※警告※

                この話は「バトル・ロワイアル」のダブルパロディものです。
                筋や展開は全くの別物ですが
                バトル・ロワイアルのシステムを多少拝借して展開します。
                バトル・ロワイアルを知らなくてもお楽しみいただけますが
                バーレスク・ショウでもかなり珍しい形態になっておりますので
                ご注意ください。

























                相良宗介 と 千鳥かなめ の 物語

                1
                 彼が撃ち抜いた。綺麗に、寸部の狂いもなく、一発で。
                 彼女は持っていた銃を取り落とし、視線の先にいる同級生と親友に一言だけ言葉を漏らした。
                 「殺されないでね」
                 一度だけ微かに呻いて彼女が事切れる。
                 「……いくぞ、千鳥」
                 その死体に近場にあった自転車カバーを掛け、少年が顔も見ずに少女の腕を強引に引っ張った。
                 「…………………………放せ、自分で…」
                 「……そうか、では走れ」
                 雨が地面を叩いている。水分吸収の悪い古アスファルトは洪水のようにそこここに水溜りが出来ていた。二人はその水溜りをものともせずに走ってゆく。

                Happy−Go−Lucky−Days


                 「ソースケ。今日ヒマ?ちょっと付き合って欲しいんだけどいいかな」
                 かなめは帰り支度をしている宗介の横顔に話しかける。
                 「内容によっては善処しよう」
                 「恭子の誕生日が近いのよ、プレゼント一緒に選んで欲しいの。お金はあたしが出すからあんまり高いのはダメだし…」
                 武器弾薬装備品も却下、デザインだってあんたじゃ役に立たないだろーけどアドバイスぐらいは出来るでしょ?くひひひ、と笑いながらかなめがむっとしている宗介の頭をぐりぐり撫でた。
                 「怒らないでよ事実じゃない」
                 最近かなめはすこぶる機嫌がいい。それが何故かは宗介には分からなかったが、そんな彼女を見ているのが彼には辛かった。
                 数ヶ月前、とある事件があった。その内容はここでは省くが、宗介はその件によりひどく精神の均衡を乱し、体調をも崩してしまい入院を余儀なくされた。体調管理に関してはプロフェッショナルの彼らしくもなく、完全に衰弱しきった様子であったこともあり、彼の代わりにクルツが彼女の護衛に当たっていた。
                 そして回復した彼が戻ってきたのが2週間前。
                 彼女は彼が帰ってきたのが嬉しくてたまらないのだ。
                 「だって入院先も教えてもらえないから心配したのよ。クルツくんがいろいろ教えてくれたからちょっとはマシだったけど」そう言って笑う彼女の、なんで入院なんてしたの?日本に居て銃撃戦なんかなかったんだから怪我じゃないでしょ?という問いに彼は黙して決して語らなかった。
                 「じゃあ、行こう。
                 生活用品より、アクセサリーの方がいいかな?」
                 水色のスカートを翻す彼女が笑いながら彼に話しかけた。
                 宗介はやっと慣れてきた彼女の輝くような笑い顔に…ほんの少しだけ口の端を持ち上げて笑った。

