つきささって いたい
ボーボボとビュティとへっくんのはなし
1
「おおー」
「すげー」
「ヘッポコ丸も見ろよぉ」
「い、いらん!」
「ほんとは見たいくせにィ我慢は身体に良くないぞ」
「そんな言い方じゃダメよ父さんこの子思春期真っ只中なんだから」
「二次成長期って難しいな」
「うるさい!」
「ヤダこの子否定しませんでしたよ」
「ムッツリスケベって救いようないわよねェー」
背中で天の助と首領パッチがヘッポコ丸をからかって遊んでいる。手に持っているのはどうも女の子があられもない格好をしているグラビア誌のようだ。……どっから拾ってきたんだか。
横をちらりと見ると、少し俯いて所在なさそうなショートカットの女の子が田楽マンとなにやらぼそぼそやり取りをしている。
聞き耳を立てると“女の子同士”でどうして男の子ってああバカでスケベなのかというようなどっかで聞いた台詞を言っていた。
……どーもビュティは潔癖の嫌いがあるな、とオレは聞かぬ振りをして前を向く。ポクポク歩いている道は真っ直ぐで空は傾いた太陽が夕日に姿を変えようとしていた。
「そろそろ日が落ちる。急がんと夕食食べ損ねるぞ」
まだガヤガヤやってる後ろの3馬鹿に声を掛けて、抱きかかえている田楽マンごとビュティをひょいと摘み上げ、急に走り出した。
「ちょ、ちょっとボーボボ!?」
「コラァ抜け駆け反対〜!おい、ボーボボがまた勝手に全員の注文する気だぞ!!」
それにいち早く気付いた首領パッチが追いかけてくるのが見えた。足のリーチが何倍も違うのに本気出したオレに敵う訳があるか。みるみるトゲトゲのオレンジ色が小さくなっていく。
「うはははははー早いのらー」
「今夜の夕食もカレー!絶対カレー!いち早く注文して全員カレー!連帯責任でカレー!」
2
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
「遅かったね」
「3日連続でカレーとかやめろよマジで!おれの綺麗なオレンジ色に黄色のマーブルが混じったらどーしてくれんだァ!おおォ!?」
「予想通り膜張ってんな」
スプーンでカレーをつつく向こう側が透けて見える天の助にビュティが声を掛けた……というか突っ込んだというか。
「天の助君ペラペラになってるよ」
「こき逃げジェットでぶっ飛ばしてきたからな」
「うん分かってる。ヘっくん力尽きてるし」
連中が追いついたのは仲間内で一番食べるのが遅い田楽マンが全て平らげてからだった。因みに田楽マンは別に猫舌というわけではない。
「ここのカレーはなかなか美味だった。注文しといてやったから早く食べろ」
「アタイらだって美味いカレーふーふーしながら食べたかったわよ!どうせなら!」
「やめとけパチ美、言ったって無駄だ」
薄くなってスプーンが持ちやすくなったのか、天の助が器用にカレーをパクついている。どーでもいいがいっぺん全部かき混ぜてから食うのやめろ。幼児かお前は。
「場所もわからん目的地からたっぷり2キロは離れた場所で捨てていきやがって!いっぺんも背中見えなかったぞ!せめてどこかな窓でも落としていきやがれ!」
「何でそんなマニアックな道具なの。そもそも体通らないよ首領パッチ君じゃ」
お前もなんでそんなてんコミでミニドラが1回出しただけの道具の名前と形状覚えてんだよビュティ。
テーブルの端っこではヘッポコ丸がまだ息を弾ませてはぁはぁやっている。基礎体力ねーな。まあこの短時間で3人分の質量運ぶだけの出力を実現したんだから見込みがない訳じゃないが。
「オレは食べ終わったから先に風呂いってくるぜ」
「あ、じゃああたし達もー……て、寝てるー!」
さっきからどうも静かだと思ったら田楽マンは椅子に持たれかかって寝息を立てていた。……ほんとにZブロック隊長だったのかこのマスコット。
「じゃあ一緒に入ろうぜビュティ」
「うんそうだね……って入れるかーっ!!」
ハイテンションな乗り突っ込みにビュティの背後で死んでたヘッポコ丸がバッと音を立てて起きた。死ぬほど分かりやすい猫目小僧だなァ。なんでこれでビュティは気付かないんだろう。
3
「じゃあ入れるかどうか試してみようゼ☆」
「たたた試さなくていーよ!てゆーか首領パッチ君見てないで助けて!」
「あはははー良かったわねビュティ、父さんとお風呂入ってらっしゃい」
「母さんあたし14歳!もう大人!」
「ウフフ、大人ぶっちゃって」
「ビュティ最近すっかりハジケぶりが板についたな。」
ワルノリしている首領パッチはどっから出したのかおかんカツラをかぶってハンカチなど振っているし、カレーを食う手を休めぬ天の助は冷静にビュティを分析していた。
暴れるビュティを小脇に抱えて食堂から出る。ドアを閉めると向こう側から派手な声と皿が割れたり物が落ちたりする音がした。
《バカお前!いきなり立つなよ!》
《ああっスマン》
《……ふっふっふ…いー度胸だなヘッポコ丸…マジでおれ様を胸騒ぎのマーブルに染め上げるとは……》
《ま、まて、違う、わざとじゃ》
《問答無用だコラァ!》
ドシャーン。なんかが重い何かにぶつかった音がした。またなんか壊したなあのバカども。
「……あーあ、絶対コレ弁償もんだよ」
嫌そーな声を上げてビュティが小脇に抱えられた格好のまま溜息をついた。
「子供はそんなこと考えなくていーの」
「ふーんだ、あたしもう14歳だもんね、十分大人よ」
ぷいっとそっぽを向いてビュティが拗ねる。……こういうとこがしっかりしてるようでまだまだガキだな。オレはなんだかこの子が時折見せるこういう所にほっとする。戦乱の世で無理に大人にならなきゃならないこの子の。
「そいつぁ失礼致しましたレディ」
そっと床に立たせて恭しく一礼をしてやった。ビュティはきょとんとしている。
「ほら、とっとと風呂行くぞ」
虚を突いて頭をぐしゃぐしゃと撫でると子猫のような表情をして「やだ、子供扱いしないで!」と言いながらも成すがままだ。……妹が居たらこんな感じかねぇ。
4
風呂はでかくて、岩風呂で、露天風呂だった。
で、目の前の看板にはこう書いてある。
『混浴』
「……なんつーベタな」
飽きれて言葉もない。倍も歳の離れてるお子様の裸見て何が楽しいもんか。……いや、そう歳が離れてない女の人が居たらそれはそれで大問題か。スッパでぼこぼこにされたくない。
オレは体洗って頭洗って男湯の領域でだけてきとーにくつろぐことにした。じきにカレーだらけの連中が入ってくるだろう。
空を見上げると切り立った崖の上にむかって湯気が立ち上っている。湯気の向こうには銀色の星がランチョンマットみたくに敷き詰められていて、金色のどんぶりよろしく下弦のハーフムーンが光っていた。
「……明日はカレーうどんだな」
独り満足げにうんうんと頷いていると背中で誰かが湯に入る音がした。
「もう来たのか、早かったな」
ふっと振り向くと湯煙の向こう側にヘッポコ丸らしき人影が見えたので声を掛けると、ヘッポコ丸は返事をしないままにソサクサと湯から上がろうとしている。
「どこいくんだよ」
そう声を掛けてもやっぱりヘッポコ丸は返事をしない。
ムッとして近づき、手を掴んだ。
「えらい細っこい腕だな、ちゃんとメシ食ってんのか。」
いっつも首領パッチにイビラレてっからまともに食えねーのか、なんて引っ張ったら。
髪の毛をタオルに包んで短髪に見えたビュティが出た。
「……あれっ?」
「――――――っ!だから逃げようとしてたのに!」
流石にビビった。カキーンと凍ったまま身体が、思考が、呼吸が止まる。
「もっもう、放してよボーボボ!」
「ん、ああ、すまん」
ちゃんとバスタオルで体を包んでいるからか、特に叫んだりもせずに顔を赤らめたビュティが咄嗟に掴まれた手首に指を這わせる。
5
「ちゃんとバスタオル結んだ?」
「ん、ああ」
しかしいい度胸してやがる。せっかくだから一緒に浸かろうだとぉ?オレのことなんだと思ってんだこの娘っ子は。
「女湯には混浴なんて書いてなかったよ。専用水着“絶対着用のこと”って看板があっただけで」
オレにバスタオルを貸して、ビュティは温泉専用水着とやらをお披露目した。通常がヘソ出し半袖なので露出度はいつもより低いだっせぇ水着。それに妙に安心した。何故か。
「混浴なんて書いてあったらビュティは入ってきたか?」
「入るわけないじゃん」
「そういうこった」
「……商売って大変なんだね」
「こんな時代だしな」
二人でぼんやり空を見上げてぼそぼそ囁くように喋っている。三馬鹿はまだ誰もこない。まあこの状況で来られても困るわけだが。向こうが。
会話が不意に途切れたので、視線を落とすとビュティがじっとオレの身体を見てた。
「ヤダっビュティさんのエッチー!」
「……傷、多いね。」
指で肩の所にある昔の傷をそっと撫でる彼女の指が細くて、ゆっくりで、オレはなんだか妙な気になる。
「男の勲章ってやつ?」
「――――――あたしが付けた傷もあるのかな?」
へらへらっと笑って話を逸らそうとしても沈んだ表情のビュティは突っ込みさえしない。小さな傷も大きな傷も、一つ一つ確かめるように細い指が辿っていく。
「自分のことは自分でしようって決めたのにあたしいっつも守られてばっかり。足引っ張ってばっかり。やんなっちゃう」
ふっと指を離して湯船に顔を浸ける。その仕草が痛々しくてオレはやっぱり見ない振りをする。
「なんで。それがビュティの役目なのによ」
「やだよそんな役目」
「いいじゃねえか、守られてて。足引っ張るの上等だぜ」
6
「そこんとこ否定しないんだ」
「うん。実際人質とか取られるとマジ困るし」
「くっ……悪かったわよ」
「いや、簡単に人質に取られるオレらが悪いんであってビュティは別に悪かねえだろ。オレはお前さんについて来いとは言ったが自分の身は自分で守れなんて言った覚えねーぞ」
オレの言葉にビュティ鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていた。
「だぁから、首領パッチも、天の助も、田楽マンも、ヘッポコ丸も、もちろんオレも、ビュティ守ってナンボなの。守る対象が居てこそなわけ。だから“弱くて自分で戦えないビュティ”が居ないと困るんだよ。
ヘッポコ丸の突っ込みはまだまだだからな、ビュティに突っ込まれた方がハジケの破壊力が上がんだ」
べらべら当たり前でくだらないことを適当に喋ってたらガラガラ音がしてガラス戸が開いた。いつの間に起きたのか田楽マンもいっしょに4人が風呂に入ってきたらしい。
「ぼっ…ボーボボさん!!な、な、なんでここにビュティが!?」
