君に花を贈るのに何か理由がいるのかい。
リズ と キッド と パティ のはなし
1
てなことを、キッドが言うんだよ。
ぐるぐる目で。
「……またヘンなもん食ったな?」
二人の襟首を捕まえて洗面所に連れてゆき、洗い桶に二人の顔を突っ込んで背中をバシバシ叩いた。……ナニが悲しゅうて土曜の夜にこんな事しなきゃならんのか。
「お、おねーちゃん!く、首絞まってるぅー!」
「吐け。おらパティ、お前もだよ。吐きな。吐きなさい!……あっお前らの口なんかヘンな匂いする!また死神様の部屋に忍び込んだんだろ!あすこにゃチョコレートもブランデーもねぇよ!」
「やめんか!ボタン飲み込んだ幼児じゃあるまいし!」
「三歳児だっていっぺん怒られたら懲りるわ!ほら!吐け!吐かんか!」
びしばしドツきまわして、やっと観念したのか二人が喉の奥に指を突っ込んでげぇげぇ吐き始める。
「……うぅ……せっかく苦いの飲んだのにぃ……」
「だからおれはやめようと言ったんだ」
「キッドも唆されてんじゃねぇよ」
二人を小突きながら現場検証に向かった。案の定、死神様の研究室に入ってゆく二人。……ったく、キッドの野郎、普通は良い子なのにパティになんか吹き込まれるとすぐ乗っちまうのが悪いとこだ。
「……この瓶ラベルが……読めないな、何だこの字」
「抑制相殺薬、と魔女文字で書いてある」
バツが悪そうにキッドが眉を下げて小さく注釈をつけた。
「なんだそりゃ」
「つまり感情の、その、抑制を解く薬だ」
「……なんでそんなもん飲んだんだ?」
訊ねると、隣りで大人しくしてたパティがキッドの頭を押さえつけて左手をぶんぶん振り回した。……いいって、そんな無駄なオーバーアクション。
「あ、はいはいはーい!キッドくんの口から言うのは気まずいんであたし代弁〜」
「はーいパティさん」
呆れて指差すとパティが度肝を抜くような事をさらっと言ってのける。
「キッドくんねぇ、おねーちゃんが好きなんだってぇ。でも恥かしくって言えないからー、お酒飲んだ勢いでって思ったんだけどねー、見つかんなかったからぁ、それを代わりにィー」
アタシは額に手を当てていわゆる『あちゃぁ』のポーズでまだ続けようとするパティの言葉を遮った。
「……ごめん、お姉ちゃんパティの言ってる意味がよくわかんない」
「んもー、だからぁ、キッドくんが!おねーちゃんとエッチしたいのよう!」
ぶは。
思わず吹き出した。
キッドが。
「わーばかばか!そこまでは言ってないだろう!勝手な捏造するなパティ!」
慌ててキッドがパティの口を塞ごうとする。
「えー、でもだってつまりはそういう事でしょー? コクハクってさぁ」
そいつをスルリスルリとかわしたパティが頭の上にでっかいはてなマークを浮かばせている。
「ええいお前の頭のフリーダム具合をスッカリ失念しておったわ!」
「あっひっどーい。この薬見つけたときキッドくんノリノリだったくせにィ!」
「それ以上にお前がノリノリだっただろうが!おれの口に瓶を突っ込んだのを忘れたとは言わさん!」
まだ他愛もないケンカを続ける二人を蚊帳の外に追いやられたアタシがボーっと見ている。……あ、アホらし……
「……まあ、経緯はともかくこのことは死神様にキッチリ報告するから。正座の練習でもしてろよ二人とも」
付き合ってられんと、くるり背を向けたのはやはり不味かったのかもしれない。
「スパイに重要機密を握られてしまった!捕まえろキッド二等兵!」
「何故おれがお前の部下なのか突っ込みたいがイエッサー!」
恐るべき反応速度で上半身がパティ、下半身がキッドと、急にしがみ付かれて思わず倒れこんでしまった。
「わー、薬棚の前で暴れるんじゃない!倒れてきたらどうするんだ!劇薬だってあるんだぞここ!」
「敵前逃亡の為リズ少佐の身柄を拘束するであります!」
アタシの両腕を掴むパティの目がぐるぐるになっていた。もちろん腰にしがみ付いて両足を封じ込んでいるキッドの目も依然ぐるぐるだ。ヒィ〜!
「て、敵前逃亡ってなんだよもう〜。ふざけんのも大概にしとけよ二人とも!そろそろ怒るからな!」
ジタバタもがきながら声を荒げるアタシの腹の上でキッドが叫んだ。
「そうだリズ!まだ返事を聞いてないぞ!」
「あー? 何のことだよぉ!? つかどこ触ってんのキッド!」
「キッド二等兵!ゆーちょーな上官殿はまだ状況を把握されておらん!お教えして差し上げろ!」
「……しかしパティ軍曹!自分にはその勇気が今ひとつ出ません!」
「ばかものぉ!それでも軍人かぁ!歯を食いしばれぇ!粛清してくれる!」
「わー!ストップ!ストォップ!お前らの戦争ゴッコは分かった!把握した!だからとにかくどいてくれぇ!」
ぐるぐる目のパティが振り上げた拳がキッドの顔面に狙いを定めたのを振りほどき、とにかくこの馬鹿馬鹿しい状況を打破せんと立ち上がりたくても、さすがに子供二人が本気で抵抗する力を振りほどけるほど乙女にパワーはない。
「敵からの停戦申し入れでありますパティ軍曹!」
「うむ、自己犠牲を由とした見事な作戦勝ちだキッド二等兵!貴様は現時刻を以ってキッド上等兵に格上げとする!」
……まだ続くのか? お前らの軍隊ゴッコは。一体何の漫画読んだんだ……
2
「……ここまでして笑い事で済ませて貰えると思うなよ……!」
よくは解らんが、とにかくアタシは捕虜という事になったらしい。どっから出してきたのか、長いロープで両手両足を縛られてベッドに寝転がされている。
「反抗的な態度ですパティ軍曹」
「うむ。では軍法会議を開廷する。有罪。閉廷」
「東京裁判よりもひどい判決を初めて目の当たりにしましたパティ軍曹」
「ばかな。>>13を最初に読んだ我輩のドキワク感からの失望を思えばこのくらい」
「どんだけソウマカ好きなんですかパティ軍曹」
「そんなことはどーでもいい!
今問題はこの捕虜の処遇である!内通は重罪、何か妙案はないだろうかキッド上等兵。おねーちゃんをキュウと言わせるチャンスだよ!」
いつものキャハハ笑いがこんなに恐ろしいとは。過去シバいた連中もこんな気分だったのかな。アタシは上手くまとまってくれない頭の中でぼんやりそんなことを考えた。
「ではお約束のエロ拷問は如何でしょうパティ軍曹殿」
「さすが思春期真っ盛りだキッド上等兵。考える事が無駄にいやらしい」
「恐縮です」
お前馬鹿にされてんだぞ、本気で照れてる場合かキッド。
「……せめてエロか拷問かどっちかにしてくんねーか……」
ぐるぐる目の二人にずいずいと迫られ、ほんとになんだかやばい雰囲気。特にパティは加減っつーのをしないからなぁ……キッドの謎の勢いも怖いものがある。……逃げよう……
「ようし、わかった。とにかくこの手と足を解きな? 話次第では死神様に上手く取り成すことも吝かではないよ?」
猫なで声で、キッドに視線を定めてそう言う。こういう時は揺り幅のデカい奴から篭絡するのは兵法の基本!……影響されてんなぁアタシ……
「うっ」
「キッドは良い子だもんな? 本当はこんな事したくなかったんだろう? アタシには解るよ。悔い改めて罪を償うんだ。今ならまだ間に合うとも。さぁキッド、ロープを解いておくれ」
「……うううう……」
ぐるぐる目のキッドがだらだら汗をかいている。葛藤でアタシの腕を押さえつけている手に少し力が失われた。……うし、もうヒト押し!
