青色ロックス
ポップとマァム
よくねぇよ、うん。実によくない。
一人、目の前に揺れるでかいケツを眺め頷きながらそう思った。
だいたい旅人の服なんてのは初めっから余裕たっぷりゆったり作られてるもんなんだよ。動きが制限されないように、体温を下げないように、身体を保護するために。なのに目の前にあるこりゃナンだ。ムチムチのでけぇケツ。長くてきれーな生足。やわらかそうなきめの細かい太もも。アホか。普通ズボン履くだろ?足を草で切ってそっから破傷風菌でも入ったらどうするつもりだ、キアリーで治るもんじゃねーんだぞ。
そんででけぇ、胸。重そうで温そうな胸。歩くたびにかすかに揺れる、その揺れ方がよくない。ときたま寄るちいなさ村で鼻の下伸ばしてる男が少なくないというのに、あっちにウロウロこっちにウロウロ、動き回るわ走り回るわするもんだから、こっちが落ちつかねぇ。
「……なあポップ……おい、なあってば」
「あぁ? うるせぇな、今大事な考え事してんだから邪魔すんなよ」
この理知的な思案顔に余程感動したのか、ダイが囁くような声で何か言っている。まぁ待てよダイ、改めて見てるとこの女は性格はキツいけどやっぱいい身体……いやいやホント実によくない。
「…いや、考え事はいいんだけど…」
「いやあホントによくない。特にあの腰がよくないね、腰が。誘ってる。」
「……全部口に出しちゃうのはどーかと思うんだ……」
「ダイ、殴っていいでしょこの痴漢」
「はは…お好きに……」
「そうそう、お好きにっつーか好きにしてっつーか。言ってるんだわこのフクラハギがさ…」
がん。
そんな大きな音がしたあとのことを、おれは何も覚えてない。
「ああああアホかてめぇ!」
「どっちが!」
小さな町のこれまた小さな宿屋で、ようやく目を覚まして掛けられた第一声がそれだった。
「馬鹿力でしかもハンマースピアで頭殴りやがったな!」
「殴られただけで助かったことをありがたいと思うべきだわ! ヘンタイ!」
「まぁまぁ…」
おれとマァムの間に入ってなだめているダイには悪いがここは引かねぇぞ。
「口で言やぁわかるんだよ、口でぇ! それをいっきなり暴力で解決すんなよ!」
「暴力に訴えられて当然でしょう!? あなたそれセクハラよセクハラ! 身体じろじろ見るだけじゃ飽き足らずにヘンな事までぶつぶつ後ろで言われてんのよ、役所に突き出されたって文句言えないわよ!」
マァムは顔を真っ赤にして怒鳴りながら、それでも一歩も引かぬといった風におれを睨んでいる。
……そりゃあおれも悪かったとは思う、思ってる! しかぁしだね、こんな風にポンポンポンポン変態だのセクハラだの言われるのは心外だ! おれは青少年の正しー心に従って見ていただけであって変態じゃないぞヘンタイじゃ!
「だいたい妙に先に歩かせたがるからおかしーとは思ったのよ」
「ばばば馬鹿やろ! するってぇと何か? おれは毎回お前のケツ見ながら行動してんのかよ!」
「そう思われたって仕方ないでしょ! それだけのことしたのよ! 何度かおしりに触ってたのだって知ってるんだから!」
「なっ!!…よ…よりにも寄ってダイの目の前でそんな事言うこたねぇだろうがよ! 思いやりの心ってのがねぇのかお前は!」
「……そんな事までしてたのポップ……」
「ばっばかおめぇそりゃあっ…その、事故だよ事故!」
「まぁ! 素直に謝れば許してあげようと思ってたのにこの上に言い訳する気!? 男らしくないわ!」
その一言におれは静かに深くキレた。
……コノウラミハラサデオクモノカ……
次の日の朝。ダイとマァムが部屋から出てくる頃には既におれは宿の食卓に着いていた。
「珍しいなぁ、ポップが一番だなんて」
「ばっか、早朝特訓だよ早朝特訓」
「あら殊勝な心がけね」
…いちいち引っかかるやつだなこいつは。でも広い心で許してあげようじゃないの。いやいやおれって懐が深いね。
「ごめんなマァム、昨日よく考えてみたんだけどやっぱりおれが悪かったよ。」
笑って深く頭を下げる。マァムもダイも驚いた顔のまま固まっていて声も上げない。
「もう二度とマァムが不愉快になるような事はしないよ。誓う。どうか許して欲しい」
きょとんとしたまま固まっていた時間からいち早く抜け出したのはマァム本人だった。
「やっ…やだ、そんな、もう、顔を上げてよ! 昨日はわたしも言い過ぎたと思ってたのよ、どうやって謝ろうかって。こっちの方こそ急に暴力振るったりしてごめんなさい。」
……ほんと素直でいい娘さんですなー。マァムのあまりの純粋さに笑いが込み上げ、うつむいたまま唇がゆがむ。
「ほんとか?
やー、おれもちょっと調子に乗りすぎたと思うんだ。でもあんまりマァムが魅力的だったからつい、な」
顔を上げていつもの軽口を叩くと、マァムの頬がぽっと染まって、もう馬鹿ね、と軽く小突かれた。
……かぁいいところあるじゃねえか。
でもそれとこれとは話が別。
「二人が仲直りしてくれておれも嬉しいよ。朝食も一段とうまくなるってもんだね」
ダイが嬉しそうにハムエッグにフォークを突き刺してほお張る。それにつられるようにマァムもスープに口をつけて三人のいつもと同じ朝食が始まった。
いつもと同じなのは風景だけだけど……な。
おれはまだ知らんフリをしている。隣を歩くマァムの頬が桜色に染まっているのを。
先を歩くダイは未だに気づいていない。やけに口数が少なくなっているマァムの旅人の服が、今までよりいっそう色っぽく張っている事を。
ざまぁみろ。
マトリフ師匠の机に転がっていた正体不明のうすみどり色の小瓶の中身。思うに催淫剤というところか。今日の朝食の全部に少しずつ混ぜておいてやったのを全部食ったもんだから、瓶一本全部飲んだことになる。
おかしいと思ったのか、魔弾銃のキアリーを使ったらしく、ひとつ弾の色が変わっている。どうも解毒は出来ないまま歩いているようだ。朝食から5時間、そろそろ昼食にしたっていい時間。カワイソウだから毒消し草でも食わしてやるかな。
ちらっとマァムの足に視線を移す。これまたうっすらと桜色に染まっていて色っぽいことこの上ない。短いスカートのケツはむっちりと張っていて、そこからむき出しになっている太ももの根元の闇がちらちらとおれを挑発する。
さわってみたい。
強烈にそう思う。しかしこんなところで触ったりした日にゃ自分が犯人ですと言わんばかりだ。我慢我慢。
「大丈夫かマァムなんか苦しそうだけど」
「へっ平気よ。ただちょっと息が上がってるだけ」
はぁはぁと小さく息を付きながらマァムが笑って返す。唇と瞳がかすかに濡れていて、思わずむらむらくる。
「へぇ、こんな程度でお前の息が上がるなんて珍しい」
それでもそ知らぬ顔をしておれは話を続けた。
「あ、朝から調子がおかしいの。風邪かしら、身体が熱っぽくて」
「夜ベットから落ちて寝てたんじゃねえのか?」
「あんたじゃあるまいし」
心配するおれの言葉を、ぷいっとそっぽ向きながらマァムが一言で返した。
あらカッチーン、本当に余計なこと言う女だねぇ。このポップ様を怒らしたらどーなるか思い知らせてやろうかしらん。
「…あれ、マァムは?」
「体の調子がおかしいから先行っててくれってさ」
ダイがようやく振り向いた時には既にマァムはおれの隣には居なかった。
「か、体の調子って……」
「朝から調子がおかしかったんだって。じきに追いついてくるさ。もう昼だしこの辺で休憩でもしてようぜ。なぁに、あんまり遅けりゃおれがトベルーラで連れ戻してやるよ」
おれはさっさとマントを敷いてその場に寝転がる。
しばらく呆れた顔をしていたダイも、あきらめたのか腰を下ろした。
「あんまりとばして歩いたのが悪かったのかな? マァムは女の子なんだし」
「へっ、あの女はおれより体力あるんだぜ、ホイミだって使えるんだから心配いらねぇよ」
そういう問題か? という顔で口を尖らせたダイはふっとおれから目線を逸らした。おれはここぞとばかりに隠し持っていたラリホー草を投げつける。
「…な……」
「どうした、ダイ」
「……きゅ…急に眠く…」
「昼寝か? ああちょうどいい時間だな、おれも一眠りしようかな?」
にやりと笑いながら眠りに落ちていくダイを見ていた。ついに完全に寝息を立てだしたダイにマントをかぶせ、おれは早足でもと来た道を辿る。
流石に全速力で一人だと早い。息を切らせながらマァムと分かれたあたりに戻った。
耳を澄ましても人の気配はない。もう先に進んだのか? なんて思ったときに聞こえてきた声は、間違いなくマァムの声だった。
ただし今までおれが聞いたこともないほど切なくてかすかで甘く濡れた声だったが。
「だめッ…こんなこと…」
声の元を辿ろうと息を殺して近づくと、茂みで隠された機の根元にうずくまって片手をスカートの中に、もう片手を胸に当てて身もだえしているマァムが見えた。
「ぶっ」
思わず声が出そうになるが必死で両手で口を押さえて殺した。
ひっ一人でやってんのかよ!?
