でぃーぷ いんさーと
かなみ×カズマ
カズマが日用雑貨のたっぷり入った袋を土産に持って帰ってきた。
石鹸だとか化粧品だとか、ムースにシャンプー、櫛・カーラーなどの妙に説得力のある使用感を携えた雑貨品が手当たり次第ぶち込まれている袋の中身を、かなみはそんなものをカズマが持っている訳も聞かずに消耗品と、使いようがなくて綺麗な物・そうでない物に分けて今度のバザーで売るためにもう一度袋に詰め直した。この家の経済状況、推して知るべし。
次の日の朝、その袋の中身を整理するためにかなみが検めると、チェックのポーチから薄いピンク色のグロスが出てきた。製造年月日を見れば本土で今年作られた物で、ますます元の持ち主がどうなったのか気になる。
かなみがそのグロスの容器を手に取り、ふと目に留めた鏡の前で唇に乗せてみようかという気になったのは、多分そのグロスがキラキラ光っててキレイだったからだろう。
たどたどしい筆遣いで刷かれるピンク色は光沢があって妖しく輝き、唇は我が物と思えぬ程おとなっぽくて何とも言えず胸が躍った。
かなみはしばらく唇を尖らせたり、ニィーっと笑ってみたり、ツンとすましたり、割れた鏡の前で百面相を楽しんでいたが、そのうちに飽きてきたようだ。……正確に言うなら、一人遊びをするのに。
「ねぇねぇカズくん見て見てぇ!」
ばん!と治療室(カズマの寝てる部屋)のカードが掛かったドアを蹴破る勢いであけた。
「ねぇねぇ!カズくんったら!」
いつもならば例え二人しか居ないと分かってたって、聞き分けの良い彼女はこんな風にはしゃいだりはしない。
「カズくーん!ねぇってばー!起きてぇー」
だが、診察台で丸まって寝ているカズマの上にどーんと飛び乗るという大技まで繰り出して、かなみは心の底から興奮した様子で騒いだ。
そして肝心のカズマはというと、昨日の引越しの仕事の疲れが祟ってぐっすり眠っていた所にかなみのボディアタックが決まって、声を出すことすらままならない。
『なんかテンション上がっててめんどくさいから寝たふりしとこ』
そんなことでも思ったか、静かに呼吸を整えてカズマは起きる様子を見せなかった。それに不満なのはもちろんかなみをおいて他にない。
しばらくポコポコと背を叩いたりほっぺたを抓ったり、瞼を押し上げたりとカズマを起こそうと四苦八苦をしていたが、あんまり好き放題に弄られてもはや意地になっているカズマを起こす事も出来ず、カズマの腹に馬乗りになったまま膨れっ面をしているのにも飽きてきたようだ。
「……んもう。せっかくチューしてあげようと思ったのに」
キラキラ光る唇を尖らせて、素知らぬ風に眠るカズマのだらしのない寝顔を一瞥して溜息をついた。
「――――――やっぱり大人の女の人のほうがいいのかな?」
ここんとこ帰ってくるの遅いもんねぇ。ぽそぽそ独り言を呟くかなみはだんだん自分が惨めに思えてきた。こんなに近くに居るのに、まるで置いてけ堀を食ったような気持ちだ。
切ない。こんなに好きなのに。
涙を食いしばるように彼女はカズマの胸に伏した。泣くのは違う気がする。でもこの心細さに耐える為にはカズマが必要だった。どうしても。
カズマの匂い、カズマの胸、カズマの首筋、カズマの顎先、カズマの……
這わせたかなみの視線の行き着いた先は、うるおいのないかさつく唇だった。のろのろと身体を起して、かなみは自分の唇を重ねる。
いつもするのはほっぺたとかオデコで、いつもされるのはオデコか手の甲で……そんなことをふと思い、かなみは自分の頬が染まるのを自覚した。
それドコロではないのはカズマだ。
いきなり大騒ぎで部屋に入ってきて自分を散々いじくりたおしたかなみが、ふっと静かになったかと思ったら口にどー考えてもあのちっこい唇以外でないものがくっ付いているのだから、混乱しない方がどうかしている。
あまり強度のパニックを起こすと人間何の反応できないもので、カズマも例に漏れず硬直し、ようやく呼吸だけが自由になるという有様のまま、ただただ白く点滅する頭の中がてんやわんやになっていた。
そんなカズマのことなどお構いなしで、かなみはグロスでヌルつく唇を滑らせて過剰なファーストキスを赤い顔のまま楽しみ続けた。
背筋が騒いでいる。首の後ろがザワザワいきり立っている。まるで燈が灯ったように。
熱いと感じさえする過敏なかなみの唇は、カズマの唇を貪り尽くさんばかりの勢いでぬるぬると角度を変え、深さを変えて陵辱し続けた。到底抱きあう悦びも知らぬ幼き少女の所業とは思えない。
「……ぷは……」
快感に耐え、震えに震えて動悸が止まりそうになる寸前でカズマは開放された。
薄目で素早く視線を走らせると、ぼんやり夢見心地で恍惚としているかなみが天井を見上げている。それは愛らしくも妖艶で、男ならばリビドーを感じずにはいられないような表情だった。
カズマの背筋に鋭いものが走り抜け、みるみる自分がその“何か”に支配されていくのが手に取るように解った。例え世界がひっくり返えろーが裏返えろーがかなみに絶対向けてはいけないもの、今それに自分が覆われようとしている。
「かじゅくん……」
蕩けそうな甘い声でかなみが自分の名を呼んだ。
正直、挫けてしまいたい。
いっそ何もかも捨ててしまおうか。
ずっくんずっくんと痛みを伴いながら猛る血の巡りをどうにかこうにか騙して、カズマは震える声を押しとどめながらゆっくりゆっくりと瞼を開いた。
「……なんだよ、今日はエラく過激な起こし方すんじゃねぇか」
その声をきいてかなみは飛び上がった。無理もない、めくるめく幻想の世界から急に現実に戻されたのだから。
「〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
元々赤かった顔をさらに真っ赤にして、恐慌状態のかなみは口をパクパクと動かす事しか出来ない。
「……うわっなんだこりゃ」
わざとらしくカズマが唇を手で拭い、指にべったりついたグロスとかなみの唾液とかなみの顔をしげしげとみつめ、焦らすような仕草で舌を伸ばして朝日にキラキラ光るそれを舐め取った。
「――――――次する時はこの変な味のやつナシで頼む」
にや、と笑ってそう言ったとき、既にかなみはドアに飛びつくようにして部屋から出て行こうとしていた。何たる早業、なんたるグッドスピード。
ばたん!ばたん!と二度ドアが閉まる音がして、カズマは細く長い溜息をつく。
これが朝でよかった。
服を着込んだまま寝てて良かった。
理性が保って本当に良かった。
「――――――便所いってこよ……」
その日、かなみは部屋から出てこなかった。
その日、カズマはトイレからなかなか出てこなかった。
17:59 2008/06/24
ディープ・インパクトのパロディAVのタイトル。
| |