パパと猫

                スピリット と ブレア のはなし



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                 「ってなわけで、ブーたんの大活躍によりソウルとマカは仲直りしたのでした〜」
                 「よっブレアちゃん最高!」
                 「やはっ。どもども!」
                 豊満な胸と大きな帽子を揺らし、浅く何度もお辞儀をする際どいレザー・ホットパンツの美女が照れた顔で笑った。
                 「うーん、やっぱなんだな、マカちゃんはモテモテだなぁ相変わらず」
                 「パパさんに似て美人だからにゃぁ」
                 「おっ、嬉しいこと言ってくれるねぇブレアちゃん」
                 「はいなー。ブレアは可愛がってくれる人には従順ですにゃー」
                 営業時間のとっくに終ったチュパ・キャブラスの店内は、はしゃぐ二人以外は誰も居らずにシンと静まり返っている。時間も随分遅く、周りが繁華街とは思えない静けさだ。
                 「でもいーのパパさん。ブーたんの清掃まで付き合っててさ、明日も早いんでしょ? もう4時半だよ」
                 ブレアがマイク代わりにしていたモップの柄を持ち直して床を拭きながら、そんなことを訊ねた。
                 「何いってんの、こうして二人っきりになれるのなんか休業日前日の上がり作業の時だけじゃん。いくら誘ってもつれないくせにィ」
                 赤毛の背の高い優男が酒で満足に呂律も回らない口調で、とろんとした目をうろうろさせながら背を丸めている。
                 「あったり前でしょー。ブーたんマカに嫌われたくないも〜ん」
                 「ちぇー。ブレアちゃんは俺よりマカが好きなのねん」
                 「そうよー、ブーたんは子供たちの味方ですもんねーだ」
                 じゃぶじゃぶとモップを洗い、絞り機に通すブレアの手馴れた姿をじっと見ていた優男……デスサイズ、この場では本名のスピリットと呼ぶ事にしようか……が、少し眉を真っ直ぐにして硬い声を出した。
                 「で、どうよ子供らの調子は」
                 「あらぁ、急にお仕事モード? ブーたん陰口叩くようなコト嫌なんだけどにゃー」
                 「俺だってやだよ。普通のパパになりたかったさ。……でも今世界が許してくんねーんだもん」
                 「大人って辛いわぁ」
                 モップを掃除用具入れに片付けながらブレアはふうとため息をつき、洗面所で手を洗う。
                 「……ブーたんから見れば小康状態って感じ。マカとソウルは仲直りしたし、リズから聞いた話じゃキッドとクロナも仲良くしてるみたい。二大ごたごたコンビが静かにゃんだから、まぁいいんでにゃーい?」
                 「キッドとクロナか……まさかあの二人がホントにくっ付くとはなぁ……イヤハヤ死神様は良く見てるわ〜」
                 「魔女の家系なんだったら長生きだろうし、死神のキッドに取っちゃクロナはこれ以上ない恋人だわにゃー」
                 「……まァそう上手くいけばいいけどー」
                 丸めていた背を伸ばし、スピリットが皮のソファに倒れこむようにして寝転がる。表情を隠す時の彼の癖だ。
                 「アレでクロナは死武専でもかなり特殊な位置にいるんだ。死神様が押えてるからまだ彼女は自由に動けてるけど、やっぱね、反対勢力も居るんだよ。折衷案で監視をつけてるけど、それだっていつ不満が出たっておかしくない申し訳程度。勘繰る連中は死神様が魔女と密約を交わしてるなんてアホなこと言うんだぜ。笑っちまうよな」
                 言葉尻は愉快げに冗談めかしているのに、スピリットの声は暗い。ブレアはそんな様子を見て、相変わらず不器用な人だなぁと呆れた。簡単に女の子に声かけられるくせに、いざとなると甘えられないスピリットを笑ったのかもしれない。
                 「人を纏めるのって大変ね」
                 「だからこそ大きな力になるんだよ」
                 スピリットが建前と分かっている言葉を吐き、力無く破顔した。


