めがみさま の とり

                イントロダクション

                 「これで全員が集まった事になるわけだ」
                 太一が静かにそう言い、プロジェクターの前に歩み出た。また最後にパソコン室にやって来た大輔が済まなさそうな顔に薄笑いを浮かべる。サッカーの引退試合が終って着の身着のままで飛んできた大輔を誰も責める訳はないのに。
                 「光子郎さんとミミさん以外は、ね」
                 ヒカリがそう付け加え、大輔はキョロキョロとあたりを見回しそう言えば、と声を上げた。
                 「随分久しぶりに集合っすねぇ。なんか懐かしいや、ここに全員揃うの」
                 遅れて来て状況の把握が全く出来ていない大輔に、沈痛の面持ちで伊織が切り出す。
                 「光子郎さんが三日前から行方不明なんですよ。原因は恐らくデジタルワールドからの干渉。ご存知の通り、僕たち人間が通れる規模のデジタルゲートは光子郎さんがパスワード管理して厳重にロックされています。」
                 伊織は自分の席にきちんと座ったまま、前の席に居る大輔に説明をする。
                 みんなしんと黙ったままだ。
                 「……そ、それって……光子郎さんが鍵持ったまま扉の向こうにいるってことか?」
                 「そういうことです」
                 「ど、どうやって帰って来いって伝えるんだよ!?」
                 「それを考える為にこうして全員で集まってるんですよ、大輔さん」
                 「京は?光子郎さんの弟子なんだろ!?」
                 太一の隣、いつもなら光子郎の居る場所に立っている長い髪の女の子が、きらりと眼鏡のフレームを光らせて溜息をついた。
                 「あのね、パスコードを知らないのよ?仮に泉先輩ン家を家捜ししたとして、あの几帳面を絵に描いたよーな先輩がコード表を目に付くとこに放っておくわけないじゃない。お手上げよ」
                 「それでも弟子かよ!」
                 「――――――まぁ落ち着け大輔」
                 太一が静かな声で興奮冷めやらぬ後輩を嗜める。
                 「デジタルワールドは今や平和になって、おれ達選ばれし子供も殆どが中学生以上になってる。光子郎だってもう高1だ。どう考えたってデジタルワールドが必要として光子郎を呼んだんじゃないだろう」
                 太一は全員の視線が集まる中でいつもの通りに堂々と、物怖じしない口調で意見を述べた。
                 「何か心当たりでもあるのか?」
                 その様子を少し離れた席から眺めていたヤマトが、絶妙のタイミングで質問する。
                 「それって光子郎くんが自分の意思で行ったってこと?」
                 二人の足りない言葉を埋め合わせるように、空がヤマトと太一の丁度真ん中の席から声を上げた。
                 「光子郎さんの知識と権限なら可能ではあるよね」
                 空の隣、ヒカリの隣り、伊織の後ろの席に居たタケルが神妙な面持ちで太一に尋ね、太一はそれには応えない。
                 「でもお兄ちゃんならいざ知らず、あの光子郎さんが高校生にもなってそんな我侭するかしら?みんなでデジタルゲート封鎖を決めた時の議長は光子郎さんだったじゃない」
                 「おれならってどーゆー意味だよ……」
                 「あたしを3度も置いてデジタルワールドに行ったくせに」
                 「……まぁだ根に持ってんのかお前は」
                 「無記名投票だったんだから光子郎さんが閉鎖に賛成したかどうかなんて誰にもわからないよ。」
                 兄妹喧嘩が始まりそうな雰囲気を察し、慌ててタケルが口を挟んだ。その様子をじっと聞いていた大輔が『出たよええ格好しいが……』とそっぽを向く。
                 大輔の斜め後ろに座っていた丈がその様子を見て、大輔の隣りに座っている賢が何らかのフォローを入れるのを待っていたが、その素振りもないので無理もない、と溜息を噛み殺して声を上げる。
                 「そう言えばミミちゃんには誰か連絡したの?」
                 「あ、それはあたしと賢くんが。一応それとなくは訊いてみたけど……あ、もちろん心配させないように失踪の事は伏せました。」
                 失踪、という京の言葉が全員をギクリとさせる。
                 その単語は、昔馴染みの仲間が一同に会し、不謹慎ではあるがどこか和やかで華やかだった雰囲気が一気に硬直するに十分な破壊力を持っていた。
                 「み、ミミさんから聞いた話だと光子郎さんに変わった様子もなく、ミミさん自身にも特に変わった印象は受けませんでしたから二人の間に何かあったわけではなさそうです」
