とおくにありて、おもうもの

                魔鎌ソウル の ものがたり

                原案:失言運営、鈴木 様

                 「なァ……ブレア」
                 おれは天井に向かって猫の名前を呼ぶ。
                 部屋には誰も居ない。
                 もちろん隣りの部屋にも。
                 最近じゃうちに誰も居ないのはちょっと珍しい。
                 「俺ってダメだなぁ」
                 居もしないのなら人間の同居人の名を呼べばいいとお思いの諸君もあることだろう。
                 ……そんなもん願い下げだね。
                 ギター弾くのもテレビ見るのもレコード聞くのも飽きてしまった。
                 手持ち無沙汰。
                 なんだか出かける気もしない。電話ですら面倒臭い。
                 前、こんな日どうやって過ごしてたんだっけ?
                 思い出せない。
                 頭が痒くなってくる。
                 「――――――帰ってくんの遅いな」
                 親父さんとデートなんだそうな。イヤイヤな顔して、でも珍しくよそ行きのスカート穿いて出て行った。一瞬、出掛けの彼女に何かを言おうとしたんだけれど、胸がはっとして、それにびっくりして、何を言おうとしたのか忘れてしまった。
                 あれ、何を言おうとしたんだっけ?
                 ベッドの上で眉間に皺を寄せる。
                 天井にぶら下がってる蛍光灯。見慣れたポスターと壁紙。
                 窓から差し込む夕日のおかげで身体がぽかぽか温かい。眠ってしまうのもいいかもしれない。
                 まとまらなくなってゆく思考。
                 『魂っておいしいの?』
                 脳みそがそんな言葉を再生した。
                 ぞっとする。
                 武器と職人は二つで一つ。死武専の教えって奴だ。だから基本的に職人はパートナーになった武器を一から鍛える。魂は一つ一つ協力して集めるのが普通なのだけど、特例がある。“職人を物理的に失った武器はそれまで食べた魂を取り上げられない”。職人という奴は言を担ぐので、パートナーを“物理的に”失った武器を敬遠する傾向を防ぐ為の特例なのだろう。
                 死武専の教師に、魂を取られなかったことを吹聴して回ると自分自身にとっても相手にとっても不幸な事にしかならないと随分念押しされたそのすぐ後に声を掛けられた。
                 マカに似たその女は(いや、正しくはマカがその女に似ていると表現すべきかもしれない。何故ならば俺はマカより先に彼女に会ったから)明朗な奴で、よく笑った。
                 彼女が俺をはじめて持ったとき、それに驚いた事がパートナーを組んだ一番大きな理由。つまり彼女はそういう特例を知らなかったのだ。ただ単に、俺の刀身が綺麗な色だからというだけで声をかけたというのを俺は疑っていたから。
                 武器の大原則である『職人を守る』事が出来なかったガキなりのプライドって奴がボッキリ折り取られても、最初の職人の死を悼む暇さえ無く、日は昇る。最初の職人を見殺しにしたも同然の俺は、ひどく彼女を警戒していた。校外実習を重ね少しずつ打ち解けて、彼の死の重さを打ち明けてから、彼女は職人を失った俺を随分気に掛けてくれた。……正直、憧れ交じりで少し好きだった。
                 そんな彼女がある日何の気なしに俺に尋ねた。
                 『魂っておいしいの?』
                 そのとき何と答えたか、よく覚えていない。
                 ただその質問だけが耳にこびりついている。
                 俺は仲良くなった武器連中によくそんなことを尋ねる。
                 “タマシイ、ウマイトオモウカ?”
                 トンプソン姉妹は喉越し一番、と答えた。(本当はリズが唸っている間にパティが答えたのだが)
                 椿は兄の魂しか食べた事が無く、胸がいっぱいになって味など覚えていないと答えた。
                 ラグナロクは問題外。美味い以外に答えるわけが無いから。
                 ハーバー君は意味的に言えば人食いだから、答えたくないと言った。
                 ジャッキーは美味しいって言うより、パワーアップアイテムみたいな感じ、と答えた。
                 そして、マカの親父は 絆だ と答えた。
                 ……マカみたいな奴が育つ訳だぜ。
                 『魂っておいしいの?』