心の中で思わず突っ込み、目を凝らしてよく見た。足事に転がってるのはどう見たって下着だし、両手の手袋だって外されている。ここからじゃあまり近くなくて分からないがスカートの中に入ってる手は休みなく動いているように見える。
頬は高潮してうっすらと汗ばんでさえいる。俺たちと別れてからもう15分以上は経ってるが、まさかその間ずっとやってんのか? 自分の意識する以上に大きく上下する胸が呼吸を困難にする。どきどきと鼓動するより早く目の中に瞬く白い影が何度も過ぎている。
「あっ…く、ぅ……」
切ないうめき声と一緒に、ここまで聞こえてきそうなほど大きく指を動かしながら身体を小さくくねらせているマァムは、まるでここにおれがいるのを分かっていて見せ付けているかのように足を不意にひろげて、指を動かした。
「いやっ……こんなの…」
そのかすれるような泣き声を上げるマァムを食い入るように見つめていると、はっと我に返った。
い、いかん! これ以上見てたらマジで飛び出して襲っちまう!
おれは精神を統一するために深く長く息を吸って細く途切れずに息を吐き出した。雑念よ晴れよと何度か唇の中で唱えながら。
茂みが鳴らないようにもと来た道を少し戻って深呼吸をもう二、三してから度声を上げた。
「マァム!おい、大丈夫か!?」
木々の隙間に響く声が消えてしばらくすると、おれの背の方でがさがさと茂みが動いた。
「迎えに来てくれたの?」
いつもより低くかすれた声でマァムが現れた。
「ああ、先でダイが待ってる。昼飯にしよ…」
振り向くとそこに居たのは、分かれた時とは比べ物にならないほど気だるく潤んだ目のマァムだった。髪はうっすら汗ばんだ肌に張り付いて乱れ、胸元が大きくたわんで開いている。
「な、な、なんつう格好してやがんだ!?」
本当は「何故か」なんてよく知ってるけど…知らない振りしとくのが人の道ってもんだろう。
「あ、暑くてたまらないのよ…目の前は霞がかったみたいにぼーっとするし……こりゃ完全に風邪だわ」
よろよろと足元もおぼつかないままその場にへたり込んでハァハァと息を付く。
その声も単に息切れしたようではなく、まるでモンスターの「甘い息」みたいにおれをトロンと夢心地にする。
「か、風邪っつーか……おれには、その、なんか、もっと違うもんに見えるけどな…」
色気と肉体に目の行ってしまったおれはポロっと本音が出そうになるのに慌てて口をつぐんだ。
「もっと違うって…なによ」
じろりと疲れたようにおれを睨むマァムの目は決して死んではいなかった。急に頭と背筋が冷える。
「いいいいやっ!そのっか、風邪よりかは、ほら、なんつうか!
……さ…酒!とか飲んだ時みたいに! なんかこうよっぱらったみたいに見えるなーって! なんかこう、な!?
熱っぽくても体力は落ちてねーんだし! 動けるんだろ? 咳も出てないみたいだし!」
もう必死であること無いこと並べ立てて弁護する。後ろ暗いとどうして人は多弁になるのかね?
「お酒なんて飲むわけないでしょ! …風邪に決まってるわ」
「そ、そうか! 本人がいうならそうかもな!
じゃあさ! そんなに辛いならおれが背負ってやるよ!」
マァムの腕を引っ張り上げ肩を貸してやると、やわらかい胸がわき腹にこーむにゅーっと……
マァムの顔が更に赤く染まる。その顔があんまりにも誘うもんだからますますスケベ根性を出してみる。
「ほら、おぶされよ」
少し躊躇して何かを言いかけたようだったが、小さくため息ひとつついてマァムは諦めておぶさった。
どさっと襲い来る人間の重みにうっかり呻き声を上げるところだった。自分で背負うなんていった手前ここで弱みは見せられねぇ、男がすたる!
おれは根性入れて立ち上がり、ハンマースピアでマァムのケツを支えながらざっしざっしと草を掻き分けて進み始めた。
耳元で聞こえる必死であえぎ声を抑えている呼吸のせいで歩きにくくて仕方がない。ただでさえおれは頭脳労働派で、こーゆーのは管轄外なんだ。
頭で冷静にそんな事を思いながら、背中で弾むマァムの胸と、腰にまき付いている太もものやわらかさに非常に歩きにくい状態になっている。……ああダイを眠らせといてよかった……
「…ん、くぅ…っ」
「あは…ぁ……!」
「…………ふぅッ」
首にまとわり付くように腕を回しながら、甘いため息をこらえながら何とか呼吸をしているマァムの悩ましくも苦しそうな声がおれをいきり立たせて仕方がない。
「あ、あのさぁマァム…」
「……な、なに?」
「もしかして今苦しい?」
「……苦しいわよ、そりゃ……」
はぁとため息をつくマァムに、まぁそうだろうなとは思ったが、こっちも非常に苦しい。特に下半身がいろんな意味で。
「わ、悪いんだけどよぉ、あんましその、耳元ではぁはぁやられると…力抜けるんだけど」
「ごっごめんなさい」
急にマァムの身体が硬くなって上半身を無理に起こそうとする。
おれははっとしてマァムを背負い直した。
「あー、いい! いい! 力抜いてへばっとけ、無駄に体力使うな。とっととダイと合流してどっかで一休みしよーぜ」
そういって再び背中に押し付けられるやわらかさ。
……さっきより鼓動が早くなってる。こりゃちょっとだけ、脈なんかあったりなんかしてなー。
首に触れたマァムの頬。
うひゃーやわらけぇ! 女の身体ってのはあちこち柔らくできてるよなーいいよなーあのでけぇムネに顔うずめてみてぇー…ってなんだこの熱さ!
「おっ…お前ホントに熱あるじゃねえか!」
「だっだからそう言ってるでしょ…!ほんとに辛いのよ…」
あの小瓶は病気の元だったのか!? ホントに発熱する催淫剤なんて聞いたことがない。もしかしたらおれはとんでもないものをマァムに飲ませたんじゃないだろうか。
おれは青くなってダイマァムの身体の柔らかさを楽しみながらダイを寝かせている場所に急いだ。
「おれもなんでか急に眠くなってさ」
「ダイもなの?」
山小屋をみつけ、俺たち三人はそこで一晩を明かす事にした。発熱しているマァムを無理に動かして先を急ぐのは得策じゃないし、モンスターに襲われでもしたらこの状態では全滅しかねないからだ。
「起こしてくれりゃあいいのにポップったら丁寧にマントまで掛けてくれちゃって。あのままグリズリーにでも襲われたらどうすんだよ」
ぶちぶち文句を垂れながらダイはマァムの横になっている干草の横に胡坐をかいたまま言う。
「あんなとこで急に寝るダイが悪ぃんだろ? こないだの戦いだって半端じゃなかったんだ、疲れも溜まってるだろうと思ってさ」
自分でも驚くこの二枚舌。適当な事がポンポン飛び出す口は止まることを知らずに動き続ける。
「しかし鬼の霍乱かねぇ? マァムが風邪なんてさ。ほれ、クスリ。薬草と毒消し草を煎じたんだ、効くかどうかは分からないけど一応飲んどけよ」
携帯用の鉄のコップに並々と注いであるコンソメ味のスープに煎じた薬草を混ぜたものを二人に渡した。
「へぇ意外、ポップってこんな事も出来んの。毒消し草も…いつ買ったんだ?」
ダイが意外そうにコップを受け取りながらそういうので、おれの口はまた大きく動く。
「チッチッチッチ、おれを誰だと思ってんだ? このポップ様に抜け目はないのだよキミぃ」
嘘だ。ほんとは後ろめたくてたまらないから必死こいて毒消し草を探したのだ。
未だに気だるげな顔をしたマァムが無理に微笑んでおれからコップを受け取る。
「見直しちゃったわポップ」
……ああやめてくれ…そんな心のそこからおれを信用しちゃった目で見るのは……
小心者がつまんない下心出すもんだからもう始終びくびくしててみっともない事この上ない。
全くほんとにやになってくる、すけべで独りよがりでワガママで自分勝手で思慮が浅くて。なんでこんなヤツに仮免とはいえアバン先生は卒業のしるしなんかくれたのかね。この二人を見てると情けなくて消えそうだよ。
がっくり肩を落として出るおれのため息を不思議に思ったのか、ダイがきょとんとした顔でおれに聞いた。
「何で褒めてるのにため息つくのさ」
ぎょっとして表情が変わる前におれの口は動く。