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                 「でもさ、パパさんって死神の武器なんでしょ? そんな細かい事まで気を配んなきゃいけないわけ?」
                 「あー。俺フツーの仕事もしてっから。一応事務課の部長様なんだぜ」
                 えへん、と取って付けたようにスピリットが自分の胸を叩く。
                 「ほぇー。すっごぃじゃん。そんで死神様の右腕なんだ」
                 「おうよ、死神様の精神の調整から死武専の総務台帳まで何でもござれさ。こう見えて結構細かい事得意なんだ」
                 ウン、知ってる。そんで意外に繊細で感情的なんだよね……とは、ブレアは言わなかった。細かい事をぐじぐじ気にするソウルと同じタイプだという事はよく知っていたから。
                 「話は戻るけど、んじゃあキッドってどうなんの? お咎めあるんじゃない?」
                 沈んだ雰囲気を打開しようと、ブレアは話題を変えた。さっと明るい語調と高めのトーンで場の空気を変えるのは、伊達にチュパ・キャブラスで働いている訳ではないという事か。
                 「無いさ。……無いように、監視がつかない死神様の書斎をクロナに宛がったんだから」
                 「……死神様が?」
                 「そう。そんでそいつをラグナロクが利用した。……いや、させたって言う方が正しいのかな。キッドはお膳立てが整って初めて安心してクロナと愛を語り合えるというわけ。……あのラグナロクがすんなり二人をくっつけるとは思えないけどね。ま、そのくらいの山や谷は我慢していただきたいってのが大人の言い分」
                 視線を逸らしながらスピリットが低い声で言う。まるで言いたくも無い事を白状するかのように。
                 「――――――なんか、やぁん……」
                 「俺もやぁん。……企んでるみたいでなんかすっごくやぁんな気持ち……。
                 あの子達は恋の一つも自由に出来ないんだよ、俺たち大人の都合でさぁ……俺らの予定通り上手く行けば行くほどなんか情けなくなってきちゃって……」
                 力なく笑っているのか泣いているのか、判断のつかないような声でスピリットが尻すぼみの悲鳴を上げた。自分の無力と二面性に失望を隠しきれないのだろう。
                 「なぁんかさぁ……パパさんと死神様ばっか背負いすぎだよぅ。もっと、誰か、何か上手にやってくれる人居にゃいの?」
                 そこまで言って、ブレアはハッとした。地雷を踏んだ感覚がはっきりと分かったのだろう。今まで上手くやっていてくれた人、それは彼の元パートナー達を指すからだ。
                 「……居ないねぇ、今ンとこ……」
                 かすれた声が部屋に空しく響いた。そうだ、居ない。……今は、もう二人とも彼と“同等の位置には”居ない。
                 「――――――ぶ、ブーたん、出来る限り手伝うよ? ホントホント。椿ともっと仲良くするし、今度はブラックスターの話も聞いてくるねっ!」
                 慌てて両手を振り、ブレアはぐったり倒れこんでしまったスピリットの両手を引っ張って起こした。
                 「だからね、パパさんにもちゃんと味方は居るからそんなヘコまないで? ね? ブレアはチュパ・キャブラスのドアを出る時は皆ニコニコ笑顔ってのがモットーにゃんだから!」
                 「……うん……でもさぁ、明るい話題が無いよねぇ……いや、マカとソウルが仲直りしたのは明るい話題なんだけど〜」
                 それだって俺にとったら嬉しくて嬉かネェや!と、ブレアの下がった眉を気遣ってか、スピリットが急に面白おかしくおどけた。
                 「俺の天使にあんなことやこんなことを〜……ああ〜あのガキャ〜!今に見てろよこの野郎〜」
                 スピリットの変わり身にピンと来たブレアもそれに乗っかる。
                 「うふふ〜仲直りした次の夜だもんね〜。今夜二人っきりのあのアパート……ど〜なってんのカシラ〜?」
                 「ちょっとぉーヤな事言わないでよブレアちゃんー。パパ泣いちゃうよー?」
                 「わっかんないわよぅ? ソウルって溜め込むタイプだから破裂したらもうマカが泣こうが喚こうが……!」
                 「わーわーわーわー!ヤーメーテークーレー!死んじゃうー!」
                 耳を塞いでソファとテーブルの隙間に身を隠しながら、スピリットが大袈裟に嫌がるポーズをするので、ブレアもなんだかワルノリしてしまう。元々ブレアはチョッピリいじめっ子気質なのだ。
                 「いやぁ〜助けてパパぁー!ソウルが、ソウルがいつものソウルじゃないの〜!」