「今ロープ解いてくれたら寝るまでずっとよしよししてやるよ」
「騙されるなキッド上等兵!そいつぁヒレツな罠だよッ!死神様寝室潜入作戦のことを忘れたの!?」
パティの声にはっとした顔でキッドが抜きかけていた力を両手に込めた。……チッ!いらんことを!
「……そうだった……危うく色仕掛けに騙される所だったわ」
「前だっておねーちゃんが間に入ってくれるって言ったから素直に自首したのに全っ然!助けてくんなかったじゃん!ダメだよ、おねーちゃんは敵の情婦なんだから!」
「ひ、人聞きの悪いことを言うな!つーかパティお姉ちゃんをそんな目で見てたのか!? 泣くぞコラ!」
「これで解ったでしょ!スパイに情けをかけちゃダメなの!
さぁてリズ少佐? 貴官には最早逃げる術はないぞ。観念してエロ拷問を受けるがいい!」
ニヤニヤ笑いながらパティがGパンのボタンを外してジッパーを下ろし始めた。おいおいおいおいおい!!
「ちょ、ちょ、ちょ……!ストップ!やめろ!コラパティ!洒落になんねぇっておい!ズボンずらすなバカ!やめろ!やめろっておい!ちょっとキッドお前も止めろよ!冗談キツいぞおい!」
じたばたじたばた身体を揺すってもがくアタシの腰からズボンの感覚がどんどんなくなっていく。ああっやだやだやだぁ!!
「なにぼやっとしてんのキッド、セーター脱がしちゃいなよ。解剖♪カイボー♪」
「し、しかし……嫌がってるぞ?」
そうだっ!いけキッド!がんばれっ!パティの暴走を止めるのは君だっ
「喜んでたら拷問じゃないでしょ!いいからやっちまいな!今日お姉ちゃんのブラジャーはフロントホックだから取りやすいハズだよ!」
「ふ、ふろんとほっくってなんだ?」
「胸の谷間んとこに留め金があるブラジャーの事だよ。童貞にも外しやすい親切設計なのさ」
わー!わー!ばかばかばか!子供に何てこと教えてんだよ!
「勉強になるなぁ」
何の勉強だオイ!お前にゃまだ早い!お子様は水着アイドルの乳でも見てろ!
たどたどしい指がセーターの裾をめくり、するすると登ってくる。ひえぇぇぇ!
「キッド待て!ストップ!ウェイト!それ以上はダメだ!いかん!やめなさい!それ以上やるとほんとマジでイカるぞ!ぶん殴る!ほんとだぞ!やめろ、だめだ、やめ……やめてぇ!」
首をぶんぶん振ってどうにか逃れようと足掻くのに、キッドの手はじっくりゆっくり確かめるようにアンダーウェアごと赤いセーターを持ち上げる事を止めはしない。
「ふふふ、どうだキッド上等兵。こういう趣向は嫌いではあるまい?」
「パティ軍曹、自分はなんだか変な趣味に目覚めてしまいそうです」
「やだぁ!やめてぇ!はなせー!こらー!ばかー!」
ひんやりした外気に肌が触れて、ゾクゾクした。暴れすぎてうっすら汗をかいていたのもその一因かもしれないけれど、やっぱ裸の自分の目の前にいつもの顔があるというのが一番のような気がする。
「おおー。これがリズのおっぱいかー」
「お姉ちゃんの胸って形が整っててキレーでしょー。んじゃー今度は下半身ねー」
「ギャー!!やめれー!!それだけは、それだけはダメー!もうお願いやめてぇぇぇ!」
「んふふーダメー。そーれご開帳ー!」
ずるりん、と腰に最後に引っ掛かっていた下着ごと膝の辺りまで一気に下ろされてしまった。
「きゃあぁぁぁぁぁ!!うそお!? やだぁあぁぁ!!キッド見るな!見るな!見るなぁぁあ!」
渾身の力を振り絞ってジタバタジタバタ暴れまくる!もう力のセーブなんかやってる場合じゃない!全身全霊込めて暴れまくってやる!!
3
そう思うのに、両腕には絡まったセーター、膝には硬く縮められたGパン。そして足先にパティの体重、縛られた手首はキッドの腕でベッドにガッチリ縫い止められている。唯一自由に動く腰でさえ、一糸纏わぬ今となってはベッドに沈ませる以外に隠しようがない。
「お姉ちゃん下の毛濃いー。やーらしー」
「おー。やはり髪の毛と同じ色なんだなー」
「ひぃ〜ん……なんてことすんだお前らぁあぁぁ!もー怒った!断然怒った!こーなったら変身してやるゥ!」
怒りに反応して肌が光る。淡い桃色の光が全身を包み……
「いーけど、変身解いたらもっとすんごい事になるよ? 具体的には椅子を使ったM字開脚に」
「M字開脚ってなんだ?」
「だからこう、椅子の足に人間の足をくくりつけて、無理矢理開かせんの」
「……そいつは変態的だな」
「コレくらいで変態なんて言っててどうすんの?」
何だバカ野郎!聞き捨てなんねぇなコンチクショー!
「ねぇキッド。足の親指と親指の間、見たくない?」
「……いや、その、なんだ。後学の為に是非拝見したい」
「ひっ……!」
「じゃあキッドくんに女性の神秘を講義してあげましょー!……すると、足を上げさせないといけないねぇ……あ、あすこのシャンデリアにロープ吊って……端をベッドの宮に通して腕のロープと結ぶか」
まるでテントでも張るかのようにパティがキッドに命じてアタシの身体を押さえつけさせ、シャンデリアにロープを引っ掛けた。
……ちゃんす!集中力が散漫なキッド一人なら跳ね除けられるッ!
パティがベッドを離れた瞬間に、アタシはぐいっと身体を捩って全力で身体を起そうとした……が、二人に押えられてたときの二倍くらいの強さでベッドに押し付けられているような錯覚さえ起きる凄まじい圧迫感がアタシの魂の上に乗っかっている。
「リズ、無駄な事はやめろ。身長差を補って余るほどの力量がある事を忘れたか? 下手に暴れてパティの機嫌を損ねたら嫁に行けん身体にされるぞ……案ずるな、隙を見て逃がしてやる」
切れ長の目が痺れる低い声を響かせて、耳元で唸った。自分の耳に押し付けられているキッドの冷たい耳が異次元みたいでヘンな感じだ。抱きしめられてる腕は細くて、どうしたらこんなすごい力が出るのかサッパリ解らない。
「お、おまえ、正気か? い、いつから」
「正気というのは違うな。この薬は飲んだ人間の一番抑制されてる感情を解く作用がある。パティは普段リズに遠慮してる部分が開放され、おれは普段戒めてる……その、なんだ……せ、性的欲望が……開放されてるだけだ。二人とも最初から正気だよ」
「尚最悪だろそりゃ!一ミリも救いようがねぇ薬だなオイ!」
「魔女の薬なんてそんなもんだ」
「ちょっとー二人だけで愛語ってんじゃないよー? あたしも混ぜてよぅ!」
パティの声が聞こえて、足首を縛っているロープがぐいいっと軋む音を立てながら持ち上げられる。
「あわわわわっわっわ!あわわ!!」
シャンデリアがぎりぎりぎりぎり嫌な音を立てている。ゆっくりゆっくり両足が持ち上がっていく。なんだなんだなんの変態プレイだこらぁ!!
「あんまし力入れたらあのシャンデリアおっこっちゃうからね? お姉ちゃん」
「ひっひぃぃぃぃ!やめろ!パティ!ちょっと、ほんとマジで……ッ!
やめて!やめて!こらばかキッド!やめさせろオイ!ナニ期待に満ちた目で太ももに釘付けになってんだテメェ!」
「リズの足ってムチムチしてて……実にエロいなぁ」
うるさい!どうせパティよか胸はちっさいのに足は太いよ!ほっとけばか!
