キッド と クロナ と ラグナロク

                シックチックビニールバードの陰惨な世界



                少女が黒いカラスの御神体に祈ると強酸性の雨が降り注ぐ。この世界唯一の生産物である大量のゴミは地表を埋め尽くし、雨と化学反応を起こして有害なガスが辺りに立ち込める。食物は色相環の反対の色をしているし、自然は安っぽいグロテスクな見た目に置き換えられている。 これらの設定は、この物語の示す不快な世界観の一部にすぎない。人間の美的感覚だけを頼りに考え出された不自然極まりない作り物の世界である。
                位置原光Z 氏模造クリスタルより抜粋



                 立派な長いすには上等なビロードが張られていて、柔らかすぎず固すぎず、かといって肩肘を張る必要がないくらいには使い込まれ手入れのなされた古い家具。いい感じに薄暗い落ち着いた部屋は濃いブラウンと更に濃い赤が基調になっていて、目の前にいる年頃の女の子にはちょっと重厚すぎるかな、という気がする。
                 「どう、いい色だろう?」
                 アンタはうちのご主人と同じくらい色が白いから、濃い色の方が映えるんだろうけど。暗いキャラメル色の長い髪がさらさら音を立てて流れる。どこからともなくどこかで嗅いだことのあるいい匂いがした。
                 「アタシはこの金色が好きなの」
                 嬉しそうに金の刺繍がたっぷり入ったダークブラウンのカーテンを背にした彼女が言った。彼女の爪にも同じ色が乗っている。キラキラ瞬くように光った長く固い爪は、自分の薄くて子供っぽい形と違ってずっとセクシーだと思う。
                 「きっとアンタも気に入るよ」
                 アタシのラッキーカラーなんだ。爪の先に刷かれる金色はオレンジ色のランプの光を受けて雫のように煌いている。彼女のうっとりとした青い瞳と同じように。
                 「す、すすてきな色だね。ぼ、僕もこの色、好きだよ」
                 「……そうかい」
                 彼女の憂いを含んだ少し翳る表情に僕はドキッとする。僕は元々女の子と喋るのはニガテだ。というか、ラグナロク以外と感情のやり取りをした事がほとんどないので、人間全部、ニガテなのだけど。
                 「大切にしてくれ。アタシのラッキーカラーだから」
                 もう一度彼女が言って、僕の手の甲にキスをした。
                 「あ、あわわわわ……!」
                 慌てる僕の手をぎゅっと握って、眉を顰めた彼女が笑う。
                 「おいおい、ダメだって。まだ乾いてない。
                 乾くまでこのソファで寝てること。いいね? じゃ、もうじきキッドが帰ってくるからここで待ってな」
                 シャラシャラ鳴るストラップが付いたハンドバッグにマニキュアの瓶を放り込んで、彼女が立ち上がる。
                 「ど、どどこへ行くの?」
                 「よ・あ・そ・び」
                 その途端に部屋にあった柱時計の重苦しいベルの音が11回鳴った。
                 「おねーちゃん!今なら執事室に誰も居ないよ!」
                 「オッケー。んじゃ繰り出すとしますかね」
                 こそこそ声の渋いトレンチコートを羽織った彼女の妹がドアの隙間から顔を出し、踵の音も高らかに彼女がドアに向かって歩き出した。
                 「いいい、いいの? ぼ、僕だけ屋敷に残すなんて、し、し死武専に怒られるんじゃないの?」
                 僕は彼女に命じられたまま、ソファに寝転がって声を上げる。ソファの背もたれの陰になって彼女の姿なんて一切見えない。
                 「……クロナ」
                 「は、はい」
                 「明日、アンタの爪に塗ったマネキュアが剥がれたり寄れたりしてたら、お姉ちゃんは怒る」
                 「えっ?」
                 「大切にするって約束だよ。アタシのラッキーカラーなんだから」
                 バタン、とドアが閉まる音がして、ドアの向こう側で足音が遠ざかる。
                 「?? ど、どういう意味だろうねラグナロク」
                 僕はパートナーに尋ねてみるけれど、彼は僕の背中の傷から出てくる様子は微塵も無い。いつもは嫌と言ったって無理矢理にでも出てくるくせに、なんだよ。
                 僕は天井に手の平を翳し、ランプに透かすように指を広げた。真珠のように深く輝く金色の10本の指の先に光る色。着飾ることも装う事もしたことのない僕もなんだかウキウキとしてくる。ゆっくり動かすと、ぬめるような光の加減にうふふ、と笑みがこぼれた。
                 「きれい……まるでキッドの瞳みたい」
                 自分で言ってはっとした。
                 『アタシのラッキーカラーなんだ』
                 彼女は言った。
                 そう言った。
                 「…………そっか……僕がここに居るってことがどういうことだか……知ってるんだ」
                 だから彼女は気を利かせて、夜遊びと称してこの屋敷から出て行ったのだ。
                 「――――――浮かれて、バカみたいだね」
                 マカの家に泊まったことを僕がぽろりと零した次の週末、つまり今日なのだけれど、キッドとトンプソン姉妹が『先週がマカん家だったなら、今週はうちだ』と招いてくれた。夕食が済んでしばらくまどろんだ後、キッドが死武専に用事があるから二時間ほど出てくる、とふらりと出て行ってしまった。
                 「あれ嘘なんだよ。ホントは死武専にある自分のコレクションルームに恍惚としに行ってるの。ちょっとキモいよねー。でも日課だからカンベンしてやってよ」
                 パティが窓の向こうで小さなボードに乗ってぶっ飛んでゆく真っ黒のはためくローブから目を逸らさずに言った。
                 「ききき、キモイなんて思わないよ」
                 あわてて否定した言葉を聞いているんだか聞いていないんだか、パティは闇夜に溶ける黒い点から視線を外さない。
                 「神経症? 強迫観念っての? あたしにはわかんないけど、キッドくん真面目だからさぁ」
                 逃げらんないしね。ぽつぽつ、詩を諳んじるようにパティが長いまつげをぴくりとも動かさずに言う。独り言のように。僕はその横顔を見て酷く切なく思う。
                 知ってる。この顔、僕、知ってるよ。
                 ――――――――同じ顔だ。人を、あの人を、恋しく思う……僕と。
                 大人っぽくて優しいリズ、可愛らしくて楽しいパティ、それに比べて捻くれてちっともいい所のない僕。
                 惨めになってくる。
                 胸を掻き毟りたい。
                 絶叫して全身をどこかへ打ち付けたい。
                 ああラグナロク、僕と共鳴してくれ!悲鳴で!
                 「……爪に塗ったソレが汚くなったらあの髪の長いねーちゃんにぶっ殺されるぜ」
                 服の中でラグナロクがぼそりと言った。
                 「なんだよ、さっきは返事もしなかったくせに」
                 「テメェ、何か勘違いしてるだろう? 俺様はお前のカウンセラーでもお友達でもねーんだ」
                 「……解ってるさ」
                 「慰めて欲しいのなら他をあたりな」
                 「慰めてなんか――――――」
                 そこまで言った時、ドアが開いた。ノックの音は聞き逃したみたいだ。
                 「うん? あいつらはどうした」
                 「りりり、リズとパティなら、その、えっと……で、出かけるって、さっき」
                 「……ったく、どうやって執事長の目を盗んだんだ……出て行ったのは何時ごろだ?」
                 「じゅ、じゅ、11時ぴったりに」
                 「――――――なるほど、巡回開始の時間か。ではこれからはもう少し早くに帰るとしよう」
                 キッドが僕の右側にある、さっきまでリズがマニキュア瓶を置いていたスツールに腰を下ろす。ふわっと空気が動いて、彼の香りがした。独特で、どこか懐かしい、安心する匂い。
                 「十分にくつろいでいるらしいな」
                 人の悪い笑みを浮かべて彼が少し笑った。僕はハッとして自分の体勢を思い出す。
                 「ちちちちがうよ!こ、これは!リズがマニキュア乾くまでこの格好で居ろって!」
                 「……ほう? どれ」
                 免罪符を突きつけるように両手を突き上げて慌てる僕の手を取り、キッドが身を乗り出した。
                 「なるほど、今しがた塗ったばかりのようだな」
                 何かに擦れたら一大事だ、とキッドが立ち上がって僕を見下ろす。
                 「この色は見覚えがある。リズがせがむもんだからおれが買ってやったんだ。その場で組み合わせて色を作ってくれるって代物だったから、一点ものだぞ」
                 顔に深い深い影が差していた。
                 少しの沈黙。
                 キッドの服は真っ黒のYシャツ。真っ黒のズボン、真っ赤なタイ。髪も黒い彼は殆ど黒尽くめでランプの光さえ物ともしない漆黒の形をしている。暗闇に慣れているはずの僕でさえゾクゾクと背筋が総毛立つような迫力。
                 「お、おお怒ってるの?」
                 「何故そう思う?」
                 「だ、だだだだって、りりりリズとの思い出の品をぼぼぼ僕がつけてるから」
                 ずいぶん言葉の突っかりも減ってきたと僕自身思っていたのに。癖がぶり返すほどの圧迫感。
                 「怒るなんてとんでもない。リズを褒めてやりたいくらいだ」
                 そこまで聞いたら、身体が浮いた。
                 「あ、ひえぇぇん!むゅ〜……」
                 叫び声も殺されて、僕は両手を天井に突き出した格好のままキッドに抱きかかえられ、部屋の中にある螺旋階段を上がってゆく羽目になった。声を出したくても出せない。両手はリズに塞がれて、キッドの両腕を撥ね飛ばすには勇気の要る高さだから……なんて言ったらラグナロクは笑うだろうか。
                 ……哂うだろうな。
                 器用にドアを開け、二階の客間に二つあるベッドの片方に下ろされた。ビリビリ痺れてものが考えられなくなってる熱い肌に、冷たいベッドカバーが心地よかった。
                 「クロナ、抱くぞ」
                 低い声。忙しない呼吸。釣りあがった目に、口角の持ち上がった唇。キッドの興奮してるときの顔だ。
                 「………………すす、好きにすればいいいいじゃないか」
                 ふん、とあらぬ方を向いた。胸がドキドキしてるのを知られたくなかったから。
                 「ではそのようにしよう」
                 キッドが眠るように瞳を閉じて笑う。

