狂気の改造人間よ、満ちて私を呼びたまえ

                人間をやめたソウル と 呪いを蹴散らすマカ

                原案:KISS運営、桂ミヤ 様

                 呪われた身体だと彼は言った。
                 私は素敵な能力だと返した。
                 私自身にその力は備わっていないけれど、父の特技を疎ましいと感じたことはない。……父自身は別にして。

                 「昔はね、こういうことよくあったんだよ」
                 死神様が言う。
                 「能力を制御できなくて、元に戻れなくなる事故がね。……そういう悲しい未熟を絶つためにワタシは死武専を作った。その死武専で、デスサイズ候補トップに名を連ねたこともあるソウル君がこんなことになるなんて」
                 沈痛の面持ち。誰も口を開かない。
                 死神様のデスルームは相変わらず目が痛いくらいの青空が広がっている。砂漠に不似合いのモノトーンの舞台。英国風の舞台に不釣合いなギロチンの鳥居がずらりと並んでいる風景。いつ来ても緊張する。
                 「父上、ソウルを元の人間に戻す術はないのですか!?」
                 苛立ったキッドくんの声。無理もない、一緒の授業を受けてた訳だから。
                 「ぶっちゃけた方がいい? 包み隠した方がいい?」
                 「ぶっちゃけで」
                 キッドくんが真顔を一切崩さずに言い切った。背後には帽子を目深に被り、唇を真一文字に結んだ美女が二人。
                 「……武器形態に固定化してしまった事例が解決したって話、少なくともワタシの耳に入ったことはないね」
                 一拍置いていつもより少し無機質な死神様の声が聞こえた。
                 「おいマカ、ソウルの魂の波長はどうなんだ? 感じるのか?」
                 水色のつんつん髪の男の子が憮然とした声で尋ねる。
                 「……わかんない……波長はあるけど、共鳴したまんま元に戻ってない感じ」
                 私はぶつけられる感情を受け止めるだけの余裕がない。ただ機械みたいに、つき返すだけ。
                 透明な感じ。
                 ちっとも心が動かない。
                 今までの記憶さえすっかり消えてしまったかのように頭の中に霞が掛かっている。
                 「――――マカ、パパとママの話をしたことがあったっけ?」
                 それまで押し黙っていた父が初めて口を開いた。
                 「なに、こんな時に」
                 「パパは一番最初シュタイン博士のパートナーやってたんだけどさ、その後ママの武器やってたわけよ。……でな、結局結婚するまでに至ったわけだけど」
                 軽い声。癇に障る。こんな時に平気な父が腹立たしかった。
                 「なんなのよ、知ってるわ、そんなこと」
                 強い調子で会話を終らせようと急く私を意にも介せず、父が何でもない様子で続けた。
                 「パパは世界中で一番ママを愛してた。ママの全てを知りたかった、ママの全てを手に入れたかった、ママの全てを抱きしめたかったんだ。……ママもパパのことをそう思ってくれたんだと思う。……でもな、そうやって魂を同調させる時間が長ければ長いほど、ズレちゃうんだよ」
                 そこまで聞いて、やっと気付く。父の声のトーンが家に居た、あの頃とまるで同じ事を。
                 父の背景は目の悪くなりそうな青。
                 いつか家族で行った海みたいに、真っ青。
                 いつかソウルと見た高原の空みたいに、真っ青。
                 私はその深い青が怖くて、目を逸らす。足元に視線を落とす。他に見るべき場所が思いつかない。
                 「パパがママになって、ママがパパになっちまう。自分が相手になっちまう。……それってな、スゲーきついんだわ。好きで、好きで、くっつき過ぎて、混じってしまう。自分が何者か時々忘れちまうんだ。俺たち夫婦はな、そいつが怖かったよ。自分がわからなくなる恐怖が分かるか? マカ」
