※注意※
                この話は20年後のもしも物語です。
                真面目に読むと甚だしく馬鹿を見ますにょ。








                ……読むのかぇ? やめといた方がいいのに……














                あの子 だれの子?

                20年後の 死武専 のはなし


                 二人がそれを見たのは3時間目と4時間目の授業の間の休み時間に職員室の窓からだった。
                 なんとなしに視線を外に向けたブラックスターが無言で椿のジャージを引っ張る。
                 「おい椿、今の見たか」
                 「……マカちゃん、だよねぇ……デスシティに来るなんて何年振りかしら」
                 のんびりと椿がコーヒーの入ったマグカップを空けた。椿が取り乱さないのはおそらくブラックスターが見た情報より少ない情報だったからだろう。
                 「俺キッドとかに知らせてくる。椿、次空き時間だろ? ちょっとうちのクラスみてて」
                 「あ、ちょっとブラックスター!?」
                 職員室から小走りでブラックスターが出てゆき、手近のトイレに駆け込み、鏡通信でキッドを呼んだ。
                 「キッド、マカが街を歩いてた!」
                 『そりゃ古巣だからな、デスシティにくらい来るだろ』
                 鏡の中でため息をついたキッドは手になにやら書類を持っている。どうやらデスクワークの途中だったようだ。
                 「ちがうんだよ、聞いて驚け」
                 『ブラックスター、おれは一応ここの校長で忙しいんだが』
                 「いいから聞けよ!」
                 『なんだっていうんだ』
                 「マカが子供をつれていた」
                 『…………なんだと?』
                 「子供!10歳くらいの子供だよ!マカとそっくり瓜二つの!」
                 『バカな!おれは仕事柄マカと今でも交流があるがそんな話一切――――――』
                 「おれだって2年に一度は会うよ!ウチにだって来る!」
                 『……ど、どういうことだブラックスター』
                 「おれが聞きたい!椿は見てないみたいだけど、多分見たらパニくるぞ」
                 『そ、そっちにパティが居るだろ? あいつは見てないのか?』
                 「そういや職員室には居なかったけど」
                 『……よかろう、全員召集して情報を集結させる』
                 ブラックスターはなにやら大事になってきたなあと思いながらも浅くうなづいた。

                 同時刻、死武専近くのコンビニエンスストア。
                 「およ、マカじゃん」
                 「あらパティ。奇遇ねー。……ほら、挨拶は」
                 「こ、こんにちは」
                 「うわー何コレ!マカそっくし。こんにちはー。お名前は?」
                 「………………」
                 「こら!お名前はって聞かれたらなんて答えるの?……ごめんね、この子やたら恥ずかしがり屋なのよ」
                 「珍しいねぇマカがデスシティ来るなんて。どったの?」
                 「死武専の校長様がとんでもなく手間のかかる厄介ごとを押し付けてきてさ、海外に出張しなきゃいけない羽目になったのよ。で、子供、パパに預かってもらおうかと思って」
                 「……うそっ!この子マカの子!?」
                 「あれ、言ってなかったっけ」
                 「い、いつ結婚したの!? 全然知らなかった!どうして教えてくれないのよぅ!水臭いじゃないの!」
                 「ん? してないよ」
                 「……はい?」
                 「結婚、してない。まだ独身」
                 「………………だ、誰の子?」
                 「ひ・み・つ」
                 マカは茶目っ気たっぷりに唇の前に人差し指を立てた。

                 ……という事があった5分後の死武専校長室。
                 「ということです!隊長!」
                 「うむ、でかしたぞパティ。……で、その子の特徴は」
                 「マカをそのまま縮めたよーな男の子でした!結局名前も聞いてません!」
                 「……髪が白かったり目が赤かったり歯がギザギザだったりしなかったか?」
                 「垂れ目ですらなかったであります!」
                 「……ますます誰の子だろう……」
                 「なんだよキッド、心当たりでもあるのかぁ?」
                 けらけらと客用のソファで笑うマダム風の女に向かい、むっとしたような顔でキッドが注意する。
                 「おれのことは校長と呼べといってるだろうリズ」
                 「んじゃーあたしのことはママと呼びな、校長」
                 「んもーお姉ちゃん!今そんなこといってる場合じゃないでしょ!今年一番のビッグニュースだよ!」
                 「いーじゃん別にマカが誰と子供作ってよーが。ほっといてやんなよ」
                 「友達でしょー!? おねーちゃん大死神様と結婚してからなんか冷たいー」
                 「あたしの世界はダーリンのものになったんだもーん」
                 「なーによ!10年前はパティ〜パティ〜ってあたしにべったりだったくせにー!裏切り者ー!」
                 「ほほほほほ」
                 姉妹喧嘩にも最早慣れたもので、キッドは我関せずといった感じだ。
                 「クロナにも連絡とってみるかな」
                 「へー、クロナ携帯電話持ってるの? なんか似合わねーなー」
                 「いや、伝書鳩」
                 「…………ぷ、プラトニック過ぎる……あたしらもう30越えてんだよ? 今時伝書鳩って……」
                 「お互いいつ開封するか判らない文通よりは進化しただろ」
                 パティの呆れ顔に取り合わない窓を開けたキッドが口笛で鳩を呼び寄せている。
                 「だからさぁ、あたし何度も言ってんじゃん、クロナ死武専いれちゃおーよ。強いし役に立つってば」
                 ご機嫌なリズが軽い口調で笑う。
                 「本人が嫌だって言ってるのに無理強いも出来まい」
                 キッドの発言に青筋を立てたパティがついに怒鳴り散らした。
                 「かー!なんでそう押しが弱いのよ!女ってのはね!どんなに気が強かろうがどんなに万能だろうが手を引っ張っておれんとこに来い!って、そーゆーのを待ってるんだってどんだけ説明したら理解すんの!?」
                 「あははははー。キッドまた地雷踏んだー」
                 「わ、笑ってないで何とかしろリズ!」
                 「しーらなーい。パティ怖いもーん」