                 賢がいち早く京の放った氷結呪縛から抜け出せたのは偏に経験の賜物であったが、切り返しの巧さはナイス元天才とタケルが口の中で呟くに値した。
                 「うちの高校、夏休み明け実力テストあるんだ。あんまり一年の掲示板の方には行かないんだけど今まで光子郎の名前は貼り出されてるの何度か見たし……ちょっと自分の意思っての僕は考え辛いんだけどなぁ」
                 丈が後ろ頭を掻きながら太一に意見する。
                 「名前が貼り出されてるのを何度か……って、まだ一学期終ったばっかですよ!?」
                 ばん、と教卓から身を乗り出して京が素っ頓狂な悲鳴を上げた。
                 「……えーと、入学実力、中間・期末、月実力が四回だから、7回テスト受けてて……2、3回トップ20で名前見たよ。」
                 すごいよねー、というのん気な医者志望の声を聞きながら、京は二人の通っている高校の偏差値を思い出して寒気がした。
                 「賢ー、あの高校やめたら?ストレスで死んじゃうわよ」
                 京のセリフにふっと顔を賢の方に向け、伊織が声をかける。
                 「へぇ、一乗寺さんも同じとこ狙ってるんですか」
                 「い、いや……なんというか……親の希望がね……」
                 と、伊織に声を掛けられた事が嬉しかったのか、真面目な賢が伊織の方に振り向いて高校の話をし始めようとしたとき、後ろの席でパンパンと空が手を叩く音が響いた。
                 「ハイハイ、同窓会は後回し!まずは光子郎くんのことでしょう。」
                 「他に光子郎についての情報を持ってるやつは居ないのか?」
                 一番後ろの席で黙っていたヤマトが立ち上がり、賢と伊織が済まなさそうに肩を竦めるのと同時にタケルが手を上げる。
                 「光子郎さんとマンション近いからよく学校の行きに朝会うけど、変な様子なかったよ」
                 タケルが事細かに一週間前からの光子郎の様子を説明しているのを聞きながら、教員用のパイプ椅子に腰掛けたまま黙っていた太一が「あいつは何か悩みがあってもそれを気付かせてもくれないからなぁ」と呟いた。
                 「でもさ、光子郎さん何でも自力で上手に解決しちゃうじゃない。誰かさんと違って。」
                 じとっとヒカリが太一を睨んで口を挟む。
                 「絡むな絡むな。
                 まあこれでよく会う丈とタケル、おれにも一言すらないってことは、やっぱりDWに重大なトラブルがあったって線はまあ無いだろうって事でいいか?」
                 「はいはいはーい!でも、向こうで帰れなくなる・連絡が出来なくなるような重大なトラブルが起きなかったとは言い切れないと思いまーす!」
                 太一の総括ゼリフに珍しく大輔が反論し、それに続けるように立ち上がったままのヤマト。
                 「事件・事故の他に考えられる要素として、デジヴァイスの故障だな」
                 「こ、故障!?」
                 「みんな言われなくたって持って来てるだろ?デジヴァイス。見てみろよ」
                 賢がうろたえ、自分のポケットを探る仕草に全員が弾かれたように各々のデジヴァイスを手に取った。
                 「反応、あるか?」
                 「ある……けど……なんだこりゃ」
                 ヤマトの声に一人だけ反応できた丈が自分のデジヴァイスの異変に変な声を上げた。
                 「全員この場に居るのにチカチカ瞬いてる点が一つだけ……でも何か反応があったら鳴るアラーム聞こえない……」
                 呆然と京が何度かD−3を振ったりしてみたが、無論変化は無い。
                 「やっぱりD−3も同じ症状か。この解析、京ちゃんに頼みたいんだけど」
                 「で、でも、解析アプリなんか取りに帰ってちゃ……」
                 ヤマトのセリフに伊織が慌て、ふっふっふ、と京が不敵な笑みを浮かべる。
                 「ビーンゴッ!ノーパソ持って来て大ィ正ィ解ィ!持つべきものは口うるさい先輩ね〜」
                 はしゃぎながら黄色と白のツートンカラーのノートPCを鞄から引っ張り出す京に、さすがパソコンオタクの系譜ですねぇ、と褒めてるんだか小馬鹿にしてるんだかわからない口調で伊織が手を叩いた。
                 「この時間だとアメリカって何時かしら?ミミちゃんに連絡して来たいんだけど」
                 空が手を上げて情報を求めると、時計をちょっと睨んでいた丈が応える。
                 「夜の10時前だね。起きてるんじゃないかな」