                 母に隠れて私にイタズラを唆す時の、大好きだった頃の、父の口調。諭すように、私に理解できるように、目線を落として瞳の中を覗きこむように、父が話している。
                 まるで、落ち込んだ私を宥めるソウルみたいに。
                 「ママもそうさ、ある日自分の手を振り回しているのか俺を振り回しているのか解らなくなっちまった。マカに話しかけている自分がまるでパパのように思ったんだって」
                 肩に置かれた手は大きくて暖かくて懐かしいのに、どこか、違和感。
                 父の言葉がよく理解できない。痛いことも苦しい事も、全部通り越してしまって、頭の中が透明。……まるで母から離婚の話を初めて切り出された時みたいに。
                 「だからパパとママは少し距離を置くことにした。……言い訳に聞こえるかもしれないけど、俺は俺を取り戻すためにいろんな人に会ったりいろんなところへ出かけることが多くなった。ママは、ほら、学者肌だろう? 心理学を勉強するために家に篭ることが多くなった。……そっから先は、マカが一番よく知ってるな。
                 ソウルは多分、魂の同化からマカを守るために精神的に距離を置いたんだろう。その精神作用が皮肉にも武器変身能力の封印という形で顕在化した」
                 俺には良く解るよ。ソウルが武器のままで居た方がマシだと思う気持ちがな。
                 突き放して途切れた父の言葉は良く解らない。頭の中が完全に拒絶してしまっている。死武専に入る前の自分に戻ってしまったみたいだ。
                 「……男なんてほんといつもそう!耳触りのいい講釈垂れて!自分で勝手に決めて!自分で勝手に行っちゃう!何の相談もしてくれない!家に残された私やママの気持ちを考えたことがあるの!? 離れなきゃいけないって何よそれ!」
                 父の手を振り払う。全身の血が沸騰して逆巻いている。
                 「ソウル!聞こえてんでしょ!何とか言いなさいよ!デスサイズになってパパを見返すの手伝ってくれるんでしょ!? 約束したじゃない、パパの高慢ちきな浮気の言い訳をぶっ潰してくれるって!途中で逃げる気!? 許さない!そんなの絶対許さないぞ馬鹿ソウルーーーッ!」
                 息が切れるまで叫んだ。死神様の手の中に素直に収まっている、ずっしりと重たい赤い刃の冷たく沈黙したままの鎌に。勢い柄を蹴り上げようとした私の身体を椿ちゃんが何も言わず押えてくれた。
                 「……やだよおソウルぅ……あんた以外とコンビ組むなんてやだぁ……答えてよ、何とか言ってよ……」
                 苛立ち、憤怒、癇癪、八つ当たり。自分がコントロールできない。皆が見てるのに、みっともない。でも押え切れなくて、どうにもならない。やだな、カッコワルイ。
                 「――――父上のお力をもってしてもソウルとコンタクトを取るのは不可能ですか?」
                 見るに見かねたのか、キッドくんが縋るように死神様に声を掛けた。
                 「さっきから何度かやってはいるんだけどねぇ……ワタシこういう細かいことって苦手なのよ」
                 困り果てたような声で死神様が手にしていたソウルを折りたたみテーブルの上に置いた。
                 「シュタイン博士なら!そういう繊細な作業に長けてらっしゃいます!シュタイン博士に……!」
                 椿ちゃんが耳元でハッと顔を上げて弾んだ声をあげた。
                 「あー、シュタイン君はねぇ……今チョット……そう、長期出張中で……ち、地球の裏っかわに居るわけよ。だから……」
                 「そうそう!シュタインは極秘任務で今手が離せないんだ。いつ帰ってくるかも知れなくて」
                 大人二人は渋い雰囲気で言い渋るように言葉を濁している。
                 「で、でも、武器が変身を解けなくなるなんて死武専にあるまじき一大事ですよ? なんとかならないんですか!?」
                 詰め寄るように私の身体を支えたまま、椿ちゃんの語調が強くなった。視界の端っこで、ブラックスターが彼女の服の裾をくいくいと引っ張っている所が見えて、少し可笑しいなと思ったのにちっとも笑えない。
                 「い、いやぁ……コレばっかりは……ねぇ、死神様」
                 「あ、う、うん〜。呼び戻すのにはチョット時期がねぇ……」