……うるせーのが来た。
「おおーでけー。さすが混浴」
「やだっビュティあんでアンタだけ水着着てンのよッ!どこにあったのそれ寄越しなさいよう!」
「女湯の脱衣所にいっぱいあるから好きなの持ってきなよーっ引っ張らないでーっ!」
「うはははーエロコメみたいなシチュエーションなのら」
「せんせー!ムッツリ助平のヘッポコ丸くんが鼻血噴いてまーす」
「大丈夫かヘッポコ丸、ほら鼻にこれ詰めとけ」
「そうそうこれをこーして……ってところてんじゃ血ィ止まんねーよ!!」
「ノリ突っ込みなのら。」
あーもーうるせぇな。呆れ顔でビュティをみるとイイ顔で笑ってた。オレの視線に気付いたのかちょっとウインクをして人差し指を口元に持っていく。……黙ってろってことらしい。
「あーっ!なんだそのアイコンタクト!なによ二人してハレンチな!アタシも混ぜなさいよ!そのエロコメとやらにッ」
「ビュティ、ぐいぐい押すのら。こういうちょっと冷めてるタイプの男は押して押して押しまくると根負けするのら」
田楽マン、生々しい的を射た発言は控えるように。
6人でわいわいやってたら、ついに血が足りなくなったヘッポコ丸が湯あたりを起こして終了。あーもーたまにはゆっくりさせろって。
7
簾を通した風を受けてうたた寝しながら、まるで母親が子供を寝かしつけるみたいにビュティがヘッポコ丸をうちわで扇いでいるのを見ていた。窓の外から聞こえる虫の音が瞼を重くするのに、何故か視線が外れない。
「おいボーボボ、隣の席の好きな子眺めてる小学生の顔になってんぞ」
「……なに言ってんだお前」
「自覚ねーのか。救えねえな」
首領パッチが珍しくパチ美にならず、からかいもせず、目を閉じたままの囁き声。
「ビュティはいい子なのらー。ボーボボは出来ればこれ以上何も背負わせたくないのらー」
「うへぇ男前に“ハンカチ詰め合わせセットofぬ”贈呈ー」
いつの間に起きていたのか田楽マンと天の助まで口を挟んできた。
「それが優しさだと思ってんのか童貞ヤロー」
「どどどどどうていちゃうわ!」
「キャハハハハハキモーイ!童貞が許されるのは小学生までだよねー」
「ボーボボあと3年で魔法使いなのらー」
オレのゆるいボケに乗ってきた天の助と田楽マンを首領パッチが無言で睨みつけると、二人はぴたりと口をつぐむ。お前いつもそんな顔してたらカッチョイイのになぁ。
「フン、そこまで腰抜けだとは思わなかった。まぁ好きに指くわえて見てなインポ野郎」
それだけ囁くとくるりとオレ達から背を向けて肌布団をかぶった首領パッチはそれ以上何も言わない。オレはムッとしてその背に向けて中指などをおっ立ててやる。
「首領パッチはバカだから言葉知らないのら。ヘッポコ丸に遅れをとるなと言いたかっただけなのら」
「へぇー、お前結構よく見てんなこのこの」
「友達付き合いへたくそだから付け焼刃で手習いした能力なのら」
へらへら笑いながら照れた様子で田楽マンが後ろ頭を掻いているのを、ニヤニヤ笑いながら天の助が肘でつつく。
「で?で?ボーボボはどーなんだ?ビュティのことどー思ってんだよ?」
……おーおー、嬉そーな顔しやがってこのトコロテン野郎。
「さぁね」
「うひー、大人の余裕ですかー。その余裕、青少年に虚を突かれないよーにな。ゲラゲラゲラ」
天の助の目の奥が笑ってないのに気付きながらオレは流した。こいつ“青少年”と仲いいからな……この件に関しちゃいいたいことの一つや二つあるだろうに。オレはぼんやりそんな事を思っている。
8
どれくらい経ったろう。ふと目を覚ますと月が冴えて畳に月光が差し込んでいた。それに照らされているはずの二人の姿がない。
今ひとつハッキリしない頭を振りながら窓辺の板の間にある藤細工の椅子に腰掛ける。
「……大人の余裕、ね」
呆然とした声でそんな単語を呟いてみた。
虫の音、風に揺らめく木立ちの囁き、照り渡る月の光。アイマイでテキトーな自分の思考。
「天の助も人がワリィよ。焚き付けてる様に見える釘さしてくんだからな」
声に振り向くと首領パッチが居た。オレは無言で椅子を顎でさす。
「あの手のボウヤは奥手に見えて案外角におけねーぞ?みてみろ、早速連れ出しちゃって。不良だねぇ」
「お前らなんか勘違いしてねえか」
「少なくともお前よりは正気ですぅ」
ブー、と口を3にして首領パッチがお茶など啜る。オレは肘置きに頬杖ついたまま窓の外を見ている。
「あーあ、ビュティの純潔も今宵限りか。若いってイイねぇ、そう思わないかい爺さんや」
老け顔で何もかも知った風に首領パッチが言う。オレは面倒くさいので聞き流しつつ、礼儀として突っ込む。
「あの二人はそんな馬鹿じゃない。それに、二人がナカヨシならそりゃそれで目出度いことだろ。オレが首突っ込む問題じゃねーや」
「おりゃ別にお前のことなんかなーんも言ってねえけど?」
……ぐ。
苦虫を噛み潰した顔で睨むと今度は首領パッチが窓の方に視線をやる。
「お前マジで童貞?」
「ぶっ殺すぞ」
「あー、ドーテーなんだ。」
「オレ27のイケイケBOYよ?流石にマズイだろそれは。10年前からヤリヤリです!」
「……ちげぇよ。アタマん中の話。
まぁ追い回されるような身の上で色恋沙汰なんかやってる場合じゃなかったんだろうがね」
首領パッチがあくびをかみ殺して言葉を続ける。オレは聞き流すのをやめて久々に真面目な顔のヤツを見た。
「いいじゃねえか、倍近く歳が離れてよーが。恋はいつもハリケーンなんだってどっかのコックも言ってたぜ」
あーだめだめ、眠い。ぶつぶつ呟きながら首領パッチは自分の布団に潜り込んだ。
「いーコト教えてやるよ、二人が行ったのはさっきの温泉。ヤング暴走機関車とっとと止めて来い」
9
……いやね。単に風呂に入りたくなっただけで。別に他意はないんですよ?
今ここに天の助が居たらきっと大笑いして転げ回るに違いない。そんな事を思いながら苦笑いで忍び足。音を立てないようにガラス戸を開け、身体を滑り込ませる。
耳を澄ますと二人の声がやっと聞こえた。どーも女湯の領域に居るらしい。
オレは男湯の領域で女湯を背にする格好で湯に浸かっている。
「でね、でね、その時また言ったのよ」
「あはははは!ボーボボさんが?」
……やー、若いっていいよねぇ。空気がシンと冷えているのに身体はいい塩梅でぽかぽかとぬくい。きゃっきゃと笑う二人の他愛ない話をBGMにオレはなんだか気が抜けてうとうとと船を漕ぎ出した。思いのほか疲れているようだ。
うつらうつらしてたら急に何かが水に落ちる音が響いた。
バシャン!
「ぅをぉっ!?」
「だっ誰!?」
『うばばばばばばば!』
驚いて目を覚ましたら湯の中だった。何かが水の中に落ちたんじゃなくて自分が湯の中に突っ伏したんだと理解するのにたっぷり2秒は掛かった。慌てて顔を上げると驚いてこっち側に来てたヘッポコ丸と目が合う。
「ぼ、ボーボボさん……寝てたんじゃないんですか?」
赤いやら青いやら不思議な顔色のヘッポコ丸がおたおたしながらそんな事を言ってる後ろ側で、水着にバスタオル巻いたビュティが呆れ顔でこっちに向かっていた。
「んもう、せっかく起こさないように黙って来たのに」
ちゃんと寝てなきゃダメじゃない、ただでさえ今日は二人抱えて走るなんてバカな事したんだから。まるで母親みたいにビュティがオレを叱る。その後ろでヘッポコ丸がばつの悪そうな顔をオレから背けた。
「や、じゃあオレは先あがりますんで。お休みなさーい」
そそくさヘッポコ丸が湯から上がって脱衣所へ消える。……なにをそんなに気まずい顔してやがんだ青少年。
その後姿を眺めてたビュティがオレに向き直り、腰に手を当ててお説教タイムが始まった。オレはニヤニヤしながらうわの空で叱られている。
「ねぇ、なに、二人でお風呂?やだぁビュティさんのエッチ!」
10
突然オレが堪らずに切り出したへらへら声を鼻で笑うようにビュティが一蹴した。
「へっくん倒れちゃって温泉ちゃんと入ってなかったでしょ。勿体ないから誘ったの」
「うぉっビュティさんったら見かけによらず大胆〜」
「水着着てバスタオル巻いてて何が大胆なの」
その声にオレははっと真顔になった。
「……ええと……いや、ヘッポコ丸は水着じゃなくてタオル一丁ですよ?」
「別にあたし見ないもん」
……この女まるでわかってねぇ……
「――――――ビュティ、因みにお前の故郷では混浴が普通なのか?」
「ンなワケないでしょう。なに言ってんのよボーボボ」
一笑して彼女が手をパタパタ振る。あかん…この娘っ子、完全に素だ。なんたる毒婦。
オレは意を決して訊ねてみることにした。頭の中でヘッポコ丸に詫びながら。
「それはつまりヘッポコ丸を男だと思ってないってことか」
「なんでよ。ボーボボだって一緒に今入ってるけど男じゃない」
全身の、それは頭の中も含む、全ての力が抜けた。がくんと湯の中に沈み込む。
「キャー!ちょ、ちょ、ちょっとぉ!?」
『この特別天然記念妖婦ー今まで腹黒か興味なしのどっちかだと思ってたのにお前素だったのかー』
ボコボコ頭の上の水面に向かって言葉の泡が上っている。その泡の中身は彼女に伝わらないから好きなことを勝手に吐き垂れる。……好き勝手?
起き上がって湯から顔を出してビュティを見る。眉を顰めたいつもの困り顔。笑い顔。
「ごめん、今気付いた」
「なにが?」
「オレお前のこと好きなんだわ」
「…………………………………………………………はァ?」
今度はビュティの目が点になってカキーンと凍りついた。
オレはうんうんひとしきり頷いて指折り数える。
「ヘッポコ丸がミョーに気になるのも、出来もしない大人な振りしてんのも、天の助にすまない気持ちがあるのも、首領パッチに言われて言い訳がましくここに来たのも、田楽マンを見直したのも」
11
みんなビュティがらみだ。てへっと自分の頭を小突きながら舌を出した。
「あ、え……ええぇ?あー、えー………はぁ?」
「オレみたいなおじさんじゃ、ヤ?」
「やーあのー……ごめん、意味わかんない。どーゆーこと?なにこれ新手のハジケ?」
ぽりぽり頭の後ろを書いて本気で解らなさそうな顔をしているビュティがしかめた声でそんな事を言う。
「……ビュティってもしかして恋とかした事ねえんじゃねえの」
「あるよ!失礼な」
「オレはないよ。ないけど解るもん。でもお前さん全く解ってないし。」
「じゃあなに、ボーボボはそういう意味であたしのことが好きなの?」
「だからそう言ってねえか?」
あーそーなんだ。へぇ。あーなるほどね、ああはいはい。えーと、うん。わかった。……で?