「お前らのおれの評価が不当に低い事を嘆いてんだよ!」
……ああ、もう。
気づいたのはおれが先だった。
ダイは昼のラリホー草がまだ残っているのか、規則正しく寝息を立てて眠っている。おれは黙ってマントを羽織り、こっそりと小屋を出た。もうマントがなくてもそう冷え込まない。
虫の音が聞こえるほかは静かな山小屋の夜だ。がさがさと無造作に雑草を踏み分けて森に入っていく。
しばらくすると少し開けた場所に出た。
においがする。
おれは適当に太そうな枝を拾ってメラで火をつけ、簡易のたいまつを作ってまた進んだ。
視界の端に何かが動いた。おれは無言でその方向に振り向き、たいまつの光で照らした。
「…………マァム?」
マントで身体を隠してはいるがあの派手な髪の色を見間違うはずがない。
「なっ……なんでここが分かったの!?」
「さぁね、なんででしょう」
たいまつを地面に投げ捨て、すぐにヒャドで火を消した。
「ほら、今日は月もないしこれで何も見えないぜ。
お前そのマントの下、服着てないんだろ」
空気が軋んだような気がした。
「なッ!!」
「昼間みたいに一人で慰めてんのか? 毒消し草も効き目薄いみたいだし、仕方ねぇから手伝ってやるよ」
マントを外す。物の輪郭がようやく目を凝らして分かるほどの闇の中で、マァムの声が苦虫を噛み潰したように絞り出された。
「な…なに言ってんのあんた正気!?」
「今のお前よりは」
正気だ。マァムの色香に惑わされてるのでも、昼間見たマァムのオナニーで興奮しているのでも、背負った時のやわらかさを期待するのでもなく、冷静で正気だ。
「嫌なら殴ってもかまわねえよ。」
マァムのマントを引き剥がす。思ったとおり、服のシルエットではなく、女の身体。そしてむせ返るような女のにおい。甘いようなすっぱいような柔らかくてとろける、男を惑わすニオイ。
「いっ言われなくても殴るわよ!!」
どん! 腹にマァムのパンチが決まる。クスリで体力が低下している上に寝そべった状態からのパンチなのに、一瞬気が遠くなりそうなほどの激痛が走る。
「ぐぇっ……」
「あっあんた最低ね! 人が弱ってるのをいいことにこんな…ッ!!」
半分涙声だったような気がする。
「……言い訳はしねぇよ」
げほげほ咳き込みながら、マァムの両手をつかみ押し付けて馬乗りになった。
「こんなことして恥ずかしくないの!? あんたアバン先生に何を教わってきたの!?」
声は気丈にも張っていて、まるで何にもひるんじゃなかった。おれはそれを聞いて酷く耳が痛かった。
「これ以上やったらぶっ飛ばすわよ!!」
じたばたと両手を振り回し、足で何とか反動をつけて起き上がろうとしているようだったが、マウントポジションを取られている今では流石に分が悪いらしく、がっちりと組み敷いているマァムの身体は動かない。
虫の音は止まず響いていて、まるで夢心地のようだ。
頭のバンダナを外し、マァムの手を縛り上げて両手の手袋を外した。素手で触れるマァムの肌。しっとりと汗ばんでいて吸い付くような決め細やかさに、何度も手で愛撫をした。
「あっ! や、やだッ!」
大きな胸は片手でも余るくらいで、何度も何度も両手で揉みしだくうちに、マァムの抵抗が目に見えて弱くなっていく。
「やだ!ばか! ポップのばか! やめ…てって、いってるでしょ!!」
それでも声はやまない。もう縛った両手も振り回さないのに、口だけが嫌がっている。……本当に嫌なら呪文でも使えばいいのに……ああ、こんな至近距離でマヌーサなんか使ったら余計にヤバいか……
「やっやめて……お願い……ッ」
悲痛な声がジクジク耳に棘を残す。その言葉の棘がどんどん熱を帯びてくる。
「いやぁ…あ…いやぁ…! だめよポップ…あっ…どうしちゃったの…こんなことッ、する人じゃな……!」
こんなことする人なんだよ、信じきってるお前らが間抜けなんだよ、おれぁ元々世界なんか救う気はなかったんだ、弱くて卑怯なサイテーのヤツさ。
無理に唇を奪う。潤んでいる唇は柔らかかったけれど、口の中はまるでカラカラで声も擦れがちだ。余程怖い思いをしているに違いない。
「…っ!」
口の中に釘の味が広がる。
「へへ…やっぱ気ぃ強いな……その強がりもいつまで保つか…」
片手で口の端をぬぐうと、手のひらに生ぬるい液体がぬるりと付いた。舌がびりびりと痛みで痺れているのが唯一の現実みたいだった。
「ポップ本当にどうしちゃったの! こんなこと普通じゃないわ!」
マァムが懇願するように恐らくおれの方をまっすぐ見てそう言っているのだろう。
「マァム本当にどうしちまったんだよ? こんなところでハダカで寝そべってるなんて普通じゃねぇだろ?」
同じようにまっすぐ自分のカラダの下に押しつぶしている裸の女に向かってそう言った。
「起きたらおめぇが居ないから探しに来たら素っ裸。
……忘れてるかもしれねぇけどお前は女なんだぜ? そんでおれは男だ。こうなったって不思議じゃねぇだろ? どっちかっつーとお前が悪い。」
クッ…とちいさく呟いてしばらく静かになった。
「ひっ昼間も覗いてたなんて…!」
「チラッと見ただけさ、こんな事がなけりゃ思い出さなかったしオナニーだなんて思わなかったよ」
オナニー、という言葉にビクッと身体を震わせて小さく唸った。
「そっそんなんじゃないわ!」
「そんなんじゃない?オナニーじゃないなら何でここがこんなになってんだ?」
手を内股に這わせ、ぬかるんだその根元に中指を突き立てる!
「ひっ!!」
思ったとおりにそこはぬるぬるとした粘液で濡れていて、とても言い訳の出来る状態ではなかった。
「おれも女のカラダの構造なんてよく知ってるわけじゃねぇけど、こうなるのはどんなときだよ?」
「い、痛いっ!」
「言わなきゃやめねぇよ、ほら、どんな時だよ?言えよ、ほらっ」
グリグリとはじめて触る女のあそこを指でかき回すのは変な感じだった。ムードがあって自分自身が興奮してればもっと別の感想もあっただろうが、こんなレイプ紛いの状況で興奮できるほど度胸はない。
「やぁああ! いやぁ! やめて! 痛い!」
「言わないのか? もっとやって欲しいんだな!?」
「やめてやめて! 言います! 言います!
……一人で…一人でしてたわ!」
自分でも安い狂気だと思っている。でもこの狂った自分を自分で確かめているのが楽しかった。
「…っく、ひっく…」
すすり泣きのような嗚咽が小さく続いている。
「指だけでイッちまったのか? 意外と淫乱なんだな」
ぬるぬるする粘液の付いた指をマァムの頬に擦り付けて、その指も釘のにおいがしたのを知った。
「どうしたんだよ、もう言わねぇのか?『やめてポップあなたこんなことする人じゃないわ』とか『これ以上触ったらぶっ飛ばすわよ』とかさ。」
顔を無理やり持ち上げてマァムの口元に耳を持っていくと、擦れた声で囁いている。
「……な、なんで……こんなこと……」
それでも指を持っていくとびくびくとうごめく秘密の花園は、とてもじゃないけどもうそんな詩的表現で語れるほど清楚な雰囲気ではなかった。指を添えると、まるでそれを欲しがるようにぬるぬる痙攣をはじめて指をつかんで離さない。
「見てみろよ、この指」
マァムの目の前にその濡れて滴る粘液を突きつけて言う。
お前のあそこから出たんだ、全部お前がおれの指汚したんだ、わかるか? 見えなきゃ分からせてやるよ」
べったりと頬に何度も何度も指にまとわり付く粘液をぬぐった。
「やぁああ! イヤ! なにすっ!!」
「お前がやったんだよ、まだでてるぜ、ほら淫乱だなぁ。長旅で溜まってたのか?」
マァムがそれはもう必死で何とか顔を背けようとするので、すっかり頬だけの予定だったのに顔はドロドロになっていた。草や土がところどころに張り付いていて笑える。
「イヤ! イヤよ!」
身体はこんなに火照っているし、素っ裸で、どう考えたって肉欲に負けているのに、声と顔だけは絶対に屈してなかった。
羞恥と未知の快感に真っ赤に染まった頬とうるんだ瞳は決して光を失っちゃいない。
……おめぇは強ェな…マァム。
