現実の落とし穴、現世の綻び、現在の途切れ
フォロー オブ 内宇宙編
日常の続き
私の彼氏は松笛たか臣君という、ちょっと(名前の字も)変わった男の子だ。因みに「たか臣」のたか、は星にさんずいをつけた字。
変な力はあるし、奇行は多いし、変な物をたくさん部屋にため込んでるし…考え方も普通の人とは(いろんな意味で)違う。
それにいつも変な注文を私にしてくる。…例えば私の涙が飲みたいとか、襟足を剃ってみたいとか…そういう注文の中に男の子特有の、いわいる「Hな注文」がないってもの一つの不思議なところだ。
でも、そんな不思議な雰囲気を持った変な松笛君を、私は好きだったりする。
未だに解らないのが、どうして私が松笛君を好きになったのか?って事。それを知ってしまうと…何となく今の松笛君との楽しいことが崩れちゃうんじゃないかって不安だけど、やっぱり知りたい。
でもそれは急いで答えを出さなくても、松笛君と一緒にいれば自然と解る様な気がするから、なんとなく私はその答えを急いで出そうとしてない。
でも、本当にどうして私は松笛君を好きなったんだろうね?
◇◆◇◆◇
「戸川。」
「…なに?」
いつものように、朝学校に行くために松笛君の家に来て松笛君を起こすと、起きてすぐに松笛君は私の名前を呼んだ。
え?何でわざわざそんなことを毎朝しているのかって?だって、毎朝起こしに来ないと学校に来ないんだもん、松笛君。
「お願いがあるんだけど。」
「………。」
まただ、松笛君のお願い。私はちょっと呆れ顔で言った。
「今日はなぁに?早く学校行かないと遅刻しちゃうから、あんまり時間のかかるのはダメだよ。」
「戸川を抱きたい。」
「……はぁっ?」
まさか、まさかっ。松笛君は性欲が欠如したような人だけど、でも男の子だし…い、いや。この前は『戸川と一つになりたい』って、松笛君の体にくくりつけられた事があるから油断は出来ないわ。
「と・が・わ・を・だ・き・た・い」
「ど、ゆうこと?」
「こうする。」
狐のイラストが描かれた松笛君の匂いのするパジャマが降ってきた。きゃーきゃーっ!ってことは松笛君はいま裸!?
ちょ、ちょっと待ってよ!朝だし、学校行かなきゃダメだし、まだ心の準備ができてないし、えーと、エートそれから…わわわっ、そんなぎゅっと抱きしめないでよ、あ、そーだ!制服がしわになっちゃうわ!
後ろから羽交い締めにされるようにして、私は松笛君に包まれるような形になった。松笛君のいい匂いがする。ふわふわしてて、何か…男の子の匂い…
私は松笛君の体温を感じながら、ぼーっとされるがままにしていた。
「うーん、なんかちがーうぅ…」
急に私からパッと離れて、私の前に来た。わわわっ、目のやり所に困る!…あ、なんだ…下にシャツ着てたのね。…いま2月だから当たり前か…
何故かほっとしていた私の両腕をひょいと持ち上げて、松笛君は私を抱き上げた。わわわっ…
私はベットの上で松笛君と抱き合うような格好になっていた。両手が手持ち無沙汰だったので松笛君の首にまいた。
「ダメだよ、戸川。おれが戸川を抱くんだから、戸川はおれを抱いちゃだめ。」
…何だそれは…
取り敢えず言われた通りに両手をしたに降ろした。すると松笛君は殊更強く両腕に力を込めた。うううーっ…むっ胸が潰れるぅ!
そのまま松笛君はキスをしてきた。
「ま、松笛君、苦しい…息が出来ないよっ」
もごもごと不鮮明な声になりながらも私はSOSを出した。
「さ・ば・お・りーっ」
「…ばかもーん!!」
ばきぃ!
両手でグーをつくってそのまま松笛君の頭を殴った。凄い音がした。
「はーっはーっ、し、死ぬかと思った…」
「イタイ…」
両手で自分の頭を庇いながらそのまま倒れ込んだ私と同じように座り込んで唸った。
「もうっ…さ、気が済んだでしょ。早く制服に着替えて、学校に行こう。」
そう言ってベッどから降りた私を松笛君はじーっと見ていた。
「な、なに?」
「戸川、違うこと期待した?」
ばきっ!!
二度目の音は、それはもう大きな音であった。
異変の始まり
「今日もぎりぎりセーフだな。」
ちょっと太めの男の子が私と松笛君に声を掛けた。クラスメートのハマノ君だ。
「ま、まぁね。」
私はあんまり言わずにそのまま自分の席に座った。鞄をそのまま机の上に放り投げる。
「お、松笛どうしたんだ?その頬のアザ。イタそー…」
「んー。いや、戸川が激しくて…」
「どーとでも取れる妙な返事を適当にするなーっ!」
手に持っていた丸めかけたマフラーで松笛君を殴る。
「…まぁ、確かに激しいわな。」
「だろ。」
そのまま松笛君の頭の後ろのキツネのお面が、ひょうひょうと松笛君の席に行った。後ろ頭にかぶったキツネのお面が松笛君のトレードマーク。まっすぐ正面から松笛君を見ると、キツネの白い耳が松笛君の頭からひょっこり見えて、まるで松笛君に耳が生えてるみたいだ、と私はいつも思う。
「席に着けーっ、今日の朝のHRはアーサ・C・クラーク著『2001年宇宙の旅』の英訳を発表して貰うぞーっ!」
頭に変な戦艦みたいのを被った先生が教室に入ってきた。…これも毎回思うのだけど、アレってドアとか天井とかによくぶつからないわね…。
それから、何となく猛烈に眠くなって、そのまま倒れ込むように机に突っ伏して寝込んでしまった。ああ、もう少しで学年末テストなのにぃ…
◇◆◇◆◇
「なんだ、ここにいたのか戸川。」
「あ、あれ?松笛君。どうしたの、そんな格好して。」
白いタキシードを(あんまり似合わないけど)着て、いつも通りにキツネのお面を後ろ頭に被った松笛君がひょっと顔を出した。
「なに言ってんだよ、もうすぐ式が始まるぞ」
そのまま何故か座っていた私の腕を引っ張って立たせた。
「し、式って?何、誰か死んだの?」
「…何って、おれ達の結婚式だろうが」
「……はーっ!?」
驚いて自分の着ている物を見ると、予想通りに白いウエディングドレスだった。丁寧にも裾っこにはキツネの小さな人形が付いている。
「ちょ、ちょっと待って…アタマ痛くなってきた…」
うう、偏頭痛がする…松笛君と付き合ってて大抵のヘンな事には慣れたけど、それでも未だにこうゆう1日一回は私の度肝を抜く突飛な行動を披露してくれる。
「松笛君、確かに私は松笛君のことが好きだし、その、松笛君も私のこと好きで居てくれているだろうけど…私達は未成年でその上学生なのよ?松笛君だってまだ17歳だし、結婚なんか出来ないわ。」
何とか思いとどまって貰おうと、私をぐいぐい引っ張って行く松笛君に言った。だけれども、キツネのお面が振り向くことはない。
「ねぇ、松笛君…聞いているの!?」
それでもやはり振り返ってくれなかった。
「ま、松笛君…」
「戸川、お願いがあるのだけど」
松笛君は振り向かずにいつも「お願い」するときのフレーズを口にした。
「へっ!?」
「戸川と結婚したい」
「だぁ!出来ないっつってるでしょ!」
「……戸川、おれのこと嫌いになった?」
「き、嫌いじゃないけど、結婚は無理なのっ!できないのー」
◇◆◇◆◇
「松笛君!ダメなんだってばっ!」
「とがわー、ビニールごっこしよーっ」
『やかましい!』
私のアタマに凄いショックが降ってきた。机と顔が少し離れていたので、その隙間分、私のアタマは強かに机と衝突した。
「…ったぁーい…!」
「お前達な、静かに寝ているだけならまだしも、寝言を叫ぶとは…いい度胸しているじゃないか。」
いつの間にやら近付いてきていた先生は、松笛君には黒板消しをパチンコの要領で飛ばしていた。
「あ、先生…お早うございます…」
「……戸川も松笛も廊下で目を覚ましてこい。涼しくて嫌でも目が覚めるぞ」
静かに出入口を指さした先生は、私の目をしっかり見て言った。
「は、はい…」
私達二人はすごすごと廊下へ出た。
暖かな教室の空気とは違って、刺すような寒さのもと、松笛君と二人でバケツを持って立った。(しかしこのバケツには何か意味があるわけ?)