普通の屈託のない顔でビュティがオレに聞き返す。その顔のどこにも動揺もショックも意地の悪い余裕さえもなく、平然。平気。平静。
「……でって言われても困るぞ。
まあ、一応返事でも貰おうかな。どうよ、オレ」
「うむ……じゃないや。今のとこ男の人のこと考える余裕ないなぁ。さっきへっくんにも言ったんだけど」
「――――――へ?」
「や、だから、さっきへっくんも今のボーボボと同じよーな事言ってったのよね。
でもあたしちょっとそれどこじゃないんで、って言ったの。」
平然とそんな事を言ってのける小さな少女のなんと強大なことよ。なーにが守られてばっかりの弱いアタシだ。オレぁいま気が遠くなりそうだぞオイ。
「そしたら?ヘッポコ丸は何て?」
「待ってるって。」
「……なんて返事したのさ」
「返事がどうとか言う雰囲気じゃなかったからしてない。へっくんの自己完結。」
厭きれたこの女。そりゃ宣戦布告じゃねえかよ。本気で自己完結だと思ってんのなら見上げた根性だぜ。
溜息ついてオレは彼女に向き直る。ビュティはオレの顔を見ている。呼吸を整え、言葉を押し出す。
「オレは待たない。今すぐ振り向かす」
12
「……ごーいんだなぁ」
「待つのは性に合わないんでね」
「ボーボボのそゆとこ嫌いじゃないよ。けどまあちょっと落ち着いて」
ようやく危機感が生まれたのかへらっと笑ってちょっとオレとの間合いを取った。……ふむ、鈍感でも奥手でもない訳だ。
「オレ達と会う前に好きな男が居たんだ?それどんなヤツ?」
「そ、そんなのボーボボに関係ないじゃん……てゆうか、ちょっと、ちょっと、顔、コワいよ」
ビュティの背には切り立った男湯の壁、湯で緩んだバスタオルの結び目がゆるゆると湯に逆巻くみたいに揺れている。
「冷たいこと言うなよ、告白した直後にさ」
「や、だって、えっちょっと、マジ?…マジなのォ……?」
何かを乞うように眉尻をハの字に下げて壁にへばり付くビュティにオレはにっこり笑った。ビュティがほっとした顔で笑う。
「だよねぇ、そんなわけないよねぇ」
「大マジ」
握ったままのビュティの右手を包んで封じ、体重を支えている岩に附いた掌を絡ませて顔を近付ける。きゅっと目を閉じて俯いたビュティはそれ以上何もしない。オレは額で彼女の顔を押し上げ、そのまま唇を奪う。
「んんっ」
サングラスなんかしたまま風呂入るんじゃなかった。曇って、黒くて、ビュティの顔が良く見えない。ぼんやりそんな事を思う。それでもよくよく目を凝らすと赤い頬のビュティが焦点の合わない視界の中に見えた。
やわらかい小さな唇。熱い手。硫黄の匂い、舞い上がる血圧と揺れる脳みそ。ああ、夢見心地。
ゆっくり唇を離すと溜息みたいにビュティが小さく一息ついた。それを見届けてオレはもう一度キスをする。
「やっあ……あぁ……!」
開いた唇に舌を押し込んで小さくて薄い歯に舌を這わすと何とも言えないうめき声が漏れる。押し付けている胸の振動がどっちのモンかなんてもうどちらにも区別がつかない。
左脇からえぐり込むよーに半回転させて抱きしめたままディープストローク。小さな身体が律儀にひくひく小さく痙攣しているのが可笑しかった。
13
「はぁ、はぁ、はあぁ……っ」
ようやく唇を離すと二人の口に銀色に光る唾液の橋が掛かった。長く伸びるそれがひどくエロい。
オレはとろんとした目のビュティの頬と、顎と、首筋と……という風に唇を滑らせる。子供独特の柔らかくてふわふわした肌はつるつるふかふか、ことさら気色がいい。
「ね、ね、だめだよ、こんなの、いけないよ」
「いやか?」
「……こんなことしてからそういう風に聞くのってずるいよ」
「じゃあ続けていい?」
「――――――だめ、やだ……って言ったら止めてくれるの?」
「んなわけねー」
「ほらやっぱり卑怯だ」
「卑怯で結構メリケン粉」
「……古。」
キス、キス、キス。何度も何度も同じ場所に、違う場所に、キッスの嵐。今までのキスの回数を超えるぐらいに何度も何度も、跡をつけないように慎重なキスをする。
叫び声も上げない。助けも呼ばない。逃げようとさえしない。もちろん止めろと拒否もしない。
……ねえどうよ、お前オレのこと好きなの?そうじゃないの?
これはなんだ。オレが妄想差し込む隙間作ってくれてんのか?それともじっと我慢してりゃオレの気が済むと思ってんのか?まさか守ってもらってるお返しなんかじゃねえだろうな。
どんどん盛り上がる肉体と体温とは逆に、頭の中がゆっくり冷静に、冷たくなってゆく。
指の隙間を舐め上げて細く短い嬌声を上げる少女の顔が、まるっきり男を求める女の顔になっているにも拘らず。
「な、ビュティの好きだった奴ってどんなヤツ?今でもまだ好き?」
笑い顔で言った筈なのに顔がなんだか引きつっている。声が妙な感じ。勘弁しろよ、鬱陶しい男だな。
「……コレ止めてくれるんなら教えてあげる」
「なんだ、止めてほしくねェんだ」
茶化したセリフに顔色が消えた。表情がコロコロ変わる14歳、感情に振り回されるフォーティーン。オレ14の頃なに考えてたっけ?ストレートに向けられた嫌悪感にたじろいで、頭の中にどーでもいい事が蔓延するのを止められない。
ああ脳味噌がゲンジツから逃避する乖離する分割される。
なあ首領パッチ、やっぱお前が言う通りにオレったら腰抜けのインポ野郎みたい。ビュティが怒ると怖くてたまんねえよ。
14
「悪いんだけど、どいてくれない」
冷たい言い方。業務的な台詞。オレは言われた通りに身体を離す。ビュティはバスタオルを巻きなおして髪を整える。それを何も言えずに黙って見てた。
「あたし、ボーボボはそんなこと言わないと思ってた。……だから男の人ってヤなのよ」
それだけ言い捨ててビュティは振り向くことなく女湯へ消えた。
追っかけてったら良かったんだろうか?でも何言えばいいか全然わかんない。ビュティが何考えてるか、何怒ったのか全然見当つかない。
ぽつんと湯に取り残されたオレは、ふわふわ舞い上がってた血圧も微熱も一気に急激に冷めて、腹の中に気持ち悪い古い油みたいなのが溜まってるのに気付いた。そいつはぐるぐる回ってて吐き気とも悪寒ともつかぬものを連れて来てて、去る気配がない。
指が動かない。
足が動かない。
頭が働かない。
身体が、ない。
イライラするのに腹が立ってるんじゃない。
なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ。
背中がざわざわする、口の中がピリピリする。
ふっと身体の力が抜けて湯に浸かるような格好で腰を落とした。
耳がようやくあたりの音を拾い出した。虫の音、いつもと変わらぬささやかな風が渡る音、月の光が静かに降る音。それが聞こえるのに頭の中に入ってこない。
それからどのくらい時間が経ったのか、気が付いたら首領パッチが隣に居た。
「このド阿呆」
殴っただけでそれ以上何も言わず、首領パッチがオレの背中に蹴りをくらわせて湯から引っ張り出した。
ぼんやりぼんやりしながら部屋に戻って布団かぶって寝た。
まともに思考できないからなのか、それ以上の記憶がない。寝ようとしなくても勝手に身体がスイッチを切っちまったんだろう。
目が覚めたら朝だった。
で、ちゃんとビュティはオレを起こしてくれた。いつものように。
15
「朝よ!ほらほら起きて、起きてったらボーボボ!ご飯なくなっちゃうよ!みんな食堂行ったんだから!」
「もう起きてるー!」
「わぁっ」
揺り起こしてた人間が急に身体を起して布団を跳ね飛ばしたのでビュティは布団を頭から被り、くぐもった声を上げる。サービスマンみたいなのが布団の裾を求めてうろうろしている格好がなんだか可笑しい。
可笑しいついでにそのまま抱っこしてみた。
『ギャー!なななにするのよぅ!』
「おーいみんなー!サービスマンの子供を捕まえたぞ!」
『もー!ちょっとォ!怒るよボーボボ!』
「うひょーこわー!おこらりるぅ〜」
じたばたするそれを小脇に抱えて食堂に直行する。入ってきたオレにみんなの視線が向けられて、でも首領パッチは興味なさそうに田楽マンとメザシの取り合いを続行した。
「お、はようございますボーボボさん」
「なんだその抱えてんの。サービスウーマンか?」
若干違和感が残ってるヘッポコ丸と、能天気でいつも通りの天の助が声を掛けてくれて助かった。ビュティを下ろして適当に席についてべらべらくだらないことを喋ったりしていつも通り食事をした。
いつもならすぐにちょっかい掛けてくるはずの首領パッチはやっぱりオレの方を見向きもしない。
仕方がないので一発ハジケでも、と思ったら視線の合った田楽マンに睨まれた。
所在がないのでオレは適当に飯を食う。
メニューなんざ覚えてもない。
飯を食うのがこんなに面倒くさいことだとは思ってもなかった。
身支度して宿を出て、オレ達は一路OVER城を目指してポクポクポクポク歩いている。
天気は悪くない。気温も高くもなく低くもなく。絶好の散歩日和で見通しがいい野原なんぞを歩いている。
となりには何故か天の助が歩いていて、何を言うでなく、ずっと普通のツラしてるので妙に空気が重くて肩が凝る。30メートルくらい先でヘッポコ丸と首領パッチがいつも通りにじゃれてて、その少し後ろをビュティが田楽マンを頭に載せて付いて行く。
「……なぁ。」
「アン?」
「なんか言いたい事でもあるんだったら面倒なことせずにとっとと言えよ」
16
「俺にはないよ。別に」
のほほーんとした顔を変えずにポヤポヤッとしたのんびり声で天の助が返事をする。パッと見じゃ、どう考えても裏があるように思えない。
「お前にあるんだろ、言いたいことってのが」
きーてやるよ。気楽な口調でそんなことを言う。オレはその態度にカチンときた。余裕綽々で飄々としたその態度に。クソッタレめ、その人を食ったよーなムカつく顔にメガトン暗黒情報くれてやる。
「おー、そーかそーか、きーてくれるか。
実は昨日ムラムラきてビュティ襲っちまったんだよーん」
「へー。」
「そんですんげえ怒らせてビクビクしてるとこだよーん」
「ほー。」
「おまけにその前にヘッポコ丸も告白してたみたいなこと言われて危機感バリバリの最中だ馬鹿野郎」
「そー。」
どの言葉にも全く動揺せずに、天の助は歩調も変わらず平気なままどーでもいい返事を返す。オレのイライラはいや増すばかり。
「……コメントねーの」
「あーん?なんか言って欲しいのかー?困ったなァ別になんもねーんだが……」
ヘラヘラ笑い顔で天の助がオレの顔を肩越しで見た。安穏とした、意に介さない半笑いの顔で。
「じゃあ昨日お前ら3人が風呂行った後このとでも喋るわ。田楽マンがオレらの部屋の窓から男湯が見えるの発見してた。俺は散歩に行くとこだったから見てないけど。あとはそうだな……首領パッチが“おめーが暴走機関車になってどーすんだボケ!おれは止めて来いと言ったんだ”っつってドア閉めても聞こえるくらい怒鳴ってたかな」
「………………」
「散歩してたらさ、旅館の裏手に庭園あっただろ?知らない?
あすこにでっけえ灯篭があんだよ。んでさ、その後ろでさ、ヘッポコ丸が泣いてんだよ。
いい年こいた男がさ、背中丸めて泣いてんだよ。
俺ぁソレ見てなんか異様にムナクソ悪くなってよ。
16にもなって女にフラれたくらいで泣いてんじゃねえよって。どんだけ甘い人生歩んできてんだこの馬鹿って」
いつの間にか硬くなった声で天の助が続ける。真っ直ぐ前を見たまま、歯を食いしばって。
17
「俺はずっと誰にも買ってもらえなくて、34年独りで耐えてたぞクソッタレって。
何で泣くんだよって、なんで諦めるんだよって。
すんげえムカついて胸倉掴んで殴ってやろうかと思ったんだけどさ。」
なんか馬鹿馬鹿しくなってヤメた。溜息を台詞に変えて力んでた表情を一気に弛緩させ、天の助はいつもの間抜け面に戻る。
「……あの馬鹿まだ若いんだ。
だから嬢ちゃんに家族とか親とか、そういうのを闇雲にダブらせちまうんだ。
もちっとまともにビュティを見てたらあんなに泣かんでもよかったのに。ほんと、馬鹿だよあのガキ」
無神経なスマイル貼り付けた天の助が、なーんて分析してみたりして、とゲラゲラ笑った。
「ついでにおめーも分析してやろうか。
朝飯のときにビュティ抱えて入ってきたろ。あれはハジケじゃなくて顔合わせらんなかっ……」
天の助の台詞を阻止するようにオレは声を荒げる。
「じゃあオレも分析!