…………こうなったら意地でも泣かしてやる。
「きゃあ!」
弱々しくも必死で閉じようとする両足をゆっくり割り開いて頭を突っ込む。まだ顔が触れもしてないのにマァムは小さく叫んでさらに顔を真っ赤に染めた。
「やだやだなにすんのよ、そんなとこ、見ないで、いや、ポップ」
涙を溜めた目で必死に嫌々と頭を振るマァムに嗜虐欲を煽られ、おれはそのまま深く頭を下げた。とろとろの水が沸く泉の匂いがむっとする。まるで湿度の高いジャングルにある洞窟かなんかの中のようだ。
「やああぁ、ぁ、ぁ……」
ずるうり。はしたなくスープを啜るような音がした後、諦めたようにマァムの泣き声が続いたので、おれは更に数度にわざと分けて、ことさら大きく、はしたなく、啜り上げる。
「上でも泣いてんのか?よくそんなに水分あるな」
唇を動かしながらじっとり湧き出てくる愛液を吸い上げる度にびく、びくと痙攣する太ももが汗を噴出している。まるで焼けるように熱い肌が音のたびにぎゅうぎゅうと頭を締め付ける。
「いや、いや、もう、やめて、おねがい、ねえ」
掠れるように細く小さな喘ぎ声に混じってまだマァムがそんなことを言う。おれはゆっくり焦らすように頭を上げて彼女の目を見据え、にっこりと笑ってやった。
「ポップ……」
はぁはぁと荒く息をつきながらもほっとしたような顔で俺を涙目で見たマァムの表情が凍る。
おれがじっとり濡れて光る唇からべろんと舌を出して、にんまりしたから。
急に力強く閉じようとする足を無理矢理にこじ開けて顔をねじ込んで、慌てて割り込んできた手を押しのけ、今まで啜っていただけの秘部に舌を強く、勢いよく、走らせる。
「キャアアア!」
差し込み、舐め取り、掬い、ねぶり、舐め、弾き……ゼリービーンズのように尖る突起と物欲しげに蠢くスリットを強く愛撫した。
「ああっ、あ!、あっ、だめ、あぁっ、いやっ」
しゃっくりみたいに途切れ途切れ苦しそうに吐き出される短い拒否にどんどん色がついてゆく。それが面白くて仕方が無かった。
土と草にまみれて、そう、きっとそこらじゅう擦り傷だらけでひどい格好をしているんだろな、夢うつつな調子でおれはそんなことを思っている。
熱に浮かされて、心臓はとんでもなく脈打ってるし顔は真っ赤になってるに決まってる。夜風が過ぎ去るたびに汗をかいた肌が気持ちいいから。
「あぅあ、ひ、あっ…く、あぁあぁ…!」
もう何度目だったっけマァムがいくの……あ、また……
「ヒぃ、いやぁ、あっあっァああー!ぃやぁ!」
びくんびくんと激しく痙攣する舌の這ってる場所と連動するみたいに腰が持ち上がって、暴れる。
ともすれば跳ね回るマァムの手を組み合わせて、指を絡ませて、痙攣する身体を封じ込める。秘唇がひくつくのと同じタイミングで強く強く力を込めるマァムの手が、しっとり柔らかくて、気が遠くなりそう。
「はぁっはぁっはぁっ…ァはぁ」
「……またいったか…ほんとに、よくいく女だな。すけべ。」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
「おれの服びしゃびしゃ。胸んとこまで。」
「はぁ、はぁ、はぁ…」
「うわっ……これ、見てみ……」
片手を離して襟首から引っ張り出した物を見て、マァムが息を呑んだ。
滴る乳白色の雫を作っているのは、同じ色の宝石。卒業の証、アバンのしるし。
「アバン先生が泣いてるぜ、自分の愛弟子が無理矢理されてんのに何度もいくから」
その言葉を聞き終わってしばらく呼吸を置いて、マァムが声を上げて泣き出した。何度も何度もしゃくりあげながら、大粒の涙をこぼして、わんわん泣いた。
おれはそれを見ながら、ぼんやりする頭の中でざまぁみろとかやったぜとか、そういうことは思わなかった。
たったひとつぐるぐる回ってたのは
こんなに大泣きしてるのに、なんでこいつおれの手を離さないんだろう
なんて、間抜けなことだった。
マァムが背負った背中でぐったりしているので、おれの背中には柔らかい胸がくっついてて、なんか変な感じ。
しばらくして拓けた場所に出たからマァムを下ろして、ヒャダルコを地面に連発してそこら中を凍らせてまわる。
真ん中には大きな氷の柱を作って、今度はそれをメラゾーマを調節して根気よく溶かす。氷柱を全部溶かし終わったときには、即席の温泉が出来上がっていた。
「ほら立て」
身動き一つしようとしないマァムに肩を貸して、引きずるように服のまま湯の中に一緒に入った。
湯の中で座らせて自分のジャケットと顔を湯で洗う。バンダナなんか端っこがもうがびがびになりかかってやがんの。あーもうめんどくせぇ、頭も洗っちまえ。
しばらくじゃぶじゃぶやってたら、ぼんやり座ってたマァムがいつの間にか隣に居た。
「……?熱かったか?」
滴る髪の向こうの闇色をした女が急に襲い掛かってきた。両手で首をがっちり決めて湯の中に沈めようとする。目にまだ光は戻ってない。どっか遠くにぶっ飛んだ瞳と無表情で首を締めながら湯の中に押し込もうともがいている。
いつもなら一発でおれを気絶させるくらいやってのける女だ、こんなまどろっこしいことをするって事は正気じゃないのか、それとも……
「やめっ…ちょっ!こら、お前マジで、死ぬ、やめろって!」
がぼがぼと湯を叩いて撒き散らすもんだから即席の温泉は土が舞い上がって真っ黒に染まる。何度も湯を飲んだ口の中にじゃりじゃり小石が残っている。
月は無い。本当はマァムがどんな顔してるかなんて星明りだけじゃさっぱりわからない。
だからあそこまで出来たんだ。腰抜けで、虚栄心とお調子ばっかりでほんと自分が嫌になる。後先考えないで、先走って、そんで毎回こういう馬鹿なことになっちまうんだ。
そんなことを考えてる自分がおかしかった。
でもまぁ、こんな死に方も間抜けでダメなおれらしいかもね。
目をゆっくり開けたらうっすら人の影が見えた。
「反省した?」
人の影がかすれた声でそんなことを言うので「しました」と呟いた。
「……なんであんなことしたのよ」
許さないからといった調子で、声は硬かった。
「わかんない」
何であんなことしたんだろ、最初はただの悪戯なんだけど、でもなんでこんなにエスカレートしちまったんだろ、よくわからない。
マァムが苛めたら苛めるだけ、なんかこう、いい感じになってきて、そんでそれ見てたらかーっとなって……
後は坂道を転げ落ちるようなもんだった。本当は何度か正気に立ち戻るチャンスはあったけれど、それは結果的に無視して平気な顔のままアクセルを踏み込んだ。
このまま突き抜けてったらどうかなってしまうんじゃないかと脅える反面、どんどん加速していく事そのものに抗いがたい快感を感じていたのは紛れもない事実だ。
「……なんで本気で拒否しなかったんだ」
卑怯な言い草かもしれないが、もしあの時、力の限りおれを振りほどいて喚いて叫んで逃げ出せば絶対に追いかけなかった。だけどマァムは大声を上げてダイを呼ぶなんてことは一度もしなかった。
「わかんない」
まるでつまんないこと聞くなってな感じでそんな返事が帰って来る。
……わかんねぇ女。
はっと気付いたが、頭を動かしても痛くない。このフカフカ暖かいのはまさか……
手を“まくら”に這わせて感覚の続く限り滑らせてみると“まくら”がもぞもぞと動く。
「やだ、ちょっと、どこ触ってんのよ!」
……そーだよなーこの“まくら”って確か“まくらカバー”がなかったよなー……
頭の中があさってな事を考える。思考がもつれる。顔が引きつる。声も裏返る。
「もしおめぇさえよければ、あの、ちゃんとやり直したいたいんだけど、ちゃんと」
急に“まくら”が消えて地面に頭が落ちた。
「あっ…あんたねぇ!」
「いちち……」
「何考えてんの、こんな……バカ言ってんじゃないわよ!」
バカは百も承知だけどさ、なんか、こんなのねぇじゃねぇかよ。初めてすんのがレイプ、初めてされんのがレイプなんて、そんな、そんなのねぇだろ?好きな女を強姦して、ヘタレのおれにそのままにしとけなんてそれはちょっと、辛い。