「…松笛君、一体何の夢を見ていたの?ビニールごっことかって聞こえたけど。」
「ああ、夢だったのか…しかしリアルというか新鮮な感触だった…」
まだ眠そうな目(いつも半分閉じているけど)をしぱしぱさせながら、呟きつつ小さくアクビをかみ殺す松笛君。
「そういう戸川は何の夢を見てたんだよ、駄目とか何とか聞こえたぞ」
「あ、あははは、さぁね。…忘れちゃったわ。」
少し態とらしくではあるがそう言った。すると松笛君は立ったまま目を閉じて眠ってしまったようだった。
「…ま、松笛君?…もしかして寝ちゃったの?
…しかし器用なことして寝るわね……どうやっているのかしら…コツとかいるのかなぁ?」
試しに立ったまま眠ろうとしてみたが、すぐに手の力が抜けてバケツを落としそうになるし、足の力も抜けて立っていられなくなるし…とてもじゃないけど、立ったまま寝るなんて器用なこと出来そうもない。
それに寒いし。
「うーん…我が彼氏ながら不思議な奴…」
「戸川もできるよ。」
「わっ」
すーっと松笛君の目が開いて、話し掛けられたので凄く驚いた。バケツの水が少し床にこぼれたかも知れない。
「お、起きたなら起きたって言ってよ、びっくりするじゃないの。」
「…この状態で本当に寝たと思う戸川の方がびっくりだぞ、おれは。」
「いや、松笛君ならもしかしてと思って…」
「…………………………………
……まぁいいや、戸川こっち向いて。」
その声にすいっと松笛君の方を向くと、松笛君の顔があった。
《ちゅ》
「わ…ぁ………………ぐーっ」
「ゼロコンマ単位で眠るとは、我が彼女ながら不思議な奴…」
松笛君の声が遠くの方で、本当に遠くの方で聞こえたような気がした。
現実の夢と夢の現実
そこは、何だか昔に見たことのあるような不思議な場所だった。もちろん本当に見ているはずがない。なんたってここに来たのは初めてなんだから。
「戸川、こっち、こっちに来てごらん。」
「ま、松笛君」
いつの間にやら私の右後方にいた松笛君は私を手招きしている。
「ここどこ?なんで松笛君が居るわけ?」
「多分夢の中さ、人間が生まれる前に誰でも見る夢の中。」
ずいぶん前に夢の中に行ったことがあるけど(松笛君と付き合っているとこういう不思議体験は希じゃない)、その時とは少し様子が違う。
「ねぇ、前に来たときと違うね」
「ああ…そうだよ。一口に夢と言っても沢山種類があるんだ。この前見たのはこれからの人生を夢見た『胎児の夢』ってやつさ。いま見ているのは夢と言うより、母親が見ている情報が直接胎児に送り込まれている『母親の視界』っに似てる。」
うん?何か聞いたことがあるぞ。2〜3歳くらいの子供は、母親のお腹にいたときのことを覚えていることがあるって。それの事だな、きっと。
「ふーん、それでこんな所に来て何するの?」
「いや、来たんじゃない。連れてこられたんだよ…何かに。」
いきなり真剣な顔つきになって松笛君は言った。背筋がぞーっとする。
「えーっ!?そ、そんなのって出来るの?でも私を眠らせたのは松笛君でしょ?」
「うん、だから眠る直前の不安定な精神に何かが干渉して無理やり連れてきたんだと思う。」
うう、なんかイヤな予感…こういう予感って大体はずれないんだよね、何故か迷惑なことに…。ああー、お昼休みまでに帰れるかしら、今日のお弁当はエビピラフなんだよなーっ
「……戸川、こういう精神世界では思考がダイレクトに働くんだから、しょーもないこと考えるなよ。」
コンと軽く叩かれてしまった。
ううっ、そんなこと言ったって松笛君と違ってそんなことに慣れてないんだからね、ムチャ言わないでよ…
そういう風にしょーもない事考えるなと言われれば言われるほど、思いついてしまうのよ、しょーもないことっていうのはっ
ごちゃごちゃとアタマの中が撹乱してくる。ああ、考えがまとまらない…
そ、そうだわっ!一つのことを考えればいいのよ、それも無害な物を!よ、よし。そういうのなら得意だわ。
「○ネ夫…ス○夫…スネ○…」
「バカもん!伏せ字の意味がないではないか!」
ぱかっ!