「やぁ〜もうお願い〜やめてよぉおぃおぃおぃ……こ、こんなかっこやだぁ!恥かしくて死にそーだー……!」
高高と足が上げられ、腕はピンと伸ばされて、ロープが一本に括り付けられた感覚があって、最早身動きが取れない。少しでも力を入れて身を捩ろうものならシャンデリアが嫌な音を立ててゆらゆらと揺れるのだから。
ぼろぼろ涙が出てきた。ああもう情けない、何だこんな格好!最悪!最悪!こんなんなら薬中のバカどもに犯された方がずっとマシだ!
「見ないで……!キッド、お願い、見ないで……!」
声が震える。息が切れる。呼吸が上手く出来ない。本気でヤダ。あの金色で切れ長の目がバカみたいな格好で身体を折り曲げている自分を見てるのかと思うと涙が止まらない。
「ほいほい。ではパティ教授の女体の神秘講座〜」
「わーパチパチパチ」
ノリノリかキッド!テメェ覚えてやがれ!!絶対、絶対にぶん殴ってやるぅぅぅぅ!
「えー、今見えてるこれが大陰唇でーアリマス。で、この奥にあるぴらっとなってんのが小陰唇。で、ここが尿道で、このぷくっとなってんのが陰核。いわゆるクリトリスですな」
「ハイ教授。クリトリスってのは医学用語です」
「あ、そうなの? 知んねーよ。あたしが知ってんのはお姉ちゃんが夜ここ弄んのが好きなこととー」
「ななななななな!!」
上手く声にならない。何、ナニを言い出すんだパティ!つかお前起きてたのかよコノヤロウ!
「弄りながらキッドキッドっつってうっせーことかなー」
「ぎゃああああああああああ!!」
「ヨカッタネ、キッド。両思いで」
「……なんだろう、この言い表せないほどの複雑な気持ちは……」
「ぎゃああああ!もうしぬ!死ぬ!舌噛み切って死んでやるぅぅぅ!」
シャンデリアもM字開脚も知ったことか!もうダメ!もう限界!もう死ぬしかねぇぇぇぇぇ!!
4
「わぁぁぁ!あ、暴れるなリズ!落ちる!マジ落ちるから!シャンデリア落ちたら皆来るぞ!執事長なんか飛んで来るぞ!そうなったらおれたち3人身の破滅だ!落ち着け!落ち着け!
じ……自慰なら!お、おれだってしてる!全然恥かしい事じゃない!大丈夫だ!落ち着け!」
「あははははー。キッドくんドサクサに紛れてスゲー発言〜」
「のん気に笑ってる場合かパティ!足押えろ!リズが引き付け起こしてる!」
そこまでは覚えている。でもその後ふっと周りが暗くなった。無理な体勢で押さえつけられて呼吸もままならないから酸素が足りなくなってブラックアウトしちゃったんだろう。
情けない話だ。
いちおーお前らのお姉ちゃんなんだけどな、上手くいかねーや。
死神様には悪さをしたら叱っていいって言われたけどさ。アタシもそんな大層な人間じゃないし、どっちかっつーと甘やかしちゃうタイプだからなぁ。パティもそーやって育てちゃったし。
イタズラばっかする二人も、それはそれでかわいいなぁと思う。
パティがアタシ以外の人に懐いたのはキッドが最初だし、キッドが屋敷の人間以外に心を許したのもアタシら姉妹が最初らしいって話を庭師さんに聞いた。……だからってちょっと甘やかしすぎたかな……
「……ん……」
ぼんやり目が覚めて、自分の手と足に結ばれてたロープの感覚は最早ない。服もきちんと着ているし、丁寧に毛布までかけられていることを確かめ、ズキズキ傷む頭を少し持ち上げて片目の瞼を開いたら。
「あっ、あっ……あっあんっあっ!」
真っ赤な顔で喘いでるパティが見えた。
かきん。そんな音が耳の奥で聞こえたような気がする。そのくらいどうしょうもなく身が凍った。短い髪がゆらゆら揺れて規則正しく左右に動いている。
「キッド、キッド、キッドぉ……!」
聞いた事もない甘く切ない声がパティの、あのパティの唇から漏れている。
ぐじゅ、ぐじゅ、ぐじゅ、ぐじゅ……泥を踏むような水音。粘性の高い物が二つぶつかる音。その音だけで胸がひどく高鳴ってズキズキ小さく痛んでいた頭にガンガンひどい騒音が鳴り響く。
ゆっくり、ゆっくり、せめて動く目玉だけをギロリと下へ動かした。アタシは寝そべっているので、つまり左の方へ、ということだが。
パティの白い肌と同じくらい白い肌の誰かの腰が見えた。パティに打ち付けるように動く、誰かの腰が。
「呼んだか? パティ」
その誰かは優しくそんな風に問い掛けた。アタシはこの声を知ってる。忘れたくても忘れられない、この声の主を。
「もっと、もっとぉ……もっと、してぇ……!強くして、強く、もっとぉ!」
「……まったくお前はわがままだな」
「らってぇ……きもちいーんだもん〜キッドくんのおちんちんきもちーんだもん〜〜!」
「は、はしたないことを言うんじゃない!」
「でもエッチなこと言うとキッドくんおっきくなるよ? 言って欲しいんでしょぉ?」
「〜〜〜〜ッ!息もさせん!」
胸がドキドキドキドキ暴れ狂ってる。全身水でもかぶったみたいに汗が噴き出して、額も首も足の裏もぬるぬる滑って気持ち悪い。なのに身体は錆び付いたみたいに動かなくてものすごく疲れる。
たん、たん、たん、たん、たん。肌を叩く音。しゃっくりみたいなパティの呼吸。はぁはぁと男っぽいキッドの吐息。……ああ、やだ、やだ、やだ!見たくない!聞きたくない!ここに居たくない!!
なのに目は釘付けになったみたいに顔の見えない二人の身体から逸らせない。闇に薄ぼんやり浮かぶ白い肌、漆黒の背景に飛び散る汗、窓から差し込む頼りない月の光がやたらに憎かった。
「あっ、あっ、あっ!あっ!ああぁ!あ、あー!あー!あーっ!」
瘧のようにパティが身体を細かく震わせたかと思うと、突然視界にキッドの顔が入ってきた。パティの身体に沈み込むように倒れ、それでも二人の身体はまだ艶めかしく動いたままだ。
「どうしたパティ、強くした途端にそのザマか? おれをイカせてくれるんだろう?」
「あっやっやだ、やだぁ、やだ、あっあぅあぅぁうっぅぅぅぁぁ〜……!」
大きなパティの胸がつぶれ、キッドの薄い胸板を抱きしめている。強く、強く、強く。
瞼を閉じられないならせめて、と視線を逸らそうとした瞬間、金色が見えた。
弱い月の光に照らされた二つの金色の瞳が、アタシの視線と確かに絡んだのだ。
「!!」
お互い声など出ない。心臓が止まる。息が止まる。世界が止まる。
その一瞬みたいな永遠の時間を打ち破ったのは、パティの蕩けるような悲鳴だった。
「あっ!やぁだぁ!キッドくんまたおっきくなったぁ……もうだめだよ、これ以上おっきくしないでぇ……あたし壊れちゃうからぁ〜!」
ぐじゅ、ぐじゅ、ぐじゅ、ぐじゅ。泥を踏む音。鼻水を啜るような。
ぐじゅ、ぐじゅ、ぐじゅ、ぐじゅ。ベッドが軋んでいる。振動でおかしくなりそう。
「いく、いく……!いっちゃう……!」
「イけ!パティ!存分にイけ!!」
「うん、いく、いく、いくよぅぅぅ〜〜〜!」
がくん、と振動が収まったかと思った。でもそれは一瞬で、頬を打つ様なパシパシという音が何度も響いてキッドのうめき声とパティの嬌声が小さく上がって……あとは、大きな二人分の呼吸。
長いような、短いようなため息と息切れのデュエットが収まったと気付いたのは、いつもの声のキッドが声を掛けたときだ。
「……リズ」
最初、寝てる振りをしようと思った。返事をせずに、寝てる振りを押し通そうと思った。
「……起きているんだろう?」
キッドの声は普通で、なんでもなくて、教室に居るブラックスターに話し掛けるみたいないつもの調子だった。アタシはそれが何だかワケもなく怖くて、ただ小さく縮こまる。
「少し前に……二人で父上の部屋から持ち出したワインを飲んでて……まぁ、こうなった。パティは冗談半分だったと言うけどな、やはり責任は取ろうと思ってる」
「……へぇ」
5
胸が痛い。刺されたみたいに胸が痛む。声を出すのも億劫なほど。
「そいつぁ、オメデトウ。キッドが18歳になったら是非嫁にもらってやってください」
「ところがパティは頑なに『あたしは愛人でいい』と抜かすんだ。
おれがリズの事を好きで、リズがおれの事を好きで、パティはおれとリズの事を好きで、それで丸く収まると抜かす。……お前、コイツにどーゆー教育をしたんだ?」
「……すんません……アタシ何しろ学がないモンで……」
「――――――――――――軽蔑するか?」
長い沈黙。
何が言える?