ぐっしょり濡れた服が重く冷たい。ジャケットは……そっか、脱いで洗ってたんだっけな。シャツを脱ぎ捨てるとびしゃっと濡れた音がする。その音にマァムがびくんと身体を震わせた。
「ほ、本気なの?」
「本気」
じりじり大木を背にして震えるマァムを両腕で囲って、ぐっと顔の近くに顔を寄せた。とろんと甘くていい匂いがする。目を凝らせば顔を赤く染めたマァムがぎゅっと目を閉じている。
「やだったら言えよ」
囁くようにかすれる声で言っても、数十秒待っても、何の声も聞こえなかったから意を決してそのままキスをした。唇の中に言葉になる前の振動があったけど、もうそんなもの、遅い。
ひたすら唇を離さないでキスを続けたが、初心者の悲しい性か調整なんて頭の隅っこにもありゃしない。息なんてしてたことさえ忘れてた。能が酸素を欲しがって喘ぎ始めたとき、ようやく唇を離した。溜息と息継ぎと興奮とマァムの唾液の感触が頭の中で暴走してる。
「ぅはぁっはっはっはっ…!」
「あはぁ…はぁ、はぁ、はぁ」
甘い吐息だらけになる場所が森の中なんていうんだから、ほんと、ムードもへったくれもない。余裕が無くてがっついてて……ダセェなぁもう。あの野郎ならもっと上手くやるんだろうか、優しい言葉を囁いて耳元で愛してるとか、何度も言うんだろうか。
心臓がバクバクいってて耳たぶまで燃えるようなのに、ちゃんとマァムのことが考えられない。どうでも良くってくだらない事ばっかりが頭の中を駆け巡っている。
これはなんだろ、まるで自分じゃないみたいだ。いま自分でズボン脱いでることさえ、遠い感じがしてて背筋がざわざわいう。何かに追われているような、それで居て何かを追っかけてるような……焦燥。
そんなおれを一つだけ救ったのは、マァムが逃げないでそこにへたり込みながらおれを見上げてるってことだ。
今度は指を絡めて、手のひらを合わせながらゆっくり舐めた。
「あっや!」
「ん、痛い?」
「やだぁ!喋っちゃダメぇ」
びくびく跳ね回る腰を、今度は無理に押し付けたりはしないでおいたら、何故かマァムが必死に我慢している。その様子がなんか、ちょっと感動する。この感動の意味も理由も良く分からなかったけど、喉の奥の方が一杯になった。
変だ、マァムのこんなとこ舐めながら泣きそうだ、かっこわるい。ぐっと下腹に力を込めてまた丁寧に何度も舌を動かす。その度にまたマァムが切なく腰をグラインドさせる。
「いやっいやっ、またぁ……!」
「いけよ」
「いやいやいやいや」
「いけったら」
ああーっという小さな叫び声が上がってまた手に力を込められた。おれはその手を握り返す。舌は……離さない。
「あぁぁぁ……!」
空を見上げながら口を大きく開いて喉の奥の奥から擦れた嬌声が搾り出されていた。それをおれは口の周りをベタベタにしながら、ぼんやり見ている。不思議だ、ムラムラしない。心からシアワセで満足している。少し反省も交えながら。
「…いった?」
「…………………………ばか…ぁ……」
息切れの合間に小憎たったらしくそんな事を言うマァムが不思議そうに尋ねる。
「……なんで服着るの?」
「…………や、なんか、うん。
やっぱしこれって無理やりっぽいし……
おれが初めての男になんの、やだろ?」
濡れたシャツの背中越しにボタンをいじりながら、顔を合わせられずにこんなこと言うのが本当に根性なしで……へこむ。
ザッと草が鳴った。おれがその方向を振り返る前に衝撃が来た。
一瞬、どこが痛いのかもわからなかった。
しばらくじわじわと、頬が熱を持っていることを実感する。
「な……」
「バカ!弱虫!」
もう一発。
「ここまでやっといてなによそれ、バカにしてんの!?だったら大成功だわ!」
――――――なに泣いてんの、おまえ。
「泣くわよ!この朴念仁!あんたほんとに、もう、なんなのよ、わかんない」
――――――泣くなよ。
「誰が泣かしてんのよ、どうしろってのあたしに」
――――――ごめん。
「謝るんなら最初からしなけりゃいいじゃない」
だってお前の顔見てるとあの野郎の顔思い出すんだ、そんで自分がどんだけ卑怯で弱っちくて駄目な奴か思い知るから―――怖くてたまらない。嫌われたくなくて仕方ねぇんだ。でも止まらなくて、どうしたらいいかわかんない。
目の前でぽろぽろ涙こぼしながら、それでも目を逸らさないでしっかりおれを見てるマァムが可愛かった。今までとは、少し違う意味で。
「最初がおれで…いい?」
「いい」
「おれ卑怯者だよ?」
「いい」
「弱いよ?」
「かまわない」
「いい男じゃねぇよ?」
「うるさい」
きゅっと眉が吊りあがって、口をへの字にしたマァムがおれを上目遣いで睨む。そのしぐさが勇ましくも幼くて、認識を新たにした。
今は弱くて駄目だけど、出来るだけ早くこいつを、マァムを守れるくらいに強くなろう。マァムはきっとおれが思ってるほど強くない。だから守ってやらなければ。
「じゃあ、ちゃんとする。最初から終わりまでぜんぶ。
もう途中で泣いたって止めないから覚悟しろよ」
ひざ小僧に手を乗せる。あったかくてやわらかい。むにむにしてて、まるで子供の手みたいだと思った。それをゆっくり、ちょっと焦らしながら開ける。スリットはもうすっかり潤んで紅色に染まりながらひくひく痙攣していた。
闇色のスクリーンが掛かっていてその神聖なグロテスクに欲情こそすれ失望なんてしなかった。けどやっぱり、ちょっとこわい。あれだけ舌と唇を這わして舐めた後にこういう感想も無いだろうか。
でも、ここに、自分のが、埋まってゆくなんて。
喉が渇く。目がかすむ。気が遠くなりそうで、はやる気持ちと同じくらい自分の中で後ろめたい、逃げ出したいって気持ちがシェイクを踊る。
「ほ、ほ、ほんとに、ほんとに入れるぞ」
返事が返ってこない代わりにぎゅっと手を握られた瞬間、背筋がぞくぞくした。
――――――あ、やばい。
視界が軽く歪んだあと、何かにコントロールされているように体が勝手に動いた。素直にためらいもなく。
「…っあっあっあ…っ」
耳元でかすれるような囁き声。喘いでるんじゃない、これは多分痛いんだ。
おれはといえば信じられないほど気持ちいい、もう二度と手なんかじゃ満足できなくなるなんてバカな事を考えている。
「あーっ…あーっ……」
腰が止まらずに進んでいく。ゆっくりマァムの中に沈んでいく。そこは熱くて柔らかくてとろとろで狭かった。………………きがくるう。
「あー、あー、あー」
目を見開いたまま大粒の涙を流してかすれて聞こえないほど高い声が森の木々の中で霧散する。まるでエコーのように何度も同じ言葉を発しながら、痛みに耐えているんだろうか。
「痛い?抜く?」
自分の声も余裕無くて掠れてて笑いそうになる。まだ目の前が霞がかっていて、それはどうか自分の涙のせいじゃありませんようにと祈った。
「だいじょ…ぶ、へイき、そのマま」
細切れの言葉が切ない。流れる涙の軌跡が愛おしい。こんな気持ちはじめてだ。
全部埋めるのにたっぷり5分はかけてじっくりやってたもんだから、完全に二人の恥丘どうしがくっついた時には二人で深いため息をついた。汗びっしょりでやれやれっていう相手の顔を見てお互いに笑った。
「ぜんぜんロマンチックじゃねぇよこんなの」
そんな言葉を言いながらキスをした。深くてエロい、大人のキス。悪いキス。
舌がにゅるにゅるしてて熱くて粘ついていっそう尖る。目を閉じて赤い顔したマァムを見つめてて、顔はこんなに清純そうなのに舌はなんてエロいんだろと思った。長いまつげがひくひく動いてるのも、エロい。
「まだ痛むか」
赤いお顔が首を横に振り、離されたおれの唇を名残惜しそうに上目遣いで見るもんだから、また充電が始まる。まだ一度だって放電してねぇのに。
「じゃあ動いていい?」
了解をとる前に緩やかなスライドを始めた。マァムがそれに気付き、ぎゅっと目を閉じて胸の前で手を組んで身震いする。
「ち、ちから、いれんなよ」
……ああ、…ああ、ああ。
腰がとろけそう。脳味噌が流れ出しそう。歯が浮く、耳鳴りが、頭痛が、眩暈が。一斉に全神経・全感覚の洪水に襲われて人格が崩壊する!