                 「ああああら!ママママカチャン!ききき奇遇ね!」
                 あからさまな偶然を装って椿は体育の授業中、取るものもとりあえず決死の覚悟で声をかけた。校庭から見えた良く知る旧友が旧友と瓜二つの見知らぬ子供の手を引いていたら誰でもそうしたように。
                 「やーだ椿ちゃん!一年ぶりー。さっき裏のコンビにでパティと会ったよ」
                 「そそそそそうなの!どどどどうしたのめめめ珍しいわね!」
                 「……どったの? 昔のクロナみたいな喋り方しちゃって」
                 「だだだだ、だって、そ、その子……!」
                 「……ああ。完全に言ったつもりになってたみたいねー。……ほら、今度こそお名前とお年ちゃんと言って」
                 「………………」
                 「こーら!もう!お行儀悪いわよ!」
                 「どどどど、どうなってるの?」
                 「死武専の有能な校長様が海外出張を命じてくれてさー。子連れってワケにはいかないでしょ。パパに預かってもらいに来たのよ。お土産忘れたからそこのコンビニで菓子折り買おうと思ったらパティに偶然会って」
                 「そ、そういうことじゃなくって!」
                 「はい?」
                 誰の子ですか、とは流石に不躾過ぎる質問だと椿は思い直して、どう切り出せばいいかと必死で考える。
                 「あ、ごめん椿ちゃん。飛行機の時間あってゆっくりしてらんないのよ。預けたら即行かなきゃいけなくって。また今度の機会にね!ブラックスターによろしく〜」
                 「あっ!」


                 それから約5時間後の某所。

                キッド:……これで目撃者が3人……
                椿  :わたし、目を皿のよーにしてしっかりハッキリよーく見ましたけど、クローンみたいにそっくりだったわ
                ★  :マジ誰の子だろーな。年恰好からしたら10歳前後だろ
                リズ :10年前なら、まだソウルと暮らしてた頃だよね
                ★  :おいおい洒落になんねーぞそれ。ソウルもう家庭持ってんだからさ」
                パティ:ほとぼりが冷めるまでずーっと黙ってた説!
                ★  :俺、時々パティの暗黒発言が普通に怖い
                リズ :なーんて言っちゃってぇ。あの子の肩に星型の痣があったりするんじゃないのォ?
                ★  :そんな恐ろしいことがあってたまるか!
                リズ :人間と死神の子供ってさー、死神になるか人間になるかハッキリ分かれるって知ってた?
                パティ:……おねーちゃん、怖いもの知らずにも程があるよ……
                キッド:おもしろ半分におれを巻き込むな!
                椿  :と、とにかく。今スピリットさまのお宅に居るみたいだから……
                パティ:みんなで会いに行っちゃう?
                キッド:あんまり褒められた行為じゃないなぁ
                ★  :なーに言ってやがんで。あんだけクロナに連絡取るの渋ってた癖に即鳩飛ばしたそーじゃねーか
                キッド:そ、それは……
                ★  :それともなに? マカの子供に託けてデートのお誘いでもしたってぇのか? あん?
                椿  :ちょ、ちょっとブラックスター!
                ★  :だってよー椿、こいついまだにクロナの電話番号……
                キッド:ぶぶぶラックスター!貴様、男と男の約束をそうまで軽々しく反故にするつもりか!
                ★  :うるせ〜腰抜け校長〜!悔しかったらいい加減に真っ向から向かい合ってみやがれ〜
                リズ :はいはい。話し戻すよ!みんなマカの子供のこと知らないわけだね
                椿  :私たちは二年に一度くらい会うんですけど、全然そんな風には見えなくて。ねぇブラックスター
                ★  :そーいやうちの子抱っこするとき手馴れてたよーな気がする。今思えば。
                椿  :……オムツ変えるの、上手だったけど……まさかそんな……
                キッド:誰の子かはこの際、問題じゃないんだ。
                パティ:え? そーなの?
                キッド:一番の問題は、次にマカに会ったときこの話題をどう処理するか!コレに尽きる。
                リズ :別にいーんじゃない? 子供が居ましたって、そんだけだろ
                キッド:では問うがリズ、お前は子供の話題になったとき一体どうやって話を振る?
                リズ :……いや、ふつーに元気そーな子だねー、マカにそっくり……
                椿  :そ、そっか……避けられない話題だわ……知らない振りし続けるのも変な話しだし……
                ★  :し、死武専にいれるのか? みたいな話はどうだよ?
                キッド:その子が職人ならそれもよかろう。うっかり武器だったらどうする
                パティ:ツートンカラーの鎌だったら爆笑だね!
                ★  :……お前だけな。

