倒錯と寛容

                ラム×あたる

                 面堂が居なくなったあとにトイレに逃げ込まんと席を立とうとした瞬間に授業開始のチャイムが無常にも鳴り響いた。何たることだ、この一時間をこんな状態で受けねばならんというのか!?
                 温泉マークが教室に入ってきて、いつも通りに一通りがなり立てて授業が厳かにも始まってしまった。もはや一巻の終わり。きっと俺がトイレに立つなんて言ったって信用しねーのは目に見え……あ。
                 今俺はラムだった。ラムなら大目に見て席を立たせるだろう。俺はよろよろふらつく足に鞭打って温泉マークに耳打ちするように言った。
                 「せ、先生うち気分がすぐれないっちゃ、保健室に行かせて欲しいっちゃ」
                 俺が言い終わるまで黙っていた温泉マークがこれまた小さなささやき声で俺に耳打ちするように言った。
                 「サクラ先生から事情は聞いているぞ諸星、ラムに迷惑掛けたくなきゃとっとと席に着くんだな」
                 …ひでぇやサクラさん、温泉マークにまでバラすなんて!
                 俺はうなだれて席に戻るしかない。下手に強行突破するだけの気力も体力も既に尽きかけているのだ。ずるずる足を引きずりながら席に戻ろうとするところに、面堂が声を掛けてきた。
                 「やはりご気分がすぐれませんか?」
                 俺はそれを一瞥さえせず早足に通り過ぎようとした。
                 がつっ!
                 何かに足をとられ、その場でけつまづく!
                 「危ない!」
                 咄嗟に面堂が俺を抱えるように支えた。俺はもう意識が朦朧としている。
                 「だ、大丈夫…」
                 へらっと笑って席に着いた。
                 『浮気者!女になってまで浮気するなんて!そんなにうちが嫌いだっちゃ!?』
                 机の上にそんな紙片が置かれている。俺はそれに頭ごと突っ伏して力尽きた。誰のせいでおれがフラフラになっとるんだばかやろう。
                 びくんっびくんっ
                 あ、あ、あ……!
                 体が反応する方が、それと気づくよりも早かった。まただ、また…!
                 「や、やめろ…授業中だぞ!」
                 俺の囁く声を聞こえない振りして、黒板を見つめている俺の体。でも手には銀のスイッチ、耳は完全にこちらを向いている。
                 「…あぁ……このサド!俺は…俺はぁあ…っ絶対っ…あ…っお前に、こっ…こんな、こんな仕打ちだけは……くぅ…しなかっ……はず……だろ…っ」
                 自分の唇から漏れるため息とも嬌声ともつかぬ吐息が艶めかしく、より頬が、体が紅潮してゆく。自分の体(今はラムの体だが)が自分のものでなくなりそうだ。
                 俺はついに気が遠くなってきた。
                 それから後は、チャイムの音まで記憶はない。