少なくともアタシには何も言う言葉が見つからない。だってそうだろ、何を言えばいいんだよ?
「――――――おれを、見捨てるか?」
もう一度キッドが低い声で尋ねた。怖れが透けて見える。お前の悪い癖だ。
「見捨てたいね、いっそ」
そんなことできる訳はないのに、見捨てないとすぐに答えるのが癪で遠回りな言い方をした。少しぐらい、このくらい、意地悪したって罰は当たらないよなぁ死神様。
「アタシはこれでも意外に男関係真面目でさぁ!結婚するまで絶対清い身体で居たいワケ!そりゃパティにはパティの価値観があるさ。でもね、でもやっぱそんなの頭で解ってても府に落ちない!納得しろったって無理!酒に酔ってとか許せる訳ないよキッド!」
「……そうか」
「でも!」
小さく諦めたように呟くキッドの言葉に無理矢理被せた。
「……ほんとは違うんだ!パティにキッド取られたみたいですんげぇ悔しいの!今スッゴイ嫉妬してんの!アタシだめなお姉ちゃんだぁ〜全然素直に喜んであげらんないよォ〜!」
ぶわっと涙が出てきた。ああもう、情けない。なんだこれ、もう、ワケわかんねぇ!
「キッド〜アタシのこと捨てないで〜アタシだって愛人でいい〜セックスだって別にしなくていいからぁ〜側に居たいよぉ〜」
だあーっと涙が噴き出す。鼻水だって出てくる。冷や汗も止まらない。干からびちゃうんじゃないかってくらい体液が大フィーバーしてる。
「す、捨てるか!お前達に捨てられる訳ならまだしも、おれがお前たちを捨てる訳が解らん!」
「だ、だってぇ……アタシ達銃じゃん? 鎌にはなれないんだもん〜!いつか捨てられるんでしょ〜?」
「……ばかな。父上だっていろんな武器を持ってるじゃないか。おれがメイン武器を銃にして何がいけないんだ?」
「だ、だって、アタシら、鎌特有の退魔効果ないじゃん〜」
「……それはソウルが頑張ってくれる。お前たちがその生を全うするか、おれを捨てる日まで……おれのメイン武器はお前たち姉妹だ」
アタシはあの日を幻視した。
目つきが悪くて身なりのいいガキがひょこひょこ一人でブルックリンの裏路地を歩いていたあの日を。パティを突きつけ、いつもの様にあり金全部出せと脅したあの日を。
死神様じゃなくて、神様ってのが居るのなら……あの日あの時、この子を脅すのを止めさせないでくれて本当にありがとうよ。
「うん……が、頑張って、デスサイズになるよぉ……死ぬ気でなるからぁ……!」
絶対になってみせるから……捨てないでねぇ……!アタシはやっとの事で掠れる声を絞り出してそう言った。誓いのように。
「……期待している」
優しい声がして、力強い声がして、アタシはなんだかほうと溜息を吐きたいような気分。
「――――――隣に行っても、いいか?」
キッドのセリフに返事もせずに、ずるずると身体を引きずってアタシは二人の側に身を寄せた。冷たい二人に毛布をかける。二人がアタシに掛けてくれた毛布を掛ける。
「キッド、コレだけ守って。アタシ達のどちらも一人にしないって。二人とも平等に、公平に、シンメトリーに扱って。パティだけ贔屓しないで、アタシだけ除け者にしないで。パティだけ死地に連れてかないで。アタシだけ庇ったりしないで。三つで一つ、それだけは約束して。それだけ守ってくれたら……アタシ達姉妹は地獄の底でもキッドに付いてく」
アタシの長い台詞をキッドがフン、と鼻で笑った。
「一体誰に向かって言ってる? 任せておけ、世界をバランスよく美しいシンメトリーにしてやる。お前たちを世界の中心に据えて、最高の左右対称にな」
頼もしいな、とアタシが笑う。
さすがキッドくん言う事が違うね、とパティが笑う。
よせよせ、煽てても何も出んぞとキッドが笑う。
「…………」
「…………」
「いよっ。丸く収まったみたいだねぇ」
『いつの間に起きてたんだお前は!!』
「ウぉウ、うォう。音のシンメトリー!……ステレオ?」
「ぱぱぱぱパティ!……ど、どっから聞いてた?」
「ん? 全部。キッドくんにイカされた位で失神とかしないよー」
うわーさり気なくひどーい。
「でもやっぱさすが死神だねえ。生かすも殺すも気分次第ってカンジ。お姉ちゃんもしてもらってみな? この世の終わりと始まりが見えるよん」
「……し、信じらんない……パティお前……なんつうことを……!」
「あー、あと言っとくけどあたしキッドくんに処女切られたんじゃないからね? つかお姉ちゃんがバージンとかマジ引くんですけど。ブルックリンで処女とか絶滅種だと思ってた」
キャハハハハハ。気楽な笑い声がキッドのベッドルームに響いて、アタシとキッドが思う存分脱力したのは言うまでもない。
6
「ちうわけでキッドとお姉ちゃんの結婚式やりましょー」
「キッド、いいからもう殴れコイツ」
「いやだ。触ったら致命的な何かが染る気がする」
パティの目はいまだぐるぐる。キッドの目はさすが死神、毒物をスッカリ無効化してしまったようで、元に戻っている。
「はいがっちんこー。キッド!ホラ、下半身ホールドして!逃げちゃうよ!」
「リズは結婚まで清い身体を守るそうだぞ」
「はぁぁぁ〜? 夜な夜なあんたの名前呼びながら股濡らしてる女のドコが清い身体だぁ!構わん、許す!犯せ!精液で刻印してしまえ!どーせお姉ちゃんはキッド以外に股開かん!」
「……キッド、お前こそどーゆー教育してんだよ……こんなパティお姉ちゃん知らんぞ?」
「コレおれのせいか!? 断じて違うぞ!最初からこんなんだった!濡れ衣だ!」
「うっさい腰抜け!お前は同棲までしてんのにキスも出来ないどっかの魔鎌か? 押し倒せ!夢見てたんだろこのシチュエーション!男になれ!刈り取って貰いたがってる魂を待たせるなんてアンタそれでも死神!? バシッと決めてみせろ!」
宥め賺し威勢良く畳み掛けるみたいな口上。お前はなつかしのバナナ売りかなんかですか。
「……こいつ放っておくとヤバイ活動家とかになりそうだな……」
「ううう、パティ……お前一体普段何を抑圧してるんだ……」
お姉ちゃん情けなくって涙出てくらぁ!
