パティオくん と ブラックスター子ちゃん
ソウルイーター第72・73話を読んでからお楽しみ下さい
1
取り敢えずは体勢を立て直そう、こんなに魂が動揺していては実体のない現状況では命にも関わる、というキリクの至極真っ当な主張により、それぞれ柱の影だの少し離れた物陰だのに分散して思い思いに平常心を取り戻す儀式をすることにした。
儀式と言っても、コンセントレーションを高めるそれぞれのリラックス状態を作り出す作業である。死武専生は各々そういうポーズだの条件だのを持っていて、例えば椿やブラックスターは背中合わせで座禅を組み、マカとソウルはお互いに向かい合って静かに目を閉じる。トンプソン姉妹はお互いから離れて体を横たえ、キリクとファイア&サンダーは手をつないで輪になる、と言った具合だ。
“目次”は暢気なそれを眺めながら、何も言わない。彼は目次。問いかける者がいなければ何も答えず、行動を起こさねば応えることをしないのだ。
『ククク……無駄に時間を使え、色欲に飲み込まれろ……』
そんなことを“目次”が思った時、パティが動いた。ゆっくりと起き上がり、きょろきょろ辺りを見回して体つきのしっかりしたチビ巨乳の女の子にこそこそと近づいて耳打ちをする。
果たして少女はそっと少年と共にその場を離れてゆく。後ろで座禅を組む精悍な青年は微動だにせず、まるで何も気付いていない様子だ。よほど集中しているのか、この空間の異常さゆえのことなのかは誰にも解らない。
「なんだよパティ集中しろよお前」
皆の輪から少し離れたところまでやってきたブラックスターは少し高くなった声をようやく出した。ここまで来れば皆の集中を自分の声で乱すこともないだろうと思ったからだ。
「いやぁ、集中とかぶっちゃけ無理くね?」
少し少女より背の高い少年は見下ろすようにブラックスターに低い声でそう言った。
「なんでだよ」
ブラックスターは内緒の約束でもしようかという雰囲気のパティのテンションについては行かず、ただ普通に返事をした。危機感のために神経を尖らせていたから。
「……お前も元だけど、男だろ。ナンも感じねぇのかよ」
「――――ハァ?」
「なんかここオカシイ。身体もそうだけど頭がすげぇムラムラくる」
パティの言葉にゲッという顔をしたブラックスターが露骨に顔を青ざめさせる。
「お前なぁ……そーゆーことを女が言うなよ……」
「今は男だもんねェ」
あっけらかんとパティがポケットに両手を突っ込んだままくるりとその場で回った。もともとの癖などは抜けないようで、その仕草にブラックスターは男があんだけ騒がしい性格だったらウゼェことこの上ねぇなと明後日なことを考えた。
「……ンで? ムラムラをどーせいっつーんだよ俺様に」
「このままでセックスしたらオモシロそーじゃね?」
ブウ!と、虹が掛かりそうなぐらい大きくブラックスターが吹いた。無理もない。
「ああああアホか!いいいいいまどーゆー状況か解ってねーのか!?」
「だーって、こんなチャンス絶対もう一生ねぇよ?」
やばい。頭が痛い、とブラックスターは額に右手を押し当てた。いつもならばこれはリズか椿の役目なのに、今は何故だか自分がパティのストッパーにならねばならぬような気がする。
「お前なぁ……俺の童貞イラネェとか言って振ったんじゃねーのかヨ……」
「童貞はイラねーけど、処女はクレ」
ケケケ、と唇を尖らせて少年は少女の顔を覗き込む。
「今ならオメーのお節介を素直に受け入れられそうだ」
殺し文句というやつをパティは囁く。今なら、今だけ、今限り、と。
「……キッド探しに来たんだろ……いくら俺様でも流石に傷付くわぁ……」
はぁーっと大げさにため息をついたブラックスターの方を映画のヒーローのように優しく且つ強引に抱き、少し体をそらせるようにパティが倒す。いわゆるキスを迫る体制である。
「今“俺”は男でパトリシア=トンプソンじゃない。今“あんた”も女でブラック★スターじゃないだろ? だから何したってその二人には関係がない。……違うか?」
「……お前ホンっト……女に生まれてきて大正解だよ……」
そこまで言って、二人は黙った。
唇が塞がってしまったから声が出ないのだ。
「〜〜〜っ!」
切なく呻く声なき声がパティの唇を奮わせる。わなわなと腹の底が燃えている。きゅーんと痛みのような、空腹のような、不思議な感覚が下腹部を襲ってきた。
「男ってのは、ホント馬鹿だな」
呆れるぜ、とパティは独り言のように唇を離して呟く。かすれた低い声で。
「キッドもあたしとシテてこんな風になったのかな」
燃えている。胸が、心が、魂が。そして頭に巡り回る形を成さない欲望。具体性に欠ける衝動。まるで熱病のようだとパティは思った。こんな身体抱えて男って奴はよく正気を保ってるよ。
「オイッ!」
