あさき あおぞら
テントモンとパルモン
空気はぽかぽか、風も爽やか。
ひんやり地面さえ心地いい。
そんな心配事のない穏やかで平和で安楽な時間が続く。
見上げる空はいつも通りに雲をはべらしながらのんびりとしていて表情を変える様子はない。
「ミミ、どうしてるかしら」
彼女がいつも通りぼんやりとした声でお決まりのセリフ。そうしてなければ不安だから。
「元気元気、あのミミはんやで」
自分もいつも通りぼんやりとした声でお決まりのセリフ。そうしなければ窒息するから。
「光子郎と喧嘩してなきゃいいけど」
「大丈夫、大丈夫」
「……嘘でもせめてガブモンみたいに心を込めて言ったらどうなの?」
「ワテの信条はのんびりゆっくり着実に、やから」
複眼に映る空はいくつもいくつも区切られていて、その小さな一つ一つの空の向こうに思いを馳せるのは大層根気がいることだった。
「ほんと、せっかちの光子郎のパートナーとは思えないわ」
自分だって自己主張の強いミミはんのパートナーとは思えないほど流されやすい性格してるくせに、とはいつも通りに思うだけで言わない。
黒目しかない瞳には浮かぶ雲を散らした空が映っている。
「ピヨモンも大丈夫って笑うけど、ゴマモンは忘れてるかもねなんて言うのよ」
不服そうにブルースクリーンのような青空を見上げながら彼女はため息一つ。
自分はといえばぼんやりぼんやり雲を数えている。
へいわ
へいわ
あの夢の日々の上に立つ
へいわ
へいわ
素晴らしい退屈
へいわ
へいわ
目の覚めるような疎ましい青空
「パートナーとの信頼関係が一番しっかりしてるんは、実はゴマモンかも知れへんなぁ」
思いついたような声を作ってそう言ってみた。
「どうして?」
案の定、不満の残る声で彼女が応える。
「不安があったらそんな冗談とても言われへんやろ?」
ぐっと息を飲む声。
「丈はんが一番成長したんちゃうかな。一番大人に近いから一番子供で居たい筈やのに偉いわぁ」
「……そうかもね」
字面とは裏腹に、納得のいかない(或いは納得したくない?)語調。
「そんで、ゴマモンも離れてしまう事をちゃんと納得しとる」
精々出来る限りの平坦な言葉。でもみっともなく浮ついている。
「ゴマモンだって丈に逢いたいに決まってるわよ!」
まるで全てのパートナーデジモンの声を代表するかのような強い口調。
「でも最後まで笑って別れたで。
ワテらデジモンは天使やから、天国にしかおらん生き物やから、あの子らが成長して変わっていくのを眺めてるだけしか出来へん。手伝ったり寄り添ったり、そういう事は出来へんねん。
だから変わらずここに元気でおることを頑張ろうとするゴマモンは偉い。
ワテにはとても出来ん」
デジタルゲートを探す日々。
どうにかしてデジタルゲートをこじ開けようとする禁忌を飲み込めばいいのかと自問する日々。
「ミミに逢いたくて、逢いたくて、寂しくて……あの大変な戦いがたまらなく懐かしいの」
塞ぎ込んだのだろうか。彼女の嘲笑気味な声は篭っていて聴き取りづらく、掠れていた。
「見守らなあかんワテら天使がこんな体たらくで、光子郎はんたち、大丈夫やろか?」
アグモンは笑う。
大丈夫、太一たちはここに居た時と同じように、あっちでも元気に頑張ってるよ!だってボクらのパートナーだもの!
ガブモンは微笑む。
ヤマトは少し自信をつけたと思うよ。だからきっと次会うときはもっと成長してる。おれはそれを見るのが楽しみなんだ。
ピヨモンは心配顔。
空は一人でなんでも抱え込む性質だから頑張り過ぎてるんじゃないかしら、少しは自分のことも気にかけて欲しいわ。
パタモンはニコニコ。
ぼくらはパートナーが居なくちゃ出来ない進化を人間は自分だけでも出来るんだよ!ぼくタケルのパートナーで誇らしいよ!
ティルモンは静かに言う。
ヒカリたちの重荷になってるようじゃパートナーとして失格よ。彼女達が心置きなくあっちの世界で頑張れるように己を律しなければ。
ゴマモンはのんびり安心顔。
丈はあれでリーダーだからちゃんとしっかりやってるよ。気苦労も多いだろうケド、僕がいつもここに居るから丈も頑張れるさ。
そして自分とパルモンだけが、毒とも弱音とも付かない物を吐き出している。
パートナーを言い訳に、自分の寂しさの妥協点をまだ探している。
「……てんとう虫ってね、花の先から飛ぶんだって。一番天辺から飛ぶんだって。
そんでね、太陽に向かっては飛べないんだって。ゆっくり落ちていくだけなんだって」
隣で彼女がそんなことを言った。
彼女の紫の指先から、てんとう虫が羽を広げて太陽を目指した。
真っ直ぐ太陽を目指すのかと思いきや、フラフラと高度を上げはするものの、少ししてふっと視界から消える。
「花は太陽を羨ましげに眺めてるだけよね。それって、遠距離恋愛みたいね」
自嘲気味に笑って彼女が空を見上げる。
もしミミはんに何かの拍子で逢えても、きっと彼女は恨み言や泣き言など何も言わず嬉しそうにただ笑うのだろうなと思った。
もし光子郎はんがむりやり自分に逢いに来たら、きっと嫌味の一つも言って、ここに居てはいけないと諭すのだろうなと思った。
深い色の空を見上げ、自分の愛のなんと浅いことか、と笑えた。
11:32 2006/11/14
| |