「パティ、聞け。おれはその気の女を辱めるのは好きだが、本気で嫌がる女をどうこうするのは趣味じゃない。リズはこんなに嫌がってるじゃないか、濡れてもないところに突っ込むなんて下手しなくたって流血沙汰だ。そんな初体験おれだってヤだぞ」
キッドがなんとか切り抜けようと割と苦しい言い訳で、それでも冷静にパティを宥める。がんばれキッド!負けるなキッド!勝利は目前だぞっ!
「パンツ脱がしてみ。一切濡れてなかったらあたしも諦める。でもびしょびしょになってたら……いいね、キッド」
「えっ!? ちょ、ちょっとおい!」
再びアタシの腕がパティに押し付けられて動きが著しく制限された。確信に満ちたニヤニヤ笑いのパティの目が怖い。怖すぎる。
「…………下着を確認したらパティは納得するんだな?」
「約束する。おとなしく手を引く。……濡れてなかったらね」
「待てキッド、流されるな!むちゃくちゃだぞソレ!」
「他にどうやって納得させるんだ? 何度も言うけどこいつは正気なんだぞ」
そのワリにはえらい楽しそうだなテメェ!唇がヒクついてんぞボケが!
「アタシ結局キッドに恥ずかしいとこ見られるんじゃん!意味ないだろソレ!」
「上の方は見ない……し、下着を見るだけだ」
そっちの方が百倍針のむしろなんですけどぉおぉぉ!!
「そら、ぱ・ん・つ!ぱ・ん・つ!はっやっく!はっやっく!」
「煽るなぁ!!わっばかばかキッド!だめ、やめて!ばか!エッチ!やめろってもうイヤ!あほー!!」
ずるん、と引き摺り下ろされた下着。再び外気に晒される下半身。……もうどうにでもして……
「……ほら、それ、掬って見てみ?」
キッドの指が腿に触れる。細い指が肌に触れる触れるもどかしい痛痒感が腰をどうにかしてしまいそう……ああ、もう……!
「すっごいじゃん、ぱんつ糸引いてるよ……どんだけ期待してたんだよって話だよね。……どう? これでもまだ嫌がってるって言うわけ? キッド」
「あ、あほか!妹と男のセックスなんて衝撃的なもん見せられたらそら興奮するわ!せん方がどうかしてる!」
「だ、だが……リズの意思は尊重してやりたい」
「だーかーらー今から結婚式するんでしょー。ちょっと早回しで同時に初夜が来るだけだよー。モーマンターイ」
けらけらけらけら高らかに響くパティの声には全く罪悪感なんてものは存在しない。
「プロブレムあり過ぎる!やめて!アタシまだ心の準備が!」
「お姉ちゃんってここぞって度胸がないよねー。それってダメだよ、後ろ向きな自分を変えてみようとは思わないの?」
「ええい!処女喪失したら暗い性格が明るく変わるんなら世の奥様方はみんなポジティブシンキンじゃーい!」
アタシの必死の反抗に、こっちを説得するのは諦めたのだろうか。少し低い声を咳払いで整え、キッドの方に改まって向き直ったパティが口を開いた。
「……どうキッド。する? しない? アンタの胸先三寸で全部決まるけど。
言っとくけどここまでしてやめちゃったら頑固なお姉ちゃんのことだから一生処女で通すよ。それか通りすがりのどーでもいい男にぺロッと食べられておしまい」
「う、う、う、う……」
「チャンスは今この時だけ。好きなんでしょ? 奪っちゃいなよ。おれの物だって、シルシ付けちゃえばいい。誰にも渡さないって誓いを立てなさいよ。……男でしょ?」
パティ……お前ホントに日常何に不満を抱いてるんだ……お姉ちゃんは心配だぞ……
宥めて賺してパティの話術に完全にはまっているキッドがまたあのぐるぐる目になっている。……これ、よく見たら狂ってるんじゃなくてアンシンメトリーに酔っ払ってる時の目じゃないか?
「……おいキッド。一つ聞かせてくれ。お前、ホントにアタシのコト……す、好きだったのか?」
「何を今更」
「うるさいパティ黙ってろ」
「へぇ〜い」
「パティとセックスしたんだろ? それってアタシにはちょっと意味不明なんだけど。好きな人以外と簡単にセックスできるのか? お前はそーゆー奴なのか?」
「あ、あれは……」
「初回の酒に酔っ払ってってのはまあしょうがない。年頃だしな、不問にしよう。でもその後は? 今さっきは? ちがうだろ? お前普通に正気だったじゃないか。死神は毒物だの薬物だの無効化しちまう特殊体質なんだよな? さっきの薬だって効いてた振りしてただけだろ? 正直に答えな、怒らないから」
一寸の隙も許さぬ怒涛の勢いと押し込みでキッドの言い訳を封じる。
「…………よ、よく気付いたな……」
7
「ナメんなよ、伊達に死神様の次にお前を見てんじゃねぇ」
どうなんだ。脅すようにドスを効かせてもう一度聞く。その声にまさか怯えたわけでもないだろうが、かすれる声でキッドが唸る。
「し、正気だった。薬の効果もほんの数分だけだ……洗面所に連れて行かれたときには既に無効化していた」
「……ふうん……で、お前は正気のまま、正気でないパティとヤったってのか」
「しっつれぇねぇお姉ちゃん!あたしはずーっと正気だよっ!ちょっと正直になってるだけ!」
力なく項垂れるキッドとは対照的に、漲る元気と沸き立つ熱気で鬱陶しいパティが口を挟む。
「無駄に、だろ。いいから黙ってろ。
アタシはな、そのお前の根性が情けないよ。そりゃ年頃だぁ。パティみたいな肉感的な女がウェルカム状態ならそらぁフラフラ行っちゃってもしょうがないわ。分かる。でもその同じ口でアタシのこと好きだって言えるか? 言ってて恥ずかしくないか? お前の信念ってのはその程度のモンなんか?
だったらフツーにお断りだ。そんな男にアタシの処女はやれん。ポタージュスープで面洗って出直しな」
パティを押しのけて淡々と説教開始。死神に元ヤンキーが説教してるなんて世界でここだけだろうな。
「…………リズの言う通りだ……おれは肉欲に負けた最低のチンカス野郎だ……!」
「違うよぅお姉ちゃん。あたしが頼み込んでしてもらったの。だぁって、お姉ちゃんに取られちゃうみたいで悔しかったんだもーん。だからさ、キッドのドーテーから10回はあたしに頂戴? 後は全部お姉ちゃんにあげるから」
手紙の時節のあいさつ文みたいな定型でキッドが凹み、パティがフォローを入れる。うちでは良くある光景とは言え、改めて考えると異様だなこの構図。何も知らないマカが見たら驚くだろうか。取りとめもない事を考えている頭がはっと覚醒した。イヤイヤ今問題はそこじゃない。
「い、いや、そういう問題か? 好きな女の前で他の女抱くとかマジ意味わかんねぇんだケド」
「だってお姉ちゃんキッド全然相手にしてないじゃん。キッドなりに色々アピールしてんのにさー。不憫だよ、勇気出して膝の間に座ってんのに普通に頭よしよしとか。キッド5歳の子じゃないんだよ?」
パティのフォローも随分上手くなったもんだ。問題点をそれとなくずらして衝撃的な事案を挟み込んでアタシの気を逸ら……
「ええええ!? あれ構って欲しかったんじゃないのか!?」
「うわー最悪だな乙女。あんたオカーちゃんですか」
「起き抜けにほっぺスリスリとか何だと思ったんだ?」
「……いや、普通に寝ぼけてるんだと……」
いつも早起きなキッドが珍しいなとは思ったけどさ……
「きゃははははは!だめだこりゃ!……ね、キッド。分かった? こーゆー人なんだってば。無理無理!さっさと押し倒しちゃわないとほんとどこの馬の骨とも知れない悪人に孕まされちゃうよ!」
へらへら笑うパティと対照的に、今度はキッドが真面目な声と顔を出して改まる。
「…………肉欲に弱くて胸糞悪い反吐野郎だが、さすがに好きな女をよその男に掻っ攫われるのを黙って見てて平気なほどのヘタレじゃない……という辺りで妥協してもらえると嬉しいんだが……」
「答えになってないだろ!なんだそれは!アタシは浮気とか絶対に許さないよ!パティだろうがマカだろうが椿だろうが隠れてこそこそやったら命はないと思え!」
「なんでそこにマカだの椿だのが出てくるんだ」
「うううううるさい!言葉のあやだばか!いいか!パティとする時だってちゃんと言え!事後だっていいからちゃんとアタシにわかるようにしてくんなきゃ絶交だかんな!」
「………………いいよ別に!あたしは気にしないもーん」
ヘラヘラ笑いを崩さないパティの声に覇気がない。このアタシに見え見えの嘘つきやがって!