                 ――――――最初、仕掛けたのはラグナロクだった。
                 色仕掛けで死神野郎を誑かせ、と言われた僕は最初その意味が良くわからなかったけれど、つまりメデューサ様が時々人間の男を使って僕にする折檻と同じことというのが解って、すごく嫌だったけれど従った。“折檻”は気持ち悪くて痛くて嫌だったけれど、やってる間は頭の中が真っ白けになって、何も考えなくて済むことを知ってたから。
                 死武専で取調べを受けて、メデューサ様が死んだことを教えられたばかりの僕は、本当に空っぽで頭の中がめちゃくちゃでマカも鬼神も何もかもどうでも良くなって自棄になっていた。僕の世界の全てだったメデューサ様が、死んだのなら。
                 『ねぇ死神くん、僕と楽しいことしない?』
                 ラグナロクが僕の声を操って彼に掛けた第一声。僕は自分の手がスカートの重さを知っているのに、どこか遠くでそれを見てるような気分だった。不思議なんだよ。ラグナロクが僕の身体を操ってるわけじゃないのに、全然現実味がなくて、身体はいつもみたいに熱くなってるのにちっとも真っ白になれない。ガラスの箱に閉じ込められたみたいに。
                 『……なんだ、お前、泣いてるのか』
                 僕の身体の下で眉を顰めた彼がそう尋ねた。僕の身体はいつもと同じように跳ねて絶好調だったのに。
                 ちょっと筋肉質の腕が伸びて、僕の身体が引き倒され……胸に抱かれたときのことは多分一生忘れないんじゃないかな。そのくらい驚いたよ。
                 『おかしな奴だな、強姦してる方が泣いてどうする』
                 涙なんか当然出てない。顔だって笑ってる。声すらはしゃいでいるのに、キッドはそう言って僕の頭を撫でた。
                 僕は笑顔の形に固まった顔のまま、出ない涙を堪えながら、笑い声を出し続けて、泣いた。
                 悲しくて泣くんじゃない。悔しくて泣くんじゃない。嬉しくて泣くんじゃない。
                 でも、泣いた。
                 それから僕はラグナロクがキッドをいたぶる算段をする度に血が踊るのを抑えなくてはいけなくなった。……血が踊る、なんて皮肉な慣用句だ。
                 僕は神様も、地獄も、奇跡も信じない。
                 僕が信じられるのは目の前にある現実だけ。
                 だけど、今の僕は神様も奇跡も信じてしまいそうだ。

