ながいながいはなし
あたるとラム
隣の風通しは抜群。背中や肩の軽いこと。
おれは斯くも身軽だったのか。
押入れの襖を開けても茶の間に下りていっても
通学路を歩いても教室の自分の席に着いても
身体は羽根のように浮かび、足取りを阻むものは無い。
悩みも煩わしさも過ぎ行く時間の風に吹き散らされ
まるで全てが夢心地のよう。
おれの自由を世界の何人が妨げらりょうか。
家や部屋が無意味に破壊されたりせず
当然学校で見境なく爆発が起こる事もない。
背中にフライパンを忍ばせる必要はおろか
あの恐ろしい電撃に耐える必要もない。
まるでパラダイスだ。
日常よありがとう、平穏万歳、無事こそ全て。
布団をかぶって明日に思いをめぐらせれば
そこには様々な女の子との薔薇色の日々。
朝どれだけ揺さぶっても起きなかったラムは
夜になっても起きなかった。
次の日になっても起きなかった。
これ幸いと家を飛び出したおれは
帰ってきてもラムが起きてないことを不思議に思いもしなかった。
ラムが眠ってから2日経ったが別に何も変わらなかった。
学校あるし、ガールハントにも忙しい。
そのまましばらく放っておいたがどーにも様子がおかしい。誰もラムが居ないことをおれに尋ねたりしないのだ。あのやかましい面堂やメガネ以下親衛隊の連中、しのぶや竜ちゃん、母さんや父さんまで誰一人としてラムの話題に触れない。
そしてもう一つ奇妙なのは、ジャリテンの姿が一向に見えないことだった。
いい加減不自然に思って揺さぶり起こそうと押入れを開けると、暢気な顔でぐうぐう眠るラムの顔。つつくとちゃんと反応する。死んでいるわけでないのは火を見るより明らかなのだが、なにをどうやっても起きない。
口の中ににんにく入れたって起きない。くすぐってもつねっても叩いても揺さぶっても、とにかく何をしたってちっとも起きないのだ。
万策尽きて仕方がないので母さんに起こしてもらうことにした。
「ラムって誰?」
おれはどこかへポーンと放り出されたような気がした。
うすうす気付いていたので知らないフリをしていたのだが、こうもきっぱり現実を突きつけられては仕方がない。
どうやらみんながラムを忘れてしまったらしい。
大方予想の付く返事であった。何より合点がいくのは、食事の用意もあらかじめ三人分しかなく、布団の上げ下げについても母さんが何も言わないのは不自然なのだ。
ということは、おれ以外にラムは見えていない。ひょっとすると触れられない可能性もあながち否定できない。
久しぶりに眩暈がした。こいつらと付き合っとると、こういう不可思議な事態はしょっちゅうなのでもうすっかり慣れたと思った途端にどえらいことをやらかす。わざとやっとるのではないかと不審に思うこと然り。
訝しがる母さんを尻目に部屋へ戻った。
押入れの襖を開けると布団にうずもれてもちゃんと居る。やっぱりくぅくぅ暢気な顔して眠っているのだ。
頬に触れる。このぬくもりが幻覚じゃないことはこの肌を地球上で一番知っているおれが保障する。当然体中隅々まで偽物でもない。ちゃーんと全部調べた。……捜査方法は機密保持の為公表しないが。
重さもぬくもりもある。そりゃそうだ、ラムはただ眠っているだけなのだから。
いい加減気が滅入ってきたので、ランちゃんのUFOを訪ねて相談することにした。
……発想は間違いなく良かったのだが、現実はしばしば想像を絶するものだ。
「…そ、そんなバカな…」
ピンク色のUFOのあった空地はがらんとしていた。
呆気に取られてUFOのあった辺りにまで恐る恐る足を進めてみる。UFOの足のあったところには、跡さえなくただナズナやらセイヨウタンポポやらエノコログサやらがザワザワさざめいているだけだった。
そんなバカな。ついこないだまでここにあったのに跡さえないってのはどーゆー了見じゃい。
おかしい。
絶対におかしい。
……いつからだ?
決まっている、ラムが起きなくなってから。
これでひん剥いてでも起こさにゃーならん。ガールハントに邪魔が入らなくてラッキーとか言っている場合ではない。なにしろランちゃんが居ないのだ、お雪さんや弁天様とのコンタクトも取れない可能性がある。
大急ぎで家の階段を駆け上がり、部屋の押入れの襖を開ける。
激しい頭痛。混乱。混濁する眼前。
なんだこれは。悪い冗談か、それとも悪夢の続きか。ともかく異常な世界だ。振り向いてカレンダーを確認する。12月6日土曜日、取り立てて何も無い日だ。強いて言えば月曜日から期末テストが始まる。初っ端から物理なのだが今はそれも無意味だ。
なんたって、物理のカンニングをさせてくれる奴が消えたのだから。
「…ちょ、ちょっと…まて…」
敷布団と掛け布団が占拠する押入れに向かって、ただ呆然と立ち尽くす。
「は、ははは…なんじゃこりゃあ!
何の陰謀だ?おれを担いでんのか?馬鹿馬鹿しい、今更何の冗談だ、どーなってんじゃぁこりゃあ!えっ!?ついさっきまで床にあった虎の敷物はどこへ消えた?ハンガーに掛けてあった女物の制服だけが消えてんのはどーゆー手品だ?解ったからつまらんドッキリなど止せ!」
もちろん応えるものなど無い。半ばそれが理解できていたからこそ叫んだようなものだ。
なにせあの執着心の固まりのようなメガネがラムのラの字も発しない、歩く銃刀法違反の面堂が一度もおれに切りかかって来ない。
「…かっ考えたくはないがここまで状況証拠を突きつけられては致し方あるまい…」
この世界にラムは居ない。…正確には“居ないことになってしまった世界”か。馬鹿馬鹿しい、実に馬鹿馬鹿しい事態になっとる。
「この状態ではおそらく誰もラムを覚えてはおるまい…最悪、最初から知ら…」
……待て。
ふと自分の独り言に違和感を感じる。
何故おれだけが覚えている?いや“何故おれだけが忘れていない”?…作為的な何かを感じずにはおれんなぁ…なんたって信じられんことを平気でするからなあいつは。
…しばらく様子を見るか…
取り合えず、いつものとは別に日記を書くことにした。
『12月6日土曜日、文字通りラムが消えた。』
「おー…しのぶ」
「おはよ、あたるくん。珍しく早いわね。まっ目の下にクマ出来てるわよ。徹夜?まぁったく初日っから物理と数Tなんてたまんないわよねー」
テスト勉強してる暇なんぞあるものか。日曜日はとにかくラムの痕跡探しで家中ひっくり返しーの、町中駆け回りーので体中ガクガクじゃ。
……って…………『数T』?