                のんきな死武専近くの居酒屋で繰り広げられる緊急会議は夜半過ぎまで続いたとか続かなかったとか。
                20:12 2009/01/26







                そんな居酒屋の騒ぎなど知らず
                キッドの飛ばした仕事に忠実な鳩は
                死武専から真っ直ぐ東北方向へ飛んでいたそーな。








                オレの名前はクライブであってクーちゃんではないが
                偶になら呼ばれるのも吝かではない

                20年後の クロナ のはなし


                 オレは鳩なのだが。
                 そんじょそこらの鳩と思ってもらっては困る。
                 曽祖父は鳩レースの本場ベルギー出身で、オルレアン・ナショナルレースを制した事のあるエリート中のエリートだし、祖母は魔法の使える不思議な家系の出身で、父親は世界の平和と秩序を守る前の死神さま(現死神様と区別する為に今は大死神さま、と呼ばれている)の結婚式で祝砲と共に舞ったという、まあなんつーか、名門中の名門の鳩なのでぇあります。
                 で、オレはというとその名門の名家の数多いる鳩の中で一番頭が良くて一番飛ぶのが早くて、玉虫色に光る一番美しい胸羽を持ってるという……自分で言うのもなんだがスーパーエリートなワケよ。
                 そういう鳩だからオレは死神直属緊急連絡役方、なんてすごい肩書きを持ってる。曽祖父でさえ鳩レースなんてのんびりした事やってるっつーこの電子通信機天国の時代に、ものすごい時代錯誤だなと思ったろお前。
                 オレもそう思う。
                 今向かってるのはカナダの某所。一応特秘なんで詳細はカンベン。風光明媚ないい所、とはちょっと言いがたいけれどまあ見晴らしだけは抜群の場所だ。
                 そこにはクソの様な化物を背中に背負ってる美人さんが居て、その美人さんにメッセージを伝えるのが今回の仕事。
                 というか毎回の仕事。
                 ……毎度の事とは言え、これ絶対仕事の伝言じゃないよな……
                 我が家の名誉のために言っておくが、オレは伝書鳩デビューからこーゆー下らないメッセンジャーだけをやっているわけではない。通信機器の使えない戦場へ連絡したり、交通手段の乏しい場所に医薬品を届けたりと、華々しい死神様付き伝書鳩としての仕事に従事していたのだ。それをご主人(つまり現死神様)が、祖母譲りの魔法体質で夜も飛べ、たまたま破邪の属性をもっていて大食らいの“クソッタレ”が手出しできないと知った途端、オレをこの家と死武専の往復専門として徴用したに過ぎない。
                 オレの所為じゃないんだってご先祖様。
                 因みに美人さん家にはちゃんと電話があるのだが、ご主人がオレを使って美人さん……クロナ・ゴーゴンってちょっぴりコワイ名前……にコンタクトを取る理由を聞いたら笑うぞ。
                 一応仕事仲間で、付き合いも古そうなのに、いまだ電話番号すら聞けないで居るらしい。
                 時々クロナさんちに白っぽい髪の女の人と、ソックリの子供が居たりするんだけれども、その人の話を聞く限りには、うちの甲斐性なしの大将はもう30歳を遠に超えてるそうな。人間の寿命を70年として鳩で言えば4歳半だ。2歳と7ヶ月のオレにさえとっくに嫁さんも子供も居るんだぜ!
                 大死神さまは過去何人も細君が居たって言うし、今だって若いムチムチのお嫁さんと身体中の羽虫が飛び起きたのかと思うほどカユくなりそーにイチャイチャイチャイチャしてるってのに。あれだな、ジゴロ体質って遺伝しないんだろーな。うん。
                 件の美人さんは仕事上の都合で年に数回、周期的に引越しをする。オレが迷わず今居る家にたどり着けるのは祖母譲りの夜でも飛べる魔法体質が故……ってのはご主人への言い訳。本当はクロナさんがこっそり教えてくれるのだ。オレにだけ。何故かは解らないけれど、クロナさんは今いる場所をウチのご主人に明かしたがらない。ケケケ、嫌われてんな大将。
                 さて件の美人さんが今回住んでる家が見えてきた。近い家で助かったぜ。一番遠い家だと行きだけで三日以上かかるからな。
                 しかし問題はその美人さんの背負ってる“クソッタレ”だ。そいつはオレの1つ上の兄貴と同い年の兄弟二匹と妹を1匹食いやがった憎むべき宿敵で、ハラワタが煮えくり返ってしょうがない程ムカつくが、所詮オレは歯牙ない伝書鳩。噛み付く事は叶わないから、せめていつか目玉を突いてやろうと虎視眈々と狙っている。ああ、鋭い牙を持つ狼に生まれたかったぜ!
                 「クロナさーん!クライブでーす!あいつを仕舞って窓開けてくださーい!」
                 屋根の上でそういう風に鳴いて、二三度くるりくるりと旋回する。自分の月影が屋根をゆっくり舐めているのを眺めていると、ガラスの窓が音を立てて開いた。やれやれ、いくら魔法体質でも鳥目に夜の飛行はキツいねぇ。
                 「やあ、クーちゃん二週間半ぶりかな」
                 「いえいえ、三週間と四日ぶりです。ところであのシミッタレ屋は仕舞っておいてくれてるでしょうね」
                 オレが用心深く羽を動かしながら窓の桟に止まる前に、あの憎き声がクロナさんの肩越しに聞こえた。
                 「ぐぴぴぴ!忌々しい破邪魔法さえなけりゃ兄弟と同じ場所に入れてやるのによ!」
                 「ラグナロク、クーちゃんは長旅で疲れてるんだから」
                 クロナさんが“クソッタレ”をぎゅうぎゅう押さえながら戸棚から俺専用の深皿にたっぷり水を入れて、砕いた胡桃を振舞ってくれた。毎度のことながらすみませんねぇ。