                 出し渋るような、それでいて反応に困ったような二人が顔を見合わせてはアイコンタクトで頭を捻っている。
                 「よしっ!ここは俺様が一発魂威を打ち込んでやる。博士みたく上手くはないけど、出来るだけ優しく打ち込んで起こしてやっからよっ」
                 ブラックスターが両手をパンと鳴らして、ありもしない袖をまくる仕草で机の上に横たえてある物言わぬソウルへ手を伸ばした。
                 考えるよりも早く。
                 思うよりも早く。
                 気付くよりも早く。
                 私の身体は雷鳴に打たれたかのごとく弾け、机に飛びつく勢いでソウルを胸に抱いていた。
                 「だめ!武器化して、ただでさえ柔軟でない魂を無理に揺らしたら壊れちゃうかもしれないじゃん!そんな一か八かみたいなことさせらんないよ!」
                 ブラックスターがムッとしたような顔でドンと机を叩いた。
                 「やってみなくちゃわかんねぇだろ!? ソウルがこのくらいで死にゃしねえよ!」
                 「死……!」
                 固まってた頭の中にぼんやり、死、という単語が浮かぶ。
                 ――――――――死ぬ? 誰が? ソウルが? なんで?
                 「ブラックスター!」
                 椿ちゃんの怒鳴り声とガツンという音が聞こえて、後は知らない。
                 あたしは全速力でそのまま死神様の部屋を後にしたから。



                 「ねえソウル、今日の晩御飯何にしよっか」
                 「………………」
                 「ってかさ、よく考えたら今日水曜だから当番ソウルじゃん」
                 「………………」
                 「サボる気? ったくもうしょうがないなぁ〜代わってあげるの今日だけだからね」
                 「………………」
                 「今日の授業庇ってくれたお礼。魂の共鳴、上手くいかないことなんて何回もあったしね、気にしてないよ」
                 「………………」
                 「また次頑張ればいいじゃん。……ね、いつまでも凹んでたってしょーがないだろ」
                 「………………」
                 「……何とか言えよクソ鎌」
                 ガン。響く音。鉄の音。手にしっくり馴染んでたはずの柄が固くて冷たい。あんなに簡単に自由自在に振り回せてたのに、物言わぬ魔鎌はずっしり重たくて担ぐのも一苦労する。
                 「ソウル、なんであたしのこと庇ったの……なんであんな無茶するの……」
                 狂気感染。
                 初めての攻撃に二人で戸惑い、チーム戦で覚えた全力全開放出で突破しようと試みた。限界まで精神を高めて、限界まで共鳴率を上げて、限界まで同じ速度で振動し合う。
                 戦いの中で一瞬、自分が何者かわからなくなった。マカって誰? ソウルって誰? ここには「わたし」しかいない……そういう、感覚。
                 「……ママもこんな気持ちになった……?」
                 『俺たち夫婦はそいつが怖かった』
                 父の言葉が頭の中をぐるぐる回る。今までまともに考えることを拒否していた、父のデスサイズとしての苦悩をこんな時に思い知るなんて。
                 風が吹いている。
                 足下に広がるデスシティの町並みはいつもと何も変わらず、あの屋根の下でみんな日常の続きを営んでいるのだろう。私もつい昨日まであそこに居たのに、あんたが鎌のまま戻らないって、たったそんだけの事で簡単に抜け落ちちゃうんだな。
                 「武器は職人を守るために命を捨てる覚悟を持て、か…………馬っ鹿じゃないの」
                 学校で教えられたことを、私は何の疑問も持たず得意になって諳んじていた。
                 じゃあ残された職人はどうすりゃいいのよ。
                 あんたはいいわよ、それで満足でしょうさ、立派な武器だったって皆に褒めてもらえていいわね。
                 じゃあ残された私はどうすればいいの? そんなの教科書に書いてなかった。