「ちょっとまてしのぶ、数Tってなんだよ、今日は物理とグラマーじゃないのか?大体なんでおれ達が数Tをやらにゃならんのだ?」
「何でって…数学はAとTに分かれてるから…」
「だから!なんで二年のおれ達……ちょっとまて。因みに今は何年だ?」
い、いかん……また頭痛がしてきた。
「て、徹夜勉強のしすぎでおかしくなったの?」
「いーから今は西暦何年何月何日だ!?」
「せ、1978年12月4日だけど…それが…」
「…………せ、1878年12月4日だと!?」
「ちょ、ちょっとなんなの?なんなのよ!?」
「…いいかしのぶ、今から言うことが理解できなかったら忘れてくれ、ただの独り言だ。でももしちょっとでも理解できたら…」
「だからなんなのよ一体!?解るように説明して!」
「いーから聞いてくれ。お前面堂終太郎ってのを知ってるか?チェリーは?サクラさんは?ジャリテンは?…知ってるわきゃねーよ…なんたってラムを知らねーんだもんな…あはははは…はは……」
目の前が暗くなる。頭痛がついにピークに達した。
「だいたい1878年ってなによ!100年も間違えて。明治時代にでも行くつもり!?」
「いや…もういい……自分でも混乱してなにを言ってるのか解らんようになってきた…」
「そんな事で今日の試験大丈夫なの?」
「…心配いらん…なんせ同じ内容の再々テストまで受けたんだからな…」
一昨日見たカレンダーは確かに1980年のものだった。“昨日が1979年”だとすれば計算は合う。……合う、が……
そんなバカな!一体何が原因で!?友引町には爆発するガスコンテナ施設なんかそもそもないし来々世紀からの人生監視員に心当たりも無い。…もっとも、簡単に時空を歪ませられる心当たりはごく身近にあるが…
常識的に考えてこんな馬鹿なことがあるか?おれだけがラムを覚えていて、他の全ての人間がなにもかもを忘れているなん……っちょっと…待て……
「……な、なぁしのぶ……ヘンなこと訊くが…
おれたち付き合ってるんだよな?」
パン、としのぶがいつものようにかばんを振りかぶっておれの背中を叩く。
「…やぁね、朝っぱらから何を言うのよ」
身体は吹っ飛ばない。
そしてしのぶの頬がぽっと赤く染まる。
決定的。
……何故かは解らない。
でもこの世界は“ラムが来る前の時間へ戻ろうとしている”のだ。
おれの記憶だけを残して。
試験は滞りなく終わった。恐ろしいことにあれほど再試験を受けたとゆーのに半分程度しか覚えていなかったがまぁよかろう。今はそれどころではない。
一応、全ての教室へ行ったのだが当然面堂は居ないし、担任は温泉マークではなく、保健室へ行ってもサクラさんの影も形も無い。解っていたこととはいえ、さすがにこれは応える。
一年の頃のクラスメイト。懐かしいと思いこそしなくてもやはり違和感がある。ザワザワさざめく声もどこかよそよそしく聞こえ、ぽっかり人間一人分のスペースがおれの身体に引っ付いているような気がする。どんなに耳を澄ましたところで、あの独特の声は聞こえたりしないのがなんとも心もとない。
……参った、こいつはたまらん。
振り返っても居ないというのはどうにも。あれほどやかましくも賑やかなのが消えると、ただの学校の帰り道がまるで通夜帰りのようだ。
もしやと思い部屋のドアを開ける。朝のままの部屋。
……いつぞやみた悪夢より凶悪だな……
過去数度ラムが居なくなったことは確かにある。だがラムの存在が無くなった事などないのだ。しかし今、地球上にラムを知っている人間などおそらくおれ以外に居ないだろう。なんたってそれがラムが来る以前の世界なんだから。
だからランちゃんもお雪さんも弁天さまもサクラさんも誰も居ない。これが本来のあるべき姿の地球なんだろうが、竜ちゃんがいてクラマちゃんがいて面堂やチェリーは要らんが、なによりおれの隣にはラムがいなけりゃならん。こんな然るべき地球など願い下げだ。
何の解決案も見出せぬまま1978年は過ぎ、ついにラムの存在の消えたまま1979年が明けてしまった。どうやらこの世界は本気でラム抜きで時間をやり直す気らしい。
あの狭かったはずの部屋ががらんとしたのにも慣れはじめて、軽い背中に違和感も感じられずに居た。こうして忘れてゆくのだろうか。……忘れ……忘れる?
どうにも引っかかる。少なくともまだおれは忘れていない。しかし他の全てだけがラムを忘れている、というのはなんとも腑に落ちない。
まさか、『もともとラムなんて奴は居なかった』んじゃないだろうな?おれの想像の産物だとでもいうつもりか?そんなバカな。あの電撃のすさまじさ、恐怖がおれの想像だと?考えたくはない。考えたくない。そんなバカな。
しかし一旦そんな考えに囚われるとあとはドツボに一直線。だって考えてもみろ、ラムの全ての痕跡はまるでなし、他の人間の記憶には無い。合理的に考えるのなら……って……待て。何故おれはこんなことを考えとんじゃ。
おれが1981年に居たのは間違いないし、ラムがこの世界に居た事だって間違いない。なんたってラムの親父が地球を侵略しようとするまで『1979年のおれはラムを知らなかった』んだから。世紀の鬼ごっこが想像なわけない。想像だったらなによりもっと上手くやってる。あんな恥を晒すわけなかろう。大体おれは“高校三年のはず”だ。
おれが覚えてる。知ってる。ラムは確かに居た。ここに、おれの隣に居たんだ。毎日書き綴った記憶日記ノートをめくる。この世でたった一つのラムの痕跡。
「…………何の冗談だ……」
いくらめくっても真っ白の紙がペラペラ何枚も何枚も続いている、真っさらなノート。確かにこの数週間、毎日綴ったはずなのに。
「記憶を確認しようとしたら消されんのか?」
冗談じゃない、そんなことしたらどんどん……
ペンを握る。震えて何度かしくじりながらノートに書く。ラム。
ラム、ラムを忘れるな。
壁にも天井にも襖にもカーテンにも机にも、とにかくマジックで書きなぐる。ラムの二文字を書きまくる。
その内マジックのインクがなくなり、ふと部屋中を見回すと、そこにラムの文字は無かった。しくじって引きつった歪んだ線だけを残して、全てのラム、という文字は綺麗さっぱり消えていた。
……じょーとーじゃねーか……
机の上に転がるプラモデルを作る時に使う鋭いカッターナイフで自分の腕にラム、と切りつけた。ぼたぼた血が滴る。あまりの痛みに目を閉じると、次の瞬きには傷は消えていた。
「……血まで消えたぞおい…」
気付いた時にはもう遅かった。何をどうしてもラムという字が消えるのだ。引っかき傷を付けようと物を並べて文字を作ろうとただラム、という文字だけが消える。テープレコーダーにラムと吹き込んでも、そこの部分だけ聞こえなくなる。
「あ…あはははは…………ふざけんな!!」
なんだコリャ一体何事だ、ラムという言葉が禁忌の呪文になったファンタジーワールドにでも迷い込んだか?