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                 「……ブレアちゃん」
                 「はいよ」
                 「そのギャグ、わりと洒落んなんないんだよね実は」
                 「……マジで?」
                 狭いとは言えないチュパ・キャブラス店内のソファとテーブルの隙間に挟まって明け方近くにコントに興じる二人がぼそぼそとやりあっている姿は、他人に見られたら狂気の沙汰かと思われるに違いない。
                 「ウン。ソウルが勢い余ってマカ襲ってんの見ちゃったもん昨日」
                 「……ぎゃわー……どこで? 学校で?」
                 「しかも校舎裏で。ブラックスターにぶん殴られててザマーミロって感じだったけど」
                 「――――――さ、最近の子ってマセてんのねぇ……学校の屋外ってアンタ……」
                 「俺の時代でもあっこまで行く奴なんてそうそう居なかったよ。男としていっそ尊敬するぜソウル」
                 「……ぶ、ブーたん帰ったほうが良くない? 集計もう終ってるから掃除切り上げてダッシュで帰ろうか?」
                 がたっとテーブルに手を掛けて立ち上がるブレアを見上げるように膝を抱えたスピリットが下唇を突き出した拗ね顔をする。
                 「もう遅いと思うな。もうじき日が出ちゃうよ」
                 「……パパさんなんでそんな冷静なの? そんなの見つけた日にゃ光より早くぶっ飛んでってソウル刺してる筈じゃん」
                 勢いを急に殺がれてソファに座ったブレアの隣りに、スピリットも腰をおろす。二人並んで天井や床を見ている。
                 「ブレアちゃん、さすがの俺でもそんなことしたら捕まるって」
                 あははは、と手を振りながらスピリットがまたおどけた。それを目ざとく見つけたブレアが畳み掛けるように突っ込む。
                 「捕まるとか考えるんだ、パパさんでも」
                 「キミね、俺のコト何だと思ってんの……
                 いやぁさ、何か自分の若ェ頃思い出してさぁ……パパにあるまじき事にソウルに感情移入してしまったのよね。……我が娘ながらマカのニブさは酷すぎるよ……つーかなんでソウルはあんなに我慢できるんだ? そっちの方が謎だ」
                 まだ続いているコントの残り香を惜しむように、スピリットとブレアは冗談めかす事をやめない。
                 「……ん、んー。……ブーたんが何度誘惑してもソウルって頑なにクール気取ってっから……アレでなかなかエッチなんだけどね。鎌に変身したら視線って気付かれにくいでしょ? マカのぱんつ結構見てるよあいつ」
                 本当は二人とも理解しているのだ。笑い話にでもしなければ、この覗き見にも似た使命の後ろめたさに押しつぶされそうになることを。
                 「……なるほど、ムッツリか。男の風上にも置けんな」
                 それでも彼らは自分の使命から逃げない。立ち向かわなければ今日よりマシな明日は来ないことを知っている、大人だから。
                 「パパさんみたいに明け透けな方が珍しいって。……んー、あとはそうだにゃぁ……あいつビビリじゃん。マカに嫌われるの、相当怖いみたいよ。解んなくはないけどねぇ、マカって人の恐怖心とか不安とか消しちゃうじゃん。不思議よねぇ、特別明るい訳でも人が回りに集まる派手さがあるワケでもないのに、マカの側に居ると安心するんだよねぇ〜」
                 「……うん、わかるよ。すごく解る」
                 「あ、もしかしてママさんの特技とか?」
                 「――――――ん〜……いや、元嫁さんの話はやめとこ。マジ凹んじゃう」
                 「あはは。うん、そだね。キャバクラでディープな家庭の話は白けるからタブーだったにゃ」
                 「……ま、ソウルだってマカだって馬鹿じゃないし、おとーさんはあの子らを信じるよ。……信じるしかないっしょ」
                 「日ごろの教育が試されますにゃ、こういう時」
                 「……もー!慰めたりフォローしてよブレアちゃんー」
                 「にゃっはっはっは。だってパパさんイジめると面白いんだもーん」