「い、痛いじゃない!いまちょっと本気で殴ったわねっ?」
ひりひりとなる頭を庇いながらの反論は、どうやら松笛君には聞こえてないらしい。私のことが既に完璧に視界に入っていない。
「…敵意はなさそうだけど、こんな所に連れてきた真意が解らない…一体誰が…?」
「そんなの松笛君みたいに変な力を持っている人に決まっているじゃない。」
松笛君はいつの間にやら臨戦態勢に入ったようで、私の呆れた声に風呂敷のマントとキツネのお面を被って言った。…この風呂敷っていつも持ち歩いてるのかなぁ…
「…………。」
少しして、松笛君は何も言わなくなったので、私も黙ったまま松笛君の制服の裾を持ったままじっとしていた。
風もなければ暑くも寒くもない。空気が止まったような闇の中、横にいる松笛君がこうゆう緊急事態に陥ったとき、すごく頼り甲斐がある。
やっぱり男の子なんだ。
変なところで感心してしまう。松笛君の制服の裾を握る手に自然と力がこもる。
「…よし、とにかくここから出てみよう。」
「えっ、出られるの?」
思いついたように言った松笛君のキツネのお面が私の方を振り向く。
「絶対離すなよ、何があるか解らないから…」
そう言った後で少し間をおいてキツネのお面はこう言った。
「何かで離れるかも知れない、手をつなごう。」
松笛君の手がすっと私の前に差し伸ばされた。私は少し躊躇しながらもその手を取った。何か、男の子の手って、くすぐったい。
「ずいぶん歩くと思うけど、疲れないから気にするなよ。」
そのまま、松笛君は私の手を引いてどんどん歩き出した。
◇◆◇◆◇
道はずっと平坦で、アクビが出るほど退屈だった。最初の方は『何があるか分からない』なんて松笛君が脅かすもんだから、緊張して歩いていたけども…何も起こらないと分かってからはずっとヒマだった。
「ねぇ松笛君、何もないね。」
「ああ、そうだね」
「どこまで行くの?いつくらいに外に出られそう?」
「さぁ、ここに招待した奴の気まぐれによって幾らでも長さは変わるだろうね。だからわからない。」
「ここって一体どこなの?松笛君は『母親の視界』って言っていたけど、それだったらもっと何か見えていいはずよね。さっきから何も見えないよ。」
「…戸川、ヒマ?つまらない?退屈?」
「え、あ、うん。ヒマだけど…」
すると松笛君はちょっと立ち止まって、立ったまま考える人のポーズをした。
「じゃ、これからいろんな物が見えるようにするけど、どんな物を見ても手を離したり、心を不安定にしないでくれよ。」
え、そっそんな…脅かさないでよ。
「…な、何が見えるの?」
「解らないから怖いのだ。さっきも言ったようにこういう世界では心の動きが凄くダイレクトに作用する。戸川が不安定になって、この世界に何らかの効果をもたらしたら、正直おれにもどうなるか判らない。」
「……えっ、えっ?じゃあいいよ、怖いよぅ!」
「あ、もうだめ。」
そんな松笛君の軽い声が聞こえると同時に、私の視界から闇が消えた。辺り一面中光り輝く色の世界になった。
「わ…」
口からは間抜けな声が漏れる。眩しいはずなのに、目はチカチカしたりくらんだりしない。
「ま、松笛君これ何?」
「言ったろ、いろんな『母親の視界』さ。胎児達が〈あっちの世界〉に居ながら〈こっちの世界〉を覗いている、その見ている物だよ。」
解るような、解らないような言い回し。えと、つまり一人一人の胎児達が見ている『母親の視界』がここに集まってきているわけ?
だけど、しばらくするとそんなことはどうでも良くなってしまった。あんまりにもキラキラ光ってて綺麗な『母親の視界』は、色々な物を映していて、歩くのが断然楽しくなった。まるでウインドウショッピングしているみたい。
どれにも優しそうな風景が映っていて、それの多くにいたわるような男の人が映っている。ああ、きっとこの子達のお父さんね。
どんどん歩いていくうちに、私達くらいの年齢の若い男の子が映るようになってきた。
「えっ、ねぇ…この子達もお父さんなの?私達とそんなに歳、変わらないんじゃないの?」
その私の声に、松笛君はフッと上を向いた。
「これは生まれなかった子供たちの夢。つまり、何かの理由で生まれなかった子供たちがその時を止めたまま、ここで夢を見続けるのさ。」
「え…!?」
ってことは、ここで外の世界の夢を見ていても、本当に見ることは絶対に出来ないわけ?そんなの可哀想じゃない!
「いや、望まれないで生きてくよりは、ずっと幸せかも知れないぜ。」
声に出していなかったのに、まるで私の頭の中を読んでしまったようにして松笛君は言った。
「うん……そうかもしれないね。
……でも、それはもう生まれている私達が言っていい言葉じゃないんだろうね。
…ってちょっと、人の思っていることを勝手に読まないでよっ」
そんな抗議もどこ吹く風。松笛君はまた私の手を引っ張って歩いていく。
色々な…こういう他人の幸せを見ていると、私はどんどん松笛君に言いたいことが増えてきた。
「ねぇ、みんな幸せそうだね、ここに映っている男の人達、みんな優しそう。」
「…………。」
松笛君は何も言わない。
「松笛君は、私のこと好き?」
「うん、好きだよ。」
「でも、私…松笛君に好きって言われながらキスしてもらったことない。
さっきだってそうでしょ、キスは松笛君の不思議な力を分けてもらうための…なにか、そういう手段みたい…」
あれ、こんな事言うつもりじゃなかったのに、みんな幸せそうで、優しそうで…羨ましくなっちゃったのかなぁ…
「…………。」
松笛君は何も言わないし、振り返ってもくれない。
「ね、松笛君…私だって女の子なんだよ、そうやって、いつも確認しなきゃ不安になっちゃうのよ…」
あ、涙が出てくる…。
こら、不安になっちゃ駄目だってば、しっかりしろ、私。
それでも松笛君は何も言ってくれないし、やっぱり振り返ってもくれない。ただ黙って私を引っ張って行くだけ。
「…………外に出るぞ。」
少しの沈黙の後、松笛君が言った。
今度は目も眩むような眩しい光りが、すぐに閉じた瞼を突き破るようにして押し寄せてきた。
そんな眩しい光りを急に受けたもんだから、びっくりして私は松笛君とつないでいた手の力を抜いてしまったけれど。
松笛君は私の手をずっと離さないでいてくれた。
夢から覚めたら
「こら、戸川。」
恐る恐る目を開けると、私は横たわっていた。……保健室のベッドに。
「…あら?」
「あらじゃないだろ、まったく。保健委員だからって…戸川だけならまだしも松笛まで引きずってきたんだぞ、俺は。」
横には、憮然としたハマノ君が椅子の背もたれを反対にして座っていた。
「ハマノ君…あらっ?私、なんでこんな所に?」
「廊下に立たされてもまだ寝るなんて…。ものすごい根性しているな、お前ら。」
ハマノ君が言うには、私達が廊下に立たされてから少しして、二人とも倒れてバケツをひっくり返していて、大変だったらしい。廊下は水浸しになるし、二人とも寝たままで起きないし…で一時間授業が潰れたらしい。
「ま、最初の時間は英語だったから、みんな喜んで床を拭いてたけどな。」
「あ…そうだったの。ねぇ、松笛君は?」
「まだ寝てるよ。ちっとも起きねぇ。」
ひょいと隣のベッドを覗くと、キツネのお面を被ったまま寝ている。…器用な寝かた。
私はそのまままたベッドに突っ伏して、溜息をひとつついた。
「いま、何時間目?」
「昼休み。何だ、お前達疲れてんのか?よく寝てたけど。」
「ううん…。そうじゃないの、ちょっと不思議体験を、ね…」
「何だ、夢の世界か?」
「ま、間違いではないわね。」
「ふーん、お前の人生って波瀾万丈だな。」
「う゛…」
「松笛なんかと付き合っている宿命さ。」
「………。」
「だから、俺と素直に付き合っていれば良かったのに。」
「…あのね…ハマノ君には神無月君とゆー恋人が居るでしょうが。」