叫び声を最後におれは気を失った。失いたかった。
日常が続いてゆく。降り積もる日々の生活は、古い記憶に覆いかぶさるように重さを増して、毎日毎日降り続いている。ある日あるときが細切れに記憶の葉脈を寸断していく。まるであの日々が夢だったのだといわんばかりの平然さで。
一週間、二週間、三週間……時間が過ぎてゆく。おれは次第に生活と日常に追われ、あの騒がしい全てを夢だったのではないかと思い始めていた。当然本心ではない。だがそうでも思わなければ心の平穏が保てなかったのも事実で、そう心のどこかで思い始めたのがいけなかった。ダムの崩壊も最初は取るに足らない小さな亀裂でしかないのだから。
そしてある日突然気付くのだ。
「…な…名前が思い出せん!」
頭の中にあるイメージはまだはっきりしているというのに、ついにその単語を忘れきってしまったのだ。緑色の長い髪、恐怖の電撃、あの呼ばれ方。ちゃんと覚えているのにたった一つの名前、あの短い名前だけがすっぽり頭の中から消えている。
「…考えられん……
しかし名前を記すことが出来ん以上、どうやって覚えておれとゆーのだ、毎日名前を叫べとでも言うのか!」
ついにシャレにならなくなってきた。
いつもの日記帳をめくる。日付より先に、書いた。
『ついに名前が思い出せなくなってしまった。
ラジカセに吹き込む音まで消える。
ムチャクチャだ、本当にあいつ抜きで時間を』
パキリ、とシャープペンの芯が折れた。カチカチとノックして視線をノートに移すと、今まで書いていた文が丸ごと消えていた。
…………………………がってーむ!!
『1979年2月14日水曜日、くもり。
下駄箱に一枚板チョコが入っていた。包装紙からしておそらくしのぶだろう。最近あまり話さなくなったのは、例の記憶の曖昧さにかまけてたからだろうか。礼に明日デートに誘おう。』
『1979年4月13日金曜日、くもりのち晴れ。
ついに2年生。考えたくもなくなってきたが、例の記憶は日々薄れている。ついに髪の色まで怪しくなってきた。近ごろしのぶはデートに誘うとかなりの高確率でヒットする。明後日は映画に行く。』
『1979年6月19日火曜日、雨。
梅雨空が続く。しばらく前から伸ばし始めたしのぶの髪が鬱陶しそうだ。何故髪を切らないのか訊いたら、秘密、といわれた。……まさか好きな男の趣味じゃなかろうな?』
『1979年8月23日木曜日、快晴。
しのぶと海に行った。他の女の子に声をかけたら怒った。ナンパで怒るってことは脈アリか?声をかけるタイプがワンピース水着で長い髪ばっかりなのは、しのぶがタイプからだと言ったら機嫌直した。』
『1979年10月28日日曜日、うすぐもり。
しのぶに、唐突に何色が好きかと訪ねられた。しのぶのセーターがエメラルドグリーンだったのでそれと言ったら、あたる君は明るい色の方が似合うのにと言われた。……そういえば昔は暖色が好きだったなぁ。』
『1979年12月24日月曜日、雪のちくもり。
しのぶからクリスマスプレゼントをもらった。胸に黒の縁取りのある黄色のエースが映えるエメラルドグリーンのセーターとマフラー。なるほど、このための調査だったわけか。家でさんざんからかわれた。』
年が明けて、しのぶと初詣に行った。学校の連中は暇と言うかなんと言うか、ほとんど顔を見た。メガネはおれのマフラーとセーターを見て、ぎょっとした顔をしたので彼女持ちの礼儀として自慢せねばなるまい。
「羨ましかろ?手編みじゃぞうりうり」
「……あたる…おまえ、何故その色を着ている?お前もっとバカみたいに派手な色が好みだったではないか?橙とか、黄とか、赤とか!それが何故エメラルドグリーンなどとゆー高貴な色を着しておる?しかも手編みだ?おれをおちょくっとんのかあぁ?」
ちらりとメガネのダッフルコートの中身を覗くと、メガネもエメラルドグリーンのストライプの入ったセーターを着ていた。……年の初めの目出度き正月早々、こいつとペアルックかよ……
「まぁ待てメガネ、一見したところそれは駅前の洋品店の店頭にあったものによく似ておるが?」
「ふっ…さすがにいらん事はよく見ておるな…
そーだよ悪いか!?俺のは既製品だよちくしょうめ!」
……勝った……
「ったく、三宅もよくこんなのと付き合っとるよ。人の趣味をとやかく言いたくはないがこれだけは解せん。世も末よのう…」
「何言ってんのよ、髪が長くておっきい胸の女の子が好きで、暗いエメラルドグリーンのセーター申し合わせたみたいに着ちゃって。同じ趣味なんじゃないの?」
ぷりぷり怒ってしのぶがずんずん歩いていった。
「しのぶ待てよ〜!そりゃおれは大きな胸が好きだが、しのぶの和服の似合う独特の体型も好きだよー」
「ええい正月早々はしたないことを叫ぶんじゃない!」
『1980年1月30日水曜日、晴れ。
隣のクラスに転校生が来たらしい。長い髪で新潟産のグラマラスちゃん。今日はちらっとしか見られなかったが明日に期待。どこに住んでんのかな?めずらしく女の子の話をしてもしのぶが嫌がらない。』
『1980年3月12日水曜日、晴れ。
あの子にやっと一日デートの約束が取れた。登下校以外で会ったことが無いから私服を見るのは初めて。センスはよさそうなので否が応にも期待は高まる。映画とか美術館とか知的な方がいーかなー』
『1980年5月20日火曜日、晴天。
随分打ち解けてきた。あんまり話さない物静かさがとっつきにくいのか友達が少ないようだが、おれとしのぶでやかましくしているので最近よく笑う。しのぶも笑うので悪い気はしない。』
『1980年7月7日月曜日、くもり。
久しぶりにしのぶと長い話をした。三人で居ると辛いのだそうだ。自分では気付かないがぼんやり見ているらしい。おれはただ、あの子の顔が気になるだけだ。…でも時々しのぶが無理して笑ってるのは知ってた。』
『1980年9月26日木曜日、雨。
昨日ちょっとした事でしのぶとケンカした。おれもちょっとは悪いから謝ろうとしたんだが、いつもと雰囲気が違う。ただいつも通りナンパしてただけなのに。何であんなにカリカリしてんだ、怖いね女は。』
『1980年11月29日土曜日、晴れ。
もう一ヶ月しのぶと話をしていない。あの子に相談したら仲がいいのね、と笑われた。付き合ってるからって間に起こる諍いを全部微笑ましいと思われても困るのだが……俺の苦労を誰も解ってくれない……』
『1980年12月4日木曜日、晴れ。
しのぶがバッサリ髪を切った。一年前と同じおかっぱ頭が離れていくのを見ながら、謝れなかったことを悔やんだが……謝ればきっと殴られるに違いない。そんで殴られても何も解決しないだろう。』
何を考えるでなくぼんやりしながら家路を辿ってたら後ろから背中を叩かれた。
「どうしたの?元気ないね」
不意にいつものにこやかな笑い顔が現われる。
「一つの恋が終わって新たな恋が生まれるのさっ」
取り合えずいつもの調子で手を握………おんや…?