                2
                 「きーてよクルツくーん!」
                 「ワオ!かなめちゃんかい?どうやってここの番号を!?」
                 「こないだ来た時に無理矢理渡したじゃない!
                 それはいいんだけど聞い……と、仕事中?」
                 「いや、休暇中で日本に居るんだけどね。よかったらそっち行こうか?電話代かかるでしょ」
                 うん、来て来て!ごはん作っちゃうから一緒に食べよう!少女の明るい声が聞こえて返事をし、電話のパワーボタンを押す。
                 「…………きてきて…か。」
                 あのバカ野郎、またくだらないことして怒らせたのか。いつまで経っても女の子の扱いを理解しない奴だ、まったくもって勿体無いことこの上ない。
                 少し憂鬱な表情をして吸いかけの煙草をホテルの窓から投げ捨てた。
                 「ダメだよお嬢ちゃん、こんな夜に男に電話掛けて部屋に誘っちゃぁ」
                 クルツは宗介の居ない間、彼女の護衛をしていた。派手な外見の割りに余り自分が目立たなかったのは多分彼女のおかげだと思う。あの子はいい子だ、頭の回転が速いだけじゃなく、人に気を使えてしかもそれを悟らせないことが出来る。
                 ――――――なのにお前は怒らせてばかりだな。
                 ちょっとムカつく、とクルツは思った。なにしろ彼女ときたら彼に尋ねることは殆ど全て宗介関連のことばかりで少しも彼自身のことは尋ねてくれはしなかった。嫉妬とは違うのだが、悲しい気持ちになったのは事実だ。
                 あんな朴念仁なんかほっといておれにしなよ。笑いながらそんな事を言っても彼女は少しも揺れなかった。
                 「そうしたいのは山々なんだけど……どうもあの戦争バカが好きみたい」
                 困ったみたいに眉間にしわを寄せながら悔しそうに好きと言った。宗介が好きだと。
                 ――――――わかってんのか、戦争バカ。お前、分かってんのかよ。
                 たったの2ヵ月半一緒に居たおれがこんなにいい子だと分かるんだからお前だって分かってんだろ、少しは…………いや、あいつも……
                 ふっとクルツは笑う。彼が彼女と出会って変わったことをよく知っているから。

                3
                 「あームカつく」
                 ぐったりダイニングテーブルに突っ伏したかなめが手に持っているノンアルコールビール缶をテーブルに叩きつける。
                 「あのバカはしょーがねーなーもー。……だからあの時おれにしとけって言ったのに」
                 「……あのね、あたしのことバカだと思ってるでしょクルツくん。」
                 急に彼女がテーブルに突っ伏したまま固い声でクルツに噛み付いた。
                 「はぁ?なんで?」
                 意外も意外、という風にクルツが声を荒げて訊ね返すが、かなめはしばらく押し黙ってから静かに切り出した。
                 「恋する女を甘く見るのは感心しないわ。
                 で、これは極一般的な恋する女子高生的見解なんだけど……クルツくんには想い人が居ると見た。
                 この結論に達した理由は三つ。コナ掛けてもそれ以上は踏み込まない、こんな状態のあたしを押し倒そうとしない、女好きってスタンスにしては恋愛論が実に紳士的。慎重派で正々堂々勝負って信条……あたしそういう自分の恋心に誠実な人、結構好きだよ。……想ってる仲間って意味でだけど。」
                 ぎくりと固まって声も上げないクルツをむくりと起き上がったかなめが目を見据えて言い切る。
                 「ほら、動揺してる。案外純情なんだ」
                 「――――――ノンアルコール、だよな……コレ」
                 かなめの持っている缶をひょいと持ち上げて表示を確認する。アルコール度0%。当たり前だ自分が購入して彼女に与えたのだから。
                 「素面よ。……でもちょっと勢い付いてるのも事実かな、こういうこと正直に話せる人って他にいないし。ごめんね、付き合わせちゃって」
                 いいや、構わないよ。おれ女の子の弱いとこ好きだし。……いつも強気な子なら特にね。にやっと笑いながらクルツが飄々としているので、かなめはそれをありがたいと思った。
                 「クルツくんのそういうとこ、助かる」
                 「そりゃ光栄ですエンジェル」
                 天使。あたしのコードネーム。……彼もまた、仕事であたしと付き合っている。でもそれに過ぎないわけじゃない。かなめは確信に近くそう思っている。誰より強く思っている。
                 信じていないと、こいつらとは付き合ってられない。