てめーは無神経でデリカシーがなくて寂しがり屋でその上要りもしねーことをべらべら喋る人の顔色が伺えねートンチキヤローだよっ!」
おーあたりー。カランカランと商店街のセットを背負って天の助がハンドベルを鳴らす。
「おまけにヘッポコ丸を贔屓しすぎてお前に八つ当たりする程度のペラい人間性だぜヒャッホー」
言いながら天の助が走ってヘッポコ丸と首領パッチの間に割って入っていった。しばらくグダグダやってたら今度はヘッポコ丸が厳し目の表情で立ち止まってオレを見ている。……チクったなあのプルプル野郎……
逃げる訳にもいかないし、かといってちょっとはぐらかすにも骨が折れそうだ。頭の上にはご丁寧に田楽マンまで載っている。
「……ボーボボさん、天の助から聞きました。」
立ち止まってるヘッポコ丸を通り過ぎて歩調を変えずにいたら、後ろから付いてきた。
「オレも聞いたぜ。泣いたんだってな」
「なっ……!?」
「お互い脛に傷持ってんだ、触れずに行こうじゃねえか」
「……それとこれとは別でしょう!?
ボーボボさんはそんなことする人じゃな」
「あーそれもうビュティから聞いた。なんだお前ら、人を聖人君主かなんかみたいに。オレ別に性欲ねーわけじゃねえぞ」
18
「せっ……せ、せいよくって……」
「ボーボボ、直接的な表現はダメなのら。このボクもドーテーなんだから」
田楽マンがニコニコ顔でいらんことを言う。……くそ、こいつもたいがい腹黒いな。
「あーもーうるさいうるさい!27の男に何を求めてんだお前らは!女が風呂に一緒に入ってんだぞ!ちんこ立たない方がおかしーんだよ!」
「そんな短絡的な!!」
「性欲の奴隷どもめー」
怒るヘッポコ丸とは対照的に田楽マンは相変わらず蜂の巣突付いて喜ぶような真似を続ける。
「ヘッポコ丸くん、腹割って話そうじゃないか。立ったんだろ?……ん?」
「立ちません!!」
肩を掴んで向かい合っても頬染めながら必死で否定するヘッポコ丸。それを頭の上でゲタゲタ笑い飛ばす田楽マン。一種異様な空気が三人の間に流れているが別に誰もそれを破裂させようという気はないらしい。
「ボーボボさんは……ビュティのこと好きなんですよね?だから……その、押し倒したりしたんですよね?」
うわぁーオレいつの間にか強姦魔にレベルがアップだかダウンだかしてる〜。人のうわさってちょうコエー。
どれ、怖いついでにひとつからかってやるか。この嫉妬感ムキだしで天の助にぬくぬく守られてるボクチンをよ。
「さぁーて、ど〜かな〜?
ずっと一緒に居たから情が移っただけかも知れないぜぇ〜」
底意地の悪い声を出して好奇の顔でヘッポコ丸に視線を落とすと、少年は照れもせず怒りもせず、およそ歳にそぐわない冷たい目でオレを見ていた。
「だったら……もしいい加減な気持ちでそういうことしたなら、幾らボーボボさんでも…オレ…許しません」
「…………許さないって、どうするね?オレとやろうってのか?」
このクソガキ、そこまでノボせ上がってんのならオレにも考えが……と、腹に黒いものが湧き出した瞬間、ヘッポコ丸がオレを真正面から睨んできっぱり言った。
「軽蔑します」
振り落とされた田楽マンを振り返りもせず、少年がオレ達に背を向けて3人の元へ走ってゆく。なんつーハズカシー奴。真っ直ぐな目で睨んで、おまけに“オトナの喧嘩”まで吹っ掛けてきたよ。
尻餅を付いた田楽マンが付いた草と砂を払い、ぽそりと言った。
「今のボーボボよりよっぽどオトナなのら。寄り道してたらあっという間に日々成長する小さな魔人たちに追い抜かれるのら」
――――――なんで子供って大人になりたがるんだろうなぁ。大人になってもいいことねーのに。
19
日が暮れてきたので一行は適当に宿を取った。宿場町は季節柄なのか人で溢れていて、6人一緒に宿がとれず、オレと天の助とヘッポコ丸、パチ美と田楽マンとビュティの男組と女(?)組に分かれて別々の宿を取った。
夕食も食べ終え、風呂の支度が整うまで時間があると言うのでオレは浴衣など着てぶらぶら土産物屋をからかうことにした。天の助も誘ったんだがヘッポコ丸が行かないというので一緒に部屋にいるという。
かーッ、すんげえ過保護。……頼ってくる奴が出来て嬉しいんだろうけど一応あいつ16の男なんだがね。
べたべた甘ったるい二人に見切りをつけてとっとと部屋を出た。
今日は空に星がない。月に薄雲が掛かっていて一雨来そうだ。
下駄を鳴らしながらてれてれ歩いてたら予想通りにぽつぽつ降り出したので、こりゃまずいと宿の方へ戻ろうとしたときには既に遅かった。
まるでバケツをひっくり返したかのようなとんでもない雨。とてもじゃないが歩いて帰れる様な有様じゃない。参ったなぁと軒先で雨宿りしてたら、向かい側のビルの3階の窓が開いた。
「やっぱりボーボボだ。なにしてんのそんなとこで」
「……見てわかんない?」
「雨宿り楽しい?」
「わきゃねーだろ。蚊に食われるし最悪」
ぷいっとそっぽを向いて声を掛けたショートカットの女の子から顔を逸らした。……無意識に来ちまったのかな、あーヤダヤダ。ストーカーかよ。
「……悪さ、しないんなら部屋に来てもいーよ。首領パッチくんと田楽マンまだ帰ってこなくて暇だから」
「あのなーお前、危機感ねーのかよ。女の子が一人の部屋に男入れたらいけません!しかも夜!」
「部屋に入れたらオッケーなんてそれオヤジの発想ーて、どっかの中学生が顰蹙してたねー」
「オヤジじゃないの、世間一般の常識。貞操観の問題。」
「あっそ。んじゃあそこで好きなだけ蚊に食われてりゃーいーじゃん」
パタン、と窓を閉じて、ご丁寧にカーテンまで引いたビュティの影が窓辺から消える。オレはそれに何故かほっとして窓を見上げてた。
……まぁ、こんな方が、気楽でいいかもな。
体が冷えてきたのか、なんか全身が水っぽい。街灯が歪む。きっとサングラスについた雨粒のせいだ。プリズム分解された光が七色にゆらゆらゆれて、景気が悪いったらありゃしない。ぐしゅっと鼻を啜り上げたら腕のあたりからタオルを差し出された。
「……こんなとこで風邪引かれてもたまんないからお願いするわ。部屋に来てちょーだい」
20
和室四人部屋の男組とは違って洋風のツインを二部屋取ってた女組は、正真正銘の女であるビュティが一部屋を一人で使っていた。シャワーを借りてテキトーに身体を洗い、ビュティの手配してくれた男物のパジャマに袖を通す。
「へぇー、女組はリッチだな」
「“パチ美さん”が絶対ベッドって言い張るから仕方なく。なんか飲む?紅茶しかないけど」
ベチャベチャになって、泥が思う存分はねまくってた浴衣を水にくぐらせて干し終えたビュティが申し訳程度のキッチンに向かって湯を沸かす。
「温ければ湯でいい」
「アールグレイね」
「へいへい飲みます、飲みますとも」
マグカップを受け取って二人膝をつき合わせてベッドの上で静かに啜る。
――――――あー、空気重い。
ちらっとビュティの顔を見ると、別に何を言うでなく紅茶を飲んでいる。サングラスってこういうとき視線隠せて便利だよね、なんてじーっとビュティの一挙一動を見守ってた。
「……なんか用?見つめたってなんも出ないよ」
あんまりなお言葉にビクッと体が震える。な、な、なんでオレの視線が解るんだ!?
「こんだけ長いこと一緒にいるんだからサングラスの奥くらい見当つくって」
へらっと初めてビュティがオレに笑い顔を見せた。オレはその笑顔に思いのほか緊張を解きほぐされて苦笑いするしかない。
「んだよ、人が悪ィなぁ」
「あははははーだってボーボボが緊張してるから面白くって」
けらけらけら、女の子がマグカップ抱えながら笑う、嬉しそうに一息ついた風に。
それを見てオレはなんだか泣けてきた。情けなくて恥かしい。
「……ごめんね」
「はぁ?……なにが」
きょとんとしたビュティの表情のどこにも恨みがましさの欠片もなくて、その平気な顔にますます泣けてくる。
「ちょっ……なに泣いてんの……
ワケもわからず泣かれたらいくらあたしでも引くよ?」
口調は平然としているのに声が水っぽくて(さっきのオレの身体みたいだ)、もう俯けた顔を上げる勇気がなかった。
21
「……あのね、あたし、ああゆうの、ちょっと苦手なの。
昔……ほら、まあこんな世の中だからさ、色々あるでしょ?それでちょっと、苦手なの。
だから急にああゆうことされるとビックリしちゃって。だからそれだけなのよ。
別にボーボボが嫌いとか、そういうんじゃないからね。ね、だから、それだけだからね」
肩越しにオレの顔を覗き込むような格好で、必死にいつも通りの声を出してオレを励まそうとしているビュティが不敏だった。この子はいつもオトナをやってる。それはオトナにならないと、辛いことが多いから。
子供が伊達や酔狂、憧れで背伸びするのとは違う。これはもっと哀れで痛々しいものだ。
「……ぁのなぁ!」
「は、はいっ!?」
「いいんだよそんな大人の真似なんかしなくても!
嫌だったら怒っていいし!ムカついたら殴っていいの!悲しかったら泣け!怖かったら助け呼べよ!
何で我慢すんだよ!いーんだよガキやってられる間はガキで!守らせてくれよ!オレ一応大人なんだから!」
オレがそう毛足の長いカーペットに向かって怒鳴ったら、ビュティが嬉しそうな声で短く、うん、と答えた。
「大人の言うことをなんでも盲信するような馬鹿じゃねえだろ、お前は」
子供でもお前は賢いんだから、嫌なら嫌って言え。全力で出来る限り守ってやっから、無理な我慢はするな。オレは途切れ途切れにいろんなことを宣言する。それを黙って少女が聞いている。
「うん、お風呂のとき、嫌だったらちゃんと言った。…そんなにヤじゃなかったから、黙ってた。
でも、ボーボボが、ちょっと、昔のこと思い出すようなこと、言ったから……動揺しちゃって」
えへへへ、後ろ頭をぽりぽりやりながらビュティが細い声を出した。思わずそれに顔を上げたら、硬い表情の彼女が焦点をオレから明らかに逸らしていた。
もうこの子は子供に戻れないんだと、理解した。戻れないなら、往くしかない。
「悪かった。すまん。もう言わない。許してくれるなら、うれしいんだが」
「いっいいよ!別に、そんな、大層なことでなし!や、やだな、もう、改まっちゃって。」
「もう言わないから……その、仕切りなおし、しない?」
「っ…し、仕切りなおしって?」
「温泉の続き」
ぽつりと上目遣いで訊ねたら、数秒間固まったビュティが引きつった悲鳴みたいなのを上げた。
「えええええー!?こ、ここで!?今!?ちょっとちょっとマジなの!?」
どざざざーと、一気に壁際まで逃げたビュティを緩慢な動作で追い詰める。……ああ、これでまったく昨夜と同じだな。
22
瞼が重い。
甘い匂いがする。
髪から花の香りがして、指を這わすたびにゾクゾク背筋に何かが走っていく。
「…恥かし…い…」
壁際に追い詰めたビュティは観念したのか瞳を閉じて、オレの唇を黙って受けた。口の中に踊るたどたどしい熱い舌が、歯の裏とか、上あごの奥とか、そんな所をなぞるのでオレは気が気じゃない。
ぷちゅくちゅちゅくちゅく…残響がする。エロいエロいキスのノイズ。21歳未満お断りのやらしー音吐。
「奇遇だな、オレもだ」
人差し指の腹に全神経を集中させてそっと胸に触れた。
「やっ…!」
びくんと大げさに痙攣して胸をかばうように背を曲げたビュティに被さるように逃げ場を封じる。
「……や?」
「だってこんなのおかしーよ!