「…今日は嫌がらないんだね?」
「“もう”嫌がらなくてよくなったみたいだから」
…それって…いつもモーションを嫌がってたのはしのぶに気を使ってたってことか?……ということは…
「じゃあもしかして僕のこと好きだったりして?」
にゃははは、とおどけ笑いで場を和ませようとしたら黙って頷かれた。予想外の展開じゃ。昨日の今日で本当に新たな恋が始まっちまったよ大変だコリャ。
「…ね、あたるくんのお家に行ってみたいな…」
……待て、待て、落ち着け諸星あたる!いくらおれでも昨日の傷心が癒えてるわけじゃない。家に上げるだと?そんな自分の傷に酢を塗るような真似できるか!今日の所はなんとしても断らねば。
「いーねぇ。ちょーど明日まで家に誰も居ないんだ」
さすがにこう言えば今日の所は断念してくれるだろうと思った。事実両親は法事に行ってる。嘘じゃない。
「じゃあ気を使わなくてちょーどいいね」
にっこりと微笑が返ってきた。
ままま待て待て待て!!なんだこの度の外れた予想外の返事は!今までどんなに押しても引いてもなびかなかったんだぞ!だからおれはお友達から徐々に親しくなっていこーと少しづつ慣らしていったのに、最悪のシチュエーションでいきなり実を結んでどうする。
おれはいよいよ困ったが、それ以上いい断り文句も思いつかないままついに家の前まで来てしまった。いつもの調子でニコニコ笑いながら、入らないの?と門をくぐって先に行ってしまう。
……ええい毒食らわば皿までとゆーではないか。
ドアの鍵を開けて、大きくただいまと声を張り上げる。当然返事は無い。当たり前だ、朝出かけたのをこの目で見たんだから。
おれが部屋のドアを開ける。彼女が部屋に入る。俺が部屋に入る。おれがドアを閉める。彼女は戦慄する。
「けっ結構きれいだね」
「物がないからね」
彼女は窓辺に立ち、窓に手をかけて随分空が低いねと窓を開けた。
「こっこのカーテンなんか試し書きでもしたの?うしルマIL▽だって……はは、は…」
慌てて話を逸らそうとする彼女。……男と部屋に二人きり、という状態をよーやく理解し始めたらしい。
「あー日記はっけ〜ん!中みーちゃおっと〜」
「わっこら!人のプライバシーをっ!!」
「1980年2月5日木曜日、晴れ。
あの子についに初接近遭遇!長い髪が素敵だねーと言ったら照れてかわいい━━━━━」
読み上げる彼女から日記をひったくる!
「その“あの子”って私のことだよね〜」
彼女の開けた窓から冷たい風が滑り込んでふわり、と落書きだらけのカーテンがなびく。カーテンの落書きが裏返しになったりひっくり返ったりしながらさわさわと音を立てる。
そのうちびゅう!と特大の風が吹き込んだ。
「!!」
「あっごめん。寒かった?」
「いっ…………いや……」
彼女が窓を閉める。おれとの距離は開いたまま。おれはコタツのスイッチを入れて入るように促した。
「あ、寒いからカーテン閉めてね」
「え……くっ暗くなるから開けてようよ!」
カーテンは閉められないまま彼女がコタツに座った。
「ね、聞きたいことがあるんだけど」
なにやら思いつめた表情で彼女が切り出す。
「しのぶのことなんだけど……さ」
…………イキナリディープな話題だな……
「彼女を忘れても平気?」
ずずい、と真剣な表情でそう訊く。
「平気なわけあるまい。」
おれはみかんを手にとってむき始める。冬はやっぱりコタツでみかんに限るよな。うん。
「だったらどうしてもっと大切にしないの?」
「大切?大切ってのはなんだ?
金庫の中に入れて鍵を閉めることか?構って他の何も見ないことか?女神様に祭り上げて神聖視することか?
どれも願い下げだね。おれは常に対等で居たい。だから誰であれ俺の自由を奪うんであれば俺は戦うよ。あ、いや戦うってのは嫌いとかじゃなくて、なんつーか言葉のあやなんだけど…」
なんで女ってのはおれの思想を解ってくんないのかね。だいたい大切ならとか愛してるならとか…そういうのと付き合い方ってのは別問題だろうに……
「……まだ、好き?」
「去るものは追わない主義なんでね。愛想付かされたんなら仕方なかろう。しのぶにはしのぶの道があるさ。」
ひょいとみかんを口に入れる。甘くて実によい味だ。
「…もし、追いかけて欲しいから去ってったんだとしたら…追う?」
「……さぁね。でも付き合いは長いから今回そうだとは思わないよ。あいつわりと頑固だから」
もう一つみかんを口に入れる。やっぱり愛媛だねぇ。
「ううん、そうじゃなくて…自分が諦め切れなかったらその人を追う?」
「なんか今日は妙に絡むね?」
「お願い、教えて。追う?追わない?」
「…………追う、かもな。」
「じゃ、もしその先で壁にぶつかったらどうする?相手の意思とは関係なく、例えば物理的な障害があったら」
「割とおれそーゆーのにメゲないタイプだから追うんじゃない?」
「………………だったらどうして……」
彼女が小さく呟くのも無視をしておれは切り返す。
「おれも質問していいかな?
どーしてしのぶと別れたことを知ってるの?どーしてそんなにおれに興味があるの?」
「……そ…それは…」
「どーして?どーして名前を教えてくれないの?」
「………………」
「何で僕は君の名前さえ知らないのにこんなに長く付き合ってんだろーね?……不自然じゃない?」
日記に彼女の名前が無いのは、おれが知らないからだ。
「そ、それは……」
彼女が口ごもる。
「言えない?言えないよねぇ。当然だわなー。なんたっておれに聞こえないんだからなー。
で、これはどーいうカラクリなんだ?……ラム。」
その言葉は“ラムの”顔を引き出した。口をパクパク━━━空気の足りない金魚がそうするように━━━動かして目を真ん丸く見開いている。
「どうした?ん?おれの顔になんかついとるか?」
「……な、んで、なまえ…」
「なんだお前名前変えたのか?」
「…………忘れ、てるはずなのに……」
じわーっと目に涙を浮かべて、飛びついてきた。
…ああ久しぶりのこの感覚。抱き潰すこの柔らかさ。
「お前ツノはどーした…また薬で柔らかくしてんのか?」
「ダーリン!うちのこと覚えててくれたっちゃ!?ダーリンうちのこと忘れないでてくれたっちゃ!?」
そのままラムはおれを押し倒すようにして、しばらくおれの体の上で泣いた。びーびーガキみたく声を上げて。
「……久しぶりだな……ラム」
「…もっと呼んで……もっと呼んでダーリン!ラムって、うちの名前呼んで!ラムって呼んで!」
「ラム、ラム。ラム、ラム、ラム…」
この短い名前を言えること、この名前に応える奴が居ること。ダーリン、と返ってくる懐かしい呼ばれ方。
抱き潰す程腕に力を込めて何度も呟くように呼ぶ。ラム。
長い髪は黒色でツノもなく、目だって茶色だけど間違いない。こいつはラムだ。ラムだ。
「……ダーリン…もう忘れたかと思ったっちゃ……」
そう呟いてラムは更に盛大に泣いた。
それを見てて目の奥が急に発熱してきたから、おれは慌てて深くラムを抱きしめて熱の元をラムの髪に移した。
「…わかったから状況を説明せい」
まだぐすぐす言ったままおれの体から全く離れようとしないので“しかたなく”抱きしめたまま、話を切り出した。
「お前2年間もどこ行ってたんだ?」
「……2年?うちずーっとここにいたっちゃ」
数年ぶりに二人分の温度が戻った部屋にラムの嗚咽が途切れず響いている。懐かしい喋り方、懐かしい呼び名。
「ずっといたっちゃったってお前…
……待て、お前ツノはどうした。髪と目の色も……」
いつもあるべき場所にあるべきものがない。そうであるものがそうでない。違和感。
「ツノ?なんだっちゃ?」
きょとんとした顔。声。確かに顔はラムだ。が、違和感。長いくつややかな髪がさらさらと音を立てて流れている。口元に目をやっても牙が見えない。
「お………お前、ほんとにラムか?」
笑う。違和感。
「何言ってるっちゃ、ダーリン」
違和感。
「うちラムだっちゃ」
違和感。
「うちのこと忘れたのけ?」
違和感。
…何がおかしいのか解らない。ツノががない?髪が黒い?そんなことじゃないもっと大切な何かを忘れている気がする。もっともっと大切なもの。なんだ?なんだ?なんだ?