                4
                 むぅ、と宗介は独り言を漏らした。
                 今すぐ出て行って二人を引き剥がしてやりたいという憎悪にも似た感情を押さえ込めるのに必死なのだ。耳にあてるヘッドフォンから聞こえてくる二人の楽しそうな会話を聞いているだけで気が狂いそうになる。一体なんなんだこの意味不明な精神の乱れは。まるで入院しているときのようじゃないか。
                 入院先の病院で教えてもらった精神を落ち着けるための丹田呼吸を繰り返してはみたが、一向に効果もなく徒労に終わる。
                 おかしい、いつもならこれで大抵の事は気が治まるはずだが。
                 焦りのような嫌悪のようなイライラは宗介の中で次第に膨らんで、彼の呼吸を阻害している。
                 『あぁ…んっ、やぁだクルツくんったらぁ、どこ触ってんのよぉ』
                 それはスイッチだった。
                 あったことさえ知らなかったスイッチ。
                 彼の顔にはいまや深い影が落ちて、支給品であるヘッドフォンをまるでゴミ屑みたいに投げ捨て、すっくりと立ち上がる。
                 「クルツ…いい加減にしろよ」
                 『いいじゃん、あの戦争バカなんかほっといてさー、おれといいことしよーよ』
                 『……くすくすくすくす、じゃあ、そうしよっかなぁ?』
                 ぶち、と部屋中に大きな音が響いた。ヘッドフォンの端子が抜けた音ではない。ヘッドフォンのボディそのものが引きちぎられた音だ。
                 落ち着け、落ち着くんだ、今ここで出てったら間違いなく二人に小突き回されるぞ、落ち着け、落ち着けったら。胸を締め付けるように自分の襟首を掴んで粗い呼吸を何とか鎮めようと足掻く。ピリピリする精神をなんとか丹田呼吸によって宥めようとする。なんて無駄な行為だろうと思うが、そうしなければ大声を出してそこら中の計器に八つ当たりをしそうだったのだ。
                 「落ち着け、落ち着け、大丈夫、何も心配は無い……かなめがそんなふしだらな真似をするわけが無い。盛るな、怒るな、平静を保て相良宗介。」
                 大きく息を吸い、細く長く息を吐く。同じリズムで、同じテンポで、頭の中を真っ白にして。
                 「……大丈夫だ、クルツだって保護対象に手を出すまで愚かな男では――――――あるかな」
                 宗介は少しだけ上目遣いになってふと過ぎる嫌な予感を憂いた。