                 「ソウル、いい加減返事しないと刃に落書きしまくるわよ。あんたのギターにガムくっつけてやる。こないだ買ったジャケットあんたより先に袖通しちゃう。秘蔵のクラッカーだって隠し場所知ってるんだからね。……もう頼まれたって宿題見せてやんない。暇だって言ってもチェスもカードも付き合ってやんない。寂しくってもリビングで話聞いてやんない、すぐ部屋に篭ってやる。お風呂掃除も玄関掃除も、全部ソウルがやれ……洗濯も、ご飯作るのも、アイロンがけも、買い物も、ぜんぶ、ぜんぶ……ぜんぶ……ソウルが…………!」
                 ソウルは今でこそ割と人当たりのいい奴だけど、最初会った時は暗くていじけてて急にピアノ弾きだしたり、ずいぶんヘンな奴だった。……ほんと、ヘンな奴だった。何であの時コンビ組もうと思ったんだろう。自分でもよくわかんない。
                 そんな奴だったから、一番最初にソウルと共鳴するまでずいぶん失敗を重ねたものだった。皮肉屋で斜に構えてて、やな奴って思ってたから。でも私が粘って粘って何度共鳴の練習をねだっても、ソウルは嫌な顔一つせずに「ああ、もう一度だ」って言ってくれた。……その4倍は貶されたけどさ。
                 だから初めての共鳴は快感だった。
                 やっとソウルと心が通じ合って一つになったんだって思った。
                 その時はどんなにあの奇跡の一瞬が続けばいいかと思っただろう。……なのに、“共鳴し続ける”ことがこんなにも孤独だったなんて。
                 「ねぇソウル……お願い……何とか言えよォ……!」
                 自分の魂の振動数。
                 ソウルの魂の振動数。
                 それが一つになって、同じものになっちゃった。私がソウルを食べちゃった。
                 「あんたの魂なんかいらないよぉ〜……私の魂、独りぼっちになっちゃうじゃん〜〜!!」
                 涙が赤い刃に落ちた。
                 初めて涙が落ちた。
                 実感もないのに瞼の奥から溢れ出てくる。
                 ギリギリの表面張力で零れなかった涙が止まらない。
                 ソウルの魂が解らない。ここには「わたし」しか居ない。
                 震える私の肩が、無理矢理掴むみたく加減しない不器用なあの手を恋しがっている。



                 ずるずるソウルを引きずってアパートに帰ってきた。
                 アパートには電気がついてて、一瞬、自分でソウルを手に持ってるのに、ソウルが先に帰ってきたのかと思ってドアをあけた。
                 「……やあ、マカ」
                 「――――パパ」
                 「どうだい、ソウルの様子は」
                 玄関先で待ち構えていた父は、私の無言で差し出した砂埃にまみれたソウルを丁重に受け取り、ハンカチで綺麗にしてくれた。
                 「マカ、誰にも言わないって約束できるかい」
                 ソウルが付けた玄関ランプは暖色で、夜帰ってくるときにドアの隙間から見えると温かそうで嬉しかった。なのに今はわざとらしくて寒々しい。
                 「……なにを?」
                 見上げる父の身長はとても高くて、幼い頃に父の帰りを玄関先で待っているんだと頑張ったことを思い出した。あの頃よりはずっと近付いてる筈なのに、ちっとも届くような気がしない。
                 「パパがこれから話すことを」
                 優しい目をしている。大好きだったパパ。家に帰ってくるのを出迎えるのは私の仕事だった。
                 「――――――――内容にもよる」
                 その仕事を取り上げた女の人を、肝心のママよりも強く恨んだものだ。
                 「約束してくれるなら、これから少し話をしよう。ソウルのこれからの事だ」
                 いつもの調子のいい父の声ではなかった。威厳と格式を纏った“デスサイズ”の言葉なのだろう。
                 「いいわ。する。約束をするわ」
                 リビングに通し、お茶を入れた。ソウルはブラックコーヒーが好きなのでうちでは滅多に紅茶を淹れないのだけれど、時々飲みたくなるので少量のティバッグは置いてある。父は欧州あたりの血が入ってるらしくて、ママは日系の実家ではもっぱら紅茶を飲んでいたからだろうか。