「パティだってキッドのこと好きなくせに!お姉ちゃんが知らないと思ったら大間違いだぞ!お前らのことは死神様の次に知ってるんだから!」
言って今日初めてパティの顔が歪んだ。大きな瞳がこぼれんばかりにウルウルしている。……馬鹿な子だよ、全く。他のやつなら騙されたかも知んないけど、アタシを誰だと思ってんの。お前のたった一人のお姉ちゃんだぜ、わかるよそんなもん。
「――――――わかった。必ず言う。事前にも事後にもちゃんと言う」
そんなアタシたちのやり取りを一瞥しただけで全てを承知したのか、キッドが静かな声で約束した。
「あと!アタシはもんのスゴイ嫉妬深いから!自分でもビックリするぐらい嫉妬深いんだからな!そこんとこよーく覚えておきやがれ!」
「ああ。ついでに意外とヒステリー気味なのも覚えておく」
「あと、あと……さ、最初の一回は、二人でお願いしたいんだけど」
「あーひっどーい。早速あたし除け者ー? 泣いちゃうよーシクシク〜」
うそつけ!もうさっきの涙引っ込んでんじゃねぇか!相変わらず切り替え早ええなお前!
「……だ、だって……やだよぉ!あんなヘンな声出しちゃうのパティに聞かれるのやだぁ!」
「あたしの顔は見たクセにー。いーじゃん、お姉ちゃんのイキ顔見せてよ」
ぬるりと唇が割られて、ビリビリする熱っぽくて苦い下が入ってきた。……ひどい、アタシ、最初は好きな人って決めてたのに……いや、合ってるのか? いや、いや……も、いいや、わけわかんねぇ……
泡立つ唇の端にだらりとよだれが細く垂れた。パティ、お前、キスうめぇなぁ……
「……なんだろう、ものすごくいけないものを見ている気がする……」
うふふ、という艶っぽい笑う声が聞こえて、頭の上でパティが手招きをする。ゆっくり動く次々折りたたまれては開かれる白い指がひどく淫らだと思った。
「おいでキッド。仲間に入れてあげる」
ふらふらと魅入られたようにキッドが濡れたパティの唇に吸い寄せられてゆく。……むかつく。
「キッド!最初はア、アタシにしろっ!アタシにしないならヤラせてやんねぇ!」
くひひひぃ。パティが笑う。お姉ちゃんってばホント単純〜。
「そらキッド、男を見せるとこだよ」
パティが腕を押さえてた力を抜き、指を絡ませるように手を握った。パティの手がデスシティ郊外の砂漠の砂みたいに熱い。
「……リズ、目を閉じろ。そんな凝視されていてはやりにくい」
慌てて瞼を閉じたら、キッドの素直な女は好きだと言う声が聞こえた。身震いする。わななく。肌が粟立つ。顔が引きつる。魂が震える。たったそれだけのことなのに。
「――――――タバコはやめた方がいいな」
はいやめます。もう一生吸いません。死神様に薦められても絶対手を出しません。
緊張しすぎて実感がわかない。これならさっきのパティのキスの方がよっぽど印象に残る。そんな感じだった。触れるだけの素っ気無い唇と唇の接触。言葉にするだけの感想も無いなんて。
暖かいキッドの口が離れて、そっと目を開け尋ねた。
「……おわりか?」
「わっわるかったなっ!かっ加減が!……いまいちわからんのだ……じ、自分からしたのはこれが初めてなんだから!」
珍しく照れて慌てたキッドの顔がかわいくて、いじらしくて、いとおしくてどうにかなってしまいそう。
「じゃあもう一度。今度はキッドの好きにしていいから」
んまー!お姉ちゃんったら大胆!パティの囃す言葉に自分の頬がさらに赤くなった気がする。
言葉もなくあごをくいと持ち上げられて奪われるというのが的確なキスをされた。お行儀のいいさっきのキスと違って半開きの口からキッドの唾液が注ぎ込まれる、舌と舌を絡ませてする深い深いヤツ。……上手いじゃん。
耳元で二ちゃ二ちゃ、ねチュねチュ、よだれの混ざり合う音がする。
8
その音に陶酔してたら、キッドの腕がもぞもぞおなかを伝って右の胸を触った。アタシはビックリして唇を離そうともがいたけれど、それを許してくれるつもりがないようだ。
「んぁあぁ……!」
鼻に掛かった声が思いのほか生々しくてぞくぞくする。やだ、なんて声だしてんの!?
自分のあげる声に戦々恐々してるアタシを歯牙にもかけず、キッドの腕はさらに動く。今度は……
「んー!!んーっ!!んんー!!」
腰を伝ってお尻を通過し、ビキニラインを悠々と辿ったキッドの指が当たり前みたいにそこに埋もれた。
「……っ……噛むことはあるまい」
「キャー!キャー!キャー!どどどどどこ触ってんだテメェエェェェ!」
自在に口の中を暴れていた舌に齧り付いてしまったことを、キッドに指摘されてようやく理解した。けれどそんな悠長なことはどうでもいい!
「……どこって……お」
「言わんでいいいぃぃぃ!」
「どうしろと言うのだ」
ため息交じりのキッドの声は年上ぶってて非常に滑稽なのに笑っている暇なんかねぇ!
「キスの次が二点攻めって何だばかやろう!なんなのそれなんなのそれ!エロ本の読みすぎだぁぁぁ!」
「耳年間の処女ってめんどくせーだろキッド」
パティの呆れたような含み笑いみたいな声が妙に腹立たしい。うっせーうっせーうっせー!
「それ以前の問題なような気もするが」
「おねーちゃん、キッドの方が経験者なんだからさ、ここは一つ死んだと思って身を委ねてみてはいかがでしょうかね? まあお姉ちゃんがどうしてもと言うのならあたしがお手伝いする鬼畜コースも御座いますが」
にやにや笑いのパティさんの謎の迫力に押し負け、言ってる言葉の恐ろしさも相まってアタシは唸り声に似た返事を搾り出すしか方法がなかった。
「……委ねる方向でお願いします……」
「力を抜いて楽にすればいい。痛くもしないし、無理矢理したりしない。やめろといえばすぐに止める。遠慮せずに……」
「あー、ダメダメ。そんなん何の意味もねーよキッドくん」
「し、しかしリズの緊張を解いてやらねば」
「ふっ、浅はかなり死神の息子!こーゆーときはね」
ぼしょぼしょ。耳打ちするパティに眉を顰めるキッド。
「そ、そんなことでいいのか?」
「疑うなら言ってみそ。効果覿面だよん」
「ん〜……リズ」
パティに何を吹き込まれたのか、きりっと眉を吊り上げて神妙な顔つき。な、なんだよ見つめんなよ……て、照れるじゃねぇか……
「ひゃ、ひゃい!」
「愛してるぞ」
まっすぐ見据える視線とキッドの短い言葉にへなへな全身の力が抜ける。ぐらぐら世界が揺れる。ドキドキ胸が躍る。自分で自分の身体を支えることが出来ない。まるで背骨を取られたみたいだ。
「ね?」
「し、しかし……これはおれの心臓にも悪いな。頭痛がしてきた」
「ほらお姉ちゃん。キッドが困ってるよ、助けてあげなきゃ」
耳に側にパティのこしょこしょ声がジーンと響く。
「いいいいえるか!ばか!」
「キッド喜ぶよ? ほらっハズかしがんないでサ!」
「〜〜〜〜〜っ!」
ああもうヤケクソだ!どうにでもなれ!後のことなど知らん!