口を尖らせて言う私に、ハマノ君は頭の後ろを書いてヘヘヘと照れた。
「……ね、ハマノ君ってさ、神無月君に『好きだ』とか、意志表示するよね?」
「な、なんだよ?急に」
「どう?するよね?」
「…俺ら、お前らとは違うんだし…あんま参考になるとは思えねーけど…」
「いいのよ、参考にするんだから」
「う…まぁ…するよ。あいつ結構寂しがりなんだ。いつも一緒にいてやらないと可哀想な気がするくらい、なんか頼りないんだよ。」
「そうよね、普通は好きなら好きって言ってくれるし、そう意志表示するよね。」
「…………。」
「別に他人と比べてどうこう言っても仕方ないし、する気はないんだけど…でも、ね。
松笛君の接し方って好きなのよ。即物的じゃないって言うか、パートナーとして見てくれているって言うか…でも、そればっかりじゃ、やっぱり不安になる…。」
「…………。」
ハマノ君は黙って私の話を聞いていてくれた。どう言ったらいいのかという風にちょっと困った風な顔をして。
「あはは、ゴメンね!ヘンな事言っちゃって。
また今度ちゃんと話してみるわ、松笛君に。」
「…そうだな、それがいいよ。俺も適当な事言って二人の関係壊したくない。」
「ありがと、話聞いてくれて。」
「いいよ。これくらいしかできないけどな。」
私とハマノ君は、まだ眠っている松笛君をそのまま寝かせて教室に帰った。
さ、エビピラフたーべよっと。
◇◆◇◆◇
「あ、ごめん。今日、松笛君と一緒に帰るの。起こしてこなきゃ。」
「そう。じゃまた明日ね。」
「ゴメンね、江波。」
「いいよ」
江波達の申し出を有り難くお断りさせていただいた後、私は日直の仕事を終えて夕暮れ時の保健室のドアを開けた。
少し引っかかったような手応えの後、ドアは開いて、入ってすぐの所にある先生の机の上には『鍵を閉めて帰ること。鍵は職員室に!』のメモがあった。
「松笛君、松笛君、もう学校閉まっちゃうよ。起きて!」
「…んなー…」
そう言っても、猫の鳴き真似みたいな声を上げるだけで、キツネのお面は起き上がってくれない。
「ね、ほら、起きなよ!」
ふとんをひっぺがしてもちっとも起きてくれない。
「こら!上に乗っちゃうわよ。」
馬乗りになったって一向に起きない。
「………。」
キツネのお面を取ってみると、珍しい目をつぶった松笛君の顔。夕日が柔らかく反射していて、すごくすてき。
「……………。」
私はふらふらとそれに惹かれように松笛君の唇にキスをした。
松笛君のくちびるは、意外なほど柔らかくて不思議な味がした。
「…んー?」
松笛君は私がパッと離れると、ゆっくり目を覚ました。うーん、題して『眠れる制服の松笛』…。(冷静だな、私も)
「よぉ戸川。お早う。」
「お…お早うじゃないわよ!もう5時半よ?早く帰えんないと学校閉まっちゃうんだから。」
「そーか…じゃ、カバン持ってこなくちゃ…」
「…はい。持ってきているわよ。早くかえろう」
私の差し出したカバンを受け取った松笛君は、じっと私の顔を見ていた。
「な、なに?私の顔に何か付いている?」
「…煙突が付いている。」
「付くかーっそんなもん!」
ちから無き囁き
「今から夢探検をしよう。」
「は?」
松笛君の部屋に着くなり、そんなことを言われた。
「夢探検。戸川の夢の中に入ってみよう。何か今日の変なことの手がかりがつかめるかも知れない。」
そう言うと松笛君は詰め襟を脱いでYシャツだけになった。そして自分の膝を叩いてここに来いという。
「……私、家に帰らなくちゃ。今日はもう遅いでしょ。」
そう言うと心底残念そうな顔をする。ああ、やめてやめて…私この顔に弱いのよー!
「ほら、ずっと前に髪の毛を結んで、夢の中に入るおまじないをしたことあるじゃない。アレじゃ駄目なの?」
「あれだと覗くだけで、いざという時に力が使えない。」
ああ…『いざという時』があるのね、『夢探検』ってのは……
「じゃあ、遅くなるって家に電話しなきゃ……」
そういって立ち上がろうとする私を、それ以上有無を言わさずに座らせ、彼は長いキスをした。
もうっ!こんな時だけ強引なんだからっ
……うー、気が遠くなる…
◇◆◇◆◇
「戸川、戸川…」
「んにゃ?…あ、松笛君。」
「起きて。さ、立って」
「ここが私の夢の中なの?」
そこはやはり闇で、何にも見えなかった。見えるのはまるでライトに照らされたような私達だけ。
「そう。今はまだ体がきちんと眠ってないから、奥の方に進むのは比較的簡単なんだ。さ、行くぞ。」
松笛君は私の手を引いてまるで場所を知って行くかのようにどんどん歩いてく。…まぁ今更松笛君がどんな事を知っていても驚きゃしないけどさ。
すると、この前みたいに長い間歩くまでもなく、行き止まりに突き当たった。
「ね、もう行けないよ。」
「…………。」
すると松笛君は、私にはとても発音できそうもない難しい言葉(呪文?)を呟いて、壁のような行き止まりに手をついた。
目が眩むような眩しい光りがほとばしって…
…目を開けると、そこにはまだまだ道が続いてあった。
「ここからはいわゆる『本音』って領域にはいる。お前が他人に普通はさらけ出さない想いだ。」
「え、ちょっと、イヤだよ!そんなの見たくないし見て欲しくない!」
「うん。だから今までと同じように見えないように特殊フィールドを展開する。ちょっと感じ方が変わったりしたらすぐに教えてくれよ。調整するから。」
そう言ってその道を進んでいった。
…ふむ、別段変わった様子もないし、気分が悪いわけでもない。
ああ、朝に『母親の視界』に入ったときも、こうやって見えないようにフィルターみたいなのを被せてくれていたのね。
それなのに、退屈とか言っちゃって…私の方こそ、松笛君のこと解ってないんだなァ…。反省。
「どうした?気分悪いのか?」
「あ、ううん。ちょっと反省していただけ。」
それからは二人とも言葉少なげに、ぼそぼそ呟き合っては奥へ奥へと進んでいった。話すきっかけがなかった訳じゃないし、話したくなかったわけでもない。普通の私達は元々ベラベラ喋る方ではなかったし、これくらいがちょうど普通なのだけど…場所が場所だけに沈黙が少し重たかった。
…体感時間にして約一時間もした頃だろうか、急に松笛君が止まった。
「…変だぞ。」
「何が?」
きょとんと聞き返す私に、松笛君は顔も合わせようとせずにそこら中の地面や壁をさわり始めた。
一つづつに触れる度に難しそうな声でうーんと唸る。
「……もう少し進んでみようか。ここには目印になるような物がないから…」
うう、イヤなことを言う。まさか自分の意識の中で迷子になったなんて言うのではないでしょうね?そんな間抜けな死に様イヤよ、私!
「そ、そうねっ!まさか迷ったなんて事はねっ!あはは!」
興奮気味に声が少し大きくなってしまう。
「………………そーゆう可能性がないと否定する事は出来ないが、現状を分析するとある意味でなきにしもあらず…のよーな気がしないでもない。」
「…つまり迷ってしまったかも知れないのね。」
「ウン。」
…うんじゃないっつーの…まったくもう…
でもよく考えたらここは私の頭の中なのよね、だったら自分の都合のいいように出来ないかしら?
「ね、松笛君……」
「駄目だね。」
「…勝手に人の心を読むなっつーのが解らないの!?」
怒鳴る私の声をどこから出したのか、日の丸扇子で遮断する。
「ま、いいけど。…で、どうして駄目なの?」
「ここは戸川の深層心理なわけ。戸川が本当に望んでいる心、つまり戸川の一番強い『想い』だ。それに外部から分裂して侵入した微弱な自我が勝てるわけないだろ。」
「え、え、え…」
つ、つまり私がこのずーっと暗いトンネルを歩いていることを望んでいるわけ?そんなこと無いわよ、こういう暗くて狭くて辛気くさいとこ、苦手なんだから!
