ないしょのおっぱい
三馬鹿 と クロナ のはなし
「……うううう……」
僕は唸り声を上げながらTVに(正確にはDVDなんだけど)釘付けになってる三人の背を見ている。いつも
しれっとしてるキッドが身を乗り出していて、出来る限り感情を引き絞っているつもりなのだろうけどモロだし
のソウル、こんな時ですら全く裏表の無いブラックスター。
「ううう……」
耳を塞ぎたい。実際塞いでるんだけど、それでも聞こえる女の人の喘ぎ声。
『アアッ!あっ!ああ〜ん!』
「すげーなー。いいのかこんな薄消しで」
「よくねーから一般売りしてねーんだろ」
僕の耳ってこんなに高性能だったかな? 必死に聞かないようにしてるのに、呟き声みたいな会話さえしっか
り聞こえて凄くいや!
「どうしたクロナ、見ないのか?」
顔のちょっと赤いキッドが気を回してくれたのか僕の服の裾をちょっと引っ張って尋ねる。
「よせよせキッド、それぞれ楽しみ方があるんだから。なぁクロナ」
ひゃはははは!明るいブラックスターの笑い声が僕の背筋をぞくぞくさせた。くすぐったいみたいな気持ちに
なってすっごく堪らない。
■ ■ ■
最初はソウルに声を掛けられた。
『今日と明日はマカたち女4人でデスシティ出て買い物に出かけるらしいから、みんなでブラックスターん家
集まるんだけど、クロナもこねぇ?』
僕は死武専から出るにも許可が必要なのに、デスシティを出るなんて出来ないとは(マカが悲しむだろうから
)言えず、マカの誘いをどうやって断った物か困っていた所だったので、頷いた。
それに、ソウルに胸の傷の事を謝りたかったんだ。もう何度も謝ってたけど、それでももうちょっと話がした
くてこの機会にと思った。
授業が終ってそれぞれの家に帰り身支度を済ませ、少し足を伸ばしたファミレスで和やかに食事をして、てれ
てれ歩きながらコンビニに寄ってお菓子などを買い込み、ブラックスターのアパートへやってきたのが10時頃
。
アパートは綺麗に片付いていて、新しくはないけれど丁寧な手入れが行き届いてるこざっぱりとした和室ばか
りの部屋だった。意外かも知れないけれど僕は家庭の匂いがする場所が嫌いじゃないので、気を良くして買って
きたお菓子やなんかを随分足の短い丸いテーブルに広げていた。
「椿はいいよな、こういうの持っててもうるさくなくて」
不意にソウルがそんなことを言いながら地べたに座り込んで鞄を漁る。なるほど、この草のカーペットは腰を
下ろしていいのか。
「あー? 俺ちゃんと天井裏とかに隠してるぜ? 恥かしいだろ普通に」
台所から人数分のコップを持ってきていたブラックスターがそれを受けて返事をする。
「マカ目聡くてさ。こないだなんか下着と一緒に隠してたのに見つかったぞ」
「聞いた所によると洗濯物まで交代分業だそうじゃないか。そりゃ見つかって当然だ」
ソウルがぶー垂れた顔で口を尖らした所に、キッドがテレビの電源を入れ、テレビ下のDVDプレイヤーを操
作しながら応えた。
「バッカ!下着とかはちゃんと個人で洗ってますゥ!」
僕はなにが始まるのかと思ったが、とりあえず手持ち無沙汰なのでお菓子の包み紙を開けたり、コップにジュ
ースを注いだり。
「つーか部屋入るのフリーっていうのが問題なんじゃねーか」
ブラックスターが部屋のカーテンを閉め、紙で出来たみたいな軽い引き戸のドアを閉め、部屋をぐるりと回って、よし、と呟いたのが聞こえた。……なんだろ? 一体。
「ここは和室オンリーだろう? もっと個人的な時間は取れないんじゃないのか」
キッドが言いながらテレビのリモコンとDVDプレイヤーのリモコンを前に置いたまま、自分の持ってきてい
た鞄をごそごそと引っ掻き回している様子。
「察しと思いやりだよ諸君。特に椿は生粋の日本人だからなー」
ブラックスターがひっひっひ、と奇妙な笑い方をしているのに目をやると、いつの間にか彼の傍らに青いスポ
ーツバッグが置いてあった。
「キッドんとここそ金持ちだから鍵閉まる部屋で見放題なんじゃねーの?」
「こんなDVD見てるのがあの二人に見つかったら『本物の方がいいでしょ』なんてからかわれるに決まって
る!そんな地獄絵図は絶対に阻止せねばならんからな、屋敷では厳重に隠匿している」
