つきにおちる
あたる
宵口にてくてく外を歩いていると、不意に隣からねぇ見てお月様が、
と声がしたので空を見上げたら、丸くて大きな月が輝いていた。
月餅が食いたいと呟くと、ロマンの欠片もないとぶーたれる。
月は本当に大きくて、街灯の少ない夜道に大きな影が二つ出来ている。
影踏みにいい思い出がないので黙っていた。
隣を見るとまるで吸い込まれんばかりに月を凝視しているので、
帰りたいのかと訊ねようとして……やめた。
てくてくと数歩歩いて置いて行くぞと声を掛けたら振り向いて
手が届きそう、と天を指差した。
届くわけねーだろ、大きく見えてるだけで
とんでもなく遠くにあるんだから
と言い終らないうちに、体をがっしり掴まれて
重力を振り切って空に舞い上がった。
高く早く一直線に月を目指して飛んで行く。
下を見るとまるで色とりどりのじゅうたんみたく光の町が遠くなっていく。
どこまで行くのだと訊ねたら
あなたに届くまでと答える。
「お前が俺に届かんかったら、俺は死ぬぞ」
手を振り解いて重力に身を任せた。
ああ夜風が身にしみる。
空気がナイフのように体中を切りつける。
半狂乱になった疾風が安物のジャンパーを引っつかんで
ようやく重力の戒めから解き放たれて
早く助けろ馬鹿が死ぬかと思った、と言った。
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