                5
                 「なんだと宗介コノヤロウ!」
                 「まーまーまーまー。
                 つーかさー、これってどう考えたって職権乱用よねー」
                 「ついに単なる覗きに成り下がったかあのバカ。ったく乗り込んで殴られたとき用のセリフまで考えてたおれの立場はどーなる」
                 「……あのね……」
                 かなめは頬杖つきながらテーブルの上にある使用法の分からない機械を指でつついて呆れ声を出した。
                 「しっかしまぁ分かりやすいわよねー。盗聴器だって。バカじゃないのあいつ、あたしとクルツ君の間になんかあるとでも思ったのかしら。」
                 「くっくっくっく、愛されてますねお嬢さん」
                 「冗談!こんなのプライバシーの侵害よ、犯罪よ、失礼極まりないわ!」
                 盗聴器に接続されているレコーダーにはつまらない二人の演技が吹き込まれている。酒を飲んだときに悪乗りして録ったバカ会話を切り張りして、宗介をからかう為に作ったテープを流しているのだ。
                 「だいたい!何で今さらあたしの時計に細工なんかして盗聴器付ける必要があるのよ?
                 ……そりゃ、捨て台詞にクルツ君の方がよっぽどマシだわって……悪かったとは思うけどさ」
                 ああーダメだぁ、とかなめが再びテーブルに突っ伏す。
                 「二ヶ月もべったり居たから何かにつけてクルツ君と比較する癖がついてるー
                 だってしょーがないじゃないのよーあんたより大人なんだもんこの人ー」
                 がしがしと頭を掻き毟りながら泣き言を言うかなめの頭を、クルツがいい子いい子という風に撫でた。
                 「うんうん、あんな戦争バカよりなんでもスマートにこなせる大人の魅力に参っちゃったんだよね」
                 「違・う・わ・よ!…………あ、いや、うん……そうかもね」
                 重い声になったかなめが憂鬱そうな表情のまま起き上がって続ける。
                 「あたしあんまり男の人とこんなに深く付き合ったことないから……たしかにあなた本当にいい人だし常識的だし、そりゃちょっと軽いかなぁとは思うけど。
                 この二ヶ月半の間ほんと楽しかったの。ごたごたもなかったし、誰かさんが大人しく入院しててくれたから心配事も無かったしね。
                 ……でも、やっぱり寂しかったのよ。宗介が居なくて……寂しかったの」
                 うな垂れるかなめの独白をクルツはビールをちびちびあおりながらじっと黙って聞いている。視線は彼女が話しやすい程度に少しだけずらして。
                 「なのにあいつ、あたしの顔見るたびに悲しそうな顔しちゃってさ……なんなのよ、もう。
                 どこ連れてってもうわの空だし、その割には妙に張り切っちゃって騒動は二倍引き起こすわ、あたしに近づく男の人は軒並み攻撃するわ……もう……わかんない」
                 「……かなめちゃんて…処女?」
                 クルツが少し物を考える素振りをしてとんでもないことを切り出す。
                 「なっ!?」
                 「――――――あー、悪い急に。変な意味じゃなくってさ……男、知らないだろ」
                 ぐっと黙ったかなめの顔を一瞥してまた彼はビールをあおる。
                 「そっ…それがなんなのよ!今関係ある!?」
                 「大有りだね。
                 アレ、確かに戦争ボケで堅物でバリバリの現実主義者だけど……男なんだよね。だからやっぱあるわけよ、あいつにも男のドリームつうのが。
                 で、こっからは単なるおれの予想なんだけども――――――多分、あいつかなめちゃんの事をようやく意識し始めたんだと思うんだ。自分で認めたんだろ、君の事をすきだって。入院中に心境の変化でもあったかな?ま、ともかく男のドリームを成就せんとするいじらしい少年の恋愛衝動なワケよ、これも。」
                 「……と…い、言われてもぉ……」
                 ぽっと赤くなったかなめの顔にニヤリとしながらクルツは続ける。
                 「でもあのバカの暴走する恋愛衝動を経験の少ないかなめちゃんは上手く流せないわけ。そんで衝突する。いいねぇ青春だー。
                 こればっかりは自分たちで頭打って痛い目みなきゃなんないことだから、まぁ精々のたうち回りな。」
                 ひひひひ、と引き笑いをしてクルツは缶に残っている最後の一口を飲み干した。
                 「そんなのあたしばっかりのたうってて不公平じゃない」
                 「今の音声聞いてただろ、あの無表情むっつり男がとんでもねぇ取り乱し方してたじゃねぇか。ヘッドフォンに八つ当たりなんかしちゃってさ、カワイイー」
                 両手をグーにして口元に当て、古い女子高生ぶりっ子の格好でクルツがキャーと言う。かなめはそれを冷めたジト目で見ていたが、しばらくしてふっと笑った。
                 「そう単純な話でもないと思うけど」
                 彼女のその言葉にぴくりと眉を動かして、まるで先生のような表情でクルツが返す。
                 「――――――へぇ、侮れない発言」
                 やっぱり彼はあたしを頭が悪い女だと思っているな、とかなめは眉をしかめた。
                 「……あいつの闇は深いよ、きっと君の知る他の誰よりも。
                 君の人生で初めて出会う種類の闇。そんで多分永遠に君には分からない。理由を聞いても、君には理解できない。何故なら――――――」
                 クルツが言葉を続けようと思った次のタイミングに声が聞こえる。
                 「何故なら、あたしは彼じゃないから」
                 でしょ?とウインクひとつ決め、かなめが笑う。気楽に、当たり前みたく。
                 「あたしが平和しか知らない、彼が戦争しか知らない、そんなことじゃないわ。そんなどうでもいいことじゃない。
                 過去は怖い。ソースケがどんなことをしてきたかあたしは知らないからこうやって付き合ってられるってのも分かってる。
                 偶に思うの、この人笑ってるけど…どっか泣いてるみたいって。クルツ君が言うように多分一生理解出来ない。でも……理解しようとすることは出来るんじゃないかな」
                 楽観的過ぎる?失笑気味にかなめがテーブルに視線を落とす仕草を、彼は言葉も掛けずにじっと見ている。
                 「怖い…けど、そんなのに負けたくないんだ、あたし。
                 この先一緒に居て多分いろんなことあると思う。ひどい後悔もするでしょうね……でも……信じてたいの、ソースケのこと」
                 それだけは止めちゃいけないと思うの、あたしのこと信じてくれる彼の為に。彼のこと信じてるあたし自身の為に。
                 「……その強さが不幸を呼び寄せないように祈るよ。」
                 クルツは柄にもなく目を閉じ黙祷するがごとく天を仰いだ。天井の向こう側、天上の向こう側に祈るように。願うように。