ぼんやりしたパティの顎を掴む眉を吊り上げたブラックスターが甲高い声で注意を引きつけた。
「あん?」
「いいか、今から特別にお前にヤラれてやってもいい。だがこれだけは約束しろ。キッドの名前は出すな、俺様のことだけ考えてろ」
釣りあがった眉に大きな瞳。少し汗ばんだ首筋は細く頼りない。
「……なにそれ、嫉妬?」
へヘン、と鼻で笑ったパティの顔が真面目になるほど、ブラックスターの次の台詞は真摯だった。
「ああそうだ。お前が他の奴の事を考えてるナンざ我慢ならねぇ!」
息が詰まる。胸がどうにかなりそうだ。頭が痛い、やばい涙出そう。
「――――お前、女になっても、男前な……」
眉を下げたパティの唇に、今度はブラックスターが自分の唇を重ねた。
それはまるで穢れを知らぬ聖少女の祈りにも似ている。
2
「まー、興味はある。正直」
胡坐を掻くブラックスターの体にはいつものような圧迫感がほとんどない。腕は短いし、脇ぐりからは豊満なおっぱいが自己主張している上に、服のデザインは男用なのでうなじや背中は見たい放題。おまけに男らしい仕草が逆になんとも劣情を煽るのは、チャイナシューズみたいな靴に素足を突っ込んでいるせいなのかもしれない、とパティは思った。
『うお、あたしって足フェチの気があったのか……』
「だがな、いくらなんでも道端で致すってのはどーかと思うぞ」
心なしか内股気味に狭まっている太ももをちらちらと見ながら、パティはさっぱり心がここにない。
「あと避妊具とかないし、俺達が揃って消えてりゃ連中が気付いたら探しに来るだろうし。……ヤダぞ俺様お前と白黒ショーすんの」
半分の目になって正論を浪々と主張するブラックスターの肩をパティはそっと押し倒す。
「おおおおおーい! 聞いてんのかてめぇ!?」
「……るせぇ、黙ってろ……」
胸が痛い。裏側にある心臓を誰かがパンチングボールよろしく高速で打っているみたいだ。男も夢心地になるなんてありゃ嘘か、せわしなく全身が戦慄いて狂ってしまうんじゃないかって怖くて必死で、そんでこんなに寂しくて……やりきれない。
パティは飢えや渇きなどという言葉では表現しきれない空洞のような自分の心に幾度となく恐怖した。まるでブラックスターが居なければ息も出来ないというほど、ほしくて、欲しくて、たまらない。
全て飲み込んでしまいたい。何もかも自分の物にしなければこの訳のわからない不安に押しつぶされてしまいそうだ!
『なんかアレだな、キッドと初めて共鳴した時に似てるなこの感じ』
もちろんそんなことを口には出さない。だがパティはブラックスターの首筋に唇を這わしながら、薄らぼんやりとキッドの事を考えていた。もちろん別に女の子になどなっていない、いつもの死神の息子を。
『やっぱ共鳴ってセックスと似てるよなぁ……あの一体感って、快感のない挿入みてぇなんだな』
男になってしまって、初めて頭でない別の場所で解った。職人はつまり男役で、武器はそのまま女役なのだ。
『つまりマカとソウルは今のままが一番自然なのか。笑えるなソレ』
舌がつるつるとブラックスターの肌をすべる。吸血鬼が血を舐め取るように、繊細で獰猛なストローク。ヨダレが糸を引く度にブラックスターは切なげに声を上げる。
「わ、や、う……あぁうぅ……!」
何を言いたいのかサッパリ解らない。悔しいみたいな、悲しいみたいな、息苦しいみたいな、悩ましげな声が途切れない。それはとっても面白いし、同時にとっても狂おしい。
「ひあ、あひゃはやややゃぁ……」
「気持ちイーかよ?」
訊ねてみる。ちっとも自分に意識が向いていない“彼女”に。
「あぅへ……ひぁ、ひあ!」
くりくりと舌で首筋の凹んだところを重点的に刺激すると、ブラックスターの体が律儀にビクビク痙攣した。目には涙を溜め、唇は炎のように赤くなり……だらしなく唾液を行く筋も垂らしている。
「やめ、ひゃ、えろ……らえ……やぇめ……!」
どうも“止めろ”と言っているらしい。息も絶え絶えで体の痙攣が治まらないブラックスターの様子に、さすがのパティも攻勢を緩めて何度か背中をさする。呼吸を整えるには心臓のリズムを戻してやるのが一番だと武器のパティは良く知っていたから。
「気持ち良過ぎたかァ?」
へらへらと笑ったパティを、ブラックスターは弱弱しく頬をはたいた。
「あほかぁ! しぬわぁ! 俺は元男なんらぞ! 女の感覚なんか……脳が処理できるわけ……」
ひっくひっくとしゃっくりを何度か続け、ブラックスターはそのまま目を回してしまった。
「……男ってのは全くだらしねぇなぁ」
後ろ頭をがりがり掻いたパティは真っ白な空を見上げながら呟いた。
本当に男ってやつは、だらしがない。
抱いてる女が自分の技巧で目を回したぐらいで……なんだこの言い知れぬ満足感は!