男の子達が畳にわいわい言いつつ、いっせーのーでの掛け声と共に鞄から引っ張り出したそれぞれの持ち物、
それは……
「では第12回定例AV鑑賞会を開催します〜。まずはブラックスター今月の一押しから〜」
■ ■ ■
……で、今に至る。
恥かしい。
凄く恥かしい。
どうしようもなく居た堪れない。顔が真っ赤になる。今まで受けたどんなメデューサ様のお仕置きより辛い。
しかも三人の嘘偽りない完全な善意っていう所が最も心苦しい。
「やー、やっぱ巨乳だな。うん」
一本見終わったのか、ブラックスターがDVDのパッケージを開きながらしみじみとそんなことを言った。
「俺は大きさよかカタチだなー。あと肌ね。キッドは?」
それを受けてソウルが隣りで次のDVDのパッケージを弄っているキッドに話を振る。
「シンメトリーであれば大きさも形も問わん。この間ソウルがもってきたDVDの中のチョイ役の女優がナカ
ナカ綺麗なシンメトリーだった。ああゆうのが好ましい」
「キッドは胸より尻の方が好きだもんなぁ。……んで、クロナは?」
何の悪意も悪気もない眩しいまでの笑顔でブラックスターが僕に尋ねた。
「ええええええ!? な、なに!?」
「胸だよム・ネ。おっぱい、どーゆーのが好きだ?」
顔が真っ青になったのが自分でも良く解った。冷や汗がどっと出る。目の前がチカチカぐるぐる、頭がガンガ
ン響いている。
「ぼぼぼぼぼく、えと、えと、無いから!」
思わず頭で考えるより先に“胸”という単語から引っ張り出された思考をそのまま口走った。
「……は?」
間抜けな声を上げたのはキッドだった。しまったと思ったときには既に次の言葉が口から出ている。
「ないから!よくわかんないよ!」
「――――――ああ、ペタンコが好きなのか」
ポン、とブラックスターが膝を叩いてソウルの脇を肘でつつき、おいおいウカウカしてらんねぇなぁ〜とケタ
ケタ笑って再生されたTVの方に二人で向き直った。
真顔のキッドを残して。
「……クロナ、ちょっと外に来い」
耳打ちするようにキッドが僕の肩を叩いて部屋から出て行った。ブラックスターとソウルはTVの方に向いて
いる。キッドが出て行ったのにも気付いてないのかな?
「あ、あの、僕お手洗い借りるね」
「おー。玄関の向かいな、電気は右手の上」
ブラックスターが背を向けたままそれだけ言ったので、僕は紙のドアを閉めてテクテク玄関に向かう。
「……なに?」
締め切った部屋よりは涼しい玄関のドアの前には腕組みしたまま背を壁に預けているキッドがいて、ちらりと
こちらに視線を向ける。僕はちょっと居心地悪くて体温の上がったままの赤い頬を恥かしく思った。
「失礼な事を尋ねていいだろうか」
「……だだだいたい、言いたい事は、分かる、よ……」
「……すまん……気付かなくて……」
「二人は気付いてないみたいだから、この場は内緒にしといてくれると嬉しいんだけど」
「無論だ。だが当面の問題として……お前が居た堪れなかろう」
「……う、うん……でも別に、じっとしてるから……」
「――――――スマン、嘘を付いた。おれが素面で居られん」
ぷい、とそっぽを向いたキッドの顔がどんな色なのか僕に知る術はなかったけれど、なんとなく、想像はつく
。
「……ごめん、じゃ、僕、帰るよ」
僕が何気なく左手を右腕にやった。これは自分が所在無い時にやってしまう癖で、よくラグナロクが女々しい
といってからかう。
「もう12時を遠に回ってるんだぞ。女の子を一人で帰せるか。大体あの二人にどういう言い訳をするつもり
だ」
「……う……」
「――――――いい。万事任せておけ」
キッドが意思を持った確かな足取りで廊下を抜けていくのを僕はボンヤリ見ている。
「どーしようラグナロク。ばれちゃった」
「本当にアホだなお前。黙ってりゃ丸く収まるのに」
背中の傷からひょいと生えるようにラグナロクが出てきて、僕の頭をポカリとやった。
「だだだって、しょうがないじゃないかぁ……恥かしいんだもん……!」
「もうサッカーにも野球にも呼んでもらえなくなるじゃねーかボケ!」
「……それよりソウルが……」
「女に斬られたとなりゃ男のプライドズタズタだな!いい気味!」
人の悪い(人じゃないけど)表情でラグナロクがケラケラ楽しそうな声をあげる。まったく、意地悪なんだか
ら!