「き、キッド……ア、アタシのこと……か、可愛がって?」
ぎゃー!もうむり!ムリ!むり!無理!アタシの柄じゃないよ!もうだめ!顔から火が出そう!
目ン玉がぐるぐる回ってるみたい。頭痛はひどくて心臓の音が耳鳴りとシンクロしてる。このまま世界が終ったってアタシはしばらく気付かないんじゃないかって状況だ。
で、その状況を打破したのは誰あろうキッドその人であった。赤い顔を隠しきれぬまま、白磁を思わせる綺麗で温かな肌がアタシの胸に押し付けられてキッドの重みが迫ってくる。
「自分でそう言ったからにはもう嫌だの止めろだの聞かんからな、覚悟しろ」
きゃあああああああ!もうダメ、失神しそう!
「パティ、リズの口を押さえてろ。こう喘がれたのでは外に声が漏れてしまう」
自分では声を出したつもりがないのに、キッドが顔をしかめて言い合わせたかと思うと、パティの両手がアタシの口をぎゅっと押さえつけてしまう。
「んんー!んっんー!」
「キャハハハお姉ちゃん!くすぐったいよぉ!」
「リズはいけない娘だな、初めての癖にこんなにして」
チクショー!ノリノリだなキッドてめぇ!お前ヘンな趣味持ってんじゃねーか!? そんなとこ優しく弄るな!器用に触るな!気持ちいいだろうがあああああ!
「キッドくん、処女の癖にアソコ触られて腰動かすよーなヤツにはおっしおき!おっしおき!」
「無論だ」
「どうする? お姉ちゃんちょっとの事じゃ降参しないよ?」
「……ふむ、ではこういうのはどうだ」
まだ彼の指が一度しか入った事の無いそこにキッドの燃えるような性器が宛がわれて……
「んー!んんー!んんんんんんー!!」
アタシはもう必死で抵抗する。恥も外聞も知ったことか、ただただ頭を支配するのは恐怖、恐怖、恐怖!
「いいのキッドくん。生はやっぱマズいんでね?」
「今まで散々生でやってたお前が言うな」
「あたしはちゃんとピル飲んでんもん。抜かりはねーよ」
「そ、そうなのか?」
「やっぱガキねぇ。お姉さんが居ないとなーんにも出来ないんだから。ほれ、コンドーさん」
「おー。これが噂の男性用避妊具という奴か」
「はいはい感動はいいからとっとと装着する。やり方は知ってる? 付けてあげようか?」
「ぶ、無礼な!そのくらいちゃんと理解してる!」
「この場合誉めるべきなのかしらん。ま、いいけど手持ちそれ一個しかないからね、破いたら大惨事っしょ。ここはお姉さんにまっかせなさい!幻の大技見せてあげましょー!」
9
ビリっとアルミパックが破かれて何ともいえない生ゴムの臭気が鼻先にちらつく。
薄紫色の丸い輪っかをパティが口に含んだかと思うと、そのままキッドの性器をぱくっと飲み込んだ。驚いて唖然としているアタシが声を出すことも忘れて口をあんぐりあけていると、ゆっくり涎を啜り上げる音と共に現れる薄紫色に変身したキッドの性器が現れた!
「おおっ」
「ほい、出来上がり」
「すっげぇ……何がどーなってんだ?」
「やっぱ病気怖いかんねー。ほら、売春宿に一時期リリーっての居たじゃん。あいつに教わった」
まるでパチンコの飛ばし方を教わった男の子のようにあっけらかんとパティが答える。
「自衛手段ってヤツ? まぁ最後までつけてる奴なんて稀だけど」
アタシの知らない所でパティにも色々あったのかな。これでも色目使うアホを蹴散らして過保護に育てたつもりなんだけど……まぁ、男好きする身体だもんなぁ、チチでけーし……
「キッドに会ってからはコンドーさん買う必要無くなっちゃってさ、だからそれが最後の一個」
大事に使ってね。パティがいつもの笑顔でそう言った。
「当然だ。そしてこれから先お前が自衛手段を買う機会は無い。……一生な」
うっへぇ……すっげー告白……。
「お姉ちゃんも毎月重いんでしょ? 医者教えてあげるから飲みなよ、不順もなくなるし。そんで生の威力に腰砕けになるとイーよ。直接キッドに愛されてみ、病み付きになるから」
自分の中でキッド自身が“のくのく”いってるカンジ、知りたいでしょ? 多少のテレを含みながらパティが衝撃的な告白を続ける。……おいおい、お前そこらの娼婦よりヒデーこと言ってるぞ……
「……ヤな言い方するなぁ」
「脳味噌蕩けそうになるくらいきもちーのに。
さぁ、さ、雑談なんかしてちゃケーキが可哀想。キッド、入刀準備OK?」
「あの、あの、マジですか? マジですか? ちょっとパティ、本当にマジなのかよ?」
「大マジ。大丈夫大丈夫、セックスしてりゃ不安とか孤独なんか一瞬で吹き飛ぶんだから。ねぇキッド」
大股開きに膝小僧が割られて、悲鳴を上げようとした口が強く押し付けられる。
「〜〜〜〜〜ッ!!」
「キッド」
「うむ」
「やれ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
グズッという音が聞こえた。身体の中を通ってくる肉の切れる音。すごい音だ。まるで耳元で聞こえたみたい。そんで、生理の一番重いときみたいにズンと下腹部を襲う鈍痛。引き千切れそう。
「〜〜〜!〜〜〜!!〜〜〜〜〜〜〜〜!」
「パティ、口を押さえるのを止さんか。リズの顔が青くなってるぞ」
「屋敷中に響き渡る悲鳴が聞こえていいのなら離すケド……」
「しかし窒息してしまわんか? せめて何か噛ませるとか……」
「うお、猿轡とかキチク過ぎ。オメー普段どんなエロ本読んでんだよ。スナイパーか」
「気遣いがとんだ仇になったわ。SM雑誌など読んどらん!」
「スナイパーの一言でSM雑誌なんて言葉が出るとは……語るに落ちたなキッドよ」
頭の上で引っ切り無しにやり取りされる会話が全く頭に入ってこない。ただただ、激痛、激痛。
「どうよキッド、想い人の身体は。聞くまでも無く全然余裕ゼロで笑える顔なんだけど」
「ビリビリ痺れるみたいで一ミリも動かせん。気を紛らわせてないと一瞬で果てそうだ」
「ギチギチ? あたしよか身体おっきいからもちっとスムーズかと思ったんだけどな」
「ギチギチ。パティみたいに柔らかくないしぬるぬるでもない。とんでもなく狭くてとんでもなく締め上げられてる。……本気できついぞこれ」
「お姉ちゃんタンポン入れたことないの? マジで初貫通? 指も入れたこと無いわけ?」
こくこくこくこく。必死で涙ながらに訴える。もう擦れた叫び声さえも出ない。
「どっしぇぇぇ……そら痛いわぁ……まさか我が姉が天然記念物級の処女とは……得したなキッド」
そこかぁぁぁぁ!!心配する事はそこかァァァァァ!!