もうちっともマァムのことに構ってられないのだ。あれほど気にしてたマァムの痛みに歪む顔さえどこかに吹き飛んでしまう。それほど凄まじかった。
切ない声なんか聞こえない、甘ったれた喘ぎ声なんか分からない、一部に全てが急激に集約される感じ。全部がこの結合部分に向かう。濡れて蠢くマァムの中に。
「まって、まって、まって」
胸をグーでドンドン叩かれて漸く気が付く。
「いた、いた……いたい、ポップ、痛いってば」
涙でドロドロ、髪の毛はぐちゃぐちゃ、ひどい顔のマァムが息を切らせながらおれの名前を呼ぶ。凄く新鮮で恥ずかしい。顔が真っ赤になる。
「わっわるい、もう、と、とまんなくて…
どっど、どうしよ、強かったか?痛い?止める?抜く?」
あせって言葉が変だ、でも猛り狂ったアレは止まらない。こうやってる間にも血液は送り込まれ続けていて、まだどんどん膨張しているような気さえする。
「ちが、う、せなか、せなかいたいの」
「……へ?」
「だからっ強くするから、擦れて背中が痛いのよ!」
両手でごしごし目の涙を拭いながらいつものマァムの声で言う。でもちょっと声まで潤んでてまだエロい。
「せなか?」
「そうよ」
「ここは?」
軽く、腰を引いて再び突く。途端にマァムの顔が色っぽく歪む。
「…ゃはっ……ばっばか!」
「……すけべ。」
「…なっ!?ポッ、プが…っ…やぁ!」
ずん、ずん、ずん。短く小さく細かく軽く、何度も小突く。ずんずんずん。
「やっ…もっ、やだ、や、や、や、ぁ」
汗で頬に張り付いた髪、しっとり上気する肌、細切れに聞こえる桃色吐息。ちゅくちゅく、ちゅぷちゅぷというはしたなくて癖になる水音。そのぜんぶまるごとがおれを急かす。時々香る鉄の匂いもすこし頭を変にする。
「や、って、ここ、おれの、つかんで離さない」
「やだ、そんなこといわないで、や、あ、ぁ、ぁ」
細かく突いてたらもうたまらない。あっという間に限界が来る。
「ご、ごめ、だめ、もうだめ」
掠れる短い謝罪。
そのあとに来た怒涛の快感は言い尽くせない。頭が真っ白になる。世界が消える。
必死になって身体を離してマァムから抜き、手で扱く間もなく果てた。息が出来ない、目が見えない。耳が聞こえない。ただ尽きることなくびくびく痙攣しながら吐き出される感覚だけに支配された。
づきづき叫ぶ血が全身を巡り、頭に、目に、耳に、鈍い痛みを残しながら走り回る。
新記録、まだ、出てる。
まだ甘い痛みと共に吐き出される白濁液の量が自分でも信じられなかったのか、頭の隅でそんなことを思っていた。
呼吸と鼓動が落ち着かない、まだあの感覚が苦しげに体中這いずり回っている。
「…いった?」
「…………いった。」
もう恥ずかしさの感覚が麻痺してきたのか、素直にその感想が口に載るのがおかしい。
「まだびくびくしてる」
「ひあ!」
マァムのひんやり冷たい指がまだ鋭敏な抜き身をなぞるもんだから腰が跳ね上がった。その勢いと反応が面白かったのかこいつと来たらにんまり笑ってまた手を伸ばしてくる。
「わ、ばかばか、お、女がなんてとこ、さわってんだよ」
「だっておっかしいんだもん、さっきあんなにおっきかったのに」
「わーわーわー!ななななんちゅうことを!」
「……ポップって案外固いのねぇ」
「このハレンチ女!すけべ!エロ!」
「………………んですって?」
すっとマァムの顔から笑みが消える。おれは嫌な汗がじんわり出てきた。うむを言わせぬこの迫力、間違いねぇ絶対薬の効果なんかなくなってる。
「誰がハレンチなわけ?え?いきなり襲ってきたあんた?無理矢理やられたあたし?ねぇ、誰の事よハレンチって。」
うわーうわーうわーこえーこえーたーっけてーアバンせんせー
ゆらっと緩慢な動作で立ち上がったマァムが満天の星を背にしておれを見下ろしている。しばらく両方が動かずにそのまましばらく“ヘビとカエルごっこ”をしてたら、それが唐突に終わる。
「なんで襲おうなんて思ったの?」
ぎくっと思考が止まりそうになる。ああもういっそ吐き出しちまおうか。殴られて嫌われたって、それが罰なら仕方が無い。……嫌だけど、仕方がない。
「それは――――」
さぁ、言え、言え、言っちまえ、自分が最低で嫌で卑怯でダメで汚くてクソッタレなオオバカモノだ言っちまえ、そしたら嫌われて楽になる。楽になれる。
ぎゅっと胸元のアバンの印を握り締め、先生どうかバカなおれに勇気を、と祈った。
「あたしのこと、ちょっとは好きだったからそうしたのよね?」
その震える小さな声にまたぎくりと思考が止まった。……そうだ、そうじゃなきゃマァムは浮かばれない。ホントにただ無理矢理こんな場所でやられたなんて、そんなことは、ひどすぎる。……なぁんて都合のいい言い訳が頭の中を巡る。
「お前が――――マァムが、おれでいいっつったじゃねぇかよ。だから、した」
「……言わない気?」
はぁっと溜息をついてマァムが腕組をしながら空を見上げた。
「ほんと卑怯で臆病でやな奴よねあんた」
言葉が全身を襲う。マァムの薄い影の落ちている地面を見ながら、ぎゅっと唇を結んでいることしか出来ない。……情けない。消えてぇ……
でもこんなことで、こんな場所で、しかも無理矢理やったあとに、まるで尋問みてぇに、お前の事が好きだなんて言ったら、今までのことが全部薄っぺらくてどうでもいい下らないことになるような気がして――――どうしても言葉が出てこない。
「許して欲しい?」
ゆっくり呆然と頷く。
「でも謝罪も、動機も、理由も言わないのよね?」
「――――――――――――。」
そうだ。そんなので許してくださいなんて虫が良すぎる。
「何でも言うこと聞く?」
弾かれたように顔をあげ、まだおれを見下ろしているマァムの顔を見た。……ひぃ。
「な、お、おめぇ、なに企んでやがる」
「聞くわよね、ポップ」
「な、な、なんで、そんなに、笑って――――」
「き・く・で・しょ」
すごい迫力、きっとハドラーだって裸足で逃げ出す。ぐいぐい顔が、笑った顔が近づいてきて、こ、怖い!
「きく!ききます!もうとうぜん、嫌だなんて言いませんともマァム様!」
にやり、と唇の端を持ち上げて満足そうに顔を離す。……こ、怖かった……
「じゃあ小屋まで走って自分のマント持ってらっしゃい。」
……は?
「ま、マント?」
「さっさとする!!」
怒鳴られたときにはもう投げ捨ててた服を引っつかんで走っていた。こ、こわー!!
「おかえり」
「わっわあ!!」
「……な、なにさ」
ランプの明かりの前で眉を顰めながらダイがおれの方を向き直る。
「な、なんでおめぇが起きてんだよ!」
おれの半ば怒鳴りつけたような声に動じもせずにダイはまたランプの方に向き直る。
「…………むこーの方でさ…誰かが魔法使ったんだよね。」
…まほう?…ダイ、お前何を……………ま、ま…まさか……
「夜中だしさー、起きたら二人居ないじゃん。……心配するだろ、普通」
「あっあっあ……れっ」
「……どーでもいいけどさ、ズボン、穿いたら?」
ダイのじと目がおれには全く向かずにあさってを見ているので、余計に恥ずかしさがこみ上げる。
「やっあの、えっとそのっだからっつまりだな!」
わざとらしく手早くズボンを穿きながら固い声を出してはみたがダイは憂鬱そうな声のまま。
「……別にいいけどねー」
「…………みた?」
「ばっちり」
「…………どっから?」
「言っていいのか?」
「……………………いや、やっぱいい……」
「この辺物騒だし明日も歩くからあんまり遅くなんないでね」
呆れ顔でダイが差し出したのは毛布と、マァムの服。おれはそれを固まって引きつった顔で受け取りながら小さく、はいと言った。
「おれさ、ちょっとショック受けたんだよね。ポップがあんなことするなんて。こうもっと、計画性と手順を踏んでしたほーがいいよ。せめて宿屋とか」
おれは半泣きになりながら小屋を走って出て行った。うわーんという声がドラップラー効果で歪んで闇夜に吸い込まれる。
ああおれってなんてカッチョ悪いんだろ!
「……なに涙いっぱい溜めてんのよ」
「…なんでもありません…」
へっおれなんてどーせこんな程度さちくしょーめ。そっぽ向きながらぶーたれ顔の癖に目に涙うかべてるような間抜けヅラでマァムに服とマントと毛布を差し出す。
「あ、服も?ありがと」
ぱぱっとあっという間にマァムが服を着込んでぐっしょり濡れてる髪の毛をおれのマントで拭いて頭に巻きやがった。……ふっ…もう好きにしてください。
「さっ行くわよ」
「はい、姫……って、どこに…」
「黙って付いてこればいいの」
はいはい姫様、その通りでございますともワタクシメがほんと悪かったんですからもうなんでも仰せのままにー
てくてくてくてく歩いていると、一気に視界が開けた。
「こんなとこに滝…よく見つけたな」
「ここ、さっきみたいに温められる?」
マァムと一緒に滝を見下ろしながら少し唸った。
池ならいっぺん温めたら熱量が急激に落ちることは無いけど、滝だと水が延々落ちてくるから温めた所ですぐ冷たくなるし、そもそも滝の水って冷たいんだよな。
こりゃ水そのものを温めるのは無理か……じゃあ、んーと、岩かなんかを熱してそれで滝の端っこを囲えば…ま、何とかなるかな……
「全部じゃなくって露天風呂みたいな格好なら何とかならんことも無いと思うけど……なんで?」
「寒いの。お風呂はいりたーい」
くっ……このアマぁ……
「あ、なにそれそのカオ感じわるー」
「……おれ非力だから岩とか動かすの手伝ってほしーんだけど」
「や・だ」
………………ぐぐぐぐ。
かくて真夜中に露天風呂作りをやらされる羽目になったわけだ。
「すごーい、ポップすてき!見直したわ!」
こ、こ、このクソ女。マジで一切手伝わないでやんの。
背の高い手ごろな岩が見つからないのででかいのを砕いちゃ並べ砕いちゃ並べ、そんで地道にこつこつ熱してようやく格好がついた。湯気が上がってて、まぁ、上出来だろ。
「あーしんど…ほら、見張っててやっからとっとと入れ」
今日だけでいくら魔法力使ったか……出発までに回復するかは微妙なところだ。
「ダメよ、ポップも体冷えてるでしょ?」
……なに言い出すんだこの女は……
「ほら、髪も濡れてるし、服だってびしょびしょじゃない」
「おま…っ誰のせいだと―――」
言いかけたときにはシャツのボタンに手が掛かってた。みるみるうちに外されて胸元がはだけ、ついにベルトのバックルを押さえてベルトを引っ張っている。
「な、な、な」
引き抜かれたベルト、重力に従って落下するズボン、もうかろうじて肩にしか掛かってないシャツ。
「下着は自分で脱いでね」
マァムが頭に巻いてたマントを外すとあの桃色の髪が星明りに照らされて輝いている。おれはついそれに見とれ、ぼんやり眺めていた。マァムがどんどん服を脱ぐのを。
あらかた脱ぎ終わって、最後下着に手を掛けたとき、彼女はちょっとだけ恥ずかしそうに笑ってあっち向いてなさいと言った。
「あ、悪い――――――て!なに脱いでんだ!?」
律儀に背中越しに大声を上げたりしてみる。そんなこと尋ねなくても分かってるけど。
「入ろ」
かろうじて肩に引っかかってたシャツも引っ張られてくたっと地面に落ちる。そのまま引きずられて作った露天風呂の前に。
「早く脱ぎなさいってば」
「これ脱いだらぼかぁ裸ですよ?」
「当たり前でしょ」
「まずいだろそれは!二人ともハダカだろが!」
「お風呂なんだから当たり前じゃないの、それとも何?アンタの田舎じゃまさか服着たまま入るわけ?」
そこは問題じゃねぇーーーーー!