                 彼女の声が頭に響く。俺はあの時何と答えたのだったっけ?
                 「・・・・……!」
                 名を呟く。
                 久しぶりだ。
                 マカの武器になってからその名前を呼ぶ事は無かったのに。
                 「……帰ってきたのがマカでごめんね」
                 ギョッとしてドアを振り返ったらマカが居た。
                 冷めた目のよそ行きの服を着たマカ。腕には数個の紙袋。父親に何か買わせたらしい。
                 「お、お帰り」
                 「お邪魔だったかしら」
                 おほほほ。わざとらしく笑い声を上げてドアが閉まる。しまった。マズった。
                 「ち、ちっげえよ!おい!何だよ!ノックくらいしろっつうの!」
                 自分はうるさいくせに!照れと腹立ちと失敗したような気持ちがごちゃごちゃになってベッドから飛び起きてドアを開ける。マカは台所に立って買い物の整頓をしている風だった。
                 「ご飯どうする? 一応色々買ってきたけど。デパートの地下って何でも高いのねー。パパにいっぱい買わせちゃった」
                 紙袋からは俺が予想したような服だとかアクセサリーだとか靴だとかじゃなく、ピクルスの瓶だとか杏の砂糖漬けだとか、惣菜だとかパン(一斤丸ごと買うなよ)だとか、ババァくせぇモンがどっさりこと出てくる。
                 「……お前な、もっと色気のあるもん買わせろよ、口紅とかさ」
                 「パパのお金で買ったものなんか身につけたくないんだもーん」
                 だからパーッと消費しちゃうの。見てよこれなんか、高級シナモンなのよ。アップルパイ作る時使うんだ〜。ウキウキしながらマカが小さな調味料入れに頬擦りする。……十分満喫してんじゃねぇか……
                 「――――――聞かないの」
                 「何が?」
                 「……さっきの名前の事」
                 椅子によっかかって天井を見ながら唸る。マカの表情なんか見たくない。
                 「別に」
                 「興味ない?」
                 「ない」
                 「……あっそ」
                 あっけらかんとしたマカ。胸を撫で下ろしてやっと視線をキッチンに向けた。
                 「あんた職人に結構有名なのよ」
                 マカが俺の目を見る。
                 ぼやけた深緑の目。
                 「呪われた魔鎌なんつってさ」
                 赤い唇。今日は少し薄化粧をしているのかな。いい匂い。女の匂い。
                 「だから私は言ってやったわ。あいつが呪われてるかどうかは私が死んでから噂しなさいってね」
                 揺れる髪の毛は今日は下ろされてる。きれいだなぁ。
                 「私が死ぬ前に絶対にデスサイズになるのよ。そしたら誰も文句言えないんだから」
                 マカが笑って戸棚に小麦粉の袋を押し込もうとした。
                 身長が足りないのか、何度もぐいぐい押し込んでいる。
                 俺は椅子から立ち上がって、背伸びしているマカを後ろから抱きしめた。
                 「な、何よ? 小麦粉落ちちゃうじゃない」
                 片手に小麦粉の袋を持ったまま、マカが俺の頭を撫でる。
                 髪を撫で付けるようにして撫でる。
                 俺の白い髪。
                 あの子も誉めてくれたよ、お前と同じように、きれいな髪ねって。
                 俺は嫌だった。子供の頃から馬鹿にされ続けて来たこの髪の色が、目の色が、イヤだった。
                 「……一人でお留守番してて、寂しくなっちゃったのかなぁ? ソウルくん」
                 マカが俺の名前を呼ぶ。
                 マカが俺の髪を撫でる。
                 マカが俺の魂の側に居る。
                 『魂っておいしいの?』
                 もし誰かが俺に今それを尋ねたとしたら、俺はこう答えるさ。

                 食うより側に居る方がいい。



                17:10 2008/12/10

                 


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