                 襟が開かれる。両方の中指にはめられている指輪が冷たくてゾクゾクする、それを彼は知っていて、勾配のない僕の胸に押し当てるのだ。
                 僕の目を見ながら。
                 「………………。」
                 少し首を傾げて金の目が僕を覗き込んでいる。言葉は発しない。どちらかが降参して口を開くまで。
                 「………………。」
                 僕の手はベッドの枕留めのパイプを掴んで離せない。爪に細心の注意を払う。リズとの約束を破りたくない。
                 「………………。」
                 彼はそれを知っているのか、今日は腋をくすぐったり舌を這わせたりはしない。その代わりに、執拗に首筋と耳を舐めた。ビチャビチャぐるぐると音がする。ぞわぞわ背筋が狂いそう。
                 「………………ッ!」
                 意地で声を殺す。嫌いだけど得意なんだ、コレ。
                 「……わかった、今日はおれの負けだな」
                 声がして、食いしばってた歯が舌で割り開かれ、たくさんの唾液と生ぬるいベロが僕の口の中を這い回る。甘いような、酸っぱいような、不思議な味。
                 「んあぁぁ……んぷいゅ……!」
                 相変わらず変な声が出る。キッドが唇を離す瞬間は、いつも。
                 頭がくらくらする。何も考えられない。真っ白になるんじゃないのに。キッドで頭の中がオーバーフローするみたい。ズキドキ眉間が煩くて仕方がない。
                 「……服を脱がす間も惜しい。直ちに足を開け、クロナ」
                 「――――――――ズイブン興奮してるね」
                 「もちろんだ、この屋敷にお前がいるんだぞ。
                 精神安定を図るためにコレクションルームに二時間も居たのにちっとも治まらない」
                 ベルトの金具がこすれる音とチャックと衣擦れの音がいっぺんにした。歓喜とも恐怖とも取れるものが背筋を駆け抜ける。ああ、また、あれが僕の中に入ってくるのだ!
                 「き、き、キッド!キッド!まって!ちょっとまって!」
                 「断る。もう待たん。これ以上待ったら発狂する」
                 膝が乱暴に開かれて、思わずパイプを握っている手から力が抜けた。それを目敏く見つけたキッドが電光石火の速さで手で押さえる。
                 「まだ乾いてもない爪を台無しにしたいのか?」
                 言うや否や、キッドの剛直が満足に濡れてもいない僕の中に進入したのが判った。声も出ない。
                 「〜〜ッ!!」
                 痛い。苦しい。突っ張る感じ。いつもならしつこい位に弄って僕にせがませるくせに!
                 「〜っ!〜〜!!」
                 動くな、と言おうと思えば言えたのかも知れない。けれど結局言わなかった。こんなに早急に求められたことが今までなかったからかな。それともキッドがちょっと不自然なくらい興奮してたからかも。もしかしたら僕自身、キッドの屋敷という要素に酔っ払っていたとか。
                 理由はわからないけれど、余裕なく早急に僕を突き上げる彼の身体が、服の上からしっかり掴まれた腰や背中が、はぁはぁと途切れては繰り返すキッドと自分の吐息が、僕の身体を変えてしまう。痛みに怯えて縮こまるいつもの僕の身体はどこかへ消えてしまって、快感と安楽を求めて自分自身に貪欲に振り回される。まるで他人のそれのように。
                 「あっあっあっ!……〜〜き、ど、き、っど!」
                 なのに、自分の口から出るのは
                 「いやぁ……め、らめ、もっ、ゆっく……っ!」
                 蕩けるような呂律のはっきりしない
                 「あひ、ぁひぁぁ……あぁぁ〜…いぃぇ、いぇ、いぇぇ〜……!」
                 獣みたいな鳴き声ばっかり。
                 胸がドキドキする。キッドの心臓みたいにばくばくばくばく……恥ずかしい!
                 ぶちゅずちゅにゅちにゅちゅくにゅくちゅぬちゃねちゅ、頭がおかしくなりそうな粘液のこすれる音。コイツ、わざと音を出すのが好きなんだ。その音が恥ずかしくて嫌だと言ったその日から。
                 「――――――――クロナ」
                 「あぁ…………な、なに?」
                 「死神の嫁になる覚悟はあるか?」
                 そう言えばゴムつける暇もなく突っ込みましたねキミ。
                 「あるわけないだろ!」
                 「薄情なことだ」
                 「バカかてめぇぇぇ!抜け!切り刻むぞ死神野郎!!」
                 「ははは、お転婆めががさつ言葉を使う。これは仕置きが必要だな」
                 「ば!……やめ、やめろ!あっ!イヤっ!うそうそうそうそ!!」
                 音が早くなる。ぐちゅぐちゅぐちゅという肉を踏む音がやけに大きくなった気がする。お尻から背中を伝って頭の芯の感覚が滲んでイカれてワープする。駄目駄目駄目だめー!必死に肘で彼の顔を突き放したりした健闘空しく、叫び声さえ取り上げられてしまった。
                 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
                 身体は弓のように反らされ、高々と持ち上がった頂点から扇に開く自分の足。その間に正座するように折りたたんだキッドの足、上半身は僕の身体に覆い被さり、大きく開いた口に指を突っ込まれて舌を押さえられて、声も出ない。悔しくてパニックで何度か指を噛んでやった。
                 「戯けが、女の顎の力で死神の身体が傷つくとでも思ってるのか。それともおれを浮かれさせるのが目的か?」
                 「やあぁぁあ!がひゃー!はへぇぇ……うひゅぅぅ〜……!」
                 ぬチュ、と音がして僕の身体に差し込まれていた性器が力づくで引き抜かれて身体を急に横にされた。開いてた足が急に閉じられて変な違和感。腿に抜き差しされる熱い死神のペニス。死を司る存在に性器があるなんて変なもんだな、という初回の自分の感想が何故か脳みそから引っ張り出された。
                 「ん、ん、ん……〜はぁ……あ、あ”ぁぁ……!」
                 キッドの変な声。どんどん抜けていく力。じんじんうるさい自分のあそこ。
                 「す、ま、ん……イカせる余裕、なかっ……」
                 余計なお世話だよ、と嘯く余裕はこっちにだってない。全身を駆け巡る余韻を振動する脳髄で堪能している最中なんだから。
                 足の間が気持ち悪い。お腹とか太腿とか、ぬくい卵白みたいなのが垂れている。ああもう最悪。
                 敏感な肌が粟立ってるみたいで笑いそうだなぁとぼんやり思ってたら、左の胸の先端に吸い付く馬鹿がいた。
                 「わ、わぁぁぁ!ば、ばか!も、もう!なに、すんだよ!またいっちゃうだろ!」
                 「手がパイプから離れないならまだ余裕がある証拠と取っていいな?」
                 ぬれん、ぬりゅんとひたひたの舌が乳首を転がし押し込んで弄ぶ。
                 「鬼!アアア悪魔!」
                 「死神だ」
                 ぴくぴく、ブルブル、肉体のそこここが快感と悦びで痙攣して飛び跳ねている。皮膚の下に小人でも這いまわるかのように。僕はそれが煩わしいのに鼓動が求めて止まない。
                 「あ、あ、あ……!あぁ……っ!くへゅぅぅぅぅうぅー……」
                 鎮まる気配のないキッドの軌跡に耐えて堪えて我慢していると、僕にしか分からない“うねり”が身体の中を波打った。どくん、と、まるでオシロスコープが波形を記すみたいに。
                 あ!あ!あ!だめ、いけない!そう思った僕が一番知っている。どうにも出来ないことを。
                 「楽しそうだなぁ、死神野郎」
                 ウンザリした表情で面倒くさげな声を絞り出し、背中の傷から這い出した黒光りするラグナロクが僕の身体の状況を一瞥しながらキッドをからかった。
                 「……たまにはおとなしく引っ込んでいたらどうだ」
                 これまたウンザリした顔でキッドが僕の身体から少し距離をとる。
                 「満足そうに遊んでるガキから人形を取り上げるのが趣味なんだよ」
                 ビチャリと長いラグナロクの舌が唾液と共に僕の胸に降ってきた。生ぬるくて、鉄のにおいがする。自分の血液なのだから、当然なのだけれど。
                 「ら、ラグナロク、ごめん。勝手なことをして悪かったよ」
                 「何故謝る!クロナがラグナロクに詫びねばならんことなど何も無いはずだ」
                 虫の居所が悪い時、彼はこういう声を出す。そして誰にも取り付く島もない正論できっぱり全てを切り捨ててしまう。……何も知らないマカ達が聞いたのなら、変には思わないんだろうけどさ。
                 「だ、だって、この身体は僕のだけじゃないし」
                 僕がそう言ったら、キッドの表情がぐっと険しくなった。睨みつけるように僕の背後を見ている。
                 「そうだぜぇ、クロナ。お前の身体は俺様のモンだよなぁ? お前は俺様の言う事だけ聞いてりゃいい。そうすりゃ快も不快も思うがままに与えてやる」
                 つつぅ、と太く重い舌が腹から胸へと辿る。修道服の下で動くラグナロクの舌が生臭くてちょっと嫌だったけれど、もうそれすら慣れっこになっているので声も出す必要がなかった。ラグナロクの太い指は僕の手首ほどもあって、自分の体温と全く同じ温度の大きな手に捕まえられるのは、実の所それほど嫌いじゃない。……好きかと問われたら、うんと答えはしないけど。
                 「フン、人形遊びとはよく言ったものだ。そんな安堵の表情なんぞ見飽きたわ。
                 全身で絡みつく獣のようなクロナの顔を知ってるか? 幼い頬でおれの名を呼びながら腰を振るクロナの顔を見たことあるか? 瞼を涎塗れにしておれの下半身から離れないクロナなど、無気力なクロナを翻弄することしか能のないお前には考えも付くまい」
                 勝ち誇ったようにキッドが腕組みしながらラグナロクを見下してそんなことを言った。
                 ああ、そりゃあ想像を絶する。
                 そんな覚えないもの。
                 「ハァァアァ!? フカシ入れてんじゃねぇぞ死神野郎!」
                 ラグナロクが僕の抗議を耳に入れる前に僕の頭を肘で踏んづけて乗り出した。
                 「嘘かどうか指を咥えて見ているがいい、クロナがおれを求めるところを」
                 ドン、とラグナロクを突き飛ばして僕をその胸に掻き抱いたキッドが僕に聞こえるか聞こえないかという小さな囁き声で早口に言った。
                 「屋敷で主人に恥をかかせんでくれよ、お客人」
                 知らないよ!……と、言えるような根性が欲しい。もしくはここから逃げ出す脚力が欲しい。
                 キッドはお屋敷に居る時、凄く堂々としててサマになっている。使用人や高価で重厚な家具に囲まれている立ち振る舞いが自然で、どこか何にも怖れを見せないメデューサ様に似ているような気がする。僕はそれを見ていて、ああこの人は本当に高貴な人なんだなぁという思いを新たにした所に、これだもの。
                 居丈高に傲慢を振りかざす。……いや、別に、こういう人に接するのは慣れてるからいいけど。
                 「……………………。」
                 僕は声を出さない。
                 「……………………。」
                 そういう遊び。
                 「……………………。」
                 指が性器に差し込まれる。中身をかき回されるのは不愉快じゃない。キッドの爪の形を粘膜で知る。少し憂鬱。視界がぼやける。息が上がって恥かしい。背後にはラグナロク。魂の波長はいつも通りピッタリ離れない。こうしていると明日を見紛う。肌が引き攣る。嗚咽が出そう。
                 「おいクロナ、お前、その身体しか見せないのか?」
                 ビクッっと自分の意識とは別の場所で身体が震えた。
                 「……なに?」
                 キッドの低い声。怒ったような。
                 「まぁお子様の死神野郎にはそれがお似合いだな。なんだ、ガッカリだぜクロナ。やっぱりお前は俺以外には心を開いたりしないんじゃないか」
                 ヒッヒッヒッヒ。底意地の悪い笑い方をするラグナログの影が僕の視界に被さってゆく。
                 「やっとお前も俺様以外に信じる奴が出来たのかと感慨深く眺めていたのに」
                 ラグナロクは嘘を付く。僕にだけ見抜ける嘘を付く。僕に優しい言葉をかけるっていう嘘を付く。
                 「……し、信じてるよ!マカも、キッドも、死武専のみんなを信じてるよ!」
                 必死に繕う僕の言葉の針先を、ラグナロクは容易く折り曲げられる。飴細工のように。
                 「嘘だね。少なくとも俺と同じくらい信用してるのなら見せるはずじゃねぇか、自分の本当の身体をよ。見せた事ないんだろう? 死神野郎が気持ち悪がると思ってるんだ。本当の身体を晒したらもう二度と抱いてくれないと考えてる。俺様にチンケな嘘なんざ通用しないぜ」
                 またビクッと身体が唸った。気持ち悪い、二度と抱かれない、ラグナロクは僕の嫌がる言葉をよく知っていて、一番のそれを選んで僕に突きつけるのが本当に上手い。
                 「……どうやら苦し紛れのハッタリではなさそうだな」
                 キッドの金色の丸い瞳孔がすうっと小さくなって、眉がガンと吊りあがる瞬間を見た。
                 「クロナ、見せるんだ。お前の身体に唾液の掛かっていない場所があるなどデス・ザ・キッドの沽券に関わる」
                 「や、やだよ!絶対気持ち悪がるもの!」
                 身体を少し引き気味にしようと筋繊維が動くのを先回りされて引っ張られるみたい。
                 「お前の尻の穴でさえ喜んで舐める男になにを言うか」
                 「きききキミの変態ぶりはこの際問題じゃない!」
                 「……やだなぁこの会話の当事者なの」
                 珍しくげそっとした表情を作った漆黒の魔剣。気が合うね、ラグナロク。
                 「とにかくいいから見せろクロナ!例えお前が急にエロマンガみたいなバランスのなってない巨乳になろうが、8分の5頭身の幼女になろうが、体積が8倍になろうが絶対に引かない!」
                 拘るねェ……8に……
                 「問題なのは魂だ!姿形などでおれが引くか馬鹿者!」
                 背後でラグナロクの歯がギラリと光ったのが分かった。獲物を捕らえたって、そういう笑い方。
                 そして僕も笑う。
                 魂を必死で揺さぶる目の前の死神のゾッとした顔が見たくなった。
                 そして僕は笑う。
                 綺麗事を並べ立ててふやけた丸腰の死神の顔が凍りつく瞬間が見たくなった。
                 まるでラグナロクになったような気分。
                 ……本当は違うのかもしれないけれど、僕にはこれ以外の表現方法が分からない。見たかったのは本当なんだ、本当に、彼が、僕の身体を見る顔が見たいと思ったんだ。
                 「言ったね。なら目に焼き付けなよ」
                 想像して。
                 考えうる最高の地獄を。
                 孤独、嫌悪、汚泥のように張り付く苦痛、取り返せない過去、思慕、圧迫、暗闇、恐怖、欲求。僕は狂うしかないのだ。そういう風に作られた。そういう世界に落とされた。狂わない僕に意味はないそうだ。唯一愛すべき母親がそう言うんだ。狂え、狂え、世界をひっくり返せと。
                 トランスする。頭の中を自分の事で一杯にする。ラグナロクの両手に捕まりながら身体をくねらせ、性器を弄る。頭の中の地獄から逃げるために肉体を狂わせる。コントラストでようやく正気を保つ為に。
                 「ほら、よく見てキッド。目を逸らしちゃ嫌だよ」