                 「久しぶりだな、マカの淹れたお茶を飲むの」
                 カップに鼻を近付けて匂いを確かめる仕草。父の他愛もない癖を覚えている自分に少しイラついた。
                 「で、話って何」
                 実家では紅茶に砂糖を入れない。ミルクも。イギリスの本式ではたっぷり入れるらしいけれど、日系の母の『緑茶にそんなもの入れる人を見たことがない。故に紅茶もストレートが一番美味しい』という主張から、ストレートが家での定番になっている。
                 「……急かすね」
                 「当たり前じゃない」
                 その言葉に父がカップに口をつけないままソーサーに置いた。
                 「オーケー。では話をしよう。ぶっちゃけソウルを元に戻すってぇ話だ。
                 実際パパとママでコンビ組んでた時、マカみたいな状況になったんだよね。昔々の話だけどさ。
                 そのときのことは正直自分でもよく覚えてないんだ。ほんの一瞬だったような気もするし、永遠だったような気もする。……ママと後で検討して15時間くらいって話に落ち着いたけど、ママ自身も正確には覚えてない。なにしろママとパパが融合してたわけだから。別の人格が生まれてたのかもしれない。それは誰にも解らないんだ」
                 静かな部屋。時計の針の音が嫌に耳に付く。
                 「……それ、どうしてパパとママが分離できたの?」
                 「――――――――あー……えー……と……やっぱ、言わなきゃダメ?」
                 眉を顰めて伺うみたいな表情の父がいいにくそうに尋ねた。
                 「そこが一番大事なとこじゃん!」
                 ドン、とテーブルを叩く。ソーサーの上でカップとティスプーンが踊った。
                 「んー……ええい、もうわかったよ!言うよ!
                 ぶっちゃけます!マカが……ママの身体の中に生まれたからだよ」
                 「……はい?」
                 たっぷり二拍置いて、私は疑問符を投げかけた。
                 「だから!その数時間前に!愛し合ってたの!パパとママが!」
                 「――――――――ハァ?」
                 さらに4秒間をおいて返事。まだ父の真意を図りかねている私に、彼はついに自分で張り詰めていた緊張の糸を断ってしまった。
                 「〜〜〜〜〜〜〜〜うるせえな!ヤダよ俺だって言いたかないよ本人を目の前にして!娘を前にしてママとお前を作ってましたとか!何なのコレ拷問!?」
                 テーブルの下でばたばたと父の足が暴れている。スリッパがパタパタ間抜けな音を立ててフローリングを蹴っているらしかった。
                 ……ああ、愛し合ってたってそういう……
                 「――――ちょ、ちょとまってよ……つ、つまり、あたしがママの中に宿ったから、共鳴が崩されて元に戻ったってワケ!?」
                 「……そうだよ。有精卵が細胞分裂を繰り返して魂を持つのが大体20時間ぐらいって魂学の教科書にも載ってるだろ。あの基礎論文ママが書いたんだもん」
                 「……仕事の前にあんたら何やってんの……」
                 呆れる。
                 リアクションに困る。
                 これ以上ない脱力感にいっそ倒れてしまいたい!
                 「どひーあんまりなお言葉!……いや、だからこの話の本質はね……魂の共鳴をどうにかこうにか崩せればソウルは元に戻ると思うって事なんだけど……」
                 俺とママのことはもういいじゃないですか。若かったんだよう、許してください。父が顔を手で覆いながら覆い隠せぬ赤い耳をそのままに悲鳴を上げていた。
                 「……つまりそこいらの男捕まえて子供作ればいいわけ?」
                 頭痛がする。次から次へとショッキングな出来事ばっかりで、もう精神も脳味噌もギブアップ・タイムを遠に過ぎているって言うのに。
                 「と、とんでもない!そんな短絡的な解決法ゼッタイ許さんぞ!