「大丈夫お姉ちゃん。キッドそんなにスゲーおっきいワケじゃないから、切れたりしないって」
「地味に傷付いたぞパティ」
「いやいや、歳相応だってこと。それに今本気じゃないっしょ? キッドの本気はスゲーよー。マジで腰立たなくなるもん。初心者の癖にちょー生意気なんだから」
「お前はおれをいきり立たせたいのか萎えさせたいのかどっちだ!」
「傷物にならない程度に狂わせちゃって?」
「難しい注文だ」
キッドの腰が動く。引き攣る痛みを例えるならものすごーく重い物をお腹の上に重石されてる感じとでも言えばいいのか。強い力で押し潰される息苦しさが時々鋭い痛みをつれてきて息が出来ない。
痛みに麻痺したそこは重苦しく痺れていて、なのにキッドの温かさがどこか心地いい。
「いた、いた、いたぃぃぃ!動くなぁぁぁ〜」
はっ、はっ、はっ、自分の呼吸がしゃっくりみたいに、水に溺れた子供みたいに、短くて必死で酸素を求めて天井まで届きそう。
大きく見開いた目にはキッドの部屋の天井をバックに、笑い顔のパティと眉を思いっきり下げて瞼を閉じたへの字口のキッド。口々に何かを言っているような風だけど、何にも聞こえない。分かるのは自分の命がけの呼吸音だけ。
キッド、そんな泣きそうな顔すんなよ、お前気持ちいいんだろ? ならいいよ、アタシはそれならこんくらい我慢してやるから。もっと嬉しそうな顔しろって。
太ももが汗で擦れる。キッドの骨盤があたって少し痛い。ところどころ冷たくて、驚くほど熱いキッドの肌。思いつきで自分の身体の上で踊る男の子の背中に指を滑らせてみたら、汗でべっしょり濡れている。よくよく観察したらさらさらの髪が汗でところどころ頬や額に張り付き、光の粒が滴っていた。
「リズ、リズ、リズ、リズ」
耳がようやく拾った音が自分の名前。何かに急きたてられるように、あの声が甘く歪んでアタシの名前を呼んでいる。
「なに、キッド」
「好きだ。ずっとこうしたかった……」
10
ああそうかい。今度はパティの力添えがないときに聞きたいねそのセリフ。
キッドの必死のセリフになんだか母性みたいなモンが擽られて、思わず笑みがこぼれた。かわいいねぇ。
「嬉しいわ、キッド」
思わずつられてしおらしい言葉で答える。サービスのつもりだったんだけど。
「〜〜〜〜ッ!?」
腰が思わず浮いた。ようやく小康状態になってたキッドが刺さってる場所の痛みが復活したのだ。あまりの激痛に言葉が吹っ飛ぶ。
「あははは。お姉ちゃんダメだよ。キッドって言葉に弱いんだから。
嬉しいこと言われるとそうなるの、すごいっしょ。スキッて言ってみ? もっとスゴくなるぞぇー」
もういい!そんな豆知識どうでもいいからコイツをどうにかしろパティぃぃぃ〜!!
おかしくなる。頭がおかしくなる。痛みと同じくらいに腹の奥がジンジンジンジン痺れている。コレが何かは解らない。ただただアタシの頭の中をぐちゃぐちゃにかき回す鈍痛に似た何かが身体中を暴れ狂っていた。
許して。これ以上はもうだめだ。狂ってしまう。
頭の中が一刻も早く終わることを望んでいるのに、心臓がキッドの身体を求めるようにもっともっとと早鐘のように急かす。気付けばキッドの背に両腕を回し、しっかりと小さな死神にしがみ付いていた。
「あぅ、あうぃいぃぃ!いやっいやっいやっ!」
顔を振る。髪が口にまとわり付く。息が出来ない。顔が見えない。
「あっばかっ!ばか、ばか、ば……あっ!あっ!あっ!あっ!」
キスがしたい。金の目が見たい。名前を呼んでよ、キッド。
「やだやだやだやだやだ、なんかおかしい、おかしいぃぃ!!あそこ、おかしいよぉぉぉ!」
足の指から手の爪の先、頭のてっぺんからおしりの終わりまで、体中のどこもかしこも電気が走ってるみたいにビリビリする。何かを探してずっと帯電している。
「やだ、やだ、こわい!こわい!こわいよキッドォおぉぉぉー……!」
そこまでで自分の声が終わった。
よだれと汗と髪の毛でドロドロの唇に熱いものが走る。ぬるりと何かが口の中をうごめいて、やっとキッドの舌だとわかった。唇はぴったりキッドの唇で寸部の狂いなく塞がれて、悲鳴がただの振動になった。震える頬と耳が痛い。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
ああパティ。今やっとお前の言ってることが理解できたよ。
確かにキッドのアタシの中でビクビクと脈打ってる。心臓の鼓動の神妙さとは全然違って、キッドが蠢く痙攣は獰猛で、荒々しくて、胸を掻き毟りたい衝動に駆られる。蕩けるなんてとんでもない。ライオンに噛み付かれてるみたいだ。
怖ろしい、のに。あんたを離したくないよキッド。……アタシ、狂っちゃったんだろうか?
「あ、あ、あ、あ……キッド……すごい……!」
「ああ。すごいなリズ。お前が動いてる」
ため息みたいにキッドがそう一言漏らした。
「ばっ……!ち、ちがう!お前のが動いてんだよ!アタシじゃない!」
まだホワイトアウトしている眼前に、にやりと笑ったキッドの顔がドアップで現れて言うことには。
「そうか? では確かめてみようじゃないか」
両肩をぎゅうと掴まれて寝ていた体勢から急激に起こされたものだから、くらくら眩暈がした。
「どう? おねえちゃん」
高々と抱き上げられたアタシはパティのくすくす笑いも意に介す事が出来ず、ビクビクわずらわしくヒクつく股間を思わず押さえて真っ赤になってしまう。
「答えは聞かずとも解るぞ」
「鬼!悪魔!鬼神!死神!」
「どうした、それで罵倒のつもりか」
「……大好き」
がくん、と腕の力が抜けたキッドの上に圧し掛かってやる。
「――――――反則だろ、そういうの」
「このアタシを手玉に取ろうなんて十年早ぇんだよクソガキ」
窓の外が白んできている。
もうじき小鳥が起き出してきてピーチクパーチク騒がしくなるだろう。すいよすいよと眠るパティを脇に置いてぼんやり外の景色に思いを馳せる。……ああ、タバコ吸いてぇな……
「なぁキッド。身体に負担かけてまでピル飲んだり、意味の薄いコンドーム常備してたよーな女が生でやりたがる意味って、わかるか?」
思いつきの言葉を吐き出して、ふうとため息をついた。別に確信があったわけじゃないけれど、なんとなく、返事を期待している。
「――――――ここで解ると答えるのは無粋な男なのかな?」
果たして望んだとおりにその答えが返ってきてアタシは訳もなく笑ってしまった。
「いいや。そういうのをCOOLってんだ」
「では解ると答える以外にない」
左手にパティの指が絡んだまま、右手にキッドの手が添えられている。その遠慮がちな手のひらをアタシはいそいそと引き寄せた。
「もう鬱になっても死にたがるのはやめろよな。……必ずアタシたちが側に居るから」
「――――――そうだな、口に出してこれ見よがしに宥めを乞うだけに留めておくことにしよう」
「安心しな、毎回律儀に突っ込んでやるよ。気力が尽きるまで」
かわいい人。アタシのかわいい人達。守ってやるよ、守ってください。いつまでも。
ま、手始めに若いお前らが寂寥性性行為依存症にならないように監視するところから始めるかねぇ。苦笑いでキッドの手に唇を当てて、もう一度毛布の中に潜り込んだ。
庭の木陰でキッドが本を読んでいる。
傍らにハーブティ、木製のテーブルセット、頭にはキラキラ光る三本の白い線。
アタシは昨日キッドが差し出したフランネル草とは違う赤いガーベラの花を一輪携えて、スカートを翻す。
「……どうしたリズ」
「はい。花」
「…………なんだ、急に」
11:07 2008/11/19
ガーベラの花言葉
「希望」「前進」「悲しみ」「崇高美」「神秘」
フランネル草=すいせんのう(酔仙翁)の花言葉
「いつも愛して」「ウイット」「機智」「名誉」
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