                 僕の修道服はラグナロクが形作っている。何度も破いているうちに変な芸当を覚えた彼が、一つ指を鳴らせば重い生地に化けた彼の身体の一部がドロドロと黒い血に戻る。襟の白いカラーと腕の袖口を残して僕の身体がキッドの目の前に晒された。いつもは恥かしくて嫌だけれど、今日、この時だけは特別に気分が高揚している。
                 指で性器をえぐり出す。粘液の粒が散らばってシーツに軽い音を立てた。
                 「あっ……イッ、あいぃぃぃ……っ!」
                 嬌声も間抜けで嫌いだ。自分の悦んでる声なんか吐き気がする。なのに今は誇らしい。
                 僕の股を凝視するキッドの目は真剣そのもので、胸のどこかが勉強熱心な彼にきゅんとしている。その隣りで舌を思い切り出して嘔吐の真似事をする僕も居るけれど。
                 ずるずる鎌首をもたげるそれがヴァギナの少し上から顔を出し、僕の手のひらの中に収まる。こういうフリークスは珍しいとメデューサ様が僕を見て声を上げて笑った事を覚えている。惨めで暗い記憶。さあキッド、僕を蔑んで悲鳴を上げろ!
                 「……すばらしい……」
                 「――――――はへぇ?」
                 鼻から出た声が消えるか消えないかという間にキッドの饒舌が炸裂した。
                 「素晴らしいぞクロナ、お前の性器をここまで間近で見るのは初めてだが、ほぼ完璧にシンメトリーだ!小陰唇というのは筋肉が無いから普通は形が乱れるものなのだ!だが見てみろ、色といい形といいここまで見事な女性器をソウルが色々貸してくれた文献でさえおれは見たことがない!」
                 「……え、あの、いや……ちゃんと見てた? 僕、ちんこ生えてますよ?」
                 「そんなものおれにだってある!」
                 ………そ…それは大問題なんじゃ……
                 「お前とんでもない奴とまぐわっちまったなァ」
                 「……ギャフン……」
                 左右対称左右対称とはしゃぐダメ神さまは僕の股座にいきり立つ男性器に目もくれず、僕の背中には黒髪を見下ろしながらダメだコイツ早く何とかしないとと呟く相棒、M字開脚のまま襟が開いただらしないカラーと袖口だけという酷い格好の自分。
                 ……何だこの空間。
                 「きききき、キッド……ぼ、僕の身体気持ち悪くないの?」
                 「どこが」
                 「……いや、だから、僕アンドロギュヌス(半陰陽)なんですケド」
                 「だから?」
                 「コレが胸ない理由なんだよ?」
                 「……どうも話がかみ合わんな、はっきり言ったらどうだ」
                 「だだだ、だから!みんな僕のことを女の子だと思ってるでしょう!? 違うんだよ!女性器の方がおまけなの僕!おしっこする時こっちからするんだよ?」
                 「ふうん。まあそういう事もあるだろうな。人体の神秘は誠に奥深い」
                 うんうんと頷きながらキッド。
                 「そーじゃない!そーじゃないよ!分かってる!? キミ今まで男とセックスしてたんだよ!マカなんか男とベッドで寝てたんだよ!これ凄くない!? ねえ!? 僕がおかしいの!?」
                 「おれはあんまりそういうの気にせんな」
                 「気にしろよ!!頭に虫ワイてんじゃねぇのか!? 裏切りもいいとこだろこれ!!」
                 「魂というのは」
                 冷静なキッドの声にひゅっと息を呑む。
                 「素直なものでな、どんなに表面を取り繕っても性質ってやつは隠せないんだ。
                 マカがお前をベッドに招いた理由もなんとなく分かる。彼女はおれなんかより数倍いい奴なんだ。死神の子も魔女の子も魔法使いの猫も差別しない。捻くれ者の魔鎌も兄殺しも人殺しの末裔も頭の悪いヤンキーだって平等に扱ってくれる。浮気性の父親だって心の底ではちゃんと尊敬してるんだぞ」
                 優しい声が辛くて
                 苦しくて
                 痛くて
                 声が出ない。
                 「……おれはさほどいい奴じゃないから、心のどこかでお前を信用してなかった。いつかおれを裏切るんじゃないか、おれを捨てるんじゃないかっていつもビクビクしている。
                 だからクロナの一世一代の大告白が『ちんこ生えます』でよかったよ。ホントはマカが好きですとか言われたら史上初の死神の自殺者が出るところだった」
                 「〜〜ぃうっぅぅぅぅ〜〜〜……!」
                 両手で顔を覆う。みっとも無い泣き顔を封じた筈なのに、指の間から漏れる慟哭が殺せない。
                 「ここが空いてるんだから飛び込めば良かろう」
                 くっと少しだけ引っ張られて、あとは倒れこむみたいにキッドの胸にしな垂れかかった。苦しい、苦しい、苦しい。息が出来ない。喉が張り合わされたみたいに、小石が詰まったみたいに、熱いものが込み上げて来るみたいに。
                 「ううううううううぅぅ……!!」
                 「………………。」
                 声を出したら負けの遊び。
                 愛してるって言う遊び。
                 身体を弄る夜の遊び。
                 どれも悪くなかった。刺激的で面白かった。恥かしくて照れるのも笑いのうちだった。
                 僕の髪をキッドが撫でる。黙ったまま、僕の肩に暖かいその手を回し、心臓の鼓動を訊かせる。むず痒くて怖くてたまらなく不安になるのに全然動けない。ああ、キッド僕を呼んで。僕の名前を呼んで!
                 ただそれだけを念じる。思いを捧げる神を僕は信じないけれど、何かを拝みたいような心境。
                 「き、き、きっど」
                 「……なんだ」
                 「もっと、もっと言って!」
                 「何を?」
                 「クロナって、名前呼んで!」
                 「なんだ、クロナ。どうした、クロナ。この泣き虫クロナめが」
                 「もっと!もっとだよ!足りない!全然足りやしない!」
                 「クロナ、クロナ、クロナ、クロナクロナクロナクロナクロナクロナクロナクロナクロナ!!」
                 僕は神を信じない。
                 どんなに誓っても祈っても助けてくれなかった神様なんて信じない。
                 だけどこの神経質で容赦の無い小さな死神だけは信じてもいい。
                 裏切られても殺されてもいいから、信じていたいと、そう思った。