目の前で目をくりくりさせているラム、ラムのはずだ。間違いなくラムだ。なのに何か忘れている気がする。足りないわけじゃなく、多くもない。なのに何か違う。何故?頭の中がそんな事で一杯になる。目の前に居るのは間違いなくあれだけ忘れることに怯えたラムのはずなのに。
そこまで考えて愕然とする。
あれほど必死になってラムを探した自分が、やっと会えたというのにこんなにも冷静なことに。
嬉しい筈だ。気が狂いそうなほど嬉しいはずなのにどうして頭で考えることはラムの違和感なんだ?どうしてこんなにも冷静で居られるんだ?
違和感に対する自分の違和感。
ラムに対する違和感、自分に対する違和感。
まるで日常の中に割って入ってきたような。
どんどん不安が焦りになってゆく。どこかに何か引っかかる感じ。この違和感の正体がハッキリしない。なのにぼんやり感じる不安。目の前にあるはずの蜃気楼が揺らぐような、背景だけが動いているのにまるで部屋全体が動いているように感じるドッキリハウスのような。
揺らぎの違和感。
目の前に居るラムの表情に不自然さがないからこその違和感。抱きしめる腕に力を入れる。
「お前はラムだ、間違いなくラムだ。
なのになんでお前に久しぶりに会った気がせんのだ?」
自分の言葉にハッとする。
……“久しぶりに会った気がしない”?
そんなバカな…二年…そう、二年も会ってない筈だろう?泣けるほど懐かしいはずだろ?なのになんでそんな言葉が無意識に出てくるんだ?
混乱、違和感、不安、疑問、そして驚愕。
頭痛。
ラムの顔をもう一度良く見ようと体を離す。
……両手で支えていたのは、のっぺらぼうの人形だった。
「っ!!?」
思わず突き放して放り投げた。ばさっと乾いた音を立ててのっぺらぼうの人形が壁に力なくへたり込んだ。
「なっなななな!?」
どっと汗が噴出す。見る間に人形がドロドロと解けて、ついにセーラー服だけが壁にもたれかかった形で取り残された。
おれはそれを最後まで見届けぬ間に部屋から逃げ出して、靴も履かずに道に飛び出した。叫びだしたいくらいだったが、喉が引きつって声が出ない。悲鳴にならない声を上げながら転がるように走った。過ぎていく景色から人の影が消えていて、日が落ちる時間にはまだ早いにも拘らず、周りは一面の夕焼け。そして地面には様々な服、服、服……
気が、気が狂いそうだ。
必死で辺りを見回すと、人影をやっと見る。
その人影は、女だった。
ビキニスタイルで
髪が長くて
頭に角があった。
悲鳴。
名前も呼べない。
ただ恐怖の対象として視界に映る。
「ダーリン、どこにいくっちゃ?」
ゆっくり歩み寄りながら“それ”が言う。いつもの口調で、あの声で。おれは金縛りに遭った様に足が凍りついている。
「やっと会えたのに、どこ行くっちゃ?」
おれを抱きしめようと、“それ”が腕を伸ばす。
ラムだ、ラムだ、何を怯えることがある?何故逃げる?
頭の中でそんな明後日な事を言う自分自身にさえ違和感。喉に小骨が刺さったような。
「とととと溶けた!溶けただろお前!何がどーなっとるんだなんなんだこれは!
おれはスライムに知り合いはおらんぞ!」
精一杯振り絞った声が自分でも哀れなほど震えていた。
顔が薄影に覆われていてハッキリと見えない。
でもビキニスタイルでロングヘアでツノが生えてる女には心当たりは一つしかない。しかしより一層の違和感。
今度は確信できる。
“これ”はラムではない。
ラムになりきれない何かを見ているような気さえする。ゆらゆら揺らめく陽炎を見ているような気がする。
「お……お前、誰だ?」
息を呑んで鳴る自分の喉がことさらに大きく上下したような錯覚を感じるのは、跳ね上がる心臓のせいだろうか。
おれは与えられない答えに凍りつき、もう一度訊ねた。
「お前一体何者だ?」
女の口の端が少し持ち上がる。
「うち、ラムだっちゃ。」
「笑わすな!あいつはそんな胸糞悪い笑い方なんぞせんわ!ラムをどこへやった!そんな格好でラムになったつもりか?その格好になれる度胸は認めてやるがあいつ以外がしたって風邪引くだけだぞ!」
軽口とも暴言ともつかぬ大声を張り上げて、目の前の女を牽制する……しているつもりだった。それでも女はにやにや笑ったままゆっくりゆっくりその歩みを進める。
もはやパニックだった。あたりの夕焼けがどんどん深くなって空の星ぼしが冴えてゆく。時間の速さに置いてけぼりをくったように。
「もうすぐ夜が来るっちゃ、うち怖いから家に帰ろ?ね?」
家?家だと?誰も居ないあんな家に帰ってどうするんだ、ラムでもないお前と帰ったって……
そこでふと気付く。自分の家族は“5人”だった。5人。今の今まで(正確にはこの異変が起こってから今の今まで)ひとり欠けていた。当事者の一人が欠けていたのだ。
藁をも掴むような気持ちで、この状況を打開してくれるものなら何でもいいとばかりに声を張り上げた。
「空飛ぶ火炎放射器!面食いのスケベ幼児ジャリテン!」
「根も葉もあらへん誹謗中傷を街中で叫ぶなアホー!!」
がん、と頭にフライパンが降ってくる。柄の方にくっていている風船玉を引っ剥がす。
「なんやお前泣いてんのか」
「フライパンの角で殴られりゃ誰だって泣くわボケっ!」
「オレぁまたラムちゃんがおらんで寂しいからかと…」
「……ほほーお前は事情を把握していると見た。とりあえずあのラムもどきを何とかせい!」
ジャリテンをラムもどきに突きつけてぶんぶん振り回す。
「な、な、なんやこんなもんぐらいで取り乱しよって!こんなもん一発殴ったら消えてしまうわ!」
「だったらお前が殴れ!」
「アホか!オレがラムちゃん殴れるわけあらへんやろ!お前殴ったらええやんけ!いっつも泣かしとるんや、専門分野やろ!」
「ボケっ!俺は女は殴らん主義なのだ!」
そうこうしている間にもラムもどきはどんどん近づいてくる。ゆっくりゆっくりホラー映画のモンスターのように。
「他の解決方法はないのか、殴る以外に!」
「あかん。拒絶の意思を行動で示さなアレは消えへんのや。そういうもんなんや、なんでかゆうたらアレは……」
「解説は後でじっくり聞く!その前にこいつを何とか…」
後ろに足を滑らすと、ジャリ、と音が鳴った。足元のアスファルトが終わって砂地になったのだ。
『拒絶の意思を行動で示さなアレは消えへん』
…一つ方法を思いついた…が、場合によってはこっちの方が殴るよりひどいかもしれん…仕方あるまい、背に腹は変えられんしな!