…でも松笛君とずっと二人きりで居れるってのは…ちょっと願望かも…。
「じゃあ私が本当に満足するまでずっと歩いてなきゃなんないの?」
「ま、そういうこった。」
うー…いくら最近二人きりになる機会がなかったっていっても、こーゆーのは何か違う気がするんだけど…
「近道か何かないのかな?」
「…ないことはないけど…。」
「………何か問題があるわけね。」
「手っ取り早く戸川の願望をここで叶えたらいいんだ。」
って…私の願望…なに?
「戸川が普段したいなーと思ってることをここでするんだよ。…でも出来ることには制限がある。ここにはおれと戸川しか居ないんだから。
おれを使った戸川の願望がないとこの近道は使えないだ。」
「………………………………………………何でそんな大それたマネをーっ!?」
あ、あ、開いた口がふさがらなーいっ!
「心底の願望が満たされれば人ってのは割とあっさりと心の壁を開くものさ。」
…だーっ!どっかの商業心理学者みたいな事さらっと言わないでくれるー!?
そんなこと、そんなこと、出来るわけないじゃない!
と、ここで私は一つ思うことがあった。それは松笛君を、この件を口実にして…悪い言い方で言えば試すことが出来る、というものだ。
性が悪い事だけど、私だって年頃の女の子なんですからね、これくらいの意地悪許してちょうだい!
深く息を吸って、はいて、もう一度吸って…お腹の奥の方に力を溜めて…
「じ…じゃ、ここで私のこと抱いて。」
わーっ!!言った、言っちゃったよ、マジで!きゃーっ!(自分で言っといて……)
すると一呼吸おいて松笛君が近付いてきた!わっわっ!
「…まったく、抱っこして欲しいなんて戸川も甘えんぼさんだなー。」
「同じネタを何度も使うなーっ!!」
抱かれたままでアッパー!
「…イタイ…」
「あ、ゴメン…
でもね、松笛君。私は松笛君のこと本当に好きだし、そういうことをしてもいいと思っている。松笛君は私とそういうことしたいと思わないの?
…私のこと本当に好きじゃないの?」
「好きだよ。」
「でも、松笛君がキスしてくれる時って、何か、好きっていうことの証明じゃなくて…
ごめん、言いたいこと多すぎて、上手くまとまらない…」
あう、あう、涙が出そうになる。こらこら泣いている場合じゃないのよ、私!
「だから…すこしだけでも、かたちをのこしておきたいの、おもいでっていうかたちを…」
声が潤んで何だか変な声。でも涙を抑えることには成功したわ!
聞き終わった松笛君は私を立たせて、キツネのお面を被ってしまった。
こうなると私には何も言えない。松笛君の無言の拒絶が最高に悲しかった。
現実を連れて朝が来る
「戸川、朝。」
起こされると松笛君のベッドにいた。制服のまま寝ていたからスカートのプリーツがめためたになっている。
「…お早う…」
「今日の朝御飯は戸川が居るから豪華だぞ。なんとスモークサーモンだ!しかも手作り」
「わぉ、すごいね。朝からそんなに入らないよ。」
「すぐに降りておいで、冷めちゃうから。」
そう言ってエプロンと三角巾姿の松笛君はとっとこと階段を下りていった。
「嘘でもいいからキスくらいして欲しかった…何か言って欲しかった…」
つーっと涙が頬を伝う。
2月の松笛君ちの朝の空気は刺すほど冷たい。
◇◆◇◆◇
「はぁ…」
…松笛君の家から直接学校に行って、そのまま帰宅。何とかかんとか家族を言いくるめて、久しぶりに入ったような気がする自分の部屋。
落ち着いた場所にいて気が緩むと、また涙腺が言うことを聞かなくなった。
「…たー…つらいな…ぁ…。」
学校では松笛君はいつもと変わらなかったけど、私は変によそよそしくしてしまったし、なんか目と気分の前に黒いセロファンでもあるみたい…
きー、こんな自分嫌いっ!
だけど自分自身だからどうすることもできないこの矛盾はどうだ!指さして笑ってしまうぞ、私自身を。
「松笛君とずいぶん長い間居て、少しくらい分かった気になっているみたいだけど、そんなの違うんだよね。松笛君は松笛君でいろんな事考えている。私だけの松笛君じゃなくて、松笛君は松笛君の松笛君なんだから…」
独り言というのは大抵自己完結している時に出る。だから他人が聞いてもよく分からない。だって仮にテープで録ってて後で聞いたとしても…きっと解らないと思うもの。そんなのを他人が聞いて理解できる訳ないじゃない。
「…大丈夫、明日は普通に戻るわ。」
◇◆◇◆◇
強めに締めたマフラーの端を冷たすぎて痛い風が弄ぶ。朝っぱらから吹き荒ぶ寒風は、身体の底から冷やすような風で目も開けていられない。スカートから伸びる足は寒さのために切れそうに痛い。
「気が重い…」
白い息が風にすぐ持っていかれた。だー、このまま学校いこーかなー…
「…逃げちゃ●目だ 逃げ○ゃ駄目だ ▲げちゃ駄目だ 逃げちゃ駄目△…」
白い息はとめどなく私の口から出てはかき消えていった。
そうこうしているウチに、町外れの寂れたビルが視界に入ってきた。
……だぁっ、私だって決めるところは決めるわよっ!
「松笛クーン!朝よ、学校行こう!」
取りあえずは玄関先で叫んでみる。勿論これくらいで出てくるようなら苦労しない。
そろそろと、まるでこそ泥に入っている様な心持ちで奥の部屋に進んでいった。床はごちゃごちゃした変なガラクタでいっぱい、普通に歩くこともままならない。何かいつもより無秩序な気がする…
「お早う戸川。」
「……っひょう!」
急に声を掛けられて振り向くと、そこには体中にまたワケの解らないお札やらお面や等を引っ提げた松笛君。
「びっくりさせないでよ!心臓止まるかと思ったじゃないの!」
あー、まだ心臓がバクバクいってら…
「戸川、学校終わったらすぐにまたここに来て。一つ仮説が立ったから、それの実験をしようと思うんだ。」
「…今日学校休むの?」
「準備があるし、やらなきゃいけないことも多いしね。」
休むことが当たり前みたいな言い方。おいおい…
「そんなにぱかぱか休んでいたら卒業できないわよ。それでなくても授業中に怪しい宗教儀式で護摩炊いていたりするんだから…」
ぷつくさ言い始めた私とはそっぽ向いて松笛君はぺろっと言った。
「…後15分くらいで予鈴鳴っちゃうぞ。」
「でー!?」
時計を見るともう8時15分少し前。
てこでも動かなさそうな松笛君を置いて、私は松笛君の家をダッシュで後にした。
わー、最近遅刻多いから反省文書かされちゃう!
◇◆◇◆◇
「…それで、何もしなかったわけ?