3
痛い、とブラックスターは思った。
何が? と問われても実は良く解らない。
とにかく何かが痛いのだ。
頭? そりゃ前からだ。
背中? それも含んでる。
腹か? 近いが正解じゃない。
「……なんだぁ?」
訝しんだブラックスターが鉛のように重たい瞼をやっとのことでこじ開けると、そこにはトンプソン姉妹がいつもかぶっているテンガロンハットと同じ色の毛糸の帽子が揺れていた。
「帽子……ああ、そっか……パティが男になったから……」
かすれる声でブラックスターは再度自分に言い聞かせるかのようにうわごとを呟いた。熱に浮かされた子供が如く。
「……目つき最悪な、お前……」
「ほっとけ」
「口がへの字でさぁ……なんか感じ悪ィよ……」
「女の時もそうだったろーが」
そうだったっけかなぁ、とブラックスターは揺れる視界でぼんやり思う。
……ん? 揺れる? 何で俺はこんなに揺れてンだよ??
上手く動かない頭が徐々に覚醒して、ぼやけていた視界がだんだんクリアーになってゆく。そして目の前にいる切なげな風に意地が悪そうで底知れぬ何かを感じさせる顔を歪ませた男のパティ。
「……おい。ちょっと待て」
「待てるかボケ」
「チョ……ちょちょっとまてぇえぇぇえぇ!? おいこらちょっと待て! ど、どうなってんだ!?」
やっと体中のレスポンスが脳みそに返ってくる。自分の体がどうなってて、自分の肢体がどういう形になっているかが。
ちょうど、踏み潰されたかえるみたいな。
「ぎゃああああああああ!!」
「……うっせぇなぁ……もちっと色っぽい声を上げろよブラックスター」
耳を小指で掻きながら鬱陶しそうな顔をするパティを見上げながら、赤いとも青いとも付かない顔色でブラックスターが大騒ぎした。
「おおおおおまっ!おま!お前ェェェ!? テメー!この所業は一体……!つ、つーか人に断りもなく何やってんだテメーわ…………!!」
「――――――ナニ。」
けたけたけたとパティが笑った。楽しそうに、バカにするように。
「いやー、本当に処女ってェのはキツいのなー。全然飲み込んでくんねぇから往生したぜ実際」
それを聞いてやっと真っ青に顔色を定めたブラックスターが、あわてて両手を例の場所へ這わせる。……予測通り、そこはぐっしょりと濡れており、自分の体から懐かしいものが生えていた。唯一違うのは、その懐かしいものの方向が真逆なことくらいだ。
「……ひ……!」
思わずブラックスターは目じりに涙を溜めた。それは“彼女”の意思ではなく、反射のようなものだったのだろう。
「おっとレイプだとか言うなよ。あたしはそーゆーのキライなんだ。ちゃんと了解取ったんだから」
「りょ、了解だとぉ……?」
にやりとパティが笑って、ブラックスターの頬に舌を這わせる。冷や汗を舐め取るように。
「言ったじゃん。ブラックスターの事だけ考えてればヤラしてくれるって」
「そ、その前に避妊しろとかそういう大事なことを言ったよーな気がするんだが……」
4
くすぐったいのか気持ちが悪いのか解らないまま“彼女”が“彼”にされるがまま涎まみれになってゆくことに、パティは何かを感じたのだろうか。ぞんざいに押し倒して揺すっていたブラックスターの体を丁寧に持ち上げて埃さえ払う。
「外でヤルと背中痛いしな。いいよ、座位にしてやんよ」
「そ、そこは問題じゃなく……!」
肩を支えられたまま身動きらしい身動きもしないブラックスターの豊満な胸がゆっさりと揺れた。
「ぎゃははは!お前なんだ、今日はずいぶん大人しいな。いつもならこんなにいい様にされてちゃ大暴れだろうに」
パティがくじぐじ音をさせながらブラックスターの体を無理やり揺する。
楽しそうに、楽しそうに。
「あ、そうか、気持ちよくって動けねぇんだな? エロいお前は。スケベェだスケベェ!」