                 そうじゃなくて、ソウルとの共鳴を解除するにはソウルと同化するくらい似た振動数になってるマカの魂を内側から揺さぶればいいって理屈だよ」
                 父がまだ赤い顔を上げて簡単そうに言う。ひどく冷たいことを。
                 「……つまり、ソウルとコンビ解消しろって?」



                 「さすが俺の娘、頭が並みの回転数じゃないね」
                 紅茶を啜る音が聞こえる。ずいぶん間を空けての返答だったから、きっとその間にカップを手に取ったのだろう。
                 「パートナーの居ない魔鎌は二・三人心当たりがある。ま、ソウルみたいに扱いにくい奴じゃないと思うけどソウルみたいなケレン味もねぇわな」
                 こういうとき、父はとても冷たい。リアリストの母よりも、シビアな私よりも、本当はずっとクールなのかもしれないと時々思う。感情的で涙もろい世話焼きの父の中には、どうにもならない現実と戦う冷徹なデスサイズという一面も確実に存在しているのだ。
                 その父が言う。魔鎌はソウルだけではないと。
                 「ハッタリもごまかしもソウルの個性だわ」
                 有能でなくても、癖が強くても、それが何よ、と胸の内で思った。私にパートナーを捨てろというの? と怒鳴りつけてやろうかとも思った。
                 もちろんそんな事はしない。
                 だって、武器の父が職人にパートナー解消を薦めるなんて事がどんなに苦痛か、考えなくたってわかったから。
                 武器は職人なしでは戦力にはならない。厳然たる現実。
                 「その通り。ソウルに比べりゃ面白かねぇ連中って話さ。……ま、ゆっくり考えな」
                 ぽん、と頭に手を置かれて父が部屋を出て行った。今日は特にちゃんと部屋にも窓にも鍵を閉めろと言葉を残して。
                 鉄のドアが閉まる。重苦しい音の後に鍵を掛ける。その後の静寂。
                 「……そっか、今日、ソウル居ないもんね」
                 自分の口から出た言葉にハッとした。
                 リビングにソウルが居るのに。
                 「――――――――あたし、死神様の部屋で言ったこと嘘じゃないよ。
                 アンタ以外とコンビなんか組みたくない。……でも、あんたが人間に戻らないなんて、そっちの方がヤダ」
                 物言わぬ鎌。
                 答えない赤い刃には、いつものギザギザ歯で垂れ目の男の子は映らない。
                 「コンビ解消しよっか」
                 ぽつりと言葉を零した。
                 コンビ解消、ということは、今まで積み上げてきたソウルとのノウハウを全て捨てるということだ。つまり私は次のパートナーが決まるまで校外授業を受ける資格すらない全くの無能ということになる。
                 消えたクロナのことが気に掛かる今、ソウルを失うことはこれ以上ない痛手だ。
                 そんなことは百も承知の上で……それでもあんたが居なくなるなんてまっぴらなの。
                 「いい鎌職人に拾ってもらいなさいよ」
                 ぐず、ぐず、ぐず。
                 涙が出てくる。
                 あっけない。
                 あんたと過ごした日々の重さが胸を締め付けるのに、こんなに簡単に終わっちゃうなんて。
                 「なんかヘンだね、まるでペット捨てるみたい」
                 無理に笑う。
                 鎌は何も答えない。
                 ただ静かに壁に立てかけてある。物みたいに。
                 あたしはそのそばにしゃがんで、ただぐずぐず言う鼻をすすり上げてる。
                 「ねぇソウル、アンタあたしのこと好き?」
                 リズと話をしたことがある。
                 「パパがママを独り占めにしたかったみたいに、好き?」
                 リズは言い切った。
                 「だからあたしと一緒になっちゃったの?」
                 私は誤魔化した。
                 「だから何も言えなくなっちゃったの?」
                 分からなかった。それはもしかしたら今も。
                 「明日、死武専行ってパートナー登録抹消してくる。そんで、しばらくは多分、キッドくんか死神様の持ち物になるんだと思う。……私に新しいパートナーが見つかってその人と上手く共鳴できたら、戻れるよきっと。……戻してみせるから……それまでちょっと待ってて」
                 鎌は何も答えない。静かに鈍く輝き、その雄姿を湛えたまま。
                 「……最後くらい答えろ、馬鹿」
                 もしも、あの時分かっていたら、こんな事にはならなかったんだろうか?