                 「――――――許さねぇぜクロナ、そんなママゴト――――――」

                 もし地獄ってのがあったとしたら、そこから聞こえる声というのはコレしかないだろう、という声が背後でする。かと思ったら頭を易々と掴まれて、もう二度と離れないって程くっ付いていたキッドの身体から剥ぎ取られてしまった。
                 「や、やだラグナロク!離して!キッド!やだ!やだよぉ!」
                 「……おい魔剣」
                 ジタバタ暴れる僕を小脇に抱えたラグナロクに、キッドが意外なほど静かな声で見得を切る。
                 「なんだね死神」
                 「哀れみさえ感じる。お前はクロナの何だ? パートナーですらないのか。彼女の何を知っていた? この我慢強いクロナの泣き顔なんて見ておきながら、まだ足りないというのか」
                 にやっとラグナロクが笑った。
                 ラグナロクは声を上げて笑う。
                 美味しいものを食べた時、僕を存分にいたぶる時、自分の思い通りに事が運んだ時。
                 でも彼が静かに笑うのは――――――好敵手が現れた時だけだ。
                 「死神、クロナが極限状態のときにどちらを呼ぶかわかるか? 俺には判るぞ、コイツは絶対にラグナロクと俺を呼んで俺に縋る。絶対にな」
                 静かにもったいぶった言い方でラグナロクが述べ、キッドがそれに応える。刃の上を渡るような緊張感。
                 「……試すか?」
                 「絶望して自殺しちゃイヤだぜ死神くん」
                 再度応える代わりにキッドが僕の腕をつかんで引っ張った。ものすごい力、あの細い腕のどこにこんなパワーが宿っているというのか。
                 「い、痛いよゥ!」
                 声を上げた瞬間に全身が凍った。……凍る、という表現は正確ではないかな。止まる、と言えばいいのか乾く、と言えばいいのか。動く事を禁じられる。瞬きでさえ。
                 「あへぇえ!」
                 くちびるだって動かない。いつもは口だけは必ず動かせるようにするラグナロクが!
                 「おいおいクロナ、暴れるから爪が寄れちまってるじゃねぇかよ?」
                 猫なで声で耳元の大男が優しく問いかける。ゾクゾク背筋が蠢いている。
                 「姉ちゃんに怒られちまうな? そら、これ以上寄れないように」
                 動かせない腕がゆっくり自分の意思とは別の命令で伸びてゆく。そしてまたパイプをぎゅっと握った。
                 『わかったよラグナロク。君の命令なら全部聞くよ。なんたって一心同体だからね』
                 自分の声がした。口が勝手に動いて喉が自動的に震える。いつものラグナロクの声色じゃない。僕の身体を完全に支配してしまっているのか!
                 「フン、下らない音遊びだな。意思のない言葉だと返事だけで判るわ」
                 溜息のようにキッドが言った。僕のみっともない身体に手を伸ばしてガラス細工に触れるように指を絡めてゆく。とろとろ滴る死神の唾液が僕に絡み付いてゆく。目が逸らせない。生ぬるい唾を延ばすように二・三度扱かれた。
                 「あひぃぁ!!」
                 「そうだクロナ、反逆しろ。お前の身体の主人を思い出せ」
                 うるさいな!ふざけんな!僕の身体は僕のものだ!誰がお前らなんかに自由にさせるか!
                 自分でも珍しいと思うくらいカッと頭に血が上った。僕の身体を好き勝手に弄くる奴らが急に腹立たしく思えて、いつまでも僕が大人しくやられてばかりいると思うな!と怒鳴りつけてやりたい気分だった。
                 「嫌いだ!」
                 声が出ていた。
                 二人がきょとんとした顔でこちらを見ている。
                 「僕はキミ達のオモチャじゃない!痛いのも苦しいのももうイヤだ!」
                 身体は動かないのに、声が出る。顔は動かせないのに、涙は零れてゆく。心臓は勝手に動くのに、頭は凍ったまま。
                 「なんで仲良くしてくんないのォ!? やだよ、喧嘩すんのやだよ、怒鳴り声も嫌い!従わされるのもイヤ!無理矢理捻じ込まれるのなんかサイテーだァ!!」
                 僕が喚き散らすのを終えてはぁはぁうぐうぐ声にならない嗚咽に溺れているところに、まずキッドの笑い声が聞こえた。その次にラグナロクの引き笑いが聞こえた。
                 混乱した僕が口を開こうとした瞬間に僕の体はふわっと浮いてキッドに抱きかかえられた。身体の自由は無いままに。
                 「無理矢理捻じ込まれるのが最低? 面白いことを言うな、では何故こんなにもおれが締め付けられねばならんのか説明が欲しいところだ」
                 ぐいと足が開かれて、ほんの少し鎮まっていた裂け目が割り広げられたと思った時には既に遅かった。ビクビク意思では止められない痙攣が断続的に繰り返される。
                 「あひぇっ!」
                 「ほら、動いているのが判るだろう? さすがにこれがラグナロクの仕業とは思えないが?」
                 「当たり前だろう死神。俺様が出来ることなんて、このくらいのモンさ」
                 「いひぇあ!?」
                 慇懃な仕草で尻肉を持ち上げるように掴み、ラグナロクの舌がポンプみたいに蠢いて、お尻に突き刺される。ぎゅぽ、ぎゅぽ、と音がする度に吐き気に似たものが込み上げて来る!
                 「いやぁああ!?なに!?なんなのラグナロク!」
                 「グリセリンより安心だぜ、なんたって動物性由来だから」
                 お尻から離された管状になっている舌からは、ラグナロクの粘着質な涎がビチャビチャと音を立ててシーツの上に落ちてゆく。
                 「いいいやァ〜……!やだぁーー!なんれ、なんれそんなこと……!」
                 声が掠れる。震える。がたがた身体が揺れている。
                 ……揺れている?
                 「やらっ!ちょっと!キッド!やめて!今動かないでェ!」
                 「おれを好きと言うなら腰をとめてやろう」
                 「俺様を好きと言えば身体を自由にしてやるよ」
                 自分の悲鳴と同時に二人が楽しそうな声を上げた。子供みたいな無邪気さで。
                 「やめて、ホントに二人とも、もうダメだよ、トイレに行かせて!」
                 がくがく揺らされる身体がシェイクされて頭が狂いそう!お尻が熱くて股が大きく広がっているのが不安で仕方ない……のに、なのに、痛いくらいに勃起している自分が悔しくて腹立たしい。
                 「ならば言え、どっちが好きだ?」
                 「そうだクロナ、早く決めろよ。クソ塗れのベッドで寝る気か?」
                 ラグナロクに言い方にぞっとした。視線を必死でめぐらせてベッドの脇にWCの看板を掲げたドアを思い出す。さすが豪邸、客間にいちいちトイレがあるとはなんて素晴らしい造り!
                 「ああ、許して、許して、どっちかなんて決められないよ!」
                 「だめだ。さあ答えろ、キッドと」
                 「まさか一心同体のラグナロクの名を袖にはしないよなぁクロナ」
                 「さあ」
                 「さぁ」
                 『どちらが好きだ?』
                 台詞が重なって、僕の頭はついにプッツンしてしまった。
                 「ら、ラグナロクーっ!」
                 余りの大声に驚いた二人が力を抜いた途端、脱兎のごとくトイレに駆け抜ける。
                 力一杯ドアを閉めたあとの狭いトイレの中で聞くラグナロクの高笑い。
                 「ゲシシシシ!ざまぁねぇな死神野郎!あっさり捨てられてご愁傷様!」
                 恥かしい、聞かれたくない、用を足す音なんて!いつもならラグナロクはトイレなんかで出てきやしないのに、真っ暗の闇の中でも視線を感じて全身が瘧のように震えて止まらない。
                 「やだぁ、見ないで、聞かないでよォ〜!」
                 「ぎゃはははクロナ!いい格好だぜぇ、変態の死神野郎なら泣いて喜ぶんじゃないのか!?」
                 情けなくて恥かしくて盛大に涙が出てくる。下る音はまだ聞こえていて、身体の中のものが全部出てるみたいだった。排泄物が水に落ちる音。……声を上げて泣きたい!
                 「……ふふふ、クロナ……流石のおれも今のは少々堪えたぞ……」
                 心臓が止まる音って聞いた事ある? ガン、て、ほんとに、ガンって音がするんだよ。今聞こえたんだから間違いない!
                 ぱっと電気がついて、狭い箱に光が溢れる。箱の中で間抜けに座っている酷い顔の僕を見下ろすようにキッドがドアを開けたのだ。失礼とか痴漢とかこのスカトロ野郎とか、そういう罵りを思いつきもしなかった。だってあんまり堂々としてるんだもの。
                 「だって、だって……!ほんとに、漏れちゃいそうだったんだもん〜!
                 キッドが止めてくれてもラグナロクが主導権返してくれなきゃ僕動けないんだよ!?」
                 我ながらものすごいのん気な抗議だと思った。でも、根本的な怒りが込み上げて来る前に矢継ぎ早という風に目まぐるしく事態が深刻化していって、脳みそがちゃんと処理してくれない。
                 「いいや、嘘だな。お前は所詮そういう女だ。おれを弄んで最後には捨てる」
                 「ちょちょちょっと!? 何の話だよ!? そもそもキミは最初僕達に脅されて無理やり……」
                 「僕たち? 僕たちだと? ……そうか、おれの立ち入る隙など最初からないということか」
                 「だから何勝手に納得してるのさ!?」
                 「仕置きだ、クロナ。金輪際おれの命令以外きけない体にしてやる」
                 乱暴に腕を引っ張られて、思わず本気で手を振り払った。だってまだトイレ流してもないんだよ!お尻だって拭いてないしね!?
                 キッドの目が本気で怒っているような気がして一瞬焦ったけれど、ラグナロクが僕たちの間に強引に割り入ってきて視界が遮られた。
                 「言うねぇ死神。この俺様を差し置いてこいつを調教しようなんざ100年早ぇ」
                 「フン、身動きを封じるだけのお前にクロナに悦びを与えられるのか?」
                 「粋がるなよ死神野郎、毎晩こいつの身体を慰めてやってんのは誰だと思ってんだ?」
                 「クロナの体におれの体液の這ってない場所などない」
                 「クロナの体に俺の指の入ってない穴なんかねぇ」
                 二人の舌戦がヒートアップしている間にとりあえずお尻を拭いて水を流した。コレで一応一安心。ふうと息をついたらようやく脳が演算を終了したらしく、二人の会話の内容が理解できた。
                 「ちょっとなんなんだよ二人とも!冗談にしても度が過ぎる!」
                 「ではクロナをイカせるのが遅かった方が手を引くというのはどうだ。おれが勝ったら金輪際おれがクロナを抱いている間の干渉を禁ずる。お前が勝てばこれから先は全てお前の思うとおりに動いてやるよ」
                 「はん、ずいぶん俺様に分のいい勝負だな? 禁じられたところで身体の中からクロナを操るなんざ容易いことだぜ」
                 「お前は守るさ。普段下に見てるおれごときに負けた挙句に不正など出来るほどプライド低くは見えんのでな」
                 「――――――勝負方法は同時挿し。お前は前、俺様はケツだ」
                 「よかろう。同時挿しならクロナが絶頂に達した瞬間が3人同時に判断できる。実に公平だ」
                 「ちょっとちょっとちょっと!!」
                 「心配するな、必ず生まれてきたことを感謝させてやる」
                 今まで見たことも無い程むちゃくちゃいい笑顔でキッドが親指を立てる。
                 「そうじゃない!やだよなんだよそれ!普通にされるだけでもやなのにナニお尻って!馬鹿じゃないのキミ達!しんじゃうよ!」
                 「良かったなぁクロナ、さっきの浣腸が無駄にならなくて」
                 これまた見た事もないくらい優しく微笑むラグナロクが僕の頭と腰をゆっくり撫でた。
                 「ラグナロクのばかあああああ!」