砂地の児童公園までじりじり後退して、右足を軸にまず右へざーっと真一文字。少し前進して斜めに後退。すこし離れて後方へ移動。
「なにしとんのや!はよ逃げな捕まったら面倒やろ!…まったくいたいけな幼児のオレまで巻き込みやがって、ええ迷惑じゃ!どない責任とるねん!」
「やかましい、黙ってラムもどきの動向を教えろ!」
右に小さくズレて右足を前方に移動させ、そのまま後退。右足は離さずにそのまま小さく一回転。突き抜けて後退。
「歩いてきてる。公園の入り口まできとる。距離およそ10メートル!」
左前方から右後方へ移動、右足軸を離して左前方のさっきの始点のやや後方より半回転しつつ右後方へ移動。
「歩くスピードがはよなったぞ!追い詰められたら一巻の仕舞いや!なんたって敵は空を猛スピードで飛べるんやからな!おいこらきいとんのか!?」
「ええい黙れ!距離は!」
「距離9!はよ走れ!なにやっとんのや!」
右にずれ、前方から左やや後方に移動、右前方に移動の後小さく右足をずらし、やや空間を開けて少しのずれの後、一回転、突き抜けて後退。
「距離7!射程距離内やど!ひとっ飛びで捕まる!」
「あと一息じゃ!火でも吐いて牽制せんか!」
「アホ!アレに火ィなんぞ効かへんわ!」
「そこまで分ってんなら有効打の一つでも考えてろ!」
右後方へ少々ずれ、空間を空けて右足軸を後方へ一気にずらし、やや前方へ向かって大きな半円を描きつつ後退!
「出来た!」
「飛んだぞ!せめてオレだけでも離せぇ!」
視線を移したときにそれは既に空高く舞い上がっていた。
「そっ…そこからなら良く見えよう!今の俺の意思だ!」
俺達を見下ろす格好の舞い上がったラムもどきの動きが一瞬ぴたりと止まって、しばらくふわふわと漂った後、陽炎のようにすうっと薄くなって…そこから消えた。
「きっ消え…!?」
深いため息を吐き出してジャリテンが空中にへたり込む。
「……た、助かった……」
「おいっ消えた!消えたぞ!人間が消えたぞ!どーなっとるんだ説明しろ説明!」
「幼児に向かってがなり散らすなアホ!耳痛いやんけ!」
懐かしくも品のない関西弁で一喝され、ぎくりとする。たかがガキ相手に大人気なくも取り乱してしまった。
「まったく、いっつも食らってるんやから電撃の一発や二発、どっちゅことないやろに焦りくさって情けない男やのぅ」
「もう二年も電撃を食らってないのに最大級なんかぶちかまされようものなら即死じゃい」
「二年?……なにゆーてんのや?」
ジャリテンがきょとんとした顔でこちらを見る。
「あぁそうだ!お前ら二年もどこに隠れておった!?しかもこの異常事態!さぁ納得のいくように解説してもらおうじゃねーか!」
エキサイトする俺の声を物ともせず、ジャリテンは頭をぽりぽり掻いて視線をすっと逸らした。
「一応聞いとくけど…お前、今いくつや?」
「…はぁ?何をいきなり…」
「ええから、ゆうてみ。お前今何歳やねん」
「……いくつも何も、お前、じゅうは…ち……」
「ほしたら今、西暦でゆうたらいくつや」
「せ、198…1……あ、あれっ?」
「覚えとるやんけ。」
「ちょっと待てっおかしいぞ!確かに俺はさっきまで高2で17で西暦は1980のはず…おまけに時間が戻っ…」
「あー、ええねんええねん、お前の頭がより一層おかしゅうなったわけやないんや」
俺の言葉を遮って、テンが混乱する俺に追い討ちをかける。
「な、何がどーなっとんじゃ……!?」
今度は俺がきょとんとなる。その顔を見たジャリテンが諦め疲れたようにぽつりぽつりと話し始めた。
「お前、覚えとるか、記憶喪失装置て。」
忘れたくとも思い出す恐怖の記憶喪失装置。ほんの数ヶ月前と あ る 行 き 違 い からラムが取り出した名前通りのとんでもない機械。
「忘れるか、地球が滅びかけたんだぞ」
「……アレな、実は止まってへんかった…ってゆうたら、お前どないする。」
「…………………………なに……?」
「せやから、止まってへんかったんや。」
「と、止まってなかったっつったってあれから随分経って……もうそんな…」
「随分?随分ていつぐらいや?なんぼ時間が経ってるて?お前ほんまに“随分時間が経ってる”って証明できるか?
…お前の記憶、いまてんでバラバラやろ?お前の周りの時間はムチャクチャに動いとるはずや。巻き戻ったり進んだり停滞したり抜け落ちたり。そないな調子でどないして“時間は順序よう惑わず流れてる”て証明すんのや?
お前ほんまにラムちゃんとの鬼ごっこから後……ちゃんと覚えてんのんか?」
背筋がゾッとした。時間が経った証明をするということに、身体だけ本能的に“何か”を悟ってしまったかのようだと思った。
「…バカな…そんなバカな、そんな事があるはず…だって俺は…鬼ごっこのあの夜にラムと………って何言わす!」
思わず口が滑ったついでに殴る。
「な、なにすんねんアホー!おんどれが勝手にゆうたんやないけ!照れ隠しに幼児思っきりなぐりくさってからに!家庭内暴力110番に電話して生活指導員にチクるぞ!」
「ええい、いらん知恵ばっかり増やしやがって…
ともかく!鬼ごっこの後の記憶だってちゃんとある!」
「……で?ほんならその後は?」
その後?その後って…朝…二人で学校に……行っ……
そこまで思い出して、その後が続かないことに気付く。それ以上の記憶がないことに気付く。
「思い出されへんやろ?当たり前や。そっから先の時間なんかお前にはないんやから。
記憶喪失装置ってな名前が付いてるけどな、あの機械は記憶だけ消してくれるようなもんと違うねん。まぁ一種のタイムマシンってやつやな。インプットした情報を消す為に、上から“インプットした情報が存在しない歴史をやりなおす”機械なんや。…まぁ、そういう意味では“記憶喪失”と同じ状態ではあるんやけど━━━━」
ジャリテンの講釈が半分くらい耳に入ってこない。まるでひどいノイズの混じったラジオ放送を聴いているかのようだ。
「…待てよ、待ってくれ……もう何がなんだか分らなくなってきたぞ……だいたい……そう、ジャリテン、お前は何故ここにいるんだ?時間は元に戻ってラムもランちゃんもサクラさんもみんな、居ないことになってるのに、お前はなんで“その後の記憶”を持ったままここに居るんだ?おかしいではないか?おかしいだろ?な?」
もういっそふわふわ浮かぶ風船球にすがりつきたいような気持ちだった。何かの悪い冗談なのだと思いたくて必死だったのだ。
「地球人には記憶の上書きかもしれんけど、オレからしたら別になんてことあらへん。
効果の指向性の外側におったんやから。ラムちゃんとちごうてオレのこと別に忘れへんかったやろ?」
「……えっ……あ、ああ…」
歯切れの悪い返事にジャリテンがジト目で俺を睨んだ。
「どーせラムちゃんのことばっかり考えとって、オレの事すーっかり忘れとったんやろ、こん薄情モン」
図星なので二の句が次げない。しかしそれを悟られぬようさりげなく話題を変える。
「な、何故お前だけ記憶喪失の対象から外れられたんだ?」
「話題変えるな卑怯者。」
「ええい今はそんな事はどーでも良かろうが!」
「お前都合悪ぅなったら話題逸らす癖直さな…」
「くどい!お前が記憶喪失の対象から外れられたということは突破口があると見たが?」
ジャリテンがぎょっとした。考えも付かないセリフを浴びせかけられたように。
「お、お前…どないするつもりなんや?