悪いけどあんた達ヘンだよ。少なくとも普通じゃないわ、異常よ異常!」
お母さんは江波たちの家に電話して私のことを捜していたようで、家に帰らなかったことを江波たちは他の誰よりも良く知っていて、他の誰より早く聞いてきた。私が仕方なく(多少選んで)本当のことを話すとこれだ。
「いいのよ、もう。そういう人だって解ってんだから。」
「戸川、松笛君だけよそんな変なの。悪いことは言わないから別れた方がいいよ。後で泣くのは戸川なのよ。」
「…江波、人の彼氏にいちいちケチ付けないでよ。それでも私は松笛君のことが好きなんだからしょうがないでしょ。」
胸を張って言い切る私に江波は意地悪そうな目つきになって言った。
「でも不安なんでしょ?」
「う゛…」
「でも本当はそゆこと、やってみたいんでしょ?」
「それはちょっと…」
「でも実は松笛君のこと疑問なんでしょ?」
「…不思議なところも解らないところも松笛君の魅力なのよ!」
江波は私のことをよく言い当てる。それが深いところをえぐる言葉だから始末が悪い。自分が知って隠している本音を掘り起こされるもんだからぐさぐさと自分自身に突き刺さってくる。きゃー、江波のバカー…
「何にせよ、私は戸川の好きにしていればいいと思うよ。自分で一番いいと思うことをすればいいの。人間の出来る事ってそれだけなんだから。」
「…ん、アリガト江波。」
江波はパックのジュースを飲みながら机の上に開いてあった雑誌に目を落とした。
江波は自分のその一言一言でどんなに人が救われているか知っているのだろうか?…例え知っていたとしても、こいつはそれを凄いことだとは思っていないだろうな。
「………ねぇ、戸川達ってホントに何もないわけ?ホントは色々ケーケンしくさってんじゃネーの?おばちゃんにも教えてつかぁさいゥ」
「砂田、戸川本当に悩んでいるのだからヤメたげなよ。」
サンドウィッチをかじりながらはやす砂田をたしなめる江波。
「なぁに江波、今日はイヤに優しいじゃない。…お金なら貸さないわよ。」
「お願い、ミルクのピ●ー…オゴって戸川ゥ」
「ああー残念。今日はお金持ってきてないのゥ」
「ぎゃーっ励ましたぶん返せっ」
最近松笛君にぴったりだったから、江波達とお昼食べるのも久しぶりだな…
そんなことを想いながら平和な1日の授業は終わった。
夜の帳が降りる頃 遠く離れてヤツが居る
今の時間は午後3時半。学校から直でここに来ました。家には今日はもしかしたら江波の家に泊まるかも知れないと言っておいたし、明日は第二土曜で学校は休み。用意万全、何も心配なんかなかったりする。
町外れのボロマンションが、そろそろ暗くなり始める頃の日の光を受けて不気味に佇んでいる。その中にはもっと不気味な置物や人物が居たりもするんだけど…
「…うしっ」
気合い十分、何があろーとも驚いたりしないわっ
深呼吸をしてから松笛君の家に入っていった。松笛君はすぐには見付からず、何度も何度も居そうな部屋を全部探してみたけれど、松笛君は見付からなかった。
「松笛君、どこ行ったのよ?実験するんでしょ?」
仕方がないので、いつも松笛君が居る旧型のパソコンやらガラクタやらが置いてある部屋で座って待つことにした。
そこも一応書き置きとかがないか調べてみたけど、やはりそれらしい物は何もない。
「もう…いつも自分のペースで物事進めちゃうんだから…」
言い終わるか終わらないかのギリギリのラインで眠気が急に襲ってきた。
あやや、こいつはイケねーっす…
闇に落ちる寸前、けたたましいアラームの音が聞こえた。
慌てて意識を取り戻して、その音の元を探すとそれは旧型パソコン(どっちかっつーと「マイコン」と言った方が正しい)のスピーカーから流れ出ているものだった。
そのパソコンの前に座ると…
『トガワ、ショウカンギテンノ マエニ マホウジン ガアル、ソノナカデ オレノコトヲ カンガエナガラ ネムレ』
と、急に文字が出た。
「聖歓喜天…」
慌てて聖歓喜天のある部屋に行くと、そこには大きな大きな円とその中に読めないような読めるような文字がたくさん規則正しく書かれていた。その円の真ん中には…
「戸川…松笛…」
戸川という文字と松笛という文字が、何本かの線で結ばれている。太い線やら細い線やらで…。
これは松笛君と私を繋ぐ場所っていう意味かしら、ここに入って松笛君のことを考えながら寝ればいいのね。
「…ったって…そんなもんスッと寝られるはずないじゃないの。さっき起こされたばっかりなのに。」
しかし割とあっさり私は眠ってしまった。ここには安眠香でも充満しているのかしらね。
◇◆◇◆◇
「…がわ、戸川。起きろよ」
「松笛く…」
声を聞いてすぐに目を覚ましても、松笛君はそこには居なかった。
「松笛君?居るんでしょ?ここよね。」
私は制服のままで倒れていて、側にはカバンも何もかも一緒にあった。
「戸川、お前魔法陣の上を踏んでここに来たろ?」
「…うん。だってそうしなきゃ中に入れそうもない位大きかったんだもん。」
「わーっ…じゃ、何本縁を消したんだ!?」
「わ、わからない…円?」
「つながりっていう方の縁だよ、『えにし』の方。」
「はー?」
「…だから…精神の塊の状態になっているおれたちが同じ夢を見ようと思ったら、強い意識のつながりが必要なわけ。離れている場所ではそれが完璧に同調するのが難しいから、あの魔法陣でそれを増幅させてたんだよ。それのどれかが消されているから、こうやっておれの声と意識だけがお前の夢と同調してんの。」
えーん、難しいよー…
「…つまり魔法陣のどこかを踏んで消してしまったから、松笛君の声しか聞こえないわけ?」
「そうだ。これでは実験にならないけど、時間もないし…」
松笛君の声が急に途切れた。
「…よし、仕方ないからぶっつけ本番でやろう。戸川の夢を基本としてそっちを進めた方がいいな。」
「えーっヤダ、無理だよ!私何も知らないし解らないよ!?」
「大丈夫。全部おれがナビゲーションするし、声と意識のシンクロはあるんだ。ただ戸川しか夢の中での実体がないわけだから心配と言えば心配だけど…ここでは想う力が一番強いから、戸川の意識がなくならない限り大丈夫だよ。」
ひ、ひと事だと思って…!
「松笛君、私松笛君が思っているほど強くなんかないよ?」
「大丈夫大丈夫。これは現実だけど夢だ。心配するな。」
松笛君の声は脳天気そうな明るい声。やーな感じ…。それに、ソレって裏を返せば夢だけど現実なんでしょ?