                 共鳴する相手もなく、悲鳴だけが狭いウォータークローゼットに響く。
                 あっという間にひょいと抱え揚げられたかと思うと電気が消えてまた闇に逆戻り。光に慣れた目に薄闇は恐ろしくて、どうやって引っ張り出されたのかも解らぬまま正常に空間認識が出来たときには自分の口からカエルを踏み潰したような酷い声が出ていた。
                 「ぐがぁぅえぇぇあ!」
                 夕食のビーフストロガノフ(パティの得意料理なのだそうな)がそのまま口から出そう。
                 「おいクロナ、もちっと色気のある声を出せよ」
                 ラグナロクが背中でひっひっひと笑う。胸をつかんでいる大きな手が突起を引っ張って痛痒い。お尻に差し込まれているラグナロクの身体の一部は自在に動いてて、まるで触手だ。
                 「やめ、やめて、ラグ、なろ、ク!……なか、うごい、出ちゃ…っ…!」
                 「ぐるりと全部確かめてやった。中にもう何もねぇよ」
                 完全に浮いてる顎がぐっと力一杯反らされてラグナロクの降るような唾液に鼻を塞がれてしまった。喉に流れ込んでくる大量のラグナロクのゾル状の体液が生臭くて僕は酷く嘔吐いてしまう。
                 「げへゅ、ぐひゅ、がはぉ!」
                 川で溺れた時の事を思い出した。
                 その時、僕はまだ小さくてメデューサ様を恐ろしいとは思ってなかった。助けて、と叫んだ僕の目に映ったのは冷たく笑う金色の目。さあ、泳いで見せなさいと彼女は笑っていた。
                 ……結局僕は泳げなくて……どうしたんだっけ。
                 「おお、可愛そうにクロナ」
                 芝居がかった口調であの大きな口をあけて、ラグナロクが僕の口に幾筋もの触手を伸ばし、鼻の穴や口から直接ヨダレを掃除機みたいに吸い取る。ぞぞぞぞぞ。重苦しい振動が脳髄に響いて、そのたびに息が楽になって、嬉しい。
                 「げほ、ゲホ、げほっ!」
                 普通に咳払いが出来てホッとする。酸素万歳。
                 ぜぇぜぇとボンヤリした頭で荒く息継ぎしながら、あの時も真っ黒の剣が岩場に突き刺さって僕を持ち上げてくれたんだっけか、と随分懐かしい思い出をトンチンカンに引っ張り出していた。
                 「クロナ」
                 「はい?」
                 妄想だか脳のバグだかでボーっとしてた所に名前を呼ばれたので、その方向に素直に顔を向けた途端、バクッと音がしてキッドに鼻を吸い付かれた。そのまま無理やり彼がしたことがすごい。
                 ずるずるずるずる!
                 「ぎへぇぇぇぇぇぇぇ!」
                 信じられない!何その対抗心!絶対間違ってるから!そんなの全然嬉しくないから!!
                 ぷは。満足げなキッドの顔がどうだと言わんばかりで、僕は気絶しそうになった。喉も鼻もすっきり爽快ですごく死にたい。耳がつーんてする。泣いていいですか。
                 「……やるな死神……俺でも今のはちょっと躊躇するぜ……」
                 「クロナの鼻水ぐらいいくらでも飲むぞおれは」
                 神様
                 仏様
                 アラー様
                 名も知らぬあまた犇めく八百万の神様たち
                 その全部に文句をつけたい。僕がいったい何をしたって言うんだ? これが何かの罰なのか。だとしたらお前ら全員僕の敵だぁ!!
                 「あふぇ、あひぃん……んは、んは、んんん〜!」
                 ずくずく振動は続いていて、骨盤がどうにかなってしまいそうなことを思い出したからそんなことすぐ忘れちゃったけど。
                 「どうしたクロナ、いつもよりずっと気持ちいいらしいな。中がゴリゴリ音を立てているぞ」
                 キッドが無体なことを言って、少し冷たい手を、僕の、股間の、それに……!
                 「いへぇやぁぁぁ!!」
                 これ以上ないくらい敏感になっている僕の外部性器がキッドの指に包まれて、優しくもどかしく擦られた。
                 「ははは、すごいな。ソウルの柄くらいになってる」
                 楽しそうに笑うキッドが憎かったわけではない。説明の出来ない感情がそう命令したから、途切れる呼吸を振り絞って声を出す。諦め半分脱力半分そこに少しの安堵と期待を振りかけた僕はキッドの胸に頬を寄せた。
                 「キッド」
                 「何だクロナ」
                 「僕のおちんちん、舐めてくれる?」
                 ぶはっと頭の上で噴出す音が聞こえた。二つ。
                 『ななななななななな!!?』
                 ここまでは予想範囲内。
                 「ラグナロクも舐めた事ないんだよ。気持ち悪がってさ」
                 尿道に細くした指を差し込まれた事はあるけどね、とは敢えて言わない。実際ラグナロクの舌が僕のアレに這った事はないのだからまあいいだろう。
                 「勃起はするけど射精はしたことないの。ガラクタなのさ。憐れに思ってくれるのが本当なら、舐めて射精させてよ」
                 少し笑って言う。
                 怯んだのが判る。
                 ざまぁみろ。
                 たじろぐキッドが面白いと思った。苦虫を噛み潰して飲み込んだみたいに眉間に皺を寄せた彼が渋い声で唸ってる。金色の目が困ってる。メデューサ様と同じ色の目が!……あはは!楽しい!
                 「……よかろう」
                 ――――――はェ?
                 阿呆みたいな声が勝手に出た。
                 「舐めてやる」
                 耳のなかが乱反響しているみたい。
                 ――――――ナニヲ?
                 「クロナのペニスを」
                 ――――――だめだこいつ、本物の変態だー!!
                 「いひへぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!たたた助けてラグナロクーっ!」
                 慌ててキッドの身体を突き飛ばし、シーツの上を転げるように逃げた。本気で。
                 「うわっ!寄るなクロナ馬鹿!この変態!変態!染る!キモチワリーこいつらぁあぁぁ!!」
                 「いやー!引っ込まないでぇぇぇ!独りにしないでええぇぇぇ!」
                 霧散し始めたラグナロクの腕をしっかと掴み、僕はもう死に物狂いに程近く悲鳴を上げた。
                 「離せ!きもい!変態性欲者が!触るな!噛み付くぞコラァ!」
                 ものすごい形相で威嚇したと思ったら、しぽんと軽い音を立ててラグナロクが背中の傷に丁寧な蓋をして引っ込む。ううう裏切り者ォ!
                 「き、キッド、落ち着こう。冷静になれ? な? 男性器だよ? そんなもん舐めてどーすんの?」
                 ずりずりと後ずさる僕。
                 「射精させる」
                 じりじりと前のめる彼。
                 「ばばばばばばかじゃないの!! しないっつってんだろ!? まぁ気を静めよう? キッド、自分の股間についてるのと同じ物ですよ? 気持ち悪いよね? ナシだよね? 常識で考えて?」
                 「睾丸がないからさほど奇異には映らん」
                 しれっと言い放つキッドの顔がようやく闇に慣れた目にうっすら見える。ド変態がいますよー!ここに涼しい顔して恐ろしい事を言い放つ凶悪な変態がーッ!!
                 「いいいいいやあぁあぁぁああぁぁああぁぁ!!」
                 絶叫した。気持ちいいくらい絶叫した。金色の目がいつも通りつまらなさそうに半分になってて、壁際に追い詰められていたのにようやく気付いた。いつの間に僕の腰の下に手を突っ込んディスカー!
                 「んぐっんむ〜〜!!むぃ!むぃ!むいぃぃぃぃ〜!!!!」
                 片手で口を押さえられ、片手が腰からあっという間に肛門に至っていた。全身全力で反抗するのに、上手く力が分散されない。なにこれ、なにこれ、なにこれぇ!?
                 ずぐぐぐ、と恐らく中指が僕の内部に侵入した。ラグナロクの涎が残っているのか、割とスムーズで簡単に吸い込まれるように。
                 「あふぇ、あふぇ、えひぃぃぃぃ……!」
                 うそだ、うそだ、うそだ。なんで、あそこでもないのにこんなぐぢぐぢ音するのぉ? ねちねちかき混ぜられる音がして腰が痺れて動けない。痙攣する二つの性器がゾクゾクしている。
                 「ふぅん、前立腺は普通に機能するんだな。或いは睾丸は内部にあるのかもしれない」
                 キッドがお尻の中の何かを確かめるようにまたグリグリと指をかき回した。もちろんそんなもの構ってる余裕はコチトラにはないから、必死によく通る鼻で呼吸するだけ。
                 「良かったなクロナ、上手にすれば射精できるぞ」
                 キッドが親切な顔でにっこり笑った。うふふ、なにその天使の笑顔!死神の癖に!!
                 「いいいいいです!結構です!したくないれすぅぅぅ!」
                 両手に渾身を込めて口を塞ぐキッドの手を引き剥がして悲鳴をあげた。
                 「時にクロナ、爪はどうした。そんなに強く力を込めては歪んでしまうのではないか?」
                 はっとして両手の爪を確認する。酷い有様、目も当てられないほどに寄れて擦れて跡がついているじゃないか。自分の顔が見る見るうちに真っ青になるのがわかった。
                 「あーあ、リズ悲しむだろうなぁ……一点ものだからもうどうやっても手に入らない」
                 「う、う、うううぅぅぅ〜どどどどうしよう〜!」
                 暗澹たる気持ち。こんなに悲しい事はない。あんなに頑張って守ったのに。
                 両手を顔に当てて涙が吹き出る寸前、キッドの軽い声が聞こえた。
                 「さて取り出したるはこのマニキュア瓶」
                 ピンク色にうっすら光るキッドの片手に、彼の目と同じ色をした形も全く同じ瓶がちょこんと乗っていた。まるで魔法のように。
                 「あんまり気に入っているらしいから、内緒でもう一瓶作らせておいたんだ」
                 「……そ、それ、どっから出したの?」
                 「ここは企業秘密としておこう。……それより、取引に応じるか?」
                 にやぁと笑う彼。
                 「な、何をすればいいの?」
                 ビクビク怯える僕。
                 「何もしなくていい。むしろ何もするな」
                 「はぁ?」
                 「おれがお前のペニスを射精させるまで身動ぎを禁ずる」
                 言うが早いかもうキッドの手はぼくの両手を捕まえようとしている。じょ、冗談じゃない!
                 「いへぇあぁぁ!?」
                 「おれの気が済んだら爪に色を塗ってやろう。どうだ、いい取引だろう? 丸儲けじゃないか」
                 メチャクチャに暴れてる筈なのに身体にマトモな力が入ってない。なにこれなにこれ!身体が上手に動かないんですけどぉー!?
                 「や、やだ、やだ、やだよ!……だってそんなっ……いいいいやだよ!」
                 もうパニックだ。見せるだけでも全身全霊のエネルギーが必要だった僕の秘密を弄くる!? 正気の沙汰じゃない!
                 「女性器を舐められるのは好きなくせに、何故そんなにペニスは嫌がる」
                 眉を顰めて心の底から不思議そうにキッドが呟くので、思わず怒鳴った。
                 「ペニスペニス連呼するな!このド変態が!イヤに決まってるだろ!ホモかよ!」
                 「……ふうん、つまり、女としておれに仕置きされたいのか」
                 にやーっと死神が悪魔の顔をして笑う。
                 「じゃあ両方の性器を同時に可愛がってやろう。それなら公平だ」
                 涙が
                 飛沫になって
                 どことも知れないところに
                 散った。
                 「いやあああ!? やああああああああああ!!」