さっきラムちゃんの影に襲われたところやんけ。あの影はラムちゃんの意思や。お前振られたんや。お前に忘れられたいんや。捕まったらお前全部忘れて、もとあった世界に帰れるんやで?しのぶねーちゃんとまたやりなおしが……」
ジャリテンがそこまで言って口をつぐんだ。俺の目を見て言葉に詰まったのだろう。
「……この世界はなー……
確かにそういう世界かもしれん。ラムがある意味で…例え一瞬でも望んだ世界なのかも知れん。
だがな、俺は認めんぞ。
この世界をラムが受け入れたなんて認めん!」
言い切った。言い切れる。もう言い切れる。
「ジャリテン、お前だってこの世界認めたくはないんだろうが。だからさっき俺を助けたんだ。
俺だってお前なんか嫌いだ。
…だがな…飯、たった4人で食ったって美味かねーんだ。」
「…それ、どないゆう意味やねん……」
「………………………I NEED YOUって意味じゃっ」
「…えっ…英語でゆわれたって…そんな…わからんわ…!」
わからんならそんな顔すんなよ、男だろうが。くしゅくしゅの顔を伝う雫を何度も拭って、勢いよく鼻をすすり上げて“いたいけな幼児”がいたいけにも平気だという顔で虚勢を張る。
「おっお前は根性ないし、甲斐性もないから、オレがラムちゃん守ったらな、ラムちゃん泣いてばっかりやからな、仕方のう居てやるんやからな、感謝せぇよ、ほんま…」
頭の上に手を置いてやる。ぽわぽわした髪の毛をくしゃっと撫でる。幼児特有の柔らかい髪の毛。久しぶりの感触だ。
「…ラムがお前泣かすまでやるわけねーしな。」
なんだかんだ言ったって、俺の家族はもうきっちり5人居ないとしっくり来ないところまできたのだ。短くも長い道を。
「ラムちゃんの影が今更出てきた理由、分るか?」
繰り返して消されかけた記憶。理由はなんとなく分る気がする。
「…俺が名前思い出したからか?」
「せや。お前よう思い出せたな、もうあかんかと思たのに。
何で思い出せたんや?完全に忘れとったやないか。」
小さな両手で目を擦りながら、それでもふてぶてしい声を出しながらジャリテンが言う。
「……ラムって字が消えるって分った時に、部屋中にラムの名前書いたんだよ。
で、カーテンにも書きまくったんだけど…俺って字ぃ下手だからしくじっていっぱい無駄なもん書いててさ、それで気付いたんだ。
ラムって字をな裏返して90°回転させると「ルマ」って読めるんだがそれは消えないんだよ。ちゅーことは「ラム」と認識できさえしなけりゃ消えないってこった。だから似たような図形…“うしルマIL▽”とか…やったら書いときゃなんかの弾みで見て思い出……どうした?」
あんぐり口をあけたアホウ面のジャリテンに声をかける。
「…あ、あ、あ…呆れて物も言えんわ!お前そんな狡っからい真似しくさっとったんか!」
「狡っからいとはなにごとか!これぞ頭脳的勝利じゃ」
「…そんできっかけをお前を忘れたいが為に生まれたラムちゃんの影に作らせくさって…鬼かお前は!なんちゅうえげつないことを━━━」
…わんわん喚くジャリテンを尻目に、俺はあのラムの影は俺にわざとあのカーテンを見せたんじゃないかと思っていた。本当のラムが、俺に送ったメッセージだったのではないかと。
……当然そんなこっ恥ずかしい事は口に出さんが。
「そこまで知ってるって事はジャリテン、お前俺のこの二年間を覗いてたな。あの場所には俺とラムもどきしか居なかったんだ。見事カマ掛けに引っかかりよって」
首根っこをひっ捕まえて揺する。ジャリテンの顔がどんどん引きつってゆく。
「正直に言え。言わんとラムに水泳の特訓してもらうぞ」
「わわわっ分った!分ったからその妙に具体的な地獄絵図の提示をやめぇ!」
ジャリテンはそれでも諦めの悪いように唸っていたが、おれがある文字の上に立っていることに気付いて訊ねた。
「しかしお前、影とはいえようもラムちゃんにそんな言葉投げつけられるなぁ?
ラムちゃんが一番嫌がる言葉や、お前、最低や、最悪や、ほんまに……ほんまにラムちゃん好っきゃねんな……」
『さようなら』
ラムが一番嫌いな言葉。自惚れが無いとは言わないが、ラムの影が消えるほどのダメージを受ける言葉はこれしか思いつかなかった。
「口で言われんかったのがせめてもの救いや」
影を哀れむように、憎ったらしく…というよりおれに憎悪を抱いているかのようにそう吐き捨てた。おれは目を閉じて何も言わなかった。
「お前の諦めの悪さに免じて教えたるわい」
「オレらのおった時間はちゃんとある。サクラねえちゃんも、面堂のアホも、みんなちゃんと存在してる。ただお前だけが移動したんや。」
「移動だと?……一体どこへ。」
「記憶喪失装置の動いている未来。パラレルワールドや」
「ぱっパラレルワールドだと?なんだそれは!」
「お前ほんっまに不勉強やな、SFとか読まへんのか?
平行世界、ありえた未来、別の可能性、第二の現実や!」
「そんなこたぁわかっとる!
なんでそんなとこに俺がいるんだ!?」
「なんで、て……
正直な話オレはラムちゃんがなにかやったということしかわからへん。お前がここに飛ばされるいわれは死ぬほど思いつくけど、ラムちゃんがこないな事するとは思われへんねんけどなぁ…」
「元に戻る方法は?」
「この、ラムちゃんの世界を潰すことや」
「……潰す?」
「言い換えてもええで、お前が“この世界にお前を帰すことに囚われてる”ラムちゃんを引っ張り出せたらええねん。まぁ無理やろけどな。なんせお前はこの世界に一人しか居らん。だれも味方なんぞ居らんのや、このオレでさえ単なる影なんやからな。」
「か、影だと?」
「この世界にはオレは居らん筈やろ?お前が持ってるオレの体はオレの思念が具現化しただけのもんや、オレの介入をラムちゃんが気付けばすぐに消える。せやから…」
バチ、と小さな音がしてテンが消えた。文字通り、ふっと。
「い、いかん……気が狂いそうだ……」
目の前にある全てが嘘だと、何もかもが偽物だと、そう言われたらどうする?時間も場所も空間も人も記憶も、何もかも全部が作り物だと言われたらどうすればいいんだ?