「ときに戸川。」
「は、はい?」
「おれにゆかりのある品物を何か持ってない?」
「松笛君からもらった物って事?…ずーっと前に植物の種をもらった事があるけど、家にあるわ。」
「今持っている物で何かないの?」
「うーん…」
カバンの中をごそごそやってみても、松笛君に関する物なんて出てこなかった。当たり前だ、入れていないのだから。
「あっ!それ、それなんだ?すごい波動を感じる。」
私が左手に握っていたのは、少し前に松笛君が私の髪をさわりたいと言ったときに使った、黄色いストライプの入ったリボンだった。
「ああ、リボン。この前私の髪を括ったときに使ったでしょ。」
「それにしよう、戸川利き手どっちだったっけ?」
「右。」
「じゃ左手に巻きな。」
私は言われたとおりに左手にリボンを巻いた。生地が硬い生地なので擦れて少しチクチク痛い。
「…巻いたよ。」
「まずはまっすぐ進もう。」
「わっ!」
びっくりして左手を見ると、そこにはキツネの小さなマークが入ったリボンが現れていた。今まで耳元というか遠くの方というか…そんな曖昧に聞こえていた声も、はっきり鮮明にリボンから聞こえるようになった。
「な、なに!?呪いアイテムとかそうゆーの?」
「……せめてお守りといいたまえ。」
私はどんどん言われたとおりにまっすぐ前に進んでいった。そこには何もないごつごつした岩肌が続いていて、この前松笛君と一緒に見た夢の中とは明確に異質だ。
少し経つと、それまでとはちょっとだけ変わった。何がと言われてもはっきりとは答えることは出来ないのだが…そう、空気。空気とでもいう物が、明らかに少しだけ変化した。
「ねぇ松笛君、空気が変わったね。いままでじめじめしていたけど何かカラッと乾燥した感じになったよ。」
「…そうか、じゃ近付いているんだな。このまままっすぐ進もう…」
キツネのリボンは短くそれだけ言ってまた黙ってしまった。あれ、何か声の質がおかしい…
「松笛君、どうしたの?声がおかしいよ。」
「あ…ああ、意識を連続して飛ばしたことがなかったから少し疲れてるんだよ。気にしなくてもいい。」
「そ、そんな…大丈夫なの?ねぇもう一度やり直そうよ、万全の体勢でさ…松笛君がそんなに疲れていたら私、どうしていいか…」
「時間がない。…先に進むんだ。」
リボンに促されて私は渋々言われた通りに先に進んだ。
どうしよう、松笛君大丈夫なのかなぁ…苦しいんじゃないのかしら…
「戸川、余計なことは考えないでただ前に進むことだけを考えてくれ。そっちの方がおれも楽だから…」
「う、うん…」
私にもっと力があったら…悔しいなぁ…
◇◆◇◆◇
「行き止まり…」
「よし、そこで一番心が動くことを考えるんだ。何でも構わない。心が動けばいい、強く念じるんだ。内容はどうでもいいから…」
…そんなの松笛君のことに決まっているじゃないの。
松笛君大丈夫なの?
松笛君どこにいるの?
松笛君が…好き…
閉じた瞳の向こう側で大きくて重い物が擦り合わさるような独特のゴゴゴッという音がした。ゆっくりと目を開けてみると、そこには小さくて狭くて…人がやっと一人通れるくらいの穴が開いていた。
「…ね、やはりここを通らなくちゃいけないのよね?」
「そうだよ」
「制服が…汚れてちゃわない?」
「…精…神の塊だ…ら…現実に…何…影響は…」
電波の悪いラジオみたいに雑音が入っていてよく聞こえない。
「だ、大丈夫?……ごめん!わがまま言って…
…えーい、もうこうなったらどこだって行くわよ!月でもアラビア半島でも黄泉の国でも!」
カバンをしっかりと小脇に抱えて、コートの裾が汚れないように気を付けながら、光のないぽっかりと空いた穴に身を投じた。
えーん、またさっきのじめじめした空気に逆戻り…その上狭くて暗いー…
「と…わ、気を……て、足元……く…」
何を言っているのかほとんど解らなくなってしまった、これはものすごい危険でぴんちなのでは…?
それでも松笛君には珍しく私を励まそうとしてくれている心意気がバシバシ伝わってきて、すごく嬉しかった。
「大丈夫、大丈夫。転んだりしないわ」
「違う!」
松笛君の鋭い声が飛んだとき、私は既に地面の感覚を知らなかった。
「…きゃーーーーーーうそぉっ!ひも無しバンジー!?」
く、空気抵抗なしの高速自由落下ってこんな感じかしらーっ!
現実に連続する微細なズレを理解し得るか
「………イヤな夢………」
目が覚めるとそこは松笛君のベッドの上だった。
左手にはリボンなのか勿論、ない。
制服のスカートのプリーツがめちゃくちゃだろうと思ったがお構いなし。私はまたベッドの中に入って寝直ししようとした。
ガチャン!
部屋のドアが開いたようだった。誰か…多分松笛君…が入ってきた。
その誰かはベッドの横に置いてあったパイプ椅子か何かに腰掛けた様だった。
私は寝たフリを決め込んで、身動き一つしない。
「…………………。」
松笛君が無言のままだった。私の顔を覗き込んでいるらしき気配がする。
「戸川、俺は戸川のことを好きだよ。だけど戸川を抱くのは出来ない。
どんなに好きでもそれだけは出来ないんだ。…理由は言えない。戸川がどんなに俺のことを好きでも…………」
ぼそぼそ呟くような、囁くような掠れた小さな声で松笛君は喋っていた。
その声が寂しそうで辛そうで…
「そんなことない!」
「わぁっ!」
松笛君は、突如起き上がった私をまるで怪物でも見るよーな顔で声を上げた。
「私、松笛君の前世がインフルエンザウィルスでもスタイル抜群のモデルでも関係ないもん!気にしないもん!」
「……あーっあーっ!…きったねーぇ!騙したなーっ!!」
「ち、違うわよっ松笛君が勝手に勘違いしたんでしょっ!?」
指を指して「きたねー、汚い」と連呼する松笛君をなだめるようにした。
「松笛君、聞いて!
松笛君のことを、私は私なりに好きなの。…そりゃ、絶対に何を言われても嫌いにならないかって言われたら、ちょっと自信ないけど…でもがんばるわっ!
松笛君と付き合ってるのよ、多少のヘンな事には耐性があるもの。」
それでも松笛君は「う゛ー…」と唸っている。よほど恥ずかしかったのか、いつも無表情でひょうひょうとしてる松笛君が顔を赤くしてる。…かーわいい。
「松笛君が言いたくないのなら、まだ言えないと思うなら私いつまでも待つ。
松笛君が私のことを信じてくれるまで待つわ。」
「………………。」
松笛君は何も言わなかった。ただいつもの無表情に戻っていて、ベッドの端をずっと見つめていた。
「信じてるよ。」
短く松笛君が言った瞬間のことだった。
心の底の方から、なんかこう…かーっとしたものがこみ上げてきて、いきなりこみ上げてきたから抑えられなくて…。
自然に松笛君の首に手を回してキスをした。
…松笛君のくちびるの味…
松笛君は逃げなかった。ただ私のされるがままになっていた。私は目を閉じていたから松笛君が目を開けていたのかまでは解らない。
そのまましばらくいると、松笛君の体重が少しづつ私の方に掛かってきたかと思うと、そのまま一気にベッドの上に押し倒されてしまった。…わぁ!?
「戸川の心臓の音が聞きたい、今すぐに…」
すぐ前に松笛君のお願いモード顔があった。それは、いつもと同じ顔だった。
松笛君は私の微かな了解を取るや否や、私の胸に耳を押し付ける。
松笛君の体温が私に伝わってくる。彼は身体全部を私の上にのっけている訳ではないのだが、多少の体重は私に掛かっていた。…だけど、その重みさえも何だか嬉しい。
ああ、私のこんなに側に松笛君が居る…
好きな人がこんなに近くにいるのに、私の鼓動はすごく安定していた。むしろリラックスしていたと言っても間違いじゃない。
松笛君の頭が私の呼吸と同調している胸の動きに合わせて、本当に微妙に動いている。そしてそれに少しずれたようにして松笛君の呼吸の感触が、確かな呼吸の感覚がある。それに気付いたとき、胸が締め付けられるような…息が止まりそうな…そんな鋭い感情が小さく動いた。それに合わせて鼓動が少し速まった気がする。
これを、『せつない』…と言うのだろうか?