                 「じゃあ今回の連絡を聞こうか」
                 クロナさんが椅子に腰をかけてランプの火を受けて鈍く光るステンレスのマグカップを手に取った。オレと少し距離があるのは“クソッタレ”を近寄らせない為。
                 「大将……っと、いけね。死神様からの伝言です。『つい先日デスシティにマカが子連れでやってきた。詳細を知っていたら是非連絡して欲しい』」
                 「……それだけ?」
                 「それだけです」
                 「ていうかなんで知らないんだろ? マカとよく会うはずなのに。……まぁいいや、じゃすぐ電話するね」
                 椅子から立ち上がって電話の乗ってるキャビネットの方を向いたので、俺は慌てて受話器の上に飛びついた。
                 「あーっ!ダメっす!つか最近大将なんかホントにウザくて!まじうざくて!この一ヶ月弱というもの、用も無いのにねちねちオレに話しかけてくるんですよ!もういい加減帰ってきてください!オレに伝書鳩として普通の仕事をさせてください!」
                 オレはもうここぞとばかりに必死で電話を掛けさせまいと喚き立てた。機を見てせざるは勇無きなりというじゃないか。この際“クソッタレ”に尾羽を齧られたっていい!
                 「あ、えっとぉ、帰りたいのは山々なんだけど、この辺の監視って仕事も研究もあるし……あんまり不用意に動くワケには……」
                 「でもウゼーんです大将が!昼間はシレッとしてるくせに夜な夜な巣箱の近くまで来て“お前は自由に顔を見に行けていいな”とか嫌味と溜息連射ですよ!こっちが鬱になる!」
                 「ははは……」
                 立て板に水とはよく言ったもので、滑るようにべらべらと喋り始めようとしたオレの目に映るのは、たかが鳩に向かってこれ以上ないくらい申し訳なさそうに肩を竦める紫の髪の美人さん。それがなんだか哀れに見えて、呼吸を整え静かに声を出した。
                 「鏡通信とか、なんでしないんですか?」
                 「だだだって喋る事が無いし……鏡通信苦手なんだよ……」
                 「……鏡番号は知ってるんですよね?」
                 「4242564、でしょ。欠番とは言え一応デスサイズスなんですけど僕……」
                 肩を更に竦めてクロナさんが濃い闇の中で力なく笑う。
                 「――――――こう見えてオレには子供が居ましてね、父ちゃんのお仕事はなあに、なんて聞かれた日には実に答え難いんですよ。母も祖父も曾祖母も代々死神様の連絡役以外にも伝書鳩として真っ当に務めてるっていうのに……」
                 「ご、ごめんよ……」
                 「いや、悪いのはウチの大将なんでこんなことクロナさんに愚痴ってもしょうがないんです……せめて真面目に努めますけど……何で帰ってこないんです? あのおっぱいでっかい拳銃のデスサイズに遠慮してるんですか?」
                 いま自分の大将の傍らに居るのは魔拳銃のデスサイズ。昼間は大死神さまの武器(デスサイズス顧問取締役方って肩書きの赤髪のオッサン)の下で総務課の手伝いをしていて、時々屋上に煙草を吸いにやってくる。グラマラスなスタイルに愛らしい顔立ちをしている気のいい美人だけど口が悪い。鳩の間では死神様の花嫁に最も近い人間だともっぱらの噂だ。
                 「……いや別にそーゆーわけでは……。長い話になるけど、聞く?」
                 呆れ半分、脱力半分、クロナさんがマグカップに視線を落としてそんなことを尋ねた。
                 「興味深いですね、是非」
                 この家もそうだが、クロナさんの数ある家のどれも、最低限の生活用品があるのにも拘らず生活の香りが全然しない。薬品の棚が開いていたり、変な形の道具が机の上にあったり、確かに人が居ると解るのに、その人が生きている気がしない。オレがこの人を最初に尋ねてきた時には、今手に持っているマグカップすら持っていなかった。生活用品をせっせと運び込んでいるあの白い髪の親子が居なけりゃ、きっとオレ専用の深皿だって無かったに違いない。
                 空虚。
                 それがオレのクロナさんに対する第一印象。
                 「僕の母親はね、魔女なんだ。20年前の死武専に封印されてた鬼神が復活した事件に深く関わってる。母は僕を世界をひっくり返す為に生んだのよ、って言い聞かせて育てた。でも肝心の僕に破壊衝動ってのが彼女が期待したよりも薄くてね、結局母の敵に回っちゃって……それっきりさ」
                 修道服に身を包んだ人はマグカップを傾ける。
                 「子供の頃はただただ母のしてる事は悪い事だと思ってたけれど……この歳になって、考える。あの人の望んだ物って本当は何なんだろうって。もう死んでしまったから想像するしかないけれど、価値観をひっくり返すって何だろうって」
                 マグカップの中に入っている飲み物をゆらりゆらりと揺らしながら言葉を切り、また話し始めた。
                 「世界中放浪してみたり、色んな本を読んだりしてみてね、一つ仮説が立った。あの人は自分の見知らぬものが欲しかったんじゃないだろうかって。見たこともない物が見たかったんじゃないだろうかって」
                 視線を上げ、オレの肩越しに夜の風景を見たその薄い青の瞳には、陰りと確信。
                 オレはずっとこの色を哀しいと思っていた。
                 この人はずっと、切ない色の瞳で世界を見ているのだと。