                 真っ赤なタイを無造作に襟から引き抜き、暴れる僕の手首を縛る。
                 「本気で仰け反るお前の身体を支えるのは片手じゃ足りなさそうだからな」
                 両腕の環の中に頭を通してキッドが意地悪く笑いながら言った。
                 あとの手順はいつもの通り。足を開かれて、つまびからかにされたそこに、キッドの直立が宛がわれて、確かめるように押し入ってくる。掠れてひび割れて、なのにどこか濡れている声が骨に響く。
                 「あ゛っ、あ゛っ、あ゛あっ……!」
                 口の端から涎の筋がツーッと走った。溺れているみたいに息が出来ない。見開いた目が乾いているのに涙が溢れて止まらない。
                 「……どうしたクロナ、入れるときにそんなに力んでは痛かろうに」
                 いつもよりひどく興奮しているみたい。ずきずき痛い男性器が空気に触れているのがとても怖かった。時々キッドや自分の身体に触れると飛び上がりそうに疼く。
                 「……恥かしくて死にそう……!」
                 掠れる声が風邪を引いた時みたいにひび割れていて、自分の体力の限界を知った。
                 「そうだな、ラグナロクに尻を犯されてるより締め付けてる。見えるか? ほら、ペニスがぴくぴく動いてるぞ」
                 ピッタリと隙間なく重なっている自分と彼の肌には玉の汗が浮いていて、黒いキッドの茂みと淡い紫の己が茂みが時々触れ合う瞬間が恥かしくて恥かしくて見ていられない。
                 「き、ド……許して……もう、やだぁ〜!」
                 「不思議なもんだな、お前の中に居るのにペニスをいじるというのは」
                 「聞けよこの変態死神!」
                 腰が融けてドロドロに糸を引く。キッドの少しひやっとする手はじっとり汗ばんでいて、丁寧に包まれる過程が見てもないのに刻々と脳裏に更新された。柔らかくて繊細な指の仕草に急かされて、思わず何度も腰が浮いてしまう。
                 「は、ははっ……クロナ、よさんか、そんなに腰を振ってはおれがもたん」
                 嬉しそうなキッドの声もどこか遠い。
                 「気持ちいいか? おれがペニスを触るのがそんなに気持ちいいのか?」
                 意地の悪いキッドの台詞さえ意に介せない。
                 「返事をしろクロナ。快感を貪るのに感けておれのことを忘れてくれるなよ」
                 そんな声が聞こえたから、決死の覚悟で叫んだ。