                ★☆★☆★☆★☆

                 「終太郎になんか話し掛けるからだっちゃ」
                 前の休み時間に引っ張り込まれた階段の踊り場に今度は俺がラムを無理やり引きずってきた。そしたら第一声がこれじゃ。
                 「タコから話し掛けてきたんだろが!俺が一体何したっちゅーんじゃい!」
                 「こーんなえっちな顔してれば誰だって寄ってくるっちゃ」
                 ラムが踊り場にある古ぼけた鏡の前に俺を引っ張り出す。
                 頬がまるっきり上気していて目は潤み、息は細かく途切れながら唇が濡れて鈍く光っている。…な、なんという…
                 「まるでうちの万全の状態みたいだっちゃ。」
                 「だだだ誰のせーでこーなったと思っとるんじゃ!」
                 俺はもう本当に泣きそうな顔をしながらラムに食って掛かった。
                 「ダーリン…“どう”なったっちゃ?」
                 にやり、とひどく男臭い意地悪めいた笑い顔で唇の端を持ち上げて訊ねられた。
                 俺はそれになんともいえない危険な信号を感じ取り、咄嗟に壁へべたっと張り付いて距離を取る。……い、一体…!?
                 「ねぇダーリン、“どこ”が“どう”なったっちゃ?うちに教えるっちゃ」
                 じり、じり、とまるでその短い距離を楽しんでいるかのようにラムが俺の行動範囲を詰める。一歩、また一歩。ついに壁際に追い詰められた格好になって、逃げようにも両腕が邪魔をして横にも逃げられない。
                 「ゆーっちゃダーリン。逃げられると思ったら大間違いだっちゃ」
                 「はっ離せ!手をどけろ!どこもどうもなっとらん!」
                 「んー……。ダーリン、もしかして“ここ”が“こう”なったっちゃ?」
                 「…ひぃ…やぁ……っ!!」
                 いつの間にか左手がスカートに進入していて、あの指でずずーっと一番敏感な場所を下着越しに撫で上げられた。
                 「わぁ…ダーリンったらもうこんな…!?」
                 「あーあーぁー!!」
                 「見て…すごいっちゃ…」
                 下着越しのはずなのに、ラムが俺の目の前に差し出す指はぬるぬると光を反射していた。
                 「〜〜〜〜っ〜〜」
                 すごいっちゃ、ダーリンったら…しばらくそんなことを呟いていたラムが、急にジロリと俺を睨んで低くうなるように言った。
                 「…なんで終太郎に話し掛けられてこうなったっちゃ…」
                 「……はぁ?」
                 「終太郎に話し掛けられたくらいでこんなになってるなんて!うち男としてくやしーっちゃぁ!!」
                 きーといつもの怒り方でラムが電撃を出すポーズをする。…癖か?それ…
                 「バカ言うな!これはお前が授業中にスイッチを入れたから――――――」
                 そこまで言ってはっとして口を閉じるが時既に遅し。にんまりといった顔のラムが俺を強く抱きしめる。
                 「あーんダーリンったらもうすっごくかわいいっちゃ!うちはうちの顔のダーリンにまで惚れてしまいそうだっちゃよー!」
                 何度も何度も頬を俺の頬に擦り付けて、ラムが体中で俺を抱きしめる。き、き……気持ち悪いー!
                 「やめんか!離せバカ!」
                 「いやだっちゃーダーリンはうちのものだっちゃー」
                 「気色悪い!お前自分の体だぞ!?気持ち悪くないのか!?」
                 「中身がダーリンだからぜんぜん気持ち悪くないっちゃ」
                 「俺は中身がお前でも自分に抱き付かれるのは気色悪い!いーから離せ!」
                 「やだっちゃー」
                 「はーなーせーっ!!」
                 パチパチパチパチッ
                 「きゃあ!」