「……どうしよう、マカにも言ってないのに」
「いつまでもウジウジして言い損ねた罰だ!あんじょう嫌われな!」
けけけ、と笑いながら僕を見棄てたラグナロクが引っ込んだ所に、僕の鞄を持ったキッドが現れた。
「さあ、帰るぞ」
■ ■ ■
アパートの鉄のドアが閉まり、僕は着替えなんかを入れた鞄を袈裟懸けにしてキッドの後を追う。
心なしか歩調が大きい気がする。
……いや、絶対いつもより早い。
僕はすっかり小走りになって黙って着いてゆく。鞄の中の何かがカタカタ鳴っている。
長い廊下を抜け、少し蒸し暑い夜空の下の小さな公園へ。そこにはかわいい池と噴水があるけれど、今は夜だ
から作動していない。街灯が作る薄い自分の影を見ながら、踏むと浮き上がって音を立てるレンガの数を数えた
。
まただ。
また、何もかもダメになる。
今度こそ上手くやっていけそうな気がしたのにな。
僕は惨めなような、情けないような、諦めたような気分になってしまって、それはそれは深いため息を一つつ
いた。
「クロナ」
「へ、へい!」
急に呼ばれたので、溜息の口の格好のまま返事をしたらおかしな口調になってしまい、それを聞いたキッドが
眉を顰めて突っ込む。
「……魚屋かお前は」
「い、いや、その!はい!」
「――――――いや。その、なんだ。悪かったな、今日は。実はお前を誘おうと提案したのはおれなんだ。お
れも転校生でな、上手く馴染めなかった頃にブラックスターが……まあ、アレの鑑賞会に招いてくれて嬉しかっ
た物だから」
「べべべつに気にしてないよ!……誘ってもらえて嬉しかった。本当だよ」
「……そうか」
キッドはそれだけ言って、僕に背を向けてまた歩き出した。
「ねねねぇキッド」
僕はその背中をまた追いつつ、思い切って声をかける。
「なんだ」
彼は振り向きはせずに優しい声で返事を返す。……あれ、怒ってない?