なんか間違ってる気がするんだもんー!大体なんで男の人ってこんな事したいのよう!」
ベッドの上で足をじたばたさせながら悶える腕の中の少女は、それでもオレをあの時みたいに冷たい声で撥ね退けたりはしない。
「少なくとも、オレはお前のことが好きだからこうするんだと思うんだけど……どうなのかな。自分でもよく解らん。
アタマに響いてる『ビュティを押し倒せ』って声に従ってるだけだったりして」
嘘は付きたくない。ビュティは賢い。きっとオレの“ドッキリ・スペクチャー”なんかすぐ見抜いてしまうだろう。薄っぺらな愛を囁いて嫌われるより、冷たい本心を拒絶される方がマシな気がした。
オレの言葉にビュティの周りの空気がぴんと張り詰めたのが見えるかのようだ。冷たい目のビュティがむくりと起き上がる。
「……なにそれ」
「単なる本心。ドキドキうるさい心臓の鼓動が真実だと思えない哀れな大人の言い訳かもね」
「わけわからん」
23
「……んー、オレは口下手だからナニ言っていいのかわかんねえんだよ。
でもなにかをお前に言わなきゃならないと思うから必死で言葉を探してる……んだけど、それが全部シッチャカメッチャカでチャランポランでどーでもいいくだらない台詞になっちまう。
どう言ったらこのアタマん中に渦巻いてるものをビュティに解ってもらえるんだろうな」
口が止まらない。おかしいな、オレこんなにお喋りキャラだったっけ?
泡食ってだらだらツマんねえ言い訳じみたことが勝手に吹き出すオレの唇に、気がついたらビュティの指が触れていた。
細く冷たい、少女の指。
「わかった。……もういいよ。」
オレの全てを封じるちいさな人差し指。
「……ボーボボは恋とかした事ないんだね。――――――なんか、カワイイ」
にへーっとビュティが笑う。柔らかい声でオレの心のどっかをぎゅっと苦しくする。
「あたしが初恋の人か。……えへへ、なんか照れちゃう」
ぽりぽり後ろ頭など掻いたりなんかして、ビュティがオレの身体からするりと抜け出した。パンパンとパジャマをはたいてしわを伸ばし、髪の毛を手ぐしでさーっと整える。
「いい?ボーボボ。あたしはボーボボが今まで付き合ってきた女の人とは違うの。
これまでの手順はみーんな忘れて、一番最初の状態にリセットしてちょうだい。いいわね」
「……何の話だ」
「いーから!リセット!今すぐ!」
キッとオレを睨みつけたビュティがベッドの上にちょこんと正座をして目を閉じた。
オレと言えばいきなりリセットなどといわれてもワケが分からないモンで、仕方がないので同じように正座をして目を閉じた。
「なーんにも訊かないから、何も訊かないで。
ボーボボも初めて。あたしも初めて。いい?全部初めてよ」
「……おい、ビュティ、オレはその、別に無理矢理どうこうとかは……」
「いーの。あたしがしたいんだから、付き合ってよっ」
オレは彼女のヘンな迫力に負けて、仕方なく(という言い訳をしながら)ビュティの唇に触れた。
24
こうして抱くと、本当に小さな女の子なんだなぁと実感する。身の丈がどうとか以前に、全てのパーツが絶望的に小さい。髪の毛にしたって細くて柔らかで、なんか自分とは別のイキモノのような気さえする。
「……入るのかなぁ」
ぼそっと思わず呟いてしまった言葉が彼女の耳に届いたのは不運だったとしか言いようがない。
「へーきよ。もーっと身体のおっきい人知ってるから」
ぐぼっとヘンな勢いで息を飲んだんだか息が詰まったんだかは解らない。ただ息が止まった。息が出来ない。自分で顔が青くなるのがわかる。
「どしたの、ボーボボ」
きょとんとしたビュティの顔がはっとして、それからしまったなぁという表情になって、お互い沈黙した。
「……なぁビュティ、オレ意外に人間が小さい上に嫉妬深いみたいよ。
やばーい、なんにも訊くなとか言われても無理無理無理ー!ゼッタイムリーフルベース!」
じたばたじたばた身体を捻って捩って身体中にむくむく湧き出す黒色の雲に翻弄されるオレに、困り顔のビュティがヤケクソで声をかけた。
「えーとほら、あー、天の助くんとか!……ダメ?」
「天の助が粉微塵になって原材料の天草まで戻っちゃうYO!」
「いーじゃん!ボーボボだってこー、ぼんきゅっぼんのきれーなおねーさんとか知ってるんでしょ!?それでおあいこ!ねっ」
「やだやだやだー!オレのは業務的なアレだけどビュティのは本域のアレだろー!」
ぎゅっと彼女が両手を握る音まで聞こえるような、重苦しい、声。かすれた悲鳴。
「……ちがうよ。あたしのは、事故的な、アレ」
その声にオレは身体中掻き毟られるような気がした。全身が押しつぶされそうに苦しい。
「…わぁかったーっ!なんも言わーん!お前も言わない!それでいい!ビュティもそれでいいな!」
「――――――ん。」
痛々しく笑うビュティを見て、どうしてオレはこう、大人をするのに不自由なのかな、と我ながら情けなくなった。
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小さな胸、細い首筋、白い肌。欲情しろってのが無理だ。勃つわきゃねーべ、こんな子供で。おにーさんはボンキュッボンのおねーさん専門ですよー!
「やっぱり胸とか、ぺたんこで面白くない?」
「ソンナコトナイヨ」
「顔にウソって書いてある」
「ウソジャナイアルヨ」
「なんで中国人?」
参ったな、オレが望んでるのはこーゆー事じゃないんだけど……なんて言ってもビュティには違うニュアンスで取られるに決まっている。だからと言って腹を決めただけで解決するような問題でもない。
「……しょーがないなー」
「ななななななななな」
思案に暮れるオレをほったらかして、いつの間にかビュティのあの小さくて細い腕がオレの下着の中に進入していた。
「手伝ってあげましょー」
「ややややややややややややややめめめめめめめめめめめめめめめ」
「壊れたCDみたい。おっかしいの」
いつも通りの天使の笑顔。なのに下着の中で蠢くのは大胆で繊細な悪魔の和毛。
ああああああ!年下の!しかも倍も歳の離れた被保護者に!オレは一体何をさせているのか!そして律儀に反応してんじゃないよマイサン!
「あのうビュティさんマジうわっキタコレやばいやばいやばいって洒落になんないって」
「洒落じゃないもん。うりゃうりゃうりゃ」
チクショー嬉しそうな顔しやがってこの女。しかもなんて手さばきだ、確実にそこいらの商売女よか上手いぞコレ。
……こんなもんたった14歳の女の子が上達する理由を考えただけでまた全身が引き裂かれそうになるけど、とりあえず今はこの指先から神経を逸らすことが出来ない男の性が憎すぎる。
「まったく、大人をからかう悪いムスメだ!こりゃお仕置きだな!」
ビュティの身体を持ち上げて無理に腕を引っ張り出し、何とか攻撃を逸らして叱るオレの顔を両手で固定し、彼女が唇を重ねた。
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「お仕置きィ?できるもんならやってごらんなさいよー。あたしは一筋縄じゃいかないわよーん」
熱い舌が口の中へ入ってくる。まるで生き物みたいに蠢き踊る舌は、オレの舌を絡め取ったり唇を滑ったり、あごのあたりから首筋、喉仏、鎖骨などにぬるい軌跡を残す。
ぞくぞくぞくぞく
背筋がそそけ立つのになんだか泣きそうになるから、オレはしばらくされるがまま。
ああ、なんてこった。
オレの好きな女はこんなに儚いのに
どうしてお前、そんなに強いんだ?
イヤじゃないの?こんなこと上手くなってる自分が嫌いじゃないの?
眉間にしわを寄せ、オレは我慢が出来なくなってビュティの小さい身体にぎゅっと抱きついた。
「ひゃ!」
「オレね、ダメなオトナですよ。
でもね、頑張るから。ビュティの役に立てなくてもいいよ。その代わり絶対に守るから。
もうこんなこと二度としなくていいから。
ビュティがヘッポコ丸を好きだろーが、首領パッチ、天の助、田楽マン、他の誰かを好きだろーが、もーどーでもいいよ。オレはオレがお前を好きって知ってるから。ちゃんと認めたから。
だからもういいよ。いいんだよ。な、だから、もういいよ」
後半は声が歪んでたんじゃないかなと心配になった。時々引っ掛かる自分の途切れ途切れの台詞がみっともなくて嫌だなあと思っている。
「……なーんか、勘違いしてない?ボーボボ」
あきれ声のビュティと目が合うと、彼女はんー、と思案顔を傾げて唸っている。
「あたしね、これ今イヤイヤやってんじゃないよ。
ボーボボが気持ちよーくなってくれたら嬉しーなーって、それだけだからね」
にっこり微笑むかわいい女の子。よそ行きの笑顔。いつもの気楽さ。……ああムカつく!
「オレはそんなのヤだよ!」
思わず怒鳴った声に自分で驚いた。その倍、彼女が驚いた顔で一時停止。
……〜〜っ!あーわかった!言うよ!全部言っちまえばいいんだろ!!
「……あーもう!じゃあ言うけど!
ビュティお前ほんとにオレと今からセックスする気あるか?ねえだろ?その妙技で一発抜いてやろうってだけだろ?
オレは!ヤなんだよそんなの!やるんだったらお前の心ごと抱きたいの!身体だけもいらんし、とーぜん手や口なんかでいじられてもなーんにも嬉しかねーんだよ!分かるか?解れよ!判ってくれよ!
お前が男キライなのも知ってるよ!オレみたいな身体のでかい奴が特に苦手なのも知ってる!急に抱きしめたら身体がマジで凍ることも知ってる!
でも、それでもお前笑ってオレのこと許してくれたから、嬉しかったよ!震えるぐらい嬉しかったよ!」
27
「――――――――――――はーい、ボーボボさんすとぉーっぷ」
気楽なあの声。いつもの軽い突っ込みのときの。
「あたしをどーしてそんなに悲劇のヒロインに仕立て上げたいのかわかんない。
…そりゃまあ、ちょっとはボーボボの言ったこと当たってるトコもあるけど、そんな深刻じゃないってば。よくあることじゃない。ね、心配しすぎだよ。
あたしヤな人とベッドにいて逃げないほどお子様じゃない。14歳って案外オトナなんだから」
ひとつ頬にキスが下りてきた。軽く掠めるような、口づけ。
「身体が大きい人あたし好きよ。抱きしめられるのも好き。男の人が誰も彼も怖いだなんていうロマンチストじゃなくてごめんね」
オレの左手をあの小さな両手が持ち上げて、自分の胸に押し当てた。
「……ね、どくどくしてるでしょ。これ、怖がってるように聞こえる?」
「――――いいや」
「んふふふふ。
――――――――やさしくしてね?」
茶目っ気たっぷりに彼女がウインクをした。俺はひとつだけ浅く頷いて少女の胸に左手を押し当てたまま、右腕でビュティの身体を全部引き寄せた。よろよろと縺れる足が絡まって重心さえ容易く奪ってしまえる。
「あっ……!」
小さく上げた吐息とも悲鳴とも付かぬささやかな声が、凍っていた血を溶かして一気に流れたような感覚を覚えた。ぞくぞくぞくそく。背筋に、首筋に、耳の裏に、血が通う。
「もー知らんぞ、殴っても止めてやんねえ」
「……ボーボボのえっち。」
「悪かったな!オレはえっちですよ!エロエロですよ!へんたいですよーだ!