それとも別の何かなのだろうか?
「わがまま言ってごめんね。私まだ修行が足りないの、自分の気持ちや人の気持ちを考えたり汲んだりするのが上手くできない。
だけどこれからももっとがんばる様にするわ。
自分だけのために松笛君を好きになったんじゃないんだもの。…そりゃ、自分の為もあるけど、どうして松笛君を好きになったのかの理由も解らないけど…それでも、それでも、好きになっちゃったんだもん。ずっと隣りに居たいよ。
だから…だから、私のこと嫌いにならないでね…」
私はそう言いながらも、何となく松笛君は怒っていないような気がしていた。
ただ、自分で自分のことが許せそうもなかったから、松笛君に叱って欲しかったのだと思う。そしたらきっと自分のことを許せるだろう…松笛君が自分のために迷惑しているという事実を以て。
「戸川は、おれにどうして欲しいんだい」
冷たくもなければ、温かくもない、その機械のような無機質な声は私を切りつけた。
「もういいよと言って欲しくないだろう?ああうんざりだと言って欲しくないだろう?おれはどうすればいいんだい?
難しいことを注文しないでおくれよ。」
私が胸に抱いていたモノは、松笛君ではなくなっていた。
目も口も鼻もなく、マネキンみたいにのっぺりとした顔。服は松笛君の着ていた服をそのまま着ているが、温かい体温はあるが…そうだ、こいつには松笛君のあの優しい匂いがない。
『マネキン』は右手を軽く持ち挙げて喋りだした。…松笛君の「いつもの」の声で。
「君の心は難しいね、僕がいくら覗いても目を凝らしてもはっきりと見えない。…特に『松笛』に関しては黒い渦のようなモノの所為でとても不鮮明だ。
しかし、その渦を排除してもそこに確たる物はほとんど何もない。君は『松笛』の確然としたイメージを持っていない、つまり《よく知らない》ということになる。
君は『松笛』の恋人ではないのかね?恋人のことをほとんど何も知らず、さしたる根拠もなく、人は人を好きという気持ちを維持できるものなのかね?」
『マネキン』と私との間の空間が歪み始めた。最初はショックと戦慄のための視覚異常かと思ったけれど、どうやらそんな平和な物ではないようだ。ゆっくりと、排水口に水が流れてゆくような渦…螺旋を描いて、そこら中の空間を巻き込んでゆっくりとブラックアウトしてゆくような感じだった。
眠い…とても、ねむい…
そうか、これはきっと眠る直前の感じだ…いつも忘れてしまって覚えていないけれども、きっとこれが眠るすぐ前の視界なのだ…
もう耳も鼻も…五感は全然機能しない。せめて一つでも動いているところを探すと、それは全くの明後日な方向に思考している脳だけだった。
もう『松笛』という名前さえも思いつかない…
異変のままに日常は続く
「よう、戸川よく眠っていたな。」
「………松笛君……。」
そこに居たのは、いつものようにキツネのお面を後ろ頭に被って、朝っぱらからひょうひょうとしているつり目で黒目のない少年だった。
「…ほう!戸川は寝ると体温の上がる方なのだね。」
寝ぼけ眼で松笛君の視線を追うと、露になった自分の太股が目に入ってきた。
「@:^¥!=?&%ー#l¥@*>!!!?」
声が自分の意識したようにはちゃんと発音されずに、四方八方めちゃくちゃに吐き出される。
「…五月蝿いよ戸川…」
「ひーん…ひどいよー…松笛君のえっちー…」
「え、えっちって…何もしないよ…」
「どーせ私が寝ている間に○○○な事とか○○○○を△△△ったり、◇◇◇を△△で○○○んだりしたんでしょー!?」
「……そんな事されたら普通起きるだろうよ。」
「ううっおかーさん、安里香は高2にして見事に汚れてしまいました…」
「…………………。」
「了解も取らずに寝てるとこをいただきなんてズルイわずるいわーっ!」
「…………………。」
「…弁解…しないのね」
「いや、面白いから見ていようかと思って。」
無表情で第三者の如くこう言われた日にゃ、あんぐり口を開けて白目むくしかありませんじゃないですかアンタ。
◇◆◇◆◇
「ねぇ、あれからどうなったの?」
「あれって?」
松笛君に食事を作らせるのはちょっと気が引けたので、自分でかって出て作った朝御飯の卵焼きをつつきながらに聞くと、あっさりとそう返された。
「だから私が眠った後。」
「さぁ。おれは別の部屋でふとん敷いて寝たから戸川の寝た後まで知らない。」
「…あー…?」
「生憎おれには女の子の寝姿を覗く趣味ないからね。原作者にならあるかもしれんが」
「だって、ほら、夢の中で洞窟に行ったでしょ?」
「…そうなの?」
魚肉ソーセージを一切れ口に含みつつ、間の抜けた声で松笛君は言った。
「そーなのって…松笛君はどこまで覚えてんの?」
「戸川がおれの家を片付けるって言って家に来て、全部の窓を拭いて筋肉痛になって倒れ込むよーに寝たとこまで。」
………そんなことあったっけ…?
あれ、何を松笛君に訊こうとしてたんだっけ…さっきまで確かにはっきり覚えていたのに…急に記憶がぼやけてきて…。
「…松笛君、松笛君は本物の松笛君よね?」
「……………何で」
「ううん、何か忘れているような気がして…大切なこと…」
「忘れるって事は大したことではないのだろうよ」
「そうかなぁ」
いつまでも頭の上にはてなマークを浮かべている私とは対照的に、松笛君はにっと薄く笑った。
「…何を笑ってるのよ、気持ち悪いわね。」
「悩んでいる戸川も良いな。」
「……………もう。」
軽くため息を付いた私を見ずに松笛君は御飯をかき込んでいた。
しばらくすると、それを頬杖付きながらじっと見つめている私に気付いたようだ。
「なに?」
「松笛君て不思議な力が使えるけど、こうしてみる分には普通の男の子なのね。」
「…急に何。」
「だから松笛君が例え何であれ、私にとっては普通の男の子なの。」
「…………………」
「…松笛君にとって、私は普通の女の子なのかなぁ?」
「…………………」
松笛君は何もいわずにお皿をかじっている。
「松笛君って、無機物も消化できるの?ひょっとして。」
「んが?」
◇◆◇◆◇
松笛君に送られて家に帰る途中、私は松笛君の家の裏に変な物を見た。…いや、松笛君の家はソレ自体が変なんだけどもね…もっと変な物を。
「ねぇねぇねぇ、松笛君の服を着たマネキンがあるよ。ずいぶんボロボロだね。」
「ああ、ストレス解消に殴ってたんだよ。今はやらないけどね。」
「ふーん。わざわざ顔を書いて?松笛君らしくないじゃない。」
「いや、もともと描いてあったのだ。」
「…なんだか松笛君にそっくりね。黒目がないところとか。」
「そう……?」
?@?END?@?
1998/03/27脱稿
2000/7/23改稿
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