                ★☆★☆★☆★☆

                 「な、な、な!?」
                 「で、電撃だっちゃ…」
                 ラムが俺から身体を離してそう独りごちるように呟いた。
                 パリパリ、パリ…
                 乾いた小さな音が自分の体中から聞こえるというのに、いつもの様に身体が痺れない。不思議な感覚だった。体中に走っている電気が痛くないのだ。
                 「ダーリンが電撃を出した…」
                 また呆然としたラムの声がする。
                 「じ…人格がもう安定し始めてる…のけ…?」
                 そんなはずないっちゃ、うちら夫婦といえどもDNAの構成からして全然違うのにそんなに簡単に人格が安定するはずが……
                 ラムが真っ青になって何かすごく恐ろしい気がするようなことを呟いていた。
                 「ダーリン!」
                 「は、はいぃ!?」
                 「なんか変な薬品とか飲んだっちゃ!?誰かになんかもらったとか、変な機械をくぐったとかおかしな空間に迷い込んだとか!!」
                 ラムがすがるような目で俺に叫んだ。俺はますます不安になってくる。
                 「な、なんだよそれちょっと落ち着けよ」
                 何でもいいから変わったことが無かったか思い出すっちゃ!手遅れになるっちゃ元に戻れないくらいならまだマシだけど人格崩壊が始まったら…!
                 また意味はわからんが嫌な単語が羅列しているような気がする。しかしここで俺も同じようにパニックになっては元も子もない。それに片方が取り乱してると片方は不思議と冷静になるもんだ。
                 「ま、まあ落ち着け。な?大丈夫だ、な、心配すんな。」
                 「そんな悠長なこと言ってる場合じゃ」
                 「ラム。いいから落ち着け。深呼吸してみろ。」
                 「だから――――――」
                 「ラぁム!……深呼吸だ」
                 ぐっっと言葉を詰まらせて、俺の怒声を聞いたラムはしぶしぶといった感じで数回大きく息を吸っては吐いて、深呼吸をした。
                 「…いっぺんに言わんでもいい。一個づつ話せ。俺に解るようにだ。
                 …………出来るな?」
                 無言でこくりとゆっくり頷いて、もう一度大きく深呼吸をした。
                 「うちらの入れ替わった人格が……少なくともダーリンの人格がうちの身体に定着し始めてるっちゃ」
                 地球人のダーリンに電撃を操る脳の器官は発達してないっちゃ。だからその器官を動かせるわけがないはずなんだっちゃ。うちら鬼族は地球人でいうところの前頭葉のあたりにその器官があるんだけど、だからある程度電撃は自分でコントロールできるんだっちゃ。でも気分が高ぶったりするとコントロールが効かなくなって自分を守るために勝手に身体が電気をつくるっちゃ。つまりうちらの星で言う原始鬼に退行するんだっちゃ。
                 「な、なんだその原始鬼ってのは」
                 鬼族のご先祖だっちゃ。地球人が猿から進化したように、うちらも始祖鬼から進化したんだっちゃ。ラムの口調がどんどん早口になっている。いまだ興奮しているらしい。
                 「……なんやらようわからんが……それがなんか関係あるのか?」
                 「おおありだっちゃ!ダーリンの人格で身体が先祖がえりを起こすって事は、ダーリンの人格を身体が受け入れても大丈夫と判断したってことだっちゃ。普通星系の同じ生物でもこんなに早く定着することはありえないっちゃ。だから人格コピー機なんてものが一般に流通してるっちゃ、危険が少ないから」
                 「……つまり俺らは元に戻れん可能性があるってことか?」
                 「…………そういうことだっちゃ……」
                 「大事ではないか!!」
                 「だからさっきから言ってるっちゃ!」

                ★☆★☆★☆★☆

                 俺たちはもう真っ青になってとにかく早退させてくれと温泉マークに直談判に行った。誠心誠意が届いたのか快く送り出してくれた。
                 「うちの体で先生の頭をハンマーで力一杯殴るんじゃないっちゃ!」
                 「そんな細かいこと言ってる場合か!?戻れなくなったらどーすんだ!」
                 「ダーリン家なら空飛んだほうが直線で早いっちゃ!」
                 「飛べん!さっきから試しとるが電撃も出んぞ、どーなっとるんじゃ」
                 「わかんない!とにかくUFOに帰ってオンラインシステムで検索……!!」
                 何かに気づいたらしい。奇遇だ、俺も気づいたぞ。
                 「なぁ。
                 …俺の記憶が正しければ――のはなしだが。お前確か念力でUFOをコントロールしとるんだよなー。――こーゆー場合…を考えて当然緊急用のUFO呼び出し方法を持っとる…よな?」
                 「…ど、どうしよう…」
                 もう二人とも半泣きだ。走る脚から力が抜ける。
                 「…ど…どうしようもないのか?」
                 「…テンちゃんも居ないし、ランちゃんは学校だし、弁天やお雪を呼ぶにはUFOの通信システムが使えないと…」
                 「万事休すだな…」
                 力なき唇からそう言葉が漏れた瞬間、急に隣でラムが大声で泣き出した。
                 「わっバカ、俺の体でみっともない!」
                 「ごめんなさーい!うちのせいでー!」
                 声は押さえるどころか徐々に大きくなっていく。人通りの少ない住宅地といえど、人が居ないわけじゃない。こんな所で騒ぎになってはかなわん。
                 「泣くな!俺だって泣きたいわ!とにかく家に帰ろう、話はそれからだ」
                 「うちなんかーうちなんかー」
                 「悲観的な声出すな!自虐も好かん!とにかく家に帰るぞ、ほら、歩けるか」
                 自分の体の手を引いて、とぼとぼ家路を辿る。手の先ではまだラムがしくしく啜り泣きをしながら着いてくる。…なぁにが脳まで男になっていい気分だ、元の時よりずっと気弱ではないか。
                 「ごめんねダーリンうちのせいで」
                 「もういい、さっきから何回繰り返すんだ」
                 何度も繰り返した言葉をまた繰り返す。引いている元自分の手がしんなりと元気が無いのが変な感じだ。
                 「うち考えたんだけど」
                 「…なんかいい考えでも浮かんだか?」
                 自虐で無い言葉が出たので俺が振り向いてそんな言葉を掛けたら、あっけらかんとした声でラムが言った。
                 「うちら夫婦だからこのままでも問題はないっちゃ」
                 思わず俺は足をくじくかと思うほどすっ転んだ。
                 「この非常時にそんなこと考えてたのかおまいわ!」
                 「だって究極的に問題点はそこだっちゃ」
                 あ、頭が……
                 「ねぇダーリン、うちのお嫁さんになるっちゃ」
                 「あほ!もっとまじめにこの状況を悩まんか!」
                 「でもダーリン顔笑ってるっちゃ」
                 「こ、こーゆー顔なんだよ!」