「ぼ、僕が男じゃなくてがっかりした、よね」
「……何故そう思う」
キッドの歩調が返事と共に少しだけ緩んだ気がした。
「ブラックスターの家を出てからずっと、何だかつまらなさそうに見えるから」
「つまらなさそう?」
……気のせいじゃない。やっぱりさっきよりスピードが落ちてる。
「最初は怒ってるのかと思ったけど、ちょっと違うみたいだ」
「…………どうしてそう思った?」
「僕が女で折角の……し、親睦会が台無しで、僕を連れて戻らなくちゃいけなくて、面倒を掛けるし……キッ
ドは早く皆の所に戻りたいだろう?」
僕がそう言い終えた頃にはキッドの歩調はもう普通の歩く速度になっていた。
「――――――いや。親睦会はまた趣向を変えてやればいい。友達に男も女も関係あるか。おれは性別など気
にしない。
それに、あの二人にはクロナの気分が優れないようだから連れて一緒に帰ると言って来た。あいつらの目当て
の物はそのまま置いてきたから、大して気にしてないだろう」
「……帰らないの? 何故?」
二人の足音だけが響く石畳の住宅街。静かな静かな夜の散歩。
「…………女の子の前で!鼻の下を伸ばしながら!色事を見てた自分が!壊滅的に情けない!……屋敷に戻っ
て精神統一をせねば今にも崩れ落ちてしまいそうなんだ……」
「……なんか、ほんとうに、ごめん……」
ぼそぼそ砕けるキッドの今にも泣きそうな声に、僕は非常に居た堪れなくなって、潰れた声で謝るしかなかっ
た。
「ついでに言えば早足なのはお前に向ける顔が無いだけで他意はない。気にするな」
■ ■ ■
ぼそぼそ喋りながら20分も歩いた頃、キッドが裏路地に足を向けたので奇妙に思って声を掛けた。
「あのう、差出がましいとは思うんだけど」
「なんだ」
「そこのコーヒー屋さんの路地、行き止まりだよ」
「ああ。行き止まりの壁を越えると社宅が並んでてな、そこを突っ切ると死武専まで近道なんだ」
「……いや、だからその壁と団地をどうやって越えるつもりなのかと思って」
「おかしなことを言うな、お前もおれも飛べるだろう」
「ぼぼぼ僕、死神様にデスシティではラグナロクの力を使っちゃいけないって言われてて……!」
「なんだ、そんなことか。じゃあおれがお前を抱えて……」
そこまで言ってキッドが一時停止した。
「………………。」
僕も何を言ったものだか困ってしまって、言葉を失う。
「………………。」
キッドの顔に汗が一筋流れたのは、デスシティの気温のせいじゃないだろうなと僕は思った。
「キ、キッドがそれでいいのなら、僕は別に構わないけど」
キッドは商店街にあるちょっとした広場の真ん中に立っている時計を振り向いて時間を確かめる。午前一時ジ
ャスト。もうすっかり人通りも無く閑散とした商店街は住宅街を南北に伸びていて、ここから大回りして死武専
に行くには優に一時間は掛かるだろう。本来はブラックスターのアパートの前の大通りを東に向かって歩くべき
だったのだ。それなら小一時間程度で死武専につく。
「〜〜〜〜〜〜っ」
キッドはその場にしゃがみ込んで、いやいやとか、馬鹿なとか、とんでもないとかブツブツ言いながら顔を赤
くしたり青くしたりしている。それを見ながらなんとなく、自分の杞憂を恥じる。
僕が例えなんであれ、皆は態度を変えたりしないだろうと思った。だってこのキッドが信頼しているんだもの
。
「ででででは、こうしよう。お前がおれの腰に掴まって……いや、それだとバランスが取れん……手を引っ張
って……いや、ボードは結構スピードが出るし……いっそ背負うか肩車……いや、そのスカートじゃどえらい事
になるな……」
云々と唸りながらキッドが頭を抱えているのを見ていると、何だか心臓がキューっとなった。……なんだろ、
風邪かな。
「ね、ねぇ、そんなに気を使わなくていいよ、遠回りして帰れば……」
「いや!だめだ!これ以上晩くに女の子を連れまわすわけにはいかん!」
確かに既に一時も回ろうかとしている。どう考えても子供がウロウロ町を歩いていていい時間じゃない。おま
けに僕は保護観察中の身だし、キッドに至っては死神様の子供だ。深夜徘徊なんて見つかった日には目も当てら
れない。
「……僕に気を使ってくれてるのなら、構わないで。抱っこくらい平気だよ」
「お前は平気かも知れんがな!」
同じ位置に目線が来るように僕がしゃがんで掛けた台詞にキッドが強い口調で言い返して、はっとした顔で口