                6
                 目覚めたときは隣に宗介がいた。クルツに抱きかかえられている状況を認識した途端、彼女はギョッとする。
                 「なー!?」
                 「黙って」
                 厳しい声でクルツがかなめの口を塞ぐ。目をキョロキョロさせながらもそれに従い、彼女は頷いた。
                 「な、なんなのこの所業は」
                 「場所は市営地下鉄の整備用通路、現状は君の部屋の換気口から攻撃され何者かに追われてる。宗介の機転で脱出、以上。おっと追加、声が響くからお口にチャックな」
                 ぼそぼそ低い声で耳元にそれだけ置き去りにしたクルツが人差し指を唇に当ててウインクする。
                 『大丈夫、大したことじゃない』
                 声を出さずに彼がそう言うのでかなめは呆れ顔で溜息だけ吐き出した。まったくこいつらときたらこんな事になってるのに、まるでコンビニにでも出かけるみたいに落ち着いてる。頼もしさよりも深く鈍く頭の隅が痛む。
                 ちらりと宗介の顔を覗き込むと、少し目が合った後でふいっと視線を逸らされた。……ああなんて憂鬱な土曜日なんだろ……あ、もう日曜日か。
                 『下ろして、自分で走る』
                 『君は神経麻痺ガスを思い切り吸い込んでる。体動かせないはずだ、試しにそこにいる宗介でも殴ってみな』
                 確かに頭の中にある命令と自分の身体が全く連動しない。いらだつより先に不安に駆られる。
                 『宗介が一人分しか解毒装備持ってなくてな、悪いけどもうちょっと辛抱しててよ』
                 『亜酸化窒素、セボフルラン、イソフルラン…どれも麻痺系の薬品としては毒性が弱い部類のものばかりだ。時間が経てば勝手に解毒されるし致死の危険はない』
                 宗介は恐らく安心させようと思ってそんな事を言ったのだろうが、かなめにしてみればこの程度のことでうろたえるなと言っている様にさえ聞こえた。
                 くそう、慣れたつもりでも腹立つことには変わりないわこのデリカシー無しぶり。
                 更にむっとした顔でかなめが宗介から顔を逸らした。そんな二人のやり取りを背中越しに感じたクルツは苦笑いを噛み潰す。
                 ――――――そうゆうイチャイチャは時と場所を考えてやってくんねぇかなぁ……。