                 「結局20年前の戦いで大多数の魔女が死に、今でも死武専の獄中にいる魔女の数は100を下らない。でも思うんだ、危険視されるべきはその破壊衝動のみであって……魔女っていう種族じゃないはず」
                 「……それは、死武専の教えとは反しますよね」
                 オレはこれでも死武専側の存在なので、言葉を差し挟んだ。何故そうしたのかはよく分からない。もしかしたら、幼い頃から母や父に教え込まれた価値観とは異質の意見に恐怖したのかもしれない。
                 「僕は魔女の家系だろう? だから出来れば魔女が死に絶えちゃうのを阻止したいって気持ちがあるんだ。
                 薬でも法律でも道具でも何でもいい。魔女たちの破壊衝動を和らげるような何かを作れば死神だってむやみやたらに魔女を殺す必要は無くなる。少しでも世界が和らげば、狂気も薄まるんじゃないかな」
                 オレがこの人を訪ねるようになってもうじき2年になるが、クロナさんが一人で寛いでいる所をオレは見たことがない。あの親子が訪ねてくる以外全ての時間を仕事か研究に当てはめている。
                 「母は僕を“世界をひっくり返す”ために生んだ。なら、僕のやり方で世界をひっくり返してみせてやろう、価値観のひっくり返った世界を作ってやろうって思った。操り人形じゃなくて、僕は貴女の子供ですよって地獄で会った時に胸を張るためにね」
                 オレはやっと気がついた。
                 ああ、この人は、戦っているのだ、と。
                 「……魔女と人間が手を取り合って生きてける世界……メデューサ様の思ってるのとは少し違うけれど、それこそ価値観のひっくり返った世界じゃないか!」
                 ずっと戦っているのだ。
                 たった一人で。
                 「そのための研究は独りでしなきゃダメなんですか? ウチの大将はそりゃ確かに気は回らないし褒められた人格者じゃないけど、きっとお役に立ちますよ。なんたって死武専校長なんですから」
                 オレはこう見えて寂しがり屋だから、妻も子も居ない世界なんて考えられない。魔女の子だって、孤独が嫌なのは鳩や人間と同じなはずだ。
                 なんせ、死神でさえ嫌なんだから。
                 「……僕は甘え癖があるから周りに人が居るとダメなんだ。優しい言葉を聞いたらそれ無しじゃ居られなくなる。特にクーちゃんのご主人は僕を甘やかすのが趣味だから、鏡通信で顔を見ちゃうと緩んじゃうでしょ。だから電話も用事以外は掛けないし喋らない。……世界をひっくり返すまでは、ね」
                 哀しいはずの眼差しの奥には、揺れもせずに燃え盛る青い炎。
                 オレはどうやら見誤っていたらしい。力なく笑っていたんじゃない。無駄に力を込める必要がどこにも無いのだ。空虚なんかじゃない。たった一つ以外この人には要らないのだ、少なくとも今は。
                 「そうですか……いや感服致しました!こんなに立派な志をもった恋人の足枷になるよーなくだらねー愚痴ばっか垂れてるアホが主人でオレは恥ずかしい!」
                 オレは二三度羽をばたつかせて、準備運動。一息ついて、喉も潤った。腹も膨れた。
                 「……こ、恋人って……!」
                 「――――――――間違ってますか?」
                 尋ねると、クロナさんは大層困ったふうに眉を寄せてうじゅぅだとかあふぇだとか、ブツブツ口の中で呟いている。
                 ……さっきの力強さはどこ行ったんですかアンタ……
                 「でもねクロナさん、オレは考え事しながら空は飛べない。……揺れ動く魂じゃいい仕事は出来ない」
                 急にオレがこんな真面目腐った声を出すのがおかしいのか、クロナさんはきょとんとした顔でオレを見ていた。
                 「寂しい日はどうぞオレに甘えてください。生憎オレには運ぶ事しか出来ませんけど、手紙でも小物でも歌でも、なんだって届けます。鳩キックでもいいですよ」
                 オレがおどけてそんなことを言うと、フッと笑って揺れない言葉が返ってきた。
                 「ありがとう。でも僕は自分で届けられる。……自分で届けたいんだ」
                 マグカップを置き、机の引き出しを開いて何かを手に取りオレの方に歩み寄る。
                 「……でも、もし寂しくてたまらなくなった日はキミにお願いするよ、とびっきりの大荷物を」
                 「ははっ、そりゃ楽しみなような怖いような……!」
                 オレは羽ばたきを強くしてそっと窓の桟から足を離した。さて今回はアホ死神にたくさん伝える事がある。なんとも難儀な大仕事だ。
                 「ま、待ってよクーちゃん!今日はもう晩いよ、泊まってけばいいのに!」
                 「大好きなあなたの仕事の邪魔をしたくないんでね!」
                 窓から離れようとするオレにクロナさんが手を伸ばしたかと思ったら、黒い液体が悪夢のように押し寄せてきて、“破邪の魔法によって触れないはずの”オレを易々と掴み取ったのだ。
                 急のあまり悲鳴を上げる間もなく窓辺に連れ戻され、オレは一瞬死さえ覚悟したが、クソッタレが何も言わずにニヤリと笑って彼女の背に消えるのを、オレはただ豆鉄砲を食らったように呆然と見ていた。
                 「ご、ごめんね、つい癖で……これ、あげる。マカと一緒に作ったビーズの指輪。僕たちの友情を祝して」
                 困ったように笑いながら、クロナさんはオレの左足にビーズの指輪を結ってくれた。
                 ……か、構いませんけどね!もうちょっとあるでしょ、やり方ってモンが!