キャハハハ!と“彼”はいつものように笑ったつもりなのだろう。だがその声は低く、笑い方にも可愛げなど一切ない。薄ら寒ささえ感じる振動でしかなかった。
「……わ、悪いか……!」
しかしブラックスターは流石と言うべきか、それに怯みさえせずただ恥ずかしそうに視線を目いっぱいよそへ向けるだけ。
「処女の癖に感じるとか、お前才能あんなぁ。なんのか知らねぇケド」
「お前が上手いんだろ」
グッシグッシとバケツの中で布を揉むような音を出来るだけ聞かないようにそっぽを向いているブラックスターの浅黒い肌に汗で照りが入っている。柔らかそうでいてぴんと張った頬は赤く染まり、所在なさげな泳ぐ視線にパティは背筋がゾクゾクと戦慄く。揺れる胸を気を紛らわすかのようにそっと掌で幾度となく押すと、そこに布を押し上げて自己主張するものを感じて、深い感動にも似た痺れを覚えた。
「……ま、無駄に経験だけはあるわな」
パティの声にブラックスターの意識が少し引き戻される。その言葉に含まれる憂いと嫌悪、そしてほんの少しの優越感のために。
ブラックスターは今度は自分から視線をはずしたパティに焦点を合わせ、何かを言おうと試みた。……が、性別が変わろうとも“彼女”が“彼”である本質が変わるわけではない。気の聴いた言葉の一つも思い浮かばず、閉じた唇を歪ませるしか出来ないようだった。
「どーだよ、男にハラの中つつかれてる気分は?」
「……変な気分だ……居心地がムチャクチャ悪ィ……」
声を掛けられ、ブラックスターは素直に答える。頬をばら色に染めたまま。
「ナンだよガンバって腰振ってやってンのに」
「……喉に食いモンが詰まってるみたいに苦しくて辛いのに、頭のどっかがジーンて痺れる。息が出来るのに胸が詰まってて、スゲェ力で無理やり服を引張られてる感じ」
一生懸命にめぐらない頭で考えたのだろう。さらさらと揺れる髪の奥からうなり声にも似た艶やかな色めく言葉が途切れ途切れに流れてくる。
「ほんとお前は文才ないな。もっと詩的に表現してみ?」
だがパティはそれでは不満なようで、さらにハードルをあげる。
「詩的ってなんだよ、わかんねぇ」
「んー、そうだな……例えば腹の中に人の体温を感じる幸福とかサ」
「じくじく痛む場所に何度もぶっといもんが往復してそんな悠長なこと言ってられっか!」
「―――――だろーな、お気の毒」
へへへ、とパティが
笑う。
哂う。
嘲う。
5
「お前はどうだパティ、男への復讐になるか?」
その卑屈とも自嘲とも取れる顔に、ブラックスターは問いかけた。
何故そうしたのか、本人が一番わからないが。
「……ハァ? なんだそりゃ」
「お前マカと一緒で男嫌いっぽいもんなぁ……アレだろ、キッドだけ特別なんだろ……」
変な調子だと“彼女”は思った。いつもならこんな事を言ったりしないはずだ。こんな無駄なこと、考えもしないはずだ。……ソウルじゃあるまいし。
「……お前もよくよくマカ信者だなぁ。ソウルもそうだしキッドもその気があるよな」
パティはフンと鼻を鳴らしながら少しだけブラックスターの体を揺するのをやめた。まるで興が殺がれたとでも言うような身勝手さで。
「マカは特別なんだよ。さっきも見たろ、マカだけ容姿殆ど変わってねぇ。それだけ魂が安定してるってことだ」
「ああ、そうだな、きっとそうだ。そんであたしはマカにはなれない」
“あたし”と自分を称するパティにブラックスターは少し面食らう。自分でさえ今この時いつものように“俺様”と自らを指すことに違和感があるというのに。
「……なァんで女どもってのはマカが好きなのかねぇ。リズはマカのサッパリした性格が好きだし、椿はマカの戦闘力に引け目を感じてるところがあるし、お前はお前であの真っ直ぐさにイカれちまってる。……別にパティはパティでいいじゃねぇか」
お前にだっていいトコはあるよ、今は思いつかないケド。
ブラックスターがそう言って笑う。