腰が立たなくなるくらいやってやるからな、絶対寝かさねーからな、覚悟しとけよ」
「えっちえっちえっちー!ボーボボのちょうえっちー!」
やーん、とまるで猫が無理に抱かれたときに両前足を突っ張るみたいにオレの腕を押しのけるのに、目がうるうる潤んでて、唇が今まで見たことないくらいに真っ赤になってた。
「……………………う、ん…ッ」
28
熱がひどい風邪の時を思い出す。
眩暈がして頭痛がして、それから……動悸と息切れと……混乱……
シーツに広がるショートの髪が電気が消えた部屋の窓から差し込む街灯の光に柔らかく反射していて、なんか卑猥だ。閉じられた瞼に舌を這わすとパジャマの背中をぎゅっと握られた。
頬を伝って首筋に、鎖骨に、胸に。彼女がそうした様に同じぬるさでなめくじの通り道。
「んくぅ……ん」
下着どころかパジャマも脱いでないそこへ、右腕を、右手を、中指を滑り込ませた。
「やぁっ……よご、れちゃう……ぅ…」
「あたらしーの買ってやる」
「そんな無駄遣い…」
うるさい唇をふさぐ。つまんないこと考えてる余裕を潰してやる。舌で、唇で、息で。
ひく、ひく、ひくと細い腰が揺れるたびにぞく、ぞく、ぞくと背筋に戦慄が走る。何かに急かされるように自分の中指が何度も何度も少女の神秘をなぞる。
「いっ……や、や…あっあっ」
パジャマの生地は決して厚くない。糊のパリッときいた綿パジャマ。執拗に何度も何度も、その向こう側にある猫の肉球みたいなそれを擦るので、なんだかそこの布が柔らかくなってきたよーな気がするのは多分、思い過ごしじゃない。
「……やって、なにが。なぁ、なにが、や?」
「いじわるぅい!」
「ゆってみ、このくちでゆってみ」
「へんたい!」
「あーいいなそれ、ぞくぞくする。もっと言って」
「……うぅぅぅ……パジャマの上からじゃやだぁー」
ああ、修行が足りないオレときたら顔が赤くなるよヤメテヤメテこっちが照れる!……とかいいながらズボンのお腹からそーっと手を差し込んで、ぱんつの上からより具体的に分かるそこを愛撫する。
「あっあっあっ…やっ…ちがうー!」
ぽこぽこ殴られるのは承知で中指は布一枚の壁を乗り越えずにまだ見ぬ神聖に祈りを捧げる。もうずいぶん前から動くたびにささやかな音を立てて活動している中指。オレの腕を掴むビュティの力が切なく強くなっていた。
「違うなら自分で動かせよ」
「ボーボボまじタチ悪いィ!」
29
絡み合う二匹の蛇のごとく、巻きついて離れない。
……これはなんだろ、まさか愛なんて言うんじゃなかろうな。
違うと思う。けれど欲のみか?と訊ねられても返事は肯定ではない。
「――――――――なあビュティ、気持ちいいとこ悪いんだが……オレらがやってるこれなんだろう。慰めあいかな?暇つぶしかな?ここから何か始まるのかな?それとももっと何か違うものなんだろうか?」
動きを止めて思案顔で呟くオレを彼女が平手で殴った。
「そんなつまんないこと考えてる暇がある割にはえらいことびんびんじゃない」
ほっぺたをつねられてぐいーっと引っ張られてレトロな叱られ方をした。
「ボーボボって結構少女趣味なのね。愛を囁いてなきゃ不安?それとも一夜でも心を求めちゃうロマンチストなのかしら。意外に倫理とか常識とかにがんじがらめにされてるからこそハジケリストだったりするんじゃないの?
……とにかくノボせた女の子の身体ほっといてツマんないこと言ってんじゃないっ!真面目にセックスしろぉ!」
「だって!だって!なんかわかんねえんだもん!」
オレのこねたダダに付き合ってか、彼女は怒り顔を冷たく平静に戻し…でも少し微笑みながら…言った。まるで小さな子に諭すように。
「――――――――それが恋をしてるってことなの。
自分の欲しいものが手に入らないから不安なんだよ。わかった?ちゃんと自覚しなさい」
目からうろこが落ちた。
なんかいろんなものが落ちた。
動けない。
「……うん」
「ったくもう、オトナのくせに恋ってモノをナメてんじゃないの?結構手に負えないモンなんだからねっ」
「うん」
何度目のキスだろう。長いこと彼女の唇に噛み付くようなキスをした。
オレはよく知らなかったんだ。
人とひとつになること。
自分を分解すること。
お前を好きになってヤな自分も見たよ。汚い感情も持ったよ。お前の心を望んだばかりに苦しくて寂しくてやだったよ。意外に自分が人の目を気にするタイプだってのも知った。
でもビュティ、お前はどうなんだ?オレをどう思ってる?
……いや、いい。手に入らなくても、ビュティが笑ってるのを見ていられるなら。
30
「あっあっあっあ」
綿の下着の上から擦ると小さく声を上げるビュティのぐっと閉じられた瞼がひくひく痙攣する。唇が半開きになってキスをするたびにカチカチと歯が当たる。その鈍い衝撃がいいと思った。
「恥かしい?」
「ばかっそんなこと訊くな!」
おおこわ。オレは口を閉ざして口の端を持ち上げ、ただ指と舌と肌だけになる。
「……髭とか毛が、ちくちくして、いい」
かーっと顔を真っ赤にして少女がエロいことを言って自己嫌悪で悶えている。それを眺めてなんだか癒された。
「けっこービュティってエロいんじゃん」
うわあーん!枕を顔に当てて大泣きするフリをする間にも腰のグラインドが止むことがないので可笑しい半面ぞくぞく背筋に走る快感が背徳的だなあと他人事のように思った。
「うは、ぐちゃぐちゃ」
指に絡まる粘着質の粘液はオレの指を思う存分ふやかしていて、指と指の間に透明なつり橋が掛かっていた。橋げたの太さが意外な気もするし、これから先のことを思うと安堵もする。
「……やだぁもう〜……そーゆーこと普通女の子に言う!?」
「――――――こいつは失礼、レディ」
もう一度キスをした。ビュティはオレのキスを嫌がらない。……ということはオレを受け入れてくれるってことかなぁ?女はキスが大好きだけど、好きでもない野郎にされるのはきっと拒むはずだから。
「……嘘でもいい。オレのこと、今だけ、好きだって言ってくれ。
そしたら安心すると思うし、ひどいことも絶対にしないよ。今苦しくて仕方ないんだ、だから助けてくれたら嬉しいんだけど」
腰抜けが囁く声に、にやりと笑った娼婦が唇の端から「女」の声を出した。
「逃げないでちゃんと戦えよ、毛の王国の生き残り」
この女はオレを良く知っている。つかまれたら嫌な所をよく知っている。ぐうの音も出ない。
「〜〜〜〜ッ!わかったよっ!」
キスをするキスをする、ただ唇にキスをする。
この少女を愛しているのかどうかはまだわからない。……でも、心の底から守りたいと思うこの感じはたぶんいつまで経っても嘘にも過去にもならないだろう……と今は思う。
自分のこの直感は信じていいもの?自分に自信がないわけじゃないけど、いつものハジケやパワーと技でねじ伏せられるもんじゃないから、いまいち抱え込めず持て余している。それがなんだか悔しかった。
31
……これは入らないだろ、我ながら。ズボンを脱いで下着も脱いで、ビュティもせっせと脱がしちゃって、冷静になった感想。
「硬度が足りないね。口でしてあげようか」
オレのふにゃちんを挑発するように少女が赤い唇の隙間から桃色の舌と白い歯を見せる。にやにや笑ってて、まるで年上のお姉さん。童貞くんを上手に手ほどきしてあげる優しい経験者。
「男ナメんなよムスメッコー!……いつか必ず痛い目見るぜ」
「もうとっくに見たもーん。子供扱いするヒマがあるんだったら気合入れて勃てなよボーヤ」
口の減らない女にムカムカイライラ。怒りのパワーでちんこって勃つもんなのか?両手首をググーと押さえつけて考えうる限り一番エロいキスをした。もう一度しろなんて言われてもきっと出来ない。
「あ、ゴムねえや」
「……出てくるんでしょう、そのアフロから」
オレの手を振り払ったビュティが髪をごそごそ引っ掻き回すのがモノスゴク居心地が悪くて、ケツとかちょうぞわぞわした。あんまりくすぐったくて気持ちいいんだけど妙に気色悪いからズボンのポケットの財布から紳士のマナーを取り出す。
「おっ二つ綴り…一個使ってますねぇ」
「見んなエロ!……そりゃあオレは大人ですから、こんなのは常識ですよ。だってないと困るしそもそもオレんサイズとかって普通に売ってないし生でやるほどオレ根性座ってないしだいたい」
「なに言い訳してんの?」
きょとんとした少女が興味もなさそうにそんなことを言った。……マジへこむ。
あのね、無理。お前を遠くから見てるだけで平気とかカッチョイイこと言ったけど全然無理。
「…るっせぇな」
「何怒ってんのよ」
ビュティがオレの腕にキスを滑らせて怒っちゃやーよ楽しくやりましょうねぇ、とニヤニヤ笑いで子猫チャンの笑い顔を見せた。いろんな顔を持っている子猫チャン。素っ気無くって甘えたと思ったら突き放したり、心底不愉快な顔した次の瞬間ニヤニヤ笑ったり……おにーさんは敵いません。
「んじゃ、まあ、やろうか」
「あははは雰囲気なぁい〜……うん。やろうぜ」
細く小さな腕が絡む。頬に当たる二の腕のすべすべと柔らかさが幸福をつれてくるような錯覚をもたらした。
32
……あっあっあっ
はぁはぁはぁはぁ
やっあっ…うっあっああんぅ…ぅ…
はっはっはっはっ
いっやっあっうんっん、ん、ん。ん、ん、ん……
この、喘ぎ声って奴はどうもいけ好かない。間抜けな気がして落ち着かないから。笑って吹き出しそうになる。
あっはっはぁっはぁぅうぅうあんあんあんあん
はぁっはぁっはぁっはぁ
いやっいやぁいやっううううう…うう、ううーっ
なん、だよっ…や、なのかぁ?
うっあっやっあっあっだってっあっあっ
だってって、なにがっ
き、きもちいいんだもん
へっへへへ、ざ、ざ、まあみ、ろ
ぼーぼぼ、うま、うまい。きもちい、いや
やなのか、いいのか、はっきりしろよ
いいっいいっいいよぉ、いいんだってばっあっやだっいやっ
は、は、は、は、どっち、だよ
くすくす笑いながらビュティの足を高く持ち上げて、オレは一生懸命腰など振る。ビュティはオレのマイサンなど当然みたいにやすやす飲み込んでしまった。エロいところは刺激するたび切なくマイサンを締め上げる。
手、こっち、やってみ。ほら、わかるか、ちゃんと入ってんだろ
うわ、ほんとだ、すごい。なんか、生命の神秘ってかんじ
おなか痛くないか?どっか苦しくないか?