                 「それなら音声チャットサービスを使えば全員で会話できてお金もかかりません。設定ならすぐ済みますし、ミミさんのメールアドレスなら僕知ってます」
                 真似る様におずおずと手を上げた賢が、態度とは裏腹にはきはきとした口調で空に答えた。
                 「そう?じゃあ悪いんだけどお願いできるかしら。」
                 「任せてください。連絡よろしくお願いします」
                 ぺこ、と軽く会釈をして賢が早速という風にPCの置いてある席に向かおうとすると、大輔が「頼りになるなぁ、天才君は」と皮肉めいたことを言った。
                 「元、ね」
                 賢が自嘲気味に笑ったので、今でも十分、と大輔が眉を顰めて笑った。
                 「じゃあ空くん、一乗寺くん、京くんはそれぞれ動いてもらって、僕は伊織くんと買出しにでも行ってこようか。欲しい物あったらメモに書き出しといて」
                 「あー城戸先輩、ウチならタダでいーですよ」
                 京がPCを起動させながら声を上げたが、丈はとんでもないと手を振った。
                 「こんな大人数分をお世話になるわけにはいかないよ!それにちょっと位バイトもしてるしね、こういう時くらい先輩面させてくれたまえ」
                 えへん、とこれ見よがしに丈が胸を叩く。
                 「丈もデジタルワールドでこれくらい頼りになってたらなぁ」
                 太一がニヒヒヒ、とふざけた調子で言葉尻を上げたのを受け、丈がにやっと笑って言った。
                 「……あの頼りない日々があってこそ、今の僕さ」
                 「じゃあ私は光子郎さんの家に行って愛用のパソコン借りてくるわ。何か解るかも」
                 ハーイ、とヒカリが元気よく手を上げて席を立つ。それに釣られるように大輔も手を上げた。
                 「はいはいはい!おれもおれも!ヒカリちゃんのボディーガード!」
                 「じゃあ僕も一緒に行くよ。する事ないし」
                 はーい、と手を上げてタケルがいつものニコニコ顔のまま声を上げたが、その頭をガッと大輔の左手に捕まれて、深呼吸する大輔に低い声で凄まれた。
                 「お前は。ここで。ゆっくり涼んでろ。炎天下の荷物もちは過酷ですよ?」
                 「こう見えて体力には自信があるんだ」
                 もちろんそんなことでタケルが怯む筈も無く、意に介さない声はいつも通りだ。
                 「……モッテモテだなお前の妹」
                 空と一緒に出入り口附近、つまり教卓のあるプロジェクターの前に来たヤマトがぼそりと楽しそうな弟の表情を見ながら独り言のように言った。
                 「おれに似て美人だから」
                 「……バカ言ってんじゃないわよ。こういう時の主力組がベンチ入りしてる気?」
                 こん、とヤマトの後ろ頭を軽く小突き、空が呆れたように手を腰にやった。
                 「おれはここで連絡受付。リーダーってのは不用意に動かないモンなんだよ、空君。あ、こいつ持ってってくれ、悪さすんなよ」
                 「おれは荷物か」
                 半そでの襟首を摘まれながら、ヤマトが不満だらけの表情で文句を垂れた。当然だ。
                 「そらそらお二人さん行った行った」
                 「電話連絡になんで付き添いが要るんだよ!?」
                 「携帯じゃ国際電話掛けらんないだろ?海浜公園の近くの公衆電話まで行かなきゃいけないから」
                 「じゃあお前が行けよ!」
                 「テレんなテレんな。人の好意は素直に受け取るもんだ。
                 じゃ、ヤマトと空はミミちゃんに電話連絡、タケルヒカリ大輔は光子郎ん家へ。連絡はおれがしとく。丈と伊織は買出し、京ちゃんはデジヴァイス解析、一乗寺は音声チャットの設定ってことで、一時間後を目安にこのPCルームに帰ってくること。連絡はおれの携帯電話へ。OK?
                 んじゃ、京ちゃんにいつもの決め台詞やってもらおう」
                 「えっ……や、やだ、久しぶりで緊張しちゃう……で、では僭越ながら音頭を取らせて頂きます」
                 こほん。京が息を整えてすう、と大きく深呼吸をした。
                 みんなの顔が心なしか緩んでいる。ここに居る全員、心のどこかでもう一度これを待っていたような気がしたのだろう。
                 「選ばれし子供たちっ出動ォ!」
                12:42 2008/01/11

                 


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