                ★☆★☆★☆★☆

                 ようやく家に到着すると、母さんは当然驚いた顔で出迎えた。
                 「あ、あんたたち学校はどうしたのよ!」
                 「気分が悪くて早退してきた」
                 「二人とも?……ラムちゃんどうしたの、顔色が……」
                 母さんに目を合わせるとなんだか俺だとばれてしまうような気がして、陰鬱な表情のままうなづくだけで声は出さない。
                 「ちょっと横になる。布団は自分でしくから気にしないで」
                 「熱は?薬持って行こうか?……丈夫だけが撮り得のお前が病気だなんて…」
                 俺はむっとしたが何とか押しとどめてそそくさと二階へ上がった。
                 「いや、学校で飲んできたから大丈夫、少し寝たら良くなると思うし」
                 引きつり笑いのままラムも部屋に上がってきた。後ろ手にドアを閉める。
                 「はー、お母様を騙してるみたいで申し訳ないっちゃ」
                 「仕方なかろう、この上に母さんまで巻き込んだら話が余計ややこしくなる。」
                 おれはタイをしゅるりと抜き取って、ワキのチャックを開けた。ふっと体が開放されるようでため息が出る。ついでに胸元の三角布のボタンも取っちまえ。…ここまで取るとこのブラジャーもキツいな、フックはーずそーっと。
                 「……さてと、どうしたもんか」
                 俺はその場にいつもと同じ格好で胡坐をかき、ぼんやりとそんなことを言った。このままこの状況が続くとすれば笑い話にもならないが、かといってラムと一緒に悲観したところで始まらない。俺がそんなことに思いをめぐらしていると、視界の端でラムが居心地悪そうに目線を逸らしていた。
                 「お前な、自分だけ部外者みたいな顔してんなよ」
                 俺が四つんばいになって近寄って無理に顔をくるっとこっちに向かせる。それでもラムが無理に視線だけそっぽを向く。
                 「なんなんだお前は」
                 「…………服」
                 「…あー?」
                 「だっ……だから!服!服ちゃんと着るっちゃ!」
                 「……なにいってんのお前。」
                 「胸が見えてるっちゃ!」
                 そう言われて胸元を覗き込むと、なるほどあの三角の布がないから谷間までばっちり見えて、その奥の闇が想像力をかき立てる。
                 「あー?元々お前の身体だろ?なにをそん……おい、ちょっと……なんで急にお前体育座りなんだ……」
                 「あーもう!なんてコンロトールの利かない身体なんだっちゃ!」
                 ぞくぞくぞく。急に体が危険信号を発信する。俺は慌ててその場を飛び退いた。
                 「だーお前っ!まままま、まさかっ……な、そんな、な、な、な……」
                 自分で自分が信じられないが過剰に神経が反応する。これはきっと脳が反応しているに違いない。アレを向けることと向けられることのギャップだろうか。
                 「うちだってこんなことで反応するなんて思わなかったっちゃ!」
                 まるで悲鳴のようにラムが出来る限り声を潜めてそう言う。
                 うううう、そりゃあ俺だって男なんだから解らなくはないがいくらなんでもそりゃあ節操が無さ過ぎるってもんじゃないか!?……ってまぁ、アレは俺の身体なんだが……
                 「ダーリンまさかうちがいっつも着替えてるときこんなにしてたっちゃ!?」
                 「ばばばばバカ言うな!なんでそんな!」
                 「だってこんなくらいでこんなになるなんておかしいっちゃ!」