「いい加減バンダナ外したら?」
「イヤだねっ」
観念して下着も脱いだけど、バンダナでしっかり目隠しをしている。どーせ一緒に入ったのをまたネタにして苛められるんだ。そうはさせるか。
「……あ、手、怪我してる」
「岩砕くにはギラを圧縮して打ち出すくらいの芸当が出来なきゃダメなわけ。そんな不安定な呪文連発すりゃ爪も割れるっつーの」
真っ暗な視界。ささやかな滝の音。少し熱いくらいの湯。隣にはマァム、空に星。
手が持ち上げられて、柔らかい感触が指を包む。
「うわっ」
「ひっとひへへ」
くぐもったマァムの声が指に直接響く。その感じがこそばゆくって恥ずかしい。くちゅくちゅかすかに動くマァムの舌がひどくいやらしい感じがする。
「ほ、ホイミで治してくれよ、そんな、指なんか咥えなくても」
「ひらはいほ?ひいひゃなきふは」
「あひゃひゃひゃ!そのまましゃべるなー」
ちゅぷ、小さなすすり上げる音がして指から温かくて柔らかな感触が消えた。
「小さな傷はホイミ掛けるとよけいに残っちゃうのよ。アバン先生に習ったでしょ?」
ああもう耳にそんな言葉が残らない。やばい、やばい、また充電が始まっちまう。なんか他のこと考えねーと……
「呪文を手軽に使える者こそ簡単に魔法で解決しようとしちゃいけない…の、よ…」
どくん、どくんと心臓が慎重に波打つ。音が外まで聞こえそう。どくん、どくん。
「ポップそれ――」
どくん、どくん、どくん
「なんでおっきくなって…」
どくん。
「お、おめぇがそんなことするからだろうが!」
まずい止まらない引きずられる抑えられない。
「な、なんでよ!指の傷舐めただけじゃない!」
「あーもーうっせーうっせえ!男はみんなこんなもんなの!見えなくたって想像力で補うわけ!だから!こんな自制の効かない奴と風呂なんか入っちゃいけねぇんだよ!
だいたいお前は自覚が足りねぇ!危機感がねぇ!そのくせ色気とおっぱいばっかあって、困んだこっちは!」
あーもう止まらない、やめてくれぇ!
「な、なによそれ!」
「そりゃなー襲ったのは満場一致でおれが悪いよ!認める!けどなぁ、おめぇがそんなんだからおれときたらドギマギすんだよ!昨日の一件だってそーだ、ズボンを穿け!足を見せるな!歩きにくいだろうが!」
「なんであたしがそこまで言われなきゃなんないのよ!」
両者一歩も引かないまま怒鳴りあっている。これがつい今しがた初体験終えたばかりのカップルの会話かよ?おれにも恋愛に対するドリームはありましたよ、ささやかながらね。
それがこう見事に打ち砕かれちゃあ。ああもう切羽詰った怒りと行き場の無い好きって言葉がどろどろ溶かされて煮詰まって腐って糸を引く。その鍋をにやにや笑いながらぐるぐるかき回してるのは……あの野郎だ。
「だったらなんで一緒に風呂入るだなんて言い出すんだ!おれぁ男だぞ!しかも!さっきお前のこと襲った!」
息が切れる。目の前が真っ暗で気分が悪い。ノボせてるのかもしれない、そういや頭が痛いような。
「そんなびしょ濡れのままだったら風邪引くじゃない!
……それに、嫌いな人と一緒にお風呂入るほどあたし軽い女じゃないわ。」
しんと静まり返って、周りにはただ水の落下する音。
ざわざわと背筋を何かが這い回る。この感じ、腹の底から何か得体の知れないものが湧き上がってくる。息苦しい、胸が痛い。言葉が歯の裏側まで登って来ている。
言ってもいいのか?それとも違う何かなのか?
ここでもし拒絶されたら、この予想がもし見当違いで傲慢な勘違いだったら。
もうおれは立ち直れないかもしれない。
そういう予感がした。
立ち竦んでいるおれの頬に誰かが触れた。唇を薄く噛んでうつむくおれに、マァムの柔らかい手が触れた。
「もう一度だけする?
でもこれで最後にして。……その代わり全部忘れたげるから。」
かすかな囁き声の後に潤んだ唇がおれの唇に触れた。舌が絡んで唾液が滴ってもおれにはマァムの表情は分からない。
それに少し安心もする。
胸に抱いて、まるで抱き潰すように力を込める。肌と肌が重なって、そこが熱を持つ。
唇から喉、首、鎖骨、胸、わき腹……ずるずると舌で軌跡を作りながらこそこそとナメクジのように這いまわってやる。場所を移動させるたびに、切ない吐息が少しずつ荒くなる。
「やっ……冷た…」
その言葉に手探りで自分のシャツとジャケットを手繰り寄せて広げた。
「見えないから、自分で服の上に移動して」
「……いい加減外したら?バンダナ」
「外したら…今外したらホントに押さえが利かなくなりそうで怖いんだよ。
これで最後に出来ないかもしれなくて怖いんだ」
この場所は空が拓けてる。きっと星明りもあの森の中とは比べ物にならないほど明るい。そんな光の中でおれの身体の下で喘いでるマァムの顔を見ちまったら……もう、引き返せない。
突然自分の中に嫉妬深い“男”というものを強烈に自覚する。もしバンダナを自ら外してしまったら、今度こそあの野郎に視線を向けるマァムを殺してしまうかもしれない。
独占欲と身勝手な押し付けがましい感情とで自分はともかくマァムまで焼け焦げるかもしれない。それが恐ろしくて仕方ない。
こんなの多分愛じゃない。こんなドロドロしてて強力な感情、愛じゃない。セックスしてからやっと正確に自覚したなんて、そんなみっともない愛情なんてあるもんか。
自分に無理やり言い聞かしている反面、漠然と汚いこれもたぶんそれなんだろと理解している。二面性なんて軽々しい言葉じゃなくて、そういうものなんだろう。
美しくて儚くて淑やかであって、同時に醜くて痛烈で残酷な矛盾したもの。
そういうものをおれは初めて手に入れた。
熱持つ、それを。
もう今度は痛がらない。スムーズに入り込んでいくけれど、それでもやっぱりずいぶんキツイ。
「どだ、痛くねぇか」
「う、うん…さっきよりは」
ぎゅっと背中で広がっていた指が縮こまって肩甲骨を掴むような仕草がくすぐったくて力が抜ける。
くちゅ、くちゅ、くちゅ
いやらしい音が滝の音に消えず鮮烈に耳に残る。手に感じるすべすべの肌の柔らかさと温かさが理性を浸食する。ぬるい紅茶に落とした角砂糖がゆっくり糖分の渦を巻き上げながら崩壊してゆくように。
「あっあっあっあぁ…」
微かに聞こえる喘ぎ声は、いつもの元気で平気な“マァム”の声じゃない。優しくて恥ずかしげでとびっきりエロい“女”の声。自分の口から呻くように押し出される声も、マヌケで愉快な“ポップ”の声じゃない。苦しげで刹那的で野趣溢れる“男”の声。
この信じられない恐るべきギャップにさえ興奮する。
「マァム、そんなエロ顔でエロ声出して明日ダイの前でメシ食えるのか?正義の使途が聞いて飽きれるね。
こんなにして、見てみろとろとろじゃねぇかよ」
強気ついでにちょっと言葉攻めなんかカマしてみたりなんかしてね。
「やっあっあっあっ」
「気持ちよくて声も出ないか?」
「いやぁあっあっあっあっ」
「ほら、言ってみ?どうだ?ほら、ほら、ほら」
「きっきもちっいっいいっあっぁあっぁ」
意外にマァムもノってきた。きっとバンダナの向こうで微かに笑ってるに違いない。……なんか、楽しいぞこれ。
「きもちっい、い!ポップの、きもちいい!」
……なんかこっちが照れる。こんなマァムの声初めて聞いた。ぞくぞくぞく背筋がそそけだつ。
「おれの、なに?何がきもちいいの?」
やらしく尋ねてキスをする。聞きたいけど言わせない。唇と舌の間でマァムの言葉が爆発している。
「どこが気持ちいいんだ?おっぱいか?口か?腰か?」
両手をじっくりゆったりマァムの身体に滑らせながらディープなキスはやめない。恥ずかしくって自分の顔が真っ赤になってるのが分かる。でも強気は崩さない。
「あ、あっあっあっ…あそこ、がきもちいい!」
突き上げる衝動と同調しながらマァムが声を上げるのでおれは楽しくて仕方がない。こんな、マァムの快感の手綱を自由自在に操れるなんて、こんな楽しい事はない。
「あそこ?どこだよ、わかんねぇ、もっとちゃんと説明してくれよ」
ぱんぱんぱんぱん。肌と肌が打ち付けあう軽く艶っぽい音が水辺に響く。その向こう側で水の降り落ちる音が聞こえていて、まるで雨の中やってるみたい。
「ここ、いま…ポップがささってるとこ」
マァムの指がつつぅっとおれの腰を這って、接合部分の潤滑油を掬い取った。
“ポップがささってるとこ”
なんて的確で卑猥な表現だろうとおれはめまいさえ覚える。マァムがこんなこと言うだなんて。
呆然としてたら耳元でしゅるりという布ずれの音がした。あっと気付いたときには目の前の黄色い布は解け落ちて、バンダナの端っこを悪戯っぽく摘んでいるマァムの笑った顔が目に入った。
「ここよ、ここがきもちいいの」
マァムの白い人差し指と中指で広げられたアラワになっている接合部分。白濁した液体と、真っ赤に充血している二人の性器がせわしなく淫猥に動いている。
「うっく…っ」
自分の喘ぐ声にはっとする。じっくり見つめていたそこが次第に膨張してきて、慌てて目をマァムの顔に逸らした。
「や、やだ、かお、みないで」
桜色に染まった顔も首筋もおっぱいも、両腕では到底隠しきれなくて、でも必死に隠そうとしているその格好が愛らしくていい。
身体をぐんと近づけて、肩を押さえるように抱きしめながら耳元で囁いてやる。
「何バカ言ってやがんでぇ、マァムがバンダナ外したんだろ?
