夢の中でマカ凄いことになってんじゃないの」
けたけたけた、と笑ったら「ううううるせぇな!」と物凄い怒られた。……だよなぁ。
「男女のパートナーがここまで長続きするのははっきり言って珍しい。フツーは保って半年くらい。どうしてもぎくしゃくして来て辞めちゃうんだ、いくら波長が合っても見知らぬ異性と一緒に暮らすの大変だからね」
言いながらカーテンを開けて出てきた彼の表情を観察する。まんざらでもない顔。……まだいけるか。
「マカと別に恋愛関係なわけじゃないんでしょ」
「……気持ち悪いこと言うなよ……」
ベッドの端に腰掛けて、緩慢な動きで肘を突いてる。……ほう、苦手な話題に逃げず向かって来るたぁ見上げた根性。上出来、上出来。花丸をあげましょうかね。
「なら尚更珍しい。どーやって波長合わせてるんだい。ちょっと興味あるな」
「別に普通。キッド助けなきゃいけないし、クロナだってそうだ。唯でさえ狂気の波長が世界に蔓延して洒落にならない事態だってのに、面倒なこと考えてる場合じゃねえんだよ」
――――――――なるほど、互いの焦点にブレが無いワケか。でもそれってかなり運がいいから出た台詞ってだけだな。
俺はふと無意識にポケットを探っている自分に気付いた。……何をストレス感じてるのやら。羨ましいのかねぇ。
溜息ついて椅子の背もたれに体重を預け、天井を仰ぐ。ギギギと鉄の軋む音。
「武器ってのは魔女が作ったモノだって知ってるよねぇ。魔の因子は絶対誰もが持ってる。で、ね。武器ってのは魔に惹かれやすい精神構造をしてるんだ、大概」
さてここからが本題。
「ジャスティンなんていい例だろう。あれで、スピリット先輩も結構怖い性格なんだよ」
「――――――――俺は違う」
低い声で彼が言った。まるで誰かに無理やり言わされているみたいにして。
「……マカは一度君に食べられそうになったことがあるって言ってた事があるけどね。……ま、共鳴深度の開発途中には職人がよく覚える感覚だけども」
破壊したい、喰いたい、取り込みたい、というのは人の本能だと俺は思う。知りたい、曝したい、征服したい、という感覚こそが人の原動力だと俺は思う。その膨大で強力な欲求とどう折り合いをつけるか、それこそが“人間”の生きるテーマではなかろうか。
……なんつってね。
「武器は立場的に依存的な性格になる傾向がある。あの我の強いトンプソン姉妹でさえ見てごらん、キッドの性格にかなり作り変えられちまっているだろう? パティはともかく、リズなんか最初会った頃は今にも飛びかかって殺さんばかりのギラギラした波長をしてたよ」
三人のお披露目パーティの時、俺は随分驚いたものだ。年相応の女の子の顔をしてまぁるくはにかむリズに。そして恐怖した。死神の波長の影響力に。
「……ふうん」
興味なさそうな振りを維持したままの彼に、俺はもう一歩踏み込んでみることにした。
「だからキミみたいに元々影響されやすい性格してると、職人を神か何かと勘違いしちまうのはよくあることなんだ」
「何度も言うが、マカを崇拝してるわけじゃねぇぞ俺は」
しれっとした彼の態度は、この手の質問はされ慣れているのを俺に教えた。……コイツほんとに我慢強いな、でもそろそろ怒るかな。
「その言葉が真実なのならば、キミは一度ならずとも見ている――――――――自分の職人を食い殺す夢を」
「――――――――」
……お、顔色変わった。ビンゴか。
「はっきり言おう、マカに職人として飛び抜けた才能はない。体力・スタミナは平均より劣るし、魂の許容量も決して大きくない。彼女の経歴の殆どがキミとの相性と特殊な魂の才能に助けられて成り立ってる。言わば鬼札だ、最強にして最弱。そういうかなりピーキーな職人なのさ。……あんまり癖の強い波長を出す職人の武器を長くやってると“デスサイズ”になれないのは知ってるだろ。もしもキミが本当に自分の特技を極めたいのならマカと長くコンビを続けるのは止しといた方がいい」
この説は半分本当で半分嘘。死神様の同調能力はマジ半端ないので、基本的にありとあらゆる武器が“デスサイズ”になれる。ただ、“デスサイズスに成る”となると話が変わって来るだけだ。どの職人とでも90%の性能を引き出せることが条件の“デスサイズス”の頂点が“デスサイズ”なので、波長が柔軟じゃないとダメってのと、マカの波長が特殊なのまでは本当。それから先は誘導。
彼の中の悪意と不安を引張り出すための。
「……何が言いたい」
「そりゃキミが一番解ってるはずだけど……俺の口から言わせたいのなら言うよ。これでも慈悲深い性質でね」
怖い声を出す。子供を脅すのは得意な方だ。
「先にくぎを刺すが、俺はマカの奴隷だの犬だの信者だの言われんのはもー慣れてるからな」
「……くくく……そりゃいい。“馬鹿にされるのに慣れてる”なんて胸張るならなら言ってやる」
『お前の忠誠心ってのは自己愛だ。マカなんか幾らでも変わりが利くくせに』
息が止まったのが解った。
瞳孔がグッと開いて胸の上下がやんだから。
「職人を食い殺して取り込みたいって欲求が出ないのはお前にとってマカが最重要じゃない事の証明だよ」
ああクラクラと世界が回ってることだろう。ハハハ、可哀想に!
「…………ソウル、もしもキミが武器としてではなく人間としてマカを大事に思っているのならば尚の事武器として徹しなさい。決して人間として彼女を甘やかしてはいけない。
……武器は依存する性格になると、職人が誤解しない様に」
そんな無駄なロジックに囚われない様に。
自分の心を取り違えさせない様に。
「――――――――。」
沈黙。なかなかいい答えだ。
「パティのように決してキッドと混じり合わぬよう心に線を引くのは確かに辛かろう、だが……本当はその方がいい。……我々は椿やブラックスターの様にはなれない。
あれは理想だが、同時に終着地点だ。お前のような才ある子供が目指すべき場所ではない」
ふと、何故か、古い自分の慟哭を聞いたような気がした。
彼の仄暗い瞼の奥から光る赤い目に、何か薄ぼんやりしたものを零す自分の顔が映っているような。
……はは、感傷なんて似合わないにも程がある。
「ソウル=イーター。ひとつだけ君に教えておこう。キミの職人の魂が強い理由は“貪欲に前に進む”からだよ。……そのうち置いてけぼりを喰わないように気を付けたまえ」
『あ、シドか。ソウル凹ましちまった。悪いけどフォロー頼むよ。体調自体は問題ないけど精神的に不安定になってる。俺じゃ引き上げられない種類のヤツでね……ああ、すまん』
・つづく・
19:32 2010/09/22
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