……息、くるしいかな。でも、楽しい。セックス、楽しいの、はじめて
ビュティが本当に嬉しそうににっこり笑った。息を弾ませて赤い顔でコケティッシュつー単語を人生で初めて使ってしまうほど可愛らしくて魅力的で胸がきゅんとした。
小さなあごを指でそっと掬うとそっと目を閉じたので、オレも目を閉じて恋人同士みたいなキスをする。
33
「うひゃー、いっぱいいいいぃぃぃ」
けらけら笑ったビュティが摘んでいるブルーのずっしりしている近藤さん。
「ぬるぬるぅ。うひゃひゃひゃひゃ」
「……風呂場まで持ってくんなよそんなん」
「なんでーおもしろいじゃーん」
湯船に浸かっているオレが苦々しく顔半分を湯に隠してぶくぶくぶくぶくカニになってると、それを持ったままビュティが湯船に入ってきた。
「あたし男の人とお風呂入るの初めて。おもしろいねえ」
「……せまい……」
明かりを付けない薄暗くて狭いホテルバスルームは、ビュティがローズオイルとかゆうのをご所望されたのでそれを湯船に入れている。むせ返る人工的な薔薇のきつい匂いは甘ったるくて少女趣味で寒気さえした。
「しょーがないじゃん、ボーボボ身体おっきんだもん。じゃあさ、足の間とか、座っていい?」
いい?なんて訊く前にもう移動の体制に入っている。うんともすんとも言わぬ間に、オレの腹にかわいらしいお尻がちょこんと乗っかった。……この天然娼婦め。
「そんなとこ座られるとちんこ勃っちゃうよお兄さん」
声はのんびりしながらバスタブに抱えられるような格好でオレはされるがまま。
「……なぁーんか妙に言葉に刺があるなぁ。なによ、気持ちよくなかった?」
ぷうっと膨れっ面したビュティが振り返りざまにほっぺたをぎゅうーっとつねってオレに訊ねる…というか尋問?
「いいや」
「じゃあなんでそんなに態度悪いの」
「別に」
「――――――怒るよ」
「あ、それ怖いヤメテ」
「じゃあちゃんと理由を教えなさい」
むー、と渋い顔をしてしばらく時間をおき、オレはやっとのことで言葉を搾り出した。
「……だって一緒にイけなかったんだもん」
「あははははははボーボボまじ童貞。かわいー」
オレの恋する子猫チャンはそう言って笑った後、蜂蜜みたいに甘ったるいキッスをオレのほっぺたに一つ降らせた。
34
「んじゃ、また明日ね」
「……ん。」
綺麗に乾いた浴衣を羽織って、オレは番傘など買い、小雨になった元来た道をゆるりゆるりと辿った。
空を見上げると街灯の明かりの届く範囲だけ雨が降っている風に見えて、センチメンタルでいいな、と思う。
ビュティはあのあと特に何も訊かず、何も言わず、普通の顔をしてオレを送り出した。いつもの良い子のビュティさん。エロエロなんて一欠けらさえ見えない清潔な笑顔。
『――――――さよならのキスをくれよ』
『へっ?なんで?』
二の句が次げない、完璧な逸らしゼリフ。オレは惨めでみっともなくて格好悪くて黙りこくるしかない。
もう彼女に触れるのさえ罪のような気がした。半径30センチの境を越えると百万ボルトの電圧がビリビリビリビリ!近付く者を全て焼き殺すみたいにビリビリビリ!視線を絡めただけでもビリビリビリ!
腰抜けでインポ野郎な歯牙ないボクちゃんはビビって恐れて君からぴったり30と4センチ、距離を取る。
意識が分散されて歪んでた視線をふっと前に向けたら、ビニール傘を持て余してるオレンジ色のトゲトゲが見えた。オレは何故か全くの無意識で視線を逸らす。隣に白くて丸っこい物が見えたけど、じゃあアレは……
オレは別に何も言わずにその隣をすり抜けて、振り返らず歩調が変わらぬよう慎重に歩くイメージを固めた。
からころからころ。何故か妙に自分の下駄の音が耳に付く。からころからころ。
二人はまるでそ知らぬ顔でオレを無視しする。それがあんまり自然なのでうっかり自分が振り返りそうになったが、根性でイメージどおりに歩調を変えず通り抜けた。
角を曲がる。いっこ、にこ、さんこ……そこでようやく息苦しい理由に気付く。……息止めてやんの、ばぁか。
はぁ、と大きく溜息をついて宿に戻って自分の部屋に滑り込む。
そこで二人が黙々と渋い顔でポーカーをしていて、机の上に乗っかってるコインチョコの積み上げ具合を見ると天の助が勝っているらしかった。
「たでぇま」
「よう遅かったな、どうだ、混じるか?」
「んあー、疲れたから風呂入って寝る」
「なんにも買って来なかったんですか?お土産」
「雨振ってきて店閉まってさ」
お風呂セットを掴んでオレは風呂に向かう。なんだか久しぶりに腰がゆらゆらしてる気がした。
35
「んあぁあぁぁー」
やっぱ風呂は足が伸ばせないとねー。ゆったり湯に浸かりながら頭の中がどんどん寂れて空っぽになっていくのを見つめている。消去ヘッドが狂ったようにスピードを上げていて、記憶が真っ白に塗り替えられてゆく。
どんどんどんどん忘れていく。昔の嫌で怖かった思い出のように。どうやらオレの脳みそはこの記憶を恐怖として認識しているようで、止めようがないほど適確に迅速に、かつ丁寧に記憶を塗りつぶす。
「……覚えてたくないのかなぁ?」
あれ、ビュティってどんな顔してたっけ?どんな声だったっけ?どんな子だったっけ?
わかんないわかんない。わかんないことに安心する。覚えてないことを居心地が悪いと思うのに心が焦らない。
しばらくじーっとしびれる頭を弄んでたら、誰かが風呂に入ってきた。
「――――――よ」
「ども」
小さい背中が丸まって銀色の髪を洗っている。オレは面白いのでそれを黙って見てた。
ざぶざぶ湯を使って頭を洗い、身体を洗って歯を磨いて顔を洗って、一息ついた。びしっと頬をはたいて意を決したように湯船に向かう。……オレは正直湯船から飛び出して逃げたい。お前らガキはなんでそんなに強いんだ?
湯に二人で浸かって、黙りこくる。視線は合わせない。オレのサングラスはあの時と同じように曇っている。
「雨、大変でしたね」
「まあね」
「ずいぶん降ってましたしね」
「やむの待ってらんないから結局傘買っちゃったよ」
「……あれいいですよね、デザインとか」
「欲しけりゃくれてやるさ。オレはもう別に」
「くれるんですか」
「うん」
「いーんですか。ほんとにタダでくれるんですか?」
「いいよ、別にそんな高いもんでもねえし。でも番傘だからいつものお前の服には合わないかもな」
「じゃあボーボボさんの服にも合いませんよね」
「――――――おい、待て。お前何の話してるんだ?傘だろ?」
「傘ですよ」
36
「傘はやるよ、オレのだから。傘は、な」
「ええじゃあ頂きます。ボーボボさんの傘を。」
「――――――比喩じゃねえぞ。傘だぞ、アンブレラな」
「……ええ、だから、傘でしょ?わかってますよ、ヘンなことを言うんですね。オレたち今傘の話をしてたでしょう?比喩とかって、何の話ですか?」
目を見る。曇ったサングラスの向こうにある青少年の顔はぼんやりしてて表情が読めない。
「……解らなきゃ、いい」
「ところでボーボボさんはどこで雨宿りしてたんですか?」
ぞっと背筋がそそけだった。心臓が跳ねる。
「――――――土産物屋だけどなんで」
「いやあんだけの雨だったのに浴衣とかほとんど濡れてなかったから。降る前に天の助と一緒に少ししてから追いかけたんですよ。でも見つからないし雨降ってくるし、そんで部屋でポーカーを」
声の調子は普通。楽しそうな少年の会話。ポーカーで天の助がイカサマしたとか、でもイカサマしなくても結構強いとか。楽しそうに、お兄ちゃんに遊んでもらった弟の話をする。
「お前ほんとに天の助っ子だな。あんまりあのバカを浮かれさせんなよ、お前が離れてったら天の助潰れるぞ」
「天の助は子供じゃないですよ。オレこそあいつ居なくなったらヤバイです」
えへへへ、と後ろ頭を掻いてヘッポコ丸が照れた仕草をした。
「……お前、まだオレを軽蔑してんの?」
なんとなく訊かなくてはいけない事のような気になって、訊きたくもないことを訊いた。こいつ如きに軽蔑された所でちっとも痛くも痒くもないんだが、不思議にそれ以上の意味があるような気がした。
「最初からしてませんよ、軽蔑なんて。なに言ってんですかボーボボさん」
やだなぁ、あれはなんつうか、ノリつうか、ともかくもう忘れてください。あははは、もう、人が悪いな。ヘッポコ丸がなんだか必死にそう言うもんだからオレは胸糞が悪くなったがなんとかそれを外に出すことなく飲み込めた。
「お前、ビュティのこと好きなの?」
でもオレは意地が悪いからそんなことを訊く。
少年は体温をかーっと上げてユデダコのよーな顔をぷるぷる振る仕草をして湯に顔を漬け、ぶはっともう一度顔を上げた。その顔は真剣そのものでなんだか可笑しい。
「なんでそんなこと訊くんですか?」
37
「興味あるから。なあ、どうなの?」
ニヤニヤ笑いながら言えればオレ自身ラクだったんだろうけど、とても笑えなかった。ヘッポコ丸と同じように。
「……じゃあオレも訊きます。ボーボボさんはどうなんですか?」
「オレはお前の質問にちゃんと一つ答えたぜ。一問一答でいこうや」
くっ、と少し怯んでヘッポコ丸は何かを言いかけて、あわやというギリギリのところでその言葉を飲み込む仕草をした。
「――――すき、ですよ」
「オレも」
簡単なオレの言葉に面食らった少年が二の句が次げず、金魚のように口をパクパクさせている。目も白黒してて、頭痛でも眩暈でもするのか、ゆらゆら頭が揺れていた。
「オレもう一つ質問していいんだよな。
じゃあ何訊こうかなぁ……あそうだ――――――――」
オレが言葉を発する前にガラリと風呂場の引き戸が開いて、目も眩む鮮やかなオレンジ色が入ってきた。
「よう、やっぱおれ洋室は合わねーからこっち来た」
「ハァ?お前ビュティ一人でほったらかして来たのかよ!?」
オレが言葉を発する前にヘッポコ丸が声を荒げた。オレは仕方なく不自由な言葉を飲み込む。
「天の助に代わり頼んだ。田楽マンもいるから平気だろ」
「おいおい、戦力せっかく分散させたのに意味ねえじゃねえか」
オレがヘッポコ丸を支援せんと声を上げると、首領パッチはじろりとオレたちに睨みを利かせて木で鼻をくくったような言い方をした。
「なんかあったら飛んで行く。ごちゃごちゃ言うな」
妙に棘のある首領パッチの言葉に俺たち二人は湯船で眉をひそめて顔を見合わせ、変な共闘的雰囲気になっ
た。機嫌が悪そうだから刺激しない方向で行きましょう、そうだその通りヤツは結構頑固者だからな。
こそこそひそひそやってたら、湯の水面がふわっと上がった。
「いやー、やっぱ風呂は大浴場に限りますなぁ〜。洋風呂はどーも体に合わん」
はっはっはっは、と妙に作った紳士的笑い顔で首領パッチが笑うので、オレら二人は引きつり笑いでごまかす。
「で、お前らどっちが勝ったんだ?」
38
オレは息が詰まる。ヘッポコ丸は気が遠くなる。
デリカシーがどうとかこうとかじゃなくて、もう首領パッチがオレらを殺そうとしているんじゃないのかという恐怖さえ覚えた。こんなに言葉を選んで感情を選んで態度を選んで、恐る恐る相手の手の内を伺おうとしてたオレたちを。
隣でざばーっという音がしたと思った次の瞬間にはヘッポコ丸の間抜けたケツが逃げていくのが見えた。出遅れたオレは呆然とするしかない。
「……ガキ相手に本気になってどーすんだ。労わりの心を持てよ、余裕ねぇな」