俺のあの二年が全て作り物だと?しのぶメガネチビカクガリ温泉マーク父さん母さん、みんな居たじゃないか、あの、あの二年が全て作り物だなんてそんな、そんなバカな。
「あれが全て作りものなら、俺の経験したこと全てが作りものなら…」
ふと、思い出した。
「あの子…そうだ、あの女の子は」
名も知らぬ、始めてみる顔の。
俺が始めてみる顔、つまり俺が知らない女の子。ラムがそんなのをわざわざ作った意味がわからない。まさか本当に俺の人生をやり直させるためにラムが俺にあてがった理想の彼女だとでもいうのか?
「……それはねーな。」
こんなことを言うと人格を疑われるかもしれんし、人によっちゃ、なんと図々しく自意識過剰なのだと思うかもしれんが……ラムは俺に心底惚れとる。俺を諦めるというのは百万が一にあり得るかもしれんが、他の女をわざわざあてがうなんて殊勝なことは絶っっ対にしない。この首を賭けてもいい。
『お前はこの世界に一人しか居らん』
ジャリテンの言葉を反芻する。
「俺はこの世界に一人しかいない、この世界に、一人…」
……一人。
あの時間を共有した人間は俺一人ではない。
確信。
「ラム、出て来い」
思いつきのようにその名を呼んで空を仰ぎ見る。すると上には空なんてものはなく、白く霧が立ち込める雲の中に入ったような風景だった。
「居るんだろ?ラム」
優しく問い掛けても答える者は居ない。それでもわかる。ラムはいる。
「聞こえてんだろ、何でこんなバカな真似を」
なんて愚かな。
たった一人この俺を放り出しやがって、こんな、お前の居ない世界に放っていきやがって。
「こんな偽物の世界、いらん。お前が…ラムが居てしのぶが居てサクラさんやランちゃんやお雪さんや弁天さまが、皆が居なけりゃ、この世界は俺にとってはニセモンだ、ありえたかも知れないなんてのは欺瞞だ、こんなのはウソッパチだ、誰一人欠けたって許さんぞ」
お前が、お前が欠けてどうする。
この世界に居たはずの俺を引っ張り出したのはお前だろうが。途中でリタイアするなんて許さんぞ。
絶対に許さんぞ。
確信に満ちている。ラムはここに居るし、こんなのは本当は望んでいないはずだ。そして絶対に、あの皆の居る世界に帰れる。ラムと一緒に。
ふと背筋に視線を感じで振り返ると、ずっと遠くに人影が見えた。ゆらりゆらりと陽炎のように揺らめく人影がぼんやりと立ち尽くしている。
俺は駆け寄りたい衝動に駆られたが、あえてゆっくりと近づいてゆく。
俺より小さな人間。黒く長い髪。
スカート。制服。
「……ねぇあたるくん、好きな人が居て、自分が諦め切れなかったらその人を追う?」
黒髪のラム。地球人のラム。ニセモノのラム。
「追うに決まっとるだろーが」
「逃げても?」
「追っかける。次元が違おうと未来が違おうと時間が違おうと、追って追って追っかけまくる」
お前は何でわざわざ地球人になんか化けたんだ?なんでそんな何かを隠してるみたいに眉をハの字にしてんだ?
「そんなことするから女の子に逃げられるっちゃ」
「すっぽんの異名は伊達じゃねぇんだよ」
「……うち、ここなら地球人で居られるし、ダーリンの子供も生めるんだけどな」
ポツリと眉をハの字のままちょっと笑って言った。
「……なんじゃそりゃ?」
何を言い出すんだこいつは急に。思わず思い切り眉を顰める。
「だからぁ、うちあの後調べたっちゃ。そしたらうちとダーリンじゃ赤ちゃん、できないんだって」
「………………」
あの後。つまり、追いかけっこの…夜の、後。
「ここなら、赤ちゃん、夢でも産めるかと思って」
へへへ、と無理矢理笑う顔。
お前…たったそれだけのために俺を一人にして閉じ込めた?
……初めてこいつにも独占欲があるんだと、当たり前のことを認識した。今までの追っかけやり取りじゃなく、本当に女と男の間にある、独占欲。振り向かせるなんて悠長な余裕のない鋭い欲望。叶わぬ絶望が狂わせる。
「…欲しいのか、子供」
「今はまだわかんない。けど……DNAが違い過ぎると、出来ないんだって。」
「絶対に?」
「……計算上では、うちらの合致度じゃ5%に満たないっちゃ。出来ても産めないかも…しれな……」
無理に作った笑い顔から、ぽろっと涙がこぼれた。
「じゃあ、毎日やればいいではないか。何も難しい事ではあるまい。
……それとも毎日すんの、嫌か?」
「…………ばか」
やっとラムが笑った。つられて俺も笑った。
その顔にもう違和感は無い。
お前に絶望も涙も似合わん。そうやってずっと笑ってろ。
目が覚めるとそこは自分の部屋だった。慌てて布団を跳ね飛ばして押入れの襖を開ける。
そこには暢気な顔でぐうぐう眠るラムの顔。つつくとちゃんと反応する。ちゃんと顔を見ようと狭い押入れに上る。
「ら、ラム?」
おそるおそるその名前を口にして、髪の色も角もあることに安心した。そろそろとブランケットを引っ張ると、トレードマークの虎柄ビキニ。ほっとした。ちゃんとジャリテンを抱いて眠っている。
「き、キャー!?だだだダーリン!?」
いつの間に目を覚ましたのか、ラムが大声を上げた。
「なんだよでかい声で」
「一体なにしてるっちゃ!」
何って……自分の状況を省みる。ラムの寝床に侵入して、寝てるラムの上にかぶさって、毛布を引っ張っている。
「あわわわ!違う!ちっがーう!」
「……アホ。」
ジャリテンが呆れ顔で寝起き声のままそう言った。
隣の風通しは抜群。背中や肩の軽いこと。
おれは斯くも身軽だったのか。
押入れの襖を開けても茶の間に下りていっても、通学路を歩いても教室の自分の席に着いても、身体は羽根のように浮かび、足取りを阻むものは無い。
悩みも煩わしさも過ぎ行く時間の風に吹き散らされ、まるで全てが夢心地のよう。
おれの自由を世界の何人が妨げらりょうか。
家や部屋が無意味に破壊されたり、学校で見境なく爆発が起こる。
背中にフライパンを忍ばせながら、あの恐ろしい電撃に耐える毎日。
まるでパラダイスだ。
日常よありがとう、平穏万歳、無事こそ全て。
布団をかぶって明日に思いをめぐらせればそこには様々な女の子との薔薇色の日々。
毎朝やかましく始まる俺の日々が帰ってきた。
ただ、ラムが夜になったらほんとに毎日せがむので……ときどき……ちょっと後悔したりも、する。
5%。
乗り越えてやるさ、気のながいながいはなし、だが。
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