を押さえた。
「やっぱり女じゃ友達になれない?」
「い、いや、違う!……その、ごく個人的な理由であってだな……お前がどうとかこうとかじゃないんだ」
「ねえキッド、右手貸して」
「……うん?」
ぺた。
銀の死神様の仮面を模った指輪が光る右手を取り、僕は自分の胸に当ててみた。……うわ、心臓がギューって
なる……やっぱ風邪だな、これ。
「ね、胸ないでしょ僕。女の子扱いは無用だよ、今まで通り男だと思ってくれた方が……あれ……おい、キッ
ド? ねえ、どうしたの? 顔すごい赤いよ」
「あ、お、お、お、お前……っ!ム、胸……っ!」
「無いんだからいいじゃないか」
「そ、そ、そんなことは問題じゃない!!お、男に自ら触れさせるとはなんと破廉恥な!」
……トンプソン姉妹の胸を人前で鷲掴みしてるヒトの台詞じゃないな……
「……体育の授業で今まで散々組んだのに、なにを今さら」
男子職人組で体育の授業があるとき、体力のバランス的に一人余ってたキッドと後から編入した形になってる
僕が組になってて、ストレッチを手伝ったりするので触られ慣れている僕には彼の動揺がイマイチよく分からな
い。
「そ、それは……知らなかったから……!」
「じゃあ知らないでいいじゃん。僕は男です。ね、自己申告だよ」
「た、戯け!知った後に触ったらちゃんとおっぱいあるじゃないか!分かるぞ!」
キッドがあんまり鬼気迫る表情をするので、思わず胸の前で両手を交差してしまった。俗に言う、バッテンを
作るあの格好だ。
「…………っ!!いやっ!ちがうっ!ちが……っ!!」
それを見てキッドがまた大きく取り乱したので、僕は一計を案じる。胸があるだの無いだのは僕にとって何の
意味もないけれど、ここまで反応するのならこれを使わない手は無い。
「キッドって、すけべ?」
上目遣いで尋ねてみた。
「ちっがーーーーーーう!ちがう!そーじゃない!ちがうんだーっ!!」
思ったとおりに慌てふためくので、僕は静かに言い放った。
「じゃあ大丈夫だね。抱っこしてもノープロブレム」
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
それ以上は脱力して何も言わなくなったキッドがしゃがんだまま膝の間に肩を落として深いため息をつく。
「わ、わかった。自らの潔白を示す為にお前を抱けばいいんだな」
「ちょ、ちょっと。妙な言い方しないでよ!だっこでしょ!?」
赤い顔のキッドが少しビクッとして咳払いを二三度し、何かの印を結んだ後に左手からボードを呼び出した。
ボードのお尻の曲がってる部分の先端を爪先で跳ね上げて方向を定めるポーズがどことなくぎこちなくてちょっ
と可笑しい気がするが、気に触ってはいけないので笑うのは我慢。
「よし、クロナ。いざ尋常に勝負」
何の勝負だ、何の。
僕は勢いをつけて立ち上がって、キッドの前に身体を向ける。
キッドが僕の肩をそれはそれはワザとらしく力一杯ガッシリと掴んで、くりっと横に向け……
「ぎ、ぎゃっ!」
右腕が背中に回ったかと思ったら強く引かれ、左手が膝裏に伸びて、両足のかかとを恐らく右足で蹴られたか
と思ったら、僕の身体が宙に浮いた。……こ、これは所謂……お、お姫様抱っことゆーやつでは……やり方は荷
物を抱えるみたいに愛想が無いけど。
「これで文句はないな!飛ばすぞ、しっかり………………いや、ゆっくり行こう。落としてはかなわん」
しっかり、といわれた所で僕が両手をキッドの肩から首に回そうと伸ばしたのを、まるで見咎めるような表情
で彼が言い直した。
何だか可笑しい。心臓がうるさく鳴っているのに、嫌な気分じゃない。
「あー、時にクロナ。その、おれがお前の……なんだ、む、胸を触ったのは、皆に内緒にしてくれるとありが
たいのだが……」
キッドが堅い声でそんなことを言った。
「……いいよ。じゃあ、これでおあいこにしよう」
僕は襟元に黄色いストライプの入っている黒いポロシャツのキッドの胸に手の平を当てた。
人間と同じ場所にある彼の心臓は元気よく脈打っている。僕はそれがなんとなく面白くて、頭をキッドの肩に
もたれさせて目を閉じた。
ほら、僕の胸と変わらな……あれ、なんで鼓動が早くなってるのキッド。キミも風邪かい?
15:11 2009/02/19
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