                20年後の キッド のはなし


                 オレは7時間も8時間もかけて必死に羽ばたき、ほぼノンストップで砂漠のど真ん中にあるデスシティへ急いだ。胸がわくわく疼いて居ても立ってもいられない気分だったから。
                 息子よ、娘よ、わが妻よ。誰にでも胸を張れ、自分の父は、自分の夫はデスサイズスの中で一番強く一番勇敢な「魔剣士クロナ・ゴーゴンと親友だ」ってな!……あと、世界で一番大切な一羽になら「魔剣ラグナロクに目溢しをしてもらえた唯一の鳩」ってのを付け足すのも構わない。
                 左の足に結ってもらった金から銀へ、銀から紫へ、紫から緑へとグラデーションしてゆくビーズの色が朝日に照らされてさぞきれいに違いない。オレは誰よりも真っ先に妻に自慢したくてしたくて朝日を追い越す勢いで我が家に急ぐ。
                 「……あ、忘れてた……」
                 死武専の校長室の窓が開いたままなのを目視してやっと自分が任務中だということを思い出したあたりで、オレがどれだけ興奮していたのかお察しいただきたい。
                 オレはプロフェッショナルだ。いかなる任も遂行してこそその誉れがある。途中で投げ出すなどプライドが許さない。
                 とは言えかなり渋々、校長室の窓の桟に止まり、一つ大きく鳴いた。
                 「死神様の命によりクライブ号!緊急連絡を持ち帰りました!」
                 だが部屋はしんと静まり返っていて、何の返事も無い。ラッキー。
                 バカ正直に待っててやる義理も無かろうと鳩舎へ引き返して、鷹が地を這ってるのを見たより驚いた。
                 「よく戻ったクライブ号。待ちかねたぞ」
                 そこに立ってたのは、黒のコートにトレードマークのマスクを被った死神様だったのだから。
                 「……このクソ寒いのにまさか待ってたんですか……」
                 「昨日の夕方から日が変わるまで飲み会があってな、酔いを醒ましていただけだ」
                 アンタ死神なんだからアルコールなんかソッコーで分解しちまうだろうがとか、飲み会終ってからずっとそこに居たのかよ、とかはあえて言わない。言ったら話が長くなることが目に見えていたので。
                 「さて、伝言を聞こう」
                 芝居がかった風に袂を振り上げてマスクを外し、見得を切る大将。……どんなに格好つけてもいい大人が屋上でいつ帰ってくるか判んない鳩待ってるって思考回路、最悪にダサいっすよ。
                 「では伝えます。『マカの息子の件は僕よりマカ本人に聞くべきだと思う』」
                 「……それだけか?」
                 「はい」
                 「……他には?」
                 「ないです」
                 「その伝言量にしては随分帰ってくるのが遅かったな」
                 「何を言うんです、普段一週間以上掛かるところをたったの半日程度で――――――」
                 オレの言葉を遮るように彼はポケットから懐中時計を取り出し、冷たい声でお前を放したのが昼12時頃で今朝6時前だなと言い、懐中時計の蓋をぱちんと閉めた。
                 「おれがお前の周期的な帰着時間の変動をチェックしておらんとでも? 今回は十分16時間足らずで往復できるはずだ。真面目なお前が二時間も一体何をしてた?」
                 ……いいストーカーになれるよアンタ……頼むから仕事しろ。
                 「誤差ですよ。もしくは気のせいでしょう」
                 陰険かつヒマな指摘をする死神様からそっぽを向いてオレは知らん顔をしてやる。つーか16時間で帰ってくるって憶測が立ってるんなら6時間近く屋上で待ってんなよ。
                 「……ではお前の左足に絡まってるそいつもおれの気のせいか」
                 「途中で拾いまして。素敵でしょ」
                 ヌケヌケと言い放つ自分の口調は、ともすれば吹き出す寸前の震えを伴っていることに内心はヒヤヒヤしたが、堂々と言い放った。オレの度胸を甘く見てもらっては困るな。
                 「戯け!お前のクチバシでそんなにきれいにくっ付くか。クロナに貰ったんだろ」
                 「……あげませんよ」
                 さっきの見得はどこへやら。すっかり身を乗り出してみっとも無いったらありゃしない!
                 「…………」
                 「何で睨んでるんですか」
                 「睨んではおらん。お前が心変わりしないかなと思ってるだけだ」
                 「……オレがもらったんですよこれ」
                 「何故手紙の一枚でも貰って帰ってこない」
                 「クロナさんが重いだろうからって気遣ってくださいまして」