                ★☆★☆★☆★☆

                 「おかしくない!男の身体ってそう出来とるんだ!仕方ないの!」
                 俺が必死に言い訳めいた説明をしても目じりに涙を溜めたラムは納得しない。
                 「だって―――――」
                 「裸見るよりそういうのの方が反応すんだよ!なんか知んないけど!」
                 つられてだんだんエキサイトしたあげく関係のないことまで暴露した。
                 「ううう、うち情けないっちゃ…ダーリンはダーリンは…変態だっちゃー!」
                 ひーんというまるで飛行機が低空飛行しているときのような甲高くも低い声でラムが大げさに絶望する。俺は呆れてよいものやら素直に慰めてよいやらわからない。そらまぁ、急に自分に無かった器官が立ち上がったらパニックにもなるわなぁ……実際俺も体験済みだし。
                 「まぁ落ち着け。じきに戻るから、な」
                 「だ、ダーリンが目の前でそんな格好してたらなおるものもなおらないっちゃ!さっさと服を着るっちゃ!」
                 そのラムの言葉を聞いて俺はふと思い出す。
                 「…………なあ、おい。
                 お前いつもトラジマビキニだよな。……この格好より余程露出が多かろ?だが俺は今まで実際の話こんくらいでは暴走せなんだぞ」
                 そうだ、家でいつもこいつは半裸以上の格好でウロウロしとる。最初の頃は多少ギクシャクしたものだが、今現在に至ってはなんにも感じない程マヒしてしまった筈なんだが……
                 「……お前、家に帰る前から実はちょっとキてたろ?」
                 俺の単純な推理にラムがこの世のものとは思えぬほどギョッとした顔をする。
                 「だっ!!なっ!?……ばっ…バカ!!」
                 ラムの俺を殴ろうとする手がスローモーションのように見え、身体をひねってよけようとした瞬間、胸に今まで感じたことも無いような痛みが降ってきた。
                 「いっ!?たああああ!!?」
                 いつもなら十分避けられる体捌きだったのに、胸の分量をすっかり忘れて紙一重で避けようとしたのが間違いだった。
                 「なー!?いたたたたた!とっ取れる!胸が取れるぅー」
                 「あっご、ごめん!イタかったっちゃ!?」
                 「あったり前だろおおお!ラムお前力いっぱい殴ったろ!?」
                 「そんな!力入れたつもりは…」
                 自分の手をまじまじと見つめて、まるではじめて触った胸の感触に怯えたかのように手を震わせている。
                 「お…男の力はホント洒落になんないもんだな……ううう、いたたた……」
                 「そんなに痛むっちゃ?見せてみるっちゃ」
                 あーラムちょっと待て―――――と言おうとしたのが数瞬遅かった。ラムがセーラー服の胸元をガバッと開いたのだ。
                 「だっ……ダーリンなんでブラジャー取れてるっちゃああああああ!」
                 「痛かったんだよワイヤーがぁ!」