                7
                 いまだに違和感は残るが飛んだり走ったりするのに不自由しなくなったかなめが、ようやくクルツの背中から降りたのはそれから40分ほどしてからだった。
                 「ん、まぁ、なんとかなりそう」
                 両手を握ったり開いたりして感覚のフィードバックを確かめるように彼女が闇の中で静かに声を出す。
                 「そうか、じゃあウルズ7がエンジェルのバックアップ、おれがディフェンス。さっきの手はず通りに例の場所に集合。おれが5分でも遅れたらそのまま身を隠して連絡あるまで待機。分かったな」
                 「――――――やはりここはおれがディフェンスを」
                 「るせぇ、じゃんけんで負けたんだからとっとと行け。捕まったら敵より先におれに殺されると思えよ」
                 ハンドガンを携えてクルツが呼吸を整えて、叫ぶ。
                 「こっちにゃ幸運の女神が二人もついてんだ、これでヘマこいたらバカだぜ」
                 ガンガンガン!銀色の鋭い音が三回弾け飛ぶ。それに応えるかのように銃声が追いかけてくる。爆音に追い立てられるかのように二人は走り出した。
                 「ギャー耳が割れるー」
                 「喋るな、舌を噛む」
                 「うるさいわねわぁってるわよ!」
                 ぎゃあぎゃあ叫びまわる二人の声がどんどん遠ざかっていくのを聞きながら、クルツはそんなに派手に痴話喧嘩してたら二手に分かれた意味ねぇだろアホウ、と唇の中で苦々しく呟いていた。
                 弾け飛ぶ銃声、カラカラ鳴る薬莢の落下音。悪い空気と腹に残る電車の振動音。……クソッタレ、なんて人数だよ…とても闇討ちとは思えん。
                 クルツははっとして試しに兆弾を利用して何発か撃ってみた。手応えは――――――ない。
                 「……ワングループじゃねぇ……こりゃ、分かれて不正解だったかね」
                 身を隠していた壁から無造作に身を躍らせ、今まで弾の飛び交っていた空間に歩み出る。当然のように銃弾は襲ってこない。
                 「――――――まるでこうなることを予想してたみてぇじゃねぇか、ええ?そこのお前……名前は……なんて言ったかな」
                 物陰に隠れ、ぶるぶる震えているメガネの少年に銃を突きつけながら身体ごと軽々と引っ張り上げて聞く。
                 「怖がるなよ、一緒に風呂を覗いた仲だろ」
                 「お願い殺さないで!」
                 「仲間はどこへ行った?答えな」
                 「知らない!本当なんだ、見つけたらこの無線で知らせたらいいって」
                 「誰が」
                 「学校を制圧した奴だよ!知らない!本当!千鳥さんと相良くんを捕まえなきゃ鍵がもらえないんだ!」
                 「――――――鍵?」
                 「ほらっ、これ!」
                 少年が示す首には黒光りする金属の首輪ががっちりはめられていて、一際太くなっている部分には液晶面があり、5桁のカウンターがちかちか瞬いている。
                 「カウンターがあるだろ、コレがゼロになったら」
                 「……爆発するわけだ。なんつー古い手。破壊……は、無理か…」
                 「でも僕ら逃げてって言うつもりで」
                 「のワリにゃガンガン撃ってきやがっ…………フン、葉っぱの匂いがする……キマってんなボウヤ」
                 クルツは言うが早いかみぞおちに膝蹴りを加えてあっという間に少年を黙らせる。ぶくぶく泡を吐く少年のメガネは床に落ちて無残にも半分に割れた。
                 「学校……制圧……ウチに喧嘩売るなんざどこのボンクラ組織だ?」