                 「大好き……!」

                 息が出来ない。
                 息が出来ない。
                 息が出来ない。
                 マカが僕の手を握ってくれて、嬉しかった。でも同じくらい怖かった。どうしたらいいか解らないくらい身体が震えた。堪らなく嬉しいはずなのに、マカの温かさが、マカの笑顔が、マカの気遣いが、重たくて申し訳なくて、辛かった。こんなに素敵な世界に繋がるものを、僕は何も考えず切り刻んでいたのだ。ただ命令に従う為に。ただメデューサ様に、あの金色の瞳に捨てられない為に!
                 僕は卑怯者だ。僕は臆病者だ。僕は優しくされる資格なんてない。
                 なのに、この胸に仕舞っておけない悲鳴。
                 誰か助けて。
                 誰か、誰か、誰か。僕を助けて。独りの僕を救って。僕を……見てよ。
                 「クロナ」
                 急にキッドが僕の名を呼び、腕の環から頭を抜いて、乱暴に手首に結んでたタイをしゃくり取ってどこかへ投げ捨てたと思ったら、僕を強く胸に掻き抱いた。
                 「この胸に刻むから、もう一度心臓の近くで言ってくれ」
                 涙が鼻にまで溢れて、声にならない。
                 濁音ばっかりで意味の通らない言葉を何度も何度も繰り返した。キッドの鼓動がどんどん早くなっていく。その音に掻き消されるまいと、何度も何度も同じ言葉を口にした。まるで懺悔のように。
                 解かれた腕が掻き毟るようにキッドの背中に回っている。精一杯爪を立てて、二度と離れないくらいに魂をくっ付ける。共鳴させるんじゃなくて、ただ、くっ付けたい。くっ付きたい。きみに。
                 胸がドキドキして頭がくらくらしてあそこがズクズク疼いている。いつの間にかキッドが僕の中で激しく脈打っていた。
                 「……出してる……」
                 「あっ……当たり前だっ!あんな……あんな可愛いこと言われて!おれがイかないわけないっ!」
                 「……赤ちゃん出来たら……責任、とってよね……」
                 僕がボソッと言った言葉に、震えが止まらないと言った様子のキッドがひっくり返った声で言った。
                 「――――――と、取らせてくれるのか?」
                 僕は神様も、地獄も、奇跡も信じない。
                 僕が信じられるのは目の前にある現実だけ。
                 だから、僕は今ここにいる神様も今ここにある奇跡も信じるよ。
                 この世界で生きてゆく事が僕にとっての地獄でも、僕はここに居る。ここに居たいんだ。
                 だって、君達がここに居るんだもの。



                 キッドが丁寧に塗ってくれた爪をランプにかざす。
                 きれいな色だ。とっても落ち着く。僕はきらきら輝くネイルを飽きることなく眺めては幾度となく指を動かした。
                 「おいクロナ」
                 僕の服はいつの間にかきれいに元通りになって身体を覆っていた。つまりラグナロクがちゃんと生成してくれたわけだ。
                 「なに、ラグナロク」
                 声をかけても姿は見えない。僕の身体の中から声を出しているみたい。
                 「お前がどんなに償ったところで、お前がしてきた事ってのは消えねぇんだ。お前や俺が殺した奴が生き返るか? 食っちまった魂が元あった場所に戻るか?
                 ……希望をもつなクロナ。俺達の歩く道ってぇのは死神野郎のとは違う。少しの間重なっただけの道中に思い入れると、後が辛いぞ」
                 少し硬い声。少し哀れんだ声。少し……冷たい声。
                 「……ラグナロクは優しいね」
                 深い色で輝く十本の爪は今も濡れたように光っている。
                 「俺ァな、グヂグヂ泥沼で足踏みしてるテメェの性格がデェッ嫌えなんだよ!行くも戻るもしねぇで愚痴ばっか垂れやがって!そんな暇があるなら魂の一つでも取れっつぅんだ!強くなって誰も彼も黙らせちまえばいい!叩き伏せちまえばいい!迷うな!怯むな!振り返るな!」
                 いきり立つラグナロクは彼らしくもなく、ちょっと怒ってるみたいに見えた。……見えたっても、姿は現してないんだけど。
                 「僕はダメだよ。ラグナロクみたいに強くないもの」
                 失笑気味にため息をつく。そうだ、僕は弱虫で泣き虫でイジケ虫。ただの虫野郎さ。
                 「泣き言なんか聞きたかないねぇ!お前の出来ることは何だ!? 否定だ!否定しろ!目の前に立ち塞がる物、お前に害成す物、お前を挫く物、魔剣ラグナロクで切り捨てろ!お前は今までそうやって生きてきたんだろ!
                 前の主人はもう死んだ、今度はお前がお前の主人だ。好きに命令すればいい!」
                 魔剣が僕を煽るので、僕は思いつくままの言葉を口にした。
                 「……生きて、ここに居たい。みんなと死武専にずっと居たいよ」
                 数瞬あとに、ため息混じりにラグナロクが今までとは違う随分絞った声で言った。
                 「なら戦って奪い取れ。お前をここから引っ張り出そうとする奴を俺様を使って否定しろ」
                 ねぇラグナロク。あのまま一人ぼっちで居たら僕、死神くんがどうしょうもないヘンタイなのも、キミが僕の味方をしてくれる事もあるのも、リズやパティに優しくされる後ろめたさも知らなかったんだよね。
                 ああ、鬼神にならなくて良かった。
                 僕はもうすっかり薄くなってしまったタイで縛られた手首の跡を摩りながら、本当に心からそう思って目を閉じた。


                 「ねぇラグナロク、さっき身体の自由制限した?」
                 「気のせいじゃねーの」
                 「……赤ちゃん、金色の目だったら素敵だなぁ……」
                 「――――――両性具有に子供が生めねぇのは百も承知だろ」


                22:01 2009/01/21 改訂16:23 2009/02/04

                 


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