                ★☆★☆★☆★☆

                 「いゃー、だからお前が胸掴んだ後にさ、もうムズムズしてたまんなくて。なんせ男には死ぬほど用の無い形をしてるだろ?気になって気になって。」
                 おれがにゃはははーといつもの調子で笑うと、ラムが急に俺を押し倒した。頭を強かに打つ。
                 「な、なに怒って……」
                 そこまで声を出したらそれ以上続かなかった。
                 「ダーリンわざとやってるっちゃね?そーゆーことなら話は早いっちゃ」
                 背筋が凍りつく。顔が自分でも真っ青になるのが解った。声が出ない。
                 「そもそもうちはこーゆーつもりだったっちゃ。それを解ってダーリンが挑発するんだったらもううちも我慢なんかしないっちゃ」
                 どうも切れてしまったらしい。顔がマジだ。声がマジだ。手の力がマジだ。
                 「そんなに怖がることないっちゃ、優しくするっちゃよ?」
                 ずっしりと圧し掛かってくる男の身体という恐怖。言葉に言い表せぬ圧迫。これが“女”というものか!
                 「あーあーあー!し、下!一階に母さんが居るんだぞ!」
                 「いつもだっちゃ。」
                 ああまぁいつもする時だって確かに両親が一階に居るよなぁ……て違う!
                 「まっ昼間だぞ!なに考えてんだ!」
                 抵抗の出来ない分だけ、何とか気を逸らそうと思いつく限りの言葉を繰り出す。
                 「ダーリンが悪いんだっちゃ、うちがせぇーっかく我慢してたのにあんな格好で挑発して……もう止まらないっちゃ」
                 舌が。舌が首筋を這う。ラムの舌ではない、俺の、舌。男の舌。
                 首筋を通り過ぎて胸元へ。体中から力が抜ける。それでも喉の奥で引きつった悲鳴が反響する。
                 「ダーリン、お母様が来るっちゃ…」
                 口をがっちりと押さえられ、ついにスカートのホックに手が掛かった。
                 ぷちん。小さな音。じぃいいいー……。チャックの開く音。それをいくら身体をよじったって止めることが出来ない。
                 「プリーツが潰れちゃうからスカート脱ぐっちゃ」
                 ずるりとスカートが剥ぎ取られ、セーラー服の上と下着と靴下だけというそんじょそこらじゃお目に掛かれない格好にされる。かろうじて鼻でだけ息が吸えるが、抵抗している運動量に対して当然酸素が足りなくて意識が朦朧とする。
                 「ふふふ……ダーリンだってここ、ぬるぬる……」
                 言うが早いかラムの手が下着の中に差し込まれ、ずるりと擦り上げられた。
                 「〜〜〜〜〜〜っ!!」
                 「そうだ……まだアレ、取れてないんだっちゃねぇ…?」
                 指が侵入してくる。一度しか触ったことのない場所に、指が、男の指が入ってくる。必死で腰をよじるが到底敵わない。指が何かを探るようにくるりと中で一回転した。俺はもうそれだけで気を失うかと思った。
                 「…あれ?」
                 「…………?」