                 「で、そいつは貰って帰ってくるのか」
                 「お駄賃です」
                 「……で、クロナは連絡してこないんだろ」
                 「死神様より仕事が大事なんですって」
                 にや、と笑ってやった。もしオレが蛇なら舌をペロペロ出してやれたのに。平和の使者って冠はどうもオレの性に合ってない気がする。言ってもしょうがない事だが。
                 「……よこせ。さもなくばお前を一生籠の中で飼ってやる」
                 死神様が髪を逆立てんばかりに眉と目尻を釣り上げて両手を構えた。……大人げないなぁ……
                 「オレ以外にラグナロクから逃げられるほど優秀な鳩が居るなんて初耳です」
                 だが大人しくハイソウデスカと言う様な心根の優しさなんかオレは一切持ち合わせてない。はっきり言ってオレは兄弟の中でいっちばん性格が悪いんだ。何でも一番じゃなきゃ気が済まない性質だから。
                 「……どうすればくれる、それ」
                 歯軋りしながら、だが構えた両手は決して下げずに死神様が低い声で唸る。
                 オレはその格好と必死さが情けないやら恥かしいやらで、思わずいつもの調子で怒鳴ってしまった。
                 「あんた仮にも世界を牛耳ってる死武専の校長なんでしょうが!そんなもん自分でくれって言やぁいいじゃないですか!鳩の持ち物に手をつける神とかありえねぇよ!」
                 「言えたらこんな回りくどいことするか!」
                 まさか死神が鳩と同じレベルで怒鳴り返してくるだなんて思わなかったので、逆にオレがフッと冷静になってしまった。
                 「じゃあこうしましょう。オレが愛のメッセンジャーになって……」
                 「死にたいのかお前は」
                 「ああもうめんどくせーなこのクソ死神は!」
                 「お前がおれを陰でどう呼んでるのか良く解った」
                 フー、とお互い長い溜息をつき、呼吸と勢いを整えた。何も取っ組み合いをしようと言うんじゃないんだ。そこはお互いいい歳コイた大人なので理解している。
                 「聞いたことありますよ、曾祖母の父が大死神様に仕えてた頃はいい仲だったって」
                 オレは目先を変えるために少し話題を逸らした。本当は、これが本題なのだけれど。
                 「……ラスキン号が現役だった頃なんて随分古い話だな。もう20年も前だぞ。
                 ――――――――しかし、いい仲とは笑わせる。あんなのはままごとにもならん」
                 フン、と鼻を鳴らして苦々しい表情を作る死神様。手に持ってたマスクを扇のように煽ぐので、艶やかな髪がふわりふわりと浮き上がっている。
                 「なんで一緒に居てくれって言わなかったんですか。あんな美人さんだ、独りで居るのが不思議なのに」
                 オレの妻は手前味噌と笑われても言うがスゲー美人だ。子供も居るし彼女から世界一愛されてる自信もあるけど、やっぱり家を空けるのは心配でならない。独り占めしたい、ってのは男の本音だと思うんだけど。
                 だが死神様は少し眉を顰め、東を向くオレとは逆にくるりと身体を反転させて手すりを背にし、どこか遠くに向かって言葉を発した。
                 「あいつは自分の道を探して必死だったし、おれも死神の力を持て余して四苦八苦でな……二人の道を探すにはまだお互い子供だったのさ」
                 朝が来る直前のデスシティは静かで、薄暗い。オレはそれを眺めながら言った。
                 「今は大人になったんだからもういいでしょうが」
                 「……そうだな……もういいはずなんだが……今度は臆病になってしまった。せっかくあいつの見つけた道をおれが邪魔してしまうんじゃないだろうか、また他人に縛り付けてしまうんじゃないか、と」
                 「いけませんか? 二人で力を合わせて生きちゃ」
                 オレのセリフにただただ苦い表情の死神様。
                 「それとも身分とか運命とかの問題ですか?」
                 「……死神の妻が魔女の娘というのは風当たりが強かろうよ。あいつはすぐに我慢をするから、おれの見知らぬところで忍耐を強いるのは気が引けるな」
                 西を向く死神様の目に映るのはきっと、自分の影なのだろう。
                 黒い黒い、レンガに落ちたその身を模った漆黒。
                 「いや、体のいい言い訳はやめにしよう。……ずっとおれの片恋なのだ。それを認めたくなくないばっかりに何も言わず20年も経ってしまった。……あの頃は無我夢中でこの手に収めんともがけたのに、デスシティを出てゆく日さえ引き止めるセリフの一つも思い浮かばなかった」