お前のエロい顔思う存分見てやるよ、おれのチンコでイっちまうエロエロな顔、しっかりこの目に焼き付けてやる。ほら、こっちむけよ」
「やっ……やだぁ!」
どうにかして顔を両手で隠そうとするから、手と手を組み合わせて握り締め、そのまま地面に押し付けて封じる。腕が広がって押さえつけるものが無いから、おっぱいがゆっさゆっさ揺れて非常にエロい。
「みっみろ、このけしからん乳。こんなに揺れて…恥ずかしいと思わんか?」
「やだ、かおみないで、かおみないで!」
目と唇が潤むだけ潤んでて、しかも汗をかいているから星明りに鈍く光っている。いやいや、と微かに振る首がおれの視線を感じるたびにびくびく痙攣している。
……おもしろい。
不謹慎にもそう思った。だってさっき“おれがささってるとこ”を舌で刺激してた時よりも、顔をじっと見つめてる方がよっぽど恥ずかしいらしいのだ。……女って不思議。
「おれに見られて恥ずかしい?」
「はっ…恥ずかしいわよ!
いっつも見てるその顔の前で、こんな顔……恥ずかしくって気が狂いそう!」
「でも恥ずかしいのがいいんだろ?
さっきよりここ、きつくって……ちぎれそー」
「もう!そんなえっちなこと言わないで!」
えっちなのはどっちだよ、と心の中で呟いた。
声を上げるたびにきゅっきゅとおれを締め付けてくるくせに。それにその真っ赤の顔。視線は微かに虚ろで涙が幾筋も流れた跡があるのに、まるでもっともっととせかすように妖艶に微笑んでいる。
口の中にちらちら見える桃色の舌が、白い歯と対照的にてらてら光りながら蠢いていてもうたまらない。
「……キスしていい?」
「な、なによ、急に」
「いい?していい?」
「今まで無理にでもしてたじゃない」
「いますごくしたいの。いい?な、いいだろ?」
腰を止め、じっと顔を見つめるおれに、少しの躊躇と照れくさそうな仕草のあと「いいよ」と彼女が呟いた。
唇を合わせて、マァムの舌を探った。温かくてニュるニュるしてて、ちょっと固かった。
それを嬉しく思ったけど、嬉しかったけど、なんか――――――
なんかわかんないけど涙が出た。
ごめん。
こんな卑怯なことしてごめん。
俺はほんとダメなヤツだよ、こんなこと言うのに薬の力を使わなきゃなんないなんて。呆れる意気地なしだろ、お前のこと好きなのに勇気が無いんだ。
嫌われたら、やっぱりあの野郎のほうが好きだったらなんて考えたら……声が出ない。
お前に軽蔑されるのが何より怖いくせに変な意地と曲がりくねった邪魔なプライドで、結局軽蔑されるようなことをしちまう。
俺さ、強くなるよ。自分の弱さに負けないくらい。
そしたら言う。お前の…マァムの目を見て君が好きですってちゃんと言う。
……だから今は………………ちっと、保留、な。
口付けしたまままたそぞろ腰を動かし始める。今までじっとしていた分、数倍も敏感になっていたのかマァムが舌の奥でいやらしく喉を振動させた。
両手を離して背中を抱くようにしてこれで最後、最後なんだと名残惜しむようにピッチングとローリングを繰り返す。
「んっんっんはぁ、んー!」
マァムが目を見開いて俺に口を離せと訴えるけれど、俺はついに最後まで離さなかった。
息が苦しくて目の前が霞んだけれど離さなかった。
名残惜しむより先に、誓うために。
そして二人は絶頂を迎える。
……そういえば、何かの本で読んだなぁ……オーガズムってのは小さな死って意味だって。
だったら弱くてダメな俺は今、死んだ。
たった今死んだんだ。
「おはよ二人とも」
太陽みたいなすがすがしい顔したダイが俺たち二人に挨拶をする。
「…はよ」
「おはよう」
なんとも気まずいヘンな空気が三人の間に流れている。
俺ときたらまだ服もマントも湿ってて変な感じだし、マァムの服もそこここが土で汚れてたりして言い訳不能な格好だ。
それでもダイは何も言わず、マァムに普通に接している。……大人だなおめぇは。
三人が三人、それぞれいろんなものを隠しながら、それでも一生懸命相手に悟らせないように頑張っている。……多分三人が三人とも相手が隠しているものを薄々は気付いているだろう。
ダイと一緒に先を行くマァムの顔をちらりと盗み見る。
目が合って人差し指を口の前に当てて軽く微笑んだ仕草に、胸の奥が少しだけへこんだような気がしたけれど……
誰も何も言わなかった。自分でもなんとなく、知らない振りをした方がいいような気がしてそのままふいっと目を逸らした。
しばらくしたらこのぎくしゃくにも慣れるだろう。
「ポップ、早く早く!おれおなかすいちゃったよ!」
少し先で朝日を背にしたダイがマァムと一緒に振り返りながら俺を呼ぶ。
……ああ。俺もだ!
俺は走り出す。
朝の風が頬を叩く。
少し冷たくて重いこの服も、走ってりゃすぐに乾くさ。
エピローグ
「おめぇ、この辺に置いといた薬瓶しらねぇか?こんくらいの緑色の…」
「まったくどこへやったかな。
ありゃ暇つぶしで作った、正直になる薬なんだよ。ガス状にして吸引させて使うんだ。戦いで相手の次の手が分かりやすいだろ?
ホントはポーカー用に作ったんだが…効果が出るまで時間が掛かる割りに効果の持続時間が異常に短くて使い物になんなかったんだけど…チッねぇや…せっかく調整のアイデアが浮かんだのによ」
「それに不安定でな、量の調整も難しかったから人間に使ったことは無かったがな。この手の薬は量が多いと正直になるどころか本性が出ちまうから。
しかも残留性が高くて被験者の体液…たとえば汗とか唾とかに接触しただけで効果が感染すんだよ。」
「…何でそんな風に作っただって?チッチッチッチ、甘ぇな小僧。アイテムはモンスター一体にしか使えねえだろが。だが感染すりゃもうけものって寸法さ。
使った人間様にまで空気感染したら洒落になんねぇからそこは抜かりなく接触感染するようにだな…」
「被験者がどうなるか?……まぁ簡単に言えば理性が吹っ飛ぶ。人間誰しも自分でも気付いてないような性格ってのがあるんだよ、それが出ちまう。
人間くらい高度に進化しちまった生き物には不自由な薬かもなぁ」
「ああくそ、そろそろこの辺掃除しなけりゃいかんな、ポップ手伝え。手間賃になんかやるぞ」
「あぁ?正直になる薬のレシピ?そりゃ写させてやるけど――――――何でそんなモン要るんだ?」
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