                ★☆★☆★☆★☆

                 ラムが素っ頓狂な声を上げた。俺は恐怖も忘れてラムの力の抜け落ちた手の隙間から声を上げた。
                 「な、なんだよぉ……」
                 「……ない、ちゃ。」
                 ……………………………………………………はい?
                 「な、無いって……何が……」
                 「……ろ、ローター。」
                 …………………〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!
                 もうラムのおっかしいなーという半笑いの顔も目に入らない。俺は今世紀最大のパニックと引き付けを起こした。あまりのことに頭は回らないし声も出ない。気が狂う寸前というのはきっとこういう状態のことを言うに違いない。
                 「おっ落ち着いて!落ち着くっちゃダーリン!ね!ちょ、ちょっと!」
                 落ち着けるか!これが落ち着いていられるか!!舌が痺れてそれが声にならない。
                 「大丈夫!だいじょーぶ取れる!取れるっちゃ!落ち着いて!ね!」
                 いっそ気を失えたらどんなに楽か!
                 「落ち着いて!落ち着いてお願いだっちゃ!ちゃんと取れるっちゃ!だからー」
                 そこまで聞こえて、ラムが俺をぎゅっと力いっぱい抱きしめた。押さえ込まれた俺のパニックは無理やりに押し殺されて、荒い息を吐くしかできない。
                 「ぜひーぜひーぜひー…」
                 「過呼吸に陥るっちゃ、ちゃんと息するっちゃ!」
                 「…ヒぃーひィーヒぃー……」
                 ごほごほ、あまり一気に呼吸したもんだから酸素だか二酸化炭素だかが足りなくなって思わずえづいた。その咳き込みでようやく気分が少し降下した。
                 「ちゃんと取り方あるっちゃ、絶対に取れるっちゃ、心配いらないっちゃ」
                 まるで呪文のようにラムがそう俺に言い聞かす。俺は必死で呼吸を整える。
                 「今のは確かにデリカシーがなかったっちゃ、反省してるっちゃ」
                 俺は無言でこくりと頷いてまだ息の荒いまま涙をこぼしていた。
                 「ごめんちゃ、ね?」
                 「……いい、から、どうやっ…取る、か、おし、教えろ」
                 しゃくり上げるような声で無様に余裕気取っているのが切ない。こんな時でもラムに甘えるのだけは絶対厭だ。下らぬ意地だと嘲われようが俺は生き方変える気はない。特にラムに対してのすべては。
                 「じゃあ、その格好のまましゃがむっちゃ」
                 けろりんぱとした笑顔でラム爆弾発言が俺の鼓膜を振るわせる。
                 「…………………………………………………………なにが?」
                 「ぱんつ脱いだその格好のまま、しゃがむっちゃ」
                 「……し…真意が図りかねるが?」
                 「いーから言われた通りにするっちゃ!」
                 だってしゃがむったってお前……俺スカートも取られてんだぞ?こんな格好でしゃがんだらえらいことになりはせんか?つーかなるだろすごいことに!
                 「いいいいいいいやだぁ!」

                ★☆★☆★☆★☆

                 「そーしないと取れないんだっちゃ!」
                 「ううううそつけお前!なんで俺にそんなヤバいことばっかさせるんだよ!趣味か!?お前の方がよっぽどヘンタイじゃねぇか!」
                 実はさっき変態呼ばわりされたのを根に持っていたりする。
                 「ホントにホントだっちゃ!膣圧で押し出すんだっちゃ!」
                 「女がでかい声でそんなことゆうな!しかも俺の声で!」
                 「……ダーリンは女に幻想を抱きすぎなんだっちゃ。」
                 「いやまぁ女になってみてちったあ解ったけどな…ってそんな話ではなかろう!」
                 「そもそもダーリンが話を逸らしたんだっちゃ!」
                 ぎゃあぎゃあと喚いていると、悪魔の足音が二人の背筋を凍らした。
                 とん、とん、とん、とん……
                 ぞわぞわぞわわあー。
                 「どっ……どーすんだ母さんが上がってきちまったじゃねぇか!」
                 「ダーリンが大声だすからだっちゃ!」
                 「ともかくこの格好では言い訳不能!俺は押入れに隠れる!」
                 大慌てで押入れの布団にもぐりこんで襖を閉めたのと部屋のドアが開いたのがほとんど同時だった。襖の向こうでくぐもった声がする。
                 「なんなのあたる、ご近所様に恥ずかしいでしょうこんな時間にがやがやと!」
                 「あはははは、ごめんなさいお母様」
                 「お母様!?」
                 「あ、いや、じゃなくて、えと、えと……な、なんか用?」
                 「なんか用じゃないでしょ、学校から帰ってきたと思ったら二階で大声でなんですか。一体何事なの……あら、ラムちゃんは?」
                 「あーあー、あーっと……UFO!UFOに着替えを取りに!ほら制服で寝られないだろ!?だから!」
                 「だったら何をあんな大声で言い合いする必要が……あら、これ……スカート…」
                 「あーあーあー!俺!俺がやるからさわんなくて――――――」
                 ぱさ。何か軽いものが落ちる音がする。俺は真っ青になった。下着だ!
                 襖の向こう側はしんと静まり返っていて、俺は思わず息を殺した。身を縮め、無理を承知で消えられないものかと本気で思った。
                 「あ、あ、あたる……お前まさかラムちゃんを――――」
                 「違う!誤解!違う!勘違いだ母さん!俺は!ラムとはそんな」
                 「違う!?何が違うのよ!なんでスカートと下着がラムちゃんの居ないこの部屋に落ちてんの!お前やっぱり無理やり―――――」
                 「違う!そんな訳ないだろ!自分の息子が信じられないのか!?」
                 「お前以上に信用のならない息子を生んだ覚えはないわよ!」
                 ……ひでぇ…………地味に傷付いたぞ。
                 「とにかく違う!これはなんかの間違いで!俺は無実だ!」
                 何が無実だ、あんだけ好き勝手かましやがって。……しかしまぁこの状態のまま高みの見物を決め込んでいるワケにもいくまい。俺は深呼吸ののち、襖を開ける。