                 死神というものは狂えない。そういう性質の存在なのかどうかを、いち鳩たるオレに知る由もないが、少なくとも狂った死神というものをオレは聞いた事がない。
                 「ずっと一緒に居てくれると思い上がってた……あいつは結局一度だっておれを頼ったりしなかったのに……!」
                 色恋ってのは狂気だ。それ以外何も見えなくなってしまう。だからこそものすごい力が出る。強烈な魂の張力は狂って初めて“自分以外”が見える事を俺は知っている。なりふり構わず妻の元に辿り着く為だけに生きてたときもあったから。(一睡もせずフラフラになりながら俺の帰りを待っててくれる妻を見て、少なくとも俺はお互い狂ってるなと思った)
                 だけど、この人はもしかしたら狂えなくて苦しんでいるのかな、とボンヤリ考える。
                 「運命を呪う? 馬鹿馬鹿しい。真に呪うべきはおれ自身だ!」
                 普通なら頂点に達した不満はパワーになるだろう。だが、目の前にいる死神様は火種をずっと燻らせて息が出来ないみたいだ。
                 ……バカな神様だな、あんなに可愛い恋人があなたを忘れられなくて仕事に集中できない夜を数えてるってのに。もういっそ言ってやろうか、クロナさんが人間らしい生活をしないのはアンタと過ごした日々を思い出すからだって。……ま、俺の下世話な想像だから言わないけどさ。
                 「じゃあ、もうやっぱアレしかないですね!」
                 オレは真っ黒の稜線から溢れんばかりに光り輝く朝日を苦しみに喘ぐ彼に見せたくて、精一杯明るい声を出した。
                 「あれ?」
                 怪訝な表情で死神様がオレを振り返る。
                 「世界をひっくり返すんですよ!」
                 オレが言った途端に、死神様の顔がさあっと明るくなった。日が出たのだろう。今日一日を照らす太陽があの暗い稜線を越えたのだ。
                 「……ふふ、昔、そんなことを言ってた魔女が居たのを思い出した」
                 眩しそうに目を細め、少し彼が笑う。古い傷を慈しむような、やや陰りを帯びた顔で。
                 「ええ、今でも居ますよ。形を変えてその意思を継ぐ人はちゃんといます」
                 「……中々に聞き捨てならんぞ、それは」
                 おっ、表情がちょっと変わった。……気付いたかな? オレが誰の事を言ってるのか。
                 「死神様のシンメトリーって何だと思います?」
                 オレは白い髪の母親がクロナさんと楽しそうに話していた話題を思い出して、昔彼が過剰に執着していたという言葉を使う。
                 「また懐かしい単語を引っ張り出してきたな。誰の入れ知恵だ?」
                 オレは死神様の問い掛けには答えずに自分の言いたい事だけを述べた。
                 「おれは死神様のシンメトリーってのは全てがバランスよく歪みない均等なんかじゃなくて“流動してゆくうねり”だと思います」
                 「――――――その心は?」
                 「謎掛けじゃありませんよ。身動きできない死神様、休み無く変化を求めて動いているクロナさん。静と動、真逆の性質、鏡合わせ、つまりシンメトリーです」
                 大きな黄金の瞳が朝日にキラキラ輝いていて、とても綺麗だった。見開かれた目がゆっくりといつもの半分眠ったような、斜に構えたいけ好かない目になって、飽きれた声が聞こえる。
                 「…………最近の鳩と言うのは随分おせっかいなのだな」
                 溜息と同時に何かを悟ったかのような様子で、彼は朝日の照る方向へ身体を向けた。
                 そうそう、それがいい。あなたに朝日は似合わないけれど“それでいい”んですよ死神様。
                 「死神様みたいな頭でっかちがちょこまか動くと碌なことにならない。伝言ならオレが請け負いましょう。これから緊急連絡以外はクライブ号ではなくクーちゃんでご用命ください。そうすればオレは貴方の魂の一欠片をこの命に替えても恋人の元へ運びますよ」
                 オレは羽ばたいて鳩舎の屋根に戻る。
                 「――――――きっと素敵な世界がやって来る、貴方が変わらず玉座についていれば!」
                 オレは鳩だ。
                 歯牙ない弱々しい鳥だ。
                 だがオレは今日ほど鳩に生まれて良かったと思った事はない。
                 なんたって新しい世界にオリーブを銜えて戻る大役を任せられたんだから!



                13:19 2009/02/27

                 


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