                 「何とか言えったら」
                 でも分からないの、この気持ちの名前なんて。



                 「共鳴の解除……」
                 死神様のかすれた声。
                 「やってみる価値はあるでしょう」
                 父の真面目な、でも少しおどけたような喋り方。
                 「……まぁ、あのレベルまで融合しちゃうような職人はたいてい元々いろんな武器と共鳴できる熟練者ばっかりだから、内側から振動数を変えることなんてのは不可能に近いわけだけど……かなりの冒険だねソレ」
                 「幸いマカもソウルも若い。やり直しはきくはずです」
                 「……ソウル君の意見も聞かずに?」
                 「――――――男の子ってのは、どうにもならない挫折を何度も経験しないと男にはならないんですよ」
                 父が溜息混じりに笑って言った。今はその気楽さが頼もしくさえある。
                 「……マカちゃんは納得してるの?」
                 「――――――――それは、本人に直接聞かれてはどうでしょう」
                 はっとした死神様がこちらを振り向いて、私の名前を呟いた。
                 「…………マカちゃん」
                 その呟きに混じっている哀れみが煩わしくて、それなのに嬉しくて、なんだかむず痒い。子供扱いされていることが分かるのに腹が立たない。
                 「直接持ってきました。パートナー解消の書類です。受理して下さい」
                 まだ笑うことは出来ないけれど、胸を張る事は出来る。
                 「本当にいいのかい。魂の振動数を変えるなんて並大抵の努力じゃ出来ないことだよ? 下手をすればもう二度と誰とも共鳴できなくなる。……それに、本当にソウル君が元に戻るなんて奇跡に等しいことだ。スピリット君の事例は本当に特殊なんだから」
                 だってこれで終わりじゃないって知ってるから。
                 「解っています。でも、1%でも可能性があるなら家にソウルを立て掛けておくより私はそっちに賭けます」
                 ねぇソウル。家でベッドにもぐってシクシク泣いてるなんて私の柄じゃないでしょう? あんたなら言うわよね、立て!歩け!外に出ろってさ。……今なら分かるよ、あんた、あれ、自分にも言ってたんだね。
                 「ね。うちの元かみさんにソックリで頑固でしょ」
                 「自分の職人としての未来を捨てることになるんだよ」
                 呆れを含んだくすくす笑いの父とは正反対に心配げな死神様の素振りが、可愛いなと思う。
                 「構いません。ソウルがそれで元に戻るなら」
                 リターンがあるならリスクなんか何にだってある。怖れていては何も始まらない、まずは飛び込んでみること、それから先はその後考えるわ。……なんて言うと、いつもソウルに怒られるんだけど。
                 「――――――――死武専の校長としてそんなリスクの高い申請は到底受け入れられない……けど、ワタシがダメだって言った所で勝手にやっちゃうんでしょ」
                 「はい」
                 「ここじゃないとこで聞いたらいい返事なんだけどね……」
                 溜息。死神様の優しい気持ちが嬉しかったけれど、ここは譲れないんだもの。
                 「マカ」
                 父が私を呼ぶ。ソウルが私を呼ぶように。
                 「ソウルのことを愛してるか?」
                 「――――わかんない。でもかけがえのない世界一のパートナーだと思ってる」
                 これが今の精一杯の返事。これから先が在るのかはどんなに考えても答えが出なかった。
                 「……そっか。んじゃ、マカの愛が奇跡を起こすかもな。ママの愛は俺を人間に戻したから」
                 「その愛をケッポッて家出た人の台詞じゃないわね」
                 「うぐぅ……」
                 渋い顔で唸り声。油断しないでよパパ。私、まだ許したなんて言ってないわ。
                 「マカ=アルバーンくん」
                 「はい」
                 「ソウル=イーターとのパートナー解消の書類、確かに預かったよ」
                 死神様がファイルを私の頭の上に高々と掲げる。もう取り返せない。
                 「……はい。」
                 そのファイルに目もくれず、死神様の仮面にあいている空ろな三つの穴を見据えて返事をした。



                 振り向いたってしょうがない。
                 私には翼もないし、水の中で呼吸も出来ない。その代わり、鳥も魚も見たことのない景色を探しに行ける足がある。
                 ……ねぇソウル、いま少しあんたの魂が見える気がするよ。
                 心配そうに困った顔してるでしょ?