                ★☆★☆★☆★☆

                 「一体どうしたんだっちゃ」
                 「ラムちゃん!」
                 母さんが俺を見るなりすがり付いて腰砕けになった。
                 「あたるが、うちのあたるが失礼なことを―――」
                 「えっ?な、なにがだっちゃ?」
                 俺は引きつる顔を思い切り笑わせて尋ねる。吹き出したら死ぬ。
                 「だって下着とスカー―――あら?」
                 俺は自分のパジャマを着こんで(当然ズボンも)何食わぬ顔をしている。俺には寝間着を布団に巻き込ませて押入れに突っ込む癖がある。別にいちいち畳むのが面倒だからではない。合理主義者なだけだ。そしてその合理主義が今花を咲かせた。
                 「お母様!うち自分で洗濯物洗うっちゃ」
                 スカートと下着を拾って後ろに隠す。顔は不自然だがニコニコ笑ったまま。
                 「うちなんだか熱っぽくて。着替えをしてるときにダーリンが部屋に入ってきたから慌てて忘れたんだっちゃ!もうパジャマに着替えたし心配いらないっちゃ!」
                 「そ、そう!そうなんだよ母さん!あとは寝るだけで!もしラムの風邪だったりしたら感染するかも知れないだろ!?母さんも部屋入ったら危ないよ!」
                 二人で不気味なほど笑顔を顔に張り付かせて母さんを部屋から有無を言わせず押し出す。これ以上面倒が増えてはたまらない。
                 「だ、だってあたるお前……」
                 「いーから、な、静かにしとくから!寝る!静かに寝てる!誓うよ!」
                 ばたん!ドアを閉めて、お互いの顔を見合わせ一言。
                 「詐欺師。」
                 「どっちが。」
                 しばらく聞き耳を立てていると、母さんはため息を一つついて階段を下りていった。
                 「…あ、焦ったぁ……」
                 「……さすがに肝が冷えたっちゃ……」
                 やれやれと二人してその場にへたり込んだ。異常に気力を消耗した気がする。
                 「お前が調子に乗るから悪いんだぞ」
                 「それは自分の体に言うっちゃ」
                 ふんっとばかりにそっぽをむいてラムが自分の罪を否定した。
                 「……このアマ……」
                 「そんなこと言ったらもう取ってあげないっちゃ。ダーリンは一生うちのドレイだっちゃ」

                 「んもうラムちゃんたらまたそんな意地悪ぅ〜」
                 「だったら早くうちの方向いてしゃがむっちゃ」
                 「…………………………」
                 「なんだっちゃその反抗的な目は?いいんだっちゃよ、うちはダーリンがドレイでもぜんぜん不具合ないっちゃ〜」
                 ……こいつ本当に本物のオニだ。体が入れ替わったってこいつは鬼だ。……鬼ぃ!

                 


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