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                 「ねぇパパさん」
                 「んあ?」
                 「いつかキッドとクロナが誰に気兼ねするコトなく、手を繋いで街の中を日差し浴びながらデートできる日は来るかしら?」
                 「……そのために、俺たち大人がすべき事をするんだよ」
                 「――――――うん、そだね」
                 「……これオフレコね。死神様がサ、この間ぽつっと漏らしたんだ。『スピリットくん、ボクはキッドを我ながら上手に育ててきたと自負してるんだ。あんなに良い子はちょっと居ないよ。……でもね、良い子に育てすぎてそれで悩ましてるような気がしてならないんだ』――――――あの死神様がそんな事言うんだぜ。だらしない俺なんか、どーすりゃいいのさって話だよ」
                 「リズも言ってたにゃ。いつも一人で決めなきゃなんない死神様の力になりたいって。だから間者みたいな真似も我慢するんだって」
                 「……だからおれは言ってやったよ。そんなに良い子だったら信じてやってください、悩みに潰されずに乗り越えていく事を信じてやってくださいってね」
                 「おぉー!」
                 「親のできる事なんて所詮そんだけだとつくづく思うよ。手出しなんか出来ない……あいつらの人生だもん」
                 「パパさんって、すごい偉いねぇ〜」
                 「口だけではなんとでも言えるさ。だからマカに嫌われるんだけどね〜」
                 あははは、と笑ってスピリットがソファから立ち上がった。
                 「さてと、一時間くらい寝て……んで出社だ。
                 あんがとねブレアちゃん。つまんねー愚痴とか聞いてくれてさ。これチップ、朝ごはんでも食べてよ」
                 「いつもすみませんにゃー。……でもね、パパさん」
                 「ん?」
                 「つまんねー愚痴とか、言える場所があるのって素敵でしょう? この素敵を無駄にしないで、どんどんチュパ・キャブラスをご贔屓に。」
                 「あはっ、ほんとにブレアちゃんは商売上手ですなぁ」
                 「商売上ってコトにしとかないとお、マカに大目玉食らうからねェ……お互い」
                 「――――――うぇ〜い」
                 「甘えたくなったら言ってね。エッチなこと以外なら甘えさせてあげるから。……にゃ?」
                 「うははははー。こいつはチップを弾まないといけませんな!」
                 「わぁい。楽しみにしてるぅ!」
                 ドアを開けると、朝日が目に刺す様に差し込んでくる。夜に慣れた目には結構な刺激だ。
                 「わー、太陽が痛ーい……」
                 「かぼちゃスープの残り、あるといいにゃー。……明日はお休みだし、どっかいこーかなー」
                 背筋を伸ばしながらほとんど独り言でしかないことをブレアが言ったのを目ざとく聞きつけたスピリットが身を乗り出す。
                 「およ、それってデートのお誘い?」
                 「デートしてもいいけど、人間の格好はしないですよーん。しかもお金ないから超タカリまくるもんねー」
                 冗談めかしてブレアがまともに取り合わない。だがそこはスピリットの得意とする駆け引きだ。
                 「……いいよ。たまには日のあるうちに散歩でもしよーぜ」
                 「……ほんとに人間に変身しないよ? 疲れるもん」
                 「うん。だから、いいって。俺の肩に乗ってさ、カフェ巡りでもしよう」
                 笑ったスピリットの顔を見て、ああコノヒトほんとに女ったらしなんだなぁと、呆れ顔のままブレアは頷いて火曜日の約束を取り付けた。



                12:13 2008/10/28

                 


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