いつものように。
「――――――そうかい」
「そうだよ。お前がマカになってみろ、キッドはリズとの均衡が崩れて今以上悲惨な精神状況になるし、ソウルはお前に嬲り殺しにされるだろうよ。お前ちっとも優しくねェから」
人の悪そうな顔。一生懸命に普通の素振り。
「ひでぇこと言いやがる。こんなに優しくしてやってンのに」
そいつがくすぐったくも嬉しくて、魂が震える。……子供みたいだ。
「優しい? どこが。腰が抜けそうだぜ。こんなにセックスの上手い女が同じ部屋に居てみろ、あの馬鹿絶対のめり込んで、そんで自分の道を見失う。解り切ってんだ、ソウルは意志が弱いからな、マカみてぇにわき道に絶対逸れない鉄の女が側に居ないと駄目になる」
ブラックスターの確かな声と曲がらない意思。
姿形が変わろうと、やっぱり“こいつ”は“こいつ”のままだ。それがパティは嬉しくもあり、怖くもあった。
何でお前そんなに強いの。そんなに強くなきゃ、駄目なの?
「へぇ、意外に冷めた目で親友見てんのナ」
胸の中に渦巻く疑問と問いかけをパティは飲み込む。訊ねた所でどうせ素っ頓狂な答えが帰ってくるだけだということは経験上わかっていたので。
「ブラックスターだってそうだよ、椿が居ねぇと……駄目になる」
「おっ、やっと認めやがったか」
パティがピンと眉を跳ね上げた。そうだ、そうだ、その通り。お前はそうでなくてはならない。“お前はシンプルでなくてはならない”という風に。
「……“俺様”は今“ブラックスター”じゃねぇんだろ。だからこうやって口に出すのさ」
ため息をつくみたいに“彼女”が言うので、“彼”も同じようにすることにした。
パティはこれでなかなか負けず嫌いだったから。
「そうかい、じゃあ“あたし”も今“パティ”じゃないから口に出すよ」
「ああ、吐いとけ。一生に一度だけ聞いていない振りをしてやる」
「パティは誰とでもセックスするし出来る女だよ。なに、捨て鉢で言ってンじゃねぇ。フツーに、やれと言われればソウルやキリクやハーバーとでもヤルよ。でも、やれと言われなきゃしねぇ」
ブラックスターは言葉を切るパティから薄く視線を離し、そうかい、とだけ言った。……これは女になってるからだ。今自分は自分でないからこその落胆なのだと己に言い聞かせる。
「そうだ。そんで、自分からやりたいと思った男はキッドだけだ。この先も多分、キッドだけだ」
「ああ、そうかい」
もう一度言い聞かせる。この場所がおかしいのだ。俺様は何もおかしくはないのだ、と。
「――――――ただ、もしもあんたが女で、今みたいにあたしが男だったら、パティはきっとあんたを好きになったよ」
6
「………………うわぉ、チンコ突っ込みながら衝撃的な告白!」
煮える。沸騰する。腹の奥が。胸の底が。魂の表面が。
「男だからね、卑怯もカマすさ。愛してるぜ、ブラックスター」
だめだ、やばい、嬉しい。それがブラックスターの偽らざる感情だった。ただ素直にそうとしか思えない。
「イヒャヒャヒャヒャ!くすぐってぇ!うひひひひ!……やべぇどうしよフツーに嬉しいんですけど!」
「ピロートークって奴さ、安心してイキなお嬢ちゃん!」
じたばた弾ける様に暴れ始めたブラックスターが両手で自分の顔を覆いながら顔を真っ赤にしているのをパティが満足げに眺め、“彼女”の腰をまた再度揺らし始める。
「なぁパティ」
「あんだよ」
「どーしよ、なんか、頭がおかしくなって来た」
「ハン、そりゃ元々だ」
「ち、がう……そういうんじゃなくて……なんかハラんトコが……ごりごりゆってきて……なんか、なんか……!」
居心地が悪そうに、それでもまだ顔を覆う両手はそのままブラックスターがあんまり悩ましげな声を上げるので、パティは一瞬頭が真っ白になりかけた。……や、やべぇ……い、今グッて来た! すっげェ――――――グッて来た!!
