まじょ の ぬまち

                キッド と クロナ のはなし

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                 屈辱的だ。実に腹立たしい。ろうそくの明かりは暗くて、ようやく輪郭が判る程度。
                 「あは、死神くん、なんか、足がぬるぬるしてきたよ?」
                 短い髪がゆらゆら揺れて、重たくて野暮ったい修道服のスカートから伸びる素足がおれを蹂躙している。
                 「こんなことされて、なんだい。浅ましい」
                 吐き捨てるときに使うようなセリフは、みっともなく浮かれて弾んでいた。
                 かかとを薄く浮かせて何度か踏みにじるようにされ、腹に性器が埋まる。柔らかく小さな足だ。
                 きっと明るい場所で見たらさぞ傷だらけなのだろうな。
                 ぎちぎちに張り詰めた性器の裏側に押し付けられた足の裏はざらざらとしていたから。
                 「恥ずかしくないの? 死神のくせに」
                 低く震えるような笑い声を聞く。
                 おれはこの暗い部屋をありがたく思った。
                 こいつの表情をもし見ていたなら、きっと、どうにかなってしまっただろうから。
                 ぽたぽたと温かい水が振る。
                 頬に降って来たそいつを一掬いして口に含んでみた。
                 ……実に、腹立たしい。
                 己の無力が。

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                 「ねえ、何で逃げないの? 死神だったら空とか飛べるんでしょ」
                 まだ温い雨は降っている。
                 「僕のこと蹴り飛ばして逃げればいいじゃないか」
                 それともラグナロクが怖いの? とそいつが聞いた。
                 ああ、確かに脅威だな。お前の背中から這い出す大男のパワーは侮れん。
                 おれは特に何も返事をせずに荒い息を吐いては吸い込む。腹に食い込む己の肉にいらつく。
                 喉がいがらっぽい。口の中がすっかりカラカラになっていた。
                 さっきまで、あまりの苦痛にとめどなく唾液が出ていたというのに。
                 「それともこうされるの好きなの」
                 声も出ない。ぐっと腹に力を入れて耐えた。意識が薄れそうになる。痛い、痛い、痛い。
                 「足がべチョべチョになっちゃった」
                 つまらなさそうな声が聞こえて、少しの沈黙、少しの容赦。
                 「舐めて」
                 鼻先に暖かな温度が生まれて、それから臭気。思わずうっと声が出た。
                 「はは、なんだよ。自分が汚したくせに」
                 ため息とも吐息ともつかない震えた声が聞こえて、ふっと鼻先で空気が動いた。おれは思わず、その暖かい物を両手で掴んで舌を這わせた。
                 「なっ!」
                 苦い。渇いた喉に最悪の感触。だが吐き気は意地で飲み下した。
                 指に。爪に。踝に。短い指を開いてその間も舐める。もっとよだれが出ればいいのだが。掠れて引きつる舌が面倒くさくなって、唇を擦りつけた。思ったとおり、傷だらけだ。
                 「ちょ、ちょっと!なにやってんだよ!それ、自分のあそこ踏んでた足だぞ!」
                 ガガガ!と椅子が床を引きずる音が聞こえた。犬のように丹念な舌運びで舐める足の先の闇が何故か少し怖いと思う。
                 「や、やめろよ!気色悪い!」
                 身を捩っているのだろう。ばたんばたんと音がしている。あああ、と艶っぽい声。
                 おれはただ足を舐める。
                 だんだん仰け反っていくのが面白かったから。

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                 ガツン!と音がして顎がかみ合わなくなった。思いっきり蹴り飛ばされたらしい。
                 「はァ、はァ、はァ……ききききキミ、自分の立場わかってんのか!?」
                 唇の端から何か流れている。どこか切ったのだろうか。拭うと確かに不愉快な金属の味。
                 「ご褒美が欲しかったら言いなよ!魔道具のある部屋の場所!」
                 「……何度も言っている。お前の言ってることの意味が良くわからん……」
                 もう一発蹴りが入った。今度は左から。ああ、これで左右対称だな。
                 「踏み潰されたいの!」
                 ヒステリーのように甲高い声で叫んでいる。またぽたぽた何かが降って来た。……胸糞の悪い……
                 部屋は暗い。窓の外は新月の世界。月に一度、こいつの頭は狂う。何かに支配される。今までとは違うものになる。話していることも支離滅裂で意味を成さない。頭の狂ったこいつを一番最初に見つけたのがマカでなくおれで良かった。優しい彼女がこれを見てたらきっととても心を痛めただろう。
                 「逃げればいいじゃないか!早く逃げなよ!何でバカ正直に部屋に来るの!」
                 まためちゃくちゃなことを言い始めている。本当に逃げたら追いかけてくるくせに。
                 「なにさ!涼しい顔しちゃって!弱い僕のこと馬鹿にしてるんだろ!僕を救えもしない死神の分際で!」
                 自由に言わせてるのに、たまに腹が立つ事がある。これがこいつの本音かと思うと情けなくなる。おれはなんと無能な死神なんだろうか。
                 「なすがままにやり込まれてやることで哀れんでるつもり!? 下衆が!」
                 ぽたぽたぽたぽた。
                 水は絶えず降って来る。おれは喉が渇いているが、そいつを飲み干すことは出来ないのだろうなと漠然と思った。
                 「助けなんか要らない!誰も助けられない!希望なんか持っちゃいけないんだ!!」
                 叫びと共に首を絞められた。苦痛から生まれた狂気で手加減なく全力だ。流石に苦しい。こいつは堪らん。
                 「どうして抵抗しないの!いくら死神でも死ぬよ!」
                 突き飛ばそうかどうしようか逡巡して、どうせこいつを助けられないなら死ぬのもいいかと思った途端、手の力がふっと緩んでようやく空気が吸える。何度か咳き込んで喉を痙攣させた。涙が出てくる。
                 「……なんで、なんで、なんで……!」
                 嘔吐きと共に嗚咽が部屋に響く。
                 おれはなんと言葉を掛けていいかさっぱりわからなかったので、黙っていた。
                 マカならこいつを抱きしめて心配しなくていいと慰めるのかな、とおれには出来そうもない想像をしながら。




                12:13 2009/01/25

                 


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