                 「――――――――相変わらず細かい男ね。そんなんじゃ次の職人見つからないよ」
                 手を離す。
                 馴染んだ柄から。
                 あんたが好きだった手袋もキッドくんに預けたからね。
                 「……いいのか、マカ」
                 黒髪に三本線が流れている。そのトレードマーク、嫌わないでね。かっこいいよ。
                 「書類上はもうパートナーじゃないし、いいも悪いもないじゃん」
                 別れの言葉みたいだから、言わないことにした。
                 「書類などどうにだってなる。おれの言いたいのは」
                 強い口調を阻むように見得を切った。
                 「私は世界一の魔鎌職人になる女よ!武器を選ぶなんて二流だわ!」
                 腕を組んで、足をバーンと大きく開いて仁王立ち。
                 「ひゅぅ、カーックいい〜」
                 パティがいたずらっ子の男の子みたいに唇を尖らせた。
                 「……好きだったんだろう、ソウルが」
                 沈んだ声でキッドくんが囁く。……相変わらず、繊細だねぇ。
                 「キッド、ソウルの前で不細工なこと聞くな。クールじゃないぜ」
                 嗜めるようにリズがキッドくんの襟首を掴んで揺すった。キッドくんがムッとして視線を上げ、パティが真似しそうになる手をグッと掴む。その様子がまるっきり家族みたいで、微笑ましい。
                 「――――さぁ。どうかな」
                 笑って言葉を濁し、三人と握手をして別れた。少しブラックスターと椿ちゃんの動向を聞こうと思ったけれど、一つ星職人にあるまじきクラス落ちをした引け目もあって尋ねるのをやめた。

                 ソウルを託して、それから後は父の紹介で三つ年上の魔鎌の先輩とコンビを組んだ。年上の女の人と組むのは意外と難しくて、ずいぶん気を使ったり難儀をしたけれど、二ヶ月半かかってやっと共鳴できた。ソウルと共鳴するのに4ヶ月掛かったのを考えると、ものすごいハイスピードなのだけれど。
                 ソウルはまだ鎌のままでキッド君のコレクションルームに飾ってある。
                 つまり私は自分の魂の改造に失敗したのだ。
                 死神様曰く、もう時間が経ちすぎて私の魂とほぼ完全に同化してしまっているソウルの魂は、私自身と何ら変わらぬ物になってしまっているそうだ。
                 「新パートナーはソウル君の混じったマカちゃんの魂と共鳴できてる。つまりそういうことさ」
                 必死の努力の甲斐あって元のクラスに戻った時には、キッド君とブラックスターを含む数人のクラスメイトが居なくなっていた。もう一つ上のクラスに行ったのかな。それとも二つ星職人に昇格したんだろうか?
                 「不肖マカ=アルバーン恥ずかしながら戻って参りました!またよろしく!」
                 拍手がして、新顔の先生が席に案内してくれた。懐かしい席に座る。……隣には白髪の赤い目の男の子は居ない。紫色のざんばら髪の女の子も居ない。
                 でも私は戻ってきた。全てを取り戻すために。すり抜けていく未来を掴むために。
                 諦めない。
                 ソウルも、クロナも、全部。

                 ――――――――いくよ、ソウル。



                11:25 2008/12/04

                 


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