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                 「ねぇ…もう、ちょっと……ワケわかんないんだけど!」
                 ずきずき頭痛が酷くなる一方だ。さっきから見知った顔の人間がどんどん現れては宗介の銃弾に倒れている。ああなんてこと、こんな、ほんと、悪夢!
                 かなめを庇うようにして立ちはだかる宗介の向ける銃口はきっちりと彼女に向けられていたが、僅かにぶれている。彼も信じられないといった表情だった。
                 「いいの、分からなくて。大丈夫、この銃で死んだりしない、ただ麻痺するだけ。行きましょう、怖くないわ、注射くらい、平気よ」
                 目は虚ろ、言葉の内容はちぐはぐで、唇の端からは透明の粘液が細長く垂れている。
                 「…薬物…」
                 「ううううるさいわね!わあってるわよっ!頭が付いていかないんだから黙ってて!」
                 ぼそりと呟いただけの宗介に向って必要以上にかなめが怒鳴り散らした。どこにも出て行かない苛立ちに息が出来ない。それは宗介も同じだったが、彼は口に出そうになる言葉をぐっと飲み込んだ。
                 ぱあん。もう何発目かも分からない銃声。焦点の定まらない目をした少女の肩に鮮血が爆ぜる。
                 「ぎゃあああああぁあぁ」
                 「見るな、行くぞ」
                 「………………ごめん」
                 「稲葉の生命について問題は無い」
                 「………………………っ…」
                 短くそう言う宗介に対して、視線も顔も向けずにかなめはぎりっと奥歯をかみ締めた。
                 なんてひどい悪夢なんだろ、早く目が覚めないかな……全くこれは一体どういう深層心理なのよ。
                 いっそ気が狂ってしまえば楽なのに。かなめはそんな事を思ったりもしたが、甘い妄想に耽る前に次々とクラスメイトや知り合いが武器を鼻先に突きつけては宗介に倒されていく。
                 なんなの、なんで、なにがあったの、もう許して!
                 彼女達に分かる事といえば、同窓生や先生達は皆一様に薬物に侵されており、ステンレス製のカウンターが付いた首輪を付け、それぞれに様々な武器を持ち、自分達を拘束・又は殺傷しようと向ってくるということだけだった。
                 かなめは空気を求めて喘ぐように地下通路からようやく地上に出る。血と油と埃のにおいで吐き気が止まらない。げぇげぇと激しくえずく彼女の背を何度かさすった宗介は、かなめの凍りついた目を見ることになる。
                 「触らないで、平気」
                 それでもいまだフェンスにしがみ付きながらげほげほと咳を繰り返している。眼光はまるで捕食者に牙を剥く動物のようだ。
                 「……俺に失望したか」
                 「いいえ」
                 「では嫌か、それとも憎んでいるのか」
                 「いいえ」
                 「なら何故睨む」
                 「睨んでないわ、軍曹殿」
                 咳がいつの間にか止んでいた。
                 ぴんと張り詰めた声が、霧雨の音の隙間を縫って宗介に突き刺さる。
                 「あたし、あんたのこと勘違いしてたみたい。
                 平気で撃てるのね。友達じゃない、みんな、友達でしょ?なんでそんな、躊躇いもなく撃てるの?あたしのこと守るため?殺されないため?そんなに簡単に割り切れるもの?アンタにとっての学校ってたかがそんなもの?」
                 フェンスから手を離して彼女が雨に濡れる髪を振り乱して怒鳴るように続ける。
                 「ごめんね!今が非常事態だってことは分かってる!みんながあたし達を殺そうとしてるらしいってことも!でもダメ!相良君、あたしあんたが怖いわ!怖くてたまらない!
                 敵に回れば友達撃つ様な人よ!いつあたしが殺されるか分かったもんじゃないわ!」
                 最早かなめの精神の箍は完全に外れていた。思いつく限りの本音をまるで包み隠さずに高ぶる感情のまま吐き出しては彼にぶつける。
                 彼女と同じ状態の、彼に。
                 「……千鳥、俺が怖いか?」
                 静かに彼は問う。
                 「怖いよ!怖い!」
                 「――――――信じてはもらえないのか」
                 「何を!?今のあたしにあんたの何を信じろって言うのよ!あたしを殺さない事!?」
                 「俺が君を守ろうとしている事をだ」
                 「守る!?あんたあたしを守るために人殺ししてくれるの!?ハッ大きなお世話!こんな事続けるくらいなら捕まった方がよっぽどマシだわ!
                 近寄らないで!怖いって言ってるでしょ!」
                 錯乱している、と冷静な心のどこかがそう言ったが、そう分析できたところで何の意味もないことを彼はよく分かっていた。だがどこかあさってな方向に目線を振り向けていないとどうにかなってしまいそうだった。
                 冷静に、冷静になれ。ここで俺まで取り乱してどうする。
                 雨と埃と返り血でドロドロになったYシャツの襟元をぐっと銃を持たない左手で掴み、必死で丹田呼吸を繰り返した。しかし精神は落ち着きそうもない。
                 「わかった……近寄らない……だからどうか……行動は共にしてくれ……学友の上に……君まで失ったら……狂ってしまう」
                 頼む、俺と一緒に来てくれ、どうか、お願いだ。
                 ぎりぎり締まる自分の首をさらに圧迫させ、まさに絞り出した声でようやく彼がそう言い終った。ひゅうひゅうと吃音が耳に付いて離れない。お互いの、耳に付いて離れない。
                 かなめは何度も何度も深呼吸をする。ぼろぼろ流れる涙も無視して、何度も深く浅く大きく小さく深呼吸を繰り返す。
                 「……ごめんなさい、あたし…ひどいことを」
                 「……構わない……いや……すこし、効いた……すまん、涙が止まらん」
                 雨が降る。水滴は彼のシャツに付いた血をゆっくり溶かして長い長い赤のストライプを作る。血の川だ、とかなめはぼんやりした頭の隅で思った。
                 この川を渡れるんだろうか……私に。




                つづく。


                 


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