「…………ああ、そりゃ、イキそーになってんだよお前」
それでも意地で余裕たっぷりに言い切るパティの額には玉の汗が並び、歯を食いしばるみたいな歪み方の顔は滑稽なのに愛おしくて、もしもブラックスターに余裕があったならばきっとそこにもったいぶらずキスをしたろうに。
「ヘェ? いく? これが? そんなバカな!」
「男の感覚とはそりゃ違うだろ。頭の線焼き切れねぇように気張ってろよ」
「やだ、やあぁ!やだぁああぁぁぁぁ!!」
ブラックスターが初めてパティの体から逃れようともがいた。立ち上がろうとさえする。
「くかかか。そーゆーときは、いく、いくっつーんだよブラックスター」
もちろんそんなことを許すパティではない。しっかりと細い両手首をつかみあげて万歳の格好にさせて力の方向を無理やりに変える。
「ヤダ、ヤダ……狂っちまう、こんなの、やめろ、だめだ、いやだ、いや、いやいや!」
「……おい、ソレこっち見て言えよ。スゲェぞくぞくする」
「サディスト!キチガイ!変質者ーッ!」
両腕を引っ張りあげられ隠すすべもない“けっこうBIGなおっぱい”がゆっさゆっさと上下に振られて非常に卑猥だ。
「おー、そうそう。お前は物分かりのいい子だなブラックスター」
こつこつと腹の底へのノックが続いているのに、これ以上刺激などもらった日にゃ……と半パニックになっているブラックスターの肌はどんどん桜色に染まっていった。その変化の意味がいやというほどわかっているパティには嬉しくて面白くてたまらない。
「あぅ、あっあっあっ……!なん、か、急に、なんか、あすこが……!」
「おいおい顔隠すなよ。照れるな照れるな」
「やめろ馬鹿ハズかしい! 見るなーっ!」
「うははは。お前ほんっとカワイイなぁ。もうずっとそのままで居ろよ」
「ふ、ふざけんな! このままで居たらお前にやられまくりじゃねぇかよ!」
「ハハハ、そいつは素敵なエブリディだ!」
パティのその台詞が聞こえたのかどうなのか、恐らく後で尋ねたところでどちらにも解るまい。
「――――――あァ……ひ……!」
喉が裂けてしまいかねないようなブラックスターの高い声。
「うぐぎ……ッ!」
呪いの文句にも似た低く搾り出されたパティの唸り声。
仰け反るブラックスターの身体に必死の形相でしがみ付くパティが、互いの身体に勢い良く沈み込もうとするように深く深く肌を押し付け合う。ぶるぶると痙攣し続ける己の肉体ごと。
「あ、あ、あ……!」
どのくらい時間がたったのだろうか。
二人がやっとホワイト・アウトした意識を引っ張り出せたのは、自分の口から透明で粘り気のある涎が冷たく垂れているのに気付いた頃だった。
「……本当にお前、女に生まれてよかったよ……男だったら泣く女が年間にグロス単位で増えそうだ」
ぐったりとへばりながらパティの体にやっともたれかかり、大きく息をつくブラックスターが泣き声とも弱音とも似つかないものを吐き出す。
「へぇ。じゃあブラックスター子ちゃんが栄えある一人目か。オメデトー」
パチパチとやる気のない拍手をしたパティが何とか意識を保って疲れたように笑った。
「俺も男に生まれてよかったよ。女だったらお前と結婚しなきゃなんねーとこだった」
「……なんで?」
いまだに抱き合った格好のまま顔をなんとなく見られない二人が、乱れたい服に絡まったまま会話を続ける。
「おめーの首に縄掛けとかねーとリズとキッドが世を儚んで自殺しちまうからだよ!」
「…………ぶははは!」
破滅願望まで見抜かれては、いよいよコイツとの腐れ縁は切れそうにもない。
「そんな可愛い顔で脅されてもなぁ」
甘いキャンディのパッケージにmayhem(破壊的)って書かれてるみたいにチグハグだとパティは声高らかに笑い、いまだ自分の身体から離れようとしない“彼女”を鯖折りみたいに強く抱きしめた。
04:50 2010/04/12 (表現追加・改定21:45 2010/04/14)
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