鼻でせせら笑うように首領パッチがそう言った。オレは意識するまでもなく、予測する間もなく、ふつん、と頭の中のなんかが切れた。ぷっつん、じゃない。ふつん、だ。
「おっおま……っ!なんてこと言うんだよ!言っていい事と悪いことの区別もつかねぇのか!?」
「おめー今自分がヤナ奴になってるの気づいてないだろ。……他の連中がお人好しでよかったな」
がっしりトゲを掴んでたオレの手を振り払いもせず小馬鹿にしたみたいな嘲笑のまま、首領パッチはオレを見て淡々と言った。
「ドーテーってのが蔑まれる一番大きな理由を教えてやる。知らん世界に片足突っ込んだ程度で、矮小な視界が更に狭まってること全く自覚してねぇのにテメエの世界が広がったと錯覚して態度がクソでかくなるからだ」
唇の片方だけ吊り上げて首領パッチがまたオレをあざ笑う。
「ウカれんのも大概にしとけよヌケ作」
「お、オレが浮かれてるだと?イチイチ、つまんねぇイチャモン、つけてんじゃねえよ!」
「……ほらな、みっともねえクソが粋がってるぜ。」
声がぶれるオレのそばに寄りもせず、首領パッチはぼそりと“道端ですれ違っただけでも分かる薔薇の匂いがヘッポコ丸に分からねえとでも思ってんのかよ”と呟く。
ぞっとした。
頭がおかしくなる。
恐怖、混乱、焦燥、羞恥、憤怒、脅威、不安、畏怖、緊張、戦慄。
叫び出して逃げたい。
……でも、どこへ。
39
「うはっなんだその泣きそうな顔。みっともねーなー」
心底嫌そうな顔をした首領パッチが、近寄るなとでも言いたそうに手をシッシと犬を追い払うように振った。
「あいつら二人をガキだって侮ってんならそのご立派な傲慢に万歳三唱させとくれ。
おめーはアレだ。ハジけてるつもりでその実、単に余裕がないだけのツマンネー糞野郎だったってこったな」
オレはパニックになりながら、それでも何とか態勢を立て直そうとしてか、鼻を鳴らして“馬鹿馬鹿しいこと”を垂れ流し続ける首領パッチを見た。今まで流れ出るように湧き出していた言葉が固まって引っ掛かって使い物にならないというのに。
「ビュティはもうガキじゃあない。大人に甘えるなんて乳くせえ事しねぇほど完成されてんの。」
あれだ、ジェットコースターの最初の落下地点に差し掛かったときの感じだ。胃がキュッと持ち上がる感じの。恐ろしい何かを予感して、身体が硬く固まっている。
だからもう自分が何を言っているのかさえ解らない。とにかく思いついた言葉を必死で形にする作業に手一杯だったから、会話なんて出来ていないことさえ理解できない。
「へぇえぇぇー。だから自分がもたれかかっても大丈夫?ビュティならこんなダメなオレを許してくれるだろう?……いっぺん死ぬかお前。」
久々に切れちまったよ、行こうぜ屋上に。首領パッチはぎりぎり目じりを吊り上げて歯軋りも恐ろしく、立ち上がって見下ろすような本気顔でイカッていた。なのにオレときたら全てに麻痺しててそれがどういうことなのかも解らない。
「もうどうでもいーよ…めんどくてやだ。なんであんな倍も歳の離れてる女に惚れちまったんだろ?」
ぼんやりそんなことを呟くと、首領パッチがフンと鼻を鳴らしてまた湯に浸かった。
「おめえの言う“どうでもいいこと”を嫌いになるのは大変だろ?好きになるのは、簡単なのにな」
ばしゃばしゃ湯で顔を洗って、首領パッチは一息ついたのか声の調子を元に戻した。
「歳が離れてるとかどーとかなんざ関係ねえが“ビュティが14歳”って事実からは目を逸らすな。お前はピーターパンじゃねし、もう子供になんか戻れねーんだ。だったらせめてオトナくらいやり通せよクズ」
言い捨てるように首領パッチが湯から上がっててくてく脱衣所の引き戸まで歩いてゆく。
オレはその背中にくすぐったいよーな照れくさいよーな、居心地の悪いにょもにょもしたものを見ながら、それでも視線を逸らさずにいたら、奴は振り返りもせず吐き捨てた言葉をオレの耳に残して戸を閉めた。
「本当に大人ってのをやりたいのなら格好悪い自分にも惚れてみせろ」
40
ぽくぽくぽくぽく。6人足が並み揃えず歩いている。ぽくぽくぽくぽく。昨日降った雨のせいでぬかるむあぜ道。そろりそろりと、ぽくぽくぽくぽく。跳ね上げる泥もさして気にせず、ぽくぽくぽくぽく。
オレの隣には首領パッチがぴったり張り付いている。ビュティは田楽マン、ヘッポコ丸には天の助が衛星のよーにそれとな〜くくっついてて、遠目に見てると非常に笑える。
……ああそうかこいつら根はお人よしだったな、そういえば。なんとまぁ面倒見の良いことで。
「別に二人を侮ってんじゃねえよ、羨んでたんだ。手に入らないもん掴める白昼夢に騙されたいと願い過ぎて周り見てなかった。
でもそんな振りヤメる。もうオレ大人だし」
前振りもなく突然言い出してへらっと笑ったのに、首領パッチが久しぶりに表情を崩したような気がした。
「フーン、自分の欲する所をカレンダーで計ってるバカに成り下がってた野郎のセリフじゃねーなー」
ちゃんと目を見る。もう怖くない。……つかなんで怖かったんだろ?このぼけぼけっとした目が。
「そうそう、青春ってのは時計で測るモンなんだよな。闇夜で頂上に全部の針が重なった時から先がオレの青春ですよ」
「ゲラゲラゲラゲラ青春は汗と涙の匂いってかァ?」
「イヒヒヒヒお前も好きよのー」
ビュティが鼻の下を伸ばして景気の悪い笑い声を上げるオレらを振り返って声をかけた。
「ん?ふたりとも仲直りしたの?」
『いーえ。オレらいつもいつでもナカヨシ☆コヨシですよーだ』
なー、と顔を合わせて笑うオレ達に少し不思議そうな顔をしつつも、ビュティがぷっと吹き出して向き直る。
「お前と違って周りが見えるいい女じゃねえか。……ヒロインにはちと力不足だけどな」
「そのうち火のよーな女になってふらふらにしてくれるまで待つさ」
「……オヤオヤ待たないで振り向かすんじゃなかったんですくゎ?」
にやり、と口の端を歪ましてしてやったりとでも言いたげに小声で呟く首領パッチ。オレはギョッとしたけれどそれさえ飲み込んで思い切り歯を見せてイーッとしてやった。
「テよテ!作戦!コレだからお子様ってイヤなのよね〜。男女の機微をまるでわかってないんだもの!プンスカ!」
「へえ、じゃあ一旦引いたヘっくんはなかなかの策士なのねぇ。実に侮れないわぁ〜あのボクちゃん」
パチ美がケバい口紅の上に引いたグロスをてらてらおぞましく光らせながら、あのお嬢ちゃんにカルメン求めるくらいなら自分でやった方が早いぞと首領パッチの口調で嘯いた。
41
その日の夕食のカレーを(また時間差で)食べ終わったヘッポコ丸が、散歩にでも行こうかと階段を下りた途端のオレの前にぬっと立ちはだかり、ホテルの廊下で宣言をぶちかました。
「オレはこの旅が終わるまでに、ビュティにもう一度ちゃんと言いますよ。正々堂々と、今度は目を見て」
言い残してヘッポコ丸は小走りで自分の部屋に引っ込んだ。言い逃げかと思ったが、その口元には決心をした男の笑みさえ見えた気がした。……ああもう、お前はほんとに、強いな。
「……だとさ。」
「うーん、なんであたしなんだろ?ヘっくんだったらもっとかわいい子選り取りみどりでしょうにー」
階段をまだ降り切ってないビュティが三段目くらいで赤い顔を手で押さえながらぶつぶつ独り言。オレは彼女をひょいと抱きかかえてそのまま背負った。
「うわっなに!?」
「そんなふらふらした頭で蹴躓かれてもたまらんからなぁー」
「失礼なっ!あたしそんなに子供じゃないやい!」
背中でギャーギャーいうビュティを無視して宿屋の裏手にある林の小道に出る。空は昨日の雨が洗い流したかのように輝く星ぼしが冴えていて綺麗だった。足元で湿った音を出す若い草の葉はオレの足跡を残さない。
しばらくまだぶつぶつ言ってたビュティも、観念したのか諦めたのか、黙ってオレの背中でまどろんでいる。
偶に小さな女の子の手の甲があごや首筋のあたりをなぞっているのがくすぐったくて和んだ。癒される、というのとはちょっと違うのがなんだかビュティらしいなと思う。
指先に触れて、その指先を握る前にそうっと自分の肩に置く。
「ビュティ」
「うん?」
声をかけても、ペったリくっ付いたままオレの肩から頭を上げない。
「もしお前の旅の理由が達成されたら、お前どうするの?自分の村に帰る?」
「…………さあね、どうだろう」
悩んだ声ではなく、かといってテキトウな声でなく、もちろんただ出ただけの声でなく。呆然、とした声でビュティが返事をする。
「ビュティはいつも本心を隠すんだな。それってなんで?」
オレはいつも不思議に思っていたけれど、なんとなく訊ねるのを先延ばしにしていた疑問を投げ掛けてみた。
42
「本心だよ、どっちかっつーとあたしにはボーボボ達の本音の方がわかんないけどね」
そう言われて初めて自分がこの少女と会う前は無口だったことを思い出した。そして、この女の子を好きになる前は自分のことは一切誰にも喋らなかったことも。
「……なるほど。確かに」
大いに頷くオレの仕草に何か思ったのか、彼女はふっと頭を上げて元気な声を出す。
「でもいいじゃん、お互い訊かれたくなことの一つや二つ持ってるもんだしさ。全部見せ合ってるのもすてきだけど、こういうのも一つの形だよ。
あたしは見せてない所もあるけどボーボボ達に対して嘘は付いてないよ。いつも」
声の調子が目に見えて急に元気になったので、オレは彼女を背負い直して無理に背中にくっ付かないと落ちてしまう体勢を作った。つまり、ぴんと背を伸ばす格好だ。
「あわっわっおちる!落ちるよボーボボ!」
わたわた必死にオレの背にしがみ付くビュティの手足が、彼女なりに渾身の力が込められているのを確かめて、オレはにんまりと満足げにビュティをもう一度(こんどはちゃんと)背負いなおした。
「知ってる。……オレだけじゃなくてみんなもちゃんと知ってるさ」
オレがそう返したらビュティは黙ってしまった。それからしばらく沈黙が続いたけれど。
「――――――そっか…嬉しい。」
少女が微かな笑い声で背中に顔を埋めた。オレはぼんやりしながら、温い背中の鈍い幸せを噛み締めている。
たぶんこの子はオレが待ってても振り向いたりはしないだろう。
力づくなんてのもイマイチ意味ないみたいだし。
ま……それでいいか。たまーにこっち向いてオレだけに笑ってくれるから、オレはお前に突き刺さった刺とかそんなのでいいよ。暇な時に思い出してちょくちょくいじってくれ。
でも結局痛い思いをするのは彼女なんだと顔をしかめて、すこし反省したが懲りはしなかった。そのくらい許してくれよと傲慢吐き散らして。
なんにせよオレはお前を守る。お前を脅かす全てのものからきっと守るよ。
お前にだけはいつでもこうして背中を貸すから、誰も見ないそこでだけ、今みたいに……
オレはビュティが声を殺しながら泣いているのにつられたのか、地面を睨みながらちょっとだけ泣いた。
はっと気が付いて顔を上げる。目から出た水がサングラスの内側に落ちたから、きっとビュティには気付かれなかったに違いないと胸をなでおろし、普通の顔をして歩調を変えずに夜の散歩道をぽくぽく歩いた。
・おわり・
16:39 2005/07/05
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